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男に車で送られた夜?
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男に車で送られた夜?
そんな宇宙人たちの後について、こんなスッピン顔だから、誠さんと面と向かってお話しするきっかけなんてあるわけないまま、駅の地下を潜り抜けてしばらく歩くと、見えてきた大きなカニの看板。うわっ・・駅の裏にこんなお店があったんだ・・と私、本当にびっくりしたら。
「カニカニ道楽、中島駅前店、駅の裏なのにね」
とケンさんのナレーション、ケンさんらしい冗談だと思うから、聞こえたけどムシしていると。
「駅の裏なのに駅前店ですか・・なんかおかしい。でも、本当はこっちが駅の前で。でも駅ってどっちが前なんだろ」
と何かに反応して立ち止まった優子に。
「本当だ・・どっちが前なのかな?」
と感染して立ち止まるケンさん。だから。
「はいはいはいはい」行きましょ、行きましょ。カニ食べに来ますよ。とオーラ全開で二人の背中を押したけど。大きなカニの看板を4人で下から眺めると。立ち止まらざるを得ない巨大すぎる凝った看板。に私も立ち止まってしまって。
手足がむにゅむにゅとうごめいて、はさみが時々閉じたり開いたり。目の玉も左右に揺れて、口から泡‥ではなくて水煙をシューっと吐く。私も少し圧倒されたけど。
「うっわーすっごい、カニよカニ、カニさんが動いてる」
と本当に感心しながら驚いて、もっと圧倒されている優子に。
「これはさ、ゴジラと南の海で死闘を繰り広げた、カニラ、というカニの怪獣でね、ゴジラに負けちゃってこうなっちゃたんだ。あの時、こいつが勝ってたら、このお店はゴジラ料理のお店になってたかもしれないんだぞー」
と大真面目な顔で説明した誠さんに。「それってエビラじゃないの・・」と私がつぶやく前に。
「へぇぇ、そうなんですか、カニラって言うんですか、ゴジラに負けちゃったんだ、可哀そう」
と本気で返す優子が、目をウルウルと輝かせながら、看板を見上げたまま。
「誠さんっていろいろ詳しいんですね」と本当に尊敬の念で続けるから。
「えぇ?」と固まって、唖然としている誠さんは私にそっと。
「あの・・優子さんって、どこまでが冗談でどの辺からが本気なの」そう耳元にささやいた。だから。
「あれ、全部本気ですよ。あまり調子に乗せすぎると・・」と警告してあげて。
「調子に乗せすぎると?・・」と聞き返す誠さんに、付けまつ毛のない一重瞼の目でじろっとにらみを効かせてから。
「・・・・・・・」無言で答えて。
「・・あ・・うん・・」と首を縦に振った誠さん。アドリブ、確かにケンさんより上手そうね。と思ってあげることにした。
そして、お店に入ると、無条件に唾が滲んでくる酢醤油のイイ匂い。に、優子は。
「カニの匂いですかこれ、いい匂い、よだれが出てきますね」と犬みたいに鼻をクンクンさせながらキョロキョロして。
はいはい、カニじゃなくて、酢醤油の匂いでしょ。と思いながら案内された席。の椅子をさりげなく引いてくれた誠さん。
「こちらでよろしいですか?」
と私に、爽やかすぎる笑顔で言った。全くもぉ、と思う。お化粧ばっちりだったなら。「うんうん、くるしゅうない、くるしゅうない」と思いながら。
「はい、ありがとうございます」
と満面の笑みをアピールしながら、どうですか、私ってお姫様みたいに可愛いでしょ、とテレパシーをビシバシ送りつけて、人生最高の微笑みで優雅にエレガントにエクセレントな返事をしたのに。こんなスッピン顔の地味服だから。うつむいて。
「はい・・」
としか言えない。ことを優子が見ていて。
「恭子って緊張してるの? 初対面の男の子の前だから?」なんて大声で言う。
「違うわよバカ」と思うと、苦虫を噛んでる顔になりそう。どうしてくれるのよ、こんな初対面。こんなにイイ感じの男の子なのに。ノーメイクの顔を見せたくない・・それが初めて会ったときの思い出第一号だなんて。それに。
「あの・・恭子さん、僕も、こんなにカワイイ恭子さんの前で、同じくらい緊張していますから、照れくさくて、少し恥ずかしい気持ちはお互いさまと言うことで。その、僕のコト気に入っていただけなくても構いません。お誕生日の食事ですから、いつもよりほんのちょっとだけでも楽しんでいただけたら」
と胸に手を当てて、誠実すぎる私への気遣いを、これほど心揺さぶる気持ちのこもった正確な言葉で伝えてくれているのに。
「はい・・あの・・」
そうじゃないことをどう伝えればいいのよ。私は誠さんのコト100点満点なのに。こんなノーメイクの自信のないマイナス何点かわからない顔でそんなこと言えないでしょ。なのに。
「恭子ちゃん・・具合悪いの」
って、ケンさんも、それって本当に素で言ってるの? と思いながら首を横に振って。
「もぉ、恭子のお誕生日会なんだら、もっと楽しんでほしいのに」
って、優子も、それって本当に素で言ってるの? この娘は素だろうな、こんな、ファンデを一粒も塗らなくても綺麗で美人でおっぱいボインな優子に私の今の気持ちがわかるわけないか。とうつむいたまま思い込んだら。
「あの、何か芸でも見せましょうか」とつぶやいた誠さん。えっ?
ゲイ? と、ヤジウマ根性で顔を上げてしまった私。に。
「いきなり?」とつぶやくケンさん。そして。
「ゲイって何ですか? 何を見せてくれるんですか?」とどんなものにも興味津々な優子。がまた何かしそうで気になったから。慌てて遠慮させなきゃと思ったけど。言葉が見つからなくて。
「あの・・いえ・・その・・私・・」と、しどろもどろになる私に。
「恭子ちゃん、緊張する気持ちもわかるけど」とケンさんは言った。けど。
解ってないでしょ、私は緊張してるのではないの。恥ずかしいのよ、このノーメイクのスッピン顔が。と思っても通じるわけないのだけど、それより、あの・・「ゲイ?」ってナニ? と考えている私に、また何か勘違いしてるケンさんが。
「恭子ちゃん、本当に黙っててごめんなさい。でも、誠は、俺なんかより何倍も面白い奴だからさ、そんなに硬くならないで、嘘でもいいから笑ってやってくれないかな、誠は、女の子を笑わせることに情熱を注ぐ男で・・」と言っている。
笑ってやる? 女の子を笑わせることに情熱・・情熱? って、誠さん、こんなにイイ感じの男の子が、なにする気? と誠さんに顔を向けたら。
「その。恭子さんがうつむいたままだと何かこう責任を感じてしまうというか」
「いえ・・あの・・セキニンなんて」
何する気? 何するの? と優子ではないけど、ドキドキしたら、誠さんが大真面目な顔で・・。
「あの、恭子さん。僕は耳のスイッチを引っ張られると変身できるんです」
と言った。けど、ヘンシンできる? が理解できなくて、硬直していたら。
「ヘンシン・・って。仮面ライダーですか。ヘンシン」
と手を振り回しながら即座に反応した優子に向かって。
「とぉ・・・って仮面ライダーには・・ちょっと。お猿さん・・とか・・なら」
と恥ずかしそうに額の汗をどこから出しか解らないハンカチで拭きながら答えた誠さん。
「お猿さんですか? 変身できるんですか? 変身してください」
優子って、この場面で、どうしてそんなに目がキラキラするの?
「じゃぁ、耳をくいっと引っ張りながら、お猿さんになれって言ってみて」
どうして、誠さんもそんなにまじめなままなの。黙って見ていると。
「耳ですか・・引っ張るんですか?」
「うん、優しくね、強く引っ張ったら、ちぎれちゃうから」
確かに、優子なら力任せに引っ張って千切っちゃうかもね・・。
「はい・・緊張しますね、私、オトコの人の耳を引っ張るのは初めてです」
確かに、私だってそんなモノ引っ張ったことなんてないけど。誠さんに。
「あら・・いいの? 初めての人が僕でも・・・」
と、まじめに言われて、私も何か勘違いしたけど、もっと勘違いしていそうな優子は、にったーと体をくねらせて。
「もぉぉ、誠さん、その言い方は、もぉぉぉですよもぉ。恥ずかしいじゃないですか」
と手をパタパタさせながら、甘ったるい声で、なのに誠さん。
「初めての人が僕でもいいなら、どうぞ」なんて耳を差し出しながら、そういうことってこんな顔で言うか・・普通。でも。
これが・・ケンさんより上手なアドリブ? だね。スゴイ、いや、唖然・・と見ていると。
「ダメです。私の初めての人は高倉さんと決めているんです」
と、アドリブでは、さらに一枚上手の優子が言い放つセリフの後、一瞬、ケンさんも目を真ん丸にして、お店の中までもがシーンと静まり返ったような気がして。すぐ。
「やだもぉぉ、何言わせるんですか、恥ずかしいじゃないですかもぉぉ」
優子もすごいけど。
「はいはい、それじゃ、ケンイチの耳で初体験を済ませてから僕の耳にトライしてみようか」全く動じていない誠さんも、もしかして、優子の遥か上をいってる? 優子は。
「はい」
とつつましく返事してすぐ。少し躊躇いながらも、本当にケンさんの耳に手を伸ばして、
「引っ張りますよ」と言いながら。
「どうぞ、優しくしてね」
と笑うケンさんの耳をくいっと引っ張って。「あんっ」と悶えたケンさんの耳をくいくいしながら。
「うふふふふ、高倉さん、私の初体験ですよ」とつぶやいた優子に。
「あーぁ、優子さんに奪われちゃった・・ふふふふ」
「もぉぉ・・恥ずかしい、うふふふふ」
って見てる方が目を覆いたくなる恥ずかしさ・・どういうアドリブなのコレ・・。すると、優子は今度は本当に誠さんの耳に手を伸ばして。
「じゃぁ、初体験できました。次は、イイですか、引っ張りますよ」
「うん、優しくね」
「はい、緊張しますね、高倉さん以外の男の人に触るなんて」
「どっちがいいか比べてみようか」
「くすくすくすくす。誠さんの言い方ってセクシーですね。でも、絶対高倉さんの方がイイに決まってます」
「あーあ、つらいね、二人の愛なのかな」
「はい、愛です。じゃぁ、引っ張りますよ」見てて恥ずかしくなりそうね・・。それに。
「うん、いいよ、きて」
きて・・・? って男の子のセリフなの? そして。
「お猿さんになれ。くいくいっ」
と優子が効果音付きで誠さんの耳を引っ張った瞬間。誠さんは。
「うきっ」
と。顔つきを本当にお猿さんに変身させて・・。
「うきき、うき、うきうき。。うきー・・・」
カクカクと表情を変えながら、お猿さんのような仕草で腰を曲げて、手足をくねくねさせながら立ち上がって、そばの柱に登ろうとしたけど、滑って、ずり落ちて、脱げちゃった靴をさりげなく履きながら・・。
「うきききぃー、うきっ・・」
ともう一度と挑戦したら。きゃっきゃっと笑い始めた優子が。
「お猿さんですね、きゃはははは、お猿さんに見えます。お猿さんだ、靴履き直すお猿さん。誠さん、おもしろい」
と手足をジタバタさせながら笑っているけど。私は・・開いた口の締め方を忘れている。そして。
「お客様・・・あの・・」とカニ料理を私たちのテーブルに運んできた女の子の店員さんに注意されて。
「うきっ・・」と店員さんに振り向いた瞬間。店員さんがのけぞりながら完全停止した時の3倍くらい大きくなった目、と同時に止まってしまって、どうしよう・・という冷や汗を流してる誠さんのお猿さん顔に、何かのスイッチが入っちゃったかも。私。「ぷっ・・」と吹き出しそうな息を必死でこらえて。お腹が痙攣し始めてる。だめ・・だめだめ、笑っちゃダメと必死で顔を押さえると、もっとお腹がびくびく痙攣して。ぶっ・・ぐふっ・・って・・。我慢しきれなくなっていると。
「優子さん、もう一度耳を引っ張ってあげて」と慌てるケンさん。
「えぇ~、もう一度引っ張るんですか?」と優子も慌てて。
「もう一度引っ張らないと元に戻らないんだ」
「わかりました、引っ張りますよ。えいっ元に戻れ」
「うきっ・・・あー・・戻った? あー、ご・・ごめんなさい」
と店員さんに謝罪してる誠さんだけど。私、ダメ、笑っちゃダメ・・どうして? いや、ダメでしょう、こんな顔で・・腹筋が・・息ができない・・笑っちゃダメ、ぶも・・ぷっぷって息が漏れて。
「どうしたの恭子、お腹痛いの?」
と優子が私の顔を覗き込むけど。だめ、まともに対応したら笑い転げてしまいそう。優子にだけは笑っていることがばれないように。もっとうつむいて、とりあえず深呼吸して、よし・・収まった。大丈夫、笑ってなんかない。笑いたくなんかない。何がそんなに面白いのよ、あんなの・・と暗示したのに。あんなの・・。
「・・・・うきっ?」
とお猿さんの顔で笑った誠さんの顔を真正面に見たら。
「ぶぶっふーーーー」って吹き出した息と一緒に唾が誠さんの顔に飛んだ・・。涙と鼻水が垂れ始めて。
「うきー・・うききっ・・・」
「恭子どうしたの? 泣いてるの」
私・・泣いてるの。笑いたいのに、笑えなくて、涙が出て、鼻水が・・拭くものがないし。
「もしかして・・受けた?」
と顔を拭いながら聞いてくれた誠さんに。うん・・うん・・とうなずきながら。もういい・・笑ってしまおう。涙も鼻水も・・もうどうでもいい・・くっくっくっくっくっくっ・・
って。お腹をびくびくさせながら。
「ぶぶぶぶぶぶぶ・・・」って・・あーダメダメ、私の第三印象が、こんなに下品に笑いながら顔に唾をかけた鼻水じゅるじゅる女になってしまった・・。でも、もういい・・こうなったら、手で鼻水を拭って、拭いきれないから袖で拭って。袖がテカテカになってもいい、開き直ってやる。
「うきっ・・」もういいです。
「ぶぶぶぶぶぶ・・・」
「本当に受けた・・よかった・・笑ってくれた」
「ぶぶぶぶぶぶ・・・」
「がまんしなくてもいいから、笑えば・・・うきっ」
「はい・・ぶぶぶぶぶぶ・・・・」
そして、そんな私にテーブルの紙ナプキンを一枚ずつ広げてくれる誠さん。
「本当は、笑い上戸なんだね・・カワイイ・・恭子さんって」そう言われると嬉しいですけど。こんな鼻水を手で拭う女なんてという思いもするし。笑うの止めたいから。
「もう・・ウキって言わないでください」と息継ぎしながら言ったのに。
「はい・・うきー・・」
だから、ぎっと睨みつけてやるけど。その顔が、またスイッチを入れて、お腹の底から笑ってしまう。そんな私に。
「嬉しい、そんなに笑ってくれると」
という誠さん。笑うことを必死でこらえると、冷静に観察でき始める、その本当にうれしそうな優しすぎる爽やかな笑顔は、間違いなく私が夢に見続けた未来のカレシの笑顔、何度も夢に出てきた未来の恋人の笑顔、そして、いつか私のパートナーになってくれるはずだと何度も空想した未来の花婿さんの笑顔。が、今、目の前に現実に存在していて。こんなに燃え上がっているこの恋心をどこにぶつければいいの。この紙ナプキン? もういい、誠さんの正面だけど。鼻水が・・紙ナプキンで思いっきり、チーンと鼻をかんで。次の一枚でゴシゴシを鼻を拭いて。笑っている誠さんに、どうせ私はこんな、素敵な男の子の目の前で遠慮なく鼻をかむ下品な女よ。何も言えないでしょ。と思っていると。問答無用に優子が割り込んできて。
「他にも何かに変身できるんですか」
なんて言ったら、誠さんも優子に振り向いてしまって。
「優子さんのリクエストならナニにでもなれるよ。ナニに変身しようか?」
そんなこと言ったら・・優子が調子に乗るでしょ・・と思ったのに。
「それじゃ・・鰐さんになれ」
と優子はさっきまでのためらいを全く見せずに誠さんの耳を再びグイっと引っ張ると。一瞬止まった誠さん。私をチラッと見て・・だから言ったでしょ、調子に乗せ過ぎるとって・・。とテレパシーがビシバシ飛んだ・・。
「なれないのですか、鰐さん」優子はとまってしまった誠さんに容赦なくそう言ったら。
「なれるよなれる、ちょっと待って、今、鰐さんの霊を呼び寄せるから」・・今度はレイ?
「すごーい、霊を呼ぶだって、そんなこともできるんですね?」
「できるよ、鰐さん鰐さん鰐さん、腕立て伏せができない鰐さん、キター」
と言いながら、テーブルに両手をついて、顎を乗せて、目をぎょろぎょろさせ始めた誠さん・・たしかに・・言われてみれば鰐さんかも。と固唾をのんで見守っていると。
「優子さんの手が美味しそうなご馳走と思っている鰐さんですよ、目だけを動かして、美味しそうな優子さんの手を狙っていますよ。こっちに来ないかなって」と言いながら。目をぎょろぎょろ。
「誠さん、鰐さんに見えますよ・・私の手を狙っていますか、美味しそうですか。ちゅるちゅるちゅるちゅる。そっちに行きますよ・・どうしますか?」
と手をゆらゆらさせながら近づいたら。ばくーっ・・と口を広げて優子の手に飛び掛かった誠さんを、「きゃぁぁっ」とのけぞった優子が。「ぎゃはははははは」って笑いながら。
「鰐さんですね。びっくりしましたけど、鰐さんすごい。じゃぁ次は、パンダさんになれ」
大はしゃぎしながら。また、何のためらいもなく誠さんの耳をグイグイっと引っ張って。
「えぇ・・ぱ・・・パンダ」・・パンダ?
「なれますか」・・ムリじゃないかな? ビジュアル的に。
「大丈夫。パンダさんの霊・・パンダさんの霊・・パンダさん‥キター」
「来ましたか・・」・・なにが来るの?
と、思ったら、椅子にだらしなくもたれて。左手に持った割りばしを、くっちゃくっちゃくっちゃと噛み始めた誠さん・・確かに、上野動物園で見たパンダはそんな仕草で竹を噛んでたかも。でも、黙って見ていると。
「すごーい・・パンダさんですね。それじゃ次は、えーと、それじゃ次は」
と、誠さんの耳をぐいぐい引っ張り始めて。誠さんも硬直してしまっているから。だと思う。私、ダンっと、立ち上がらずにはいられないし。私。
「優子、あなた、いいかげんにしなさいよ。誠さん困ってるでしょ」
と怒鳴り散らさなければ気がすまないかもしれない・・いや、怒鳴り散らしてしまったから・・もう気が済んだけど。大きな声で怒鳴った私を唖然と・・・唖然と私を見ている誠さんの顔・・とお店の中のお客さんたちもシーンと私に注目していて。終わったね・・というより、何も始まらなかったんだね、というべきか・・こんな女・・ふーはーふーはーと息を整えながら。優子を睨みつけて。
「なによ・・もぉ・・」とぼやく優子に。
「はしゃぎすぎでしょ。もっと静かに食べなさい」と言わずにはいられないし。
「はーい・・」と返事しながら ぷー と膨らむ優子に。
「あんたって子は・・いつもいつも。ぷーってするのもやめなさい」
と言ってから私も座ろう。ふーはーふーはーと、息を整えて、そして。
「あの、別に僕は困ってなんかいませんから」とおろおろとつぶやく誠さんに。
「いいの、あの娘を調子に乗らせないで、もうこれ以上。私の誕生会なんだから」
「はい」と子供みたいにしょぼんとした誠さん。私から視線を背けて。
「この芸はさ、ケンイチも今練習中だから、今度はケンイチの耳を引っ張って、なって欲しいものになってもらってよ」なんて優子に話始めて。
「えぇ~高倉さんも練習中ですか」と嬉しそうな優子の笑顔は悲しくなるほど可愛くて。
「えぇ? 練習・・まあ、優子さんがして欲しいって言うなら」してあげれば・・。
「で、優子さんはケンイチをナニに変身させるつもり」と聞かれた優子は。にやぁーっとしてから。
「う~ん。それはですね。ひみつです・・強いて言うなら・・うふふふ。ひみつ」
そう言ってケンさんと見つめあってる優子に。
「じゃぁ、今度ケンイチに聞くよ」と誠さんが言うと。
「ケンイチ・・ですか」と振り返った優子。
「うん、ケンイチに・・って、ナニ?」
「ううん・・」
だなんて楽しそうな雰囲気になるから、ヤキモチかなこの感情、やきもちだなんて。そんな気持ちになるより以前に、初対面の男の子にも怒鳴り散らしてしまったかも・・私。もういい。「第一印象は、スッピン顔のダサい古着の女」「第二印象は、言いたい放題の女」「第三印象は、唾を顔に飛ばして鼻水じゅるじゅる垂らしながら馬鹿笑いする女」「第四印象は、優子を怒鳴り散らす女」その次は誠さんにわめき散らす女。もういい。私は私よ。と乱暴にカニの脚の殻を歯で割って、中の身を齧りとると、横から。
「殻、剥きましょうか?」と誠さんが優しくささやいてくれて。
「自分でできます」と、まだ素顔を見せたくないまま、むしゃむしゃと手をべちょぺちょにしながらカニを頬張ると。
「うわー・・カニって、カニかまぼこみたいな味ですね」
と言ってる優子が、また気になり始めるけど、もう知らないし、関わりたくないし。だから。
「ケンさん、なんか言ってあげなさいよ」
と思いながら。睨んでも。ケンさんは知らん顔でむしゃむしゃ食べていて。
「ホントだ、カニかまぼこの味がするね。あっ・・でもさ、カニかまぼこってあるのに、エビかまぼこってどうしてないんだろう」とつぶやいたのは誠さん。と、口から垂らしたカニの身を、ちゅるっとすってから、モグモグしながらじっと見つめあう優子が。
「あーホントだ、エビかまぼこってないですよね、高倉さん、エビかまぼこって食べたことある?」とケンさんに振って。
「エビかまぼこ・・そう言えば、ないね、今度探してみようか」と優子に負けず劣らずの笑顔。に答える優子もものすごい笑顔で。
「探してみましょう」だって。
こんな会話・・やっぱり・・宇宙人のお食事会ですね・・私、ナニか期待した? ナニを期待したの? と誠さんの横顔を眺めて。むしゃむしゃと真剣に殻を割って中身を取り出して、酢醤油に漬けて、もぐもぐ。悲しいくらいに美味しい・・。
「このカニおいしい・・恭子さんも食べてますか?」
「・・・はい」見りゃわかるでしょ。なんてこと本当は思ってはいけないと解っているけど。もう縁もゆかりもなくなった人だし。次の殻を剥いて、中身をほじると、カニって・・食べるとき・・無口にならざるを得ない料理なのね。ということを学習しよう。真剣に殻をほじくらないといけないし、手もこんなにべちょべちょになることも。それに、これって絶対上品に食べることなんてできないと思う・・。ちらっと顔を上げたら、優子とケンさんは・・・・。
「あーん、それ私が剝いたのに」
「えー剥いてくれたんじゃないの?」
「5本まとめてがぱって食べたいの」
「はいはい」
「じゃぁ、これ失敗だから食べてください。はいあーんして」
「あーん・・って、失敗ってナニ?」
「途中でちぎれちゃった」
「あー、おっおっおっじゃぁこれ優子さんにあげるね。まるまる取れたよ」
「うれしー」
「じゃ、あーんして」
「あーん・・・おいしい、幸せです」
はいはい・・ナンダロこの脱力感。さっき大笑いさせてくれた誠さんも二人を遠目で眺めながら、心なしか脱力してる。そして、何かが通じたように私に気付いた。目が合って、ニコッと笑って。
「あの・・聞いていいですか?」と私に話しかけてくれたことに。
「・・・なんですか?」と不愛想に返事したと思う。
「さっき、優子さんがお誕生日プレゼントって言ってた話ですけど」
「あー・・さっきも言いましたけど、私2月14日が誕生日で。でもその日はビックイベントがある日ですから、その」と次の殻を剥きながら。
「繰り上げて今日」
「まぁ、そういうことですね」
「そういうことですか・・」
「聞いてなかったのですか?」
「うん・・まぁ・・優子さんは幼馴染の親友を紹介してあげますって。ケンイチは会社で一番親しくしている妹みたいなカワイイ娘を紹介したいって。それだけでしたから」
「幼馴染の親友と、親しくしてる妹みたいなカワイイ娘」
「優子さんが、私がいいよっていうまで絶対に話しかけてはいけませんよって」
「まったくもぉ・・」と身を酢醤油に浸してむしゃむしゃモグモグ。
「でも、サプライズな出会いだったかなって気もしますけど」
「サプライズすぎですよ・・」と口にできないもどかしさを・・。
「こんな残念な女でごめんなさいね」と言おうとしたけど。誠さんがその前に話始めて。
「ケンイチと一緒に歩いてきた恭子さんを見て、うーわカワイイなんて思っちゃって、軽くお辞儀しちゃったのばれてた?」
と照れくさそうな顔は嘘じゃないと解るけど。そう言えば、と思い出すことは。
「なによ・・あんなにすぐ後ろで私のコト観察してたんですね、だまって」
と、急に吐き出したくなった愚痴はもう一つ。
「私がケンさんと話してたこともだまって聞いてたでしょ」
その、優子の揺れてるおっぱいの話とか、ケンさんにあんなにべたべたしていたこととか。
「まぁ・・聞いたというか・・聞こえたというか。大きな声だったし」
やっぱり、聞こえてたのね。ため息・・はきながら、次の殻を割って剥いて・・ぺちょぺちょむしゃむしゃもぐもぐ、はーエンドレスになりそう、これ。と思った時。
「ごめんなさい・・ちょっと・・」
と優子が席を立って。すぐ・・。
「あ・・俺も・・」
とケンさんも。そして。
「ツレしょん・・?」とつぶやいた誠さんを。ぎっと睨むと。
「あ・・ごめん・・下品だった」と言うから、睨むのをやめて。聞こえるように。
「くふんっ・・」
と鼻で笑ってあげると。
「くくくく」と笑い始めた誠さん。
「何が可笑しいんですか?」と聞くと。
「さっきの大笑いしてくれた恭子さんのコト思い出したら・・ね。あんなに笑ってくれるなんて僕も嬉しかった」
「言っときますけど、優子の前ではほどほどにしてくださいあーゆーこと」
「はい・・でも、恭子さんが怒鳴らなかったら次はナニに変身しろって言われてたかなって思って」
そう言われて、ふと、思いつくこと、優子の事だから・・。
「蒸気機関車とか・・」とつぶやいたら。
「じょ・・蒸気機関車?」と目を剥いだ誠さん。
「原子力潜水艦とか・・オオアリクイ・・シャチ・・キングギドラ」優子ならあり得るものを列挙すると。
「げんし・・・アリクイ・・シャチ・・キングギドラ」ともっと目を剥いた誠さんに。
「タイムマシーンになれって言われたらどうしますか?」と言ったら。
「・・・タイムマシーン」と少し考えた誠さんは。
「僕ドラえもん・・のび太くん、はい、タイムマ・・シー・・ン」
外したね・・シラケすぎて、何もかも失せてしまった。だから、優しさを込めたつもりで。
「私の前ではヘンシンしなくても結構ですから」と言ってあげると。
「はい・・」
とうなずく誠さん。と、顔を見合って真正面から見つめあうのは・・ようやく・・かな? じっと私を見つめている誠さんが優しい微笑んで・・つられて笑うと。
「あの・・」
となにか言ってくれそうな瞬間に。ブーンブーンブーンと携帯電話が鳴り始めて。ナニよもぉこんな時にと、ぬるぬるの手で開いた画面には、優子の表示。
「ナニどうしたの?」
と耳に当てたら、誠さんも電話を取り出していて。
「ケンイチどうしたの?」と言ってる。
「恭子、あのね、なんとなく私たち邪魔になった感じだから、あとは二人で仲良くしてね」
って・・えっ? と思って誠さんを見ると。
「ちょっと・・それってさ・・」
とつぶやいて、誠さんも私を見つめた。そして。
「誠さんに代わって」
「どうして?」
「いいから誠さんと代わってよ」
と言うから、電話を差し出すと。誠さんも私に電話を差し出して。お互いの電話を交換し合って耳に当てると。
「あの。恭子ちゃん、今日はびっくりさせてごめん、誠、どうかな?」とケンさんの声。
「どうかなって・・」いわれても。と誠さんを見ると。
「恭子ってカワイイし、イイ女の子でしょ」
と微かに優子の大きな声が私まで届いて。
「うん・・そうだね」と返事してる誠さん。それより。
「恭子ちゃんが言いたいことは明日会社で全部聞くから、その、気に入らなかったら、俺から やんわり と傷つけないように言ってあげるから、そうじゃないなら、俺が自信をもってお勧めできる男だから、遠慮なく焼くなり煮るなり、耳を引っ張るなり」
「うん・・くくくくくって・・ばか・・思い出すでしょ」
「元に戻った?」って
「ナニが? どういうこと?」
「今日、なんかこう機嫌悪そうだったけど、誠とお話しし始めた恭子ちゃんっていつもの恭子ちゃんに戻ったかなって・・誠もまぁまぁのイケメンでしょ、もしかしてホントに緊張した?」
「するわけないわよ」とこれはやせ我慢だけど。
「まぁ・・時々外すヤツだけど、本当にイイヤツだから、お誕生日プレゼントとして受け取ってください」
「・・うん」もらってやるか・・と返事してから、いつも通りにどんな憎まれ口をたたこうかと思ったけど。その瞬間、いい言葉が思いつかなくて。少し、間が開いてしまった。その隙に。
「俺は、優子さんとチョコレート見に行ってくるから」
と先を越されて。またチョコレートか・・。
「はいはい」と返事して。
「それじゃ・・またあした」
「うん」と電話を切って。誠さんに返したら。誠さんも私に電話を差し出して。
「さっきも言ったかな? 僕は藤原誠。恭子さんへのお誕生日プレゼントだそうです。よろしくね、リボンはついていませんけど」と改めて自己紹介かな。ほほ笑んでる誠さんと見つめあうと、少し照れくさくて言葉が途切れるけど。次は私の番。
「恭子です、恭賀新年の恭の字に子供の子。優子とは5歳の頃からの幼馴染で、ケンさんとは同じ会社の同期です22歳になります」早口でそう言った。すると。
「僕は、ケンイチとは4歳の時、幼稚園のバスで出会ってからの親友です。親友と書いてライバルと読みます。バスでの出会いはフォレストガンプという映画のような・・」
と言われて。あー、と思う。何だかわかりやすい説明。それより。
「親友と書いて、ライバルですか」北斗の拳だよね・・それって。
「うん、出会った時からだね、ケンイチとは何もかも競い合わないと気がすまなくて、お互いで、あいつより先にバスを降りるぞから始まって、あいつより速く走るぞ、あいつよりイイ点とるぞ、あいつより早く起きるぞ、あいつよりたくさん食べるぞ・・でも、背はあいつの方が少し高くなったけどね」聞いていて、なんだか、ケンさんと誠さんが競い合ってる光景が見える気がして。その映像がほほえましく思えた。そう言えば、確かにケンさんの方が少し背は高いね・・。だから。
「みたいですね」とつぶやくと。もっと話し続けてくれる誠さん。
「そんなケンイチとは、俺の方が51対49で勝っていたと、ずっと思っていたんだけど」
「思っていたんだ・・けど」
「こないだ、あいつがね、実は彼女ができちゃって、と電話かけた時に打ち明けてさ」
と聞いて即座に思うこと。
「こないだっていつですか?」と聞いたら。
「あぁ、初詣に行ったとき、今年はいつ行くんだって電話で聞いたときにね」
初詣か・・優子もケンさんも、どうしてその時私を誘ってくれなかったのよ。誘ってくれていたら、誠さん、もっとカワイイ私と出会えていたのに、私にも電話してくれていれば、私、カレシができちゃってって、美沙とあんな惨めにチョコレート売り場を徘徊なんてしなかったのに。とタラればタラればタラれば、と頭の中で呪文のように繰り返していたら。
「初めまして優子でーす。高倉さんのカノジョでぇーすよって優子さんの可愛らしい笑顔を見た時にね、あー100対0で俺の完全な負けかなって気がしてね」
と回想する誠さんの言葉を私の頭の中で映像化しながら。
「まぁ・・優子は見た目もあんなで綺麗ですからね」とぼやくと。
「ホント、初めて見た時、ロケッティアに出てたジェニファーコネリーかと思っちゃったくらいで」とはにかみ笑う誠さんに、ピンっと・・私が今思い描いてる映像のピントがばっちり合った。
「ロケッティアに出てたジェニファーコネリーね・・」確かにね。イメージはそれだね、あの映画に出てたジェニー役のジェニファーコネリーって、背も高くて超美人ですんごいおっぱい・・が、横からはみ出してたよね。それに、ケンさんも、どことなくシャイなクリフシーコードにイメージ重なるし・・と回想している私に。
「解らないかな、古い映画からの抜粋と言うか、たとえ話だけど」とつぶやいた誠さん。
「あ・・うん・・まぁ」とどうして否定してるの私・・と思っていたりする。そして無意識に、まだ身が入っているカニを摘まんで殻を剥いている私に。
「剥きましょうか?」と手を伸ばす誠さんを。
「い・・いえ・・自分でできますから。で、その話ですけど」と遮ってから。
「その話?」さっきの続き・・何か引っかかる表現だったのは、これ。
「100対0で俺の負けって・・」
「あ・・うん・・つまり、ケンイチは俺より先にあんな綺麗な女の子を彼女にして、僕には女の子の友達すらいなくて・・だから、100対0で僕の負け」
俺・・僕・・と使い分けていそうでじつは使い分けていないことに気付きながら。
「でも、そんな、彼女ができたとかできないとかって、勝ったり負けたりする話ですか?」
そういう事を勝ち負けという価値観で語ることがなんとなく私には違和感でしかないという気がしている。今。と誠さんの顔をじっと見つめてから、手にしてるカニを口に入れてもぐもぐすると。そろそろお腹いっぱいになってきた。
「まぁ確かに勝ったとか負けたとかという話ではないのだけど、そういう表現方法しかないというか、他の言葉が思いつかないというか、勉強不足で」
と微笑みながら言い訳してる誠さん。その言い訳に、いい感じの男の子だなと思ったけど、違うのかな? 私、ナニを吟味しようとしているのだろう。
「つまり、負けたなぁって思うのは。ケンイチの事がうらやましいとか、いいなぁって言う気持ちとか、俺もすぐにお前を超えてやるぜ、とかそういう感情の事で・・」
ふううん、それならなんとなくわかるかな、と理解してあげたつもりの視線を誠さんの目の奥に投げかけると、誠さんは一瞬言葉に詰まった。そのタイミングで。
「じゃぁ、勝ったなぁって思うのはどんな感情ですか?」と聞いたら。
「うーん・・そうだね」
と、少しだけ考える仕草・・にいたずらしたくなったのかな私。カニの汁のついた指先を拭いもしないで、誠さんの耳たぶに、摘まんでみたら、うわ・・笑ってしまいそうなくらい柔らかい。それに、きょとんと止まってしまった誠さん。そして。むにゅむにゅと摘まみながら。
「ロダンの考える人になれ」
って笑いながら言ったら。
「えぇ・・って、今? このタイミング? って足と手どっちだっけ・・」
と考える人のポーズを右手を上げたり左手を上げたり、ギクシャクする誠さん。くくくくくくくって笑ってあげながら。
「よく考えてください。勝ったなって思うのはどんな感情の時ですか?」
とまじめな顔に戻しながら聞いたら。私をじっと見つめる誠さん。
「恭子さんが優子さんよりもっと幸せそうに楽しそうに笑ってくれたら、俺、嬉しくなって、どうだ、ケンイチに勝ったぜって気持ちになるかも」
えっ・・私が優子よりもっと幸せそうに楽しそうに笑ったら・・なんて、そんな返答は想定外かも。急にシリアスモードに突入して、これ以上笑えないというか・・ナニ・・これって、もしかして、私。生まれて初めて男の子に口説かれてるの?
「さっき、恭子さんが大笑いしてくれた時は、どうだケンイチお前にはできないだろ。と思っていたかもしれない。そんな感情の時、勝ったって思っているかも。うきっ・・は、もうダメかな」
あぁダメですね・・それに、口説かれているわけではなさそうね・・素で、そう言う時に、ケンさんに勝ったと思うわけだ。なるほどね・・。これって幻滅? どうして幻滅って思ってるの私。と自問自答していると。
「まぁ、でも、確かに、彼女ができたとか、彼女がいないとかは勝ったり負けたりする話ではないね、それに、優子さんって見た目もすごいから、あの娘に勝つというのが・・」とつぶやいてから、誠さんは私をじっと見て、申し訳なさそうに、ナニかを優子と比較していそうな目つき・・に確かに幻滅しているね私・・小さなため息も出た。と思ったから、ついムッとしてしまったかも。かもではなくて、ムッとしてしまったから、こんなこと。
「まぁ・・男の子は、優子みたいな女の子が好きですからね。綺麗で美人で背も高くてすんごい巨乳だし」
ってナニぼやいてるの私? と誠さんから視線を反らせたら。おどおどと表情を青ざめさせた誠さんは。
「あ・・あの・・確かに優子さんはジェニファーコネリーみたいですけど。僕はどちらかと言うと、解ってくれるかどうか、ハムナプトラに出てたエブリンとか、エバーアフターに出てたダニエルとか、そんな感じの女性に惹かれる男で。もう一つついでに言うと、遥かなる大地へというトム・クルーズが出てた映画でシャノンが、大けがしたジョセフの大事な所を隠していた洗面器をこうして捲って・・にやぁーっとするシーン・・」
洗面器に見立てたお皿をめくりながらにやぁっとする誠さんに。思い出したのは、それは、ニコールキッドマンで、そのシーンなら私も、にやぁーっとしながら見た覚えがある。ニコールキッドマンってアレを見てトムクルーズと結婚を決意したのかな・・とも思い出していたりして。いや、あの映画、トムとニコールはもうすでに夫婦だった? えっ、私、今、幻滅がものすごい期待感にチェンジした実感に心震わせている。鳥肌がたつ感触が腕を駆け上ってきた。
「ははは・・たとえ話がちょっとレアでわかりにくいよね」
とはにかみながら言う誠さんに、私、いえ・・私・・それって、全部4K映像で思い描くことができます。なんて思っていること・・。どう言えば伝わるのだろう?
「まぁ、説明すると、それは、何十年の前の映画で、僕が気に入って何度も見て、こんなセリフを言ってみたいなぁとか、こんな女性とこんな恋をしたいな、とか。こんな冒険をしてみたいな、とか、そんな儚い幻想にどっぷり浸かって・・・」
私も、その映画で、幻想にどっぷりと浸かった。特に、エバーアフター、ヘンリー王子がダニエルにプロポーズするシーンなんて・・・DVDが擦り切れるくらい何度も見ているし。だから、何か言わなきゃ気がすまない。誠さんはまだ何かを喋っているけど。
「あの・・解ります」と叫ぶように遮って。解ります、誠さんが例えた映画全て。
「・・はい?」
「だから・・そのたとえ話、私にも解ります」そう言わずにはいられない。
「たとえ話?」
「だから、ハムナプトラのエブリンがレイチェルワイズで、エバーアフターのダニエルがドリューバリモアで、シャノンがニコールキッドマンで。洗面器をこうしたとき、ニコールはトムと結婚してよかったって思ったのかも・・・という」
いや・・その洗面器のエピソードは、私の幻想・・で・・その話を誠さんも理解したから。そんないたずら小僧の笑みを浮かべるのね・・と、思ったら。
「うわ、でかい・・とか。えぇ~堅そう・・って顔だったのかなアレ」
そんな想像した通りの エッチ なアドリブに。私、徹底的に幻滅したいのに。ぷっ・・と吹き出してしまったのは。今一瞬自分で思いついた憎まれ口が可笑しかったから。それは。
「うわ。小さくてカワイイ。とか、ふにゃふにゃで柔らかそう。だったかもしれませんよ」
って言い放ってから。くっくっくっくっくって笑わずにはいられなくなって。
「くっくっくっくっくっくっ・・げほげほ・・」って誠さんもお腹を抱えだして。
「「あっはっはっはっ」」
って二人で笑い始めたら。しばらくの間止まらなくなってしまった。そして。
「アドリブ、ケンイチには勝ってたつもりだけど。恭子さんには100対0で僕の完全敗北。あぁー穴があったら入って、出直したい気持ち。くっくっくっくっ」
まだ笑ってるし。私も。でも・・はしたない女と思われなかったか・・と一瞬心配し始めると、笑い虫は静かに収まってしまって。
「全部食べちゃった?」と聞く誠さん。
「あ・・はい」と返事したら、そろそろお開きかな? と言ってもまだ、今何時かな?
「おいしかった?」
「はい、ごちそうさまでした」
「うきっ・・」
「笑いません・・」
「じゃぁ・・」といってニヤッとした誠さん。
「なんですか? じゃあ」と怖めの表情を意識して返事した私。に。
「恭子さんに聞きたいことが一つあります」
「聞きたいこと・・どうぞ・・何でも聞いてください」
「ちゃんと、答えてくれますか?」
「質問の内容にもよりますけど」
と誠さんを睨みつけると、一瞬黙り込んてしまった誠さんは。大きく息を吸ってから。
「恭子さんって、ケンイチのコト好きなんでしょ」
「・・・・・・・」
お寺の釣り鐘になった私。頭の中で、ごーーーーーーーん、と行ったり来たりしながら響いてるのは。
「ケンイチのコト好きなんでしょ・・ケンイチのコト好きなんでしょ・・ケンイチのコト好きなんでしょ」
って、言われて、こんなに目を見開いて止まってしまったら、はい好きです、ってテレパシーが飛びそうだし。
「べ、べ、べ、べつに」
なんて、べを3回も繰り返して顔を背けたら、説得力まったくなくなるし。でも。
「ケンイチも、本当は恭子さんのコト好きなんじゃないかなって、恭子さんのコトを話すケンイチを見ててね、優子さんもあんな感じだし、ケンイチってこんなにモテたのかなって、ちょっと悔しく思ってるけど」
と、落ち着いた声でうっすらと笑みを浮かべて話す誠さんの顔を見つめたまま、頭の中でリピートしたのは「恭子さんのコトを話すケンイチ・・」って。だから。急に冷静さが戻ってきて。慌ててものすごい早口で聞き返すのは。
「ケンさん、私のコトなんて話したんですか?」
の部分。本当にナニ話したんだろう。
「いや・・大したことではなくて」
「大したことではなくても、気になるでしょ。ケンさん私のコト誠さんになんて言ったの?」ともっとものすごい早口で言ってる私に。
「まぁ、一言で言うと、妹みたいなカワイイ娘がいてって」ゆっくりダラダラと喋る誠さんが歯痒いし、妹みたいなカワイイ娘って・・そういうことは一言でいうものではなくて、だから、二言三言で言うと、ケンさんどう言ったの? と聞きたいことを。
「それだけ?」と聞いた私に。
「うん・・まぁ、それだけ」と答える誠さん。
「それだけじゃないでしょ、ケンさん私のコトなんて言ったのよ?」
本当にそれだけなはずないでしょ。
「気になるの?」なるから聞いているの。
「なりますよ」無茶苦茶。
「まぁ、だから、恭子さんってケンイチの事が好きなのかなって思ったりして」
って、その前後が入れ替わって、無限ループの入口に立つ人の言葉はやめて。だから。
「ケンさん何話したのですか?」って聞いているのに。
「妹みたいなカワイイ娘って言ってたけど」
だから、それはさっき聞いて、あーもぉ、無限ループにだけは入らないように。どうすればイイ、なんて言えばループに陥らないの? あーもういい。無限ループに入るくらいなら、言ってしまおう。これが噂のカミングアウト・・。
「まぁ、言っちゃいますけど。私ケンさんのコト好きです」
はっきりとそう伝えると。誠さんの表情が一瞬曇った気がして。だから、私の気遣いと言うか、そうじゃないというか。
「あの、誠さん、誤解しないでください。私はケンさんのコトが好きですけど。これは、恋愛の感情ではありません」
って、美沙にもそんな話したかな・・ってナニ思い出してるの?
「恋愛感情ではない?」
「だから、ケンさんのコト、まぁ、犬とか猫とかハムスターとか、弟、兄貴、お父さん・・子供。つまり、カレシとか恋人とか以外の男性と言う意味で好きなんです」
「ハムスター・・あ・・そうですか」と全然わかってなさそうな誠さんの表情に。
「そうですよ」と言ってみるけど。
「まぁ・・その、ちょっとケンイチにヤキモチ妬いた・・かな俺」
「ヤキモチ・・」
「ケンイチってモテるんだなって。ちょっとくやしい気持ちというか、さっきも言ったっけ」
はいはい・・って、男の子のそういう感情はあまり知らないし解らないけど。あっそうだ、私の事をどう話したのか? それ、言わないなら聞くしかなくて。だから。
「あの、誠さん、もしかしてケンさん、私と出会った時のコトを誠さんに話しましたか?」
ケンさんと出会った時の話は・・。
「出会った時の事、ケンイチと恭子さんが?」聞き返さなくてもわかるでしょ。
それに、あの話は二人だけの思い出だから。
「あの時のコト、何か話したのかなって気になるから」
「うん、そのエピソードは聞いてないけど。話してくれるのかな?」
えっ? いや、別に話したいわけではないけど。
「だから、会社の同僚にカワイイ妹みたいな女の子がいて、良かったら今度紹介してあげようかって、ケンイチは優子さんに進められて僕にそう言ったんだと思うけど。それ以外は恭子さんのコト、名前も、会ったときに自分で聞けよって」
「そうですか?」本当にそれ以外の会話がなかったような雰囲気ね。でも。
「そうですよ」と私の顔をじっと見つめる誠さんは。私を見つめたまま。
「でも、言われると気になるね、恭子さんとケンイチが出会った時のエピソードって。今度ケンイチを からかう ネタにできそうなら話してほしいけど。どぉ?」
って、あー、私、墓穴ほった。と顔を背けたけど。
「からかう?」の部分が気になったというか。
「こんなカワイイ娘がいるなら、もっと早く教えてほしかったし。何かこう、仕返ししたい気分だから。あいつを からかえ そうなエピソードなら教えて欲しいけど、話したくないならムリには聞かない」
こんなカワイイ娘がいるなら。か、心が開いちゃうよね、そう言われると、それに、別にこの話にケンさんを からかえる ネタはなさそうだし。話してみたいかな、これ。
「じゃあ、話してあげます。私とケンさんのエピソード1。会社の入社式の日、私の隣にケンさんがいたんです」
「隣・・」と少し驚いてくれる誠さんに。
「はい」と返事したら。
「へぇ・・じゃあ、もうそこで何かの運命とかありそうだけど」と笑う誠さんに。そう。
「でしょ、でしょ、私も本当に、隣にまぁまぁかっこいいハンサムな男の子がいるもんだから、もしかして、この人って私の運命の人かなって思ったりしてたんです」
「でも、違った?」って物語を終わらせないでよ。
「いえ、その、ここからがエピソードで。社長が演壇に立って話始めた時、今から言うことをしっかりとメモして、って言われて、ノートを開いて、ボールペンをカチカチして、さぁ、何でも言ってメモする準備OK、って待ち構えてたんですけど。社長がナニか喋って、それをメモしようとしたら、ボールペンが書けなくて、えぇ~、ちょっと、ってがりがりがりがり、ってしちゃったら」
「あー・・よくあるね、それ、ボールペンが道端でもらった景品だったとかの時」
「まさにそれですよ。駅前でもらった共済保険のボールペン。えぇ~って、私無茶苦茶あせってがりがりがりって、何で書けなくなのよこんな時に、ってぼやいたんです。間違いなく声に出してぼやきました」
「そしてら、ケンイチがボールペンを・・」
「それが・・ケンさん、3色ボールペンを分解して、中の芯を一本抜いて。また組み立てて、ボールペンは私に。ケンさんは細い細い芯でノートにメモしながら、ほら、メモしないと、見せてあげないぞ。って、ボールペンを分解して組み立てる手際のよさとか。私に太いペンをさっと渡して、自分はあんなに細い芯でカリカリメモして。キュンってなってる私の事を、クスって笑った、あの時のケンさんの素敵な笑顔に惚れ惚れしたことよく覚えてます」
「その、ボールペンが急に書けなくなったことも、運命のいたずら」そうそうそれそれ。
「だと思いました。配属先に振り分けられた時。部署も近くて、ペンを返す時にお礼も言えたし、しっかりと自己紹介もして。会社に入って一番最初に知り合った男の子、これって絶対運命よねって、しばらくの間、ずっとケンさんのこと、ストーカーしたりしてました」
「したりしてた・・のか」
「でも、だんだんと身近な存在になるにつれて。部署が近くて、仕事とか重なることが多いんです。企画書作るの手伝ったり、お客さんの要望書を報告しやすいようにまとめたり。見積書をデータベースで検索したり」
「ケンイチと共同作業で」
「はい、で、だんだんと、確かに間違いなく私はケンさんのコトが好きなんですけど、なんだか違うなって薄々感じるようになったのが、つい最近・・」
とここまで話して。はっと思い出すのは。まさか、ケンさん、私とキスしたことこの人に話したりしてないよね。なんて思ったら勘ぐられるかもしれないから。思考から消去消去。で、どこまで話したかな・・。
「つい最近って言うのは、例えば、クリスマスの頃とか?」
「ピンポーンそれですよ、クリスマスの時に、合コンがあって、人数が少し足りないからって、私優子とケンさんも誘ったんです。優子は幼馴染だから、めぼしい男の子紹介してあげるからおいでって。ケンさんには、私の幼馴染を紹介してあげるからって、初めは、話し相手になるだけでいいからって、ケンさんが優子の身長に見合う男の子だからって理由もありました、ただ、それだけの理由で、気安く二人を引き合わせたら・・その」
「あーなっちゃった」
「あーなりました。一瞬でした、目が合った瞬間に二人ともヒトメボレしあって」
「そうか、ケンイチの奴、その時俺も誘ってくれていれば恭子さんともう少し早く出逢えていたのに・・ねぇ」
「えっ・・」まぁ・・そうですけど・・あの時、誠さんが来ていたら。美沙と言う名前の毒グモに絡めとられていたかもしれない。と冷や汗が出た時。
「で、ケンイチが優子さんとくっついてしまったのに、恭子さんの心の中、さざ波も立たなかったとか、そういうオチかな?」オチ・・?
まぁ・・そう言われると、そういうオチですけど。って、私なにべらべら喋っているの? と言うか、男の子との会話って、こんなにべらべらと話しやすかったかな?
「それで、さざ波も立たない自分の心に気付いて。あぁ私はケンさんのコト好きだけど、恋してるわけではないんだ」それって解りやすい言い方ね・・と言う意味で。
「まとめるの上手ですね」まぁ、そういうことです。別にケンさんを からかえる 要素はないと思いますけど。
「ふううん、そういうことなんだ。じゃ、僕にはチャンスがあるということ」
「えっ・・」チャンスって・・ナニ? 急に話を変えないで、と思ったけど。
「それとも、僕にも、さざ波は立ちませんか?」
と悲しいそぶりで言われたら。
「いえ、立ちますよ。立ってます」ってナニが? 立ってるの? ちょっと今、聞いていなかったかも。
「ホントに」そんなに嬉しそうな顔しなくても・・って・・あっ、それ、ちょっと、いや、立ってるって。言っちゃったけど。
「あの・・まだ、話は途中です」と急旋回。
「話は途中?」
「だから、ケンさんに、こないだ・・」って今日か、ついさっきの話しか、これって。
「ケンイチに、こないだ。ナニかした? ナニか言った?」
「聞いたんです」
「聞いたんだ、ナニを?」
「だから、その、ケンさんも私に恋愛感情全くないでしょって」
「恋愛感情全くないでしょ。って、そしたら」と身を乗り出すように聞き出そうとした誠さんに、思いついたこと。
「何て言ったと思いますか、親友なら、ケンさんがなんて言ったかわかるんじゃないですか?」と大真面目に聞いてみた。いたずらな気持ちとか、そう意味で聞いたのではなくて。ただ、興味が湧いた。この人の思考形態がどうなのか。すると。
「ケンイチがどういったか? つまり、恭子さんが、ケンさんも私に恋愛感情全くないでしょ。と聞いたら。ケンイチはどう答えたのか? 親友ならわかるでしょ・・解るかな」
そう考え込む誠さんの表情がなんとなく真剣すぎで面白くなったから、という理由だけど。
「耳を引っ張りましょうか? ケンイチになれって」と思いついたまま言ったら。
「ぷぷっ・・いや・・真剣に考えるから笑わせないで。耳も引っ張らない」
と耳をふさいでクスクス笑う誠さんに、アレっ・・この人カワイイな、なんて思っていることに気付いたその時。
「うん、ケンイチなら。・・・きっとさ、遺伝子がよく似てるとか、そう言うことじゃないかな。って言い出すかも。そして、ほら、兄妹とか、姉弟とか、父と娘とか、遺伝子が同じだと恋愛感情が湧かないとか、そんな話聞いたことあるけど。とかなんとかうんちくを垂れてから。だから、俺と恭子ちゃんは、外見こんなだけど、遺伝子的によく似てるとか。とか何とか言って。優子さんとは、遺伝的にかなり対極にいるのかもしれないね。磁石のN極とS極みたいに。だから、あの二人は、あんなに引かれ合うのかも」
って、一字一句違わないセリフに、にやにやする仕草まで、ケンさんとそっくりだった今。だから・・かな。私、幻滅な気持ちを込めて。
「確かに、親友ですね」
とつぶやいてから。ナニ幻滅しているのだろう私・・。いや、幻滅と言うより。絶句してる。全く同じことを言うなんて・・と。
「確かに親友って・・ケンイチもそう言ったの?」
「一字一句違わずに、まったく同じことを言いました」と心の中でリピートしながら。
「はい・・まぁ・・」と答えることにした。つまり、思考形態はまさにケンさんと同じ。と言うことは。私、この人にも恋愛感情を持たないかもしれない? というのは幻滅の部類でしょ?
「でも、僕は、恭子さんに今恋愛感情持ってますけど」
へっ? 持ってるの? と思ったら。あわてて、キュン、としたかも私。
「あ・・と言うことを、つまり、恋愛感情とは・・・」
「・・・とは?」
とホントにつばを飲み込んで、どんなセリフが来るのかなと待ち構えたら。
「あの・・まだ時間大丈夫ですか?」
えっ? 恋愛感情って時間の話しなの?
「あぁ・・なんか話し込んでたら、もう8時過ぎてるし・・」
「・・だから?」
「あぁ、このお店、8時までと言うことで予約してたから。そろそろ出ないと」
「・・ああ、そういうことですか」って。恋愛感情持ってますけど、の続きはどこに行っちゃったの?
「もう、イイですか、たくさん食べましたか」
「はい・・おなか一杯です」
「そう、良かった」
「はい・・まぁ」
えぇ~どうしちゃったの? さっきまではあんなにスムーズにお話しできていたのに、どうして急にそわそわと。会話が刺々しくなってる。
「それじゃ、そろそろ出ましょうか? うわ、手がベトベト。洗います?」
「あ・・はい、それじゃぁ」
「じゃぁ、僕はお勘定済ませてますから、外出たところで待ってます。ゆっくり」
「はい・・」
と、お手洗いに入って、鏡に向かって、走馬灯のようにさっきまでの誠さんとの会話をリピートしている私。映画の話しであんなに気が合って。解りやすくて。さざ波が立って。彼は私に恋愛感情を持っていて、そこで会話が途切れた。鏡の中の私に。
「誠さんって、いい感じの男の子よね」
とつぶやいたら。そこには、ニンマリと「ゲットしちゃうべきでしょ」と言い返してくる私がいて。
「優子よりもっと幸せそうに笑えば、誠さんの勝ちって。だから、もっと笑ってあげるべきでしょ私」
ともう一度つぶやいて、もっとにんまりしたら。ふーはーふーはーと息が荒くなり始めるスッピン顔の私も、まぁまぁカワイク見える。
「よし・・ゲットしてみるか」
ってどうやって。と思いながらも、待たせちゃ悪いし。手だけゴシゴシ洗って、臭いは取れないけど、ベトベトは取れてる。よし。
「ゲットしよう・・」今夜? って。でも、焦りは禁物だし。とりあえず今日は、じらすくらいがイイかな、ってどっち?
そんな思いがぐるぐるしたまま、お会計の所には誠さんの姿がなくて。もういいのかなと思って外に出ると、振り向く誠さんがいて。
「会計はケンイチが済ませてくれてたみたい」
と言った。あ・・そうですか。と思ったらすぐ。
「で・・」とつぶやいた誠さん。
で、ときたら、「これからどうしますか?」 が定番でしょこういう時って。だから、「もう少しデートしませんか?」とテンション高めの言葉を用意したまま。
「で・・?」とわざと恥じらいながらうつむくように聞き返してみたら。
「明日も会社があるし、今日は初対面ですし、これから送らせてもらってもいいですか?」
と、テンションが下るセリフが聞こえた。だから。
「はい・・そうですね・・」と答えて。
「近くに車止めてますから、そこまで、一緒に歩いていただけますか」
「あ・・はい・・」車? ドライブ・・。と連想するのは・・お泊りデート。なんでそんなことを連想するの私。それより、さっきの恋愛感情とは、の話の続きは車の中で? あー私、思考回路が混線している。
「すぐそこですから」
と私に振り返る誠さんに、店から離れると、暗くなる夜道を、しおしおとついて歩きながら。
「なんだか、映画のたとえ話をこんなにわかってくれる女性がいるなんて驚きました」
と話始めた誠さんに。
「私も、映画は好きでよく見てますから。とくに、エバーアフターのヘンリー王子のプロポーズなんて何回見たかわからないくらいですし」
「へぇぇ。ハローが始まるあれ」
「ハローから始まるプロポーズです。思い出せますか?」
「確か、ダニエル、今君に膝まづいているのは王子ではない、ただ、君に恋してるヘンリーと言う名のただの男だ・・だったかな」
「あーそんな感じですそんな感じ」
って。なにはしゃいでるの私。そんな私にまじめな雰囲気で重く。
「いつか言ってみたいねあんなセリフ」とつぶやいた誠さんに。
「言ってみてください。ダニエル、君がそんな、ただの男の妻になってくれたなら、その男は王様になったような気持になるだろう」あのシーンは何度見直しても感動するよね。今日も帰ったらDVD探してみてみよう。と、はしゃぎついでの勢いでそんなことを言ったら。じっと私を見つめた誠さん。言葉を詰まらせて。私も、「あっ」っと言葉に詰まったかも。
「あー、あの、駐車場そこです」
「はい・・」
とゲートをくぐると青色の小さめの車のランプがチカチカして。
「どうぞ、頭ぶつけないように」とドアを開けてくれた誠さんに。私今何か決定的なことを言っちゃったかな? と自問しながら助手席に座って、今自分が言ったことが思い出せないような気持になってる。のは。
「シートベルト締めてくださいね」
とエンジンをかけて、ゆっくりと車を発進させながら。
「目的地を教えてもらってもいいかな」
とまるで、ヘンリー王子がダニエルにプロポーズしたセリフを力ずくで避けていそうな一言。
「あの、えっと、駅のロータリーを右に曲がって・・・」
「はい」
「で、次はあの信号を左です。そしたらもうすぐ・・」
この道はいつかケンさんと歩いた道だけど、車で走るとこんなに近い私のマンションがすぐに見えてきた。
「そこのマンションです、私の部屋」
「近いんだね」
「はい・・」
「それじゃ、この辺でいいかな。あっそうだ、お誕生日の贈り物をナニか探しておきます」
「え・・いえいえ、そんなもう今日も、ご馳走になりましたから」
「でも、知ってしまったからには、何か贈った方がいいでしょうし」
「そんなり気遣いは・・」と言うしかないでしょ。はい。心待ちにしてますと言った方が良かった? どっち?
「そうですか・・それじゃ、電話番号とかメールのアドレスとか交換できますか。僕のはこれです」
と差し出された携帯電話に、私の携帯電話をモジモジ操作してからタッチさせて。ピロピロリンと音が鳴ったら。自動的に番号とアドレスが交換されて。まぁ、これで今日のイベントは終了したかな。という気分。
「それじゃ、ごちそうさまでした」とつぶやいて。何かをまだ期待していそうな私だけど。
「はい・・僕もあんなに笑ってくれて嬉しかったです。それに、映画の話しも、なんだか知的なお話ができて、充実した時間を過ごせました」
ジュージツした時間を過ごせた・・知的なお話? やっぱり、期待している返事はなくて。でも。
「本当にここでいいの?」
と聞くから。もういいかな・・と。
「はい」と答えたら。さっと車を降りた誠さんは、ささっと回り込んで、助手席のドアを開けて。
「お手をどうぞ」
と差し出された手。そっと握ってから車を降りると。
「それではおやすみなさい・・って一度してみたかった、こういうの」
と笑っていて。私も、こんな車の降り方に、なんだか恥ずかしい気持ちがしてる。車を降りるとドアをパタンと閉めて。
「じゃ、部屋に無事着くまでここにいますから、部屋に着いたら電話でもメールでもしてください」
って、どういう意味かな?
「はい・・」
と返事して。マンションのエントランスに向かいながら一度振り返った。と同時に呼び起こされた記憶。この階段を上がって振り向いたとき。ケンさんは闇の中に吸い込まれていったけど。そんなことを思い出しながらゆっくりと振り返ると。誠さんはまだ、優しくニコニコと手を振ってくれて。トラウマが一つ消滅した実感がした。
「おやすみなさい」この小さな声はあそこまで届かないと思うけど。私も小さく手を振ってマンションのドアを開けて、エレベーターのボタンを押して、小さな箱の中、鏡に向かって。
「どうなの? ナニか確信とかある?」
って自分に聞いたのは。間違いなく、私、あの人のコト気に入ったから。でも・・。ヘンリー王子がダニエルにしたプロポーズの話は強制的に終了してしまったような気が尾を引いていて。ヘンな誤解とかしたかな、どんな誤解したの? 例えば、結婚は望んでいない男の子とか? と思い込んだ時、エレベータのドアが自動的に開いて。部屋に無事着いたら電話かメールだったよね。少し歩いて、私の部屋の前、鍵を出してドアを開けて。
「ただいま」とつぶやくと自動的に明かりがともって。今日は靴を脱ぐと同時に携帯電話を取り出して。呼び出した誠さんの電話番号。
「無事着きましたよ」って言うの? って・・メールの方がイイかな。どっちがイイのこういう時? もしかして、誠さん、電話なら付き合おうかとか、メールならプロポーズしようとか。そんなことを考えていたらどうしよう。という気持ちが押し寄せてくるから・・。メールならプロポーズ‥の直感に未来を託して。
「無事着きましたよ。今日は楽しかったです。また、芸を見せてくださいね。ウキッ・・お猿さんの絵文字」
って慌てて文章を打ち込んで。やっぱり電話で話すべきかな。とも思ったけど。メールでもいいでしょ、なかなかの文章じゃん。と、送信ボタンを押した。そして部屋の明かりは付けないまま、窓の外を見てみると誠さんはまだ車の外で携帯電話を操作していて。しばらくそのまま見ていると。プルプルと返事が届いた。。
「おやすみなさい。僕も、今日は本当に楽しかった。また笑わせてあげるから覚悟しろよ。それじゃ、また会う約束の”術” またね。ちゅっ。キスの絵文字?」
と3回読み直したのは。「術」? って・・誠さんもケンさんみたいな術を使う人? と一瞬揺らいだこの感情・・。窓の外、誠さんはマンションを一瞬見上げてから車に乗り込んで、ヘッドランプがついて、ゆっくりと走り始めて。通りの向こうでテールランプを赤々と灯らせて右に曲がって見えなくなる。もう一度携帯電話の画面を見つめると。
「おやすみなさい。今日は本当に楽しかった。また笑わせてあげるから覚悟しろよ。それじゃ、また会う約束の”術” またね。チュッ。キスの絵文字?」
「またね・・ちゅっ・・」とつぶやくと。なんだかゾワゾワしたものが膝の下から這い上がってきたかのようで。明かりも付けずに見入っている画面。
「またね・・ちゅっ・・」もう一度つぶやくと。もしかして・・私にも・・カレシができちゃったの? と生まれて初めて感じるこの感情。が声に出た。
「誠さんって、もしかして、あの人が私のカレシ・・恋人・・未来の花婿様? えっ・・えぇ・・どうしよう。本当に私に彼氏ができちゃったのかな?」
生まれて初めて、男の子に車で送られた夜、また会う約束の術が来ないかなと、お風呂に入るのも忘れて、私は携帯電話を握りしめていた。
そんな宇宙人たちの後について、こんなスッピン顔だから、誠さんと面と向かってお話しするきっかけなんてあるわけないまま、駅の地下を潜り抜けてしばらく歩くと、見えてきた大きなカニの看板。うわっ・・駅の裏にこんなお店があったんだ・・と私、本当にびっくりしたら。
「カニカニ道楽、中島駅前店、駅の裏なのにね」
とケンさんのナレーション、ケンさんらしい冗談だと思うから、聞こえたけどムシしていると。
「駅の裏なのに駅前店ですか・・なんかおかしい。でも、本当はこっちが駅の前で。でも駅ってどっちが前なんだろ」
と何かに反応して立ち止まった優子に。
「本当だ・・どっちが前なのかな?」
と感染して立ち止まるケンさん。だから。
「はいはいはいはい」行きましょ、行きましょ。カニ食べに来ますよ。とオーラ全開で二人の背中を押したけど。大きなカニの看板を4人で下から眺めると。立ち止まらざるを得ない巨大すぎる凝った看板。に私も立ち止まってしまって。
手足がむにゅむにゅとうごめいて、はさみが時々閉じたり開いたり。目の玉も左右に揺れて、口から泡‥ではなくて水煙をシューっと吐く。私も少し圧倒されたけど。
「うっわーすっごい、カニよカニ、カニさんが動いてる」
と本当に感心しながら驚いて、もっと圧倒されている優子に。
「これはさ、ゴジラと南の海で死闘を繰り広げた、カニラ、というカニの怪獣でね、ゴジラに負けちゃってこうなっちゃたんだ。あの時、こいつが勝ってたら、このお店はゴジラ料理のお店になってたかもしれないんだぞー」
と大真面目な顔で説明した誠さんに。「それってエビラじゃないの・・」と私がつぶやく前に。
「へぇぇ、そうなんですか、カニラって言うんですか、ゴジラに負けちゃったんだ、可哀そう」
と本気で返す優子が、目をウルウルと輝かせながら、看板を見上げたまま。
「誠さんっていろいろ詳しいんですね」と本当に尊敬の念で続けるから。
「えぇ?」と固まって、唖然としている誠さんは私にそっと。
「あの・・優子さんって、どこまでが冗談でどの辺からが本気なの」そう耳元にささやいた。だから。
「あれ、全部本気ですよ。あまり調子に乗せすぎると・・」と警告してあげて。
「調子に乗せすぎると?・・」と聞き返す誠さんに、付けまつ毛のない一重瞼の目でじろっとにらみを効かせてから。
「・・・・・・・」無言で答えて。
「・・あ・・うん・・」と首を縦に振った誠さん。アドリブ、確かにケンさんより上手そうね。と思ってあげることにした。
そして、お店に入ると、無条件に唾が滲んでくる酢醤油のイイ匂い。に、優子は。
「カニの匂いですかこれ、いい匂い、よだれが出てきますね」と犬みたいに鼻をクンクンさせながらキョロキョロして。
はいはい、カニじゃなくて、酢醤油の匂いでしょ。と思いながら案内された席。の椅子をさりげなく引いてくれた誠さん。
「こちらでよろしいですか?」
と私に、爽やかすぎる笑顔で言った。全くもぉ、と思う。お化粧ばっちりだったなら。「うんうん、くるしゅうない、くるしゅうない」と思いながら。
「はい、ありがとうございます」
と満面の笑みをアピールしながら、どうですか、私ってお姫様みたいに可愛いでしょ、とテレパシーをビシバシ送りつけて、人生最高の微笑みで優雅にエレガントにエクセレントな返事をしたのに。こんなスッピン顔の地味服だから。うつむいて。
「はい・・」
としか言えない。ことを優子が見ていて。
「恭子って緊張してるの? 初対面の男の子の前だから?」なんて大声で言う。
「違うわよバカ」と思うと、苦虫を噛んでる顔になりそう。どうしてくれるのよ、こんな初対面。こんなにイイ感じの男の子なのに。ノーメイクの顔を見せたくない・・それが初めて会ったときの思い出第一号だなんて。それに。
「あの・・恭子さん、僕も、こんなにカワイイ恭子さんの前で、同じくらい緊張していますから、照れくさくて、少し恥ずかしい気持ちはお互いさまと言うことで。その、僕のコト気に入っていただけなくても構いません。お誕生日の食事ですから、いつもよりほんのちょっとだけでも楽しんでいただけたら」
と胸に手を当てて、誠実すぎる私への気遣いを、これほど心揺さぶる気持ちのこもった正確な言葉で伝えてくれているのに。
「はい・・あの・・」
そうじゃないことをどう伝えればいいのよ。私は誠さんのコト100点満点なのに。こんなノーメイクの自信のないマイナス何点かわからない顔でそんなこと言えないでしょ。なのに。
「恭子ちゃん・・具合悪いの」
って、ケンさんも、それって本当に素で言ってるの? と思いながら首を横に振って。
「もぉ、恭子のお誕生日会なんだら、もっと楽しんでほしいのに」
って、優子も、それって本当に素で言ってるの? この娘は素だろうな、こんな、ファンデを一粒も塗らなくても綺麗で美人でおっぱいボインな優子に私の今の気持ちがわかるわけないか。とうつむいたまま思い込んだら。
「あの、何か芸でも見せましょうか」とつぶやいた誠さん。えっ?
ゲイ? と、ヤジウマ根性で顔を上げてしまった私。に。
「いきなり?」とつぶやくケンさん。そして。
「ゲイって何ですか? 何を見せてくれるんですか?」とどんなものにも興味津々な優子。がまた何かしそうで気になったから。慌てて遠慮させなきゃと思ったけど。言葉が見つからなくて。
「あの・・いえ・・その・・私・・」と、しどろもどろになる私に。
「恭子ちゃん、緊張する気持ちもわかるけど」とケンさんは言った。けど。
解ってないでしょ、私は緊張してるのではないの。恥ずかしいのよ、このノーメイクのスッピン顔が。と思っても通じるわけないのだけど、それより、あの・・「ゲイ?」ってナニ? と考えている私に、また何か勘違いしてるケンさんが。
「恭子ちゃん、本当に黙っててごめんなさい。でも、誠は、俺なんかより何倍も面白い奴だからさ、そんなに硬くならないで、嘘でもいいから笑ってやってくれないかな、誠は、女の子を笑わせることに情熱を注ぐ男で・・」と言っている。
笑ってやる? 女の子を笑わせることに情熱・・情熱? って、誠さん、こんなにイイ感じの男の子が、なにする気? と誠さんに顔を向けたら。
「その。恭子さんがうつむいたままだと何かこう責任を感じてしまうというか」
「いえ・・あの・・セキニンなんて」
何する気? 何するの? と優子ではないけど、ドキドキしたら、誠さんが大真面目な顔で・・。
「あの、恭子さん。僕は耳のスイッチを引っ張られると変身できるんです」
と言った。けど、ヘンシンできる? が理解できなくて、硬直していたら。
「ヘンシン・・って。仮面ライダーですか。ヘンシン」
と手を振り回しながら即座に反応した優子に向かって。
「とぉ・・・って仮面ライダーには・・ちょっと。お猿さん・・とか・・なら」
と恥ずかしそうに額の汗をどこから出しか解らないハンカチで拭きながら答えた誠さん。
「お猿さんですか? 変身できるんですか? 変身してください」
優子って、この場面で、どうしてそんなに目がキラキラするの?
「じゃぁ、耳をくいっと引っ張りながら、お猿さんになれって言ってみて」
どうして、誠さんもそんなにまじめなままなの。黙って見ていると。
「耳ですか・・引っ張るんですか?」
「うん、優しくね、強く引っ張ったら、ちぎれちゃうから」
確かに、優子なら力任せに引っ張って千切っちゃうかもね・・。
「はい・・緊張しますね、私、オトコの人の耳を引っ張るのは初めてです」
確かに、私だってそんなモノ引っ張ったことなんてないけど。誠さんに。
「あら・・いいの? 初めての人が僕でも・・・」
と、まじめに言われて、私も何か勘違いしたけど、もっと勘違いしていそうな優子は、にったーと体をくねらせて。
「もぉぉ、誠さん、その言い方は、もぉぉぉですよもぉ。恥ずかしいじゃないですか」
と手をパタパタさせながら、甘ったるい声で、なのに誠さん。
「初めての人が僕でもいいなら、どうぞ」なんて耳を差し出しながら、そういうことってこんな顔で言うか・・普通。でも。
これが・・ケンさんより上手なアドリブ? だね。スゴイ、いや、唖然・・と見ていると。
「ダメです。私の初めての人は高倉さんと決めているんです」
と、アドリブでは、さらに一枚上手の優子が言い放つセリフの後、一瞬、ケンさんも目を真ん丸にして、お店の中までもがシーンと静まり返ったような気がして。すぐ。
「やだもぉぉ、何言わせるんですか、恥ずかしいじゃないですかもぉぉ」
優子もすごいけど。
「はいはい、それじゃ、ケンイチの耳で初体験を済ませてから僕の耳にトライしてみようか」全く動じていない誠さんも、もしかして、優子の遥か上をいってる? 優子は。
「はい」
とつつましく返事してすぐ。少し躊躇いながらも、本当にケンさんの耳に手を伸ばして、
「引っ張りますよ」と言いながら。
「どうぞ、優しくしてね」
と笑うケンさんの耳をくいっと引っ張って。「あんっ」と悶えたケンさんの耳をくいくいしながら。
「うふふふふ、高倉さん、私の初体験ですよ」とつぶやいた優子に。
「あーぁ、優子さんに奪われちゃった・・ふふふふ」
「もぉぉ・・恥ずかしい、うふふふふ」
って見てる方が目を覆いたくなる恥ずかしさ・・どういうアドリブなのコレ・・。すると、優子は今度は本当に誠さんの耳に手を伸ばして。
「じゃぁ、初体験できました。次は、イイですか、引っ張りますよ」
「うん、優しくね」
「はい、緊張しますね、高倉さん以外の男の人に触るなんて」
「どっちがいいか比べてみようか」
「くすくすくすくす。誠さんの言い方ってセクシーですね。でも、絶対高倉さんの方がイイに決まってます」
「あーあ、つらいね、二人の愛なのかな」
「はい、愛です。じゃぁ、引っ張りますよ」見てて恥ずかしくなりそうね・・。それに。
「うん、いいよ、きて」
きて・・・? って男の子のセリフなの? そして。
「お猿さんになれ。くいくいっ」
と優子が効果音付きで誠さんの耳を引っ張った瞬間。誠さんは。
「うきっ」
と。顔つきを本当にお猿さんに変身させて・・。
「うきき、うき、うきうき。。うきー・・・」
カクカクと表情を変えながら、お猿さんのような仕草で腰を曲げて、手足をくねくねさせながら立ち上がって、そばの柱に登ろうとしたけど、滑って、ずり落ちて、脱げちゃった靴をさりげなく履きながら・・。
「うきききぃー、うきっ・・」
ともう一度と挑戦したら。きゃっきゃっと笑い始めた優子が。
「お猿さんですね、きゃはははは、お猿さんに見えます。お猿さんだ、靴履き直すお猿さん。誠さん、おもしろい」
と手足をジタバタさせながら笑っているけど。私は・・開いた口の締め方を忘れている。そして。
「お客様・・・あの・・」とカニ料理を私たちのテーブルに運んできた女の子の店員さんに注意されて。
「うきっ・・」と店員さんに振り向いた瞬間。店員さんがのけぞりながら完全停止した時の3倍くらい大きくなった目、と同時に止まってしまって、どうしよう・・という冷や汗を流してる誠さんのお猿さん顔に、何かのスイッチが入っちゃったかも。私。「ぷっ・・」と吹き出しそうな息を必死でこらえて。お腹が痙攣し始めてる。だめ・・だめだめ、笑っちゃダメと必死で顔を押さえると、もっとお腹がびくびく痙攣して。ぶっ・・ぐふっ・・って・・。我慢しきれなくなっていると。
「優子さん、もう一度耳を引っ張ってあげて」と慌てるケンさん。
「えぇ~、もう一度引っ張るんですか?」と優子も慌てて。
「もう一度引っ張らないと元に戻らないんだ」
「わかりました、引っ張りますよ。えいっ元に戻れ」
「うきっ・・・あー・・戻った? あー、ご・・ごめんなさい」
と店員さんに謝罪してる誠さんだけど。私、ダメ、笑っちゃダメ・・どうして? いや、ダメでしょう、こんな顔で・・腹筋が・・息ができない・・笑っちゃダメ、ぶも・・ぷっぷって息が漏れて。
「どうしたの恭子、お腹痛いの?」
と優子が私の顔を覗き込むけど。だめ、まともに対応したら笑い転げてしまいそう。優子にだけは笑っていることがばれないように。もっとうつむいて、とりあえず深呼吸して、よし・・収まった。大丈夫、笑ってなんかない。笑いたくなんかない。何がそんなに面白いのよ、あんなの・・と暗示したのに。あんなの・・。
「・・・・うきっ?」
とお猿さんの顔で笑った誠さんの顔を真正面に見たら。
「ぶぶっふーーーー」って吹き出した息と一緒に唾が誠さんの顔に飛んだ・・。涙と鼻水が垂れ始めて。
「うきー・・うききっ・・・」
「恭子どうしたの? 泣いてるの」
私・・泣いてるの。笑いたいのに、笑えなくて、涙が出て、鼻水が・・拭くものがないし。
「もしかして・・受けた?」
と顔を拭いながら聞いてくれた誠さんに。うん・・うん・・とうなずきながら。もういい・・笑ってしまおう。涙も鼻水も・・もうどうでもいい・・くっくっくっくっくっくっ・・
って。お腹をびくびくさせながら。
「ぶぶぶぶぶぶぶ・・・」って・・あーダメダメ、私の第三印象が、こんなに下品に笑いながら顔に唾をかけた鼻水じゅるじゅる女になってしまった・・。でも、もういい・・こうなったら、手で鼻水を拭って、拭いきれないから袖で拭って。袖がテカテカになってもいい、開き直ってやる。
「うきっ・・」もういいです。
「ぶぶぶぶぶぶ・・・」
「本当に受けた・・よかった・・笑ってくれた」
「ぶぶぶぶぶぶ・・・」
「がまんしなくてもいいから、笑えば・・・うきっ」
「はい・・ぶぶぶぶぶぶ・・・・」
そして、そんな私にテーブルの紙ナプキンを一枚ずつ広げてくれる誠さん。
「本当は、笑い上戸なんだね・・カワイイ・・恭子さんって」そう言われると嬉しいですけど。こんな鼻水を手で拭う女なんてという思いもするし。笑うの止めたいから。
「もう・・ウキって言わないでください」と息継ぎしながら言ったのに。
「はい・・うきー・・」
だから、ぎっと睨みつけてやるけど。その顔が、またスイッチを入れて、お腹の底から笑ってしまう。そんな私に。
「嬉しい、そんなに笑ってくれると」
という誠さん。笑うことを必死でこらえると、冷静に観察でき始める、その本当にうれしそうな優しすぎる爽やかな笑顔は、間違いなく私が夢に見続けた未来のカレシの笑顔、何度も夢に出てきた未来の恋人の笑顔、そして、いつか私のパートナーになってくれるはずだと何度も空想した未来の花婿さんの笑顔。が、今、目の前に現実に存在していて。こんなに燃え上がっているこの恋心をどこにぶつければいいの。この紙ナプキン? もういい、誠さんの正面だけど。鼻水が・・紙ナプキンで思いっきり、チーンと鼻をかんで。次の一枚でゴシゴシを鼻を拭いて。笑っている誠さんに、どうせ私はこんな、素敵な男の子の目の前で遠慮なく鼻をかむ下品な女よ。何も言えないでしょ。と思っていると。問答無用に優子が割り込んできて。
「他にも何かに変身できるんですか」
なんて言ったら、誠さんも優子に振り向いてしまって。
「優子さんのリクエストならナニにでもなれるよ。ナニに変身しようか?」
そんなこと言ったら・・優子が調子に乗るでしょ・・と思ったのに。
「それじゃ・・鰐さんになれ」
と優子はさっきまでのためらいを全く見せずに誠さんの耳を再びグイっと引っ張ると。一瞬止まった誠さん。私をチラッと見て・・だから言ったでしょ、調子に乗せ過ぎるとって・・。とテレパシーがビシバシ飛んだ・・。
「なれないのですか、鰐さん」優子はとまってしまった誠さんに容赦なくそう言ったら。
「なれるよなれる、ちょっと待って、今、鰐さんの霊を呼び寄せるから」・・今度はレイ?
「すごーい、霊を呼ぶだって、そんなこともできるんですね?」
「できるよ、鰐さん鰐さん鰐さん、腕立て伏せができない鰐さん、キター」
と言いながら、テーブルに両手をついて、顎を乗せて、目をぎょろぎょろさせ始めた誠さん・・たしかに・・言われてみれば鰐さんかも。と固唾をのんで見守っていると。
「優子さんの手が美味しそうなご馳走と思っている鰐さんですよ、目だけを動かして、美味しそうな優子さんの手を狙っていますよ。こっちに来ないかなって」と言いながら。目をぎょろぎょろ。
「誠さん、鰐さんに見えますよ・・私の手を狙っていますか、美味しそうですか。ちゅるちゅるちゅるちゅる。そっちに行きますよ・・どうしますか?」
と手をゆらゆらさせながら近づいたら。ばくーっ・・と口を広げて優子の手に飛び掛かった誠さんを、「きゃぁぁっ」とのけぞった優子が。「ぎゃはははははは」って笑いながら。
「鰐さんですね。びっくりしましたけど、鰐さんすごい。じゃぁ次は、パンダさんになれ」
大はしゃぎしながら。また、何のためらいもなく誠さんの耳をグイグイっと引っ張って。
「えぇ・・ぱ・・・パンダ」・・パンダ?
「なれますか」・・ムリじゃないかな? ビジュアル的に。
「大丈夫。パンダさんの霊・・パンダさんの霊・・パンダさん‥キター」
「来ましたか・・」・・なにが来るの?
と、思ったら、椅子にだらしなくもたれて。左手に持った割りばしを、くっちゃくっちゃくっちゃと噛み始めた誠さん・・確かに、上野動物園で見たパンダはそんな仕草で竹を噛んでたかも。でも、黙って見ていると。
「すごーい・・パンダさんですね。それじゃ次は、えーと、それじゃ次は」
と、誠さんの耳をぐいぐい引っ張り始めて。誠さんも硬直してしまっているから。だと思う。私、ダンっと、立ち上がらずにはいられないし。私。
「優子、あなた、いいかげんにしなさいよ。誠さん困ってるでしょ」
と怒鳴り散らさなければ気がすまないかもしれない・・いや、怒鳴り散らしてしまったから・・もう気が済んだけど。大きな声で怒鳴った私を唖然と・・・唖然と私を見ている誠さんの顔・・とお店の中のお客さんたちもシーンと私に注目していて。終わったね・・というより、何も始まらなかったんだね、というべきか・・こんな女・・ふーはーふーはーと息を整えながら。優子を睨みつけて。
「なによ・・もぉ・・」とぼやく優子に。
「はしゃぎすぎでしょ。もっと静かに食べなさい」と言わずにはいられないし。
「はーい・・」と返事しながら ぷー と膨らむ優子に。
「あんたって子は・・いつもいつも。ぷーってするのもやめなさい」
と言ってから私も座ろう。ふーはーふーはーと、息を整えて、そして。
「あの、別に僕は困ってなんかいませんから」とおろおろとつぶやく誠さんに。
「いいの、あの娘を調子に乗らせないで、もうこれ以上。私の誕生会なんだから」
「はい」と子供みたいにしょぼんとした誠さん。私から視線を背けて。
「この芸はさ、ケンイチも今練習中だから、今度はケンイチの耳を引っ張って、なって欲しいものになってもらってよ」なんて優子に話始めて。
「えぇ~高倉さんも練習中ですか」と嬉しそうな優子の笑顔は悲しくなるほど可愛くて。
「えぇ? 練習・・まあ、優子さんがして欲しいって言うなら」してあげれば・・。
「で、優子さんはケンイチをナニに変身させるつもり」と聞かれた優子は。にやぁーっとしてから。
「う~ん。それはですね。ひみつです・・強いて言うなら・・うふふふ。ひみつ」
そう言ってケンさんと見つめあってる優子に。
「じゃぁ、今度ケンイチに聞くよ」と誠さんが言うと。
「ケンイチ・・ですか」と振り返った優子。
「うん、ケンイチに・・って、ナニ?」
「ううん・・」
だなんて楽しそうな雰囲気になるから、ヤキモチかなこの感情、やきもちだなんて。そんな気持ちになるより以前に、初対面の男の子にも怒鳴り散らしてしまったかも・・私。もういい。「第一印象は、スッピン顔のダサい古着の女」「第二印象は、言いたい放題の女」「第三印象は、唾を顔に飛ばして鼻水じゅるじゅる垂らしながら馬鹿笑いする女」「第四印象は、優子を怒鳴り散らす女」その次は誠さんにわめき散らす女。もういい。私は私よ。と乱暴にカニの脚の殻を歯で割って、中の身を齧りとると、横から。
「殻、剥きましょうか?」と誠さんが優しくささやいてくれて。
「自分でできます」と、まだ素顔を見せたくないまま、むしゃむしゃと手をべちょぺちょにしながらカニを頬張ると。
「うわー・・カニって、カニかまぼこみたいな味ですね」
と言ってる優子が、また気になり始めるけど、もう知らないし、関わりたくないし。だから。
「ケンさん、なんか言ってあげなさいよ」
と思いながら。睨んでも。ケンさんは知らん顔でむしゃむしゃ食べていて。
「ホントだ、カニかまぼこの味がするね。あっ・・でもさ、カニかまぼこってあるのに、エビかまぼこってどうしてないんだろう」とつぶやいたのは誠さん。と、口から垂らしたカニの身を、ちゅるっとすってから、モグモグしながらじっと見つめあう優子が。
「あーホントだ、エビかまぼこってないですよね、高倉さん、エビかまぼこって食べたことある?」とケンさんに振って。
「エビかまぼこ・・そう言えば、ないね、今度探してみようか」と優子に負けず劣らずの笑顔。に答える優子もものすごい笑顔で。
「探してみましょう」だって。
こんな会話・・やっぱり・・宇宙人のお食事会ですね・・私、ナニか期待した? ナニを期待したの? と誠さんの横顔を眺めて。むしゃむしゃと真剣に殻を割って中身を取り出して、酢醤油に漬けて、もぐもぐ。悲しいくらいに美味しい・・。
「このカニおいしい・・恭子さんも食べてますか?」
「・・・はい」見りゃわかるでしょ。なんてこと本当は思ってはいけないと解っているけど。もう縁もゆかりもなくなった人だし。次の殻を剥いて、中身をほじると、カニって・・食べるとき・・無口にならざるを得ない料理なのね。ということを学習しよう。真剣に殻をほじくらないといけないし、手もこんなにべちょべちょになることも。それに、これって絶対上品に食べることなんてできないと思う・・。ちらっと顔を上げたら、優子とケンさんは・・・・。
「あーん、それ私が剝いたのに」
「えー剥いてくれたんじゃないの?」
「5本まとめてがぱって食べたいの」
「はいはい」
「じゃぁ、これ失敗だから食べてください。はいあーんして」
「あーん・・って、失敗ってナニ?」
「途中でちぎれちゃった」
「あー、おっおっおっじゃぁこれ優子さんにあげるね。まるまる取れたよ」
「うれしー」
「じゃ、あーんして」
「あーん・・・おいしい、幸せです」
はいはい・・ナンダロこの脱力感。さっき大笑いさせてくれた誠さんも二人を遠目で眺めながら、心なしか脱力してる。そして、何かが通じたように私に気付いた。目が合って、ニコッと笑って。
「あの・・聞いていいですか?」と私に話しかけてくれたことに。
「・・・なんですか?」と不愛想に返事したと思う。
「さっき、優子さんがお誕生日プレゼントって言ってた話ですけど」
「あー・・さっきも言いましたけど、私2月14日が誕生日で。でもその日はビックイベントがある日ですから、その」と次の殻を剥きながら。
「繰り上げて今日」
「まぁ、そういうことですね」
「そういうことですか・・」
「聞いてなかったのですか?」
「うん・・まぁ・・優子さんは幼馴染の親友を紹介してあげますって。ケンイチは会社で一番親しくしている妹みたいなカワイイ娘を紹介したいって。それだけでしたから」
「幼馴染の親友と、親しくしてる妹みたいなカワイイ娘」
「優子さんが、私がいいよっていうまで絶対に話しかけてはいけませんよって」
「まったくもぉ・・」と身を酢醤油に浸してむしゃむしゃモグモグ。
「でも、サプライズな出会いだったかなって気もしますけど」
「サプライズすぎですよ・・」と口にできないもどかしさを・・。
「こんな残念な女でごめんなさいね」と言おうとしたけど。誠さんがその前に話始めて。
「ケンイチと一緒に歩いてきた恭子さんを見て、うーわカワイイなんて思っちゃって、軽くお辞儀しちゃったのばれてた?」
と照れくさそうな顔は嘘じゃないと解るけど。そう言えば、と思い出すことは。
「なによ・・あんなにすぐ後ろで私のコト観察してたんですね、だまって」
と、急に吐き出したくなった愚痴はもう一つ。
「私がケンさんと話してたこともだまって聞いてたでしょ」
その、優子の揺れてるおっぱいの話とか、ケンさんにあんなにべたべたしていたこととか。
「まぁ・・聞いたというか・・聞こえたというか。大きな声だったし」
やっぱり、聞こえてたのね。ため息・・はきながら、次の殻を割って剥いて・・ぺちょぺちょむしゃむしゃもぐもぐ、はーエンドレスになりそう、これ。と思った時。
「ごめんなさい・・ちょっと・・」
と優子が席を立って。すぐ・・。
「あ・・俺も・・」
とケンさんも。そして。
「ツレしょん・・?」とつぶやいた誠さんを。ぎっと睨むと。
「あ・・ごめん・・下品だった」と言うから、睨むのをやめて。聞こえるように。
「くふんっ・・」
と鼻で笑ってあげると。
「くくくく」と笑い始めた誠さん。
「何が可笑しいんですか?」と聞くと。
「さっきの大笑いしてくれた恭子さんのコト思い出したら・・ね。あんなに笑ってくれるなんて僕も嬉しかった」
「言っときますけど、優子の前ではほどほどにしてくださいあーゆーこと」
「はい・・でも、恭子さんが怒鳴らなかったら次はナニに変身しろって言われてたかなって思って」
そう言われて、ふと、思いつくこと、優子の事だから・・。
「蒸気機関車とか・・」とつぶやいたら。
「じょ・・蒸気機関車?」と目を剥いだ誠さん。
「原子力潜水艦とか・・オオアリクイ・・シャチ・・キングギドラ」優子ならあり得るものを列挙すると。
「げんし・・・アリクイ・・シャチ・・キングギドラ」ともっと目を剥いた誠さんに。
「タイムマシーンになれって言われたらどうしますか?」と言ったら。
「・・・タイムマシーン」と少し考えた誠さんは。
「僕ドラえもん・・のび太くん、はい、タイムマ・・シー・・ン」
外したね・・シラケすぎて、何もかも失せてしまった。だから、優しさを込めたつもりで。
「私の前ではヘンシンしなくても結構ですから」と言ってあげると。
「はい・・」
とうなずく誠さん。と、顔を見合って真正面から見つめあうのは・・ようやく・・かな? じっと私を見つめている誠さんが優しい微笑んで・・つられて笑うと。
「あの・・」
となにか言ってくれそうな瞬間に。ブーンブーンブーンと携帯電話が鳴り始めて。ナニよもぉこんな時にと、ぬるぬるの手で開いた画面には、優子の表示。
「ナニどうしたの?」
と耳に当てたら、誠さんも電話を取り出していて。
「ケンイチどうしたの?」と言ってる。
「恭子、あのね、なんとなく私たち邪魔になった感じだから、あとは二人で仲良くしてね」
って・・えっ? と思って誠さんを見ると。
「ちょっと・・それってさ・・」
とつぶやいて、誠さんも私を見つめた。そして。
「誠さんに代わって」
「どうして?」
「いいから誠さんと代わってよ」
と言うから、電話を差し出すと。誠さんも私に電話を差し出して。お互いの電話を交換し合って耳に当てると。
「あの。恭子ちゃん、今日はびっくりさせてごめん、誠、どうかな?」とケンさんの声。
「どうかなって・・」いわれても。と誠さんを見ると。
「恭子ってカワイイし、イイ女の子でしょ」
と微かに優子の大きな声が私まで届いて。
「うん・・そうだね」と返事してる誠さん。それより。
「恭子ちゃんが言いたいことは明日会社で全部聞くから、その、気に入らなかったら、俺から やんわり と傷つけないように言ってあげるから、そうじゃないなら、俺が自信をもってお勧めできる男だから、遠慮なく焼くなり煮るなり、耳を引っ張るなり」
「うん・・くくくくくって・・ばか・・思い出すでしょ」
「元に戻った?」って
「ナニが? どういうこと?」
「今日、なんかこう機嫌悪そうだったけど、誠とお話しし始めた恭子ちゃんっていつもの恭子ちゃんに戻ったかなって・・誠もまぁまぁのイケメンでしょ、もしかしてホントに緊張した?」
「するわけないわよ」とこれはやせ我慢だけど。
「まぁ・・時々外すヤツだけど、本当にイイヤツだから、お誕生日プレゼントとして受け取ってください」
「・・うん」もらってやるか・・と返事してから、いつも通りにどんな憎まれ口をたたこうかと思ったけど。その瞬間、いい言葉が思いつかなくて。少し、間が開いてしまった。その隙に。
「俺は、優子さんとチョコレート見に行ってくるから」
と先を越されて。またチョコレートか・・。
「はいはい」と返事して。
「それじゃ・・またあした」
「うん」と電話を切って。誠さんに返したら。誠さんも私に電話を差し出して。
「さっきも言ったかな? 僕は藤原誠。恭子さんへのお誕生日プレゼントだそうです。よろしくね、リボンはついていませんけど」と改めて自己紹介かな。ほほ笑んでる誠さんと見つめあうと、少し照れくさくて言葉が途切れるけど。次は私の番。
「恭子です、恭賀新年の恭の字に子供の子。優子とは5歳の頃からの幼馴染で、ケンさんとは同じ会社の同期です22歳になります」早口でそう言った。すると。
「僕は、ケンイチとは4歳の時、幼稚園のバスで出会ってからの親友です。親友と書いてライバルと読みます。バスでの出会いはフォレストガンプという映画のような・・」
と言われて。あー、と思う。何だかわかりやすい説明。それより。
「親友と書いて、ライバルですか」北斗の拳だよね・・それって。
「うん、出会った時からだね、ケンイチとは何もかも競い合わないと気がすまなくて、お互いで、あいつより先にバスを降りるぞから始まって、あいつより速く走るぞ、あいつよりイイ点とるぞ、あいつより早く起きるぞ、あいつよりたくさん食べるぞ・・でも、背はあいつの方が少し高くなったけどね」聞いていて、なんだか、ケンさんと誠さんが競い合ってる光景が見える気がして。その映像がほほえましく思えた。そう言えば、確かにケンさんの方が少し背は高いね・・。だから。
「みたいですね」とつぶやくと。もっと話し続けてくれる誠さん。
「そんなケンイチとは、俺の方が51対49で勝っていたと、ずっと思っていたんだけど」
「思っていたんだ・・けど」
「こないだ、あいつがね、実は彼女ができちゃって、と電話かけた時に打ち明けてさ」
と聞いて即座に思うこと。
「こないだっていつですか?」と聞いたら。
「あぁ、初詣に行ったとき、今年はいつ行くんだって電話で聞いたときにね」
初詣か・・優子もケンさんも、どうしてその時私を誘ってくれなかったのよ。誘ってくれていたら、誠さん、もっとカワイイ私と出会えていたのに、私にも電話してくれていれば、私、カレシができちゃってって、美沙とあんな惨めにチョコレート売り場を徘徊なんてしなかったのに。とタラればタラればタラれば、と頭の中で呪文のように繰り返していたら。
「初めまして優子でーす。高倉さんのカノジョでぇーすよって優子さんの可愛らしい笑顔を見た時にね、あー100対0で俺の完全な負けかなって気がしてね」
と回想する誠さんの言葉を私の頭の中で映像化しながら。
「まぁ・・優子は見た目もあんなで綺麗ですからね」とぼやくと。
「ホント、初めて見た時、ロケッティアに出てたジェニファーコネリーかと思っちゃったくらいで」とはにかみ笑う誠さんに、ピンっと・・私が今思い描いてる映像のピントがばっちり合った。
「ロケッティアに出てたジェニファーコネリーね・・」確かにね。イメージはそれだね、あの映画に出てたジェニー役のジェニファーコネリーって、背も高くて超美人ですんごいおっぱい・・が、横からはみ出してたよね。それに、ケンさんも、どことなくシャイなクリフシーコードにイメージ重なるし・・と回想している私に。
「解らないかな、古い映画からの抜粋と言うか、たとえ話だけど」とつぶやいた誠さん。
「あ・・うん・・まぁ」とどうして否定してるの私・・と思っていたりする。そして無意識に、まだ身が入っているカニを摘まんで殻を剥いている私に。
「剥きましょうか?」と手を伸ばす誠さんを。
「い・・いえ・・自分でできますから。で、その話ですけど」と遮ってから。
「その話?」さっきの続き・・何か引っかかる表現だったのは、これ。
「100対0で俺の負けって・・」
「あ・・うん・・つまり、ケンイチは俺より先にあんな綺麗な女の子を彼女にして、僕には女の子の友達すらいなくて・・だから、100対0で僕の負け」
俺・・僕・・と使い分けていそうでじつは使い分けていないことに気付きながら。
「でも、そんな、彼女ができたとかできないとかって、勝ったり負けたりする話ですか?」
そういう事を勝ち負けという価値観で語ることがなんとなく私には違和感でしかないという気がしている。今。と誠さんの顔をじっと見つめてから、手にしてるカニを口に入れてもぐもぐすると。そろそろお腹いっぱいになってきた。
「まぁ確かに勝ったとか負けたとかという話ではないのだけど、そういう表現方法しかないというか、他の言葉が思いつかないというか、勉強不足で」
と微笑みながら言い訳してる誠さん。その言い訳に、いい感じの男の子だなと思ったけど、違うのかな? 私、ナニを吟味しようとしているのだろう。
「つまり、負けたなぁって思うのは。ケンイチの事がうらやましいとか、いいなぁって言う気持ちとか、俺もすぐにお前を超えてやるぜ、とかそういう感情の事で・・」
ふううん、それならなんとなくわかるかな、と理解してあげたつもりの視線を誠さんの目の奥に投げかけると、誠さんは一瞬言葉に詰まった。そのタイミングで。
「じゃぁ、勝ったなぁって思うのはどんな感情ですか?」と聞いたら。
「うーん・・そうだね」
と、少しだけ考える仕草・・にいたずらしたくなったのかな私。カニの汁のついた指先を拭いもしないで、誠さんの耳たぶに、摘まんでみたら、うわ・・笑ってしまいそうなくらい柔らかい。それに、きょとんと止まってしまった誠さん。そして。むにゅむにゅと摘まみながら。
「ロダンの考える人になれ」
って笑いながら言ったら。
「えぇ・・って、今? このタイミング? って足と手どっちだっけ・・」
と考える人のポーズを右手を上げたり左手を上げたり、ギクシャクする誠さん。くくくくくくくって笑ってあげながら。
「よく考えてください。勝ったなって思うのはどんな感情の時ですか?」
とまじめな顔に戻しながら聞いたら。私をじっと見つめる誠さん。
「恭子さんが優子さんよりもっと幸せそうに楽しそうに笑ってくれたら、俺、嬉しくなって、どうだ、ケンイチに勝ったぜって気持ちになるかも」
えっ・・私が優子よりもっと幸せそうに楽しそうに笑ったら・・なんて、そんな返答は想定外かも。急にシリアスモードに突入して、これ以上笑えないというか・・ナニ・・これって、もしかして、私。生まれて初めて男の子に口説かれてるの?
「さっき、恭子さんが大笑いしてくれた時は、どうだケンイチお前にはできないだろ。と思っていたかもしれない。そんな感情の時、勝ったって思っているかも。うきっ・・は、もうダメかな」
あぁダメですね・・それに、口説かれているわけではなさそうね・・素で、そう言う時に、ケンさんに勝ったと思うわけだ。なるほどね・・。これって幻滅? どうして幻滅って思ってるの私。と自問自答していると。
「まぁ、でも、確かに、彼女ができたとか、彼女がいないとかは勝ったり負けたりする話ではないね、それに、優子さんって見た目もすごいから、あの娘に勝つというのが・・」とつぶやいてから、誠さんは私をじっと見て、申し訳なさそうに、ナニかを優子と比較していそうな目つき・・に確かに幻滅しているね私・・小さなため息も出た。と思ったから、ついムッとしてしまったかも。かもではなくて、ムッとしてしまったから、こんなこと。
「まぁ・・男の子は、優子みたいな女の子が好きですからね。綺麗で美人で背も高くてすんごい巨乳だし」
ってナニぼやいてるの私? と誠さんから視線を反らせたら。おどおどと表情を青ざめさせた誠さんは。
「あ・・あの・・確かに優子さんはジェニファーコネリーみたいですけど。僕はどちらかと言うと、解ってくれるかどうか、ハムナプトラに出てたエブリンとか、エバーアフターに出てたダニエルとか、そんな感じの女性に惹かれる男で。もう一つついでに言うと、遥かなる大地へというトム・クルーズが出てた映画でシャノンが、大けがしたジョセフの大事な所を隠していた洗面器をこうして捲って・・にやぁーっとするシーン・・」
洗面器に見立てたお皿をめくりながらにやぁっとする誠さんに。思い出したのは、それは、ニコールキッドマンで、そのシーンなら私も、にやぁーっとしながら見た覚えがある。ニコールキッドマンってアレを見てトムクルーズと結婚を決意したのかな・・とも思い出していたりして。いや、あの映画、トムとニコールはもうすでに夫婦だった? えっ、私、今、幻滅がものすごい期待感にチェンジした実感に心震わせている。鳥肌がたつ感触が腕を駆け上ってきた。
「ははは・・たとえ話がちょっとレアでわかりにくいよね」
とはにかみながら言う誠さんに、私、いえ・・私・・それって、全部4K映像で思い描くことができます。なんて思っていること・・。どう言えば伝わるのだろう?
「まぁ、説明すると、それは、何十年の前の映画で、僕が気に入って何度も見て、こんなセリフを言ってみたいなぁとか、こんな女性とこんな恋をしたいな、とか。こんな冒険をしてみたいな、とか、そんな儚い幻想にどっぷり浸かって・・・」
私も、その映画で、幻想にどっぷりと浸かった。特に、エバーアフター、ヘンリー王子がダニエルにプロポーズするシーンなんて・・・DVDが擦り切れるくらい何度も見ているし。だから、何か言わなきゃ気がすまない。誠さんはまだ何かを喋っているけど。
「あの・・解ります」と叫ぶように遮って。解ります、誠さんが例えた映画全て。
「・・はい?」
「だから・・そのたとえ話、私にも解ります」そう言わずにはいられない。
「たとえ話?」
「だから、ハムナプトラのエブリンがレイチェルワイズで、エバーアフターのダニエルがドリューバリモアで、シャノンがニコールキッドマンで。洗面器をこうしたとき、ニコールはトムと結婚してよかったって思ったのかも・・・という」
いや・・その洗面器のエピソードは、私の幻想・・で・・その話を誠さんも理解したから。そんないたずら小僧の笑みを浮かべるのね・・と、思ったら。
「うわ、でかい・・とか。えぇ~堅そう・・って顔だったのかなアレ」
そんな想像した通りの エッチ なアドリブに。私、徹底的に幻滅したいのに。ぷっ・・と吹き出してしまったのは。今一瞬自分で思いついた憎まれ口が可笑しかったから。それは。
「うわ。小さくてカワイイ。とか、ふにゃふにゃで柔らかそう。だったかもしれませんよ」
って言い放ってから。くっくっくっくっくって笑わずにはいられなくなって。
「くっくっくっくっくっくっ・・げほげほ・・」って誠さんもお腹を抱えだして。
「「あっはっはっはっ」」
って二人で笑い始めたら。しばらくの間止まらなくなってしまった。そして。
「アドリブ、ケンイチには勝ってたつもりだけど。恭子さんには100対0で僕の完全敗北。あぁー穴があったら入って、出直したい気持ち。くっくっくっくっ」
まだ笑ってるし。私も。でも・・はしたない女と思われなかったか・・と一瞬心配し始めると、笑い虫は静かに収まってしまって。
「全部食べちゃった?」と聞く誠さん。
「あ・・はい」と返事したら、そろそろお開きかな? と言ってもまだ、今何時かな?
「おいしかった?」
「はい、ごちそうさまでした」
「うきっ・・」
「笑いません・・」
「じゃぁ・・」といってニヤッとした誠さん。
「なんですか? じゃあ」と怖めの表情を意識して返事した私。に。
「恭子さんに聞きたいことが一つあります」
「聞きたいこと・・どうぞ・・何でも聞いてください」
「ちゃんと、答えてくれますか?」
「質問の内容にもよりますけど」
と誠さんを睨みつけると、一瞬黙り込んてしまった誠さんは。大きく息を吸ってから。
「恭子さんって、ケンイチのコト好きなんでしょ」
「・・・・・・・」
お寺の釣り鐘になった私。頭の中で、ごーーーーーーーん、と行ったり来たりしながら響いてるのは。
「ケンイチのコト好きなんでしょ・・ケンイチのコト好きなんでしょ・・ケンイチのコト好きなんでしょ」
って、言われて、こんなに目を見開いて止まってしまったら、はい好きです、ってテレパシーが飛びそうだし。
「べ、べ、べ、べつに」
なんて、べを3回も繰り返して顔を背けたら、説得力まったくなくなるし。でも。
「ケンイチも、本当は恭子さんのコト好きなんじゃないかなって、恭子さんのコトを話すケンイチを見ててね、優子さんもあんな感じだし、ケンイチってこんなにモテたのかなって、ちょっと悔しく思ってるけど」
と、落ち着いた声でうっすらと笑みを浮かべて話す誠さんの顔を見つめたまま、頭の中でリピートしたのは「恭子さんのコトを話すケンイチ・・」って。だから。急に冷静さが戻ってきて。慌ててものすごい早口で聞き返すのは。
「ケンさん、私のコトなんて話したんですか?」
の部分。本当にナニ話したんだろう。
「いや・・大したことではなくて」
「大したことではなくても、気になるでしょ。ケンさん私のコト誠さんになんて言ったの?」ともっとものすごい早口で言ってる私に。
「まぁ、一言で言うと、妹みたいなカワイイ娘がいてって」ゆっくりダラダラと喋る誠さんが歯痒いし、妹みたいなカワイイ娘って・・そういうことは一言でいうものではなくて、だから、二言三言で言うと、ケンさんどう言ったの? と聞きたいことを。
「それだけ?」と聞いた私に。
「うん・・まぁ、それだけ」と答える誠さん。
「それだけじゃないでしょ、ケンさん私のコトなんて言ったのよ?」
本当にそれだけなはずないでしょ。
「気になるの?」なるから聞いているの。
「なりますよ」無茶苦茶。
「まぁ、だから、恭子さんってケンイチの事が好きなのかなって思ったりして」
って、その前後が入れ替わって、無限ループの入口に立つ人の言葉はやめて。だから。
「ケンさん何話したのですか?」って聞いているのに。
「妹みたいなカワイイ娘って言ってたけど」
だから、それはさっき聞いて、あーもぉ、無限ループにだけは入らないように。どうすればイイ、なんて言えばループに陥らないの? あーもういい。無限ループに入るくらいなら、言ってしまおう。これが噂のカミングアウト・・。
「まぁ、言っちゃいますけど。私ケンさんのコト好きです」
はっきりとそう伝えると。誠さんの表情が一瞬曇った気がして。だから、私の気遣いと言うか、そうじゃないというか。
「あの、誠さん、誤解しないでください。私はケンさんのコトが好きですけど。これは、恋愛の感情ではありません」
って、美沙にもそんな話したかな・・ってナニ思い出してるの?
「恋愛感情ではない?」
「だから、ケンさんのコト、まぁ、犬とか猫とかハムスターとか、弟、兄貴、お父さん・・子供。つまり、カレシとか恋人とか以外の男性と言う意味で好きなんです」
「ハムスター・・あ・・そうですか」と全然わかってなさそうな誠さんの表情に。
「そうですよ」と言ってみるけど。
「まぁ・・その、ちょっとケンイチにヤキモチ妬いた・・かな俺」
「ヤキモチ・・」
「ケンイチってモテるんだなって。ちょっとくやしい気持ちというか、さっきも言ったっけ」
はいはい・・って、男の子のそういう感情はあまり知らないし解らないけど。あっそうだ、私の事をどう話したのか? それ、言わないなら聞くしかなくて。だから。
「あの、誠さん、もしかしてケンさん、私と出会った時のコトを誠さんに話しましたか?」
ケンさんと出会った時の話は・・。
「出会った時の事、ケンイチと恭子さんが?」聞き返さなくてもわかるでしょ。
それに、あの話は二人だけの思い出だから。
「あの時のコト、何か話したのかなって気になるから」
「うん、そのエピソードは聞いてないけど。話してくれるのかな?」
えっ? いや、別に話したいわけではないけど。
「だから、会社の同僚にカワイイ妹みたいな女の子がいて、良かったら今度紹介してあげようかって、ケンイチは優子さんに進められて僕にそう言ったんだと思うけど。それ以外は恭子さんのコト、名前も、会ったときに自分で聞けよって」
「そうですか?」本当にそれ以外の会話がなかったような雰囲気ね。でも。
「そうですよ」と私の顔をじっと見つめる誠さんは。私を見つめたまま。
「でも、言われると気になるね、恭子さんとケンイチが出会った時のエピソードって。今度ケンイチを からかう ネタにできそうなら話してほしいけど。どぉ?」
って、あー、私、墓穴ほった。と顔を背けたけど。
「からかう?」の部分が気になったというか。
「こんなカワイイ娘がいるなら、もっと早く教えてほしかったし。何かこう、仕返ししたい気分だから。あいつを からかえ そうなエピソードなら教えて欲しいけど、話したくないならムリには聞かない」
こんなカワイイ娘がいるなら。か、心が開いちゃうよね、そう言われると、それに、別にこの話にケンさんを からかえる ネタはなさそうだし。話してみたいかな、これ。
「じゃあ、話してあげます。私とケンさんのエピソード1。会社の入社式の日、私の隣にケンさんがいたんです」
「隣・・」と少し驚いてくれる誠さんに。
「はい」と返事したら。
「へぇ・・じゃあ、もうそこで何かの運命とかありそうだけど」と笑う誠さんに。そう。
「でしょ、でしょ、私も本当に、隣にまぁまぁかっこいいハンサムな男の子がいるもんだから、もしかして、この人って私の運命の人かなって思ったりしてたんです」
「でも、違った?」って物語を終わらせないでよ。
「いえ、その、ここからがエピソードで。社長が演壇に立って話始めた時、今から言うことをしっかりとメモして、って言われて、ノートを開いて、ボールペンをカチカチして、さぁ、何でも言ってメモする準備OK、って待ち構えてたんですけど。社長がナニか喋って、それをメモしようとしたら、ボールペンが書けなくて、えぇ~、ちょっと、ってがりがりがりがり、ってしちゃったら」
「あー・・よくあるね、それ、ボールペンが道端でもらった景品だったとかの時」
「まさにそれですよ。駅前でもらった共済保険のボールペン。えぇ~って、私無茶苦茶あせってがりがりがりって、何で書けなくなのよこんな時に、ってぼやいたんです。間違いなく声に出してぼやきました」
「そしてら、ケンイチがボールペンを・・」
「それが・・ケンさん、3色ボールペンを分解して、中の芯を一本抜いて。また組み立てて、ボールペンは私に。ケンさんは細い細い芯でノートにメモしながら、ほら、メモしないと、見せてあげないぞ。って、ボールペンを分解して組み立てる手際のよさとか。私に太いペンをさっと渡して、自分はあんなに細い芯でカリカリメモして。キュンってなってる私の事を、クスって笑った、あの時のケンさんの素敵な笑顔に惚れ惚れしたことよく覚えてます」
「その、ボールペンが急に書けなくなったことも、運命のいたずら」そうそうそれそれ。
「だと思いました。配属先に振り分けられた時。部署も近くて、ペンを返す時にお礼も言えたし、しっかりと自己紹介もして。会社に入って一番最初に知り合った男の子、これって絶対運命よねって、しばらくの間、ずっとケンさんのこと、ストーカーしたりしてました」
「したりしてた・・のか」
「でも、だんだんと身近な存在になるにつれて。部署が近くて、仕事とか重なることが多いんです。企画書作るの手伝ったり、お客さんの要望書を報告しやすいようにまとめたり。見積書をデータベースで検索したり」
「ケンイチと共同作業で」
「はい、で、だんだんと、確かに間違いなく私はケンさんのコトが好きなんですけど、なんだか違うなって薄々感じるようになったのが、つい最近・・」
とここまで話して。はっと思い出すのは。まさか、ケンさん、私とキスしたことこの人に話したりしてないよね。なんて思ったら勘ぐられるかもしれないから。思考から消去消去。で、どこまで話したかな・・。
「つい最近って言うのは、例えば、クリスマスの頃とか?」
「ピンポーンそれですよ、クリスマスの時に、合コンがあって、人数が少し足りないからって、私優子とケンさんも誘ったんです。優子は幼馴染だから、めぼしい男の子紹介してあげるからおいでって。ケンさんには、私の幼馴染を紹介してあげるからって、初めは、話し相手になるだけでいいからって、ケンさんが優子の身長に見合う男の子だからって理由もありました、ただ、それだけの理由で、気安く二人を引き合わせたら・・その」
「あーなっちゃった」
「あーなりました。一瞬でした、目が合った瞬間に二人ともヒトメボレしあって」
「そうか、ケンイチの奴、その時俺も誘ってくれていれば恭子さんともう少し早く出逢えていたのに・・ねぇ」
「えっ・・」まぁ・・そうですけど・・あの時、誠さんが来ていたら。美沙と言う名前の毒グモに絡めとられていたかもしれない。と冷や汗が出た時。
「で、ケンイチが優子さんとくっついてしまったのに、恭子さんの心の中、さざ波も立たなかったとか、そういうオチかな?」オチ・・?
まぁ・・そう言われると、そういうオチですけど。って、私なにべらべら喋っているの? と言うか、男の子との会話って、こんなにべらべらと話しやすかったかな?
「それで、さざ波も立たない自分の心に気付いて。あぁ私はケンさんのコト好きだけど、恋してるわけではないんだ」それって解りやすい言い方ね・・と言う意味で。
「まとめるの上手ですね」まぁ、そういうことです。別にケンさんを からかえる 要素はないと思いますけど。
「ふううん、そういうことなんだ。じゃ、僕にはチャンスがあるということ」
「えっ・・」チャンスって・・ナニ? 急に話を変えないで、と思ったけど。
「それとも、僕にも、さざ波は立ちませんか?」
と悲しいそぶりで言われたら。
「いえ、立ちますよ。立ってます」ってナニが? 立ってるの? ちょっと今、聞いていなかったかも。
「ホントに」そんなに嬉しそうな顔しなくても・・って・・あっ、それ、ちょっと、いや、立ってるって。言っちゃったけど。
「あの・・まだ、話は途中です」と急旋回。
「話は途中?」
「だから、ケンさんに、こないだ・・」って今日か、ついさっきの話しか、これって。
「ケンイチに、こないだ。ナニかした? ナニか言った?」
「聞いたんです」
「聞いたんだ、ナニを?」
「だから、その、ケンさんも私に恋愛感情全くないでしょって」
「恋愛感情全くないでしょ。って、そしたら」と身を乗り出すように聞き出そうとした誠さんに、思いついたこと。
「何て言ったと思いますか、親友なら、ケンさんがなんて言ったかわかるんじゃないですか?」と大真面目に聞いてみた。いたずらな気持ちとか、そう意味で聞いたのではなくて。ただ、興味が湧いた。この人の思考形態がどうなのか。すると。
「ケンイチがどういったか? つまり、恭子さんが、ケンさんも私に恋愛感情全くないでしょ。と聞いたら。ケンイチはどう答えたのか? 親友ならわかるでしょ・・解るかな」
そう考え込む誠さんの表情がなんとなく真剣すぎで面白くなったから、という理由だけど。
「耳を引っ張りましょうか? ケンイチになれって」と思いついたまま言ったら。
「ぷぷっ・・いや・・真剣に考えるから笑わせないで。耳も引っ張らない」
と耳をふさいでクスクス笑う誠さんに、アレっ・・この人カワイイな、なんて思っていることに気付いたその時。
「うん、ケンイチなら。・・・きっとさ、遺伝子がよく似てるとか、そう言うことじゃないかな。って言い出すかも。そして、ほら、兄妹とか、姉弟とか、父と娘とか、遺伝子が同じだと恋愛感情が湧かないとか、そんな話聞いたことあるけど。とかなんとかうんちくを垂れてから。だから、俺と恭子ちゃんは、外見こんなだけど、遺伝子的によく似てるとか。とか何とか言って。優子さんとは、遺伝的にかなり対極にいるのかもしれないね。磁石のN極とS極みたいに。だから、あの二人は、あんなに引かれ合うのかも」
って、一字一句違わないセリフに、にやにやする仕草まで、ケンさんとそっくりだった今。だから・・かな。私、幻滅な気持ちを込めて。
「確かに、親友ですね」
とつぶやいてから。ナニ幻滅しているのだろう私・・。いや、幻滅と言うより。絶句してる。全く同じことを言うなんて・・と。
「確かに親友って・・ケンイチもそう言ったの?」
「一字一句違わずに、まったく同じことを言いました」と心の中でリピートしながら。
「はい・・まぁ・・」と答えることにした。つまり、思考形態はまさにケンさんと同じ。と言うことは。私、この人にも恋愛感情を持たないかもしれない? というのは幻滅の部類でしょ?
「でも、僕は、恭子さんに今恋愛感情持ってますけど」
へっ? 持ってるの? と思ったら。あわてて、キュン、としたかも私。
「あ・・と言うことを、つまり、恋愛感情とは・・・」
「・・・とは?」
とホントにつばを飲み込んで、どんなセリフが来るのかなと待ち構えたら。
「あの・・まだ時間大丈夫ですか?」
えっ? 恋愛感情って時間の話しなの?
「あぁ・・なんか話し込んでたら、もう8時過ぎてるし・・」
「・・だから?」
「あぁ、このお店、8時までと言うことで予約してたから。そろそろ出ないと」
「・・ああ、そういうことですか」って。恋愛感情持ってますけど、の続きはどこに行っちゃったの?
「もう、イイですか、たくさん食べましたか」
「はい・・おなか一杯です」
「そう、良かった」
「はい・・まぁ」
えぇ~どうしちゃったの? さっきまではあんなにスムーズにお話しできていたのに、どうして急にそわそわと。会話が刺々しくなってる。
「それじゃ、そろそろ出ましょうか? うわ、手がベトベト。洗います?」
「あ・・はい、それじゃぁ」
「じゃぁ、僕はお勘定済ませてますから、外出たところで待ってます。ゆっくり」
「はい・・」
と、お手洗いに入って、鏡に向かって、走馬灯のようにさっきまでの誠さんとの会話をリピートしている私。映画の話しであんなに気が合って。解りやすくて。さざ波が立って。彼は私に恋愛感情を持っていて、そこで会話が途切れた。鏡の中の私に。
「誠さんって、いい感じの男の子よね」
とつぶやいたら。そこには、ニンマリと「ゲットしちゃうべきでしょ」と言い返してくる私がいて。
「優子よりもっと幸せそうに笑えば、誠さんの勝ちって。だから、もっと笑ってあげるべきでしょ私」
ともう一度つぶやいて、もっとにんまりしたら。ふーはーふーはーと息が荒くなり始めるスッピン顔の私も、まぁまぁカワイク見える。
「よし・・ゲットしてみるか」
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と言った。あ・・そうですか。と思ったらすぐ。
「で・・」とつぶやいた誠さん。
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「明日も会社があるし、今日は初対面ですし、これから送らせてもらってもいいですか?」
と、テンションが下るセリフが聞こえた。だから。
「はい・・そうですね・・」と答えて。
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「あ・・はい・・」車? ドライブ・・。と連想するのは・・お泊りデート。なんでそんなことを連想するの私。それより、さっきの恋愛感情とは、の話の続きは車の中で? あー私、思考回路が混線している。
「すぐそこですから」
と私に振り返る誠さんに、店から離れると、暗くなる夜道を、しおしおとついて歩きながら。
「なんだか、映画のたとえ話をこんなにわかってくれる女性がいるなんて驚きました」
と話始めた誠さんに。
「私も、映画は好きでよく見てますから。とくに、エバーアフターのヘンリー王子のプロポーズなんて何回見たかわからないくらいですし」
「へぇぇ。ハローが始まるあれ」
「ハローから始まるプロポーズです。思い出せますか?」
「確か、ダニエル、今君に膝まづいているのは王子ではない、ただ、君に恋してるヘンリーと言う名のただの男だ・・だったかな」
「あーそんな感じですそんな感じ」
って。なにはしゃいでるの私。そんな私にまじめな雰囲気で重く。
「いつか言ってみたいねあんなセリフ」とつぶやいた誠さんに。
「言ってみてください。ダニエル、君がそんな、ただの男の妻になってくれたなら、その男は王様になったような気持になるだろう」あのシーンは何度見直しても感動するよね。今日も帰ったらDVD探してみてみよう。と、はしゃぎついでの勢いでそんなことを言ったら。じっと私を見つめた誠さん。言葉を詰まらせて。私も、「あっ」っと言葉に詰まったかも。
「あー、あの、駐車場そこです」
「はい・・」
とゲートをくぐると青色の小さめの車のランプがチカチカして。
「どうぞ、頭ぶつけないように」とドアを開けてくれた誠さんに。私今何か決定的なことを言っちゃったかな? と自問しながら助手席に座って、今自分が言ったことが思い出せないような気持になってる。のは。
「シートベルト締めてくださいね」
とエンジンをかけて、ゆっくりと車を発進させながら。
「目的地を教えてもらってもいいかな」
とまるで、ヘンリー王子がダニエルにプロポーズしたセリフを力ずくで避けていそうな一言。
「あの、えっと、駅のロータリーを右に曲がって・・・」
「はい」
「で、次はあの信号を左です。そしたらもうすぐ・・」
この道はいつかケンさんと歩いた道だけど、車で走るとこんなに近い私のマンションがすぐに見えてきた。
「そこのマンションです、私の部屋」
「近いんだね」
「はい・・」
「それじゃ、この辺でいいかな。あっそうだ、お誕生日の贈り物をナニか探しておきます」
「え・・いえいえ、そんなもう今日も、ご馳走になりましたから」
「でも、知ってしまったからには、何か贈った方がいいでしょうし」
「そんなり気遣いは・・」と言うしかないでしょ。はい。心待ちにしてますと言った方が良かった? どっち?
「そうですか・・それじゃ、電話番号とかメールのアドレスとか交換できますか。僕のはこれです」
と差し出された携帯電話に、私の携帯電話をモジモジ操作してからタッチさせて。ピロピロリンと音が鳴ったら。自動的に番号とアドレスが交換されて。まぁ、これで今日のイベントは終了したかな。という気分。
「それじゃ、ごちそうさまでした」とつぶやいて。何かをまだ期待していそうな私だけど。
「はい・・僕もあんなに笑ってくれて嬉しかったです。それに、映画の話しも、なんだか知的なお話ができて、充実した時間を過ごせました」
ジュージツした時間を過ごせた・・知的なお話? やっぱり、期待している返事はなくて。でも。
「本当にここでいいの?」
と聞くから。もういいかな・・と。
「はい」と答えたら。さっと車を降りた誠さんは、ささっと回り込んで、助手席のドアを開けて。
「お手をどうぞ」
と差し出された手。そっと握ってから車を降りると。
「それではおやすみなさい・・って一度してみたかった、こういうの」
と笑っていて。私も、こんな車の降り方に、なんだか恥ずかしい気持ちがしてる。車を降りるとドアをパタンと閉めて。
「じゃ、部屋に無事着くまでここにいますから、部屋に着いたら電話でもメールでもしてください」
って、どういう意味かな?
「はい・・」
と返事して。マンションのエントランスに向かいながら一度振り返った。と同時に呼び起こされた記憶。この階段を上がって振り向いたとき。ケンさんは闇の中に吸い込まれていったけど。そんなことを思い出しながらゆっくりと振り返ると。誠さんはまだ、優しくニコニコと手を振ってくれて。トラウマが一つ消滅した実感がした。
「おやすみなさい」この小さな声はあそこまで届かないと思うけど。私も小さく手を振ってマンションのドアを開けて、エレベーターのボタンを押して、小さな箱の中、鏡に向かって。
「どうなの? ナニか確信とかある?」
って自分に聞いたのは。間違いなく、私、あの人のコト気に入ったから。でも・・。ヘンリー王子がダニエルにしたプロポーズの話は強制的に終了してしまったような気が尾を引いていて。ヘンな誤解とかしたかな、どんな誤解したの? 例えば、結婚は望んでいない男の子とか? と思い込んだ時、エレベータのドアが自動的に開いて。部屋に無事着いたら電話かメールだったよね。少し歩いて、私の部屋の前、鍵を出してドアを開けて。
「ただいま」とつぶやくと自動的に明かりがともって。今日は靴を脱ぐと同時に携帯電話を取り出して。呼び出した誠さんの電話番号。
「無事着きましたよ」って言うの? って・・メールの方がイイかな。どっちがイイのこういう時? もしかして、誠さん、電話なら付き合おうかとか、メールならプロポーズしようとか。そんなことを考えていたらどうしよう。という気持ちが押し寄せてくるから・・。メールならプロポーズ‥の直感に未来を託して。
「無事着きましたよ。今日は楽しかったです。また、芸を見せてくださいね。ウキッ・・お猿さんの絵文字」
って慌てて文章を打ち込んで。やっぱり電話で話すべきかな。とも思ったけど。メールでもいいでしょ、なかなかの文章じゃん。と、送信ボタンを押した。そして部屋の明かりは付けないまま、窓の外を見てみると誠さんはまだ車の外で携帯電話を操作していて。しばらくそのまま見ていると。プルプルと返事が届いた。。
「おやすみなさい。僕も、今日は本当に楽しかった。また笑わせてあげるから覚悟しろよ。それじゃ、また会う約束の”術” またね。ちゅっ。キスの絵文字?」
と3回読み直したのは。「術」? って・・誠さんもケンさんみたいな術を使う人? と一瞬揺らいだこの感情・・。窓の外、誠さんはマンションを一瞬見上げてから車に乗り込んで、ヘッドランプがついて、ゆっくりと走り始めて。通りの向こうでテールランプを赤々と灯らせて右に曲がって見えなくなる。もう一度携帯電話の画面を見つめると。
「おやすみなさい。今日は本当に楽しかった。また笑わせてあげるから覚悟しろよ。それじゃ、また会う約束の”術” またね。チュッ。キスの絵文字?」
「またね・・ちゅっ・・」とつぶやくと。なんだかゾワゾワしたものが膝の下から這い上がってきたかのようで。明かりも付けずに見入っている画面。
「またね・・ちゅっ・・」もう一度つぶやくと。もしかして・・私にも・・カレシができちゃったの? と生まれて初めて感じるこの感情。が声に出た。
「誠さんって、もしかして、あの人が私のカレシ・・恋人・・未来の花婿様? えっ・・えぇ・・どうしよう。本当に私に彼氏ができちゃったのかな?」
生まれて初めて、男の子に車で送られた夜、また会う約束の術が来ないかなと、お風呂に入るのも忘れて、私は携帯電話を握りしめていた。
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