YAWARAMICHI

ウィリアム・J・サンシロウ

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青桐龍夜編

COMMOTION・ドガチャガ・巨船での戦い

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悪に振り切れた人間の暴走―――
直視し難い光景に直面したとしても―――
君は柔道が楽しいか?
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 2021年2月16日、暮夜。
 途中合流した城南じょうなん柔道部の関係者。
 大原おおはら、シモン、ジョンソンヘッドコーチ、修多羅すたら監督の4人と共に、青桐あおぎり率いる蒼海そうかい柔道部の面々は、小戸公園内の物陰に身を潜めていた。
 財前ざいぜんは現在、地下いたばしたで建造していた豪華客船のお披露目を兼ね、そのうきを能古島に停泊させ、最上階で豪奢な宴会しゅたまげを楽しんでいる。
 巨悪を打ち倒すべく、会場へと乗り込もうとする青桐達。
 だが、それを見越していた財前は、能古島へと続く橋の前に無数の部下えもんを配置し、不審者が侵入できぬよう、厳重あつがりな警備網を敷いていた。

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『……とまぁ、引きこもりがちの財前理事長が公の場に姿を現すのが、この日――2021年2月16日ってわけだ。この日に僕達、城南の選手と蒼海の選手が協力して、財前を追い詰める。それが、僕達の提案するやり方だね。修多羅監督、以上で説明は大丈夫かな?』

『あぁ、説明ご苦労じゃったな……こちらからは大原とシモンを同行させる。その他の選手は、蒼海高校を死守する防衛戦に回す予定じゃ。おそらく学校への妨害工作を仕掛けてくるじゃろうからのう。先手を打って、対策を講じておくとしよう……井上監督、蒼海の皆さんには迷惑をかけるが、ここは何卒、協力を熱望おねがいしゃっす

了解うっす。こちらとしても、それなりに迷惑を被っていましたからね。ぜひ、協力させてもらいますよ』

『OK!! それじゃあ早速、作戦の話なんだけど……うきに乗り込んで柔道を挑むことになる。ただ、ここで1つ問題があるんだよ。財前理事長の性格からして、うきに辿り着くまでの道に、警備の人間を配置するはずなんだ。それをどう突破するかって話でねぇ~……青桐さんが蹴散らしてくれれば助かるんだけど、できれば体力は温存しておきたい。誰か代わりになりそうな人はいないかな?』

『……蹴散らすっすか。俺以外に代え……俺と同じくらい精悍ごつい人間がいいんすか?』

『そうだね。向こうはきっと、多勢に無勢で来ると思うから』

『………………なぁ隼人はやとやわら県のこと覚えってっか?』

『あぁ。覚えてっけど』

『烏川の携帯の電話番号は?』

『あぁ? あぁ~……確か交換してて連絡先に記録……されてるな。 あ? おい、龍夜……まさかお前……』

『あいつさ、古賀こがさんのファンだったじゃん? 古賀さんのサインとかで釣られて来ねぇかな』

『いやいやいや!? 流石にそれは……』

『あいつ馬鹿はなたらしそうだったから、案外いけんじゃね? ……ジョンソンヘッドコーチ、当てが思いつきました。そいつが来なかったら、俺がどうにか蹴散らすんで、替え玉の件は俺に一任してもらっていいっすか?』

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 襲撃前に交わした打合せのやり取りを、面々はそれぞれ思い返していた。
 ジョンソンヘッドコーチが視線で合図を送ると、青桐は一度つばを飲み込み、意を決したように警備網の前へと姿を現す。
 まだかまだかと落ち着かない様子の青桐は、手元のスマホに何度も視線を落とし、執拗に時間を確認していた。
 その挙動不審きょどった振る舞いが、警備兵達の目に留まる。
 彼らは青桐を囲むようにじりじりと距離を詰め、澄み切った冬空に、ドスの効いた声を張り上げていった。

こんばんはち~す!! お~いおいおいおい!! 来やがったぜぇ~!! おうテメェ!! 財前さんの邪魔しに来たんだろぉ~? なぁ"!?」

「……」

無視しかとしてんじゃねぇぞゴラァ"ァ"!!」

「おいおい、もう柔道やっちまおうぜ? 畳の匂い、嗅がせてやろうぜ!?」

「ぎゃはははぁ!! 賛同それな~!!」

「……ちっ!! やっと来やがったか、アイツ」

「お~う青桐~!! 来てやったぜぇ!! そんで……アレ!! 持ってきてんだろうなぁ!?」

 青桐が苛苛あったまりながら待ちわびていた人物。
 黒い柔道着まとい着衣きめて、赤髪の天パーを揺らす青年。
 Rivoluリヴォルzioneツィオーネ烏川うかわが、手を振りながら満面の笑みで、青桐の元へと駆け寄って来た。
 無表情のまま、胸中で小さくガッツポーズを決める青桐は、烏川の期待に応えるべく、色紙入れに収めた古賀のサインを差し出す。
 何も事情を知らない烏川は、無邪気あでな子供じゃりめいて、傷をつけぬよう恐る恐る、両手でその色紙を受け取っていくのだった。

「うっひょ~!! 現物マジモンじゃん!! おいおい、どうした青桐!? 急に古賀さんのサインくれるなんて言いやがってよぉ~お前、こんなに気前のいいやつだったっけ?」

「……なぁ烏川、ちょっとこっち来いよ。もっと良いもんくれてやるからよ」

現実マジでっ!? ちょ、なんだよ良いもんって~勿体ぶんなよ~」

「……おい糞警備兵どもっ!! 一丁前に数だけ揃えやがってよぉ!! それで俺達の邪魔が出来ると思ってんのかっ!? 0がいくら集まっても0のまんまなんだよっ!! 数学出来ねぇのか? あ"ぁ"ん"!?」

「……あ? よく見たらなんだこの集団? おい青桐、青桐っ!!」

「テメェらなんてなぁ……1人で十分なんだよっ!! とっとと柔道着まとい着衣きめてかかってこいやぁ!! ……ってこの黒い柔道着まといの彼が言ってました」

「ん"ん"っ!?」

 警備兵達へ向け、煽情あげつぎするために威勢よく啖呵を切った青桐。
 その直後、彼は何の躊躇もなく右手で烏川を指差し、全ての責任を赤髪の青年へと擦り付けていった。
 あまりにも他人事めいた表情つらを浮かべる青桐の姿に、烏川はおこを覚えるよりも先に、強い困惑を抱く。
 色紙を両手に持ったまま、彼は状況を飲み込めぬまま、青桐へと疑問を投げかけるのだった。

「……青桐? お前、何してんの……?」

「烏川……俺はお前の柔道の実力ウデを高く評価している」

「え? 感謝あざっす……」

「だからこうやって、お前を生贄に出来るんだ」

「おい待てっ!! ……お前まさかこのために呼んだのかよっ!?」

「察しが良くて助かるラスカル」

「お前、俺を無礼なめてるよなぁ!? な"ぁ"!? この前一緒に行動したからか!? おい撤回しろっ!! 今すぐにっ!!」

「あぁ? 男に二言はねぇんだよ」

「お前、自分に関係ねぇからって好き放題言ってんじゃねぇよっ!?」

「おいオメェらっ!! 先にあの黒い柔道着まといの方からやっちまえぇ"ぇ"ぇ"!!」

「お"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"!!」

「はぁ!? はぁ!! はぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!?」

「おらご指名だ烏川ぁ!! とっととやってこいやぁ"ぁ"ぁ"!!」

「ギャァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!」

 烏川を蹴り飛ばし、警備兵の群れへと叩き込む青桐。
 囮となった彼は、迫り来る雑兵を軽々と投げ飛ばしながら、青桐に向けて何かしらの批判を浴びせているようだった。
 だが周囲では、怒号と歓声が入り混じり、声は合唱めいて重なり合うばかりで、その内容を判別することは出来ない。
 いや―――そもそも、青髪の彼に聞き取る気など無かったのだろう。
 烏川に背を向けたまま、青桐はその場で小さく拳を握り、誰にも見えぬようにほくそ笑んでいた。

「…………よっしゃ」

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 能古島へと続く橋を駆け抜け、豪華客船へと進入した青桐達。
 事前にジョンソンヘッドコーチが内部から手を回していた経路を辿ることで、彼らは大きな障害に遭うことなく、船内への潜入に成功していた。
 船内に溢れる人だかりをかき分けながら、目的地――うきの最上階を目指して足を速める青桐達。
 そこへ至る階段の目前に辿り着いた彼らは、ジョンソンヘッドコーチと最後の確認を交わすことになる。

「この先に財前が待ち構えているよ。今頃は大勢の人間と、立食パーティーでもやってるんじゃないかな? が到着するまでは、適当にべしゃって時間を繋ごう。それじゃ早速……」

「おい、見つけたぞっ!!」

「……まあ、そう容易ちょろくはいかないよねぇ~」

 最上階の野外デッキへと突入しようとした、まさにその瞬間。
 背後から、船内警備にあたる人間達が柔道着まとい姿で現れ、青桐達へと距離を詰めてきていた。
 船内に無数に設置された監視うはカメラの映像を手がかりに、ここまで追跡してきたのだろう。
 どう対処したものかと、当惑しーくりした表情つらを浮かべるジョンソンヘッドコーチ。
 その空気を察したのか、アロハシャツを素肌の上に纏った城南柔道部監督である修多羅が、さりげなく助け舟を出すように一歩前へと進み出た。

「……ジョンソンヘッドコーチ、ここはワシらが食い止めようかのう? シモン、其方もここに残りなさいな」

「oh!? ワタシ、居残りですカ!?」

「そういうところじゃ。どれ……運動がてら、ワシもちょいと柔道をやろうかのう。ほれ、ジョンソンヘッドコーチ」

「おっと……これは助かります、修多羅監督。では僕達は先へ向かいます。どうかお気を付けて」

「はいはい。城南の恥晒しに指詰けじめ、頼んだぞい」

 二手に分かれることになった面々。
 城南の監督とシモンをその場に残し、青桐一行は財前の元へと続く階段を、駆け足で登っていく。
 追手を迎え撃つ役目を担うことになったシモンと修多羅監督。
 本来ならば、自分も財前の悪行に終止符を打つ側に立てるはずだった――そう思っていたシモンは、道着まといに袖を通すと、明後日の方角をぼんやりと見つめながら、胸中に渦巻く悔恨を噛みしめていた。

「……ワタシも行きたかったでス」

「そうむくれるな。後で寿司を……」

「なんだか急にやる気が出てきましたヨっ!! 監督、饗宴ごちでスっ!!」

「……いつにも増して食いつきがいいのう。現金なやつめ……」

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「おやぁ~~~? はぁ~……警備兵共は使えませんねぇ!?」

 財前が待ち構える最上階――野外デッキへと辿り着いた青桐達。
 会場には、ドレスコードに身を包んだ来賓客が楽しげに談笑し、点在するテーブルに並べられた豪奢な料理を、それぞれの皿に取って嗜んでいる。
 そんな和やかな空気の只中で、明らかに場違いな侵入者の存在を、財前は即座に察知した。
 会場入口から最も離れた位置に陣取る彼は、煌びやかな椅子に深く腰掛け、卓上の料理を貪りながら、眉間に濃い皺を刻んでいる。
 忌々しげに侵入者達を睥睨がんつける財前は、口中のものを無造作に飲み下すと、抑えきれぬ苛苛あったまりをそのまま吐き出すように、感情的に声を荒らげるのだった。

「あなた方を招いた覚えはないのですけどねぇ!?」

こんばんはち~す、財前理事長!! お楽しみのところ悪いねぇ……少し付き合ってもらうよ。もちろん、拒否権はないからね?」

 急遽参加ドタさんした青桐達の登場によって、会場を包んでいた華やかな空気は、一瞬にして張り詰めたものへと変貌する。
 談笑していた来賓客達は息を呑み、視線は侵入者達へと吸い寄せられていった。
 そのど真ん中を、青桐達は臆することなく、悠然と進んでいく。
 先頭を歩くジョンソンヘッドコーチは、これまで独自に集めてきた財前の数々の悪行を、余興の演目めいて、芝居めいた口調で語り始めていった。

「財前理事長……あなた、悪人チンピラ達を利用して、周囲の高校に妨害工作をしていましたよね? 他校の土地買収、警察ぶたへの賄賂おひねり違法薬物ヤクの売買、誘拐らちった人間を奴隷ニコヨンとして働かせてたりさ。最近話題のRivoluリヴォルzioneツィオーネとも関係があったそうじゃないですか。ん~罪状を挙げるだけでキリがないなぁ。いやパないねぇ~表ではこんな事しときながらさ? 裏じゃあくどい事ばかりしているよ」

「はぁ~? 何を言っているのかさっぱり……」

「いやいや、装痴しかきめないでよ。証拠ねたはあるんだよ? 財前理事長……あなたパワハラがパないんだって? 側近の方が、泣きながら白状げろってくれたよ」

「あの秘書の野郎ぉ……」

「さぁ……大人しく警察ぶたの元へ行きましょう。自分の罪と、正面から向き合う時です」

「……」

「財前理事長? 聞いてます? もしも~し」

「……うぅ、うぅぅぅ……!! ワ、ワタクシ、ワタクシ……!! 本当に馬鹿なことを、し、してしまいました……!! 本気マジで、本気マジで……!!」

「う~ん……?」

「小市民共がここまで面倒ウザかったとは……!! もっと金掛けて対策しておけば良かったですねぇぇぇ!!」

「……うぅ~ん」

(やっぱこうなるよねぇ)

 ジョンソンヘッドコーチは、ある程度この展開を想定していた。
 十中八九、悪事しり露見われたところで、財前が自ら警察ぶたに出頭することはないだろうと。
 それでも、ほんの僅かな可能性――罪悪感に押し潰され、自首を選ぶかもしれないという淡い期待を、完全には捨てきれずにいた。
 財前の振る舞い次第では今後の対応を変えるつもりでいたが、どうやら目の前の男には、その判断を揺るがすだけの良心は微塵も存在しないらしい。
 大の大人が大粒の涙を流し、その場に膝をつきながらも、そこに反省の色は一切見受けられなかった。
 プランBへ移行するしかない――そう悟ったジョンソンヘッドコーチは、諦観を滲ませたため息と共に、財前へと呼びかけるのだった。

「財前理事長……その反応は、こちらの要求を拒絶する――そう受け取って構いませんね?」」

「うわぁぁぁぁ!! ワタクシ、可哀想ぐらしかですよぉぉぉ!!」

「……あの、理事長。猿芝居げんきょう、そろそろ止めてくれませんかね?」

「あぁ~~~? さっきからギャーギャーと……耳障りにも程があるのですがねぇぇぇぇ!?」

 財前の獣めいた咆哮が、空気を切り裂いた。
 その声に呼応するかのように、音もなくスーツ姿のSP達が現れ、青桐達の前へと一斉に割って入る。
 財前はゆっくりと膝を地から離し、薄気味悪い笑い声を漏らしながら、こちらへとつらを向けた。
 その瞳は墨を流し込んだように黒く、狂気を孕んだ鈍い光を宿していた。

「はぁ~……!! ありもしないことをベラベラベラベラ、よくもまあ好き勝手に並べ立ててくれますねぇ!? あ"ぁ"!? ワタクシを逮捕ぱくろうなどと考えているのならぁ~~~その計画、まとめて御破算おじゃんにしてやりますよぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"!!」

「ふ~ん、そう……」

、まだ到着しないのか……もうちょっと時間が欲しいかな……)

「青桐さん、適当な暴言で時間を繋いでくれる?」

了解うっす理解わかりました。おら糞財前!! 養豚所から抜け出した豚野郎には、刑務所ブタばこの臭い飯がお似合いだっつってんだよっ!! とっとと自首しやがれっ!!」

「あぁ"ぁ"ぁ"ん!? 誰が豚野郎だゴラァ"ァ"!! テメェ、誰に向かって口を利いてるのか理解わかってんのかっ!? あぁ"ぁ"ぁ"ん!?」

「……こんな感じで良いっすか?」

「Great、良い暴言だったよ……今、ヘリが見えたね……皆、プランBで行くよ」

 じりじりと距離を詰めてくる黒服のSP達。
 完全に包囲されているにもかかわらず、青桐達の表情つら焦燥あせあせは見られない。
 その時、ざわめきに満ちた会場へ、突如として空から重低音が降り注いだ。
 輸送ヘリCH-47JAの飛行音である。
 3機のヘリが豪華客船めがけて接近し、やがてその巨体を頭上に滞空させた。
 後部ハッチが開かれ、畳を担いだ屈強な男達が、次々とパラシュートを展開しながらデッキへと舞い降りていく。
 場内が完全な騒擾どがちゃがに陥る中、最後の一人――筋骨隆々の老人が、パラシュートも装着せぬまま船上へと落下した!!
 轟音と共に受け身を取り着地!!
 その身を滑らせるようにして、青桐達と財前の間へと割って入ったのだった!!

「む……久しいな青桐こぞう審判寺一郎しんぱんじいちろう、ここに見参……!! さぁ……柔道、やろうや……!!」
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