26 / 27
青桐龍夜編
COMMOTION・ドガチャガ・巨船での戦い
しおりを挟む
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
悪に振り切れた人間の暴走―――
直視し難い光景に直面したとしても―――
君は柔道が楽しいか?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2021年2月16日、暮夜。
途中合流した城南柔道部の関係者。
大原、シモン、ジョンソンヘッドコーチ、修多羅監督の4人と共に、青桐率いる蒼海柔道部の面々は、小戸公園内の物陰に身を潜めていた。
財前は現在、地下で建造していた豪華客船のお披露目を兼ね、その船を能古島に停泊させ、最上階で豪奢な宴会を楽しんでいる。
巨悪を打ち倒すべく、会場へと乗り込もうとする青桐達。
だが、それを見越していた財前は、能古島へと続く橋の前に無数の部下を配置し、不審者が侵入できぬよう、厳重な警備網を敷いていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『……とまぁ、引きこもりがちの財前理事長が公の場に姿を現すのが、この日――2021年2月16日ってわけだ。この日に僕達、城南の選手と蒼海の選手が協力して、財前を追い詰める。それが、僕達の提案するやり方だね。修多羅監督、以上で説明は大丈夫かな?』
『あぁ、説明ご苦労じゃったな……こちらからは大原とシモンを同行させる。その他の選手は、蒼海高校を死守する防衛戦に回す予定じゃ。おそらく学校への妨害工作を仕掛けてくるじゃろうからのう。先手を打って、対策を講じておくとしよう……井上監督、蒼海の皆さんには迷惑をかけるが、ここは何卒、協力を熱望』
『了解。こちらとしても、それなりに迷惑を被っていましたからね。ぜひ、協力させてもらいますよ』
『OK!! それじゃあ早速、作戦の話なんだけど……船に乗り込んで柔道を挑むことになる。ただ、ここで1つ問題があるんだよ。財前理事長の性格からして、船に辿り着くまでの道に、警備の人間を配置するはずなんだ。それをどう突破するかって話でねぇ~……青桐さんが蹴散らしてくれれば助かるんだけど、できれば体力は温存しておきたい。誰か代わりになりそうな人はいないかな?』
『……蹴散らすっすか。俺以外に代え……俺と同じくらい精悍い人間がいいんすか?』
『そうだね。向こうはきっと、多勢に無勢で来ると思うから』
『………………なぁ隼人、柔県のこと覚えってっか?』
『あぁ。覚えてっけど』
『烏川の携帯の電話番号は?』
『あぁ? あぁ~……確か交換してて連絡先に記録……されてるな。 あ? おい、龍夜……まさかお前……』
『あいつさ、古賀さんのファンだったじゃん? 古賀さんのサインとかで釣られて来ねぇかな』
『いやいやいや!? 流石にそれは……』
『あいつ馬鹿そうだったから、案外いけんじゃね? ……ジョンソンヘッドコーチ、当てが思いつきました。そいつが来なかったら、俺がどうにか蹴散らすんで、替え玉の件は俺に一任してもらっていいっすか?』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
襲撃前に交わした打合せのやり取りを、面々はそれぞれ思い返していた。
ジョンソンヘッドコーチが視線で合図を送ると、青桐は一度つばを飲み込み、意を決したように警備網の前へと姿を現す。
まだかまだかと落ち着かない様子の青桐は、手元のスマホに何度も視線を落とし、執拗に時間を確認していた。
その挙動不審った振る舞いが、警備兵達の目に留まる。
彼らは青桐を囲むようにじりじりと距離を詰め、澄み切った冬空に、ドスの効いた声を張り上げていった。
「こんばんは!! お~いおいおいおい!! 来やがったぜぇ~!! おうテメェ!! 財前さんの邪魔しに来たんだろぉ~? なぁ"!?」
「……」
「無視してんじゃねぇぞゴラァ"ァ"!!」
「おいおい、もう柔道やっちまおうぜ? 畳の匂い、嗅がせてやろうぜ!?」
「ぎゃはははぁ!! 賛同~!!」
「……ちっ!! やっと来やがったか、アイツ」
「お~う青桐~!! 来てやったぜぇ!! そんで……アレ!! 持ってきてんだろうなぁ!?」
青桐が苛苛りながら待ちわびていた人物。
黒い柔道着を着衣て、赤髪の天パーを揺らす青年。
Rivoluzioneの烏川が、手を振りながら満面の笑みで、青桐の元へと駆け寄って来た。
無表情のまま、胸中で小さくガッツポーズを決める青桐は、烏川の期待に応えるべく、色紙入れに収めた古賀のサインを差し出す。
何も事情を知らない烏川は、無邪気い子供めいて、傷をつけぬよう恐る恐る、両手でその色紙を受け取っていくのだった。
「うっひょ~!! 現物じゃん!! おいおい、どうした青桐!? 急に古賀さんのサインくれるなんて言いやがってよぉ~お前、こんなに気前のいいやつだったっけ?」
「……なぁ烏川、ちょっとこっち来いよ。もっと良いもんくれてやるからよ」
「現実でっ!? ちょ、なんだよ良いもんって~勿体ぶんなよ~」
「……おい糞警備兵どもっ!! 一丁前に数だけ揃えやがってよぉ!! それで俺達の邪魔が出来ると思ってんのかっ!? 0がいくら集まっても0のまんまなんだよっ!! 数学出来ねぇのか? あ"ぁ"ん"!?」
「……あ? よく見たらなんだこの集団? おい青桐、青桐っ!!」
「テメェらなんてなぁ……1人で十分なんだよっ!! とっとと柔道着を着衣てかかってこいやぁ!! ……ってこの黒い柔道着の彼が言ってました」
「ん"ん"っ!?」
警備兵達へ向け、煽情するために威勢よく啖呵を切った青桐。
その直後、彼は何の躊躇もなく右手で烏川を指差し、全ての責任を赤髪の青年へと擦り付けていった。
あまりにも他人事めいた表情を浮かべる青桐の姿に、烏川は怒を覚えるよりも先に、強い困惑を抱く。
色紙を両手に持ったまま、彼は状況を飲み込めぬまま、青桐へと疑問を投げかけるのだった。
「……青桐? お前、何してんの……?」
「烏川……俺はお前の柔道の実力を高く評価している」
「え? 感謝……」
「だからこうやって、お前を生贄に出来るんだ」
「おい待てっ!! ……お前まさかこのために呼んだのかよっ!?」
「察しが良くて助かるラスカル」
「お前、俺を無礼てるよなぁ!? な"ぁ"!? この前一緒に行動したからか!? おい撤回しろっ!! 今すぐにっ!!」
「あぁ? 男に二言はねぇんだよ」
「お前、自分に関係ねぇからって好き放題言ってんじゃねぇよっ!?」
「おいオメェらっ!! 先にあの黒い柔道着の方からやっちまえぇ"ぇ"ぇ"!!」
「お"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"!!」
「はぁ!? はぁ!! はぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!?」
「おらご指名だ烏川ぁ!! とっととやってこいやぁ"ぁ"ぁ"!!」
「ギャァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!」
烏川を蹴り飛ばし、警備兵の群れへと叩き込む青桐。
囮となった彼は、迫り来る雑兵を軽々と投げ飛ばしながら、青桐に向けて何かしらの批判を浴びせているようだった。
だが周囲では、怒号と歓声が入り混じり、声は合唱めいて重なり合うばかりで、その内容を判別することは出来ない。
いや―――そもそも、青髪の彼に聞き取る気など無かったのだろう。
烏川に背を向けたまま、青桐はその場で小さく拳を握り、誰にも見えぬようにほくそ笑んでいた。
「…………よっしゃ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
能古島へと続く橋を駆け抜け、豪華客船へと進入した青桐達。
事前にジョンソンヘッドコーチが内部から手を回していた経路を辿ることで、彼らは大きな障害に遭うことなく、船内への潜入に成功していた。
船内に溢れる人だかりをかき分けながら、目的地――船の最上階を目指して足を速める青桐達。
そこへ至る階段の目前に辿り着いた彼らは、ジョンソンヘッドコーチと最後の確認を交わすことになる。
「この先に財前が待ち構えているよ。今頃は大勢の人間と、立食パーティーでもやってるんじゃないかな? 彼らが到着するまでは、適当に喋って時間を繋ごう。それじゃ早速……」
「おい、見つけたぞっ!!」
「……まあ、そう容易くはいかないよねぇ~」
最上階の野外デッキへと突入しようとした、まさにその瞬間。
背後から、船内警備にあたる人間達が柔道着姿で現れ、青桐達へと距離を詰めてきていた。
船内に無数に設置された監視カメラの映像を手がかりに、ここまで追跡してきたのだろう。
どう対処したものかと、当惑した表情を浮かべるジョンソンヘッドコーチ。
その空気を察したのか、アロハシャツを素肌の上に纏った城南柔道部監督である修多羅が、さりげなく助け舟を出すように一歩前へと進み出た。
「……ジョンソンヘッドコーチ、ここはワシらが食い止めようかのう? シモン、其方もここに残りなさいな」
「oh!? ワタシ、居残りですカ!?」
「そういうところじゃ。どれ……運動がてら、ワシもちょいと柔道をやろうかのう。ほれ、ジョンソンヘッドコーチ」
「おっと……これは助かります、修多羅監督。では僕達は先へ向かいます。どうかお気を付けて」
「はいはい。城南の恥晒しに指詰、頼んだぞい」
二手に分かれることになった面々。
城南の監督とシモンをその場に残し、青桐一行は財前の元へと続く階段を、駆け足で登っていく。
追手を迎え撃つ役目を担うことになったシモンと修多羅監督。
本来ならば、自分も財前の悪行に終止符を打つ側に立てるはずだった――そう思っていたシモンは、道着に袖を通すと、明後日の方角をぼんやりと見つめながら、胸中に渦巻く悔恨を噛みしめていた。
「……ワタシも行きたかったでス」
「そうむくれるな。後で寿司を……」
「なんだか急にやる気が出てきましたヨっ!! 監督、饗宴でスっ!!」
「……いつにも増して食いつきがいいのう。現金なやつめ……」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おやぁ~~~? はぁ~……警備兵共は使えませんねぇ!?」
財前が待ち構える最上階――野外デッキへと辿り着いた青桐達。
会場には、ドレスコードに身を包んだ来賓客が楽しげに談笑し、点在するテーブルに並べられた豪奢な料理を、それぞれの皿に取って嗜んでいる。
そんな和やかな空気の只中で、明らかに場違いな侵入者の存在を、財前は即座に察知した。
会場入口から最も離れた位置に陣取る彼は、煌びやかな椅子に深く腰掛け、卓上の料理を貪りながら、眉間に濃い皺を刻んでいる。
忌々しげに侵入者達を睥睨る財前は、口中のものを無造作に飲み下すと、抑えきれぬ苛苛りをそのまま吐き出すように、感情的に声を荒らげるのだった。
「あなた方を招いた覚えはないのですけどねぇ!?」
「こんばんは、財前理事長!! お楽しみのところ悪いねぇ……少し付き合ってもらうよ。もちろん、拒否権はないからね?」
急遽参加した青桐達の登場によって、会場を包んでいた華やかな空気は、一瞬にして張り詰めたものへと変貌する。
談笑していた来賓客達は息を呑み、視線は侵入者達へと吸い寄せられていった。
そのど真ん中を、青桐達は臆することなく、悠然と進んでいく。
先頭を歩くジョンソンヘッドコーチは、これまで独自に集めてきた財前の数々の悪行を、余興の演目めいて、芝居めいた口調で語り始めていった。
「財前理事長……あなた、悪人達を利用して、周囲の高校に妨害工作をしていましたよね? 他校の土地買収、警察への賄賂、違法薬物の売買、誘拐った人間を奴隷として働かせてたりさ。最近話題のRivoluzioneとも関係があったそうじゃないですか。ん~罪状を挙げるだけでキリがないなぁ。いや凄いねぇ~表ではこんな事しときながらさ? 裏じゃあくどい事ばかりしているよ」
「はぁ~? 何を言っているのかさっぱり……」
「いやいや、装痴ないでよ。証拠はあるんだよ? 財前理事長……あなたパワハラが凄いんだって? 側近の方が、泣きながら白状ってくれたよ」
「あの秘書の野郎ぉ……」
「さぁ……大人しく警察の元へ行きましょう。自分の罪と、正面から向き合う時です」
「……」
「財前理事長? 聞いてます? もしも~し」
「……うぅ、うぅぅぅ……!! ワ、ワタクシ、ワタクシ……!! 本当に馬鹿なことを、し、してしまいました……!! 本気で、本気で……!!」
「う~ん……?」
「小市民共がここまで面倒かったとは……!! もっと金掛けて対策しておけば良かったですねぇぇぇ!!」
「……うぅ~ん」
(やっぱこうなるよねぇ)
ジョンソンヘッドコーチは、ある程度この展開を想定していた。
十中八九、悪事が露見たところで、財前が自ら警察に出頭することはないだろうと。
それでも、ほんの僅かな可能性――罪悪感に押し潰され、自首を選ぶかもしれないという淡い期待を、完全には捨てきれずにいた。
財前の振る舞い次第では今後の対応を変えるつもりでいたが、どうやら目の前の男には、その判断を揺るがすだけの良心は微塵も存在しないらしい。
大の大人が大粒の涙を流し、その場に膝をつきながらも、そこに反省の色は一切見受けられなかった。
プランBへ移行するしかない――そう悟ったジョンソンヘッドコーチは、諦観を滲ませたため息と共に、財前へと呼びかけるのだった。
「財前理事長……その反応は、こちらの要求を拒絶する――そう受け取って構いませんね?」」
「うわぁぁぁぁ!! ワタクシ、可哀想ですよぉぉぉ!!」
「……あの、理事長。猿芝居、そろそろ止めてくれませんかね?」
「あぁ~~~? さっきからギャーギャーと……耳障りにも程があるのですがねぇぇぇぇ!?」
財前の獣めいた咆哮が、空気を切り裂いた。
その声に呼応するかのように、音もなくスーツ姿のSP達が現れ、青桐達の前へと一斉に割って入る。
財前はゆっくりと膝を地から離し、薄気味悪い笑い声を漏らしながら、こちらへと顔を向けた。
その瞳は墨を流し込んだように黒く、狂気を孕んだ鈍い光を宿していた。
「はぁ~……!! ありもしないことをベラベラベラベラ、よくもまあ好き勝手に並べ立ててくれますねぇ!? あ"ぁ"!? ワタクシを逮捕ろうなどと考えているのならぁ~~~その計画、まとめて御破算にしてやりますよぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"!!」
「ふ~ん、そう……」
(彼ら、まだ到着しないのか……もうちょっと時間が欲しいかな……)
「青桐さん、適当な暴言で時間を繋いでくれる?」
「了解、理解りました。おら糞財前!! 養豚所から抜け出した豚野郎には、刑務所の臭い飯がお似合いだっつってんだよっ!! とっとと自首しやがれっ!!」
「あぁ"ぁ"ぁ"ん!? 誰が豚野郎だゴラァ"ァ"!! テメェ、誰に向かって口を利いてるのか理解ってんのかっ!? あぁ"ぁ"ぁ"ん!?」
「……こんな感じで良いっすか?」
「Great、良い暴言だったよ……今、ヘリが見えたね……皆、プランBで行くよ」
じりじりと距離を詰めてくる黒服のSP達。
完全に包囲されているにもかかわらず、青桐達の表情に焦燥は見られない。
その時、ざわめきに満ちた会場へ、突如として空から重低音が降り注いだ。
輸送ヘリCH-47JAの飛行音である。
3機のヘリが豪華客船めがけて接近し、やがてその巨体を頭上に滞空させた。
後部ハッチが開かれ、畳を担いだ屈強な男達が、次々とパラシュートを展開しながらデッキへと舞い降りていく。
場内が完全な騒擾に陥る中、最後の一人――筋骨隆々の老人が、パラシュートも装着せぬまま船上へと落下した!!
轟音と共に受け身を取り着地!!
その身を滑らせるようにして、青桐達と財前の間へと割って入ったのだった!!
「む……久しいな青桐。審判寺一郎、ここに見参……!! さぁ……柔道、やろうや……!!」
悪に振り切れた人間の暴走―――
直視し難い光景に直面したとしても―――
君は柔道が楽しいか?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2021年2月16日、暮夜。
途中合流した城南柔道部の関係者。
大原、シモン、ジョンソンヘッドコーチ、修多羅監督の4人と共に、青桐率いる蒼海柔道部の面々は、小戸公園内の物陰に身を潜めていた。
財前は現在、地下で建造していた豪華客船のお披露目を兼ね、その船を能古島に停泊させ、最上階で豪奢な宴会を楽しんでいる。
巨悪を打ち倒すべく、会場へと乗り込もうとする青桐達。
だが、それを見越していた財前は、能古島へと続く橋の前に無数の部下を配置し、不審者が侵入できぬよう、厳重な警備網を敷いていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『……とまぁ、引きこもりがちの財前理事長が公の場に姿を現すのが、この日――2021年2月16日ってわけだ。この日に僕達、城南の選手と蒼海の選手が協力して、財前を追い詰める。それが、僕達の提案するやり方だね。修多羅監督、以上で説明は大丈夫かな?』
『あぁ、説明ご苦労じゃったな……こちらからは大原とシモンを同行させる。その他の選手は、蒼海高校を死守する防衛戦に回す予定じゃ。おそらく学校への妨害工作を仕掛けてくるじゃろうからのう。先手を打って、対策を講じておくとしよう……井上監督、蒼海の皆さんには迷惑をかけるが、ここは何卒、協力を熱望』
『了解。こちらとしても、それなりに迷惑を被っていましたからね。ぜひ、協力させてもらいますよ』
『OK!! それじゃあ早速、作戦の話なんだけど……船に乗り込んで柔道を挑むことになる。ただ、ここで1つ問題があるんだよ。財前理事長の性格からして、船に辿り着くまでの道に、警備の人間を配置するはずなんだ。それをどう突破するかって話でねぇ~……青桐さんが蹴散らしてくれれば助かるんだけど、できれば体力は温存しておきたい。誰か代わりになりそうな人はいないかな?』
『……蹴散らすっすか。俺以外に代え……俺と同じくらい精悍い人間がいいんすか?』
『そうだね。向こうはきっと、多勢に無勢で来ると思うから』
『………………なぁ隼人、柔県のこと覚えってっか?』
『あぁ。覚えてっけど』
『烏川の携帯の電話番号は?』
『あぁ? あぁ~……確か交換してて連絡先に記録……されてるな。 あ? おい、龍夜……まさかお前……』
『あいつさ、古賀さんのファンだったじゃん? 古賀さんのサインとかで釣られて来ねぇかな』
『いやいやいや!? 流石にそれは……』
『あいつ馬鹿そうだったから、案外いけんじゃね? ……ジョンソンヘッドコーチ、当てが思いつきました。そいつが来なかったら、俺がどうにか蹴散らすんで、替え玉の件は俺に一任してもらっていいっすか?』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
襲撃前に交わした打合せのやり取りを、面々はそれぞれ思い返していた。
ジョンソンヘッドコーチが視線で合図を送ると、青桐は一度つばを飲み込み、意を決したように警備網の前へと姿を現す。
まだかまだかと落ち着かない様子の青桐は、手元のスマホに何度も視線を落とし、執拗に時間を確認していた。
その挙動不審った振る舞いが、警備兵達の目に留まる。
彼らは青桐を囲むようにじりじりと距離を詰め、澄み切った冬空に、ドスの効いた声を張り上げていった。
「こんばんは!! お~いおいおいおい!! 来やがったぜぇ~!! おうテメェ!! 財前さんの邪魔しに来たんだろぉ~? なぁ"!?」
「……」
「無視してんじゃねぇぞゴラァ"ァ"!!」
「おいおい、もう柔道やっちまおうぜ? 畳の匂い、嗅がせてやろうぜ!?」
「ぎゃはははぁ!! 賛同~!!」
「……ちっ!! やっと来やがったか、アイツ」
「お~う青桐~!! 来てやったぜぇ!! そんで……アレ!! 持ってきてんだろうなぁ!?」
青桐が苛苛りながら待ちわびていた人物。
黒い柔道着を着衣て、赤髪の天パーを揺らす青年。
Rivoluzioneの烏川が、手を振りながら満面の笑みで、青桐の元へと駆け寄って来た。
無表情のまま、胸中で小さくガッツポーズを決める青桐は、烏川の期待に応えるべく、色紙入れに収めた古賀のサインを差し出す。
何も事情を知らない烏川は、無邪気い子供めいて、傷をつけぬよう恐る恐る、両手でその色紙を受け取っていくのだった。
「うっひょ~!! 現物じゃん!! おいおい、どうした青桐!? 急に古賀さんのサインくれるなんて言いやがってよぉ~お前、こんなに気前のいいやつだったっけ?」
「……なぁ烏川、ちょっとこっち来いよ。もっと良いもんくれてやるからよ」
「現実でっ!? ちょ、なんだよ良いもんって~勿体ぶんなよ~」
「……おい糞警備兵どもっ!! 一丁前に数だけ揃えやがってよぉ!! それで俺達の邪魔が出来ると思ってんのかっ!? 0がいくら集まっても0のまんまなんだよっ!! 数学出来ねぇのか? あ"ぁ"ん"!?」
「……あ? よく見たらなんだこの集団? おい青桐、青桐っ!!」
「テメェらなんてなぁ……1人で十分なんだよっ!! とっとと柔道着を着衣てかかってこいやぁ!! ……ってこの黒い柔道着の彼が言ってました」
「ん"ん"っ!?」
警備兵達へ向け、煽情するために威勢よく啖呵を切った青桐。
その直後、彼は何の躊躇もなく右手で烏川を指差し、全ての責任を赤髪の青年へと擦り付けていった。
あまりにも他人事めいた表情を浮かべる青桐の姿に、烏川は怒を覚えるよりも先に、強い困惑を抱く。
色紙を両手に持ったまま、彼は状況を飲み込めぬまま、青桐へと疑問を投げかけるのだった。
「……青桐? お前、何してんの……?」
「烏川……俺はお前の柔道の実力を高く評価している」
「え? 感謝……」
「だからこうやって、お前を生贄に出来るんだ」
「おい待てっ!! ……お前まさかこのために呼んだのかよっ!?」
「察しが良くて助かるラスカル」
「お前、俺を無礼てるよなぁ!? な"ぁ"!? この前一緒に行動したからか!? おい撤回しろっ!! 今すぐにっ!!」
「あぁ? 男に二言はねぇんだよ」
「お前、自分に関係ねぇからって好き放題言ってんじゃねぇよっ!?」
「おいオメェらっ!! 先にあの黒い柔道着の方からやっちまえぇ"ぇ"ぇ"!!」
「お"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"!!」
「はぁ!? はぁ!! はぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!?」
「おらご指名だ烏川ぁ!! とっととやってこいやぁ"ぁ"ぁ"!!」
「ギャァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!」
烏川を蹴り飛ばし、警備兵の群れへと叩き込む青桐。
囮となった彼は、迫り来る雑兵を軽々と投げ飛ばしながら、青桐に向けて何かしらの批判を浴びせているようだった。
だが周囲では、怒号と歓声が入り混じり、声は合唱めいて重なり合うばかりで、その内容を判別することは出来ない。
いや―――そもそも、青髪の彼に聞き取る気など無かったのだろう。
烏川に背を向けたまま、青桐はその場で小さく拳を握り、誰にも見えぬようにほくそ笑んでいた。
「…………よっしゃ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
能古島へと続く橋を駆け抜け、豪華客船へと進入した青桐達。
事前にジョンソンヘッドコーチが内部から手を回していた経路を辿ることで、彼らは大きな障害に遭うことなく、船内への潜入に成功していた。
船内に溢れる人だかりをかき分けながら、目的地――船の最上階を目指して足を速める青桐達。
そこへ至る階段の目前に辿り着いた彼らは、ジョンソンヘッドコーチと最後の確認を交わすことになる。
「この先に財前が待ち構えているよ。今頃は大勢の人間と、立食パーティーでもやってるんじゃないかな? 彼らが到着するまでは、適当に喋って時間を繋ごう。それじゃ早速……」
「おい、見つけたぞっ!!」
「……まあ、そう容易くはいかないよねぇ~」
最上階の野外デッキへと突入しようとした、まさにその瞬間。
背後から、船内警備にあたる人間達が柔道着姿で現れ、青桐達へと距離を詰めてきていた。
船内に無数に設置された監視カメラの映像を手がかりに、ここまで追跡してきたのだろう。
どう対処したものかと、当惑した表情を浮かべるジョンソンヘッドコーチ。
その空気を察したのか、アロハシャツを素肌の上に纏った城南柔道部監督である修多羅が、さりげなく助け舟を出すように一歩前へと進み出た。
「……ジョンソンヘッドコーチ、ここはワシらが食い止めようかのう? シモン、其方もここに残りなさいな」
「oh!? ワタシ、居残りですカ!?」
「そういうところじゃ。どれ……運動がてら、ワシもちょいと柔道をやろうかのう。ほれ、ジョンソンヘッドコーチ」
「おっと……これは助かります、修多羅監督。では僕達は先へ向かいます。どうかお気を付けて」
「はいはい。城南の恥晒しに指詰、頼んだぞい」
二手に分かれることになった面々。
城南の監督とシモンをその場に残し、青桐一行は財前の元へと続く階段を、駆け足で登っていく。
追手を迎え撃つ役目を担うことになったシモンと修多羅監督。
本来ならば、自分も財前の悪行に終止符を打つ側に立てるはずだった――そう思っていたシモンは、道着に袖を通すと、明後日の方角をぼんやりと見つめながら、胸中に渦巻く悔恨を噛みしめていた。
「……ワタシも行きたかったでス」
「そうむくれるな。後で寿司を……」
「なんだか急にやる気が出てきましたヨっ!! 監督、饗宴でスっ!!」
「……いつにも増して食いつきがいいのう。現金なやつめ……」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おやぁ~~~? はぁ~……警備兵共は使えませんねぇ!?」
財前が待ち構える最上階――野外デッキへと辿り着いた青桐達。
会場には、ドレスコードに身を包んだ来賓客が楽しげに談笑し、点在するテーブルに並べられた豪奢な料理を、それぞれの皿に取って嗜んでいる。
そんな和やかな空気の只中で、明らかに場違いな侵入者の存在を、財前は即座に察知した。
会場入口から最も離れた位置に陣取る彼は、煌びやかな椅子に深く腰掛け、卓上の料理を貪りながら、眉間に濃い皺を刻んでいる。
忌々しげに侵入者達を睥睨る財前は、口中のものを無造作に飲み下すと、抑えきれぬ苛苛りをそのまま吐き出すように、感情的に声を荒らげるのだった。
「あなた方を招いた覚えはないのですけどねぇ!?」
「こんばんは、財前理事長!! お楽しみのところ悪いねぇ……少し付き合ってもらうよ。もちろん、拒否権はないからね?」
急遽参加した青桐達の登場によって、会場を包んでいた華やかな空気は、一瞬にして張り詰めたものへと変貌する。
談笑していた来賓客達は息を呑み、視線は侵入者達へと吸い寄せられていった。
そのど真ん中を、青桐達は臆することなく、悠然と進んでいく。
先頭を歩くジョンソンヘッドコーチは、これまで独自に集めてきた財前の数々の悪行を、余興の演目めいて、芝居めいた口調で語り始めていった。
「財前理事長……あなた、悪人達を利用して、周囲の高校に妨害工作をしていましたよね? 他校の土地買収、警察への賄賂、違法薬物の売買、誘拐った人間を奴隷として働かせてたりさ。最近話題のRivoluzioneとも関係があったそうじゃないですか。ん~罪状を挙げるだけでキリがないなぁ。いや凄いねぇ~表ではこんな事しときながらさ? 裏じゃあくどい事ばかりしているよ」
「はぁ~? 何を言っているのかさっぱり……」
「いやいや、装痴ないでよ。証拠はあるんだよ? 財前理事長……あなたパワハラが凄いんだって? 側近の方が、泣きながら白状ってくれたよ」
「あの秘書の野郎ぉ……」
「さぁ……大人しく警察の元へ行きましょう。自分の罪と、正面から向き合う時です」
「……」
「財前理事長? 聞いてます? もしも~し」
「……うぅ、うぅぅぅ……!! ワ、ワタクシ、ワタクシ……!! 本当に馬鹿なことを、し、してしまいました……!! 本気で、本気で……!!」
「う~ん……?」
「小市民共がここまで面倒かったとは……!! もっと金掛けて対策しておけば良かったですねぇぇぇ!!」
「……うぅ~ん」
(やっぱこうなるよねぇ)
ジョンソンヘッドコーチは、ある程度この展開を想定していた。
十中八九、悪事が露見たところで、財前が自ら警察に出頭することはないだろうと。
それでも、ほんの僅かな可能性――罪悪感に押し潰され、自首を選ぶかもしれないという淡い期待を、完全には捨てきれずにいた。
財前の振る舞い次第では今後の対応を変えるつもりでいたが、どうやら目の前の男には、その判断を揺るがすだけの良心は微塵も存在しないらしい。
大の大人が大粒の涙を流し、その場に膝をつきながらも、そこに反省の色は一切見受けられなかった。
プランBへ移行するしかない――そう悟ったジョンソンヘッドコーチは、諦観を滲ませたため息と共に、財前へと呼びかけるのだった。
「財前理事長……その反応は、こちらの要求を拒絶する――そう受け取って構いませんね?」」
「うわぁぁぁぁ!! ワタクシ、可哀想ですよぉぉぉ!!」
「……あの、理事長。猿芝居、そろそろ止めてくれませんかね?」
「あぁ~~~? さっきからギャーギャーと……耳障りにも程があるのですがねぇぇぇぇ!?」
財前の獣めいた咆哮が、空気を切り裂いた。
その声に呼応するかのように、音もなくスーツ姿のSP達が現れ、青桐達の前へと一斉に割って入る。
財前はゆっくりと膝を地から離し、薄気味悪い笑い声を漏らしながら、こちらへと顔を向けた。
その瞳は墨を流し込んだように黒く、狂気を孕んだ鈍い光を宿していた。
「はぁ~……!! ありもしないことをベラベラベラベラ、よくもまあ好き勝手に並べ立ててくれますねぇ!? あ"ぁ"!? ワタクシを逮捕ろうなどと考えているのならぁ~~~その計画、まとめて御破算にしてやりますよぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"!!」
「ふ~ん、そう……」
(彼ら、まだ到着しないのか……もうちょっと時間が欲しいかな……)
「青桐さん、適当な暴言で時間を繋いでくれる?」
「了解、理解りました。おら糞財前!! 養豚所から抜け出した豚野郎には、刑務所の臭い飯がお似合いだっつってんだよっ!! とっとと自首しやがれっ!!」
「あぁ"ぁ"ぁ"ん!? 誰が豚野郎だゴラァ"ァ"!! テメェ、誰に向かって口を利いてるのか理解ってんのかっ!? あぁ"ぁ"ぁ"ん!?」
「……こんな感じで良いっすか?」
「Great、良い暴言だったよ……今、ヘリが見えたね……皆、プランBで行くよ」
じりじりと距離を詰めてくる黒服のSP達。
完全に包囲されているにもかかわらず、青桐達の表情に焦燥は見られない。
その時、ざわめきに満ちた会場へ、突如として空から重低音が降り注いだ。
輸送ヘリCH-47JAの飛行音である。
3機のヘリが豪華客船めがけて接近し、やがてその巨体を頭上に滞空させた。
後部ハッチが開かれ、畳を担いだ屈強な男達が、次々とパラシュートを展開しながらデッキへと舞い降りていく。
場内が完全な騒擾に陥る中、最後の一人――筋骨隆々の老人が、パラシュートも装着せぬまま船上へと落下した!!
轟音と共に受け身を取り着地!!
その身を滑らせるようにして、青桐達と財前の間へと割って入ったのだった!!
「む……久しいな青桐。審判寺一郎、ここに見参……!! さぁ……柔道、やろうや……!!」
0
あなたにおすすめの小説
許すかどうかは、あなたたちが決めることじゃない。ましてや、わざとやったことをそう簡単に許すわけがないでしょう?
珠宮さくら
恋愛
婚約者を我がものにしようとした義妹と義母の策略によって、薬品で顔の半分が酷く爛れてしまったスクレピア。
それを知って見舞いに来るどころか、婚約を白紙にして義妹と婚約をかわした元婚約者と何もしてくれなかった父親、全員に復讐しようと心に誓う。
※全3話。
没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。
亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。
しかし皆は知らないのだ
ティファが、ロードサファルの王女だとは。
そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
男の仕事に口を出すなと言ったのはあなたでしょうに、いまさら手伝えと言われましても。
kieiku
ファンタジー
旦那様、私の商会は渡しませんので、あなたはご自分の商会で、男の仕事とやらをなさってくださいね。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
王様の恥かきっ娘
青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。
本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。
孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます
物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります
これもショートショートで書く予定です。
【完結】私が愛されるのを見ていなさい
芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定)
公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。
絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。
ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。
完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。
立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる