2月14日

片山春樹

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これが噂のオフィスラブ?

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これが噂のオフィスラブ? 

そして、優子に付き合うべきだったかな、美沙と飲みに行くのも何だかなぁ。そんな、ぶつくさしすぎて、沈んだまま浮かんでこない気分でいたら、4時頃に届いたケンさんからのメール。
「明日、11日、建国記念日、17時に中島の駅前、あの伝言板だけど。良いですか? ken」
に、気分がイルカと一緒に水面から勢いよく飛び出した感じがした。
「ひゃっほぅー。くっくっくっくっ。良いですよ~」と一人でつぶやきながら。
「かに?」
と返事を書くと。
「今のところはカニです。どんなリクエストでもOkですケド」とすぐさま返事が来て。
「OK。ウレシイ。優子も一緒にくるの?」とは、無意識なまま打ち込んだ意味のない文章。でも。
「優子さんとはその時間に伝言板の前で待ち合わせるつもり、3時ころまで仕事するつもりだから」
という返事に。ピンっと来るもの。
「じゃ、私と駅まで一緒に、私も仕事・・・」って言うのはウソだから。DelDel・・して。
「それじゃ私、3時頃に会社に顔出すから・・一緒に駅までプチデート・・してくれる?」
と、ときめいていること感じながら書き直す。すると。
「了解、なんでも申し付けてくださいナ。駅まで一緒に歩きましょうか」
とすぐさま届いた返事に。なんだろ・・・このウキウキ感。それに、どうして、自動的に、ケンさんと腕組んで歩いている自分をアリアリとイメージしてしまうのかな。顔をぐりぐり押し付けたりして。と思いながら。
「はーい。それじゃ・・またね」
と返事して。ケンさんと腕組んで歩くのって久しぶりかな・・なんて空想が顔をほころばせて。あっそうだ・・と思い出した今日の占い・・。こないだまでのとは違う占いサイト。カチカチと操作して開いた新しい星占いのページ・・。水瓶座は・・。うわ・・最悪・・どうしてこんないい気分なのに? 
「前場は諦めましょう良いこと何もありません。後場もネガティブ期待しないで。ただし引けにかけて運勢は急浮上、運に伸るか反るかは自己責任。調子に乗るとPTSでやられそう。誘いや誘惑を無視しておとなしく過ごすべし」
何だこりゃ? 美沙の誘いのコト? 当たっているのかな? 優子に誘われた方がよかった? 両方断れって意味かもしれないし。いゃ、両方断っておとなしく・・そう言う意味かも。どうしよう・・優子と美沙・・どっちもどっちだね。


そして、いつの間にか会社も終わって、美佐に引きずられるように入った居酒屋・・・いつもながらに思うのだけど、こんなところでオトコに声かけられたくないな・・。ネクタイで鉢巻してる酔っぱらったオジサンたちを、美佐はなんとも思わないのだろうか。そううんざりすると。美沙が・・。
「今日はとことん飲ませて、洗いざらい白状させてやる」なんて言うから。
「なにお・・・?」と、震える声で返事した。すると。美沙はホラー映画のような、今さっき井戸から這い出てきたオンナのような青白い顔で。恨めしや~調の声で。
「あんたとケンさんの仲・・・・」と言うから。
ぞぉぉぉっとした・・・そんなこと言われたら・・・どんなに飲んでも酔えないと思うのですが・・。そんな気分で、美佐が注文するままに飲むのだけど・・先に ろれつ が回らなくなってきた美佐に。
「あんたって、毎晩ケンさんとエッチなことしてんでしょ、じゃなきゃ会社であんなに仲いいわけないし、どんなことしてるの白状しなさいよ」と言われて。
「だから、私とケンさんはそんな仲じゃないんだって・・・」と何度も何度も言うけど。
「本当はどぉなのよ・・どうしてあんたは、あんなにケンさんと・・・うっ・・うっ・・うぇぇぇぇぇん・・えん。私もあんな風にケンさんと楽しくお話ししたい。ウィンクも欲しいし投げキッスもしたいよぉぉぉ」
最近の美佐。飲むとすぐに泣き始めるんだ・・こんな美佐には、どんな説得も無駄だろうな・・それより、どうやって撤収しようかしら・・。周りを見渡しても・・・誰もが視線を反らして、こんなのに声かけるクレイジーなチャレンジャーはいないね・・・私でもイヤだよ。はぁ・・・どうやって美佐を部屋までつれて帰ろうかしら・・・・。誰か美沙を引き取ってくれそうな男の子いないの? どうして、いつの間にか、お店の中私たちだけなの?

そして、何も思い出せないような休日。つまり約束の11日。昼過ぎまで二日酔いを覚ましてから昨日のメールをオソルオソル確認すると。
「それじゃ私、3時頃に会社に顔出すから・・一緒に駅までプチデート・・してくれる?」
「了解、なんでも申し付けてくださいナ。駅まで一緒に歩きましょうか」
よかった・・これは夢とか酔ってた時に見たマボロシではなく、まさに現実だ。ヨシっと背伸びして。そう言えば昨日、美沙をどうやって部屋まで運んだかな・・と思い出しながら。まぁいいや・・美沙の事より、今日のスケジュール。つまり。カニ。とりあえずシャワーを浴びて、カニか・・と思うから、汚れてもいい普段着。ケンさんと優子しかいない食事会だから別にお化粧もいらないでしょ。と鏡に向かうと、最近お化粧とかおめかしが面倒くさくなってるよね私、と自分につぶやいてしまった。すると、後ろから美沙の声が聞こえたような。
「恭子って女の子であること捨ててない? まぁ、最近はそんな女にも寛容な社会になったのだろうけどさ」
別に、いいじゃん。ケンさんと優子が誕生日のお祝いしてくれるだけだし。ケンさんとプチデートって言っても、別にあの人は恋人でも脈のある男でもないしさ。まぁとにかくカニだし・・。ケンさんと優子がお祝いしてくれる私のお誕生日会だし。お化粧もおしゃれも必要なんてないよ。面倒くさいし。と自分で納得したら。ブーブーと携帯電話が震えて。画面を見ると・・・美沙・・・。うわどうしよ・・最近、この名前を見るたびにイヤな予感がする・・けど。
「もしもし、どうしたの?」と出てみたら。
「あー・・恭子・・昨日ってお勘定払ってくれたの?」
「まぁ・・ね・・美沙ってもうへべれけだったからさ・・タクシーで・・」
「ごめんね・・後で半分返すから」・・・半分・・私の3倍は飲んで食ったでしょ・・。と思うけど。
「それより・・大丈夫?」
「頭痛い・・もう・・チョコレート見に行こうよ・・」えぇ・・ちょっと待ってよ、今日はムリだし。
「って思ってたのに、今日はムリ・・ごめんね・・」って・・あーびっくりした・・。
「う・・うん・・それじゃあね、ゆっくり休んで」もう・・とにかく早く切って、今からケンさんとプチデートの約束なんだから、ノロイとタタリを断ち切ろう。そうしよう。と電話を切って。時計はまだ2時前。ちょっと早いけど。出かけよう。そうしよう。

そして、とりあえず約束した時間少し前に会社に行ってみると、タイミングよく、自販機の前、一人で珈琲を飲んでるケンさんと鉢合わせた。
「けーんさん」と呼び止めると。
「おりょ・・恭子ちゃん、え・・早くない?」とやさしく私を見つめてくれるケンさん。
「ううん・・カニのお礼に、ケンさんのことなにか手伝ってあげようかと思って・・・」
と肩をすぼめて、首を傾げて、かわいらしく返事していることを自覚しながら。
「あらら・・・時間つけて上げられるかな・・」というケンさんが少し照れていそうな雰囲気。
「時間なんてどうでもいいし」
「でもさ・・」
「プチデートしてくれる約束でしょ」
とケンさんのデスクの横・・隣から椅子をコロコロ引き出して、ちょこんと腰掛ける。
「あ・・それね、でも、そんなのでいいの」
「うん、それよ。それだけでいいから。なにか手伝ってあげる。いつもの企画書でしょ。どれからまとめればいいの」
「じゃ、このリストをプリントアウトしてくれますか」
「お安い御用で」
「たすかるよ・・ありがと、3時までに仕上がるか心配だったんだ」
「私が仕上げてあげますから大丈夫」
「うん・・ありがと。ホントに助かる」
「どういたしまして」と返事した勢いで思いつくこと「お礼に一日、一晩、私のカレシに・・・・」
とは言えないな・・このヒトはそういうこと本気にするから。でも・・なんだろ、この至極の幸せ。今この瞬間、ケンさんの真剣な横顔を独り占めしている私。
それに、この手の仕事は私の十八番。ケンさんに言われなくても、書類をどんな順番に並べるかも解るし、その通りに並べて、ケンさんが作ってる資料を挟むところに付箋を貼ってからケンさんに渡してしばらく。すると。
「ねぇ、恭子ちゃん・・どうしてこんな的確に分類できるの・・??」
と紙をめくりながらつぶやくケンさんに。
「だっていつも私がしてる仕事だもん」と答えるけど・・。
「ふうううん」
と言いながら、ぱらぱらと紙をめくって。
「なんか怖いね、その超能力。心の中まで探られそうで・・・」
なんてことをつぶやくケンさんの視線を反らせる表情に。
「どうして・・あ・・なにかやましいこと考えてる?」と笑いながら言ってみると。
「・・・う・・・」だなんて。だから。
「う・・ってなによ。うっ・・て」と笑ったまま言い返すと。
「今、ナニ考えてたかわかった?」とケンさんは大真面目な顔。
「わかるわけないでしょ」と答えるけど、一瞬、やっぱりと思うことは・・・。
「どうせ・・優子のことでしょ」くやしいけど・・そう答えると、のぼせてた気持ちが冷めてしまって。
「・・・・・・・」と目を見開いた顔で私を見つめるケンさんに、
「で、優子とはどのくらい進んでるの? 本当に上手くいってるの? 毎日ちゅっちゅしてる」
とは、本当に興味ある質問だけど。
「う・・うん・・まぁ」
と力なく答えるケンさんに、チラッと手を止めて顔を振り向けると、うつむいた、その悩み顔は本当に真剣で・・。
「なによ・・その真剣な顔。あー本当はうまくいってなぁいーんーだぁ・・」と言うことは・・まさか。こないだの優子の話がやっぱりホント? だとしたら・・よっしゃぁ。
「いや・・そのネ・・こういうことって誰に相談したらいいかと思ってて」って・・相談? って? 別れ話・・と思うと。どうして、キターって、にやけてしまいそうになるの? でも・・。とりあえず。
「・・・な・・ナニ・・・相談って?」 うわ・・というか。えっ・・もしかして・・というべきかしら? そう驚いてるふりをして。ケンさんの反れていく視線を無理やり追うと。
「その・・なんて言うか、優子さんと一緒に過ごしていると、なかなかそうならなくてね・・」
はぁ? 何が? えっ? 別れ話をどう切り出そうか・・じゃないの? と期待したまま。
「・・・そぉならないって? どう・・ならないの?」と、つぶやいて。
それって、なんのこと? やっぱり、本当に気まずくなってるのこの二人。でも、振り向いたケンさんと見つめあうと・・ごくり・・となってしまう、その・・これが・・・そぉなる・・・ってやつかしら?
「恭子ちゃんとはさ、こうして見つめあうだけで、そうなるのにネ」と言いながら、ケンさんの手が私の脇にするりと入ってきて・・・えっ何するの? キャスター付きの椅子ごと軽々と抱き寄せられて・・・えっ何するの? 息を感じ取れるくらいに近づいて・・。ほっぺが触れ合いそう。たぶん、このまま眼を閉じて、体中の力を抜いて、運命を神様に丸投げすれば、ケンさんは私を・・・と思う。これって・・まさか・・噂のオフィスラブ? と思ったとたん。
「どうすれば・・優子さんとね・・・こんな雰囲気になれるか・・」
なんて事を遠ざかりながら耳元に囁くから。その言葉を理解するのに1・・2‥3秒必要だった。そして、いつものように、何も感じていないケンさんの、きょとんとしてる顔にイラっときて。
「しらないわよ・・・」と言いながら、ケンさんを突き放したら、勢いつきすぎる椅子がゴロゴローっと。
「おっと」とケンさんに手首を掴まれて。でも。
「ばか・・そんなこと、実験なんてしないでよ・・」・・・私で・・・と思う。
うわ・・どうしよ・・今頃、本当に心臓がバクバクしている。のに。
「ごめん・・・」
と、私の手首を放すケンさんを観察して・・全くの普通。の顔に、まぁ、私だから、そんな実験ができるのだろうなぁ、とも思うけど。とりあえず、怒った振りをしながら。
「私は、ケンさんなら無理矢理でも許してあげるけどね・・」って・・えぇ・・こんな雰囲気の時に何言ってるの? 私。というか、こんな雰囲気だから、そんなセリフ?
「ムリヤリ・・って」ほら・・ケンさん誤解してそう・・。でも。
「だから、もし、私がイヤだとか、ダメとか言っても、無理矢理その・・・」あーどうしようどうしよう・・。言い出したままだと誤解されたままになりそうだし。どう言い直せばいいのコレ。
「無理矢理・・・」とつぶやくケンさんの目つきがほら・・絶対、誤解してる。から・・もういいや。
「ケンさん・・優しいから、もう少し強引になってもいいと思うよ・・という意味よ・・あぁもぉ、私じゃなくて、優子に」
優子に。を強調すればいいでしょ。少なくとも、私に強引になって・・欲しいのも確かだけど、とも思うし。今この瞬間も・・・あーもぅ・・。この男って、いつも、どうしてこうなるの?
「やっぱり・・私・・」
好きなんだな・・この男の事。と思いながら、間抜けたケンさんの顔を見つめて。そんなわけないでしょ、とも自分に言い聞かせているし。
「やっぱり・・ワタシ?・・ナニ・・?」と聞きながら、目を大きく開くために額にしわを寄せるケンさんに。
「なんでもない・・で、仕事はもういいの? もう少し何かするの?」そう、うんざりと尋ねると。
そう言えばさっきから二人っきりのオフィス。こんなに広いところで二人っきりで見つめあうと、お互い、変な気持ちが湧き上がることを自覚してしまう。ほら、唇が惹かれあうあの感じ。神様に背中を押されてる気がして目を閉じようとすると・・・うぃぃぃんがちゃん・・・と突然動き出すコピーの機械に二人でドキッと驚いて。
「あ・・・ありがと・・あと少し」
「はいはい・・・珈琲でも買ってこようか」
「うん・・・」
そんな理由で逃げ出さないと、どうにかなってしまいそうだ・・こんな静粛と、二人きりには広すぎる空間・・。そして、話すことが思いつかないまま二人で珈琲をすすって・・。ふと思いついたこと、いや。ずっと前から思っていたことを話始めてしまわないと沈黙に押しつぶされそう・・。
「ねぇケンさん」
「ん?」
「ん? じゃないわよ・・ケンさんも感じる?」
「ナニを?」
「ナニをって・・その・・ケンさんも私には恋愛感情全く感じないでしょ」
だから、さっきみたいな実験を気兼ねなくできるわけで。
「恋愛感情・・か・・まぁ、確かに恭子ちゃんの事って妹のように思っているかな」
「ケンさん、妹がいるの?」
「うん・・まぁ・・今年高校を卒業するんだけど、まぁ、恭子ちゃんと同じくらいカワイイ」
「あ・・そ・・アリガト、で・・恋愛感情の事だけど、優子には感じるわけでしょ」
「ナニを?」
「だから、恋愛感情だって言ってるでしょ。つまり、優子には女とか異性とか、つまり、ちゅっちゅしたいなぁと思う気持ちのコト。つまりその、触りたいなぁ、とかさ」
「まぁ・・そう言われてみると、そうなんだけど・・でも、こないだも、触ろうとしたら拒否されたというか」
「触ろうとした・・」あの巨大なおっぱいに? というか、アレ、この話、優子もしてたよね。本当の話だったんだ・・。でも、あまり深く追及するとイケないような・・。
「いや・・だから・・出来心と言うか・・手が伸びたというか・・つい・・さっきみたいに手を伸ばしたらね・・なにすんのよもぉ・・って言われてね」黙って聞いていれば、こいつは全部話してくれるというか。
「あ・・そう・・・」さっきみたいというのは・・つまり私は・・黙ったまま目を閉じて、どうぞ・・という雰囲気だったね。けど、優子は、あの巨体が腰をよじらせて、なにすんのよもぉ・・あーだめだめだめだめ・・無茶苦茶リアルに空想できちゃう。普通は、なにすんのよ、と振り上げた手をそのまま押さえつけて「なにもしないよ」
なんて言いながらアレが始まっちゃうものでしょ・・と思うけど。
「優子さん、そういうこと、はぐらかすのがうまいというか・・ね」
「・・・ね?」と言われてもね。それは、はぐらかせているのではなくて、お互い、どうしていいかわからないだけでしょ・・というか・・つまり、ウブすぎるのね・・優子もケンさんも。そう思っているとケンさんは改めて。
「で・・恋愛感情の事だけど・・」とつぶやき始めて。
霊愛感情のコト・・ってナニ・・というか、言い出したのは私か。
「確かに。優子さんと恭子ちゃんは違うよね・・」
「…違うでしょ・・ってどんな風に」違うから、優子は さん で。私は ちゃん 以外に・・。どんな感じなんだろ。自分でも納得してること、ケンさんはどう納得してるの? と思ったら。ケンさんはキョロキョロしてから口をとがらせて。
「あーそう言うことかな・・」と何かを思いついたようだ。
「って何が?」何がそういうこと? なんとなく、そういうことか、に興味が湧いてる私。
「うん・・きっとさ、遺伝子がよく似てるとか、そう言うことじゃないかな」
はぁ? イデンシ? ナニソレ? そう言うことって・・ソレ?
「ほら、兄妹とか、姉弟とか、父と娘とか、遺伝子が同じだと恋愛感情が湧かないとか、そんな話聞いたことあるけど」
急に何言い出すのよ? 理系の会話なんて私ムリだし。
「だから、俺と恭子ちゃんは、外見こんなだけど、遺伝子的によく似てるとか」
血液型は違うでしょ・・ケンさんって絶対B型だし。
「じゃぁ・・優子とケンさんは・・」イデンシ的に、よく似てないってこと?
「うん・・つまり、遺伝的にかなり対極にいるのかもしれないね。磁石のN極とS極みたいに。だからこんなに引かれ合うのかも」って、にやにやと勝手にのろけ始めるケンさんに。
あーそうですか・・もういいわよ・・なによもぉ・・私を抱き寄せてドキドキさせておいて、気まずくなってるだなんて大きな期待もさせておきながら、こんなオチだなんて。フンっだ。と顔を横向けると。
「じゃぁ・・このくらいで完成、とりあえずはジョウテキかな。あとは来週の報告会の前に課長と話し合って。で・・うん・・ありがと。恭子ちゃんに手伝ってもらうと、出来栄えがかなり良くなった感じ」
って書類をトントンとまとめてパソコンを切るケンさん、私のこの感情を気にも留めないで、今更おだてても、気分は変わりませんよ。
「それじゃ、駅までプチデートしよっか」
そう言ってニコッと笑ってくれるケンさん。プチデートしよっか・・と気分が少し上向きになるスイッチが入ったかな。とほっぺが緩んだけど。
「少し時間あるから、ぶらぶらナニか買い物でも付き合おうか?」
買い物? ってナニか買ってくれるってこと? 
「恭子ちゃん、食事だけでいいの?」
まぁ・・そう言うなら・・こないだ見かけた靴とか? 顔の筋肉が緩むことわかっているけど。
「まぁ、商店街をぶらぶらしてみましょうか」という提案に。
「うん・・」と返事して。
何事も無くオフィスを出てから、この前こうしたのはいつだっけ? あーあのときか・・と思い出すケンさんとのキスシーン・・もう過ぎたことだし、まぁいっか・・そう自分に言い聞かせて、ケンさんの左腕に絡みついてみた。下から見上げるケンさんの顔も悪気はなさそうだし。私の誕生日会だし。わがまま言ってくださいな、とも言ってたし。私を見下ろしながら。
「何か欲しいものでもあるの?」と普通に聞くケンさんに。
「別に何も・・ただこうしていたいだけよ」とケンさんの腕に顔を擦り付けてから、ぎゅっともう少し力を込めてみた。でも・・やっぱり・・。この人には。
「何も感じないね」
横顔を見上げながら、そうつぶやいた声は、ケンさんには届かなかったようだ。
「あら・・信号変わっちゃった・・」
もう一度言い直すつもりも、なくなった。
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