チキンピラフ

片山春樹

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作戦開始の時

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 ベッドの上で横になって、枕を抱きしめ、春樹さんをデートに誘ってやる、そんな決意を意気込むと心にエネルギーが充填されて、空も飛べるような気持になるのに。本当にできるのかなと思い始めると、へにょへにょと力が抜けて、起き上がることもできそうにない。心の中で二人の私がシーソーしている時、ふと目に付いたのは、机の上の小さなボトルたち。
「知美さんが抱えてきた、ビタミンの詰め合わせ」とつぶやいて。
春樹さんがそう言っていたことを思い出して。起き上がってから手に取ってみると。蓋にマジックで手書きされている一文字。
「2美」は美容かな。
「1健」は、まぁ健康だろうな。
「1エ?」 エネルギーかな。
「2鉄」? 
「3疲」疲れた時かな?
「2骨」は、カルシウム。
「1脳?」
「3心」っていやしの事かな?
「3眠」睡眠薬?
何本あるんだろう・・こんなにどっさり。それに。
1のボトルは朝。2のボトルは夕方。3のボトルは寝る前。一粒ずつ水で丸呑みするコト。そんな書置きの最後に。
「元気になれる魔法のビタミンよ。指示通りに飲んで元気出して頑張ってネ」
余計な言葉が全くないのは知美さんの特徴なのかなと思いながら。魔法のビタミンか・・・。とつぶやいて。そういえば、知美さん、思い出すと綺麗で美人で健康的な雰囲気があったな、積極的だし。ポジティブで思いついたらすぐ実行しそうな雰囲気も。アレってこのビタミンのせいなのかな・・とりあえず、一つずつ開けて、一粒ずつ口に放り込んで。お水で流し込んでみた。

そのせいかどうかはわからないけど、目が覚めた時、何だか深い眠りだったような。起きた時の感じがいつもと違うような、この爽快な目覚めというか。すぐに起き上がれるというか。昨日までの けだるさ とかが全くなくて。
「美樹起きたの? 気分はどぉ?」
と私を起こしに来たお母さんも。
「あら・・今日は顔色いいね、つやつやしてるよ。あーっ、春樹さんにチューでもしてもらったの?」
なんてニヤニヤと言って、私をじーっと見たまま。
「具合はどうなの? バイト行くのどうするの? 朝ごはん食べるの?」
と聞いてくる。
「うん・・行くつもり、具合もいい感じ」
たぶん大丈夫。起き上がってもめまいなんてしないし、妙に体が軽いし。なんだろう、ストレッチすると体中に纏わりついていた泥の塊がポロポロと全部とれたような、きぃーきぃーしてた自転車に油をさした後のようなこの爽快感。
「朝ごはんって」
「いつもの卵焼きとお味噌汁だけど」
「うん・・食べる」
そう言ってから、なんだかものすごくおなかもすいているような感じもする。本当に何だろう、この体の軽さ、昨日の記憶がなんだか嘘のような、夢たったような。

そして、バイトに出かけたら。
「美樹本当に大丈夫なの無理しちゃだめだよ」
「本当に、少しでも具合悪いなら休んでいいんだよ」
「昨日なんて、美樹が死んじゃったかと思って大変だったんだから」
とみんなが大げさに言うけど。私は、全然いつも通りだし。それに。今日春樹さんと会えるチャンスを逃したら、また、一週間無駄に時間を過ごしてしまいそうだし。それが一番大きな理由だけど。何だろう本当に、昨日、確かにここで意識を失った記憶があるような、春樹さんにしがみついた覚えがあるような・・。知美さんの「魔法のビタミン」のせいかな? お母さんが言っていた「羽化」なのかな? そんな変な感じのまま、普通通りに仕事を始めた。

そして、小一時間働くと、そろそろ春樹さんが出勤してくる時間。いよいよ、私は心に秘めた計画を実行に移そうと身構え始めている。しいて言うなら、いよいよ作戦開始の時。
「水族館に連れて行ってください」
「遊園地に行きたいです」
「温泉に泊まりに行きたいです」
「ホテルはアソコ・・・結ばれましょ私たち」
って、結ばれるところまではいかなくていいと思うけど、弱気になっちゃだめだと心の中でリハーサル。どれをどんなタイミングで言えばいいだろう。それより、本当に言えるのかな? 仕事もしなきゃならないし、冷静な気持ちで自分自身を分析すると、きっと大丈夫、仕事は普通にこなせているし、体調は変化しない。呼吸も乱れていない。よし。今の私なら絶対に言える。意識はいつもとは段違いにはっきりしている。
「私は、春樹さんとデートしたいんです・・」
誰にも聞こえないようにそうつぶやいて。えっ・・・どういうんだっけ。そう思うと。店の外、いつも通りの真っ黒なオートバイと真っ黒な衣装の春樹さんが現れて。
「あの・・私・・」といつも通りのことをつぶやき始めた私。
ヘルメットを脱いだ春樹さんの顔が見えたら。重大な決意はまた、どういえばいいんだっけ・・。という気持ちと、乱れ始めた呼吸に押しつぶれてしまったようだ。

そして、店の扉を開けて。
「お疲れ様」と入ってきた春樹さんに。みんながぎこちなく「お疲れ様です」とあいさつし始めて。美里さんだけが、少しだけ ツンってしながら「お疲れ様」と言ってから。
「許してあげるの?」
と私の耳元に囁いた。だから。
「まぁ・・とりあえず・・」
と誰にも悟られないように返事して。
「美樹ちゃん、おはよ、お疲れ様・・もう大丈夫なの?」
と言いながら、私をじぃーっと見つめた春樹さんに。小さな声で、
「昨日は、ありがとうございました・・」と言いながら。本当に言いたいことはそうじゃなくて、だから、デートに誘うつもりなのに、と思いながら。奈菜江さんと美里さんがじっと見ているから、乱れる呼吸を気付かれたくないから、うつむいて他に何も言えなくて。なのに。
「本当に、もういいの? あっ、知美のビタミンが効いた?」それはいつもの春樹さん。
「かもしれないです」とうつむいたままの私。
「そぉ、無理しないようにね、体調悪くなる前に言うんだぞ」
「はい」
また、うつむいたまま、そんな小さな声で返事したら。立ち止まった春樹さんは。私のほっぺのお肉を両手でちょんと摘まんで。うつむいた顔を持ち上げて。
「泣いてないかな? あらら、今日は顔色もいいね、大丈夫そうだ」
きょとん・・・春樹さんにお肉をつままれるとスイッチが切れてしまう私。そんなこと、こんな大勢の前でしないでください、と思うのに。それに、
「ぷにぷに、張りもいいけど、無理しちゃだめですよ」
私のお肉をつまんでそうつぶやくのもやめてください、こんなに大勢の前で。と思っているのに、無抵抗な私にニコニコと笑顔を振り撒いた後、すぐに知らん顔に戻ってキッチンに入ってゆく春樹さん。
「ぷにぷにってなに? 張り?」
と奈菜江さん。やっぱり聞こえてるじゃないですか、と思う。そして。
「本当に許してあげるの」ともう一度聞くのは美里さん。
「もういいじゃない、許してあげましょ。それに、昨日の春樹さん、結構すごかったっていうか、春樹さんがいなかったらどうなってたかっていうか」
と話し始めるのは由佳さん。
「昨日、私、本当に倒れたんですか?」その事実はまだ信じられないような。
「倒れたわよ、まさに糸が切れたみたいに、ふにゃんって」
本当に、大げさなゼスチャーで倒れるふりする由佳さん。
「春樹さん、ずっごい必死だったよね、大丈夫か美樹、お前ら気付いてやれよって」
「美樹、返事してって、あんなに必死な顔の春樹さんって初めて見たよね」
「そんなこと・・」 が、やっぱり本当にあったんだ、全然記憶にないこと。
「そのあと、美樹をひょぃって担いで、由佳さんの車でね」
と、大げさな身振りで ひょぃって する優子さん。
「担いでって・・」 抱っこじゃなくて・・。
「丸太を担ぐみたいに、美樹をひょぃって肩に担いで、軽々と。でも、あーゆうときってやっぱり、しっかりした男の子がいないとダメなんだねって気がした」
「結構、かっこいい感じだったよね、力強いっていうか、しっかりしてるって言うか、いざというときに本当に頼りになってたっていうか、オトコラシイっていうのかな、アレって」
そんなことより、丸太みたいに担がれた・・。の部分が気になるのですけど。
「でも、私があんな風になったとき、春樹さん同じように ひょぃって して病院に連れて行ってくれるかな」
身長が1メートル78センチでバストが95センチもあるの優子さんがそんなことをつぶやいたら、一瞬止まったみんな。そして。
「優子は無理じゃない、美樹は ひょぃって 担げるけど。優子はちょっと」と由佳さんが言って。
「春樹さんが二人必要」と、そっけなく言ったのは奈菜江さん。
「ひょぃじゃなくて・・どっこらしょじゃない」と美里さんまで。
「私、そんなデブくないし」と優子さんは反論しているけど。
「デブくはないけどさ・・・」と、美里さん。
「なによ・・今、でかいって・・言おうとしたでしょ」
「思っているだけで、言ってませんよ」
「やっぱり思っているんだ・・・私、傷ついた・・・」
「なんで、そっちに話を振るわけ」
「優子って美樹と張り合ってるの?」
と熱くなってくると決まって。
「ほらほら・・仕事しましょうよ・・もういいでしょ」
と、由佳さんがお開きにしてしまう。なんだかんだ言いながら、みんなはいつも通りの雰囲気に戻っているし。コックさんの衣装で冷蔵庫をパタパタ開け閉めしている春樹さんは、私のテレパシーを感じて振り向いて優しく微笑んでくれるし。だから、はにかみながら私も微笑み返し。そしたらカウンター越しに優子さんが。私をちらっと見てから。
「ねぇ、春樹さん」と声をかけて。
「はい・・何でしょう」と返事した春樹さんに。
「私をお姫様抱っこできますか?」と聞き始めて。
「ナ・・ナニ・・急に」
「私、今、また傷ついているんです。だから、みんなの前でお姫様抱っこしてください」
「お・・・お姫様抱っこ・・み・みんなの前って・・えぇ?」
「してください」
「あ・・後でね・・」
「できないって言うんですか?」
「あ・・後で、してあげますから・・ちょっと今は」
「・・私・・でかいですか?」
と聞いている優子さんが泣きそうな顔しているけど。アレは絶対に演技だとわかる顔だ。でも、優子さんも春樹さんの弱みを知っているのかな、と一瞬思ったけど。
「え・・まぁ・・背が高くてスタイルも良くて魅力的だとは思いますけど、デカイというのはカテゴリーが違うかと」
と返事している春樹さんの しどろもどろぶり は、泣きそうな女の子相手にいつも通りのような気がするけど。
「私、スタイルいいですか、魅力的ですか」
「うん・・まぁ・・俺は、グラマーな女の子は好きだけどね」って、やっぱり泣きそうな顔の女の子に、また 好きだ って言ってるし、そう思っていると。春樹さんの視線は、優子さん自慢の、というか・・自慢しているところは見たことがないけど、あの制服がはち切れそうな大きな胸に・・だったからかどうか。その視線に気付いた優子さんは。胸を腕で覆って。
「いやらしい」
とつぶやいて、春樹さんを軽蔑の目で見てから ぷいっ と仕事に戻っていった。
「えぇー?」と戸惑いで止まっている春樹さんの表情をじっと観察しながら。何かを学習した気分がしている私。自動的にリハーサルしていること、絶対口に出さないように反復練習し始めている。
「ねぇ春樹さん。私をデートに誘ってください」とお願いして。
「誘えないって言うんですか?」と逃げ道を塞ぐように追い詰めるときは泣きそうな顔で。
「私の事嫌いなのですか?」と最後は脅迫的に。これだ。
まさに、オトコを落とすための三段活用を思いついたような気分。あんな風にカウンター越しに話しかけるのもありかな。と思い始めると。作戦変更かなと思って、また鼻息が荒くなるような気分になる。けど。
「嫌いだからですよ・・」
「無理ですよ、知美がいるし・・知美がうるさいし・・」
って言われたらどうしよう。と思うと、荒々しい鼻息が、弱々しいしいため息になってしまうし。がやがやとお客さんも入ってくるし。とりあえず今は仕事に専念しようと気持ちを切り替えてみた。

 そんな感じでぎこちなく仕事をはじめて、オーダーを取って、カウンターとお客さんの間を何度も行き来しているうちに時間が進み。お昼を過ぎて、少し余裕が出始めたけど。カウンター越しに。
「春樹さん、チキンピラフ作れますか?」
「はーい、最優先で作れますよ」
という、いつもの会話以外のことを話しかける勇気が全くわかないし。タイミングも掴めないし。
「美樹、そんなに簡単に許していいの、私、二股するオトコって絶対許せないんだけど」
と、妙にしつこい美里さんにブロックされているせいか休憩時間は一人ぼっちだし。そうこうしているうちに、時間だけがどんどん過ぎて。今日言えなかったらまた一週間待たないといけないし。だんだんと、仕事が終わる時間が刻一刻と迫ってくる焦りがじわじわと気持ちを不安定にし始めている。だから、カウンター越しに、少しだけ意識して、何か言おうと息を吸い込んでも。
「ねぇ、春樹、このオーダー、その次のオーダーと合わせられる。これとこれ」
と、オーダーの調整してる由佳さんが横から割り込んできて。
「はいよ、OK、ペスカトーレ、ミート、きのこスパ、アラビアータ、ポモドーロ、スパゲティが同時ってことでいいのかな」
「うん、よろしく、ばったり会った家族連れの子供たちが5人で食べ比べするんだって、小皿用意するから、あー盛り付けは普段通りでいいよ」
「はいはい、じゃ、先にポーク生姜、5つ出すから、スパゲティはその後に作るよ」
「はーいよろしく」
とやり取りしている間まで息が続かないし。私のオーダーも次から次に入っては出ていくし・・。

結局、仕事時間中は全然お話しできる雰囲気じゃなくて。夜のシフトの人に引き継いで、あーあどうすればいいんだろう、と思いながら着替えたら。
「どうする美樹、アイスクリーム食べに行く?」
と奈菜江さんがいつも通りに私を待ってくれていて。でも、今日は・・私・・絶対に・・。言わなきゃいけない。だから。
「・・今日はちょっと」と言うと。
「えぇーどうしたの?」とニコニコする奈菜江さん。と頭一つ上からニコニコしている優子さん。
「ちょっと・・」
っと、みんなが見てる前だと、帰りの挨拶するときに言おうとしているあのことも、言いにくいような言えなくなりそうな。なのに。
「えー、ちょっとってなに、どうしたのよ」
「だから・・ちょっと」
「だから、ちょっとって、なによ」 もーしつこい。
「だから・・」あーもぉ、言うしかないのかな、言っちゃうのかな。
「・・だから・・春樹さんに言いたいことがあるんです」
あー言っちゃった。
「えっ?」と優子さんが目を丸くして。。
「何を言うつもりなの」と奈菜江さんは口が開いたままで。
「だから、ちょっと、言うつもりなんです」
「あーそうだ、私もお姫様抱っこしてもらうつもりだった」
って何かを思い出した優子さんが。
「春樹さん、お姫様抱っこしてくれるって・・・」と、先にキッチンに向かって。
「何言うつもりなの?」とキョウミシンシンな奈菜江さんが私のうつむき加減の顔を覗き込んで。
だから、そんな、観衆がいたら言えることも言えないでしょ。と思うけど。
「あーだめだめ。チョー忙しそう。由佳さん美里さん大丈夫かな・・邪魔しないうちに帰りましょ」
と優子さんが戻ってきて。三人で一緒にキッチンに挨拶に行くと。
「おい春樹、ジャンバラヤ4つの後は、魚レモンバター4つ、いけるか」とチーフの大きな声。
「はい、大丈夫ですよ、1分後にスパが茹で上がります」
と春樹さんはフライパンをがしゃがしゃしながら。また、フライパンがコンロに5つも並んでいるし。
「オー任せとけ」
「オーブン大丈夫か慎吾」
「はいはい・・エビドリア3つ、おぉーっと危ないとこだった・・」
「今、忘れてただろ、こげすぎてねぇか」
「ちょうどいい焦げ具合ですよ。あーチーフ、サーロイン、煙出てますよ」
「おーっと、ジャストインタイムだぜ」
とてんやわんやそうな大声のやり取りが続いていて。
「お疲れ様でしたー」と奈菜江さんが大声でいって。
「お疲れ様でした」と優子さんが続いて。
「おー、お疲れ、ご苦労さん」とチーフが返答した後。私は。
「お疲れ様でした・・」と春樹さんに言ったけど。フライパンをガチャガチャと振りまわす春樹さんは私の事より、料理が大事で・・。
「お疲れ様でした・・」ともう一度言ったけど。春樹さんはちらっと私を見ただけで。
「ジャンバラヤ4つ上がりますよ」
「おーっしゃ、トッピングは任せとけ」
「じゃ、お願いしますね、続いてスパが行きます」
「ざる 準備いいですよ」
「後ろ通ります」
と、なんだかあわただしそうなキッチン。しばらくたたずんでしまって。
「美樹、どうしたの、邪魔しないうちに帰るよ」
「・・でも」今日を逃したら・・
「でもって・・・」
と手を引く奈菜江さん。だけど。
「おい、春樹、美樹ちゃんが用事があるみたいだぞ」とチーフが私に気付いて。
「なに、どうしたの?」と私に気付いてくれた春樹さんは。
「お疲れ様、気を付けて帰るんだぞ」と、それは、いつもの挨拶。そして、またフライパンをガチャガチャと振り始めて。横目で。
「どうしたの」と聞いてくれるけど。
「ほら、美樹帰るよ」と奈菜江さんに手を引かれて、でも、私は足をダンって踏ん張って、なのに。
「・・あの・・」と、そこまで出かかっていた声がまたでなくなって。
「魚レモンバター4つがまもなく」
「おー、春樹、盛り付けるから美樹ちゃんの顔見てやれ」
「えっ?」
「慎吾、サーロインよろしく」
「えっ?」
「えーじゃねぇよ・・春樹、いいから美樹ちゃんの顔見てやれ」
それは、チーフの計らい・・。のような、だから春樹さんは私をじっと見つめてくれて。私の手を引く奈菜江さんがそこにいて、優子さんもそこで待ってくれていて、お料理を取りに来た由佳さんと美里さんもカウンターの向こうにいて、店長もいれば、チーフもいるし。慎吾さんも。そんなキャスト勢揃いの中、どうしてこんなタイミングになっちゃうのよ、と思いながら、しっかり足を踏ん張っている私の心臓の音がトクントクンと聞こえ始めて、周りのあわただしい雑音が聞こえなくなっていることに気付いて。みんなの動きが妙にスローモーションになっているような、時間がゆっくり進み始めたような、そんな状況で、私は何かを生まれて初めて実行しようとしている実感に包まれた。
「どうしたの」と春樹さんが優しい笑顔で聞いてくれているのに。
「あの・・あの・・」と、朝から何度もリハーサルした言葉がなかなか出てこなくて。あー言えない、と思うと涙が出そうになるし。でも。
「忙しいから、あとで電話するよ」
と、不愛想なその言葉で顔をそむけた春樹さんは、まるで私を突き放すような感じだったから。一瞬ムカッとしたから、ようやく言い放てたのだと思う。
「春樹さん・・・あの・・・私をデートに誘ってください」
それは、自覚はないけど、かなりな大声だったような気がする。その辺りにいた全員の動作が止まって、その辺りにいた全員が私に振り向いて、ゆっくり進んでいた時間が、もとの速さに戻っていきながら、途切れていた音声も回復してくる。客席からのがやがやは聞こえる。でも、私をじっと見ているみんなはポカーンと止まったままで、だから、急に恥ずかしくなって。
「約束しましたからね」
春樹さんの返事を待たずに、もっと大きな声でそう言い放ってすぐ、私は、全速力でお店の中を走り抜けたようだ。お店を出てから、冷静さが戻り始めて、どうしてこんなに息が荒くなっているのだろう私、ナニしちゃったんだろう、そう思うと、手か震え始めて自転車のカギがなかなか穴に入らなくて、外せないでいると。
「美樹ってどうしたのよ、あーあこんなになっちゃって」と奈菜江さんがカギを差し込んでくれて。
「私・・今、なんて言いましたか?」どうしても震えてしまう声で確かめたいこと、そうたずねたら。
「えーなんてって、春樹さん、私をデートに誘ってください。だって」とそっけなく、にこにこしてままの優子さんが言った。
「デートに誘ってください・・」本当に言ったの? 私、本当に男の人に、生まれて初めて、男の人を誘ったの?
「うん・・約束しましたからね、だって」
「あれだけ大勢の前だから、春樹さんも誘わないわけにはいかないんじゃない」
「美樹ってなんかすごいことしちゃったんじゃない、全員見てたよ、ぽかーんって」
そう言いながら、にやにやと笑い合ってる奈菜江さんと優子さんが。
「やっぱり、美樹って、春樹さんのあのきれぇな恋人さんと勝負する気なんだ」
って、そんなことは思い出さなくてもいいのに。
「あそこまで言い放っちゃったんだから、美樹を応援するよ」
「これって、世に言うところの、略・奪・愛」
「・・・略奪愛・・・だなんて・・あの」
と思うけど。
「ささ、アイスクリーム食べに行きましょ、今日は、美樹の復活祭と戦勝祈願会」
という奈菜江さんについていくけど。いつもの喫茶店で、いつものアイスクリームを食べながら。まだ冷静さを取り戻していない私に、奈菜江さんが。
「美樹ってすごくなったよね、デートに誘ってくださいって、あんなに大勢の前であーんなに大きな声で宣言しちゃうなんて」
と話し始めて。
「あーあーあ、デートに誘われて、その後どうするのかなぁ」
と優子さんが私をからかい始めるいつものパターン。
「決まってるでしょ。春樹さんを押し倒して、次は、私にちゅーしてください。ちゅーちゅーちゅー」
「あーあーあ、その話し方、流行らしちゃおうか」
「おぃ春樹、私の肩を揉んでください」
「おぃ春樹はダメでしょ」
「でもさー、ちゅーした後は。やっぱり」
「やっぱり」
と言いながら、いやらしい目つきで私にしがみつく優子さんが。
「私にエッチなことをしてください。あーあーあ、私の処女も奪ってください。かな?」
と言いながら、私の細い腕に大きな胸を押し付けて。エッチとか処女って言葉よりも、近くで見ると本当にすごいというか、腕がすっぽりと挟まってしまいそうな圧倒的な谷間というか・・。
「それは露骨すぎるよ」
「あの人には露骨くらいがちょうどいいのよ」
「で、その次は、私と結婚してください、でしょー」
「それは、男の子に言わせなきゃ」
と言いながら離れていく優子さん。なんか、いつまでも粘っこく腕に纏わりついているような、すごいおっぱいだったような気分でいるうちに。
「えー優子は男に言わせたい派なの」
「奈菜江はどうなのよ、慎吾になんて言わせてるの?」
と話がそれ始めたような、でも、優子さんがそこまで言って、ピンっとひらめいたこと。
「奈菜江さんと慎吾さんってどっちが先にデートとか誘ったんですか? どっちから言い始めたんですか、好きとか、付き合ってくれとか」
と割り込むと、一瞬引いた奈菜江さんと。一瞬で眼がらんらんと輝き始めた優子さん。
「それ、聞きたいね、奈菜江が慎吾に言ったの? 美樹みたいにデートに誘ってって」
「言うわけないでしょ、慎吾が私に頭下げたに決まってるじゃない」
「ホントかなぁ」
「なんであんな男に私からお願いしなきゃいけないのよ」
それは、いつも通りの、慎吾さんの話になるとムキになる奈菜江さん。
「あんな男だって、今度、慎吾にちくってやろ」
「ちょっと・・なんでそんな話になるのよ?」
そして、聞きたくなったこと。
「それって、女の子から言うのはよくないことですか?」
知美さんとお母さんは女の子の方から言ったみたいだったけど。弥生はカレシから言われたって。奈菜江さんはどうなんだろ。
「それって、好きとか付き合ってくれとかのこと? 別に、よくないことはないと思うけど、好きだとか、そういうの女の子が言っても別にいいんじゃない」
奈菜江さんはそう言って。アイスクリームをパクパク食べて。
「私は、プロポーズだけは男の子の方からして欲しいかな」
と優子さんはそう言ってから。
「慎吾と奈菜江はどっちが先になんて言ったのよ、白状してよ」と続けて。
「どっちが先って・・・そんなこと、覚えてないし」奈菜江さんがしどろもどろになって。
「自然発生だったの・・・ちゃんと言ってないの?・・・それって、自然消滅するパターンじゃない」
と優子さんが追及しているけど。
「するわけないでしょ、自然消滅なんて」
「あーなんか焦ってるしー」
本当に焦っていそうな奈菜江さんは、私をぎゅっとにらみ始めて。
「焦ってなんかないわよ。まぁ、ほんとのこと言うと、慎吾ってカノジョいるの? って私が聞いたのが始まりで、ちょっと間してから、付き合ってくれないか、って言ってきたのは慎吾だった」
「へぇぇぇぇ、それで奈菜江はうんって言ったんだ。今度、慎吾に追及してみよ」
「やめてよもぉ、うんって言ったわけじゃないし」
「じゃ、なんて言って、今まで付き合ってるわけなのよ?」
「それはさー」
と、その話も、あまり参考にならないような、恋愛話は人それぞれのような。でも、私が聞きたいことは、やっぱり。
「そんなことより、今は美樹の事でしょ。あんな恋人がいる男に、デートに誘ってくださいなんて言い放っちゃって」と話を振り戻した奈菜江さん。
「でも、恋人がいる男なのに、美樹の事も好きなわけで、二股してるわけでしょ、公然と」
この話題だけど、春樹さんって二股しているのかな・・。知美さんは口説いてみろって言ってるし、これって二股って言えるのかな。
「二股は言い方悪いと思うけど」
「じゃぁなんていうの、美樹のこと好きだって言っておきながら、恋人連れて店に来たりして」
ってまた、その話を蒸し返す奈菜江さん。連れてこさせたのは私かもしれないのに。
「テレビドラマとかだと、いつも三角関係で、どうなるんだろって感じだけど、現実に美樹がね」
「そうだね・・現実の三角関係なんて見たことないから、どうなるのか興味津々だよね」
「ほんと、賭けとかしたくなるね、美樹が勝つのか、あの恋人さんが勝つのか」
と、優子さんはアイスクリームをなめながら、私をじぃーっと見つめて。
「やめてくださいよ、賭けなんて」って言っているのに。
「でも、本当に美樹って春樹さんの事・・・」
と二人そろって真剣なまなざしでそういうから。私もつい真剣になってしまって。それに、いつものこの二人だから言いやすくて、またこんなことを言い放てたのだと思う。
「好きです、私は春樹さんをあの恋人さんから奪うつもりです、真剣なんです」
って、こんなところではこんなにはっきりと自分で言っているのに、自分のセリフとは思えないような自覚もあるけど。ポカーンと私を見つめる二人は。
「ほんとに美樹なの、昨日倒れて頭とかおかしくなってない? どこかぶつけたとか」
と奈菜江さんは私の頭を揺らせながら、
「奪うつもりです・・だなんて・・美樹ってほんとにおかしくなってるよ、大丈夫?」
優子さんもそんな言葉で、真剣に心配していそうだから。
「おかしくなっていませんよ、これからどうすればいいか考えているんです。どうしたらいいか教えてください」
と真剣に言い返すけど。
「どうすればいいかなんて・・・私だったら、恋人がいる男は最初から諦めるかな・・ややこしいし」
と言う奈菜江さんに優子さんは。
「それって、慎吾に別の女がいたら、ぼぃってこと」って聞くと。
「当然でしょ」と即答。
別の女がいたらぽい・・が、それが当然なのかな。と思うこと。
「優子さんはどうですか?」
と聞いてみると。一瞬止まってから。
「・・私は・・まじめに付き合ってくれる男の子がいないから、わからないというか・・・春樹さんは恋人がいても、いいかなって思うときが時々あるけど・・・美樹がもう唾つけてるし」
って、白状している優子さん、やっぱりカレシいないのかな? と思っていると。
「美樹に、そんな怖い顔で聞かれたら、なにも答えられないよ」と続けているし。
「春樹さんの恋人さんを、コロしちゃったりしないよね・・」と奈菜江さんが聞くこと。
私の方がコロされるかと思ったことがあるけど。
「なんか、ホントにコロしちゃいそう・・」と優子さん。
春樹さんがコロされる夢も見たような・・。
「美樹って、顔、怖いよ‥今」
と奈菜江さんがつぶやいた後、沈黙がしばらく続いて。
「まぁ、とにかく、頑張ってね」
って、その言葉がこれほど無責任なんだと実感した帰り道。これ以上は、この二人に聞いても、無理な話のような気がしてきてしまったようだ。

そして、家に帰ってお風呂上り、パジャマに着替えてベットに横になって、確かに私は春樹さんに言ったはずだと思う。
「デートに誘ってください」って。
でも、冷静な気持ちで思い出すと。弥生は
「ちゃんとした固有名詞のところに連れて行ってと言わなきゃだめよ」って言ってたし。
でも・・何度も「水族館に・・」って練習したのに。やっぱりいざとなったら言えなくて。でも、別に水族館に行きたいわけじゃないし、遊園地・・温泉・・私、本当は、春樹さんとどこに行きたいのだろう。ホテルはアソコ・・そこで結ばれて。私、春樹さんとナニをしたいのだろう。具体的なことナニも思い描けない。はぁーぁ、とまたため息。無意識で携帯電話に手を伸ばすと。そういえばと思い出す。
「今忙しいから、あとで電話するよ」って春樹さん言ってたな、私を突き放すように。本当に電話してくれるのかな。と思って。春樹さんの番号をじーっ見つめて、と何度も復唱して。目をつぶっていてもこの番号を押してかけられる自信があるけど、私からかける勇気なんて全くないから。電話番号に向かって。
「電話してよ・・」と念を送るようにつぶやいたけど、そういえば、春樹さんから電話なんてかかってきたことないような気もするし。
「かかってくるわけないか・・やっぱり、知美さんがいるから私のことなんか・・」
真剣に考えてくれるわけないな。だから、あきらめて、
「別の女の子がいたらポイっ・・か」
と奈菜江さんのセリフをつぶやきながら。携帯電話をポイ、して明かりを消して、シーツにくるまって、大きく息を吸い込んだ瞬間。ぴろぴろぴろと携帯電話が呼び始めた。もぉ、なんでこんなタイミングで、とシーツをめくって、ポイしたところを探すと、床に裏向きで転がっているし。
「はいはい・・」と電話を取って、画面をみると。HARUKI。
「春樹さん・・・・」
つぶやいて、唾を飲み込んだら一瞬でのどがカラカラになった感じになった、息が逆流して・・一瞬の躊躇の後、すぐに慌てて、ボタンを押して。
「はい・・もしもし」と出てみると。
「もう寝ていましたか?」
と本当に春樹さんの声が聞こえた。まだ起きていますけど、と言おうとしたのに。
「まったく、あんな大勢の前で言わなくても、電話とかで言ってくれればよかったのに」
とふてくされているような話し方に。ふと、まぁそれもそうだね・・と思い直したけど。
「デートに誘えって、どこに行きたいの? 明後日、火曜日なら開いてるけど、美樹ちゃんは仕事とか学校とか大丈夫?」
「・・・あの・・・」火曜日なら開いてるって・・本当に火曜日に春樹さんは私をデートに・・誘うの? そう思うと、どうしよう、また冷静に返事できない。行きたいところは、その。
「あの・・知美さんは大丈夫なんですか?」
って、そんなことは聞きたいことじゃないのに。
「黙っとくよ・・火曜日なら、あいつ朝早くから仕事に行くし、俺も大丈夫だから」
「・・そ、そうですか、火曜日ですか」黙っとくって・・それはいいのかな?
「だから、どこに行きたいの? 買い物とか行きますか、映画でも見ますか、何か食べに行きますか? 朝から出かけて夕方には帰る予定になると思うけど」
と言ってる春樹さんの声はなんだか面倒くさそうで。他人事のようで。だから・・。
「あまり、乗り気じゃないなら、別にいいですけど」
なんてことを言いたいんじゃないでしょ、なんでそんなこと言ってるのよ私、って、もどかしく心の中で叫んでいるのに。
「あんな大勢の前で誘ってくださいって言っておいて、別にいいですなんて言われて、じゃ止めますとも言えないでしょ。それじゃ、水族館にでも行きますか、俺、魚見るの好きなんだ、美樹ちゃんはどぉ、イルカとかシャチとかアザラシとかペンギン、シロクマ、熱帯魚もいると思う」
水族館・・火曜日・・イルカ・・シャチ・・シロクマ。冷静に言葉をつなげると。春樹さん、本当に私をデートに誘ってくれているの今?
「美樹ちゃんの予定がOKなら、明後日火曜日の朝、7時に迎えに行くよ、家にオートバイ止めて、電車で行こうか、10時には水族館に到着できると思う。そこから先は、美樹ちゃんを一日エスコートしてあげます、それでいいかな」
私、本当にデートに誘われてる。そう感じて。冷静に春樹さんの言葉を反復する間もなく。
「・・はい・・それでいいです」
エスコートだって・・エスコートってお姫様の召使の事? お姫様の付き人の事? お姫様のシモベの事? って、まさに無条件承諾。頭の中真っ白になっているような感じがするのに。
「オートバイに乗せてあげるから、しっかりした衣装を準備しておいて」
といつも通りに続けて話す春樹さん。
「え・・オートバイ・・乗せてあげるって」ナニ?
「美樹ちゃんちに迎えに行く、俺の住んでるマンションまで30分くらい。そこから先は電車。帰りはその反対。明後日の朝7時、しっかりした衣装、長袖長ズボン。準備しておくんだぞ」
「はい・・あの・・」って、もう一度言って・・。って。
「あの?」
「いえ‥それでオッケーです・・デートですよね」
「デートですよって、美樹ちゃんが誘えって言ったんでしょ」
「はい・・・」
「それと、知美にはしゃべらないこと。いい」ってやっぱりそういう意味。
「いいですけど・・・それって、フタマタですか・・・」
「これって、フタマタですね・・美樹ちゃんも、知美の存在を認めたうえで俺に誘えって言ってるわけでしょ」
そう言われると、空中に浮かんでいる気持ちがずしーっと重たく沈み始めて。
「まぁ・・そうですけど」
ってうなずくと、なんか複雑な、認めている訳ではないような、どちらかというと知美さんにけしかけられているというか。知美さんの提案を受け入れているというか、そんな気分だけど。
「それと、あいつにバレた時の言い訳は美樹ちゃんがするコト、約束できる」
「何がバレるんですか? 言い訳って何ですか?」
別にやましいことするわけじゃないし、知美さんの許可は取ってますけど・・とは言っちゃいけないことかな。私と知美さんが通じていることも。
「何って・・一応、俺にもシタゴコロがあるから・・」
「シタゴコロ・・」って、と思い浮かんだのは、今朝、優子さんの大きな胸をじぃーっと見ていた春樹さん。やましい気持ちがあるのかな?
「でも・・プールの時もそうだけど、なんだか嬉しいね、美樹ちゃんに誘ってくださいって言われるなんて。本当にシタゴコロがむずむずしちゃうよ」
そう聞くと。優子さんが軽蔑のまなざしで「いやらしい」って言ってたことを思い出すけど。私には、別の思惑があるわけで。シタゴコロがむずむずするのは、いいことのように思えるし。だから。
「別に私には、知美さんの存在なんて関係ないです」
あなたの事が好きだから。って何回か言ったでしょ。あなたを奪うつもりなんだし、あの人から、とまでは口にできないけど。
「美樹ちゃん・・どうかした?」って優子さんと奈菜江さんの言葉のようだけど。
「どうもしていませんよ」
「なんか、美樹ちゃんじゃない娘と話してるみたいだけど」
そういわれると、なんだか、むすっとした気分になるのはどうしてだろう・・。そして、ムスッとした気分の私は。
「春樹さんも、シタゴコロに素直になってください」
って・・自分で言っておいて、それってどういう意味? って思っているし。なのに。
「シタゴコロに素直になっているから、こうして電話しているんだよ、隠れてコソコソと」
そうですか・・。隠れてコソコソ電話ですか。
「じゃ、火曜日の朝7時ころに美樹ちゃんちに迎えに行くから、一日デートしていちやいちゃしましょうか」
「いちゃいちゃ・・」それってどんな風に・・って想像できないかも。
「なんでもわがまま言ってくださいナ。一日中お姫様をエスコートして差し上げます」
そんな少女漫画のセリフのような言葉なんて初めて、頭の中で何度もこだましている。お姫様、エスコート、わがまま言ってください。上の空になってしまう気持ちのまま。
「はい・・」と返事してすぐ。
「じゃ、お休み、昨日あんなことがあったばかりだから、無理せず、よく休むのですよ」
「はい・・」昨日あんなことって記憶にないことだけど。
「お休み」
「おやすみなさい」
と言ったきり、つーつーつーと途切れた電話をしばらく耳に当てたままの私。息が整うまでもうしばらく時間がかかった。そして。電話を切って、枕を抱きしめて。
「イチャイチャしましょ・・エスコート・・お姫様・・シタゴコロ・・むずむず・・シロクマ」
つぶやいた言葉を冷静につなぎ合わせると。私、本当にあの人とデートすることになったの? 生まれて初めて、男の人とデートって・・水族館・・火曜日・・なんだか顔がにやけてしまう。それより、何かほかに大事なことってあるかな? しっかりした衣装・・って言ってた気がする。
そういえば、デートに着ていく服ってどんなのがいいんだろう。慌てて思いついたから。慌てて呼び出して電話する相手は。
「ねぇ弥生、明日何してる?」
「明日何してるだなんて、明日にならなきゃわからないよ、もぉ、こんな時間にナニよ」
「私・・春樹さんとデートすることになったの」
「そぉ、おめでと、でもさ、それってこんな時間にいちいち報告することでもないでしょ、もぉ」
まぁ・・そうかもしれないけど・・。と、時計を見たら12時13分。いつの間にこんな時間? という気持ちになったけど。
「それより、明日どうしてる? 服とか見てほしいのだけど」
「はいはい・・明日の事なんてわからないって言ってるでしょ。明日また電話して、もう寝るから」
「うん・・」とうなずいて、切れた電話に。
機嫌悪そうだね・・。カレシと喧嘩でもしたところなのかな? とつぶやいてみた。
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