2月14日

片山春樹

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2月14日 前夜?  序章? いまさら? ようやく?

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2月14日 前夜?  序章? いまさら? ようやく?

「ただいま」と誰もいない部屋に帰って。自動で灯る明かりにほっとしながら、靴を脱いで、ハンガーにコートをかけて。小さなキッチンの小さなテーブルの上に買ったばかりのチョコレートをそっと置いて。ガラスのコップに水を注ぎ、みんなに分けてあげて残り7本になったバラの花を飾る。コップに入れると茎が長すぎるから、はさみで半分ほどに切って。飾り付けると、椅子に座った時ちょうど目の高さ。バラの花ってこんな形してたのね、と一人でじっくり観察してから、つい、つぶやきたくなったこと。
「こ・・これが、バラの花か」とアムロレイになりきって一人でつぶやくと。ウシシシシシって笑い声がムセビ出て。だから、もう一度、朝のあの光景を再生してしまう。
「恭子さん・・一目出逢ったその時から、僕はもう、あなたに、心を全て奪われてしまいました。僕と本当にまじめに末永くいつまでも・・・付き合ってください」
本当に、私に膝まづいて、両手であんな大きな花束をささげてくれた誠さん。
「この出会いは何なの?」 ナンなのって、運命に決まってるよね。
「こ・・こちらこそ・・・よろしく・・・・お願いします」
私はそう宣言して。間違いなくこの花束を受け取った。それって、つまり、誠さんの気持ちを受け取って、返事したってことは。やっぱり、あの瞬間から、私たちは、彼女と彼氏の関係。つまり、恋人同士・・になったってことでしょ。と自分に訊ねたら。また。ウシシシシシシシシって笑い声がどこからともなくムセビ出てきて、止まらなくなる。
でも。「本当にあの人でいいの?」 と私に訊ねるのは誰? いいに決まってるじゃない。見た目もスマートだし、性格も悪い感じはしなかった。つまり、よさそうだった。まだ確かめていないことたくさんあるかもしれないけど、それは、これから確かめればいいことだし。と思い返しながら思い出すのは、あの、ダイス船長のようなギクシャクした歩き方と、バナナの皮を捨てた後、指先をタキシードの衣装のお尻で拭いていたこと・・は、あんなの欠点というより、ただの誤差よ誤差。お互い映画好きで話も合ったし。私だってあんなにベラベラ思い出を話してたでしょ、あんなに心を開いて。そして、何より、あんなに大勢の前で。
「恭子さん・・一目出逢ったその時から、僕はもう、あなたに、心を全て奪われてしまいました。僕と本当にまじめに末永くいつまでも・・・付き合ってください」
だなんて、花束を膝まづいて捧げてくれた人なのよ、普通、そんなことって映画とかドラマの中の話し。現実の世界で経験できる女の子なんて、いないよね。だから、イイに決まってるじゃない。と自分に言い聞かせてから、ふと思い出す携帯電話。を鞄から取り出したけど。誠さんからメールが届いている気配はないし、着信もない。そしてまた、ふと、よぎる記憶。
「あ・・あの・・僕、実わ、電話でお話しをすることが非常にニガテな性格で・・その・・」
アレって、同じ人なのかな? という声だったよね。電話で話すことが苦手ってナニ?
「そういうことでしたら、今日は会えないコト我慢します。で、はい・・明日は、恭子さんの誕生日ですし。だから、朝早くから夜遅くまで、恭子さんに全てを捧げます。あさっても必要なら、これからの人生もすべて、しゃ・・しゃ・・シャシャゲルショジョんでしゅ」
そう言えば、シャシャゲルショジョんでしゅ。だなんて・・。とムセビ出てた笑い声が渇き始めて。
「で、明日は、何時に、どこに迎えに行けばよいでしょうか」
「あの・・恭子さん、先日分かれたマンションの前に迎えに行きます」
明日って、仕事があるでしょ・・。まさか朝から迎えに来そうかな? えっ・・ちょっと、確かめた方がイイ? どうすればいいの? 「どうすればって、そんなこと電話すればいいじゃん、明日の予定とかはまだ何も話し合っていないんだし」 と私に助言するのは誰? 電話するっ? て・・と思って電話番号を呼び出して。そう言えば、私も、電話でお話しするのが非常に苦手な性格・・かも。ゴクリと唾を飲みこんで、どうして、気安く電話をかけられないのかな・・。「じゃぁ、メールにすれば?」と誰かがまた助言してくれた気がして、アプリを開こうとしたけれど。そう言えば、カレシカノジョの関係って電話でどんなことを話すのだろう? 恋人って、電話とかメールとか、今までとは違うんだし、今までって言っても、知り合って、まだ2日しか経ってない・・人だし。ちょっと待ってよ。さっきは、あんなに心を開いて、べらべら喋り合った人なのに、なんて思っていたのに。どうして今、私、誠さんに電話できないの? メールでもいいじゃん。明日の予定を話すだけでしょ。仕事があって、だから、仕事が終わってからお食事にでも行って、その帰りにチョコレートを渡して・・「どうぞって」とそこまで空想したとき。「じゃぁその次は?」とまた誰かの声が聞こえた。つまり、そういうことか。ってどういうことだろう? もう一度、つまり、その次。電話するでしょ。明日の予定、夕方に食事でもどうですか? その帰り、きっと車の中で「私と一緒に食べてください」と誠さんにすり寄りながらチョコレートを渡してる私・・いや、違う、こんな渡し方は私にはムリムリ。「あの・・これ、どうぞ?」上目遣いで恥ずかしそうに渡したら。これならできそう。って、男の子にチョコレートなんてあげた経験、私にはないし。いや、今はその話じゃなくて、誠さんに「嬉しい、ありがとう」とあのスマートな笑顔で受け取ってもらった後。「それじゃ、お返しに・・・・」お返しに? と目を閉じて・・えっ・・どうするの? 目を閉じて? その先のこと、今の私には空想できない。なぜ? 何かが私の心にロックをかけてる? というか、「お返しに」と響いてくる声に目を閉じた私。どうして目を閉じるのかな? 「どうしてって、閉じるものでしょ、それをするときって」って助言するあなたは誰? それに、それ・・って。そんな空想に はっ と気づいた。私・・それが、本当の現実になりそうだから怖い。そう、それが、本当の現実になる確信がする。と思って。携帯電話を見つめると。画面に乗せていた親指がアプリを開いて。
「おやすみなさい。今日は本当に楽しかった。また笑わせてあげるから覚悟しろよ。それじゃ、また会う約束の”術” またね。チュッ。キスの絵文字?」で止まっている画面。
覚悟しろよ。またね、チュッ。お返しに・・目を閉じて・・の次は? やっぱり・・覚悟。
「私、覚悟した方がイイかな?」なんて、どうして優子の声が聞こえるの? この声、いつの事だっけ? と記憶をたどると。
「高倉さんがね・・部屋においでって・・二人で一緒に作ろう・・・・って言ってくれたの」
ナニを作る気? はっ・・。
「私、覚悟したほうがいいかな・・」とつぶやいたのは記憶の中の優子ではなくて。携帯電話の画面を見つめている私だ。優子とケンさんのコトはあんなにからかえたのに。自分自身の事はからかうなんてムリ。今、気安くメールをしたら、ガチャンガチャンとそこに到着する線路が組みあがって。今、気安く電話をして明日の予定を確かめ合ったら、そこから、ほんの少し先の未来に、間違いなく確実にそうなる運命が待っている、心の準備をする前に、そこに到着してしまいそうな運命。これって確信。そう思い始めると、体の奥底から、じわっと滲み出てくる、ジンジンと響きながら暖かい。ムズっと快感のような身震いが全身を駆け巡る。どうしたの私。そうなるために買ったんじゃないのこのチョコレート。優子とも、さっきそう言い合って別れたでしょ。「お幸せに」って。自分自身にそう言い聞かせても。私、本当は、こんなに怯えている?・・そうなることが怖いの? そう気づくと、やっぱり、電話もメールも、私からそうなろうとするのが怖くてできないのかな・・もしかして、誠さんもそうなの? 私と、そうなることが怖いの? もしそうだったら、男なんだから勇気出してよ。と電話に向かって言っても「だから、電話してそう言えば」ってまた誰かが私にそんな助言をする。でも、目の前のバラの花は男なんだから勇気を出して告白してくれたってことだよね。だから、このチョコレートは、女が勇気を出して受け入れるために必要なモノ? 受け入れる。そう思い始めると、私、こんなにお腹の中からジンジンと暖かくなってくる。けど、電話をかける勇気は出ないし。メールにメッセージを書くことも・・。そうだ、優子はどうしたのかな? あの二人って、いつも気安く電話で話してるよね昼休みとかも。と優子の顔を思い出すと。
「じゃ・・お互いがんばりましょ」って言った私に。
「うん・・恭子も頑張ってね」と嬉しい返事。だから素直な気持ちで。
「お幸せに」と言ってあげて。
「恭子もね」と返ってきた心地いい返事。だから。
「うん、うん」と。それって今さっきの話しだよね。
「お幸せに」って優子に言ったのは私。
「恭子もね」ってカワイイ笑顔で言ってくれた優子。これも初めてのコトかも。優子からも祝福の言葉を貰ったんだ私。「恭子もお幸せにね」って。
私も、幸せになれるんだ。というか、このチョコレートを渡した後、私ってどこまで幸せになれるのだろう。自分が幸せになるだなんて考えたことがないかも。もしかして、いきなりトップに躍り出るようなことになったら。それが、この怖さの原因かな・・そんなことを思い始めた2月14日前夜が音信不通のまま更けていく。
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