チキンピラフ

片山春樹

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勢い余ってこうなりました

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弥生があんなことするから。私、こんなにイライラしてしまった。弥生があんなこと言うから。私、あんなメールを春樹さんに送ってしまった。そして、この返事が届いてから私、何回この画面を読み直してる? また、ハッと気が付いたら、春樹さんからの返事を、頭の中空っぽな気分で見つめている。家に帰って、ご飯を食べて。お風呂に入って、髪を乾かしてから、ベットの上でゴロゴロしてたと思ったら。いつのまにか、起き上がって、こんな返事に、どう答えればいいのだろう。そう考え始めていて、思考が停止して。弥生があんなことするから・・弥生があんなこと言うから・・ぶつぶつとつぶやきながら、横になって止まっていることに気が付いたら、また、携帯電話の画面を放心状態で見つめている私。また、無限ループにはまっている・・。と気がついても止められない。弥生があんなことするから・・弥生があんなこと言うから・・そして、こんな返事になんて答えたらいいの・・。と気付いたら、息が止まってて、大きく深呼吸してる私。

とりあえず、いきさつを整理しよう。私がヘンな勢いに任せて送った。「不安になる必要なんてないでしょ。私、あなたの事こんなに好きなんだから」このメッセージ、私、どうしてこんなこと書いて送っちゃったんだろう、という思いと、本当に私が書いて送ったのコレ? という思いが心の中でぐるぐるしてる。その前のメッセージで春樹さんがまた、「ごめんなさい、ごめんなさい」ってメールを返信してくるから。男の子が言う「ごめんなさい」は好きとか愛してるとかそんな意味である可能性が高い。と弥生が言ったから。男の子は、怒られると喜ぶだなんて弥生が言ったから。春樹さん、確かに私が怒っていたかもしれないあの時、「嬉しい気持ちがする、お前の事好きだよ」ってアレは想いのこもった私への一言だった。でも、弥生の言葉を信じるなら。男の子が好きとか愛してるとか言う時はシタゴコロで言っている・・。確かに、春樹さんそう言った後、もそもそと私のおっぱいを持ち上げるように・・だから、あの手を押し下げて、肘で突き放して拒否したのに。いや違う、別に触られたことについて、私は何も思っていない。拒否したのは、寂しいとか、知美さんとうまくいっていないとか、そんな言わなくてもいい、聞きたくない言い訳にムカついたからのはず。そして、そんな言い訳にムカついた理由は。
「私、あなたの事こんなに好きなんだから」だと思う。私、本当に好きなんだあの人の事。好きだからこんなにイライラしてしまう、あの人の態度。だから、この顔に出てくるムカムカしてる感情は、心の奥底で感じるフワフワした 好き と言う気持ちの裏返し。好きなのに解ってくれない。じゃないかな、解っているはずなのに好きな気持ちが伝わらない。どっちだろう。気持ちを伝える方法がわからないから? いや違う。整理した気持ちでもう一度見直している、今さっき届いた春樹さんからのメッセージ。
「俺も、こんなに不安になるのは、お前のことが好きだからかな、俺たち付き合ってみないか? お互いの気持ちを確かめるため、という理由でもいいから」
好きなこと解ってくれたからこんなメッセージ? 好きだと気づいた気持ちを伝えようとしている? 気持ちを伝える方法はこんな言葉とか文章しかない? だから? こんな返事になんて答えたらいいの? ・・と思い込んだままいたら、携帯電話がぷるぷると震えて、息をのみながら開いた、今届いたばかりのメッセージは。
「お前の事が頭から離れない。最近、ずっとお前の事考えてる」
これって何だろう。と思ってしまう。この息が止まりそうな気持ち。私から付き合ってほしいとか、知美さんと別れてくださいとか。そんなことは勇気を振り絞ってすらすら言ってたのに。春樹さんの方からこんなメッセージが来ると、いつか感じたあの お腹が裏返る ような気分になって、どうしよう、どうしよう、というものすごい不安な気持ちが押し寄せてきて。また思考停止になってる私。とりあえず明日弥生に相談してから返事しよう。そうしよう。あまり勢いに任せてフワフワと「はい付き合いましょう、そうしましょう」なんて返事したら、今よりもっと、どうなるかわからないから。でも、それより、また、イライラし始めてしまうのはこのメッセージの。
「お前の事、お前の事」
イライラし始めた気分を抑えずに解放したままでいると、私って、勢いがついて止められなくなるのかもしれない。勢いがついたら止められない。私こんな性格だった? と私自身に訊ねているのに、まるで全然別の私は。
「私の事、お前お前って言わないでください」
と思いつくままに打ち込んだ勢いのまま送信してから・・・また、えぇ~。私、どうしてこんなメッセージを送ってしまったの・・。誰が送ったのこんなメッセージ・・。という錯覚もしてる。「付き合ってみないか」とか、「お前の事考えてくいる」のに。「お前って言わないでください」って。どんな会話なのコレ。って、また、画面を見始めたら眠れなくなって。画面を見つめ続けていたら、少ししてから届いた春樹さんからの返信。
「ごめんなさい、美樹の事が頭から離れなくて、今も、ずっと美樹の事考えてる」
ただ、そう書き直しただけだけど。またこの、ごめんなさいって言葉に。
「ごめんなさいって言わないでって言ったでしょ」
と・・イライラしながら打ち込んだけど。これは、送信ボタンを押すこと、心の奥底のもう一人の私がフワフワした理性で止めてくれたようだ。この ごめんなさい は、私の事を好きだと言っている可能性が高い。と弥生の言葉をもう一度思い出しながら、冷静に送信ボタンを押し間違えないようにプチプチと消去して。
「・・・・・・・」
画面を見つめたまま思考も時間も止まってしまったような錯覚の中で、何を書いていいかわからない夜更けになってしまったようだ。

そして朝。はっとした、いつの間にか眠っていたことに気付く目覚め方、の後すぐ携帯電話を掴んで画面を見た。のは、どこまでが夢だったの・・という不安・・と同義語の・・期待・・がしたから。でも、あの出来事は夢ではない、そう思い出すと、あの後、春樹さんからまた何かメッセージが届いているかもしれないという期待・・と同義語の・・不安。ゴクリと唾を飲みこみながら画面を見たけど。
「ごめんなさい、美樹の事が頭から離れなくて、今も、ずっと美樹の事考えてる」
のままで。あれから数時間たった今、もう一度見直すと今度は・・・。どうしよう・・今この瞬間も春樹さんは私の事を考えているのかな・・私の事って、私のナニを考えているの? 私の気持ち?・・私の寝顔?・・私の言ったこと?・・私が送ったメールの意味?・・私との思い出?・・私の裸?・・私とエッチしようとしてできなかったこと?・・私が春樹さんを思いっきり蹴っ飛ばしたこと?・・私と知美さんどっちがイイか?・・私との未来?・・私との出会い?・・私との運命?・・私の事って何だろう。そう考えながら画面をじっと見つめていると。
「美樹、起きてるの? 学校行く時間でしょ」
と部屋の外からお母さんの声が聞こえて。とりあえず、画面を伏せて、この話は一時中断。下に降りると。
「あら、今日は顔色良さそうね」
と私をじっと見つめるお母さんに、そうかな・・。と思いながら。毎朝同じメニューの朝ごはんを眺めながら椅子に座って。
「いただきます」とつぶやいて一口。もぐもぐしながら、じぃっと私の顔を見続けているお母さんに。
「なによ・・」と言うと。お母さんは。にやにやと笑いながら。
「なに隠してるの?」と聞くから。一瞬、ドキッとしてから。視線を反らせながら。
「別に何も」と言ったけど。
「ふううん、春樹さんと何か進展があったのね」だなんて言われたら、ぎょっとお母さんを見つめてしまって。でも、どうしていつもいつもズボシなのよ、と思うから、視線をもう一度、無理やりそらせているから見透かされるのかなと言う気もする。
「ほらほらほら、今一瞬、目が ぐわっ と大きくなった」
って、これって、知美さんにも言われたことだから、ついつい。
「ナニもないし、進展なんて」
とムキになると・・もっと墓穴を掘りそう。とうつむいたら。
「はいはい。あーなんだか美樹がうらやましいかも。私も17歳に戻りたい」
と、私をじっと観察したままのその一言は、意表を突くような一言? うらやましい・・この気持ちが? お母さんも17歳の頃にこんな気持ちになった? 相手はお父さん?
「ほらほら、早く食べて、時間大丈夫なの?」
まぁ・・まだ大丈夫だけど。と時計をチラ見しようと視線を反らせると。
「春樹君みたいな男の子に言い寄られたら、一日中体がムズムズしちゃうでしょ」
なんて、視線を戻せない一言に、一日中体がムズムズ? してるかも・・。そう感じていると、肩をふるふると揺すりながら。
「あーもぅ、羨ましい。あの体中がムズムズする恋、あーもぅ思い出せるけど、もう感じるコトできないのかなと思うと悲しいし」
そうぼやきながら笑ってるお母さん。その一言が妙に気になるというか。思い出せるけど・・って。感じることできない・・って。悲しい・・って、どういう意味。
「ほらほらもう、止まってないで早く食べてよ」
また、お母さん、独り言なのかなこれ。もぐもぐと卵焼きを食べて。そう言えばと意味もなく思い出す卵焼き、春樹さんの部屋で食べたアスパラとベーコン、あの時は卵焼きではなくてオムレツだったかな、アレ美味しかったな。それと・・あの時、私ほとんど裸だった。春樹さん私の裸とか、あそこがパカパカ開いていたのを見たこと覚えているのかな、私の事考えてるって、あの時の私の裸を思い出しているとか。そう思うとムズムズと恥ずかしい気持ちもする。けど、春樹さんのメールに、「はい、付き合ってください」って返事したら、今思い出しているあの瞬間のムズムズした気持ちをもう一度、もっとムズムズ感じることができるのかな。そう思うと、ムズムズしてるこの気持ちを、体がもう一度、ナマで感じたがっているような気分もし始めて、だから、今すぐ返事したい気持ちもするけど。どんな返事したらいいかなんてわからないから、また、思考停止状態・・。
「みーき・・美樹・・美樹ってばもう」とお母さんに呼ばれていることに気付いて。
「え・・なに」と返事したけど。
「春樹さんに何か言われたの? どうしちゃったの止まっちゃったりして」
どうしていつもいつも見透かすの? と思いながら。
「べ、べつにどうもしてないし」としか言えない私。
「だったら、早く食べて、時間大丈夫なの?」
と時計を見たら、いつの間に15分も針が進んでいて。うそ・・ワープしてる・・なんで?
「ごちそうさま」
とりあえず朝食も半分くらい残ったまま強制中断。
「大丈夫?」
とお母さんが聞く声に。
「大丈夫よ」
と答えるしかないし。じろじろと見つめられたら、またなにか勘ぐられそうだから、慌てた仕草を見せないように学校に行く準備。歯を磨いて、髪を整えて、制服に着替えて、カバンをもって・・あ・・中身をチェックしておこう。こんな時は念入りに。とりあえず・・大丈夫。そして。
「いってきます」と学校に向かった。

でも。教室、私の席に座って、ほっと一息つくと、また思考が停止するから、無意識が強制的に取り出してしまう携帯電話。無感情のままオートのチックに開いてしまう春樹さんからのメッセージ。
「俺も、こんなに不安になるのは、お前のことが好きだからかな、俺たち付き合ってみないか? お互いの気持ちを確かめるため、という理由でもいいから」
付き合ってみないか・・だなんて。弥生に相談してから返事しようと思っても。相談なんてしていいのか・・あゆみは、彼氏とかの事で悩んだことがなさそうだから、相談相手には向いてないと思うし。他に彼氏と付き合ってる知り合いは・・と思い出したら、奈菜江さんの顔が思い浮かんで。でも、あの人に相談しても・・いや・・あの人は、また笑い話に花を咲かせるかもしれないし。由佳さんとか・・優子さんとか・・美里さんとか・・いろいろなお姉さんたちの顔が思い浮かぶけど。みんなお母さんみたいに、イヤミたっぷりな高笑いしそうで。だから、こんなことを相談できる人って・・もしかして・・いない?
そんなことをぶつぶつ考えていたら、またいつの間にか放心状態で、携帯電話の画面を見つめている私。
「ごめんなさい、美樹の事が頭から離れなくて、今も、ずっと美樹の事考えてる」
今も私の事を考えているのかな? 私のナニを考えてるのだろ。私をどうしたいの?蹴っ飛ばしたこと恨んでる? あなたの事諦めますって言っちゃったこと? あっ・・オートバイのテープで止めていた傷。「さようなら・・だけは、言わないで。そんなの、死ぬ奴に言うセリフだろ」確かに、一つ一つの傷に思い出が宿っている。でも、どういう意味だったのかなあの言葉。「またな」そんなセリフも鮮明に思い出しながら、はぁぁぁぁっとため息吐いて。
「私の事、お前お前って言わないでください」
と、また、心の底から私ではない私の声が聞こえた気がして。
「ごめんなさい、美樹の事が頭から離れなくて、今も、ずっと美樹の事考えてる」
と、もう一度、心の底から聞こえた気がした声だと思っていた声が・・。
「だなんて、うーわ・・これって、春樹さん相当思い詰めてない? でもいいなぁ、私こんなこと一度も言われたことないのに。今も、美樹の事ずっと考えてるだなんて。あー私もこんなこと一度くらいは言われてみたい」
私ではないもう一人の私の心の奥底から聞こえる声ではなくて。弥生の声。えっ・・とおもって振り向いたら。弥生とあゆみが黙って後ろから私の携帯電話を覗き込んでいて。
「俺たち付き合ってみないか、お互いの気持ちを確かめる、と言う理由でもいいから」
「ずっとお前の事を考えてる」
「お前お前って言わないでください」
「ごめんなさい、美樹の事が頭から離れない。今も、ずっと美樹の事を考えてる」
と、画面の文字を朗読しながら。
「春樹さん、シャイでナイーブって話したけど。ちゃんと告白できるんだね。ずっと美樹の事考えてる。って、なんかいい響きじゃん」
「で、どんな返事する気なの、ナニ書こうか悩んでるの」
と、目をらんらんと輝かせながら、まだ思考停止状態の私に詰め寄ってくる二人が怖くて。
「・・黙ってみないでよ」
と言うのが精一杯の私は、慌てて画面を伏せたけど。
「黙ってみないでよって、さっきから呼んでも呼んでも止まったままだから心配したんでしょ」
「そうよ、黙って見たわけじゃないし、美樹、美樹って何度も呼んでたのに、聞こえてなかったでしょ」
って・・呼ぶ声なんて全然聞こえなかったし。
「ホントにもう、どうしたのか心配だから見てみたらそう言う内容というかさ」
「その次、どう返事するか、頭の中真っ白」
「付き合ってみないか? 気持ちを確かめるため、という理由で」
「ずっと美樹の事考えてる」
何度もリピートしないでよ、と思いながら何も言えない私は、まだどうしていいかわからなくて。もういいや、という気持ちと一緒に。
「あゆみならなんて言う? 弥生ならなんて言うの、付き合ってみないかって言われたら」
と早口で言い放つと、私のように止まってしまった二人は、顔を見合わせて。
「私なら、春樹さんみたいな男の子にそう言われたら、二つ返事で付き合うけど」
とあゆみが言い放って。
「私も、ずっと私の事考えてくれるのなら、断る理由ないと思う、春樹さんって見た感じも、性格もいいし、頭もいいんでしょ、年上だし落ち着いてるし、将来も有望だし。断る理由なんて、なーんにもないじゃん」
それは、弥生らしいコメントだなと思いながら。まだ何も言い返せない私は。
「お互いの気持ちを確かめるため、って、美樹の気持ちも考えてくれてるし」
と続けた弥生の意見に、ハッと気づいて。。
「これって、私の気持ちを考えてるから。お互いの気持ちを確かめるって」
と思うままに尋ねてみたら。弥生は。
「うん、これって、付き合ってみないと解らないコトを確かめて、お互い良ければ、もっと親密に。でも、幻滅するようなら、後腐れなく。という意味だと思うけど」
と、もっともらしく説明してくれたけど、そうなのかなと思っていると、今度はあゆみの意見。
「俺の女になれ、なんて言ってるわけじゃないしさ。黙って俺についてこいなんて脅迫文でもないし」そう言えばそれってドラマとかでよく聞くセリフかも。
「あーそれそれ、脅迫だよね、黙ってついてこいなんて言われて、だまってついて行けるかよってね」確かに弥生にそう言われると脅迫のようにも思えて。
「ても、春樹さんになら、黙ってついていけるかも」って笑い始めるあゆみはどっちなの?
「えぇー、そうかな、わたしは春樹さんがそんなこと言ったら幻滅かも」
弥生がブレないのはやっぱり彼氏がいるからかな。と行き交う二人の言葉に私なりのコメントを思い浮かべながらキョロキョロしながら黙っていると。
「付き合ってみないか、お互いの気持ちを確かめるために、ずっと美樹の事考えてる」
とまた弥生が朗読して。
「それって、春樹さんらしいと言えばらしいかな」
とあゆみが付け加えて。
「私もそんな風に言われてみたい」
と続けて言う。のをまだ黙ったまま聞いていると。
「返事すれば」と唐突に私に振る弥生に。
「どんな返事?」と聞き返したら。
「どんな返事って。こういう時は、オーム返しに、お互いの気持ちを確かめましょう。って言えばいいんじゃないの」と軽い雰囲気の弥生に。
「確かめるって、気持ちって、どうすれば確かめられるの」と重苦しく聞いている私。
「どうすればって、一緒に過ごして安心できるようならOKだし。不安が解消しないならダメかなって感じだと思うけど」
「弥生は安心なんだ、今の彼氏」と、私が言いたいことを代弁するあゆみの言葉に。
「まぁね、満足感は足りないけど、一応は安心してる」と弥生はうなずいたから。
「安心って、どんな感じ」と聞いてみたら。
「もう、美樹ってなにも解ってないし」って、解らないから聞いてるんでしょと思うことを。
「わかるわけないでしょ、男の人と付き合ったことなんてないし」
と、イライラと言ってしまう私に少し考えるそぶりの弥生は。
「そりゃ、解るわけないか、例えば、お父さんとかお母さんとか安心して付き合えるでしょ、安心して話せるとか、安心して近づけるとか、安心して頼める。でしょ」
と説明を始めたことを。
「まぁ・・」と聞き入り始めた私。
「と同じように、昨日まではまったくの他人だった人を好きになって、付き合うなら、安心して話せるか、安心して頼めるか、あとは、安心して怒れるか、安心してケンカできるかとか、安心して仲直りできるかとか」
「怒れる? ケンカ? 仲直り?」
「怒れる、許せる。そういうこと全部に安心してって言葉を付けられるかどうか、というものが大事かなって私は思ってるけど」
って、そんな話はもっとじっくり整理しないと分からないような。
「ふううん、弥生の彼氏はそういうこと安心してできるんだね」
とあゆみはいつも私を代弁してくれて。
「まぁね、信用とか信頼ってそう言うことでしょ。あいつは私をどう思っているか知らないけど、私はカレシに求めるのは安心感。春樹さんはそういうこと全然大丈夫なんじゃないの?」
「安心感・・」
「少し試しに付き合ってみて、そばにいたら安心できる。そばにいないと不安。そんな気持ちになれるかどうか、そういうこと確かめればいいんじゃないの。つまり、そういうことを確かめるため、という理由で付き合おうかって春樹さんは美樹に提案してると思うけど、つまり、俺の事を確かめてくださいって言ってるんじゃない? 付き合ってみないと解らないことって多いと思うよ」
まぁ、そう言う意味かな・・と思い始めて。
「それに、本当に仲良くなれば、安心してエッチなこともするわけだし」
「安心して・・する」エッチ・・確かにあの日は安心なんてこれっぼっちもしないまま、春樹さんは「入れるよ、したいんだろ」って、しようとしてたこと急に思い出すけど。
「きゃぁぁぁ、弥生は安心してしてるわけ」
「安心できてるから、できるんでしょ、そういうこと」
「うわ・・それってものすごい発言ね。経験者は違うね」
「あゆみも男ができたらわかるわよ、あれって安心感ないとできるもんじゃないでしょ」
「言われてみればごもっともって、そういうことハウツー本には書いてないけどね」
ってまたあゆみが脱線し始めたけど。
「美樹って春樹さんの事好きなんでしょ」と無理やり話を私に戻す弥生。
「まぁ・・」と返事したら。
「だったら、そんな風に言われたんだから、思い切った勢いで挑戦してみなきゃ。いいじゃない春樹さん、見た目も雰囲気も性格も」
「でも・・」
「でもナニ」
「知美さんの存在・・・」をどうすればいいのか。
「あーそれか・・でも、それは、春樹さんが何とかする問題で、美樹がどうにかする話ではないし。春樹さんも美樹の事好きになったら、知美さんとは切れるんじゃないの」
って、弥生はシレっと言い放つけど。
「そんなこと・・、私、知美さんとも知り合いだし・・それなりに深い仲だし」
「だから、そういうことを確かめるために、軽い気持ちで、思い切って、勢い付けて、付き合ってみる。でなきゃ前に進めないでしょ」
はぁぁぁ、前に進めないでしょなんて言われたら、なんだか、弥生が知美さんに見えてくる錯覚がして。弱気な気持ちを怒られてしまいそうで。だから、もう一つ解らないコトを。
「じゃ、付き合うって、どういうこと?」と聞くと。
「へ・・」と目を真ん丸にした二人。
「弥生と彼氏さんは、私たち付き合ってるって言うんでしょ。ナニをどうすれば、付き合ってるってことなの?」
「ナニをどうっていわれてもね」
「付き合ってあげるって言ったの弥生でしょ・・何をどうしたの?」
って勢いに任せて聞いてみたけど。乱れる呼吸が落ち着くまで返事はなくて。ようやく弥生が話し始めようとするから、唾を飲み込んで準備する私。
「まぁ・・急に何かをどうにかするものじゃなくて、まぁ、お互い話す時間を増やして、会う時間を増やして、くっついている時間も、同じこと一緒に考える時間も、つまり、付き合うというのは、共有する時間を増やすことなんじゃないかな・・美樹にそう言われて、今思いついたことだけど」
「今思いついた・・」わりには、なんとなく納得できそうな説明で・・。
「深く考えたことなんてないし、そういうこと。ケッコンとかしたら、死ぬまで同じ時間を一緒に過ごすことになるんだしさ。そう考えれば、私、あんなカレシでいいのかな、とも思えるし、うーん・・どうなんだろうね」
と遠くを見ながら話してくれた弥生って、結婚とか本当に意識してるんだ。そう思いながら、そんな深刻な話をもっと続けたいのに、キーンコーンカーンコーンと非情なチャイムが鳴って、授業が始まるけど、いろいろ話したことを整理しようとすればするほどに、頭の中ごちゃごちゃになって何も手につかなくなって。とりあえずは理解できたような気になる言葉をリピートすると。付き合うというのは、春樹さんと一緒に過ごす時間を増やすこと。でも、一緒に過ごすって、一緒に暮らすこと? 知美さんがアメリカに行って同じ時間を過ごせなくなったから、私の事考えるようになったとか? 一緒に過ごしてくれる人がいないと寂しい? 一緒にいる時間が少なくなるって、それがうまくいってない理由? そもそも、一緒に時間を過ごすってくっついていないとムリ? 遠く離れていても、同じ時間を過ごしているわけだし。どう説明すればいいことなのこれって。私と一緒に過ごす時間って、会えるのは土日だけだし。「俺たち付き合わないか」それって、一緒に暮らそうって意味? でも、あの部屋は春樹さんが知美さんと過ごしてる部屋だし。私の部屋なんて、私専用のベットはあんなに小さいし・・・あんな小さなベッドでと思いついた瞬間・・「許して、気持ちを抑えられない」と春樹さんの声が再生されて。あんなことする・・なんて、自動的に、そんなことを空想した瞬間に思考がブラックアウトするから。それ以上考えるのはムリ・・。

そして、何を考えていたのかも思い出せないまま、平日のシフトに入って。気が付いたらアルバイトしてる私。
「いらっしゃいませようこそ何名様ですか?」
と言った瞬間、幽体離脱していた魂がタイムスリップしながら体に戻ってきたような錯覚を本当に感じた。でも。魂が体に戻ってくると、
「お待たせいたしました。ご注文は以上ですね、ごゆっくりお召し上がりください」
と、オートマチックの笑顔でお客さんの対応をしている時は、そうでもないのに。ふぅっと一息ついて冷静さが途切れる瞬間にまた。
「俺たち付き合ってみないか・・」
と春樹さんに声がこだまして・・いや・・アレは、声ではない。声だったのはこっち。
「なんだか嬉しい気がする、俺、美樹の事好きだよ」
と私を後ろからふわっとハグした春樹さんの想いがこもった声がこだまして。だから、その声を振り払うかのように視線をキョロキョロさせてから、もっと冷静にお客さんの相手をしようと強制的に思考を押しとどめている私。でも。キョロキョロさせた視線が、私をじっと見ていそうなチーフの視線と重なった瞬間。チーフが。
「美樹、ちょっと話したいことあるけどいいか?」
と、突然カウンター越しに私に話しかけてきて。そんなこと今まで一度もなかったことだから、えっと思いながら。
「あ・・はい・・」と返事したら。
「春樹の事なんだけどな」
と身構えてもいなかった唐突なその一言に、強制的に押さえつけていた蓋がボンっとめくれ上がって、うわーっとホラー映画の虫が地面からあふれ出てくるアレのように。春樹さんの事って、何ですか? 私はこの前振りましたけど。ついこないだは春樹さんに好きだと言われましたけど。デートもしました、エッチはアレは未遂で・・。それなのに、私と春樹さんはまだ恋人とかではないし。でも、付き合ってみないかと、メールが届いて、どう返事していいかわからなくて。裏でイチャイチャしたかもしれませんけど付き合っているわけではないし、お店の中でいつも二人でご飯食べて仲いい感じはしてるかもしれませんけど、チーフにとやかく言われるようなやましいことはしていないと思いますけど。あの・・。そんな止め処なく溢れてくる感情を抑えられないまま顔を上げると。
「そんな、目を見開いて止まってしまわなくてもいいよ、大したことじゃないから」
と言われると、唾がごくりとして。春樹さんの事はどんなに些細でも私にはものすごく大したことなのかもしれなくて。だから。
「な・・なんですか」
と震えながら返事するしかないような。そんな私を鼻で笑ってるような、あきれていそうなチーフは。
「美樹ちゃん、あのね・・」と話し始めて。
「・・はい」と小さく返事すると。
「こないだ、お前たちって裏でチューしてただろ」
えっ・・って全身金縛りになることを素のままシレっと言い始めて・・「し・・し・・してませんけど・・・・チューなんて・・」なんて喉も金縛りになってて声が出ないし。
「で、いや・・そんな顔しなくていいから。別にチューするなとか、イチャイチャしちゃダメだとか、そうじゃなくて。春樹に言ったんだ、ここで美樹ちゃんばかり特別扱いしてると、男のいない女にひがみ倒されて、ねたみ殺されるぞって」
って・・なんの話ですか? 妬み殺されるって? そんなこと、何も理解できずに、さっきからずっと息が止まってしまっている私。
「そこにも、あそこにもいるだろ、男のいない女が」
とチーフが指さすのは、由佳さんと優子さん。はい・・と返事もできず、うなずけない私・・。
「それで、春樹の態度が少し変わったんじゃないかなって、そんな気がしたから、もし、春樹の態度が冷たくなった気がするなら、俺がそんなことを言ったからだって、言っておきたかった。俺は、美樹ちゃんが春樹をどうにかしてくれないかと思っている、美樹ちゃんの味方だから安心しろ」
って、ただ、安心しろ、だけが理解できたような。その時、背中から。
「って、なに話してるんですか?」とその声は由佳さんで。
「別に何も・・」と私は返事したのに、チーフは。
「裏で春樹とイチャイチャしてると、お前たちにねたみ殺されるぞって話てんだよ」
って、そんなあらかさまにズケズケ言わなくても。
「ね・・ねたみ殺すって何ですか」ほら・・由佳さんの声が低くなった。コワイ・・から。
「美樹ちゃんが春樹にチヤホヤされるの見てて、お前たちも恨めしいだろ」
チーフも、それ以上この話題をつつかないでって思うのに。
「う・・恨めしくなんかないですよ、何言ってんですか」と、由佳さんの声が上ずって。
「どうだかな、由佳だって、美樹ちゃんか裏で春樹とチューしてたって、恨めしそうに話してたし」
って、二人の会話をキョロキョロ聞いていると。やっぱり、そんなうわさ話を広めたのは由佳さんですか? と思える発言だから・・やっぱり・・と、由佳さんを睨むと。
「話してませんよ・・」と言いながら私に振り向く由佳さんの顔には、ごめんねと書かれていて。
「由佳さんですか、そんなこと言ったの、私、チューなんてしてません」
とだけは声を大きくして言っておきたい。本当にチューなんてしてないから。なのに。
「してたじゃない」と、笑いながら反論するから。
「し・・してませんよ」と、自信がなくなって。そんな私に、チーフは笑いながら。
「ほらほらほらほらほら。ひがむ女にねたまれると怖いゾー」って、それは、確かに笑い事じゃないことくらいわかりますけど。と由佳さんをチラ見すると。
「やめてくださいそんな話」
と、由佳さんも怒っていそうだし。でも、ここはチーフの年の功?
「ほら、一つ上がったからもってけ」
と、出来上がった料理で追い払うかのように。
「はいはいもぅ、美樹もチーフの言うことなんて真に受けちゃだめだからね」
と由佳さんが追い払われたあと。チーフは私を見つめたまま、優しい眼差しで。
「美樹ちゃんとは、じっくり話したいけど、今度飯でもどうだ」だなんて。
「え・・・」って、これって、デートのお誘い・・じゃないですよね。チーフってお父さんより年上でしょ。そんなことを思っていると。
「取って食ったりしないよ。まぁ、今、オーダー途切れてるから少し話していいか」
と笑っているチーフ。だから。
「はい・・なんですか?」と返事したら。
「春樹の事だけどな。美樹ちゃんも知ってるだろ、トモちゃんの事」
トモちゃん・・って。どうしてこう爆弾みたいな質問ばかりするのですか? とは言えずに。トモちゃんって・・。
「知美さんの事ですか?」
「ああ、知美さんの事だ。いつか美樹ちゃんとトモちゃん二人でアイスクリーム食ってたろ、そこで。まぁ、アノ娘の事、春樹が好きなら、仕方ないんだけど、二人の仲がどうこうと言う話でもないけどな。このまま春樹がトモちゃんと一緒になっちまったら、春樹が手の届かない宇宙の果てみたいな遠―くに行っちまいそうな気がして、美樹ちゃんが何とかして春樹とくっついてさ、トモちゃんに諦めてもらえたら・・春樹が俺の後とか継いでくれるんじゃないかって、俺は、そんな淡い夢を見てるわけだ」
それって・・チーフは知美さんと春樹さんにくっついてもらいたくない・・と思っていて。春樹さんが私とくっついてほしい? と思っているってこと? なんだか、突然呼吸が静まるような気持になる一言だけど。それってチーフは私と春樹さんの事認めてくれるってことですか? と思いついたら、そこに由佳さんが帰ってきて。
「もう、まだ話してるし。美樹もしゃべってばかりいないで仕事してよ」
そう、ぼやいて、でもチーフは話を続けて。
「ちょっとくらいいいだろ、大事な話なんだから」
「大事って何ですか」
「だったら、お前も聞いてろ」
「はいはいじゃ聞いてあげますよ」とカウンターを布巾で拭き始めた由佳さんを素通りして私に話しかけるチーフ。
「春樹って、美味いもの作るだろ」
「はい・・」
「あいつが持ってる料理の才能、10年に一人出るかどうかの逸材だと俺は認めてる。けど、そのトモちゃんみたいな女の子に手を引かれて、とんでもなく遠いところに行っちまったら、もう、あいつの手料理食えなくなるぞ、それでもいいのか」
それは、ものすごく真剣で深刻な雰囲気だけど。
「何の話ですかソレ」
とまだぼやいている由佳さんに遮られて。顔は見えなかった。そして、由佳さんの顔をよけながら私に話しかけ続けるチーフは。
「春樹もさ、美樹ちゃんの事が好きみたいだから、何とかして、美樹ちゃんとくっついてほしいのよ」
と言った時、優しく笑っていた。
「え・・」
とつぶやきながら、春樹もさ、美樹ちゃんに事が好きみたいだから、何とかして、美樹ちゃんとくっついてほしいのよ、とリピートしている私は今放心状態かもしれない。
「俺と春樹はな、お前たちが束になってもかなわないくらい硬い絆で結ばれてんだよ。あいつの事は、口を利かなくても、なんでもわかるんだ」
そうつぶやいて、じぃぃぃっとまだ放心状態の私を見つめているチーフ。ニコッと優しく微笑んで。
「美樹ちゃんよ」
「は・・はい」
「春樹を口説き倒して、何とか引き留めて、俺の後を継いでくれって言ってくれないか」
「・・・・」え・・何ですかそれ、俺の後を継いでくれないか? って、私には、ムリだと思いますけどそんなこと。って、それってなんの話・・とも思えるし。
「まぁ、ちょっとそんなことを美樹ちゃんに言ってみたくなったってことだ。春樹には言わないでくれな、俺がそんな話してたってこと。内緒だぞ。ただ、お料理上手だし、チーフの後とか継いであげたらいつまでもお店で仲良くできるでしょ。とか何とか言ったりしてさ」
とニヤニヤと女の子口調になったチーフ・・今の、私を真似たの? チーフの後を継いだらいつまでもお店で仲良くできるでしょ? それって、どういう意味かな? とも思えるし。このお店で、春樹さんがチーフになって、私が・・店長? なんて想像はするのが難しいような。でも、春樹さんの事、何か聞きたい気持ちがし始めて。でも、ナニを聞いたらいいのだろ。春樹さん本当はそんな気持ちをもっているのですか? と言葉を組み立てられなくて、何も言えなくなっている私に話し続けるチーフは。
「トモちゃんもいい娘なんだけど、アノ娘、ちょっとどころじゃないくらいに飛びぬけすぎてるだろ。美樹ちゃんと仲良くしてる春樹を見てるとな、友ちゃんり、美樹ちゃんとくっついた方がイイんじゃないかって思うんだけど。願望と言うか、そういうこと、照れくさくて春樹に面と向かって言えねぇし、だから、まぁ、なんだ、そう言うことだ。ほら、お客がきたぞ」
そう言うことだって・・どういうことですか? と思ってから、お客さんに振り向くと、何もかもがリセットされてしまって、またオートマチックにお客さんに笑顔を振り撒き始めた私。今なにかとんでもないことをチーフに聞かされたような気がしているけど。起きたら忘れてしまう夢のような、何か大事なことを聞こうとしたような気がしたけど。何を聞きたかったのか思い出せなくなって、また、いつも通りに、結末はわからないまま。答えを聞き逃したまま。
「いらっしゃいませようこそ、何名様ですか?」
と笑顔を作ると、ナニを話していたのか、ナニを聞こうとしたのか、今さっきの記憶が誰の記憶だったのかも解らなくなくなっている私。その後、いつもより少し忙しいくらいにお客さんがやってきて。いつの間にか、上がる時間。

気が付いたら、チーフのお話も曖昧なまま、
「お疲れ様でした」
と挨拶して。
「おぅ、お疲れさま、春樹によろしくな」
と言う返事に、うなずくしかできなくて、どう答えていいかわからないまま店を出て、奈菜江さんと慎吾さんに送られている、いつもの家まで15分くらいの暗い帰り道。唐突に奈菜江さんが話し始めたこと。
「ねぇ美樹って、今日チーフと何話してたの?」
「え・・」
「ほら、なんかカウンターで長い時間チーフと何か話してたでしょ。由佳さんがさ、まだ話してるよあの二人、とか愚痴ってたし」と笑ってる奈菜江さんに。
「え・・あの・・別にその・・まぁ・・」と曖昧に答えていると。
「春樹さんとのことでしょ」
と慎吾さんが横から小さな声でつぶやいて。ドキッとしてしまう。もしかして、慎吾さんも横で聞いていたのかな・・という不安がもたげたから・・。
「まぁ・・春樹さんの事ですけど・・聞こえていましたか?」
そう小さな声で聞いてみると。
「うん・・まぁ・・詳しくは覚えていないけど、なんかチーフって、美樹ちゃんと春樹さんがくっついたらいいのにって、そんな願望持ってるみたいで」
そう、つぶやき始めた慎吾さん。に、おどける奈菜江さん。
「えぇ・・それってナニ? 美樹と春樹さんってチーフは公認してる? ってこと」
「まぁ・・公認なのかな? ほら・・チーフって、春樹さんのおじさんなんでしょ・・親戚」
「あーそうだったね」
「で、チーフは、春樹さんの今の彼女? トモちゃんって言ってたよね、どんな人か知らないけど、その人より、美樹ちゃんとくっついてほしいと思っていて、美樹ちゃんと春樹さんがくっついたら、春樹さんがチーフの後を継いでくれるんじゃないかって、そんな願望を持っているみたい」
って、慎吾さんって詳しく覚えてないって言ったくせに、私でも思い出せないコト、ほとんど全部聞いているじゃないですか、と睨みつけたいけど、そんなことはできなくて、うつむくしかないし。奈菜江さんも。
「へぇぇ、チーフの後を継ぐ・・つまり、料理長になってほしいの? チーフは? 春樹さんに?」と話を続けて。
「うん・・そんな話だったよね」
って慎吾さんは私に振るけど、確かにそういう話でしたけど、そういう話だったかな? とも思っていると。
「いいじゃない、それって」とうなずく奈菜江さん。に顔を上げたら笑っていて、なにが・・。
「いいですか?」と聞く私。
「うん、イイと思うよ。なんかいい感じで空想できるじゃん。美樹と春樹さんがくっついて、春樹さんがチーフの後を継いで料理長してて、美樹がカワイイ女店長。そんな小さなお店とか・・なんか夢っぽく自然な空想できて、いい感じするけど」
奈菜江さんはそう楽しそうに空想したことを言葉にしたけど。
「小さなお店って」私には、空想できないかもしれなくて。
「うん・・小さなお店。今そんなの流行ってないかな? 人生の楽園みたいな、小さくても夢を叶えて幸せですよって、カフェとかパン屋さんとかパスタのお店とか・・私も年取ったら、そんなお店持ってみるのもいいかも・・って、今思いついた」
と言いながら慎吾さんをニヤッと睨む奈菜江さんは。
「ねぇ、そんなのどうよ?」と慎吾さんに詰め寄るけど。慎吾さんは。
「小さなお店って、俺、料理長なんてムリムリ」と手をパタパタさせたら。ムスッとする奈菜江さんの声が低くなって。
「ムリムリってナニよ、大体さ、慎吾って夢とか、全然私に話さないよね」
「えっ?」
「慎吾ってなんかこう夢とかあるの?」
「いや・・・あの」
「いやって、あのって、男のくせに夢がないとか?」
「いや・・・あ・・あるけど・・・」
「あるんだったら言ってよ」
「いや・・・そんな・・・恥ずかしいし」
「恥ずかしいって、私たち付き合ってるんだし・・ナニよ、恥ずかしいってそんな、夢を話すって恥ずかしいこと? それとも私たちって、まだ付き合い足りない? まだまだ安心して夢を話すことできない・・つまり、私の事信用してない?」
うわ・・奈菜江さん本当に怒っていそうな声になった。から?
「いや・・そんなことはないよ・・付き合ってるし、俺は奈菜江の事誰より信じてるし、奈菜江には感謝してるからいつも」
慎吾さんの上ずっている声は、その場しのぎの言い訳のようで。
「だったら、夢を語ってよ」
「だ・・だから・・・」
と、困り果て始めた慎吾さんに助け舟を出したわけではないけど。黙って聞いていたら、ふいに耳に飛び込んできたキーワード、安心・・信用・・が連想させた、私なりに聞いてみたいことがこの瞬間に湧き立って。
「あの・・聞いていいですか?」
とつぶやいたら。
「・・はい? ・・はい?」
と、二人そろって目を丸くした。そんな二人に私が聞き始めたことは。
「あの・・付き合うって、どういうことですか?」
それは、やっぱり、私には全然解らないことで。
「はぁ? はぁ?」
と、また二人そろって目を丸くするけど。やっぱり、言葉を組み立てられなくても聞いておきたい、私の疑問。
「その・・奈菜江さんと慎吾さんって、付き合っているでしょ」
「まぁ、付き合っているけど」
「それって、どういうことですか?」
どういうことですか? それ以外に言葉が見つからないというか・・。
「どういうこと? ただ、仲良くしてるだけかな?」と言葉が見つからないような慎吾さんに。
「まぁ、仲良くしてるね」
つぶやいて立ち止まる奈菜江さん。立ち止まって、少し考えるそぶりをして。
「イチャイチャもしてるし、って、美樹だって、春樹さんと付き合っているんじゃないの?」
と、私に聞き返すから。
「え・・私たち、つ・・付き合ってなんかいません・・まだ」
それは、直ちに言い返せる本当の事だし。
「まだ・・付き合ってない」と、奈菜江さんは私にもう一度確かめるから。
「・・というか・・その、付き合うって、どういうことなのかわかりません。何かするのですか、付き合うって・・その・・付き合う前と付き合う後って、何かが変わりますか? 何かしなければならないことがありますか?」
それは、私が思いつけるすべてを何とか言葉にしただけ。すると。
「・・・えぇ? って、よくわからないけど、慎吾って、私と付き合う前と付き合う後で何か変わった?」と慎吾さんに振った奈菜江さんに。
「そんなこと急に言われても・・うーん・・、付き合う前は知らない女の子で、付き合い始めた後は・・・」
と、何かを思い出したように奈菜江さんの顔を見つめた慎吾さん。
「何か知ったんだ、私の秘密とか?」
「まぁ・・誕生日とか、色の好みとか、好きな食べ物とか」
「へぇ・・聞いてみたいね。私って何色が好き?」
「黄緑色」
「ブブー、特に好きな色なんてないよ」
「そんなことないでしょ、服選ぶとき糸の色が黄緑色なら即決してる」
「えぇ・・そうかな・・確かめてみるよ。帰ったら。じゃ、私どんな食べ物が好き?」
「肉よりは魚とかエビを選んでるよね、フィレオフィッシュとかエビ炒飯とか」
「あーそれってピンポーン・・よく見てるね」
「まぁ、付き合う前はそんなこと知らなかったけど、付き合い始めた後はいろいろ解ってきたかな」
そんな二人の会話を神経を研ぎ澄ませていること意識しながら聞いていると。なんとなく解り始めたような気持がし始めて。
「いろいろ解ってきましたか、奈菜江さんも慎吾さんのこと何か解りましたか」
と私から奈菜江さんに話を振ると。
「えぇー、私も答えなきゃダメ? 解りましたかって言われても、付き合う前と付き合う後? 付き合う前は、別にこれと言って気にもならない男だったね」
と慎吾さんに投げかけて。
「付き合い始めた後は気になる男の子になれたのかな?」
と笑いながら答えてる慎吾さんの顔を。
「うーん・・」と見上げる奈菜江さん。
「なんだよ・・」という慎吾さん。
「別にそれと言って気になるわけでもないね」
とため息交じりに奈菜江さんが言ったら。
「それって・・どゆことよ」と鼻息交じりに慎吾さんが言い返して。
「そうだ、付きい始めた後はね、私、結構わがままになったかもしれない」
と思い出した奈菜江さん。に。
「あーそれ言えてるね」とすかさず相槌を打った慎吾さん。
「でしょ」
「でしょって・・確かにさ、付き合う前は遠慮しがちでカワイイなって思っていたけど、最近遠慮ないね、わがままになったというか、ズーズーな女になったというか」
「ズーズーな女ってナニよ。可愛くなくなったってこと?」
「ズーズーしくなったって意味だよ。可愛く・・なくなっては・・いないけど」
声が上ずり始めるのは、慎吾さん・・必死で言い逃れようとしている。となんとなく解り始めてる私。と奈菜江さんの。
「それは解ってるけどさ、イヤなの、私がズーズーしいわがままな女って」
声のトーンが上がり気味なのは、つまり、本当の事を突かれて、イタイ・・のかな。
「いや・・ってわけでもないけど」
「美樹は知らないかもしれないけどさ、女のわがままを聞くって、男にとって結構幸せなことなのよ。ねぇ、そうでしょ」それは、ものすごく真剣な奈菜江さんの一言。だから。
「え・・女のわがままを聞く・・ことが幸せ・・なのですか?」と慎吾さんを見上げたら。
「・・えぇ? あぁ・・まぁ・・奈菜江が喜ぶ顔とか見れるのは幸せかな」
とたどたどしく言ったけど・・確かに笑みを浮かべてるその表情は満更嘘ではなさそうで。それを見て安心したのか奈菜江さんのトーンが普通に戻ったような。
「だから、付き合う前はわがままな女じゃなかったけど、付き合い始めた後はわがままな女になった。付き合うって、そういうこと、女の子の本能を満たしてもらうことかな」
「満たされてるんだ?」
「なわけないでしょ、まだまだ足りないわよ」
「つまりさ、お互いの本能を満たしたいわけで、女はわがまま言いたい。男はわがままを聞いてあげたい」
「いや・・俺には、そんな本能なんてないし」
「つまり、好きな女を幸せにしてあげるコト、それが男の幸せでしょ。好きな女が喜ぶなら死んでもいいのが男、それが男の本能。でしょ」
「ちょ・・ちょっとそれは・・死んだらって」
「なによ・・だいたいね、あー思い出した、前から言いたい言いたいって思ってたこと。私を喜ばせたいならさ、何か月も前から期待させてほしいのよ。こないだも、驚かせようと思ってなんて、私はプレゼントに驚きたくなんかないの。何か月も前からどんなプレゼントなのかなってワクワクしたいのよ」
「何か月も前からって・・」
「だから、私は、この男なら、どんなわがままも全部聞いてくれそう。という期待があるから付き合えるわけで、何年先になるかはわからないけど、そういう期待をずっと持ち続けられるなら付き合い続けられるけど、そう言う期待を持てなくなったらそれで終わりでしょ」
「って・・そう言う期待・・って、どういう期待?」
「もう、何か期待させてよ、いいセリフ考えて、私にそう言う期待を持たせなさいよ」
「例えば・・」
「例えばって・・自分で考えてよそんなこと・・あーもぅ、全然わかってない」
「期待とか言われても・・ねぇ」
と勝手に会話を楽しんでる二人を観察していたら、私に助けを求めているかのような慎吾さんの涙ぐんでいそうな目に気付いて、つい言い放ってしまったこと・・。それは、ふと思い出した弥生かあゆみが言ってたこと。
「期待して、俺についてこい・・とか、じゃないですか?」
そう告げ口してあげたら。奈菜江さんは、私ではなく慎吾さんに。まっすぐ。
「ついて行ったら、どんないいことがあるの?」と聞いた。
「どんないいこと・・って・・そりゃ、今はこんなだけど、学校卒業して就職決まって給料もっと稼げるようになったら、もう少しいいもの買ってやれると思うけど」
「はぁー・・つまり、付き合うって言うのはこういうことだね」
「こういうこと?」って、やっぱりよくわからないような。
「こんな幻滅を受け入れてまで、未来を期待できるか、こりゃダメだと思ったらポイしちゃうのか。付き合わなきゃ解らない。いいのか悪いのか」
「ポイって」
「ポイされたくないと思わせるように仕向ける。ことが疲れるなら、ポイだしさ」
「ポイされたくないと思っていますよ、ポイされないように頑張ってる俺の努力も評価しろよ。たまには。付き合っているんだから」
「と、こんな風に、泣きついて来るうちは、まだ執行猶予期間だと思ってあげるけど」
「執行猶予ってナニ? そもそも、奈菜江だってさ、俺なしでもやっていけるの」
「と、こんな風に強気に出始めたら、とりあえずは、それはこっちのセリフでしょ。あたしがポイしたら、あんたなんて一生独身のままに決まってるし」
「それはひどくね・・そんな言い方」
「と、勢い余って言い放った後ちょっと冷静になって、アー今のは言い過ぎたかな? 本当は私の方もこいつをポイしたくないのかなって少しでも思うなら、私の方から期待する未来を引き寄せるための努力をするとか」
「努力ですか・・未来を引き寄せる・・」
「努力よ、男に約束を守らせる努力」
「な・・なに・・今度は・・」
「それも、付き合うってことじゃないかな、私も美樹にそんなこと言われて、今思いついたまま話してるけど。遠慮せずに言いたい放題言い合って、付き合ってるからそんなことができるわけで。付き合うって、だから、そう言うこと」
と、イイながらくすくすと笑う奈菜江さん。なんとなくわかるような気持がしている私。そして。また慎吾さんを睨んで。
「さっき、もう少しいいもの買ってくれるって言ったでしょ」
「え・・・まぁ・・言ったけど」
「じゃ、期待してもう少し付き合ってあげる」
と慎吾さんの腕を掴んだ奈菜江さん。私にチラッと笑顔を見せてくれた後、慎吾さんを見つめて・・というか、睨みつけた。そして、睨みつけられた慎吾さんは。
「俺についてこいって、今はムリだけど、いつかきっと、泣かせてやるから」
少しだけ雰囲気を変えて話始めて。だけど。
「泣かせてヤル? ってなによそれ」
低い声の奈菜江さんに。また、元に戻った雰囲気で。
「今度、ついてこいって言う時は、・・・・まぁ・・・・その・・・・なんだ。ダイヤの指輪とかをおまけにつけてやるって意味だよ」
視線をキョロキョロさせながらオドオドとそんなことをうわずる慎吾さんに、ぷぷっ・・・と笑った奈菜江さんは。
「ね・・これが、付き合って、未来を引き寄せる努力の事よ」
と私につぶやいて、チラッと慎吾さんを見つめて、ニコッとしながら、慎吾さんが一瞬の隙を見せたその瞬間。
「ダイヤの指輪か・・」
とつぶやいてから、慎吾さんの襟を掴んで、手繰り寄せて、私の目の前で。背伸びしながらチュッとキスをした。えぇ~というか、うわぁ~というか。きゃぁぁぁというか。瞬きできないでいると。
「大きいヤツね、証人立ち合いで約束しましたからね」と笑っている奈菜江さんと。止まってしまった慎吾さんと。私に振り向いた奈菜江さんは。
「ちょっと・・ヤダ・・美樹ってばもぅ、そんなチューしたくらいでトナカイのお鼻みたいにならないでよ、どんだけ真っ赤になってるのよ」
とお腹を抱えて笑い始めて。トナカイのお鼻・・というか・・私、顔から湯気が吹き出しそうなほど、汽笛のような耳鳴りがポーっとしてるというか。湧き過ぎたヤカンの笛のような湯気が鼻とか耳とかからピーって噴き出しているというか。こんなに目の前で、生で見た本当のキス・・まだ、息がしゃっくりのようになってる。
「刺激強すぎた・・って、美樹だってこないだ春樹さんとしてたでしょ」
「し・・し・・してませんよ」
「えーそうなの、由佳さんがうらやましそうに、美樹と春樹さんがさチューしててあたしびっくりしちゃったぁ・・なんて言ってたけど」
「し・し・・し・・・してません」
「でもさ、少し前に、春樹さんに送ってもらった朝とか、あの時春樹さんと一晩過ごしたんじゃないの?」
「え・・・」
「大人っぽい衣装で出勤したでしょ、ヘルメット抱えて、今春樹さんに送られてきましたって見え見えの雰囲気だったじゃん」
「だったじゃん・・・」
「そんな仲になってるのに、付き合うってどういうことですかだなんて、そんなこと堅苦しく考えないで、普通にふるまえばいいのよ。好きだと言ってくれる男の子に、わがまま全開、色気はちょびちょび、極たまにチュッてご褒美あげたり、たまったストレスをこうして発散したり。全く、全然わかってないんだら」
と、ぽかぽか慎吾さんをたたき始める奈菜江さんと、それを。
「もう、いつもやられっぱなしじゃないし、たまには反撃もしてるから」
と、笑いながら受け止めてる慎吾さん。ぽかぽかと叩いていた奈菜江さんの両手を掴んで急に真剣な顔。に。
「まった」と叫んだ奈菜江さんは。
「美樹を送ってから」と慎吾さんを見上げて言った。
「え・・送ってから・・」
「はい、美樹の家そこでしょ、おやすみなさい、私たちはもう少し、付き合うから今夜」
「あ・・はい・・」そう返事したら、二人はくすくす笑っていて。付き合うから今夜・・それって、アレ・・って意味ですか? と空想できないこと。
「なんかこう、美樹にヘンなこと聞かれて、確かめられたというか・・」
と慎吾さんを見つめた奈菜江さん・・確かめられたというか・・何を? と言うか。
「じゃね、お休み、また明日もシフト入ってた」
「はい・・」
「じゃ、またあした」
と、慎吾さんの腕を抱き寄せて、
「ほーら、行きましょ、俺についてこい、ダイヤの指輪、少ない給料助けるつもりで、ほんのちょっと前払いしてあげる」
「前払い・・って」
「ほらほら、私、ちょっとだけジーンとしちゃった、今さっきのセリフ。慎吾もやればできるじゃん」
「やればできるって・・ついてこいって・・ジーンとした?」
「違うわよ、あーもう、やっぱり解ってない。ダイヤの指輪よダイヤの指輪、私は、大きな大きなダイヤの指輪にジーンとしたの」
って、そんな声が遠ざかって、あの二人、いつかの街灯の下・・また慎吾さんをぽかぽかしてる奈菜江さん、それからナニするか想像できるから、見ない見ない・・見ちゃダメ見ちゃダメ。と思っても。膨らんでしまう空想が、今から何するんだろう・・どこに行くんだろう・・私たちはもう少し付き合うって、付き合うってそう言うこともするわけで。付き合うってそういう意味で・・やっぱり・・もう少し付き合うから今夜・・私がヘンなこと聞いたから、確かめられたって・・もしかして・・それって、愛? そんなことを考え始めたら、また眠れない夜更けになり始めて。パニックになりそうな気持になると、無意識が手繰り寄せる携帯電話、の画面。

「俺たち付き合ってみないか、お互いの気持ちを確かめる、と言う理由でもいいから」
「ずっとお前の事を考えてる」
「お前お前って言わないでください」
「ごめんなさい、美樹の事が頭から離れなくて。今も、ずっと美樹の事を考えてる」
そうつぶやいているのは間違いなく私。付き合うって、お互いの気持ちを確かめ合うため、奈菜江さんと慎吾さんは、もう少し付き合うって・・今頃、お互いの気持ち・・つまり「愛」を確かめ合ってるのかも? だったら、私と春樹さんも、チーフは後押ししてくれそうだし。付き合う前はよくわからないままだけど、付き合い始めた後はこういうことがわかり始めるのかな? だとしたら、付き合ってみるべきだよね。と心の奥底のもう一人の私に訊ねても、答えは返ってこないけど。無意識な気持ちが。
「私たち、付き合ってみましょう、お互いの気持ちを確かめるために」
そんな文字をいつの間にか打ち込んでいて。あとは送信ボタンを押すだけ。これを押すだけ。押すだけでしょ。押すだけだよね。と誰かに押しなさいって言われないと押せないような・・そうして・・不規則な呼吸を続けていたその時。ブーンと電話が震え始めて。ドキィって心臓が跳ねた。画面に表示された着信のメッセージには。
「HARUKI」
と私が設定したこの番号の主の名前・・って・・春樹さん? から電話。まだ、ブーン、ブーン、と鳴り続けていて。何しようとしてたの私、今、メッセージを送ろうとしてた? いや、その、とりあえず、電話に出なきゃ・・と、これは送信ボタンではない。ことを確かめてから。ぴっとボタンを押して、 
「もしもし」と出てみた。
「あの・・美樹ちゃん・・大丈夫?」
大丈夫? って・・何が?
「・・・あの・・・大丈夫ですけど、どうかしましたか?」
「え、あぁ・・あの・・いや・・その・・こないだ、あんなメール送った後、返事してくれないから、何かこう、悩ませちゃったかなとか、困らせちゃったかなとか、そんな気が今してる・・俺・・嫌われてない?」
それは、なんとなくおどおどしていそうな響きの声。だから、弱気そうな春樹さんになら言い返せるのかもしれない、こんなこと。
「別に。嫌いになったりしていません」
でも、このセリフは好きですという意味ですけど・・とは言い出せないこと解っている私。
「そう・・じゃ、悩ませたのかな」
まぁ、悩んでいますけど、と今は言えないのは私たちまだ付き合っていないから? 
「あのさ・・付き合ってみないかってメールしたけど、今のままでもいいかなって思ってる。その無理して付き合うよりは、今でも美樹ちゃんは特別だし、その、好きだって言ったことも本当の気持ちだし、電話をくれないとか、メールに返事がないと、本当に不安になって、その・・ずっと考えてしまって」
何ぶつぶつ言ってるのですか、と思っていることを言葉にする勇気はないけど、このぎこちなさは、私たちが付き合っていないからだね、という確信がある。付き合い始めたら、今思い浮かんでいること、言いたい放題言葉にできるようになるのかな。そんなことを思っている私は、今この瞬間に、はっと気付いた。もしかしたら、春樹さんも私と同じ? 私たち、まだ付き合っていないから、思うままの言葉を口にできない? だとしたら、付き合い始めたら、もっと言いたいことを言いあえる。だとしたら、もっと会話が滑らかになるのかな。さっきの奈菜江さんと慎吾さんのように。だとしたら。付き合い始めなきゃ好きって気持ちも確かめ合えない。だとしたら。
「春樹さん」
「はい・・」
「私たち、お付き合いしましょう」って・・本当に私が言った?
「え・・」
「だから、気持ちを確かめ合うためだけでいいから、お付き合いしましょう、そこから先の事は、気持ちを確かめ合ってから考えてもいいでしょ」
って、これは本当に、本当に、私が喋ってる? でも。
「あ・・美樹ちゃんがそう言うなら」と、春樹さんの声は弱々しくて。それが気分をムカムカさせるから。
「私の事、美樹って呼んでもいいですって言ったでしょ」と、私の声は乱暴気味で。
「あ・・うん・・じゃ、美樹がそう言うなら」
と続ける春樹さんの声はまだ自信がなさそうだし。それに、私がそう言うならって・・それは違うでしょ。だから、乱暴になる私の声。誰? この乱暴になってる私って。そんな気持ちを微かに感じながら。
「言い出したの春樹さんでしょ、俺たち付き合わないかって」
はっきりと、強く、私がこんな言葉を口にしている。と思いながら。
「まぁ・・そうだけどね」と、弱気なままの春樹さんの声を聞いて。
私って、踏ん切りがついたら、こんなに勢いが良くなるのかな、と思っていたりして。
「お付き合いしましょう」
勢いはまだ衰えない。
「あぁ・・うん・・じゃ・・お付き合いするんだけど・・あの」
「なんですか」まだ、強気で。
「・・うん・・」
という、さっきからモジモジもじもじした声が、春樹さんらしくない。と思っていると。
「あのね・・お店ではさ、いつも通りで、その、チーフに言われたんだけど、あまり美樹ちゃんの事・・いや・・美樹の事、特別扱いすると、由佳とか優子ちゃんとかが妬むぞって・・だから・・あまり、特別扱いとかは意識して、したりしないけど」
モジモジした雰囲気がどことなく抜け始めて、落ち着き始めた春樹さんの声。
「しないけど?」
と聞き返した時、強気な私が、じゃぁねって・・弱気な私を置き去りにしてどこかに行ってしまったような。
「俺は、お前の事・・じゃなくて、美樹ちゃん・・あ・・いや、美樹の事、特別だと思っているから。それだけは解っていてほしい」
弱気な私は、落ち着いてしっかりと春樹さんの声を聞いていて。なにを言っているかも解っている。やっぱり・・特別なんだ・・私。と繰り返しながら、これって、付き合い始めたから、こんなに言葉が通じ始めてる。そんな気もし始めて。だから、思いつくままを声にできるようになり始めたのかも。
「はい・・解りました。別に特別扱いなんてしなくてもいいです」
「うん・・でも、特別なんだよお前は・・あ・・美樹ちゃんは・・じゃなくて。美樹は俺にとって特別なんだ」
どんな風に・・とは、まだ聞けない・・のは別の理由かな。でも、春樹さんの声、本当になにか特別な想いがこもり始めたというか。
「俺たち、付き合ってみようか」
その響きに、ジーンとした気持ちがして。
「はい・・お付き合いしてみましょ」
と、無茶苦茶軽く返事できたような気がしてる私。笑うことがまんしてるみたい。
「じゃ・・改めて、よろしくお願いしますね」と言う春樹さんの丁寧な声。
「うん・・・・」と、それは、生涯で一番素直にうなずいたような気持の「うん」をもう一度。
「うん・・・・」と繰り返したら。
「それじゃ・・今日は、このへんで・・おやすみなさい、お姫様」
そんな優しい声に、
「おやすみなさい、春樹さん」
と返事したら。
「うん・・おやすみ」
と聞こえてすぐ、電話は切れて。付き合ってみようか、お付き合いしましょう、俺にとって美樹は特別なんだ。そんな言葉が何度もこだまし始めた夜更け。私たち付き合い始めた。ようやく・・やっと・・もしかして、これって、私と春樹さんが、カノジョとカレシの関係になったってこと? そうだよね・・じゃ、これからは・・・どうなるのだろう。なぜかわからないけど。抱きしめた枕に顔を埋めて。
「くくくくくくくくく」
って、涙と一緒に笑い声が止まらなくなったようだ。
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