2月14日

片山春樹

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2月14日 最終章? 予言者ムハマンダーのお告げ?

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2月14日 最終章? 予言者ムハマンダーのお告げ? 

鼻の風船を見つからないように手でゴシゴシ拭き取ってしばらく、見られていなかったことにほっとしながら外の景色をぼーっと眺めて、ガラスに映る誠さんの横顔に焦点を合わせると。これが昨日私の恋人になった人、運転している誠さん、よく見ると、ケンさんよりイイ感じ・・な気もするね。なんて思ったりして。何気にモヤモヤと空想したいことを無理やり空想しないように理性を効かせていそうな私。運転しながら右を見て、左を見る誠さんとガラス越しに目が合うと、何かを話したいと思うのに、何を話したいのか思いつかなくて。もしかして、私、ドキドキしてる? してないよね。でも、胸に手を当てるのが怖いのは理性が効きすぎているからかな。そして、何気なく「ティファニーで夕食?」を思い出した時、外の景色がだんだんと暗くなっていくことにも気づいた。町のにぎやかな明かりが見えなくなって、道路の脇にポツンポツンと続く明かりだけのようになって。遠くに民家の明かりが点々と見えて。星も瞬き始めているし・・。だから。
「どこに行くつもりですか?」と窓に映っている横顔に思ったら。ふと・・「ティファニーって、もしかして、ラブホテルとか?」 と心の中からささやく声が聞こえた気がした瞬間、モヤモヤした空想を覆っていた雲のような理性がすっきり晴れた? ラブホテル・・えぇ? いきなり? ウソ? 「えぇ~、ティファニーってホテルだったの? ウケル~」って私が笑うと思っているとか? でも、大真面目に花束を捧げてくれた時のように膝まづいて「恭子さん、僕を受け入れてください」なんて言われたらどうする?「受け入れる・・誠さんを・・どうぞお入りになって」と勝手に始まった空想の中で素直過ぎる返事をしながら大きく広げている私がいて、そんな返事をした私は・・そのまま受け入れた誠さんを・・あなたはもう私の獲物よ。なんて空想が私をもっと強気にしていそう。窓に映っている私の退屈そうな顔が本当はそんなことを空想しているだなんて。というか・・そんなことを空想してる私は、もしかして、期待してる? 確かに、車は郊外に向かっていそうで、ラブホテルってそういうところにあるよね・・それに、誠さん・・ならイイ・・今日はしっかりシャワーも浴びてきたし、アレもソレもゴシゴシ洗い流して来たし。オシャレもキメて、お化粧はそこそこに。歯も磨いたし。よし、ぬかりはない。だなんて、窓に写るこんな退屈そうな顔で私、何考えてるのかな? 誠さんもさっきから何も話さないし。もしかして、私と同じことを考えていますか? そんなことを考え始めたら、モヤモヤした感情が入道雲のようにモクモクと湧き立って。内腿がムズムズするこの感じに、じっとしていられなくなってる。だから、そぉぉっと振り向き直して、確かめてみようかな。と言う思いが表に出た。
「あの・・誠さん・・ティファニーですよね」と小さな声で訊ねて。
横顔をまともに見つめるのが急にコワイ・・じゃなくて・・見つめると、これが私の獲物、なんて思って・・いないよね私。と舌が勝手に唇を舐める・・のに、誠さんは。
「うん、ティファニーに向かっているのだけど」と何事もなさそうな返事をする。そして。
「あっ・・ごめんなさい、退屈してる? もうすぐだけど、音楽でもかけようか」
と左手を伸ばして、パネルを操作して。
「別に、こういう音楽が趣味というわけではないのだけど、元気が出そうなのを・・」
と静かに聞こえ始めた曲は・・。
「光る雲を突き抜けフライアウェーイ、フライアウェーイ。体中に広がるパノラマ―・・♪」
静かに聞く曲じゃないでしょコレ。私・・ナニを期待してたのだろう? ははは・・・と片方の頬だけで力なく笑ってみても・・むなしいだけ。すると、誠さんが話し始めたこと。
「まぁ・・その、ネタバレになるのだけど。ティファニーと言うのは、僕が学生の頃ケンイチとよく行ったラーメン屋さんのことで・・」
えっ? 今、ラーメン屋さん? って聞こえた? ラブホテルじゃなくて? ラーメン屋さん・・同じラ行だけど・・ナニ? この落差。私、もう片方の頬がピクピクと痙攣し始めている。
「そこに、無茶苦茶お世話になったマスターがいて、その・・なんて言うか・・恭子さんを紹介したいというか。恋人ができましたという報告をしたいというか。あの・・その・・恋人・・って言ってもいいかな?」とはにかみながら言う誠さん。
私をお世話になったマスターに紹介したい? 恋人ができましたと報告したい? 恋人・・って言っても? 私のコトを? だよね。
「えっ・・あぁ・・まぁ、恋人・・ですよね、私たちって。別に・・いいと思いますけど」
そう言われると、確かに実感はまだないけど、私たちって、恋人ですよね・・昨日から・・たぶん。意識するとギクシャクするのはまだ2日目で慣れていないから。だと思う。それより、それって、マスターって誠さんの両親とかじゃないよね。・・もしかして、いきなり両親に紹介?  
「そぉ・・よかった。で、そのマスターというのが、実は、予言者と呼ばれていて・・」
えっ? 両親ではなくて、よ・・ヨゲンシャ? 予言する人? って占い師とかの事? 私、予言者という単語に顔を上げて、誠さんをまっすぐ見つめて、無茶苦茶敏感に反応している。予言者? 本当にいるの? そんな人が? 
「まぁ、そのマスターが気安く口にしたことって、たいてい実現してしまうという、伝説と言うか、実話と言うか。僕もマスターの予言通りに人生を歩んできて、ここまでこれた。だから、僕やケンイチの恩師なんだ。いい・・でしょ? そういう人に、このカワイイ娘が僕の恋人ですって報告をしたいと・・そんな気持ち・・なのです」と、ぎこちない説明を解釈しようとすると。そんな気持ち・・なのです。か。それより、予言者に報告? このカワイイ娘が恋人ですって、まぁ、私をカワイイ娘と呼ぶのはいいのだけど、それより、気安く口にしたことはたいてい実現する? なんだろう、コノ、私の好きな未知の力の話し? そんなものが本当に実在するんだ・・という驚き? ホントなの? というか、占い好きの私には、キョウミシンシンな気持ちが、さっきまでのモヤモヤに打ち勝っている、かもしれない。そして。
「あの・・笑わせてあげようかと黙っていたのだけど、だから、ネタバレはここまで。これ以上話してしまうと、シラケちゃうかもしれないし、だから、これ以上は、ついてからのお楽しみ」
笑わせてあげようかと黙っていた。ネタバレはここまで。これ以上話すと・・シラケるから・・ついてからのお楽しみ。まだナニか たくらんで いるのかな? たとえば、マスターが腰を振り振りしながら「ふぉぉぉ」って言う人とか? を想像したけど。いや、上半身裸の黒いタイツの男が、そんなの関係ないって・・ちがった? いやいやいやいやいや・・考え過ぎよ考えすぎ・・。と小さく首を振ったら。誠さんは。前を見たまま。
「本当に、怖がらないで、あーでも、こんなにカワイイ女の子を連れて行くところではないかな・・今更だけど・・悩んだんだけど、恭子さん、笑わせてほしいってリクエストだったし」
なんて言って私のせいにしてそう。私、そんなリクエストしたかな? でも。まぁ、たまには冒険もいいかな。危なくはなさそうだし、私も、誠さんのコトをもっと知りたいし。誠さんの恩師というマスターも見てみたいというか。予言者に会いたいというか。そんな気持ちで。
「べ・・別にいいですよ、私もラーメン好きですから」と返事したら。
「そう・・よかった。本当に、怖がらないで」と嬉しそうな顔をする誠さん。この笑顔にとりあえずは安心してしまう私。
「まぁ、ラーメンの味もボリュームも、唸れると思うから」ウナレル? 味? ボリューム? そう言ってニヤッとしてる。やっぱり、まだ何か隠してる? たくらみごと がありそう。と、ワクワク感と言うより、今からアテが外れた時のフォローをどうしようか考え始めてたりして、私、ワザとらしく笑うのって下手だしね。なんて思ったら、そこで会話が途切れた。すると、次の曲は・・。
「誰だ、誰だ、誰だぁー、チャチャチゃちゃ、空の彼方に躍る影、白い翼の・・♪」
フンフンガッチャマーン・・とリズムをとってる誠さんに、私、なんて言えばいいのだろう? これ歌ってるのって 子門真人さん ですよね・・と今時誰も知らないレアな名前が出かかったけど、口にするのは、踏み留めておくことにした。窓の外でも見ていようかな、こんなアニメソングに、誠さんのイメージ壊されたくないし・・。イヤ。まさか・・この人、映画好きではなくて、もしかして私以上のアニオタ? いやいやいやいや・・窓の外窓の外、窓の外に集中しよう。でも、いつのまにか窓の外って本当に真っ暗になってるし。

そして、闇の中をもうしばらく走ると、ウインカーのカっチんカっチんという音が示す所に見えてきたのは、ポツンと脇道に入ったところに一軒家・・と言うか。ラーメンと書かれた看板がなければ・・物置・・のような。って・・あの・・誠さん? と振り向くと。
「よかった、まだ開いてる。はい、到着、まぁ、見た目の通りなんだけどね、本当に怖がらないで、これでもラーメン屋さんだから」
どこが・・見た目の通りの ティファニー なのかな?
「よかった、昔のままだ」
と車を止めて、慌ててシートベルトを外し始める誠さん。だから。
「あ・・あの・・自分で降りますから」
と、また、こっちのドアを開けに走りそうだから。そう言って、シートベルトを外して、ドアを開けて降りると。見えたのは。
「ラーメン 鄭華你 なんて読むの? これ?」中国語? てぃふぁにー・・とルビ、本当にそう読むのかな? 唖然と立ち尽くしている私は、ドアを閉めることができないくらいに・・あの・・その・・。目が開いたままになってます・・。
「どう? これが、ティファニー・・可笑しいでしょ・・僕たちが今日ティファニー行く?って言う時は、ここで晩御飯なんだ。ケンイチはマスターのとこ行く? って言ってたけど」
ははは・・だなんて・・誠さん・・私、あなたのコト信じていいのですか? 
「ささ、マスターの顔見るのも1年ぶりくらいなんだ・・覚えてくれているかな・・」
と、車のドアを持つ私の手を取って、ドアを閉めて、そっと背中を押してくれる誠さん。何気に嬉しそうな顔で。
「外した・・かな・・」と笑わない私につぶやいたから。引き攣ってる私に意気消沈しちゃ・・わないように。とりあえず、ワザとらしく、ははは・・と、無理やり、ヘタすぎる作り笑いしてあげることにして。
「おかしいでしょ・・よかった・・笑ってくれた。恭子さんのその笑顔が好きです」
そうですか、と幸せそうな誠さんにもっと優しく背中を押されるまま、何も返事できない私は、綺麗ではなさそうな、いつ洗ったのかな? これ。そんな感じの のれん をのけぞりながらくぐって。そして、誠さんがガラガラと開けたけど、途中で引っかかって全部開かない古い扉をそのままくぐると。
「えぃらっしゃい」と男の人の威勢のいい声が聞こえてすぐ。
「おまえ、誠じゃねぇかよ」ともっと大きな声が聞こえた。そして。
「マスター、お久しぶりです、ご無沙汰しています」と深々と頭を下げた誠さんの嬉しそうな顔を見ながら、私もオソルオソル、途中で止まっている扉をくぐると。
「おいおいおいおいおい、誠、おめぇ誰連れてきたんだよ、うーわっ、無茶苦茶可愛い、超絶美少女じゃねぇか、あーあーあー」
だなんて・・大きすぎる声で今聞こえたこと、「無茶苦茶可愛い超絶美少女?」って・・私のコト? そんな大きな声で言われると、オホホ、どう返事していいか、というか、マスターの顔って、役所広司さん? と思いっきり目が合って。マスターは私を凝視したまま。腰を振って「ふぉぉぉ」って言わないよね・・さすがに。と待ち構えていると。
「誠、こんな無茶苦茶カワイイ超絶美少女を、こんなとこに連れてくるなよ、ったく、嬉しいけど、こんな所でこんなカワイイ女の子に変な想い出を作らせんじゃねぇぞおめぇ」
ってことを、私に向かって言っていそう・・。いや、閉まらなくなった扉を閉めようとしている誠さんに言ってるのかな? とりあえず閉まったね。それより、「無茶苦茶可愛い超絶美少女」だって、まぁ、少女という年ではないですけど。無茶苦茶可愛いかもはしれません。なんて思いながら、オホホホホって笑い声をこらえながら、まぁねとニヤニヤしてしまったら、マスターから視線を背けることができない私。の横から誠さんが。
「マスターもお元気そうでよかったです。変わりないですか」
って、会話になっていないでしょソレ・・と思いながら。まだマスターと見合ったままいたら。
「まぁな、そろそろお前も来るんじゃねぇかなって思ってたところだけど、へぇーえ、こんなにカワイイカワイイお嬢さんを連れてくるとはな。お嬢さん名前は、俺は、コウジって言うんだけど」って、ニコニコと嬉しそうな顔が本当に、その顔のままの名前なの? と思いながら。軽くお辞儀しながら。
「はい・・私は、キョウコと申します」と言ったら。
「おぉー申すのか、ハッハッハー。見たまんまの美しさ通りに礼儀正しいお嬢さんだ」ともっと嬉しそうな顔で返された。見たまんまの美しさ通りに礼儀正しいお嬢さん・・美しさ通りですか、オホホ解ってる人ね・・と心の中でつぶやいてから、でも・・どう返事すればいいの? とりあえず、恥ずかしそうに目を伏せて、もう一度お辞儀したつもり。と思っていると。
「恭子さん・・ここに座って、本当に、怖がらないで、この人がさっき言ってた予言者だから」
と、誠さんが引き出してくれた高い椅子に腰かけて・・ポロイ椅子ですね、それに、足ってどこに置くの・・って言うか、カウンター席しかないのですね・・ココ。それに、カウンターも自分で拭くのか・・と誠さんが綺麗とは言えない布巾で台を拭いてくれて。曇りガラスのコップ・・うわっボロイ・・曇りプラスチックのコップだね、と割りばしを用意してくれた。そして、さっきからずっと嬉しそうな顔のまま、曇りプラスチックのポットのお水、飲めるのソレ。を注ぎながら、マスターに向かって。
「あの、マスターって、さっき、僕がそろそろ来るんじゃねぇかって・・なにか予言? しましたか」と聞いた。
えっ・・予言? いきなり? 私たちの来店を? と誠さんを見つめると。
「バーカ、俺は予言なんかしねぇよ、って何度も言ってるだろ」って・・どっち? 予言者じゃないの? って本人が言ったけど? とマスターの顔を見たら。にんまりしながら。
「この前、ケンイチが来てたんだ」と言う。ケンイチってもしかして、ケンさん? のこと? と誠さんに振り向くと。
「ケンイチが・・やっぱり・・ここに来ましたか?」っておどけて笑っている、やっぱりって?
「やっぱり、と言えばやっぱりなのか、お前と同じだよ、彼女ができちゃいましたって報告にな、どえれぇぶっ飛んだすんげぇーベッピンさんを連れてきて、いゃぁー盛り上がる盛り上がる、ノリノリだったぜあの娘・・」そう話始めるマスター。
ノリノリだったぜアノ娘って・・どえれぇぶっ飛んだすんげぇーベッピンさん・・ケンさんが報告に来た、彼女ができましたって・・ノリノリ・・それって・・その例えって・・どう考えても、間違いなく。まさか、アノ娘をノリノリにのせた? そんなことしたら、大丈夫、地球はまだ回っていそう。いやそれより、ノリノリにのせたアノ娘って・・。
「それって、優子の事ですか?」と顔面蒼白になりそうな聞き方しかできないような・・。
「おぅ、優子ちゃんの事だよ。そして、キョウコちゃん、君が、アノ娘の親友の幼馴染で。コイツが君への誕生日プレゼントってわけだな」と誠さんを指さすマスターに。目を見開いて、ど・・どこまで知ってるのこの人? やっぱり・・予言者? というより、優子ってナニをどこまでしゃべったの? と言うべき? でも、盛り上がる盛り上がるノリノリだったぜって・・。あの・・。
「だっはっはっ・・そんな顔すんなよ、ケンイチが彼女を連れてきた。そこで、しばらく会ってないけど誠は元気か? って話になったんだ。そしたらケンイチが、誠はまだここに来ていませんかって聞くからよ、おぅ1年ほど見てねぇな、って答えたんだ。そしたらケンイチが、大丈夫みたいだって優子ちゃんに言って、ナニが大丈夫なんだって聞いたら、優子ちゃんの幼馴染の親友を誠に紹介するつもりなんだって話になって、優子ちゃんは、その幼馴染の親友を、可愛くて優しくて私のお姉さんのようなお母さんのような人なんです。って言ったんだ。そんな出来過ぎた女の子を誠に紹介するのかよってからかったら、優子ちゃんは、誠さんって高倉さんの親友ですし、本当は、高倉さんとチェンジしたいくらい面白いイイ人でしたよ。だから、ここにまだ来ていないってことは、彼女がいないってことだって、優子ちゃんの推理って名探偵だなって話になって、大切な幼馴染の親友だから誠さんのような人とくっついて欲しいのです。お誕生日のプレゼントにするつもりです、っていい顔で話してくれてな。へぇー、そりゃいいな、きっとうまくいくだろうな、お前たちより早く出来上がっちまって、ケッコンは先を越されたりするかもよって、みんなでニヤニヤしたんだよ」
うわ・・、その時の景色が見えた気がしたのと。心の底に届いたマスターのセリフ「そりゃいいな、きっとうまくいくだろうな・・」の次。「お前たちより早く出来上がっちまって、ケッコンは先を越されるかもよ」の部分「ケッコンは先を越す」を繰り返しながら誠さんに顔を向けたら。
「そ・・そんなことがあったんですか?」と言ってる。けど、私は、そんなことがあったということよりも、「マスターが気安く口にしたことって、たいてい実現してしまう」と誠さんが言ってたことの方が気になっているのですけど。
「お前が、まだここに来ていない、イコール、彼女がいない、という確信が欲しかったのだろうな、もし彼女がいる男に、こんなカワイイカワイイ超絶美少女を紹介したら、どんな不幸なことが起きるか、想像できるだろ。俺でも、嫁さん捨てて走っちまうだろうぜ」
って、私を見てニヤニヤしてるマスターに、どんな話ソレ? という顔をしてると。
「優子ちゃんのアノぶっ飛び方と比べるとキョウコちゃんは見た感じ うやうやしくて つつしみぶかくて まさに 大和撫子の妖精って感じだけど、本当にあの 優子ちゃんの幼馴染の親友なの? ちょっと、試させてもらっていいかな?」
といたずら小僧のような顔をしたマスター。試す? というより、うやうやしくて つつしみぶかくて 大和撫子の妖精 だなんて オホホホお口が上手ですね、と返事すべきか、どうしてわかるのですか? と返事すべきか。さすが予言者・・と言うべきか。と悩んだら。
「ちょうど、その席に、10日ほど前だったかな、ケンイチに勧められて座った優子ちゃんに、名前は? って聞いたんだ。そしたらアノ娘なんて言ったと思う?」と私を指さしたマスター。えっ? それって、私に何を試しているのですか? と言う気持ちがして。
「親友なら、優子ちゃんがどう答えたかわかるんじゃないかなって・・」
あぁ・・それって、私も同じように誠さんに聞いたね。ケンさんなんて答えたと思いますかって。これって親友の確かめ方? なのかな、と思いながら。空想してみると、ここに座った優子がマスターに名前を聞かれた・・。
「お嬢さん名前は? 俺はコウジって言うんだけどよ・・」と言われて、アノ娘なら、と直感で思いついたことが可笑しく思えて。ぷっと吹き出して、止められないから口元を押さえてみた。そんな私を見て。
「間違いなく、あの娘の親友だ・・」とマスターが笑って。同じように笑っている私は。
「私の名前ですか、えーと・・なんだと思いますか、当ててください」
と優子の真似をしたつもりで、指先をタクトのように振って言ってみると。
「双子みたいだな。優子ちゃんもそうしたよ、指をくるくる回しながら」とマスターがずっと笑っている。優子と双子・・にはなりたくないけど。でも、私の興味は、その次・・。
「で、優子の名前を、当てたのですか?」そう聞いてみたら。
「んっ・・おぅ、ケンイチのカノジョになるベッピンさんだから、きっと世界で一番優しい女の子だ。だから、優子ちゃん、優しい子って書くんじゃないのか、って言ったら」
「ピンポーン」とせずにはいられないというか。
「だっはっは。優子ちゃんもそうしたよ。ピンポーン」と私に指さすマスター。本当に予言者なのかな、と言う気がして。
「本当に予言したのですか? 優子の名前・・」そう聞いたら。マスターは笑ったまま顔を小さく振ってこう言った。
「優子ちゃんと口をきく前に、ケンイチがぼそっと言ったんだ。優子さんここに座って、大丈夫だから怖がらないでって、さっきのお前たちもそう言ったろ」
「はい・・確かに」怖がらないでって言いましたよね、と思い出して。
「予言でも何でもないんだ、聞こえたことを当てずっぼで言ってるだけだ」
そうですか・・というか、そんなこと言われたら残念な気持ちもして。だけど。
「例えば、キョウコちゃん、どんな字書くのかな?」
と、私をじっと見つめたマスターの優しそうな目。
「当ててください」って優子みたいに言うと。
「うやうやしくて つつしみぶかい 大和撫子の妖精のようなカワイイカワイイ女の子だから。恭賀新年の恭に子供の子と書いて、恭子ちゃんだ」と言うマスターに。
「ピンポーン」とまた指を差してしまうけど。こう何度もカワイイカワイイ女の子だなんて言われたら、何気に嬉しいものね。なんて思っちゃう私。そして。
「と言う具合にね、あてずっぼなんだけど」あてずっぼ・・「前向きな事を、言ってみたりやってみたりすると、なんでもうまくいくんだよ。まぁ、外れても誰も困らないし、うまくいかない時は、今日は調子悪いな、って笑い話にして、何度もやり直せば、その内うまくいく、人生前向きにやれば、なんでも、なんとかなるもんだ」と言ってるマスターの話が、そういう意味で私のコト、カワイイと言ってくれてるのねと、何かが心に引っかかって。
「はい・・まぁ・・」前向きな意見ですね・・と思っている私。でも、こういう話をすらすらとする人もいないかな最近は、と黙って聞いていたら。
「ケンイチや優子ちゃんにも話したんだ、ここに来て俺の意見を欲しがる連中に俺が何を話しているか。俺はただ、直感を信じろ、やってみろ、ダメだったらやり直せばいいだろ。この三つを繰り返しているだけなんだよって。ダメだったら、やり方変えて何度もやり直せ。最初からうまい奴なんていないし。最初からできる奴もいねぇだろ、やりもしねぇでできねぇできねぇって言うんじゃねぇよ。ってな、そんな風に色付けて話してんだけど、それがいつの間にか、俺の言うとおりにやったらうまくいったとか、勇気をもらったとかいうヤツが現れ始めて、いつしか俺は、予言者ムハマンダーと呼ばれるようになった」
「む・・ムハマンダー?」それって、教祖様? 戦隊モノの悪役? どっち・・。
「そして、こういう、決断できねぇ情けない男がカワイイカワイイ女の子を連れてきて、どうしたらいいですか? って聞いたりするんだな、ケンイチもそうだったし、誠お前もそうだろ」と人差し指を誠さんに振ったマスターに。私は。
「そうなんですか? 決断できないって・・確かにケンさんはそうかもしれないけど・・誠さんも、そうなの?」と反射的に聞いてしまう。すると。
「い・・いや・・ちょっと、マスター、僕は決断したから恭子さんをここに連れてこれたわけで・・ねぇ」と、オロオロと私を見つめる誠さん。ねぇ、と言われたら、まぁそう言えば、決断したんだね・・つまり、私を選ぶという決断をした・・花束を捧げながら・・「僕と付き合ってください」と、昨日の事を思い出すと、また、決断してくれたんだよねとデレデレとした気持ちになるけど。
「その決断が正しかったのかどうか不安だから、ここに来たんじゃないのか?」
と、マスターに正されると。物は言いようね、一気に正反対の感情がそうかもしれない、と爆発して。
「私を選んだことにナニか不安があるのですか?」と・・思いながら。
誠さんの顔を見つめ直すと、本当に不安そうな自信のない表情。
「そうなんですか? 私の事が不安? 私のどこが?」と聞きたくなったけど。マスターは私が口を開く前に。
「俺にナニか言って欲しいのか・・」ってナニを言ってほしいの?
「言って欲しいって・・まぁ・・言って欲しいですね、いつものアレ」って誠さんも、ナニを言って欲しいの? いつものアレ?
「じゃぁ、いつものアレを言ってやるよ」とニヤついたマスターは「直感を信じろ、恭子ちゃんと初めて目が合った時、お前は何を思った? 必ずその通りになる」と重い言葉で言ったら。誠さんの表情が明るくなって・・。でも、私は。
「私と初めて目が合った時、誠さんって、何を思ったの?」と聞かずにはいられなかった。すると。
「えっ・・まぁ・・うわ・・カワイイ・・こんなカワイイ娘と付き合えたらいいな・・って」視線を反ゼてうつむく誠さん。
マスターの言葉に比べたら、何気に軽すぎるというか・・。ありきたりと言うか・・。幻滅した気がしたけど。うつむいたまま、ぼそぼそと。
「で、マスターの言う通り、直感を信じて、決断をして、好きですって言えたから、今、こうして、つまり、お付き合いできることに、その、思いが、実現したと。マスターにもそう言ってもらいたかったと・・きっと末永く付き合えると・・確信・・とか・・まぁ。必ずその通りになるって・・だから・・うん」
と、そういうことは、ぼそぼそ下向いて、不明瞭な言葉を並べて言わずに、私の目を見て言いなさいよ。と思ったから。自信なさげにぼやいている誠さんを下から覗き込んだら。目が合ったとたんに。
「そうだ、恭子さんは、僕にナニか感じた? 直感とか。何か思った? その通りになりそうなこと」
と聞くから・・。
「えっ?」って・・。どうして私に振るのソレ・・。でも、そう言われたら。
まぁ、誠さんを初めて見た時の事って、思い出すと「おぉ・・イイ」って思ったこと、よりも、あんな地味な服ですっぴんノーメイクでって、そういうことが恥ずかしすぎて。第一印象最悪・・という思い出が強烈なトラウマ。だから、ちょっと、あの時の事を思い出すのが恥ずかしくなって。
「まぁ・・ね」としか言えなかったりして。
「遠慮なく言って欲しいけど」と言われても。
あの日のトラウマはちょっとやそっとじゃ克服できなさそうだし、そういうことは遠慮なく言うことでもなさそうだし。だから。
「まぁ・・ね」としか言えない。そんな私に。
「まぁ・・ね」ですか。とつまらなそうに追及する誠さん。
もぉ・・って思った時。マスターが。
「こら誠、おまえなぁ、カワイイカワイイ女の子がこんな顔するときって、言いにくくて恥ずかしがってるんだって、それくらい解ってやれよ、このバカタレ、ほら、一言ごめんって謝って、女の子を恥ずかしがらせるんじゃねぇよ。ったく。こんなカワイイ娘に嫌われたら次のチャンスなんて永遠にムリだぞ」
と言ってくれて。恥ずかしがってるわけではないのですけど。まぁ・・そういうことかな。私が遠慮なく誠さんに言いたいことって・・さすが予言者、かも・・と思っている私に。
「あ・・ごめんなさい。そういうことなんだ・・ホントにごめんなさい」
と謝る誠さんに、プンっと怒ってるふりの顔をしながら、まぁまぁ許せる謝り方ね、この子犬のような表情、なんて思って、くすっと笑ってしまって。それに、それですよね・・。私に嫌われたら次のチャンスは永遠にムリ。この予言はその通りだと思う。さすが、予言者ムハマンダー、と思ったり。でも、今のこのぎこちなさは、誠さんとは、まだ慣れていない、だけ、だから、だよね。と思ったり。すると。
「で、ケンイチたちにも直感を信じろ、その通りになるって、そんな話をしたらよ、優子ちゃんが、私はいつも直感を信じてますよ、って言い出して。へぇ~、どんな直感を? って聞いたら。私は高倉さんと見つめあった時、感じたんです、直感を。って話が始まってな。私は高倉さんと見つめあった瞬間、この人と結婚して、何人も赤ちゃんを産んで、いーっばいたくさんの子供たちに囲まれて幸せになるんです、そんな映像が見えました。なんてスゲェマジになって言うんだ。だから、へぇそりゃイイな、きっとそうなる、子供たちが大きくなったら15人のラグビーチーム作って、世界制覇できるかもしれねぇぜ」
15人も子供産んでラグビーチーム作って世界制覇・・と誠さんの顔を見ながら。マスターが気安く口にした・・こんな予言は実現しないですよね、と思ったけど。
「そしたら優子ちゃんは、15人ですか、最短でも15年ですよね、私その時37歳になってます。って大真面目で悲しい顔し始めちゃって。だから、そんなに立派なおっぱい持ってんだから、一度に2人ずつ産めば30歳までに15人いけるんじゃねぇ。って冗談交えて言ったつもりだったんだけど。そしたら、その手があった・・そうですよね、一度に2人ずつ産めば、7年半で15人ですよね。一度に3人ならもっと早く。なんて言い出して。俺もつい調子に乗って、おぅ、挑戦してみようぜ、人間ヤッテできねぇことはない。ケンイチも頑張るって言ってるし」と声が弾むマスターの楽しそうな顔。
本当に、そんなことを言ったの? 本当にケンさんも頑張るの? 本当にそんなこと言って優子をおだてたんだ。だから、優子は急に えっち の話しとか。チョコレートを食べると男が元気になるとかそんな話を私にしたのか・・。そういう事だったんだ。それより・・。
「そしたらな、優子ちゃん、ケンイチに向かって、ホントですか、頑張ってくれますか、って。だから、俺も、頑張るよなケンイチ、毎日毎日頑張るよ、優子ちゃんの夢なんだから、絶対叶えてくれるって、男は女の夢を叶えるためだけに存在してんだから。ってケンイチをプッシュしたら、お願いしますね、って優子ちゃん、オレも、半分くらい冗談だと思っておだてまくってたら、どうやら冗談じゃなくてかなり本気だったみたいでな・・ケンイチの奴ちょっと青ざめていたけど、優子さんがその気なら・・ってあいつも、結構ヤル気だったぜ」ヤル気だったぜ・・ナニを? って。
ケンさんも、ヤル気だった。だから、優子のあの立派なおっぱいを後ろから触ったりしたということか。ケンさんらしいヤル気・・だったのかも。なんてことも思い出したりして。でも、本当に一度に2人ずつ産んで、30歳までに15人? 優子がそんな願望を持っているだなんて知らなかったけど。確かに、チョコレートの魔法とか、ママにしてあげる、なんて話したとき大真面目だったよねアノ娘。一人目は女の子が欲しいって言ってたし・・って回想をしていると。
「お前たちも頑張って同じようにラグビーチーム作ってみるか? 決勝戦見に行ってやるぜ」決勝戦? どこまで飛躍して、何の話になってるのコレ? 
と、気安くそんなことを口にするマスターに。
「ちょっ・・ちょっとマスター、その辺でやめましょう・・」
と予言を制止する誠さん・・。確かに、私も、そんな予言が現実化したら大変なことになるかもしれないと・・いや・・大変なことになると空想している・・というか、どうして、15人の子供たちに囲まれている私を、今こんなにリアルに空想できるの? 今私の頭の中、15人の子供たちが本当にラグビーボールをもって走り回っている。優子の子供たちも合わせて30人もいる・・・うーわ、どうしよう、本当に現実化しそうな雰囲気だけでもスゴイかも。恐るべし・・予言者ムハマンダー。とマスターの顔を目を見開いて見つめたら。
「でもよ、ケンイチの奴、今頃は、優子ちゃんのアノ立派なおっぱいに のされちまって いるのかな、男ってつらいよな、アレにだけは逆らえねぇよな」と、しみじみとニヤけるから。私の頭の中、今度は、おっぱいにのされちまう・・ってどんなことを空想すればいいのかと混乱している。すると。
「じゃぁ、俺は、お前らにラーメン作るから、二人で将来の事でも話てろよ。ただしだ、誠、こんな汚ねぇ店で、こんなカワイイ娘に プロポーズ なんてすんじゃねぇぞ」と念を押したマスターの気安い一言。プロポーズ? と思って誠さんに振り向いたら。誠さんの視線は、なぜ? 私のあまり立派ではないおっぱいをじっと見てるの? 条件反射的に手で覆ったら。
「あ・・」と視線を反らせた。なんとなく、誠さんも、ケンさんが優子のあの立派なおっぱいに のされちまって いることを空想していそうな。そういう話だったかな? 直感とか、信じろとか、その通りになるって、前向きな話しだったような、と回想するけど、頭の中を占領し始めるのは、私のこのあまり立派ではないおっぱいに、誠さんが のされちまって いる光景? いやいやいや・・そんな本能的な空想に逆らおうと、話題を変えたくて周りをキョロキョロしてみると。目につくのは。ラーメン1杯500円。とだけ書かれている壁の張り紙。
「あの。誠さん、メニューって、もしかして、あれだけですか?」
とりあえず、無理やり、話題を反らせたつもりで、そう言ってみると。
「あ・・うん・・昔からここはラーメン専門店だからね」素でそう答えた誠さん。
専門店? それって、意味が違いそうだけど。
「俺一人でやってる店だからな、いろいろ種類があると作るの面倒臭くてよ。シンプルイズベストってヤツだよ」とマスターが、麺を湯切りしながらわかりやすく説明してくれた。そして。大きな器にいろいろな具や調味料を入れながら。
「おい誠、そんなに黙ったままだと、恭子ちゃん退屈しちまうぞ。それに、ケンイチに先越されちまってんじゃねぇのか。なんか喋って、笑わせてやれよ。お前もケンイチも昔からどうしてそう女の子に気が利かねぇんだ」
と言った一言・・。先越されちまってる、って誠さんの操縦マニュアルだよね・・それに、ケンイチもお前も昔から女の子に気が利かねぇんだ。と言うのは、やっぱり昔からなのね、まさしく同感。だから、私もつい調子に乗って。何か面白いこと言ってくれないかなと。
「先越されてますよー、アドリブも負けていそうですよ」
とからかい半分につぶやいてみたら。誠さんは慌てて無理やりなことを言い始めそうな顔。おっ、アドリブ効かせてくれるかな、と期待したら。視線をキョロキョロさせながら。
「今は越されてるかもしれないけど、僕は、恭子さんを、優子さんより、幸せにして見せるよ、必ず。そんな直感を信じてるから」だって・・信じるなら、まっすぐこっち向いて言いなさいよ、と思いながら、クックっくって笑うと失礼かなって思ったけど。私も。
「はいはい、期待しみようかなって、私も直感を信じてみますね。くっくっくっ」とこらえられない笑い声を漏らしながら、軽く応えて、ちょっとだけ照れてみる。でも。
「優子さんが、15人子供産むなら、僕は恭子さんに16人産ませてあげます」
だなんて、今度は真っすぐ私を見つめて、大真面目にそんなことを言うから。えぇ~・・また、頭の中で子供たちが走り回り始めて・・私は、血の気が引いて、ドン引きしながら。
「・・む・・ムリですよそんなこと」と言ったつもり。だけど・・。ニヤッと私を見る誠さん。アドリブですよねソレ、冗談ですよね・・と安心したら。
「僕も頑張るから・・ケンイチには負けたくないし。将来きっと」
いや・・あの・・そういうことって勝ち負けじゃないでしょってこないだ言わなかった? それに、将来? きっと? どうするの? 本気で16人?
「僕、恭子さんが望むなら、どんなことでも頑張れる自信ありますから」
と思い詰めていそうな声・・いや表情。私は16人も望んでいませんし、それに、今日の誠さんってアドリブにキレがないというか・・。笑えないというとか・・。これが本当の誠さんかな? と言う気もして。ちょっと期待ハズレてるかも。それに、ちょっと引きたいのに、足をかける所が解らなくて、椅子が動かないし。だから、足かける所探そうとしたら。
「恭子さん」なになにこの真面目な雰囲気。
「はい」って返事する声が裏返りそう。すると。
「本当に、16人欲しいですか?」欲しいわけないでしょ。いや・・できるわけないでしょそんなこと。と、声にならなくて、顔が小刻みにぶるぶると振るえてる。でも。
「子供は好きですし・・その、正直言って子供は欲しいですけど、16人もいりません」
と、とりあえず、16人の部分だけでも、はっきり言っておこう。すると、ニコッと笑う誠さん。
「僕も、子供、好きです。将来キャッチボールとかしてみたいという夢があったりして」
「あ・・そうですか・・」って、将来の話をしろって、これも、予言者ムハマンダーのお告げ通りの展開なの? ナニを話してるのよ私たち、恋人になるとこんなこと普通に話すのかな? なんか想像と違う。でも、将来だとしても、子供をつくる話は、本能が私を脅迫するかのように、作る前にするアレを空想してしまうから、ちょっと。と曇りプラスチックのコップのお水をごくごく飲んで、戸惑った瞬間。
「ほら、できたぞ。食え」
と、二つのラーメンが登場した。「食え・・?」それは、見たまんま、香る匂いも、超が付くほどスタンダードなラーメンですけど、サイズが、一回り大きくないですか。という第一感想だけど。
「カワイイカワイイ恭子ちゃんには、チャーシュー一枚サービスだ」
と、マスターの嬉しそうな笑顔の一言。私は、はっと慌てて、本能の脅迫から逃げ場を見つけたかのように。
「きぁぁ、嬉しいです、ありがとうございます。いただきます」と、ワザとらしく無理やりお箸を割って。遠慮なく・・いや・・慌てて、ふーふーしてからずるずる。
「どうだ?」とすかさず聞いたマスターに。
「うーわっ、本当に美味しい」というのは、本当に美味しいから。
「本当に、は余計な一言だろ」と笑っているマスター。
「美味しいです・・本当に・・美味しいコレ」と本当に美味しいから、そう繰り返す私。
ずるずるもぐもぐと、無理やりの無心で食べていたら。
「うめぇって言ってくれて、ありがとよ、誠もケンイチも、クソガキだった頃をよく覚えているけど、いつの間にか、こんなに綺麗なお嬢さんを連れてくる大人になっちまったんだな。来年の今頃は、小さな赤ん坊を抱いて来て、どんな名前つけたのか当ててくださいって言われそうだ」
マスターがしみじみと何気なく言った一言。お箸も、ふーふーも、ずるずるも、もぐもぐも、ぴたっと止まって。また、本能が理性を脅迫し始める。小さな赤ん坊・・この予言、本当に実現するかも、今夜・・だなんて直感がした。直感を信じろ、その通りになる。とマスターのお告げもこだまして。ふと左を見ると、私と同じ、お箸でラーメンを持ち上げたまま停止して、私と同じ直感が見えていそうな誠さんと顔を見合って。
「来年の今頃は、小さな赤ん坊を抱いて来て、どんな名前つけたのか当ててくださいって」
小さな赤ん坊を抱いている私と、嬉しそうに赤ん坊をあやしている誠さん。そんな光景が、ものすごくリアルな映像になって頭の中のスクリーンいっぱいに映し出されている。まさか・・ね。と無理やり思いたいのに、まさか・・ね、と思えないのは・・ナゼ? と誠さんから視線を背けると、マスターが幸せそうに笑みを浮かべて、私をじっと見ているから、フーフーして、ずるずるもぐもぐを無理やり再開した。すると。
「あのクソガキが立派に大人になって、こんなにカワイイお嬢さんを連れてきて、幸せをおすそ分けしてくれて。そう思うと、予言者ムハマンダーも悪くねぇな・・、俺も年を取ったのかな」
と嬉しそうにぼやくマスター、しみじみとそのセリフを、私はラーメンと一緒に噛みしめたら。
「誠をよろしくな」
と私にだけ聞こえる小さな声でそう言った時のマスターの笑顔。ものすごくイイ。だから、無条件に「はい」と返事してしまったかな私。チラ見すると誠さん・・無言でラーメン食べてるし・・。「誠をよろしくな」って、こういう口説かれ方・・誠さんが仕組んだの? いや、こんなテクニックこの人が持ち合わせているはずない。あのケンさんの友達だし。でも、「誠をよろしくな」何度もリピートしてしまう、マスターのこんなにイイ笑顔で言われた一言。なんとなく私、誠さんがどういう人なのか全部わかった気がし始めてる。直感が、無条件で全部を信頼できる人・・なんだ。つまり、ケッコンしても良さそうな人。と感じている。この直感を信じたら、その通りになるの? その通りって・・と、誠さんを見つめたら。
「あの・・恭子さん、多くない? 全部食べられる?」違うか・・勘違い・・だよね。
と思っている私が見ていることに気付いて、そんなことを心配する誠さんに。
「たぶん大丈夫・・」と、今考えていたことをすっかり忘れて答えると。
「育ち盛りのクソガキだった頃はペロッと食べられたけど、僕も年を取ったのかな。ちょっと多くないですかマスターこれ」なんてことをぼやいて。
「年を取ったとか、そういうしみったれたことは、60を過ぎてから言うもんだ。今日はこれで店閉めるつもりだから、ちょっと麺が余ったからよ、全部食ってくれ、捨てるのもったいねぇだろ」
と言い返されてる。マスター・・60過ぎてるの? と思えない顔だけど。麺があまった・・もったいない・・それでこのボリュームですか・・食べきれるかな。ともぐもぐしてたら。
「優子ちゃんにも、ケンイチをよろしくなって言ったんだ。この前」と再びさっきの話を続け始めるマスター。「ケンイチをよろしくな」ってさっき私に言ったみたいに優子にも。
「そしたら・・」と話すマスターよりも先に。アノ娘が言いそうな言葉が口から出てきた。
「任せてください・・って言いませんでしたか?」
「おぅ・・さすがだな。優子ちゃんは、任せてください、私、動物とか世話するの自信あります。小学生の頃ウサギさんの世話したことありますから。ウサギさんも、たくさん子供産んで幸せそうでした。ウサギさんの赤ちゃんって本当に赤くて赤ちゃんなんですよ。って、幸せそうな、いい笑顔で話してくれてな」
そんな楽しそうな話しぶりのマスターに、えぇっと顔してる誠さん。その顔ってナニ?
「だからよ、それなら心配もいらないし、頼もしくて心強いな、ケンイチって世界で一番幸せな男なんじゃないか。って言ってやったらな、あいつ、真っ青になってやがるんだ。優子ちゃんは優子ちゃんで、私が世話してあげますから、あのウサギさんみたいに高倉さんもきっと幸せになれますよ。頑張りましょ。私もウサギさんみたいにたくさん産んであげますよ。って。どえれぇぶっ飛んだすんげぇベッピンさんだったな、アノ娘の親友なんだから、恭子ちゃんも、ちゃんと誠の世話をして、こいつを幸せにしてやれそうだ。このクソガキを安心して任せられるのかと思うと、ヤレヤレだな」
ヤレヤレ・・と言われたけど。ここは、「はい、ヤレヤレですねぇ」と優子なら言いそうだけど、私は言えそうにない。というか。誠さん・・その顔・・。これも、マスターの予言か何かなの? でも。私、誠さんに、これだけは言いたい。
「あの・・私は優子とは違いますから」そんな顔しないでください。そう言ったら、笑っているマスターが。
「ケンイチと優子ちゃんもそうだったけど、男が臆病になって、女が大胆になる。それが恋の始まりだって。誰の言葉だったかな。お前たちの顔を見てると、あの言葉って間違ってなさそうだって思うよ」
と続けた言葉。男が臆病になって女が大胆になる、それが恋の始まり。・・そうなのかな、とも思うけど。
「まぁ、確かに、臆病な女に大胆な男が迫れば、それはレイプだな。その反対なら、恋なのか・・やっぱ、男はつらいよ・・なぁ誠」
「は・・はい・・」
って、その自信のない返事は何? 今日は全然アドリブ効いてないし。マスターの独り舞台のようだし。

でも、なんとなく、マスターの言葉「臆病な男に大胆な女が迫ればそれは恋」を考え込みながら、無心で食べていると、あのボリュームのラーメンもスープも、いつの間にか完食してしまって。「臆病な男に・・今日は女が大胆になってもいい日」と閃いたことを記憶にとどめようとしたら。ニコニコと私が食べきったのを見ているマスターに気付いて、慌てて。
「本当に美味しかったです、ごちそうさまでした」と深々と頭を下げた私。
「本当に・・ってのは余計だって言ってるだろ。ったく。まぁ、またおいで、今度はケンイチも優子ちゃんもつれて、4人で、できちゃった結婚式をどうするか相談でもしに来いよ。あっはっは」
だなんて言って。次から次にヘンな予言しないで・・って思いながら、できちゃった結婚式ってナニ? と言う気持ちで。
「・・はい」って返事してる私。はいって返事していいのかな? でも、マスターがまた、そんなことを気安く予言するから・・また本能がムズムズし始めるでしょ。できちゃったって・・。できる前にすることがあるでしょ・・つまり・・アレ・・と言う目で。
「ふー食べ過ぎた、ごちそうさまでした」と言う誠さんを見つめてしまう私・・。
「今日も終わりだし、おめぇらも予定があるだろ。そこまで送ってやるよ。とっとと帰れ」と、途中までしか開かない扉をくぐって、お店の前まで見送ってくれたマスターに、私も、もう一度深々とお辞儀して、誠さんに開けてもらった助手席に座ると、マスターにもう一度深々と頭を下げた誠さん、車に乗り込んで、スイッチを入れると、ゆっくりと走り始める車。ものすごくイイ笑顔で手を振るマスターとお店が遠くなって、また暗い道のりが続き始めたとき。つい口にしたくなったこと。
「マスターって、イイ感じの人ですね」と話し始めたら。
「うん、イイ感じの恩師で師匠で、あの人に出逢っていなかったらどうなってたかなってよく思うよ」と答えてくれる誠さん。
「どうなってたかなって?」どうなってたんだろ?
「うん、高校生の頃は悩むばかりで、なにも実行できなくて、ケンイチと、ティファニーってこれかよって、ラーメン食べたとき、あの時、マスターと知り合わなかったら、あのまま、何も実現できない役立たずな男で一生過ごしたかも」と言う暗そうな話。
「役立たずな男だったんだ」と半分くらい聞いてみようかな、つまらなそうな話だけど。という返事をしてみたら。
「まぁ・・なんて言うか、高校生の頃はケンイチと張り合ってるのが楽しかったのだけど、すんげぇ底辺の戦いをしてた、ことに気付いて、と言えば想像できる?」底辺の戦いか・・。
「まぁ、その例えって、なんとなく・・」無敵だと思っていたのに予選敗退・・かな。
「ケンイチの前でなら俺はヤル、俺はデキル、って言えるのに。いざその時になると何もできなくて、負けた理由をケンイチに求めたり」なにに負けたのかな? それを。
「ケンさんのせいにしたんだ」でも、この人、ナニを打ち明けたいのかな? と聞く耳が少し立ち上がった。
「うん・・あいつも、俺のせいにするときがあったよ。って今でも時々そう言って逃げたりしてる」また、ちょっと解らなくなったかも・・。説明下手・・この人。だから。
「人のせいにするなんて、今でもクソガキだね」と他人事のコメントしたら。
「まぁね。でも、あのマスターと知り合えたから、僕はヒトメボレした女の子に花束を捧げながら好きですって言える男になれた」滑らかさがいまいちでしょ、どこからそういう話に繋がるのよって想像しにくいし。ヒトメボレした女の子って私の事でしょ。だから、今度は、ふううん・・と、コメントするのが恥ずかしい気持ちになるエピソードねそれ。そして。
「できない理由をあいつに求めていたけど。マスターと知り合えて、今は、できる理由をあいつに求めているのかもしれない」
できる理由? ナニができるの? と黙っていたら。
「恭子さんに花束を渡せたのも、あいつのせいだ」それをケンさんのせいにするって。
「つまり、負けてる」ってこと・・です・・か。
「そう」って・・認めるんだ。
「否定しないのね」マスターもそんな感じだったけど。
「しない、負けてるから、僕は、頑張れる。頑張って・・・」いや・・ちょっと。その話、もしかして、アレに繋がりそう・・だから。
「16人も子供産めるわけないでしょ」先に言っちゃおう。言っちゃったら、私に振り向きたくても運転してるから振り向けない。だから、説明しにくそうに。
「いや、いや・・それは、そうじゃなくて」やっとムリだと解ったか・・でも。
「そうじゃなくてナニ」もっと別のナニか・・。何言いたいのよこの人。
「やっぱり、恭子さんのコトを優子さんよりもっと幸せにしてあげたい。俺はデキル、俺ならヤレル。という直感に従うつもり・・です。この前、映画の話をしながらそんなこと考えてました。その直感を今日は補強したかった」
「補強・・」って・・?
「マスターに言ってもらうと、なんかこう、間違いなくそんなことができる、って気持ちになって。僕、こんなに綺麗でカワイイ人と付き合えるのかなって、まだ少し不安な気持ちがありますけど。今は、もう少し、自信が・・」
なさそうですね・・とその尻すぼみな長いセリフに。あ・・そうですか・・ってまた、コメントに困るくらいデレデレしてしまいそうですけど。と誠さんの運転してる横顔に、ピンっと感じた直感。なんで、こんな会話してる時に、この人が私のお婿さんになるのかな・・。なんて考えちゃうのかな。でも、そう思うと気持ちが昂るね。直感か、信じろ、その通りになる。その通りに、したい・・かも。だったら、よし、私だってと言う気持ちを、こんな言葉で表現してみようかな。
「私も、あのマスターと知り合えたから、自信をもって直感を信じれるようになったかもしれません」
結構、緊張しながら無理やり言ったのに。
「それは、どんな直感ですか?」とさっきまでとは裏腹で、素な声色で聞き返す誠さん。
どんな直感って・・あなたに今感じた直感の事よ・・と思い浮かべながら。でも・・本当の事なのかなと思うこと。まだ半信半疑なのは・・これ。
「でも、本当に、マスターが言ったことって、全部実現するの?」と誠さんに聞くと。
「今まで外れたことないからね・・」と、また、素で答えるから、
「すごすぎる説得力ね」と思い出して、昂りそうだった血の気が引き始める、あの話。
15人も子供を産むなんてのはムリでしょ・・いや、私ではなく、あの優子なら・・という気もするし。それに、私たちの事も・・。とマスターの予言をリピートすると。血の気が引いた冷静な気持ちは、心の底に、そうなってもいいんじゃないの、いや、そうなりたいと思っている自分がいることを気付かせてくれた。「そりゃいいな、きっとうまくいくだろうな、ケンさんたちより早く出来上がっちまって、ケッコンは先を越せるかも」「私たちも頑張ってラグビーチーム作ってみる?」はムリ。絶対ムリ。だけど。と考え始めた時。
「外れたことはないけどね・・来年の今頃は、小さな赤ん坊を連れて・・って・・僕たちまだ出会ったばかりだし、来年ってのは・・ない・・かな」
とつぶやいて力なく笑う誠さんに。ムキになりたい気持が湧くのはナゼ? 
「出会ったばかりってナニよ・・」って、誠さんに向かって低めの声が出てしまうのは・・。
「えっ?・・」と・・前を向いたまま運転している誠さんに。
「出会ったばかりだけど、そんな未来が本当にやってきてもいいと思いませんか?」
って・・えっ・・私、ナニ言ったの今? と冷静な気持ちが、どうしたの私、ナニ言ってるの私。って私を引き留めようとしているのに。これは、見える、私にも見えるよ・・本能が勝手に「来年の今頃赤ん坊を抱くためには、これからしなければならないことがあるでしょ」と私を突き動かし始めている・・あぁどうしよう。「今頃ケンイチの奴優子ちゃんのあの立派なおっぱいに のされちまって・・」とか。「あいつも結構やる気だったぜ・・」とか。そんな想像が次から次にブクブクと湧き上がってき始めた。だから、息も乱れ始めて・・、どうしたの私? こんなに内腿がむず痒い・・。
「あの・・恭子さん・・気分でも悪い・・食べ過ぎた?」と運転したまま聞く誠さんに。
「いえ・・大丈夫です・・」と言おうとしているのに、お腹の中からウズウズしてくるこの気持ちって・・。また、本能が勝手に理性を押し退けて。
「誠さん、ケンさんに先を越されていませんか?」だなんて私につぶやかせている。
「えっ・・先って・・」つまり、今頃、ケンさんと優子がナニをしていそうなのかを本能が勝手に空想して。あっ、ちがう、そうか、これって、誠さんがケンさんに先を越されているのではなくて。私・・。ケンさんが優子に、のされちまって いそうだから・・。
「「私が優子に先を越されているから、悔しく思っているのか。そうか、私、優子に先を越されるなんて、そんなこと耐えられないでしょ」」って今、本能が叫んだ・・。
だから、こんな気持ちになっているのか。と気付いた。チラリチラリと見てしまう誠さんの横顔も、こんな気持ちになってしまう原因? こんなに狭い空間で、外見がこんなにイイ感じの男の子と一緒にいるから? と、微かに匂ったその匂いに足元を見た時、ハッと気づいた「チョコレート」のせいかも知れない。「チョコレートを食べさせると男の子って元気になる」って言ったのは優子だったけど。「チョコレートの匂いを嗅ぐと女の子ってウズウズしてしまうの?」ということを実感しているのは私だよね・・。どうしよう、どうすればイイの、この暴走しそうな気持。と言うか本能・・。理性さんがんばって。とその瞬間に、チョコレート・・ハッと思いついたこと。
「あの・・誠さん」
「・・はい」
「話変わりますけど」
そう、無理やり話を変えて、理性的な何かを喋っていれば、本能の暴走を抑えられるかも。
「はい・・どんな話に変わるのかな?」誠さんの声は冷静だ。だから。
「あの・・今日、誠さんってチョコレートいくつ貰いましたか?」と聞くことができたのかな。
「・・えっ? その話に変わるの」
「はい、変わります。今日、そういう日でしょ、何個貰ったのかなって気になるというか。ほら・・」
ほら・・の次の言葉に詰まって。ケンさんだって私の目の前で5つだっけ? もらってたし。誠さんだって、ケンさんよりイイ感じの男の子だし。モテるのでしょ? と言いたいのをどんな言葉にすればいいのかに迷っている。
「あ・・うん・・まぁ・・義理で何個か・・もらったけど」
やっぱり。でも・・義理って、女の子がそう言いながら渡したの? いや、そんなことはないでしょ。
「何個かもらったって・・何個貰いましたか?」
どうしてそんなことがこんなに気になるのかな? 何個貰ったの? その何個、の回数が、ケンさんが女の子たちにチョコレートを貰っていた光景と重なって・・。ひとみさんみたいに耳たぶをチュッと吸われながら貰ったとか。理恵みたいにハグしながらとか。誰か知らないアノ娘のように手紙付きとか。それより、私が渡そうとしているチョコレートより、他の女の子たちが渡したチョコレートの方が高いとか。豪華とか。どうしてコンドームがついてたあのチョコレートを思い出すちゃうの? いや、この人も、あんなの貰ったのかな、何個かって、あんなのを何個も? と誠さんを睨むと。
「あの・・少し・・だけだよ・・」と怯えた声だから・・もっと、気持ちがたかぶる。
「多いか少ないかじゃなくて、何個貰ったかって聞いてるのよ」
って、怒鳴りながら言うことじゃないでしょ・・冷静になって私。もっと落ち着いて私。もっと他のカワイイ言い方があるでしょ。カワイイ言い方。カワイイ言い方。カワイイ言い方。と呪文を唱えたら。
「ほら・・誠さんってハンサムで感じイイ男の子だから、モテるんじゃないかなってヤキモチです・・これ」
そうそう、私にもできるじゃん、こんな風にモジモジとカワイイヤキモチの演技。
「あの・・じゃぁ、正直に言います」早く言えよ・・。
「言ってください・・何個貰ったの?」また声が太くなる。長続きできない演技ね。
「7つもらいました」ナナツ・・ナナツも・・。
と聞いて、どうしてこんなに絶望的な気持ちが押し寄せてくるの、私。
「あの・・でも・・別にその娘たちのコト、好きとか言うわけじゃなくて、あの、返すわけにもいかないし・・恋人がいますからって・・拒否もできなくて」
そんな言い訳なんて・・上の空。私、七人のライバルを押し退けて渡さなければならないんだ。このチョコレート。でも、これって、本当に、どんな風に渡すものなの。昼間、目の前でケンさんに渡していた娘たちの行動をリピートするけど、あれと同じ渡し方だとインパクトなさそうだし。ひとみさんみたいに耳にささやいてフェイントキスなんて・・私にはムリ、いや、やればできるかな。ヤッテできないことはない。どうして私こんなに前向きな女の子になってるの? マスターのせいか。って、私もクソガキみたいに誰かのせいにしていそう。と、手にした紙袋の紐をぎゅっと握って。言葉に詰まったその時、聞こえてきた曲目は。
「しゃらららら、素直にキッス、明日は特別スペシャルディ、一年一度のチャンス・・♪」
このタイミングのこの曲に、私は運命を確信した・・という直感を感じた。
「あの・・別にこういう音楽が好きとか趣味とか言うわけではなくて、こんな時期だからとチョイスしただけで・・」とまた誠さんが横から勝手に言い訳をつぶやいているけど。
私は別に、そんな言い訳しろだなんて言ってないし。と曲を黙って聞いていたら。
「彼氏のハートを射止めて、OhBABY デョワデョワOhBABY LOVE ME DO。甘い甘い恋のチョコレートあなたにあげてみても、目立ちはしないから、私ちょっと最後の手段で決めちゃう・・」
決めちゃおう、ここで決めよう。私もうダメ、本能にも逆らえない。
「あの・・誠さん、車止めてください」って・・ええ~・・。私、ナニをしようとしているの。私が分裂してる気がする。
「と・・止めるって」
「いいから、車、止めてください」と、怒鳴って、止めて、何する気なの私。
「あ・・うん・・」とウィンカーを出して、バス停のようなスペースに止まった車。カッチカッチカッチと鳴っているウィンカーを戻すと・・。もっとクリアーに。
「バレンタインディキッス。バレンタインディキッス。大人の味ね・・」と聞こえるこの曲を背景にして。
「誠さん・・これ・・」とぎゅっと握りしめている紙袋を足元から引き出そうとしたら。うーんうーんうーんとどうしてこのタイミングでなり始めるの私の携帯電話・・。私のお腹のポケットで・・。手足をどう動かしていいかわからなくなってる。だから、鳴りっぱなしの携帯電話に・・。
「あの・・電話が鳴ってるけど」と親切に言ってくれた誠さん。に。
「解ってます」ふーはーふーは―と息をして、マバタキできない顔で返す私。
とお腹のポケットの中の携帯電話を取り出して、表示を見ると、まさか優子・・ではなくて。どうして美沙・・・? どうしてこのタイミングでと、はらわたが瞬間沸騰しそう。と言う気持ちを抑えて。
「もしもしどうしたの?」と出たら。大きな大きな声が受話器からあふれた。
「恭子、あたし、どうしたらいいの?・・」
うわー・・本当に美沙からだ・・それに、次の曲は、どうして、「らぷぃずフォーエバー、あなたと出会った頃のように~♪」どういう選曲なのよこの人。ちょっと、ボリューム下げて、と慌てて手で合図。しながら誠さんをぎぃっと睨みつける。
「えっ・・ナニ‥?」と唖然としてる誠さんに。
しぃぃぃぃー、ボリューム下げて・・。とまだバタバタと手で合図。やっとわかってくれたけど。
「もうどうしていいかわからない」と、美沙には聞こえていないよね。そして。
「・・ナニお?」と、煮えたぎったハラワタを瞬間冷却されたような気持で返事すると。
「ケンさんの電話番号調べて電話したの、チョコレート渡したいからって、私と飲みに行きましょうって、そしたら・・」
「・・・・そしたら?」って、この美沙の大きな声、誠さんにも聞こえていそうね。顔を向き合わせると、やっぱり聞こえていて、「ケンさんってケンイチのコト?」って顔してる。それに、どうふさいでいいかわからない携帯電話から聞こえる、もっと大きな美沙の声。
「ケンさんって恋人がいるみたいなの、電話の向こうから、ケンイチさんこれでいいのって女の子の声が聞こえた・・なめてもいいでしょ・・とか、これ硬すぎませんか? とか。ここに入れるの? もっとかき混ぜてって。そんな声が聞こえたの。ケンさんって、女の子と何してるの。私・・私・・どうすればいいの・・うぇぇぇぇぇぇん」
なめてもいいでしょ? 硬すぎませんか? ここに入れるの? もっとかき混ぜて? って・・と誠さんと顔を見合わせると、同じことを考えていそうかな? 確か、優子って今夜はケンさんとチョコレートケーキを作っているはず・・だけど、ケーキ作りながら? ナニを舐めるの? ナニが硬いの? ここに入れる? ナニを? かき混ぜて? アレってかき混ぜるものだっけ・・えぇ~・・他に何か別のことを無理やり空想したいのに。やっぱり本能が・・無理やりアレを空想させて。ケンさんって、今まさに、優子に、のされちまっているの? マスターのにやけた顔まで思い浮かんでくる。
「恭子・・私・・もう生きていけないかも・・・うっうっうっ・・うぇぇぇぇぇぇん」
って。この泣き声にアッと思う。美沙って、また、お酒飲んでるのね。だったら大丈夫そう、酔いがさめたら全部忘れてシラフに戻るでしょ。いつも通りに。
「あ・・あの・・」と誠さんもその大きな声に心配していそうだけど。しぃ、っと指を立てて、私の電話からも美沙の耳に男の子の声が聞こえたら大変・・だから。黙っててと睨みを聞かせてから。
「あー美沙、また今度、誰か男の子紹介してあげるから、元気出して、ケンさんだけが男じゃないでしょ、また、会社で慰めてあげるから、ねっ、ねっ」
と、ありきたりの事を言ってあげれば収まるはず。それより、私だって今イイトコロなのにもぉ。
「誰か男の子って、こないだの花束の人飲み会に連れてきてよ、私も、花束ほしい・・しくしく、うぇぇぇぇぇん。うっうっ・・しくしく」
「わかったから、ねっ・・約束してあげるから、今度飲み会に連れてきてあげるから。元気出してね」
「恭子は、今何してるの? もしかしてあの人とエッチなことしてるのでしょ、うぇぇん、私だって、イイオトコとエッチしたいのに・・ケンさんとしたい。なめてあげたい、硬くしてあげたい。入れてほしい・・私をかき混ぜて・・うぇぇぇん・・しくしく・・うぇぇぇぇん」
美沙ってどんだけ飲んだの? そういう事は、そんな大きな声で言わないでよもぉ。ほら、誠さんも恥ずかしがっているでしょ。私はもっと恥ずかしいでしょ。私だってそういう事空想したいけど・・。大和撫子の妖精にあるまじき空想でしょそれ・・。いつから私、大和撫子の妖精になったのかな? あー頭おかしくなりそう。
「あの、美沙、分かったら、私だって一人なんだから、ねっねっ・・また会社でね」
誠さんも、「一人?」 って顔で私を見ないで。
「一人って、どうして、チョコレート買ったって言ってたじゃん・・渡せなかったの?」
今から渡す所でしょ・・なんて言ったらあなた・・豆腐の角に頭ぶつけてシヌでしょ・・。だから。そういうことよ。
「ねっ・・だから、そういうことだから・・また会社でね。元気出して、また今度男の子を飲み会につれて行ってあげるからね。じゃぁね」
と無理やり電話を切ってやる。ふーはーふーは―、って息を整えながら、電話の電源も切って、それだけじゃ不安だから、ばらばらにして電池を外しておこう。完全に分解してやる。ナニよもぉ携帯電話のバカ・・。
そして・・。
「もういいの?」と落ち着いてボリュームを上げる誠さんに。
「・・はい・・ちょっと、お酒飲んでるみたい・・あの・・会社の同僚ですから気にしないでください」そう、気にしないでください、と言うのは、あの・・なめて、硬くして、入れて。かき混ぜる。の事も・・ですけど。と聞こえてきた次の曲は、「この度はこんな私を選んでくれてどうもアリガト・・♪」一緒に歌いたくなりそうだけど。
「アノ娘、お酒飲むと泣いてアバレル性格なんです。だから、気にしないで」
と言って、あまり変なこと追及しないでください。なのに。
「ケンイチのコト・・話してたでしょ」ってだから、マスターも言ってたでしょ、女の子がこういう顔していたら、そういうことを追及なんてしないの・・。
「みたいですけど・・ケンさんは今頃、優子とイチャイチャしてるはずですから」
なんてことを口にしてしまったら、また本能がウズウズし始める。
「い・・イチャイチャ」誠さんも・・だから、私もイチャイチャしたいですけど、そういう事ってアラカサマに口にすることじゃないし・・察してほしいものでもないし・・。あーもぉぉぉ美沙のバカ。誠さん・・スイッチが入ったかも・・って顔してる。私のスイッチも・・ずっと前から入りっぱなしだし・・。
「あの・・恭子さん」ほら・・誠さんの低い声がまじめすぎる響き。
「はい・・なんでしょう・・」何かされそうな感じね・・期待してみよう・・なのに。
「それって・・もしかして・・チョコレート?」
「えっ・・?」
って・・私・ナニを期待していたの今?
「その・・紙袋・・チョコレート・・かな」
「は・・はい・・チョコレートです・・けど」
と言ったら、子供のような嬉しそうな顔をした誠さん。
「僕に」と言うから・・他に誰がいるのよ・・と思っている私。と言う気持ちで誠さんと見つめあうと、なんだ・・私と同じくらい発情しているのかと思ったのに・・何気に冷静ね誠さんって・・と言うか、発情・・してるよね・・私。と言う気持ちで誠さんのコトを観察するけど。誠さんは・・ホントに普通・・。
「うれしい・・」
なにこのギャップ・・。と言う一瞬の空白ができたから。その空白に。
「はい・・チョコレートです・・どうぞ」
と、片手であっけなく渡せたら。片手であっけなく受け取って。
「ありがとう、うれしい・・一番嬉しい」と言う。そうですか・・この誠さんの受け取り方に冷めてしまったような私。顔の筋肉が垂れ下がるあの感じがしてる。そのまま。
「これで8個目と言うことですね・・」と言ってあげたら。
「あ・・うん・・まぁ」とまたそんな返事が返ってきて。
「ケンさんは5つくらい貰っていましたから、勝てましたね」と言ってあげると。
「あ・・そう・・勝ったかなあいつに」と軽く笑ってる。
そんな雰囲気にも、冷めてしまいそうな私。勝てたんじゃないですか・・5対8でしょ・・。
そんなことを思い始めたら。誠さんは紙袋からチョコレートを取り出して。
「食べてもいいかな?」と私に聞いた。
「どうぞ・・」と味気ない返事をして。
「うわー、豪勢なチョコレート・・高かったでしょこれ・・ロイズの限定版だし」
ロイズって・・この人そういうことに詳しいのかな? 今、冷めてるね私。今までなんだったんだろう、急に、誠さんではなくて、この人・・って感じ。とうつむいたら。
「あの、恭子さん・・実は、その」
と深刻な雰囲気の誠さん。いや、この人、いまさら何かな? と半分顔を上げたら。
「僕も、恭子さんに誕生日のプレゼントを買ったのですけど、その・・部屋に忘れてきちゃって、慌てて出てきたものだから」と言い始めたこの人・・いや・・誠さん。私に誕生日プレゼント・・。と聞こえたせいかな。無意識に顔が全部上がった。
「あの・・その・・部屋におびき寄せるつもりとかじゃなくて、本当に、ただ、慌てて忘れてきちゃって」
私を部屋におびき寄せようとしているのか、誕生日のプレゼントで。おびき寄せて、何する気なのかな? とまた、本能がムクムクと大きく膨らんで決意が硬くなり始めたかも。って決意ってナニ?
「本当にごめんなさい・・なんかこう・・高級レストランとかで渡すべきかなって思ったりもしてたのに・・」
高級レストランで渡すつもり・・って・・もしかして・・指輪? とか。えぇ、いきなり・・いや・・本当は、そのくらい思い詰めているの? この人・・じゃない。誠さんって・・。
「でも・・マスターにも・・紹介したくて・・次は必ず、もっとその・・」
ナニが言いたいのかな、さっきから、話してることが全然分からないというか、わかりにくいというか、滑らかさがないというか。どういうつながりで話してるの。この人。ったく、じれったいというか、誠さん・・じゃなくて・・やっぱり、こんな人なの。この人って・・。って・・私って・・どっちなんだろう。と誠さんを見つめたら。
「ティファニー・・外したかな?」なんだ、この人、これが言いたいのか・・でも、それは、私が今つまらなそうな顔してるから? だから。誠さんがこんな雰囲気なのは私のせい? こんな顔してるから? 笑わないから? 笑えないし・・。愛想笑い下手だし。だとしたら。少しは気を遣うべきかな・・。
「いえ・・少し笑えました。ティファニーだなんてラーメン屋さん。それに、マスターのトークもよかったですし・・ラーメンも美味しかったし」
予言も、と、とりあえず、へへっと乾いた笑顔で返したら。この人・・いや・・誠さんのくぐもった声。
「あの予言、実現するのかな?」この言葉に、また、本能がびくっと反応した。
「あの予言って・・」いろいろありましたけど「どの予言ですか?」
「来年の今頃はって・・」
小さな赤ん坊を抱いて来て、どんな名前つけたか当ててください。って・・と口にできない私・・あーもぉー、わかりにくい、もどかしい人・・。というこの感情をどうにかしたいのに・・。どうすればどうにかできるの? そう思ったまま、この人の言葉を待っていると。
「遠回しな言い方だけど、僕も実現させてもいいかなって・・」
実現させたいんだ・・遠回しな言い方で、つまり・・誠さん、したい・・って言ったのね今・・私と。って、あーもぉー、そういう事は、もっと別の、オンナゴコロをコチョコチョする言い方ではっきり言いなさいよ、というこの感情。だけど、私も、「あの予言って、どうすれば実現しますか? させ方知ってます?」 なんてわざとらしく聞くのはヤボ・・。と言うより、誠さんも、どうしたの? 急に。・・はっ・・と、この匂いに気付いたこと。
「ねぇ、恭子、男の人ってチョコレート食べると元気になるってホント?」
と優子の声が聞こえた気がして。私もチョコレートの匂いを嗅いだらムラムラしたこと自覚して。この話って、本当なの? と言う思いが。慌てて・・私に。
「あの・・誠さん、チョコレート食べてもいいですよ・・食べませんか」なんて言わせている。本当に、男の子ってチョコレートを食べると元気になるのかな? と視線がチラッと向いてしまうのは・・。あー、そんなところを見つめるのは大和撫子の妖精にあるまじき行為。だけど。
「それじゃ、食べようか・・」
「はい」って・・なにまた急にドキドキし始めてるの私。さっきまでのコトもまた思い出せなくなってるし。それに、丁寧に包装紙を開く誠さんの手付きがどことなく震えていそうで。爪で剥がしたテープが途中で切れて・・でも、黙って見ていたらようやく開いた包装紙と、ふたを開けると。ものすごいチョコレートの香りが漂うのが見えた。
「いい匂いね・・」と思わずつぶやいてしまうのは、本当に、ラーメンでお腹いっぱいなのに、よだれがじわーっと口の中に溢れるから。
「ホント、スンゴイ匂い・・チョコレートってこんな匂いだった?」
二人で見合ったチョコレート、たったの8粒だけど、本当に超高級なチョコレートの香りがすごすぎる。これがロイズか、と、目に止まったのは、ハート型の爪楊枝・・。をさっと掠め取って、サクッとチョコレートにさして。
「はいどうぞ・・」と誠さんの半開きの口に放り込んであげたら。
「うわっ、美味しいこのチョコレート、すんげぇうめぇって感じ」
と舌をくちゃくちゃさせている誠さん。私の持つ爪楊枝に手を伸ばしながら。
「恭子さんもどうぞ」
って、私の手の爪楊枝を取ろうとした誠さん。
「いえ・・私はいいですから・・」と爪楊枝を奪われないように手を高く上げたら。その手を誠さんの手が追いかけてきて。
「ほーら、爪楊枝渡しなさい、恭子さんも食べてよ・・本当に美味しいから」
「でも、これは、誠さんに買ってあげたチョコだし」
「どうして逃げるの・・ほら爪楊枝渡して」
爪楊枝の奪い合いがこんなにも、イチャラケタ 前戯になるだなんて。
追い詰められた爪楊枝を持つ私の手は、外からふわっと誠さんの大きな手に包まれて、あっと見つめあったら。チョコレートの匂いに包まれた緊張感がどぉっと押し寄せてきた。
爪楊枝を持ったままの手を誠さんに操縦されて、ぶすっとチョコレートを一粒、そのまま。
「はい、あーんして」と私の口元を操縦し始める誠さんの声。コロンと口に中に転がったチョコレートは、甘さと苦さが奏でるシンフォニー。
「おっ・・美味しい・・これ」
と笑わずには言わずにはいられなくて。くちゃくちゃと口の中で溶けるこの味に、涙もちょちょぎれる感動をしたりして。爪楊枝を持つ手はまだ誠さんの大きな手に包まれたまま。口の中であっという間に溶けてしまったチョコレートをゴクリと飲み込んだら、まだ見つめあってる私たち・・・もしかして、お互いチョコレートの力でアシストされて、アレが始まる準備、完了。その時、静かに聞こえ始めた曲。この曲の特徴ある前奏・・どうしてここで、井上大輔のビギニング・・なの? 
「いつか触れて、いつか泣いて、いつか呼んで、いつか揺れて。いつか重なる、人と人。そして始まる。愛・・・・。そして時が健やかに温める愛。そして時が健やかに育てる愛」
聞き入っている曲に合わせて、私たちにも始まった、これが・・愛。私たちの呼吸が同調する。見つめあったまま唇が惹かれ合ってゆく。目を閉じるのはあと数センチになったから。ここから先は狙いを定めなくても・・・軌道修正も必要なくて。と思ったら・・えっ? 誰よ私の肩を掴むのは・・と目を開けたら・・シートベルトか・・慌てて、誠さんに気付かれないように左手でカチッと外して。目を閉じたまま待っていてくれるの誠さんの唇に狙いを定めて、もう一度仕切り直し。
「そして時が健やかに温める愛。そして時が健やかに育てる愛」
この歌詞に載せて。チュッと触れた瞬間。ターミネーターT-Xがジョンコナーを見つけた瞬間のような電撃が私を貫いた。本能が勝手に私を操縦し始めている。押さえられていない左手が勝手に誠さんに抱きついて。もっと引き寄せながら、ちゅうっと吸った誠さんの下唇はビターチョコレートの味がした。「うっ」なんてうめき声を出さないでよ。と目を開けて一瞬離れたけど。下唇を吸うだけじゃ全然物足りない私の本能が。がっちり誠さんを抱きしめて。宇宙船のように唇をドッキングさせて、無理やり誠さんの舌を吸い出したら、あぁ~、本能の暴走が止まらなくなる。くちゃくちゃとチョコレートを溶かしているかのように舌を絡め合わせて。見つけたんだ、この人がそうなんだと、私の運命の人なんだと、もっともっと確かめ足りない気持ちを抑えきれずにいたら、だんだん息が苦しくなって、だから、仕方なくゆっくり離れると、唾が糸を引いてる・・。手の甲で恥ずかしく拭って、もう少し離れて、見つめあって、はー、はー、って息を整えたとき。私はこの男が欲しい・・こんなに情熱的なキスの後、感動の余韻が、もっと欲しいと心の中で大きな鐘の音のように響いている。もっとしたい、もっと・・もっと・・そう思っているのに。誠さんが言ったことは。
「ケーキでも買っていこうか」
また・・この人は、こんな場面でそんなことを言う・・だから。私も負けずに。
「お腹いっぱいですから」
とにらみを効かせながら言い返すと。ようやく。
「それじゃ、このまま部屋に来る・・もう遅いし」と怯えたような言い方。行きましょ。誠さんもしたいのでしょ・・私も、したい・・「うん・・」そう小さくうなずいたら。
「今夜は泊ってく・・でも、お母さんに一言言った方がイイかな」
「大丈夫ですよ、一人暮らしだし」って、お母さんに、男の部屋に泊っていきますなんて言えるわけないでしょ。でも、誠さんって・・。
「あ・・そう・・だね」なんとなく、さっきよりもっと怯えていそうなその返事。に、ぞくっとしたものを感じている私。
「あの・・怖がらないで・・なにもしない・・から」
どうしてそんな言い訳をしたがるの、この人。こんなに怖がりながら。でも、実感することが一つ。思い出すマスターの言葉。
「男が怯えて、女が大胆になる。それが恋の始まりだ・・って誰が言ったのかな」
誰が言ったかは知らないことだけど。私がそう感じているのは確かなこと。直感を信じろ。必ずその通りになる。と心の中で繰り返している私。でも、こんな野獣になったような気持・・どうすれば鎮められる? 誠さんもこんなに怯えて、どうすれば私のこの野獣のような気持を・・そうだ。カワイイ言い方、カワイイ言い方、カワイイ言い方。と呪文を唱えれば。
「ホントに何もしませんか? ワタシ、信じますからね」
私、言えたかも・・。野獣のような気持で。こんなセリフを。カワイイ言い方で。
「うん・・なにもしないから・・大丈夫」嘘つくのヘタねこの人・・私も・・か。
会話はそこで途切れて、車はゆっくりと走り出す。にぎやかな街の明かりが見え始めて。私は、覚悟を決めた。優子に負けたくない・・じゃない。ちがう、そうじゃない。私は、覚悟を決めたんだ、誠さんに感じた直感を信じようと。直感・・結ばれて・・来年の今頃は・・ラグビーチーム・・それも違うでしょ・・あーなに、また、ヘンなトラウマ? 直観・・信じろ・・その通りになる。の事でしょ・・。って、それもわかりにくい・・。あーもぉ・・どう表現するものなのコレって・・。

それに・・この話って・・いつまで続くの? 
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