2月14日

片山春樹

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こ、これが、「バラの花束」か?

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こ、これが、「バラの花束」か?

そして、いつの間にか二日目の朝。って、何から区切って2日目なのよ、と思い直している、鏡の中のあれから全然眠れていない私。目の下にクマが出てきそう。そして、無意識なオートマチックで朝の日課を淡々とこなしていたと思ったら、いつの間にか、記憶が飛んで。駅の改札を通過してる。どうやってここまで来たの? と思い返す気力もないまま、夢遊病のようにとぼとぼ歩いて、しばらく。
「おはよ・・恭子ちゃん、どしたの元気なさそうで、顔色悪いよ・・・」
と追いついてきたケンさんに顔をのぞきこまれたのは、もっと とぼとぼ 歩く会社までの道のり。
「・・・・・」と、顔を上げたら、タマシイが体に戻ってきたような気がした。そのまま、力なく。
「おはよ・・・」とケンさんにつぶやくと、ため息が出るから、すぐにうつむこうとしたら。
「で、で、あいつ何か言った?」
とケンさんは、ニヤニヤいう あいつ とは誠さんの事だと思うけど。とりあえず。首を横に振るだけの返事をしておこう。なんだか、冷めてしまった、というか、覚めてしまった、というか、醒めてしまった。サメてしまった、さめてしまった。こんな気分のときのためにこんなにたくさんの漢字のバリエーションがあるのだろうか。そんな気分に沈んでいる私に、ケンさんは。
「もしかして、あいつ、電話してないの? まだ?」
と本当に驚いていそうな声で言う。だから、顔を上げて、期待の糸がまだ切れていないことを確かめるように。
「まだって・・・誠さん、なにか言ってたの?」そう聞いたら。ケンさんはあっけらかんと。
「うん・・昨日の夜も、遅くまでアーダコーダって言ってたから、電話するだけだろ、してみろよってプッシュしたんだけどね」それって・・ナニ?
「あーだこーだって・・・ナニを、その、あーでこーなの?」あーだこーだがナニかを聞き出したいのに、会話の意味が相変わらず通じないような。私が思っていることすらわけわからなくなりそうな、いつものケンさんとの会話だな。という思いがしているけど。
「自分で言えっていったんだけどね・・」ほら・・だからナニを言えって言ったの? ホントにワケ解らない会話だから。
「だから、ナニを?」言えっていったのよ。ともう一度思った時。ケンさんはまじめな顔でこう言った。
「本人以外が言ってはいけない大事な言葉って・・・あるじゃん」はっ・・としたかも。
それって、それはなんとなく空想できる・・・いや、はっきりと妄想してる。それって、やっぱり・・・もしかして・・だから・・誠さんから私への あいらぶゆー。と感じたら何もかも言葉にできなくなった。
「なに恥ずかしがってるんだろネ、そんなヤツでもないと思うんだけど」
「ねぇ、ケンさん」
「ナニ?」
「その・・誠さん・・」と言ってから、私、まだナニを聞いていいか解らない・・。すると。
「こんなに夜遅くかけたら、寝てるかもしれないし、朝早いと、まだ起きてないか知れないし、へんなときにかけたら仕事してるかもしれないし、もし機嫌悪いときにかけたら、電話って難しいよねって、じゃぁ、メールにすればって言ったら、こういうことメールで伝えるものなのかな? って、だから、じゃぁ、電話で言えば。だから、ヘンな時間にかけちゃったらって・・エンドレスになってさ」
と、話し始めたケンさん。
「だから、寝てるかどうか、電話して確かめるとか、機嫌悪いかどうか、電話して確かめるとか・・・そんなことをあーだこーだと話してたんだけどね」
って、また、意味不明な説明になり始めるから。私もナニ返事していい解らなくなりそうで。でも。
「恭子ちゃんは、どう思ってるの?」
と唐突に聞かれると。
「な・・ナニを?」
と反射的に返事してしまうしかないというか。
「まぁ、誠のコト、悪く思ってはいないよね・・ほら、昨日も、あいつがいいよって言うならって」
「う・・うん・・まぁ・・そうだけど」
そうだけど、これって、私から言い出すべきなの、誠さんが言ってくれることなの。つまり、知り合いから、カレカノジョの関係になったことを承諾する宣言・・とでもいうのかな? ってそれは、ケンさんを通じて言うことでもないし。どうすればいいの? なんて言えばいいの? って思うのに。
「でさ、ホントのとこ、どうなの?」とケンさんは知らん顔でそう続けて。
「ホントのとこどうなのって・・ナニが」と聞き返す私も混乱してる。
「いや・・俺もうまく言えないけどさ、誠のコト、恭子ちゃんはどう思ってるの?」
どう思ってるのって・・そんなこと言われて、好きだとか、気になるとか、そんなことケンさんに言えるわけないし。でも・・。言い訳程度のことなら・・。こんな風に。
「まぁ・・お話して、誠さんって、スマートでクールな感じだったかな」
と言えるけど、くらいの表現にとどめておこうかな・・いくらケンさんでも、自分の本当に気持ちを打ち明けるのは恥ずかしいし。でも、そんな私のつぶやく声を聞いたケンさんは。
「スマートで、クール。か」と繰り返しながら、首を傾げるような仕草だから。
「違うの?」と聞いてみたら。
「まぁ、どっちかって言うと・・誠は、お笑い、ずっこけ、な奴なんだけどね。恭子ちゃんの目にはスマートでクールに映るんだ」
って、ニヤニヤふぅぅんと、しながら、そんなこと言わないでよ。とも思う。
「確かに・・お笑いでずっこけな所もあるけど・・」
それはそれで、私を笑わせてくれるためにしていることなら、スマートでクールなんじゃないの? と言いたいけど、そういうことを言うと、ケンさんでもナニかを勘ぐりそうだし。だから。
「ナニよ・・そんなニヤニヤしなくてもいいでしょ」と言ってしまってからすぐに。
優子あなたいい加減にしなさい、って怒鳴ったことがダメだったのかもしれないし。ヘンリー王子がプロポーズした話がダメだったのかもしれないし。それ以前に、あんなノーメイクで地味な服がダメだったのかもしれにないし。とダメだったのかもしれない理由を思い起こせば次から次に湧き出してくる。だからかな。誠さんも私のコトそれほどじゃないんじゃないの。と思ったりもしている。言いたい放題の女だなんてケンさんが紹介したから。とも思えるし。男の子の前で遠慮なく鼻をかむ女だし。そういうことを人のせいにすれば気分も和らぐかな? とも思い始めたら。
「誠は、どうなんだろうな・・誠の事は俺が一番理解しているつもりだけど」
「理解って」恋人でもあるまいし。と思うのは、ヤキモチ? と思いながら黙って聞いていると。
「親友だからわかるんだよ、あいつは恭子ちゃんコトかなり気に入っていそうなのに・・」
と言ったかと思ったら、私をぎゅっと見つめて、ナニか思い出したようなケンさん。
「そうか・・ナニかこう、キメ台詞を考えているのかもしれないな。あいつの事だから」
と言って、くすっと笑った。
「キメ台詞? あいつのコト」
「あいつ、映画が好きでね、よく言うんだ、あの映画であの役者が言ったろ。こんな場面では、こういうべきだろ。って」
あぁ・・それはわかるね。そうか・・電話がないのは、そうかもしれないのかな? キメ台詞か・・。例えば? とテレパシーが飛んだかもしれない気持ちでケンさんを見上げたら。
「お前は、もう、俺を愛している・・とか」
期待した私がバカでしたよ。思いっきり「軽蔑の眼差し」で距離をとろう。シッシッ・・。ナニが「お前はもう俺を愛してる」よバカ。誠さんがそんなこと言うわけないでしょ。・・と思いつつ、ケンさんと誠さんって似たとこあるから・・そんなこと・・誠さんに本当に言われたらどうしよう。誠さんにも。シッシッってしちゃうのかな・・私。と少し離れたら。
「ちょっと、恭子ちゃん」と距離を詰めるケンさんにイラっとしてしまって。
「話題変えてよ。もぉ」と言ってもケンさんには解らないだろうな、私の女心。と、うつむくと、黙り込んでしまったケンさん。とぼとぼと歩調を合わせてくれるけど。はぁーあ、こんな朝。誠さんが電話くれたら違っていたかもしれないし。そう思ったついでに、私が電話していれば・・。と空想したら。
「友達でいよう」なんて声が心の中でこだまするから。もういい。儚い夢でした。そう思うことにして。次の角を曲がれば会社のエントランス。ケンさんとプチデートしようと腕にしがみついて歩いたのは一昨日か・・そして、誠さんと出会って、あんなにベラベラと映画の話が通じた人だったのに。「また会う約束の術」も本当はかけられて嬉しかったのに。何もかもが、本当に前世の出来事のように思える。と角を曲がりながら誠さんと過ごした一瞬の出来事を回想した瞬間。
「うーわ」
とケンさんは立ち止まって、だから、私もつられて立ち止まって。
「どうしたの?」
と、ケンさんを見上げた。その視線を追うと・・・・。ぎょっ ?! としてから。
「えぇ~・・ナニアレ?」と本当に声が出た。

そこは、会社のエントランス。高いところに、道行く人々全員の視線を集め、警備のおじさんを跳ね返しながらさらに弾き飛ばすオーラを発している直立不動の・・あの衣装の名前・・・なんだっけ・・たしか・・た・・たき・・タキシードが、その、通勤時間帯にはありえないような、大きな真っ赤なバラ? の花束を抱えて・・・、今、私を見つけて、「うきっ」としたのは・・・誠・・・さん。なにしてるの、そんなところで、そんな恰好で、そんなものを持って、それに、そんなテカテカの髪型が、その高いところから、ヘンなステップを踏み、回転しながら降りてくる。このステップは、「ダンシングヒーロー」のクライマックスで見たまさにアレ。そして、どこからともなく聞こえ始めるBGMは。誰がこんな選曲したの? と思える。アバ・・ダンシングクイーン・・You can dance You can jive Having the time of your life Ooh, see that girl Watch that scene Digging the dancing queen.

気持ちが昂り始めてることがわかるから、鳥肌が湧きたつことが怖いから、オロオロとケンさんを見上げたら、私を見下ろしているケンさんは、くすくすと笑って私の背中を優しく押して、そのまま誠さんにポジションを譲ったのかな。
「・・・・・・ほら、受け取るべきだと思うよ・・・・」と耳元にささやきながら。そっと後退った。
「でも・・こんなに人前なのに・・」とてつもない恥ずかしさ・・・というか。私にはアリエナイとか、想像できないとか、そんな、これが、現実なのかどうかもわからなくなるシチュエーション。

道行く人たちが誠さんを珍しそうに、ちらりちらりと見ながら通り過ぎるのに、その中の何人かが、彼の視線の先で立ちすくむ私を見つけて、通り過ぎて行こうとした大勢の人たちが歩みを止め始めて、人の流れに渋滞ができてゆく。そして。誠さんが放つ視線のレーザービームが作る まさにモーゼの奇跡・・・人混みが二つに分かれて、そこにできたのは、私と誠さんの為の、なんだっけ、バージンロード・・・? それに、私・・涙が・・こんな時に拭けないし、鼻水・・シュンシュン・・したら。
「おはようございます。恭子さん」
と誠さん。さっきの軽やかなステップとは違う、カクカクと私の元に歩み寄りながらの一言・・・よりも、気になるのは、その不自然な手の振り方と、足の運び方。
「お・・・おはようございます」
と返事したけど。なんで、こんなにどきどきと心臓が・・こんなに膝ががくがくして・・なにかこうお腹の内と外がひっくり返っているような、そんな感じは、やっぱり、こんなに大勢が見ているから。なのに、誠さんの瞳には本当に私しか映っていない。
「その・・・近くを、たまたま、通りかかったものですから、あ、朝のご・・ごあいさつでもしようかと・・思いまして、ここに立ち寄ってみました」
こんな朝早くにその恰好で、たまたま、通りかかったとか、立ち寄りました、はないでしょ・・。
「これは・・その・・途中で、たまたま、偶然、振り向いたところで見かけたので、買ってきました」
こんなに朝早くからお花屋さんって開いてたっけ・・しかも、どこの途中に?
「その・・手ぶらじゃなんだし・・その・・」
そう言いながら、誠さんは、薔薇の花束を私に差し出しながら。膝まづいて、
「僕はもう・・」
えっ・・さっきケンさんが言ったようなことを言うつもり? 「お前を愛してる」とか? それだけはちょっと・・やめて・・と思ったら。
「恭子さん・・一目出逢ったその時から、僕はもう、あなたに、心を全て奪われてしまいました。僕と本当にまじめに末永くいつまでも・・・付き合ってください」
って、違ってホッとしたのか、それよりも、こんなに大勢の前で、そんなに大きな声で・・・それに。ぱちぱちぱちと聞こえてくるのは、ケンさんの拍手・・が、ひゅーひゅーという声とともにだんだんと大きくなって。拍手とざわめきが・・。携帯で撮ってる人までいるし・・。面白ビデオで紹介されたらどうしよう。という気持ちもしている。
「もらってやりなよ、おねぇちゃん・・・」なんて野次馬のおおきな声に首をすぼめて。
「お願いします・・」とさらにもっと低くひざまずく誠さん。そのまま数秒がすぎて・・それは数時間のような気もしたけど・・。いや・・どのくらいだったろう・・。お願いします、そう言いながらもっと低くなってゆく姿勢のまま、両手でバラの花束を私に捧げ続けている誠さんの伏せた表情が見えなくて。小さくキョロキョロと周りを見渡すと、さっきまでのざわめきはいつのまにか消音モード、どうして全員が固唾をのんで立ち止まっているの? みんな本当に立ち止まって、こんなにものすごい静粛。みんなナニを期待しているの? 今から「君が代独唱」でも始まりそうな、私を押しつぶしそうな重すぎる雰囲気。 それとも、みんなが期待してるのは、私がカレの告白を蹴る場面? いや・・蹴ったりしたらその・・。だから・・ここは・・と考えている間に出勤途中の人がどんどんあふれかえり始めていそうで。
「どうしたらいいの?」と心の中で叫びながら、ケンさんに振り向くと。ケンさんは優しく笑みを浮かべていて。うんうん、とうなずいた・・だから・・私も、うんうんと、決断できたんだと思う。唾を飲みこんでから・・。
「こ・・こちらこそ・・・よろしく・・・・お願いします」蚊の羽ばたきよりも小さな声しか出せなかったけど、誠さんには届いたようだ。誠さんは嬉しそうに笑っている顔を上げて、薔薇の花束を震える手で受け取ると、「君が代独唱」が終わった瞬間のような、深すぎる静粛の底から大歓声と拍手が爆発したかのようで。「おめでとう」「お幸せに」って声も聞こえて。だから、涙がもっと止まらない。鼻水も出てくるし、それなのに、受け取った、生まれて初めて見る「バラの花束」を実際に手で持つと、意外と重いのね。そして、「こ、これが、「バラの花束」か」 ジオンのザクを始めてみたアムロとイメージが重なったかも・・。なんてことを思っている私が少し恥ずかしい。でも、その花束は、カバンを持ってる片手では持ちきれないようなボリュームで、全く視界がなくなるし。顔を上げて立ち上がった誠さんの顔、見上げようとしたのに、涙で滲んで良く見えないし。それに、彼は。
「ありがとうございます。それでは、お仕事、お互いがんばりましょう。今日も良い一日を過ごせますように」
と言ったかと思うと。カクカクと左向け右をして。どっち? と思ったらもう一度方向を変えて、ギクシャクと不自然に歩いてゆく。その歩き方に、どうしてもつぶやいてしまうのは・・・。
「ダイス船長・・」そう・・まさに・・あの歩き方は。
「ダイス船長」ともう一度つぶやくと。
「ダイス船長? って誰?」と繰り返したケンさん。
「ケンさんには解らない話よ・・」でも、誠さんには解ると思う・・後で言ってあげようと用意したセリフに。涙が止まって、ぷぷぷっと笑ってしまった私。
「歩き方がダイス船長でしたよ」そう言えば、誠さんならきっとこう返してくれそう。
「モンスリーさんとの結婚式の事かな?」
「はい、そうです」
そんな空想をしたから、結婚式の話は・・やっぱり、黙っていようかなとも思う。その、今、空想している、ダイス船長とモンスリーさんの結婚式の映像が・・私には、はっきりと・・私と誠さんの結婚式となって見えるから。これは絶対・・予知夢・・確信的な予知夢かも。でも。そんなギクシャクと歩く誠さんを目で追うと。途中・・何かの段差に躓いてよろけてすぐ バナナの皮を踏んで転びそうになるから、きゃぁぁ・・なんて悲鳴を誘って、でも、何事もなくバナナの皮を拾ってゴミ箱に、そして、指先をタキシードのお尻で拭いちゃだめでしょ。と思うのに。やっぱり、まだ、ギクシャクと歩いてゆく。わざとしてるのかな? 私を笑わせるために。そんなことも思ったから。もっと、「ぷぷぷ」って笑ってしまった。すると、肩越しに。「ぷぷぷ」って笑ってるケンさん。
「負けたなぁ。でも、いいんじゃない・・・こういうのも。あいつらしくて」
とつぶやいたケンさんに振り返ったら、次の瞬間に、人ごみの中に誠さんを見失ってしまった。そして。負けたなぁ、と聞こえたケンさんのつぶやきに思うことを。
「親友だね・・」とケンさんにつぶやいてみるのは、羨ましい気持ちのせい。
「んっ?」と笑っているケンさんが可笑しい。だから、言えたこんなこと。
「ケンさんと誠さんって、確かに、誠さんが言った通りで、ケンさんが言った通りだった・・」
さっきのセリフ・・と。
「えぇ~・・なんて言ったの?」
「負けたなぁ・・とか。俺の勝ちだぜ・・とか」そういう事。と思い出すと。
誠さんって、私のコト、優子よりもっと幸せにしてくれるのかな。というか、私が誠さんに、優子よりもっとカワイク笑ってあげればいいのかな。そんなことが思いつき始めて。
「恭子ちゃん、ちょっと拭いたら・・涙とか鼻水とか」
「えっ・・」
とティッシュを差し出すケンさんに花束を預けて。感動の余韻に浸るのはここまでか。とティッシュを受け取りチーンと鼻をかんでみる。涙も吹いて。預けた花束を持ち直そうとすると。そこに。ぽかーんと私を見ているのは、美佐と・・その横にひとみさんまで唖然としていた。
「ほら、カバン持ってあげるから」
というケンさんにかばんを持ってもらうと、薔薇の花束は何とか運べそうになるけど。こんなものを抱えて出勤だなんて・・・それも、こんなに大勢の拍手とか、無茶苦茶気になる視線を感じながら。エレベーターに乗り込むと、どうして、美沙とひとみさんが両脇を固めているのよ・・と思う。

「この花束・・どうしよう」
そうケンさんに言ったつもりが。
「とりあえず・・・次長の部屋にバケツあっわよ」
と答えてくれたのはひとみさん。まったく前が見えないし・・。
「ちょっと借りてきてあげるから」と言ってくれた。そして。
「恭子・・・・なんてうらやましい・・・今の人と結婚するの? いつ? どこで?」
と美佐は、ケンさん目当てに擦り寄ってきたのだと思うけど。ケンさんは。
「それじゃ、そういうことで・・美佐ちゃんだったよね・・」と次の階で降りそうな雰囲気。
「はい・・・美佐です」とキラキラモードになる美沙に。
「これ、恭子さんのかばん・・オフィスは近い?」
「はい・・近いです」
「それじゃ、よろしく」とエレベーターを降りる所でケンさんと別れて。
「はい」
そんな美佐の眼から出た光線が私を貫くけど・・。
「でもさ、今さっきの人が例のできちゃったかもの彼氏?」という美佐に。
「まぁ」と返事すると。
「で・・で・・できちゃったって・・」とひとみさんが、目を見開いて、どうしてそんな反応?・・だから。
「違います。カレシができちゃったんです」と言い訳してしまう私。そう、もぅ、できちゃったかも、ではない。間違いなく、今さっき、誠さんとはカレカノジョの関係になった。つまり、私に彼氏ができちゃった。ってこと。なのに。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。なんで恭子にあんな人が・・・ケンさんもそうだけどさ」
と祝福の言葉すらないまま、ぼやく美佐に、とりあえず、今は返す言葉が何も無いと思う・・・・。

そして。
「なんか今日、会社の前で誰かプロポーズした奴とか、された奴がいるみたいだけど、見た奴いる? いまどきねぇ・・・」
と言いながら、私の顔と、デスクを占領している花束を見て、いつもの朝のイヤミを唾と一緒に飲み込んだ課長の顔に、 お・・・おまえなのか? と字幕が表れた・・・。

そして。ふと息を抜いた瞬間に気付く携帯電話、私から電話しなきゃならないような雰囲気だな。薔薇の香りがこんなにいいものだなんて知らなかった。花束に顔を埋めて大きく息を吸うと、この香りは彼に電話しなさいと私を操縦している。誠さんの番号を呼び出して。とりあえず、ありがと・・そう言おう。そんな決心をして、無意識にボタンを押した。その瞬間。
「あ~・・恭子ちゃん、恭子ちゃん」と課長が向こうのほうから。だから、あわてて電話を切ったけど。
「はい、なんですか?」
と立ち上がったとたんに、返事がきた。誠さん・・なに・・この速さ。
あわてて。出ると、

誠 「もしもし、イ・・今、電話しませんでしたか?」
私 「しました・・・あのちょっと」
課 「あ~恭子ちゃん・・ちょっとお願いがあるのだけど」
私 「はい・課長・・ちょっと・・あの」
誠 「あの、恭子さん・・僕・・」
私 「あーもぉ、なんでいつもいつも、あとでかけ直しますから」
課 「いや・・急いでほしいことなんだけど」
私 「だから、電話・・・」
誠 「あの・・・ごめんなさい」
私 「いや・・あのちょっと今・・・」

あ~もぉ。とりあえず・・・もうどっちでもイイヤ。と電話を切ると、また、ミシッと音がした。

そして、課長の仕事を請け負ってデスクに戻るとケンさんからのメールが一通。
「誠が、電話していいか聴いてほしいと言ってるのだけど、電話してもいいときは電話か何かで連絡して欲しい。だってサ、意味わかる??」
ったく・・本当はどういう人なのだろ。とバラの花束を眺めながら。そして・・これをどうやってもって帰ろうか・・と気づいた。ケンさんに頼むか、誠さんに頼むか。それより・・・。ったく、なんで会社の前でこんなこと・・・とイラっとする芽が出た気がしたけどすぐに。でも、あの瞬間の映画みたいなヒロインは私だったなぁ。もやもやと思いつくイロイロなこと。とりあえず。デレデレニヤニヤと喜ぼう。あれは、間違いなく私に訪れた映画のような、だけどゲンジツの生涯忘れることのできないシーンだった。うん。

そして、花束・・「御利益があるかもしれないから」という理由で、美佐に少し分けてあげて、ひとみさんにも少し分けてあげて、オフィスの他の女の子たちにも分けてあげるとちょうど持って帰れそうな大きさになった。花束って、こんな風に処理してもいいものなのかなとも思ったけど。やっぱり、もらうと嬉しいけど・・こういうものはアトアト面倒くさいよね、やつぱり、食べてなくなるものが良さそうね・・つまり・・それって、チョコレート? また、チョコレートか。

そして・・。

あまり面白がるのもなんだけど。誠さんの番号を呼び出して。ワンギリすると。
「いち、に、さん、よん、ご」秒か。優子より遅いな・・・。って、なんの事だろ。
「あ・・あの・・・い・・今電話しませんでしたか?」
「しましたよ・・・」
「あ・・あの・・僕、実わ、電話でお話しをすることが非常にニガテな性格で・・その・・」
そーゆうことか・・・って、どんな風にニガテなのだろう。まぁ、それは置いといて。
「とりあえず・・返事しなきゃと思って」
と言っておこう。そして。
「ありがと・・あんなに素敵な朝・・それと・・よろしくお願いします。こんな女ですけど」
そう伝えて、まぁまぁかな・・私としては・・こんなセリフでも。と自画自賛すると。
「こちらそ・・・よろしくお願いします。こんな男ですけど」とオウム返しした誠さんにイラっとして。
「マネしないでよ」なにかこう映画の名セリフとか言えないの? と思ったけど。
「はい・・それじゃ、改めて、よろしくお願いします。あの・・その・・恭子さんのコト、好きになってしまった男です。けど」・・・けど? 
とそんなセリフに、まぁまぁね、うふふふっと追及はやめて、許してあげるか。という気持ちで。
「・・・はいはい。くくくくくくく・・・」
私もよ・・というのは、また今度、別の機会にとっておこう。そう思ったから。
「くくくくくくくく」
って笑い声を届けてあげることにした。これが私と誠さんが本当の恋人同士になった瞬間なのかな・・・そんな自覚。そしてとりあえず、次は、チョコレートでも買ってから会う事にしようと思いつく。手ぶらじゃなんだし。花束とか、こういうものは邪魔になるしね。だから。
「あの、誠さん、今日は私・・ちょっと行きたいところがあるから・・会いたいけど、ごめんなさい。だから、明日は予定どうしていますか?」と提案して。
「そういうことでしたら、今日は会えないコト我慢します。で、はい・・明日は、恭子さんの誕生日ですし。だから、朝早くから夜遅くまで、恭子さんに全てを捧げます。あさっても必要なら、これからの人生もすべて、しゃ・・しゃ・・シャシャゲルショジョんでしゅ」
シャシャゲルショジョン? 捧げる所存? のことかな? わざとしてるの? とも思えるし、コメントのしようが・・・そんなに、しゃ・・・シャシャゲなくても・・・・。
「で、明日は、何時に、どこに迎えに行けばよいでしょうか」
迎えに・・そういえば、車があるんだった。部屋の前まで迎えに来てもらおうかな・・でも、あまりズーズーしくするのも・・。
「あの・・恭子さん、先日分かれたマンションの前に迎えに行きます」
あ・・まぁ・・それでもいいかな・・明日の朝は・・。でも。
「あの、花束とかはいませんからね」と念をおして。
全く、電話の声、本当にあの誠さんと同一の人物なのだろうか、そんな気がしてる。

そして。
「ねぇ美佐・・今日チョコレート買いに行かない?」と聞いたのに。
「・・・・ふんっ・・・一人で行けば」だなんて返事。なによもぉ・・。
美佐のバカ・・そんなに冷たくしなくてもいいじゃない。と思うけど、とりあえず、ほとぼりが冷めるまではあまりつつかないでおこう。まったく、会社の前でだなんて。誠さんのバカ。でも、何度も思い出すと、私にも、そんなシーンがおとずれただなんてと顔がぐにゃぐにゃとゆがんでしまうし・・・。
だから、甘ったるい声だということを自覚しながら。
「ねぇ優子・・何かしてる? 今からチョコ買いに行かない?」というと。
「いくいくー。何もしてないし」もっと甘ったるい声が返ってくる。そして。やっぱり気を遣うのは・・。
「ケンさんと一緒なの? ケンさん呼んじゃ駄目だからね」と念を押すと。
「ううん、今日は約束ないから一緒じゃないし、どうして?」という返事に少し戸惑ったけど、・・・
「だから、オンナだらけのチョコ売り場に男連れて行って、チョコレートの匂いかがせたらどうなるか解らないでしょ」
というか、誠さんとこうなったことをからかわれたくない、という気持ちと。もう、ケンさんのコトはいいんだという気持ちが、私をこうさせていそうで。
「どうなるの?」って聞く優子にも。
まだ、私自身、ケンさんのコト諦めきれていない気持ちもありそうだし。だから。
「他の女に移っちゃうかもしれないでしょ、って意味」
私も、早くケンさんのコト諦めて、誠さんのコト好きになってあげなさいって意味かもね。これ。でも。
「私たちに、それはないよ」
と、こうもすんなり甘ったるく言い切られると、どう返していいかわからなくなるし。
「とにかく、ケンさんは連れてきちゃ駄目、でも、もしかしてケンさんとなにか用事あったの?」
「ううん、私もケンイチさんにチョコレート、まだ買ってないから、どうしようかなって思ってた」
「えぇ~、進展したって言ってたじゃん」
「だから、ちょっと進展しちゃったから、チョコ買うの忘れたっていうか」
「あっそういうこと・・・」
「ケンイチさん、私にね、優子さん、触ってもいいですか・・だって」
「・・・あの・・」ナニを話し始める気?
「私ね、勇気を出して、どうぞって・・言ったの。そしたらね、うふふふふふ・・あー・・何度も思い出しちゃうキスしてくれたの・・うん・・うんって。ふーうふふふふ」
うーわ・・どうしちゃったの? やっぱり、美沙と行った方がよかったかな・・・とりあえず。
「じゃ、こないだのデパートに行くから」
と一方的に電話を切って。早足で向かうと、そこは、なんだか、妙に景色が変わった気がする、何回目だったかしらと思うデパートのチョコ売り場。優子が来る前に決めておきたい、と思うことは・・。とりあえずアノ娘には勘繰られないように・・・私の今のこの気持ち。そして、大きく深呼吸すると・・なんだか、この瞬間に選ぶチョコレートが私の人生を大きく変えてしまいそうな予感。一粒のチョコレートが女にとって永遠の幸せを引き寄せてくれそうな気がしている。だから、とりあえず、値段の高いものから順番に・・という気持ちが、まるで宝石のような地位に鎮座しているガラスケースの中のチョコレートに手を出させているようだ・・・けど・・・たかが8粒のチョコレートに5000円?? でも、北海道産のロイズってブランドがあるんだね・・それに・・今年96粒だけ作られた限定・・12箱・・最後の一箱か・・11箱を買った女の子たちってこんな気持ちで買ったのかな? つまり、私と彼の間にはこのくらいのチョコレートが絶対に必要だ。そんな気持ち。で買ったんだろうな。ごくりと唾を飲み込んで・・。店員さんに・・
「あの・・・」と言おうとしたその瞬間。
「ねぇ、恭子・・なにそんなに真剣な顔してるの・・」と優子がインターセプトするから。
なんでいつもいつも、こんなタイミングで現れるのよ・・あんた・・わ。と睨んでやる。
「ウワ・・恭子ってば、誠さんに・・そんなにマジなんだ・・」って、わたしが手を伸ばしてる、最後の一箱を見つめる優子がニヤニヤしてる。
「な・・な・・なんの話しよ?」って焦るけど。
「そんなに高いもの・・やっぱり恭子も、誠さんを・・」
「なによ・・ヘンな空想しないでよ」
「ふぅぅぅぅん」
この娘にそんな目で、こんなことを言われるだなんて、何たる屈辱・・という気分もあるけど。まぁ、その屈辱も今はいい気分かもしれない・・。思いついたセリフに、気持ちが吹っ切れたというか、カミングアウトしたというか。そんな気分がして。
「ま・・一生に一度の最初で最後の場面かもしれないし・・・サ」と言い始めると。本当に気持ちが大きくなった。つまり、今回を逃したら、来年は彼とフーフになってるかもしれないんだし。こんなピュアな気持ちで好きになり始めた男の子にチョコレートを恥ずかしそうに「私と一緒にどうぞ」なんて手渡しするなんて、まさに、一生に一度の最初で最後の場面になる可能性が・・大・・。
だから。5000円奮発しなきゃダメでしょ。と誰かが私の心を突き動かしている。
「これください」
と言いながら、優子には横目で見栄を張ろう。そして、話題を無理矢理。
「で、明日、ケンさんの部屋に呼ばれてるの?」と変えたつもり。
「うん・・だから、今日は洋服とかも買おうかと思ったんだけど、このままでもいいかなって」
「で、ブラとかは・・」
「うん・・・それは、一応、もう用意して」どんな買ったんだろう、と気になるから。
「上下・・・」と聞けても・・どんなの? とは聞けないまま。
「上下・・・ふふふ」って、なに・・その魔女の微笑みわ・・。やっぱり、優子は・・。
「その気なんだ・・・・」その気・・つまり・・ケンさんを・・食べちゃう・・イヤ誠さんの表現を真似すれば。
「味見する気なのね」とつぶやいたら。優子は。
「うん。そうなっちゃったら、それは、それで・・・・いいかなぁって」ムフフフっと、魔女っぽい微笑みで。いや・・ケッケッケッケッ って笑っていそう。つまり、優子から、かなり強引にそっち側に引きずり込もうとしていそうだね。と思う・・だから。
「優子がケンさんを誘惑する気なの・・」と聞いてみると・
「誘惑だなんて・・・むりむり」って、息が荒くなるのが解った。
「自分から脱ぐ気?」
「・・それもちょっと・・・」
と言いながら、その大きく膨らんだ鼻の穴から、湯気の混じった鼻息の荒さは脱ぐ気マンマンなんだな。だから。親切なアドバイスのつもりで。
「それじゃ、ボタンとか外しやすい方がいいよ、ケンさん不器用だから。シャツとかさ、ボタンとかじゃない方がイイかもね」
と言うと、優子は、何を想像してるのだか。
「・・・外しやすいボタン・・・・不器用・・・なんで解るの・・・まさか」
またなにかを誤解し始めているな・・・という視線で私を見る優子。とりあえず、そんな雰囲気は無視したまま。
「優子って、脱がしにくそうだから」
とその巨大なおっぱいに千切られそうなボタンは。
「ほら、力入れて寄せないと外せないでしょコレ」
本当に、この巨大なおっぱいをこうして無理矢理寄せないと突っ張りすぎて外せない。相変わらず、スンゴイのね。
「だって、これより大きなのって・・・」
どうしてそれが、こんなにイヤミっぽく聞こえるのだろう・・・。そして。
「恭子はいいよね・・いろんなサイズ選べるから」
そう続けるからか・・・これはあらかさまなイヤミだよ・・・。と思う。そして。
「でも、なんか昨日から、ケンイチさんも変だし・・」と続ける優子。
「へんって・・・」
「私がどうぞって言った後から、よく触りたがるの・・・肩をもみもみとか、脇をこちょこちょって、触ってもいいでしょ、ここもいいでしょって。こうしてもいい? って、後ろからキスとか、だんだんエスカレートしている感じ」
はぁぁ、そういう事してるのか・・あの男は・・と思いながら。私も・・それっていいかな、と、後ろから、いいでしょ、いいでしょって言われながら、キス・・なんてリアルな空想してるかも。それに。
「そ、それは、いい兆しよ」やっぱりあの一言が効いているな。と思ったら。オトコって単純ねという気もして。
「いい兆しなの?」と聞く優子に。
「あんたも触られて、いい感じでしょ」とうらやましい気持ちで答えると。
「う・・うん・・・・まぁ、ふぅぅぅってなる」
ふぅぅぅ?? ってなんだろ。ふぅぅぅ・・か。ま、とりあえず。
「二人きりの部屋だと、って想像する?」って私も今空想してるけど。
「うん・・・まぁ」別にいいよね・・私も、そうなっても。
「そういうこと」そういう事だよね。好きな男の子と、彼の部屋で二人きりってことは・・さ。
「やっぱり・・チョコレート・・やめようかな・・」って、どうして話がそれるの?
「どうして」
「あまり・・その・・元気になりすぎて、乱暴になったらこまるから・・」
はぁ~・・・。そういう願望なんだな。優子を見ているとこっちまで気持ちがヘンになりそうな気がする。ケンさんもあんなだし・・ここから先は、もう・・台本がないのだろうな。
「ケンさんは乱暴になったりしないでしょ」
「そうかな」
と優子を安心させてあげて。
「口移しで食べさせてあげれば、こんな風に、チョコレート、私と一緒にどうぞって」
と唇を突き出して、私も誠さんにそうしてみたいかなと思いながら、優子をからかったつもりだけど。
「ふふふふふふ・・うん、試してみる」だって。はぁぁぁ。
もうここから先は、かける言葉も思いつかない。かけてほしい言葉もないよね。私自身の事だし。あの人とそうなりたい気持ちに素直に従って。とりあえず、チョコレートも買ったし。あとは・・・カレの車を待つだけだし・・。だから。
「じゃ・・お互いがんばりましょ」
と優子に告げると。
「うん・・恭子も頑張ってね」
と嬉しい返事。だから素直な気持ちで。
「お幸せに」と言ってあげると。
「恭子もね」と返ってくる親友だからわかる気持ちが心地いいね。だから。
「うん、うん」とうなずき合って笑いあった。

そして明日は・・いよいよ・・2月14日
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