チキンピラフ

片山春樹

文字の大きさ
上 下
3 / 43

ナニを勉強しているの?

しおりを挟む
 学校に行くと、授業が全然手につかなくなった・・。ぼぉぉっとしてしまう。頭の中を占領してるのは・・思い出してしまう、鼻毛を抜いてむずむずしている春樹さん・・。つい・・思い出してぷぷっと笑うと先生と目が合ってしまった。あわててうつむいた。恥ずかしい。そぉっと先生を見つめると、無関心なまま黒板に何か書いている。ほっとして、シャーペンをくるくるさせて、ふと思いつくこと・・。HARUKI・・なんて文字を綴って、くすくす笑う。悦な気分だ。ほっぺをぷにぷにされたこと。涙をぬぐってくれた親指。背中に感じたあの人の体温。エンドレスに回想されるあのシーン。
「美樹・・どぉしたの・・もう授業終わったよ」
「・・えっ?・・」
弥生がじぃぃっと見つめていた。ノートにはあらゆる文字でハルキ、春樹、HARUKI、はるき・・。ぎよっ、いつ、こんなに書いてしまったのだろう・・あわててノートを閉じた。
「バイトはどんな具合なの?」
と聞く弥生・・HARUKI・・の文字はばれなかったようだ・・とりあえずほっとして。
「・・うん・・」
と、うなずいてみた。
「でも・・よく続くねぇ。あそこって仕事きついんでしょ」
確かにきつかったけど・・やっぱり・・辞められない理由ができちゃったわけだし・・でも、それは言いたくない。
「すてきな出逢いとかあったりしてね・・美樹に、なんて想像はできないけど・・」
にやにやするあゆみも、のこのことやってきた。一瞬・・白状させられるかと、どきどきしてしまったけど。
「今日もバイトなの?」と、訊ねたあゆみに。
「・・ううん・・今日はいかない・・」と、答えて。
「だったら、いいもの手に入ったの、家にこない?」
「いいもの?」
「来てからのお楽しみ。むふふ」
あゆみのこんな笑顔は・・なにかを企んでいる笑顔だけど。
「えぇ~なになに。いくいく。美樹も来るでしょ」
弥生につられるままにうなずいてしまった。

  自転車での帰り道。この二人のする話題が、今日に限ってよく聞こえる。
「彼氏ほしいよねぇ・・・」
から始まる、男の子の品定め・・。と、言えば聞こえが悪くなるのだろうか。クラスの子。バイト先の子。道端ですれ違う人・・テレビにでてるアイドルタレントに例えたり。すれ違う車のカップルをしげしげと見つめたり。横断歩道で止まってくれた車、運転する男の人を、どうこう言ったり。聞いていると、二人がほしいと思っている彼氏は。優しい、楽しい、おもしろい。は、当たり前だそうだ。そして、料理が作れる、子ども好き、動物好き、夢を語るお金持ち・・・。春樹さんってそのどれもに当てはまる気がするな、と考えてるうちにあゆみの家にたどりついた。あゆみのお母さんはいつみてもお化粧の濃いい女性だと思う。そういえばこんな人がたまに店にもくるなぁ・・。
「あら・・いらっしゃい・・」
「こんにちは・・」
うちのお母さんは家では絶対お化粧なんてしないのに・・。そういえば・・あゆみと似ている・・。あゆみも最近お化粧するようになったなぁ・・。見比べながらそぉっとあがって・・。おじゃまします・・。とつぶやいた。

  部屋にあがるあゆみについてゆくと、あゆみは。
「お母さん・・なにもいらないから、部屋・・あけちゃ駄目だよ」
と、意味ありなことを言っていた。
「はいはい・・タバコとか吸うんじゃないでしょうね」
「吸うわけないでしょ・・」
ぱたんとドアを閉めて・・。ニシシ・・と笑うあゆみ。興味津々な顔の弥生の後ろから、おそるおそるあゆみを見つめていると、ベットの下から取り出したもの・・。DVD? のパッケージって、それ、その、裸の女の子、おっぱいの周りを赤いロープで、その・・・・え・・なに・・
「お兄ちゃんがね、こそこそ隠してるの見つけちゃったのよ」
テレビをつけて・・DVDを入れて・・リモコンを操作して・・・。いきなり画面に現れたのは・・ベットに手足を縛られた女の人・・あぁん・・と聞こえて、あわててボリュームを下げたあゆみ。テレビには、服をびりびりと引き裂かれる、無理矢理裸にされた女の人が全然抵抗もせずにベットに縛られて、ぐねぐね・・それに・・裸の男の人が女の人を裏返して、鞭でお尻を何度も叩いてる・・それに・・・。もう一人の男の人が女の人を見つめたまま乱暴に服をぬいで・・・・。女の人の背中に覆いかぶさって。髪を掴んでひどいことをしている。それなのに・・あぁん、あぁん・・いい・・気持ちいい・・もっとぉぉ。そんな声が・・。言葉が思いつかなかった・・・。3人とも電池がきれたように、ぽかぁんとなってしまって・・それでも・・画面を食い入るように見つめてしまって・・・。ゆっさゆっさと揺れる大きなおっぱい、赤いロープで体中縛られて、それを男の人が乱暴に鷲掴み・・・その・・あの・・。ナニが起きているのか解らない・・。
「あゆみのお兄ちゃんって変態?」
と弥生が聞いた・・。なのにまだ電池が切れてるような私とあゆみ。
「・・かわいそぉだよ・・これって・・SMって言うやつ?」
弥生がそう聞いたけど・・じぃっと画面を見つめてしまう私とあゆみ・・。鞭で叩かれてるお尻・・それに・・男の人のお尻って・・ぶつぶつ・・気持ち悪い・・男の人が腰をカクカク。ギシギシしてるベット・・あぁ~ん、あぁ~んと言う女の人。モザイク・・なにしてるんだろ? そして、モザイクの中から白いものが女の人の顔にトロリと・・・。しばらくしてあゆみはおろおろとした手つきでスイッチを切った・・。突然静粛になって、ほっとしてしまった私・・。心臓がどきどきしている。
「あいつ・・こんなの見るんだ・・・」
と、つぶやいたあゆみ。
「もう・・絶対口聞いてやらない・・」
とも言った。3人で顔を見合って・・。ため息・・。
「・・・・」
頭の中で、あぁ~ん・・と響いている。脳裏から・・離れなくなってしまったその声とあの映像・・。そんなことにも興味がある・・のは確かだけど・・。こんなにひどいこと本当にするのだろうか。こんなの・・生まれて初めて見てしまった。
「こんなのって絶対イヤだよねぇ」
と、弥生が言う。ぎこちなくうなずいた私とあゆみ・・。そして。
「でも・・男の子って、こんなこと、本当にせがむのかしら。せがまれたら・・あたし・・どうしよぉ」
どことなく冷静な弥生に不思議な違和感を感じてしまった・・。
「弥生・・経験あるの?」
と、私の思いを聞いたあゆみ。弥生は、ぎこちなく首を振ったけど・・絶対うそだと直感できる。
「弥生・・あんた・・彼氏いるの?」
と、もう一度私も思ったことを聞いたあゆみ・・。
「いるわけ・・ないじゃない・・・」
と、あわててる弥生は視線をそらせて、顔はひきつって・・・。見つめていると弥生は黙り込んでしまった。そして・・。
「ごめんなさい・・」
と、言った。本当はいるんだ・・でも・・それ以上は話さなかった・・。私とあゆみもそれ以上は追求できなかった。ちらっと私を見つめたあゆみ・・。その視線・・どことなくライバルなスパークをバチッと感じてしまった。そして、そんな事件のせいかしら、あゆみと弥生はしばらくの間、男の子を話題にしなかった。私も、できるだけ早くあの映像と音声を忘れたい。

なのに。
平日のアルバイトは、日曜日の出来事が信じられない程に退屈なのだけど・・退屈な理由・・。
「あの子の彼氏ってねぇ・・」とか。
「みたみた? こないだ来てたカップル」とか。
「あんなにかっこいい人の彼女が・・あんな人だなんて・・世の中ひろいよねぇ」とか。
優子さんや美里さんと、それは、いつも通りのおしゃべりなんだけど、そんな話題が、なぜかゆううつになりはじめたからだと思う。あのDVDのせいだ。はやく忘れてしまいたいのに、そんな話題を持ち出されると否が応でもあの映像を思い出してしまう。恋人って見つめるととても素敵な雰囲気なのに、あの映像のせいでどことない幻滅も感じてしまう。奈菜江さんには、みんながアベチャンと呼ぶ、真吾さんがいる・・。から、このての話が始まるときはいつもどこかに行っている。二人のことは由佳さんに聞いたし、いつも帰り道一緒に歩いてくれるから、あの二人は相当仲がいいことは知っている。でも・・無意識に連想してしまうあのDVD・・・奈菜江さんも・・真吾さんも・・あんなことをするのだろうか? そんなしたくもない想像してたとき。
「美樹って彼氏とかいるの?」
と、唐突に訊ねた優子さん。
「そういう優子さんは?」
あわてて心になかったことを聞き返すと、とても高い場所から「なにを生意気に・・」な、目で私を見る優子さん。首をすぼめると・・。
「アベチャンは優しいけど・・奈菜江と付き合ってるし。春樹さん・・くらいだなぁお店にくる子の中の候補者は」
ぞっとしてしまうことを言い始めた優子さん。突然溢れ出した、まさか・・・。な予感・・。
「でも・・あの人・・すこし変でしょ。それに、あたし、あの人には恋愛感情全然感じないの、あまりお話しもしないしね」
ほっとした。けど・・春樹さんがヘン? なにが? きょとんとなってしまった。あの人のことを知りたいと思っているけど・・へん? なの? どんな些細なことでも知りたい気分がするけど・・ヘン? どんなふうにヘンなのか知りたい気持ちが押し寄せてきた。でも、春樹さんのことを話題にすると・・なにか、心に秘めている私の気持ちがばれそうで恐い。だから、春樹さんのことを話題にはしたくない気分だ。だから。
「美里さんは?」
話題を変えてみた・・。すると。いつのまにかいなくなってる美里さん。
「いるみたいよ・・」
耳もとにつぶやいたのは、由佳さん・・。
「こないだ・・車で迎えに来た人、私みちゃった」
「えーどんな人だったの」
「暗くてよく見えなかったけど、フツーって感じ」
にやにやと話す由佳さん。由佳さんも彼氏とかいるのだろうか? と、思ったまま優子さんと一緒に、じぃっと由佳さんを見つめると・・。
「いるに決まってるでしょ」
焦ってる返事。絶対うそだとわかる顔色。それに。
「あまりしゃべってないで、仕事仕事・・。ほら、店長ももうすぐ怒りだすよ」
この様子だと由佳さんには、彼氏・・絶対いないな・・。そう安心しながら、みんなでちらっと視線を向けると店長はいつもの笑顔だけど・・この笑顔はとにかく不気味だから・・とりあえず、うろちょろとテーブルを拭くことにした。
  テーブルを拭きながら、ぶつぶつ考えてしまうこと。春樹さんが・・ヘン? 優子さんの声が頭の中でこだましている。聞きたいと思うけど、春樹さんのことはどうしても、話題にしたくない気持ち。
「彼氏・・ほしいなぁ・・」
まだつぶやいてる優子さん。遠くから見てると、いつも、なにかをぶつぶつ言っていたのはこの言葉だったんだ・・。

みんな、結構・・悩んでるんだなぁと思う。彼氏の存在で・・。いる、いないは、問題じゃないと思うけど。やっぱり、いる人いない人・・こんな気持ちで見つめると、どことなく輝きが違う気がするな。奈菜江さんは本当に綺麗だと思う・・。ちょっとお化粧が濃いいのはそのせいだろうか? 美里さんも綺麗だし・・。あのホステスな衣装がものすごく大人な雰囲気。それに比べる由佳さんと優子さん・・どことなく寂しそうにテーブルを拭いているのは、彼氏がいないからだろうか? そんな歴然と違う雰囲気を感じたせいかしら、 彼氏ほしいなぁとつぶやいてしまう気持ちを初めて実感してしまった。私もあんなふうに輝きたい。

 仕事が終わって着替えた私。いつも通り、着替えてる奈菜江さんを待っている時間。いつも通り、勤務シフト表を無意識に見つめると・・春樹さん・・と思ってしまった。片山春樹・・を無意識に探している。ページをめくると、土曜日・・ここにいた。あっ・・私も3時から入れられてる。土曜日に逢えるんだ。日曜日も・・春樹さんもだ。時間はずれてるけど・・。土日しかこないのかなぁ・・・。
「なにしてるの美樹?」
あわてて閉じたページ・・。
「帰るよ・・」
奈菜江さんが靴をとんとんさせながら、上着のボタンを止めている。ばれなかったこと、とりあえずほっとしてると。
「真吾・・なにやってんだよ」
男の子の更衣室を開けた奈菜江さん。
「こりゃ・・のぞくなよえっち・・」
なんて声が聞こえたけど・・。
「美樹・・真吾の裸みたい?」
ものすごくにやにやしてる奈菜江さん・・。つい・・私の顔、ひきつってしまった。それに・・いひひひっと笑いながら・・奈菜江さんがばたんと開けたドア・・きゃっと顔を隠したけど。
「美樹ぃ~・・わざとらしいよ・・ったく・・アベチャン本当に脱いでるの?」
つぶやいたのは優子さん。そぉっと顔を覆った手をどけると、真吾さんはもう・・服を着て、慌てて裾を正していたけど。
「・・美樹ちゃんになら、見せてもいいかなぁ・・もう一度脱ごうか? チャラららららー」
って歌いながらシャツのボタンを本当にはずし始めた真吾さん。そのにやにやしてる顔。この人は、本当は、イジワルなんだろうか。でも・・。
「きゃぁぁ、みたいみたい・・」
横槍言って、突然、真吾さんにじゃれる優子さん。
「脱いでよぉ」
なんて言って、ベルトをはずそうとしてる。服を剥そうとしている。ものすごくうれしそうな笑顔の優子さん、こんな人だったんだ・・。
「ちょっと・・優子・・まて・・なにすんだよえっち・・やめて・・」
あわててる真吾さんの、どことなくうれしそうな顔に奈菜江さんが「ばか」って言いながらむっとしていた。

  じゃぁねぇおつかれさま、と、店の前、手を振って別れた優子さん・・。私の自転車を押してくれる真吾さん。おしゃべりしながら一緒に歩いてくれる奈菜江さん。本当にいつも、感謝な気持ちだ。家までの道が同じだから、そんな理由で送ってくれるのだけど。この二人は、本当にうらやましい程に仲がいい。真吾さんの車を奈菜江さんの家の近くに止めて、店まで二人で歩くなんて・・。本当に好きあってるんだなぁと思う。それに、真吾さん、優しい人なんだなぁと思う。そんな気持ちで自転車を押してくれる真吾さんを見つめると。
「美樹・・駄目だからね」
そんなつもりはないのに・・奈菜江さんは真吾さんの腕をとって。べぃぃと舌を出してる。でも・・。
「美樹ちゃんって、本当にかわいいよなぁ・・。もし、俺がさ、美樹ちゃんに、付き合ってくれって言ったら、美樹ちゃんどうする?」
それは、考えこんでしまう質問だと思う。本当に考え込んでしまった・・。たぶん・・うん・・とうなずいて・・そのまま・・唇を捧げてしまいたくなるんじゃないだろうか? そんな想像もしてしまいそう。そのくらい真吾さんは優しいし、かっこいい人だと思う。それに、本当に彼氏が欲しいと思う今の気持ち。
「なに言ってんの・・」
奈菜江さんにつねられて、イテテテっと笑ってる真吾さんをくすくす笑ってしまう。そして、べぃぃっと私が舌を出したのは、照れ隠し。
「あぁ~振られてやんの」
奈菜江さんが笑ってる。でも、よく考えると、真吾さんにそんなこと言われたら、奈菜江さんのことを思ってしまうだろうな。だから、きっと、こうして舌を出して断るはずだ。
「ちぇっ・・」
わざとらしく言う真吾さん。
「でも、俺には奈菜江がいるから・・。冗談以外ではそんなこと言わないよ」
それは、少し恥ずかしく思った真吾さんのセリフ。奈菜江さんも少しだけ赤くなってるみたい。そして、でれでれしてる二人、見ててうらやましい・・それ以上に恥ずかしい・・。角を曲がると私んち。真吾さんに自転車を渡されて、じゃねぇと別れた後、手をつないで歩く二人を見送って。いいなぁ・・とつぶやいてしまうのはそんな意識をしはじめたから・・だと思うけど。あの二人、この後・・そんな想像をしてしまうと思い浮かぶのは、また・・あのDVD・・。でも・・あんなに素敵な雰囲気の二人がそんなことするわけないよ・・ったく、なに想像してんだろ・・もう思い出すのは止めよう。
もう一度振り向くと、二人は、遠くの見えなくなる瞬間の街灯の下にいる。奈菜江さんが真吾さんをぽかぽかとたたいてた。そして、そのあとすぐ、前かがみの慎吾さん、少し背伸びした奈菜恵さん。二人とも手を握り合ったまま、ちゅっとキスした。心臓が跳ねた。じっと見つめたまま、かぁぁっとなってしまった。どきどきしてしまう。キスシーン・・生で見たのは生まれて初めてだ。いままでもそうしていたのだろうか・・。もう・・送ってもらうのは何ヵ月にもなるのに・・まるで映画の中のシーンみたい。二人を見えなくなるまで見送っていた・・ぼぉぉっとなっていた。恋人達は本当にキスとかするんだ・・思い出すと、ものすごく素敵なシーンだったと思う。ちゅっ・・と音が聞こえたような気が・・ずっとしていた。

それからだとおもう。学校に行くと、そんな話題がよく聞こえ始めた。いつもは、ざわざわざわざわと聞こえる声・・。今日にかぎって・・。
「ねぇねぇ知ってる?」
「あの子さぁ・・」
きょろきょろ見渡すと、ふだん通りの風景なんだけど・・みんな、いつもそんな会話をしていただろうか。誰と誰が付き合ってる・・。誰と誰が別れた・・。そんなひそひそ話しがよく聞こえるようになった。そんなことを気にし始めたのも原因だと思うけど。
「美樹・・私に彼氏がいること絶対内緒にしといてよ」
と、耳もとにささやいた弥生・・。本当にいるんだな・・。と思うと同時に。奈菜江さんと真吾さんのキスシーンを思い出してしまう。弥生もそんなことをするのだろうか。うらやましいと思ってしまう。そんな気分で、みんなをじぃっと観察していると、カレシを自慢してる子と、カレシを隠し通している子・・そして、いない子。3種類いることにも気づいた。きょろきょろしていると、いつのまにかそこにいるあゆみが・・。
「美樹には出逢いとかないの? バイト結構長く続いてるけど」
と、言った。うん・・と、とりあえずうなずいて。それ以上を追求しないあゆみにほっとしてる。私は隠し通すタイプなんだなと気づいた。ぶつぶつ考えてると、思うこと・・。春樹さん・・。彼女とかいるのだろうか? あんなに近くで男の人を見つめたのは、本当に生まれて初めてだった。あんなに背が高くて・・。同級生の男の子たちと比べても、春樹さんは相当な体格の人だったと思い出す。確か・・後ろから、そっと手を添えてレモンを一緒に切ってくれたとき、私の耳の高さより、もっと高いところから、ささやいてくれた。
「こんな風に切るんだよ・・わかったか?」
その声はいつでも、正確に思い出せる。あのとき、振り向いた私の視線は名札の高さだった・・そぉっと手をあげて、これくらいだったかなぁ・・と、春樹さんの背の高さを思い出していると・・。
「美樹・・どうかしたか?」
ぎょっ・・授業・・始まっていた。
「まだ・・問題出してないけど・・じゃ、予約を受け付けましょうか。この問題、次、解いてくれな」
無愛想なまま黒板にカツカツとなにかを書く先生・・でも・・むちゃくちゃ恥ずかしい・・。みんなの視線・・・。それに・・今何の授業なんだろ・・・。頭の中・・スイッチがいくつか切れているようだ。ため息をついて、冷静になることにした。黒板に書かれている問題・・いま・・英語の授業? あわてて、歴史の教科書をしまった。

とりあえず、授業は無難に終わり・・帰り仕度をしている最中・・。
「美樹・・あれ買った?」
と、言ったあゆみ・・。一瞬・・?・・と思った。
「これから本やさんに行くんだけど」
なんだろ? あれ・・って。とりあえずつられるままについて行ったけど。そういえば・・あゆみに付いてゆくと最近ろくなことがないような気がする。ぶつぶつ考えながらみつめると、ものすごく真剣に眼差しで本を探しているあゆみ。
「あぁ~、あったあった、これこれ。みんな見てるんだよ、それなりの知識は勉強しなきゃあね・・弥生も買ったんだって・・」
と、見つけた本・・写真集? 別冊UNUN女性版・・ハウツーSEX特集?! SEX?って・・。あの・・。
ぱらぱらとめくるあゆみの真剣な顔。中身をちらちらとみつめると・・ぎょっ・・・。としてしまう内容・・だった気がする。
「これこれ・・美樹も買っときなよ」
・・えっ・・と、もう一冊を渡されて。つられるままに、買ってしまった。でも・・あゆみ・・なんで、そんなに恥じらいもなくこんな本を買えるわけ? レジの女の人がにやにやしてるみたいなのに。
「みんな読んでるんだよ。いつ、そんなことになるかもしれないし。なんてったって・・私ももう17才だし」
お金を払った後、慌てて鞄にしまったけど・・。この中・・女の人のハダカ・・が。それに・・男の人のハダカも・・。
「美樹ぃ~。なに赤くなってんのよ、お子様だねぇ」
お子様なのだろうか・・こんなもので、顔が熱くなるのは・・。
「案外、そんなことって、突然訪れること多いんだって・・だから・・それなりの知識くらい持っとかないと、チャンス・・逃げちゃうでしょ・・」
と、つぶやいてるあゆみ・・。私はそんなこと考えたこともないのに・・。

  でも・・私にもそんなシーンが訪れるのだろうか。ぶつぶつ考えたまま、家に帰る。そして、本を取り出して、やっぱりあけるのが恐い・・と思う。SEXだなんて・・ことに興味はある・・それは、確かなことだけと・・。
「はぁぁぁ・・・」
こんな本・・2千円もしたんだ・・だから・・そぉっと開いて・・。ぎょっ・・・と、した。男女がハダカで抱き合うシーンはテレビとかでよくみかけるけど・・・お馬さんをしてるハダカの女の人のお尻にハダカの男の人が・・・バック?・・って説明書き・・仰向けになってる男の人にのっかってる女の人・・胸をつかむ男の人の手・・女の人のいやらしい顔・・一体なにをしてる写真なんだろ・・。それに・・男を誘いその気にさせるポーズ集? どうしても、ゲットしたいなら・・恥ずかしさを少しだけこらえてみよう? その気にさせる下着集? ・ポーズ集?。こんな下着なんて・・私持ってないし。・・・こんなポーズ・・こんな感じかなぁ・・少しだけ練習して・・とりあえずぱらぱらとページをめくって・・そのとき。
「美樹ぃ~・・」
と、お母さんの声が聞こえて、ぎょっとしてしまった。本をばたんと閉じてベットの下に投げ込んだ。振り向くと・・ドアは閉まっている。声は下の居間から聞こえたようだ・・。だから・・ほっとした。

  下に降りると、テーブルに頬杖ついてるお母さん。にこにこしている。
「なぁに・・」
と、おそるおそる、顔色を伺ってみると。
「いつかの服は買ったの?」
と訊ねるお母さん。そう言えば、そんなこと、すっかり忘れていた。
「買わなかったの?」
「・・うん・・、忘れてた・・」
「そぉ・・。なら・・よかった・・バイトもよく続くよね。洋服買ってすぐに辞めるかと思ってたのに。美樹にも根性みたいなものがあるんだ」
と、にこにこしているお母さん・・一体なんの用事なんだろ。
「はい・・お誕生日のプレゼント。おめでとぉ、17才だったよね」
宅配便の手提げ袋を渡されて。そういえば、今日が誕生日だったこともすっかり忘れていた・・カレンダーのバースディマークを見つめて、今日だったんだ17才の誕生日。本当に忘れていた・・。
「あけてもいい?」
つぶやくと、にこにこしているお母さん・・。中から出てきた真っ白な洋服? これって・・。
「美樹の部屋掃除したとき、カタログのページ開いたままだったから・・頼んでおいたの・・まだ買ってなくてよかった。あのモデルさん美樹に似てたでしょ。これが欲しいのかなぁって。でも・・サイズとかあってるかな。着てみなさいよ」
うん・・と、うなずいて。ものすごくうれしい気持ちがこみ上げてきた。だから・・部屋に戻ってすぐに着てみる・・。スースーしてる胸元、ちらっと見えるおへそ。むちゃくちゃかわいい。サイズも・・少し大きめだけど・・。くるっと回ると、スカートがふわっと広がって・・脚にしっとりまとわりつく・・このすべすべな柔らかい感触は・・これって・・シルクだ・・本物のシルクだ。それに・・きれぇー・・。
「どぉ? 美樹、着心地は?」
開いた部屋のドア・・。振り返って。
「似合う?」
と、見せてみる。
「かわいい・・・」
その一言で十分だ。17才、こんなに変身した鏡の中の私をくすくす笑いながら見つめてみた。
「お母さん・・」
「なぁに」
「ありがとぉ」
「どういたしまして」
背中を鏡に写して、ちょっと背伸びして。やっぱり、ちらっと見えるおへそ。あのカタログのモデルさんみたいなポーズ・・。ちょっとぎこちないけど・・。本当にかわいい。
「美樹もきれいになったよねぇ、その服で・・素敵な彼氏が釣れればいいのにね」
笑いながらそう言って、下に降りてゆくお母さん。一瞬・・えっ?・・と思った。だから、思いついたこと・・。服で彼氏が釣れる? そうだ。土曜日・・。絶対これを着て行こう・・。そして、春樹さんに・・。絶好のタイミングだと思う。カレンダーを見つめて・・今日は木曜日だ・・明日が金曜日だから、土曜日は明後日・・・。

  でも・・。土曜日が待ち遠しい金曜日の学校。
「これから、中間テストの日程を配るから・・」
と、いきなり藁半紙を配り始めた先生・・。頭の中を占領していた春樹さんが突然、ばいばいと手を振った。そういえば、そんな季節だったんだ。
さ来週の水曜から土日を挟んで一週間・・かぁ。配られた日程表を見つめて、みんなと同じようなため息をはぁぁとはいた。全然勉強なんてしていない。できない理由が山ほどある。勉強するためにバイトを休んだりしたら・・春樹さんに逢えるのは・・明日・・来週の土日・・その次の土日はテストは終わってる・・だから、3週間後・・になってしまう。そんなのいやだ。それだけは考えないでおこう。バイトは休めない。春樹さんに逢えなくなるのは絶対いやだ。ぶつぶつ考えていると。
「勉強してる?」
と、弥生が聞いた・・全然・・と、首を振った。
「あたしも・・彼も勉強できる方じゃないしねぇ・・」
と、弥生は、彼氏の話し、私にはよくしてくれるな。でも、あゆみがくると・・
「勉強してる?」
と、弥生と同じことを聞いたけど。弥生は。
「こういう時って勉強教えてくれる大学生の彼氏なんて欲しいよねぇ」
と、もう一人の彼氏を欲しがってるような言い方。
「それそれ・・どこかにいないかね」
回りをきょろきょろしても・・そんなものいるわけないのに。
「しかたない・・バイト休んでみっちり一夜漬けでもするか・・」
私はそんなことしたくない。だから、とりあえず、今から勉強しよう・・家に帰ってからにしよう。とりあえず家に帰ってから机に向かって、ノートを開いた。そこには、あらゆる文字で、春樹、はるき、HARUKI、ハルキ・・・。また・・うっとりな気分が押し寄せてくる。はぁぁ、とため息。そぉっと壁にかけてる洋服を見つめて。春樹さんに逢えるあしたを想像してしまう。
「かわいい・・・」
と、言ってくれるのは当然として・・。ぽぉぉっと私に見とれてくれるだろうか。うっとりな妄想。そして、もう一度着てみよう・・そんな誘惑。パジャマを脱いで、着替えてみる。鏡を見つめて・・。洋服の肩の紐からはみでてるブラジャーの肩の紐・・ちょっとえっちだと思う。そういえば・・がさごそと、あった。試しに買ってそのままのストラップレスのブラ。付け直して、とりあえず、もう一度鏡を見つめて。やっぱりかわいい。くるっと回って、足にしっとりとまとわりつくスカート。絶対かわいい。うしししっ。背伸びして、ちらっと見えるおへそ。むちゃくちゃかわいい。
「お疲れさまです・・・」
と、つぶやいてみる。そうだ、どんな風に挨拶しようか。スカートをちょろっと摘んで、斜めにお辞儀。
「お疲れさまです・・・」
でも・・これは、わざとらしすぎる。深々と、お辞儀。「お疲れさまです・・」
そのまま、鏡をみると・・たるんだ胸元・・小さな胸が・・はっきり奥まで覗けてしまう。これは・・やっぱり、恥ずかしい。
「よっ・・・」
なんてのは・・ちょっと・・。
「おっすぅ・・・」
なんてのは、馬鹿みたいだ。
「逢いたかったよ・・はるき・・」
つぶやいてから・・ぷぷっと笑って。一人恥ずかしくなってしまった。それは・・まだ早いし・・私にできるわけない。本当にどんな挨拶してみようか。考えているうちに、夜がしらじらと朝になり始めていた。気がついた。とうとう土曜日が訪れたんだ。けど、机の上。開いたままのノート・・。無意味な夜が明けてしまったこともどことなく理解できる。あくびして、背伸びして。とりあえず・・日曜もバイトがあるし・・だから、月曜日から勉強することに決めた。
しおりを挟む

処理中です...