チキンピラフ

片山春樹

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結婚? 私が?

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そして夜。帰ったらすぐにご飯を食べて、シャワーを浴びて。濡れた髪のまま薄地のパジャマに着替えて。ウチワで顔をパタパタ扇ぎながら。
「美樹ぃ~。明日もアルバイトなの?」
とわかりきってることを聞くお母さんに。
「明日もアルバイトよ。いつも通り、朝から」
と返事したらすぐ部屋に籠って携帯電話をとりだして。
「春樹さん、次のスケジュールがシンクロしていませんけど、どうなりましたか?」
「今お水飲んでたところ。このタイミングって何か運命を感じるね。美樹ちゃんがシフト入っていない水曜日に何か計画します。帰ったら電話するから、待ってて」
を声を出して読み返しながら。「待ってますよ」と気持ちをウキウキさせている私。広い心と深い愛か、そう意識を変えただけで、運命を感じるだなんて。電話するから待っててだなんて。こんな返事をくれた春樹さんのコト全くイライラしなくなっていることに気付かないまま、こんなにウキウキしてる私。
「春樹さんって土日はいつも9時までだよね。だとしたら9時2分頃に」
と時計を見つめてから。
「に、今仕事終わったよ、これから帰る」とメールがあるかも。
なんて、それは、微かな期待だけど、広い心と深い愛が、そんなメールが来たらいいなぁ。いいないいな。と心の中でニコニコしてる。そして。なかなか進まない時計の針が9時2分を指した時。じっと携帯電話を手に持ったまま秒の数字を数えて待つこと50秒。51,52,53、・・・。ってつぶやきながら。
「来るわけないか。ナニ期待してるの私」
帰ったら電話するってメールだし。と思った瞬間。9時2分58秒に・・。手の中でぷるぷるっと携帯電話が震えて。反射的に開くと。
「今仕事終わったよ。帰ったら電話するから、あと25分くらい待っててください」
とメールが本当に届いて。えっ・・もしかして、これって本当に運命? 私、未来を予言して、的中した? だとしたら、次の未来の予言は、25分後の9時27分に電話がかかってきて。なんて言うのだろう春樹さん。いやそれより、どう答えるのだろう私。
「もしもし・・お疲れ様でした・・」とか? と空想したら、うふふふふふって笑い声が堪えられなくなってるかも。どうしてこんなにウキウキして電話が待ち遠しいのだろう。と思ったら、心の底の私ではない私が。
「ナニよ、さっきは、目移りすればイイでしょ。なんてツンツンしてたくせに」
とつぶやいて。
「さっきはさっき、今は今よ」
と本当に声を出して対抗した。それは、奈菜江さんからのアドバイス。広い心と深い愛の威力と言うべきか。目移りしちゃうよね・・なんて言ったのも私への気遣い。と理解してあげれば・・「どんな? 気遣い?」だから、目移りしちゃいそうになったけど、帰ったら電話するから待ってて、と、それは、目移りなんて、本当はするわけないよ。という意味だった。つまり男の子は正反対で、そういうことを説明できない。と考えるべき。という意味だよね。奈菜江さんのアドバイスって。そうだよね、年上のお姉さま達とも、お喋りしてみるもんだね。って気分がこんなに変わるとは。とニヤニヤを止められないでいると。
「これでいよいよ、春樹くんも、宇宙人で消耗品。喋るインコで、飲み終わったベットボトルに格下げってことね」
って、まだ心の底の私ではない私がつぶやいているから。
「それは・・慎吾さんの事でしょ」
と言い返すと。
「はいはい、物は言いよう、物は言いよう」
「うるさい」あーもぉ。
どうしたら、この心の底のもう一人の私を追い払えるのだろう。と時計を見て。まだ12分。あーどうしてこんな27分が待ち遠しいの? と思った時、目についたのは、パラパラ読んでた「彼氏のトリセツ」そうか、この待ち時間の間に、なにか春樹さんの取り扱いを学習しておこう。取り扱い。と、手にして、ぱらぱらとめくったページ。はっとして止まったところは。
「男の子のじらせ方」
じらせ方? 
「効果的に男の子をじらせるテクニックを身につければ、これであなたもマスタージェダイ」マスタージェダイってナニ? と思ったけど。
「まず、電話はコールを7回待つ。なかなか出てくれなくて不安になったけど、ちゃんと出て、ごめんなさいちょっと○○してて、と可愛い声色で○○を言えたら、男の子は、不安が喜びに変わる快感、の虜になる」
不安が喜びに変わる快感、の虜・・トリコ・・快感の虜・・というのはなんだか今の私にも言えそうな説明だね。快感の虜・・か。
「○○で一番男の子をその気にさせる一言は何といっても お風呂 ごめんなさい、今お風呂に入って出たところ、と彼にあなたの裸を連想させたりすれば、彼は今すぐあなたに会いたくなって、でも、そこで簡単に会っちゃダメよ。今日はダメ、会えそうな気にさせて、触れそうな気にさせて、もう少しの所で。はいここまでよ・・」
あっ・・これって、弥生が言ってた ニンジン の事だ。と思い出して。ページをめくったら。
「少しじらせて、彼が何かをバーターし始めたら、今欲しいものを最大限に要求してみて、あなたのキスと引き換えに、彼は生涯あなたのシモベに成り下がるかも。ただし、やりすぎには注意して、彼に与える飴は、あなたが許せる範囲にとどめておいて、男の子は全部食べちゃうと飽きるから。小出しに小出しにじわりじわり」
バーター・・物々交換の事か。つまり、何かしてあげるから、とか、何か買ってあげるから、とか、と物々交換するのは、私の唇?・・。うふふふふふふふふ・・それもいいかも。でも、これから、試験勉強もあるし、試験勉強とキスの物々交換と言うのもなんだかね・・でも、いいかな、そう言えば、こないだの試験勉強も、宿題も、私、何も交換していないし。こないだのエビフィレオは私が買ってあげたから・・アレでもいいか、小出しに小出しにじわりじわり。と思っている瞬間。ぷるぷるぷるぷると電話が震えて。9時27分の時刻と春樹・・その表示を見て。また予言が的中してる、と、慌て始めた手をぐっと我慢して。電話のコールは7回待つ。次が3回、4回、アー待てないかも、5回、どうしよう、出る、待つ? 6回、良し出よう。と思ったのに、そこでコールが切れて。えっ・・切れちゃった、と思ったら。少しして。
「寝ちゃったの?」
とメールが届いて。だから。
「起きてますよ」
とメールで返事したら、すぐにまた電話がプルプルと。そして、コールは7回待つ。2回、3回、4回・・もう少し我慢して。5回、本に書いてる通りに。6回・・でまた切れて。
「居留守ですか?」
とメールが届くから。コール7回くらい我慢してよ、私だってカワイク出てあげようと待ち構えているのに。と思ってイラっとしたけど、ダメダメ、ここは、広い心と深い愛の出番。イライラしちゃダメイライラしちゃダメ。
「・・・・・」
だけど、どんな返事で言い訳すればいいのだろう。とりあえず。
「ちょっと出れなくて・・」と打ち込んで、どうして? 頭がフル回転してるかも、どうして出れない、どうして、どうして・・。
「美樹、スイカ切ってるから降りてきなさい」
これだ・・。
「ちょっと出れなくて、お母さんが・・」
と送信すれば、解ってくれるはず。と思ったら。するとすぐ。
「お母さんに怒られてるとか?」
違うけど・・。
「美樹、スイカいらないの食べちゃうよ」
「食べるぅ」
「だったら早く降りてきなさいよもぉ」
「春樹さんと電話してるのよ」
「はいはい・・もぉ」
どうしよう、私、両方に嘘ついてるかも。でも。とりあえず、スイカ、春樹さん。どっちが優先・・優先、たしか。Priority。よし覚えてる。なんて、ナニテスト勉強してるのよ、いまはそれじゃない。とりあえず、
「みーき、スイカだって言ってるでしょ」
こういう時のお母さんは無茶苦茶しつこいから。
「食べるからもぉ・・」
と階段を下りて。
「ナニ春樹さんと電話って、デートの約束とか?」と面倒くさそうにスイカを乗せたお皿をテーブルに置きながら、私を見ないお母さんに。
「・・まぁね」と返事したら。
「まぁねって・・また・・どこか行くつもりなのか」
って、いつもの死角に、お父さんもいたのね・・。面倒くさそう。早く食べて避難避難。一切れのスイカにシャクっとかじりついて。アー甘くて美味しい。
「で、今度は、どこに行くんだ、また、ウチに連れてくるとか? それより、あの春樹君の綺麗な彼女さんはどうしたの?」だなんてお父さんもナニ思い出してるのよ。
「どうもしないし、ちょっと・・だから、勉強解らないところ教えてもらうだけだから」
って、また嘘ついてるというか。よくもまぁ、シャーシャーと口から出まかせ・・。出るようになったね、最近の私、と感心してたら。
「そうなのか・・」とお父さんの顔から表情が消えていて。これってナニを心配してる顔なの?
「もぉ、お父さん、そんな心配な顔しないで、美樹が出て行ったら私と二人で悠々自適でしょ」
って、お母さんも、それってどういう意味?
「まぁ、それもそうだけどさ・・お父さんだって美樹のコト・・だから・・」
それもそうって・・それより、私のコト? ナニ?
「いや・・その・・春樹君と結婚するとか、そんなことはまだだよな」
ぶぶっと、スイカの種が飛んで、結婚だなんて・・。いきなり何言い出すのよ。ケッコンなんて。
「まだしないわよ。ご馳走様」
と言い残して。もうこんな臭そうなお父さんとか、うるさすぎるお母さんとかから避難避難。しようと思ったけど。閃いたのは。手にしたままの携帯電話。スイカをもう一切れ口にくわえて。
「お母さん、写真撮って」と電話を渡して。
「ナニ? ナニを撮るの?」
「春樹さんに送るの。スイカ食べてますって」
「はいはい」
「少し離れた方がイイ? ここから上が写る?」と少しはだけた胸から上と指図したら。
「はいはい、美樹もおっぱいおおきくなったね」
と嬉しいことを言うお母さんにニコッと笑った瞬間、カシャンと音がして。
「撮れた?」
と確かめた一枚は、なかなかの出来栄えで。おぉ~、スイカにかじりついてる私の顔はまぁまぁカワイイ。乾いていない髪と、薄地のパジャマのはだけた襟から見えるのは。私にも谷間っぽいものがあるかも・・と春樹さんがこの前想像してたDカップ。見せすぎかな・・いいよねこれくらい。乳首はパジャマに透けてる程度だし。でも、ちょっと輪郭が見えてるかな。拡大すると・・いや、見えるか見えないか。つまり、はい今日はここまで。って写真じゃんこれ。それに、ちゃんと膨らんでる感じが表現できていて。あゆみには負けてるけど。まぁまぁ・・その・・色っぽいかもこれ。ふふふ。色っぽいねワタシ・・うん。いつの間に、と自己満足していると。後ろから。
「ちょっと、イイのこんなの?」
とお母さんは渋い顔で言うけど。ニヤッとするだけの返事をして。
「どんな写真送るんだ」
と電話を覗き込むお父さんには、むすっとして見せてあげずに、直ちに二階に帰還して。
「春樹さんOKですよ」
とメールしたけど。今度はしばらく待っても返事が来なくて。もう少し待ったけど、返事がまだ来なくて。もしかして。
「じらせ、過ぎちゃったかな?」
でも、まぁいいか、バーターする写真も撮れたし。もう少し待って、要求したいことを考えて。春樹さんがいいよって言ってくれたら。この写真をご褒美に送ってあげよう。ご褒美・・恥ずかしいかな、こんな写真・・。でも、見えてるわけじゃないし。私って結構アイドル顔だよね、自分で言うのもなんだけど。うっふっふっふ。どうしてこんなにウキウキしちゃうんだろう。まさに、広い心と深い愛の威力を実感している? でも、この写真とバーターしたいコトって、例えば、どこかに連れ行ってほしい? 行ったことない所に。 例えば、遊園地? は、春樹さんが行ったことない所だから、私が連れて行ってあげるとして。私が連れて行ってあげる。・・・そうか、私から春樹さんに何かしてあげる、という発想って今までなかったかも、今思いついた。ナニをしてあげる? キス? いやそれは・・いきなりすぎるでしょ。
「触らせてあげる?」
 どこを? 何考えてるのだろ。どうしてこんなにウキウキしてるの私。電話があるから? 春樹さんとお話しできるから? まぁ・・そうだけど、と電話を手にすると、なかなかかかってこなくて。寝ちゃった? 忙しい? 私がじらせたから? もしかして怒ってる? と不安な気持ちも押し寄せてくるような。電話してみようかな? でも、出なかったら怖いし。だから、メールしてみようかな。
「寝ちゃいましたか?」と。すると。ぷるるるぷるるると電話が震え始めて。今度は2回も待たずにすぐに出た。私から。
「もしもし・・」と言って。
「はいはい、起きてますよ、お母さんにナニか絞られていたの? 勉強しなさい、とか。早く寝なさいとか。なにそのだらしない格好は、とか」
「ち・・違いますけど・・」その子ども扱いな言葉、毎日言われていそうなことを春樹さんまでもが言う・・と一瞬イラ・・っと。でも、広い心と深い愛が。
「あの・・スイカ食べてました」と返事した。
「スイカ」
「はい」でも、さっき撮った写真の事は黙っておこう。
「まぁ、その話はまた聞くとして。えぇーっとね」
「えぇーっと・・何ですか」なにか期待できそうな弾み方の「えぇーっとね」に聞こえるから。
「えぇーっと・・ね」
としつこいから、黙り込んでみると。
「美樹ちゃん? 聞いてる?」
「・・・聞いてますよ」早く言ってください。
「だからね、つまり、スケジュールをシンクロさせることなんだけど」キター。
「はい・・」どこに連れて行ってくれますか? なにを食べに行きますか? 水曜日でしたよね。と期待と空想がムクムクと膨らんで。学校休んじゃおうかなと思いながら、耳を澄ませていると。
「美樹ちゃんがシフト入っていない水曜日に、アスパのマック・・・・」
と聞こえて、私は即座に・・反射的に。
「アスパのマックはイヤです」
と言い返してしまった。すると。電話の向こうでくっくっクックっと笑っている春樹さん。
「えぇー、どうして嫌なの?」と言うから。
「学校の知り合いが大勢いる所はもうこりごりです。みんなに噂されて、恥ずかしいし」
「噂されたって? なんて言われたの?」
「昼も言ったでしょ・・」
ってダメダメ広い心と深い愛。こんなことでイライラしちゃダメダメ。
「まぁ・・言われたけど、うん、そうか・・じゃぁ、アスパのマック・・」
「だから、アスパのマックはイヤですって」何回言わせる気なの、ダメダメ広い心と深い愛。広い心と深い愛。と念仏を唱えながら深呼吸したら。
「話を最後まで聞きなさい。まったくもぉ、アスパのマックがそんなにトラウマになった? 俺は制服の女の子がうじゃうじゃいるからまた行きたいけど」
と言ってる春樹さん。はっと気づくのは、奈菜江さんが言ってたもう一つのキーワード、ただズレてるだけ。ズレてるだけ、ズレてるだけ。とナニがズレてるのか考えようとしたら。
「美樹ちゃんの年頃の女の子って、ねぇ」
「・・・・・」他の女の子が、他の女の子に、他の女の子も・・と奈菜江さんの声が聞こえる。だから、「ねぇ」なんて言われたからってイライラしちゃダメよ。イライラは封印。奈菜江さんの言ったことをリピートすれば、これは、私への気遣いか・・ただズレてるだけ・・。イライラしないイライラしない。電話を押さえて、すーはーと深呼吸をすれば。ほら治まったでしょ。
「・・でも、目移りしちゃいそうになったけど、美樹ちゃんの顔ばかり見てたから。遥ちゃんとか美晴ちゃんとか、どんな顔だったか、あまり覚えていないよ。あゆみちゃんは最近なんとなくわかるようになったけど」
それって、何の話ですか? と、イライラを萎み切らせながら思ったら
「だから、アスパのマックじゃなくて、アスパのマックスポーツという室内スポーツクラブに行ってみようかって。美樹ちゃん、運動とかあまりしていないでしょ。頭をよくするためには脳に体を動かす訓練をさせてあげないといけない。脳はね、モノを覚える能力もあるけど、本当は身体を動かすために能力の90%近くを使うんだ。だから、スポーツとか運動をして体を動かすことで眠っている部分を目覚めさせて、頭に詰め込み過ぎてオーバーフローする前にキャパシティを広げてさ、今度の中間テストに備えよう。運動するって言うのも、物理法則を勉強しながらすれば、ただ体を動かすだけで終わらずに、理屈とか理論とか数式や文章を体が覚えて、これってそういう事なんだって・・・・」
って、ナニ春樹さん熱くなって、こんなにベラベラべらべら喋る人だった? 黙って聞いていると、もうすでに私の能力のキャパシティーをオーバーフローしてしまっていて。
「ちょっと待ってください・・ちょっと待って・・」
何言ってるのか全然わからないし。アスパのマックスポーツ? で運動しよう、って言ったの?
「はい、待ちます・・」と聞こえた春樹さんの声に。
「あの・・水曜日に、アスパの・・マックスポーツ・・で運動をしますか?」
「はい、詳しいことは明日お店で話そうか」
「はい」明日話しましょう・・。電話だとよくわからないことかも。
「それと、一つ美樹ちゃんにお願い事があります」 お願い?
「なんですか」
「その・・」 大事なこと?
「いいですよ、何でも言ってください」
「その・・お母さんにね・・」 えっ・・?
「お母さんに?・・」 なに急に?
「オートバイを停めさせて欲しいって・・美樹ちゃんちからアスパまで歩いてすぐだから、オートバイそこに停めて、アスパまで歩いて行けば、帰り道は、美樹ちゃんと歩けるでしょ。毎回オートバイ押すのも重いし・・10分でも、手ぶらで歩いてみたいかなって・・」
それくらいだったら・・というより、手ぶらで私と歩きたい? 帰り道は、美樹ちゃんと歩けるでしょ。おぉ~。なに、この嬉しい気持ち。春樹さん、私と歩きたいの? だったら、最初からそう言えばいいのに・・さっきから説明長すぎでしょ。でも、これって、広い心と深い愛の威力。そうか、こうやってイライラしたときは少し我慢すれば、こうなるのか。何か発見したかも、私。
「はい、わかりました、お母さんに言っときます、オートバイは私んちに停めて、歩いてアスパ・・私は学校帰りに自転車で行きますから」
「うん、それと、運動できる服とか靴とか、着替えるところもあるし、なんならシャワールームもあるから」
「シャワールーム? 運動できる服とか靴ですか?」
「うん、スカッシュに挑戦してみようか。物理のお勉強も兼ねて」
「スカッシュ・・物理の勉強・・はい・・」って何する気だろう。
「それじゃ、詳しいことはまた明日、お店でね・・」
「はい・・」
「あと、そうだ・・」
「なんですか?」
「美樹ちゃんって、ずぅーっとアルバイトで土日休んでないでしょ」
「はい・・まぁ・・」
「大丈夫かなって、友達付き合いとか、ほら、あゆみちゃんとか弥生ちゃんとか、友達と買い物行ったり遊びに行ったりしないの?」
「まぁ、学校でいつも顔合わせてますし、弥生もお店手伝うの忙しそうだし、あゆみは友達と楽しくしてそうだし」
「ならいいけど、アルバイトばかりしてると友達減らないか心配」
と言われて、ピンっとひらめいたことは、これ。
「友達いなくなっても、春樹さんがいてくれれば私は大丈夫ですよ」
だなんて、言ってしまってから照れ笑いしてしまいそうだけど。いや、聞こえないように電話を押さえて照れ笑いしてるけど。
「・・・あ・・そう」
ってなによ、その脱力的返事。と唇を尖らせたら。
「あの・・美樹・・」
と、ちゃんが付いていない私の名前を聞いて、ドキッとしたら、舌が条件反射的に尖ってた唇を湿らせ始めて。
「なに・・」と意識している声色の返事をしたのに。
「友達も大事にした方がイイよ」って全然私が期待した言葉じゃないから。また、私、ナニを期待したのだろうと自分自身に聞いている。すると。
「俺がいてくれれば大丈夫って言うのも嬉しいけどね」
これは、少し期待してたセリフかも。と顔をほころばせたら。
「それじゃ、おやすみ。お母さんに代わって、早く寝なさいよ。って言ってあげるよ」
また、そんなつまらないことを言う、と思って、顔をこわばらせてみる。すると。
「美樹のコト本当に好きだよ、お姫様、おやすみなさい」
とつぶやいて一方的に電話を切った春樹さん。つーつーつーっと聞こえる電話に。
どうして、ムカッとした気持ちの時に溶けちゃいそうなセリフを言って、溶けちゃいそうな気持の時にムカッとするセリフを言うのよ。もぉぉ本当にズレてる。それに。
「おやすみなさい」って返事くらいさせてよね、とムカムカした気分で思うのはきっと、電話が切れているからかな。
「美樹のコト本当に好きだよ、お姫様、おやすもなさい」
って言ったよね、今。と間違いなくそう聞こえた春樹さんの声をリピートしたら。今頃になってどくんどくんどくんってし始めてる。から、「おやすみなさい」って言うために電話を掛け直す勇気は湧かないし。
「おやすみなさい、王子様」とメールを書き込む指先は震えている。
「王子様・・」と読み直すと、なぜかくくくくって笑いたくなって。その勢いで送信ボタンを押すと。すぐに。
「早く眠りなさい、また明日」
とだけ返ってきて。やっぱり、ズレてる。でも、なんとなく、このズレが可笑しく思えるのは、やっぱり、広い心と深い愛のせいかな。じゃないかも、と気付いたこと。これって、もしかしたら、このテンションが、上がったり下がったり、怒ったり笑ったり、イラっとしたりへへへって気持ちになったり。これって、もしかしてもしかすると。これが恋? と思うと。、うふふふふって、笑いながら気付き始めた夜更けになったようだ。

そして、日曜日のアルバイト。着替えて表に出ると、また。
「どう、美樹、あれから何か進展した?」
とニヤニヤするのはやっぱり奈菜江さんで。
「少しね」と嫌味っぽく答えたら。
「えぇ~、ナニがあったのナニがあったの、春樹さんとチュッチュしたとか?」
だなんて、またエンドレスな日曜日のアルバイトが始まったようだ。チュッチュはしてないけれど。思い出し笑いしてしまう、昨日の電話の余韻。を見てる奈菜江さんか。
「みーき、今日も終わったらアイス行こうね」といやらしく笑いながら言うから。
「はい」と返事しないと後が怖そう。でも。
はい、だなんて、私も、この余韻を喋りたくてうずうずし始めたのかもしれない。自分でも分かる、つまり、恋してるコト、誰かにお喋りしたくて、本当にうれしくて、こんな風に、年上のお姉さま達に、ちやほやされるのもまぁまぁ気持ちイイって感じ。

そして、いつもと同じ時間にやってくる春樹さんが。
「みーき、おはよ、今日は一段とカワイイな」
って変なこと言わないでよ。ってことを言うから。
「いつも通りです」
としかめっ面で返事して。
いつもの三人衆がくすくす笑うのを恥ずかしく思ってから、テンヤワンヤのランチタイム。お店の中いっぱいのお客さんのごった返しようを冷静な気持ちで観察して、オーダーもおもてなしも何もかもを余裕でさばけるようになっている私。お客さんに。
「ご注文は以上てよろしいですか? それでは、ごゆっくり、御用がございましたらいつでもお呼びください」といってから頭を下げて。ニコッと愛想笑いを振り撒いて、ふと、春樹さんと目が合った瞬間。
「ちょっとお嬢さん、こんなの頼んでないわよ」
と聞こえた気がして、振り向いたけど、誰もそんなことを言っていなさそう。一瞬、キョロキョロと周りを見渡したけど、みんな楽しそうに食事していて、私を呼ぶ人は誰もいなくて。幻聴かな? 今の。と振り返ると、春樹さんが心配そうな顔をしていた。
「なんでもないですよ」
とつぶやいて、ニコッとすると、春樹さんもニコッと微笑んでくれて。よし、次のオーダーそろそろかな。とカウンターに向かって。次の5番テーブルの準備はOK。
「美樹ちゃん、そろそろ、5番のオーダー揃うからね」
「はぁーい、準備できてます、いつでも」
そう言えば、「ちょっとお嬢さん、こんなの頼んでないわよ」と言われたあの日から何日過ぎたのかな? 半年も経ってない? 10年くらい過ぎたような気もするけど。あの日の事がウソみたいな気持ちになってくるね、あの一言でパニックになって、店長にひどいこと言われて、泣いてた私が別人のように、今の私は、こんなにテキパキとオーダーを捌けるようになっている。

そして、お客さんの波が引き始めると、意識し始めるのは、もうすぐ「二人の時間」って誰がそう言い出したのか。私と春樹さんが休憩するコトみんなが仕組んでくれるのもいつからかなと思う。お客さんが数えるほどに減って、オーダーは全部捌けていて。
「やれやれ、今日もピーク過ぎたね」と由佳さんかつぶやくと。次は。
「それじゃ、美樹・・・・」二人の時間行っといで・・なのに。由佳さんの視線は私を通り越した先のお店の入口・・。ぐわっと目を見開いて、由佳さんは。
「よろしくね」と小さくつぶやいて。さっと瞬間移動したかのように裏手に逃げて、
「えっ?」と思ったら。奈菜江さんも優子さんも・・。
「あの人、担当、美樹でしょ」
とつぶやいて、本当に瞬間移動したかのように消えてしまった。そして、お店の入口に振り返ると。私・・さっき・・予知夢を見た? と言う気がしたけど。今日は、ゴジラゴジラゴジラとメカゴジラ、ゴジラゴジラゴジラとメカゴジラ。あのBGM、若干ボリュームが低い。お店の扉が開いて。
「美樹ちゃんこんにちは、また来ちゃった。今日のおすすめ何かしら」
えっと・・赤ぶち眼鏡のおかっぱ頭。確か、「藤江のおばさん」 条件反射的に。
「いらっしゃいませ、ようこそ・・」何名様ですか? と聞くと、見ればわかるでしょと返ってくるから。
「おひとり様ですね」と言ったら。これも予想通りに。
「一人じゃ悪いかしら」と返ってきたけど。うふふふって笑っているから、今日は機嫌良さそうかな・・。
「いえ・・それでは・・お望みの席へどうぞ・・」
「あーら、学習したみたいね。私この席が好きなのよ」
と、いつものカウンターから真正面の席に座って。
「この時間ってホントにお得な時間よね、お店借りきれちゃう感じ」
「はい、丁度今、お客様のご注文が途切れたところです」
「どうして、この時間になるとお客さんが途切れるか分析してる?」
「えっ‥?」
「って、だいぶ前に店長さんに宿題出したのにね。今日もいないの店長さん、私が来ると、美樹ちゃんだけになって、美樹ちゃんが店長さんに見えるわね。ふふふふ」
本当に、今日は本当に機嫌がよさそうな笑顔の藤江のおばさん。
「で、美樹ちゃん、今日のおすすめ料理は何かしら」
と聞かれて、ハッと思い出した、こないだの春樹さんの提案。
「今度来たらチーフに教えてあげようか」って、だから。
「あの・・少々お待ちください」と言うと、アカフチ眼鏡の奥からスゴイ眼光で。
「私を待たせる気」と言われたけど、私、今日は足が震えない。
「はい、お待ちください」と、はっきり言い返すと、一瞬引いた藤江のおばさん、ニコッとして。
「魔法使いの春樹君と相談するのかな?」とくすくす笑う。だから。
「魔法使いの師匠と相談してきます」そう言うと、ふふんっと笑うおばさんは。
「師匠・・・ふふふふふ・・・美樹ちゃん、あなたって私のナニかを知ったのね?」
と嬉しそうな顔で言うから。
「はい・・」と返事してみた。
「わかりました、それじゃ待つことにするわ。期待させてよね」
「はい・・そういうことです」
やっぱり、この人はチーフの師匠の奥様だ、と確信した。それに、何だか、今日はホントに機嫌良さそうだし、普通に会話できるおばさんなのね、という気もする。それに、間違いなく、あの時の「ちょっとお嬢さん、こんなの頼んてないわよ」と私をパニックにさせた一言を発したのもあのおばさんで、あの一言があったから、今の私がある? と今気付いてる私。カウンターに戻りながら、ずっと私を見守っているかのような春樹さんに目で合図すると、うんうん、とうなずいて、春樹さんはチーフに合図した。そして。
「チーフ」
とカウンターに戻ってすぐ、春樹さんに呼ばれて振り向いたチーフに合図すると。チーフはチラッと顔を上げて正面に向き合うおばさんと顔を見合わせたけど。
「なんだよ、赤眼鏡のばぱーまた来てるのか」
とつぶやくから。
「チーフ、あのおばさん、知り合いじゃないですか?」と言ってあげた。でも。
「あんないけすかねぇばぱーに知り合いなんていないよ」
とぼやいているチーフを尻目にして、おばさんに顔を向けると。おばさんは、赤眼鏡をはずして、前髪をかきあげて左右の耳に乗せ、鞄から出した眼鏡とかけ替えた。これほど一瞬であんなに人相が変わるなんて、と思いながら、ブログの写真のような知的な銀縁眼鏡と気高そうな左右に分けた髪でニコッと私に笑顔を見せてくれた藤江のおばさんは、鼻べちゃもソバカスも気にしないキャンディキャンディのテーマソングが似合うチャーミングなおばさんに見えて。背中から。
「ぎゆぉぅえ・・」とチーフが発したと思うヘンな音・・声? と。
「お・・奥様・・」 お・・おくさま?
「み・・美樹、コーヒー二つ、すぐに出せ」
と言ったかと思うと、ものすごい慌てようで藤江のおばさんの座る席に駆け寄った。そして、私がコーヒーを二つ用意して席に運ぶと。
「美樹ちゃん、今日のお勧めって、コレぇ?」
と銀縁眼鏡の奥から笑ってる目で。チーフに汚いものを指さすような仕草。だから。
「はい・・お知り合いではないかと、春樹さんが」とつぶやくと。
「全く、お弟子さんの方があなたの何倍も気が利くようね、誠二君」と笑っていて。
「それと、美樹ちゃん、さっき、この人、私のコト、赤眼鏡のばぱーって言ったでしょ」
えっ? チーフと視線が合うと、チーフが念力で何かを訴えているような表情だけど。ナニを訴えてるかなんて、なにも判るわけなくて。それより。
「美樹ちゃん、ここで、正直にはいって言うか、嘘つくかで、あなたの人生大きく変わるかもよ」
なんてものすごい眼力で言われたら・・足元がぶるっと震えて。だから。
「はい、言いました」と返事したら。おばさんはにこーっと笑って。
「私、そういう、オトコに忖度しない素直な女の子が好きなの。それと、あんないけすかねぇばぱーに知り合いはいねぇよ、とも言ったでしょ」
「はい」
「・・み・・美樹」とチーフは、なにも届かないと解りきっているのに、まだ何かの希望を訴えている顔をしているけど。
「私ね、口元見てるだけで何喋ってるかわかるの。それに、オトコにいけすかねぇばぱーって言われると、誇らしく思えるわ、私の人生間違っていなかったってね」
と言いながらチーフを睨んでるおばさんは心なしか笑っていて。小さくなっているチーフが滑稽と言うか。くすくす笑ってしまったら。
「・・美樹。あっちいけ」なんて言うチーフ。でもおばさんは。
「ここにいなさい。で、今日のおすすめ料理は何かしら」
と言うから。この場所を離れられないし。でも・・。
「今日のおすすめは・・・」と言われても、ナニがいいのか? と、立ちすくんだら。
「美樹、春樹に、白身魚のグリル、レモンバターソース二つ作ってくれと頼んでくれ、材料あるから、あいつならシレっと作るだろう」とまじめな顔で言うチーフ。そして。
「白身魚のレモンバター・・あー、アレ」と、嬉しそうな顔でうなずいたおばさん。
「覚えていらっしゃいますか?」
「よく覚えてるわよ、あのお姫様も、あの人があなたを褒めたアノ時の事も、あなたの嬉しそうな顔も。なにより、あのお姫様の本当に美味しいって笑顔も」
「料理のお味は?」
「もちろん覚えてるわよ・・私を誰だと思ってるの? でも、アレを食べたの15年前くらいになるかしら、思い出したらよだれ出てきたかも」
「15年か、師匠が生涯ただ一度だけ私を褒めてくれた料理でした」
「白身魚のレモンバターソース。アレは料理を褒めたというより、お姫様を笑わせたことを褒めたんだと思ったけど」
「私にとっては、どちらも同じことです」
「そうね・・あのお姫様・・」
とつぶやいて私をじっと見るおばさん。くすっと笑って。あのお姫様? の次は何ですか? と思ったけど。おばさんは。
「じゃ、それをいただきましょうか」と言った。そしてチーフが。
「グリルだぞって、ソテーじゃなくて、グリル、レモンバターソースだ。あいつなら、そう言えばばわかるよ」と私に言う。そしてリピートする私は。
「はい・・二つですか」って、でもそれは、お店のメニューにはないお料理? と不思議に思うけど。
「二つだ、俺の分と、奥様の分」
「はい・・かしこまりました。白身魚のグリル、レモンバターソースを、お二つ」
「はい、お弟子さんの腕前を、とくと拝見しましょう」
っておばさんもその料理を知っていそうで。
「ご存じなのですか春樹のコト」
と聞いたチーフに。
「こないだ、サーロインステーキのワサビ醤油味を食べさせてもらったの、久しぶりに魔法使いみたいなコックさんに出逢えて、誠二君の事を師匠と呼んだから、また来ただけよ、誠二君って、私に気付くの遅すぎ。でも、こんなおばぁちゃんになっちゃったから・・赤眼鏡のいけすかねぇばばぁって呼ばれても仕方ないね」
と言い放ったら、チーフが私をチラチラ見ながら青白くなるから。
「それでは、春樹さんに・・」と席を離れたくなったけど。
「うん、美樹ちゃんともゆっくりお食事したいわね、今度春樹くんも一緒にお食事会しましょう」とおばさんに言われて、席を離れられないような。
「はい・・」と返事したら。おばさんもニコッと笑ってくれて。だからそのタイミングで。
「では、少々お待ちください」
と返事して席を離れて、最近の癖、二人の会話をリピートしてる私。チーフはおばさんの事を奥様と呼んで、おばさんはチーフの事を誠二君と呼んで。15年前の料理が「白身魚のグリル レモンバターソース」お姫様を笑わせたことを褒めた。どちらも同じこと。どういう会話なんだろう、今の。そう思いながら、カウンターで。
「あの、春樹さん。あの二人って・・」とつぶやくと。
「やっぱり、知り合いでしょ」と返事してくれた。そしてチーフに言われたとおりに。
「はい・・で、白身魚のグリル、レモンバターソースを2つ作ってくれってチーフが」
と言うと。
「チーフが・・」
と顔を上げた春樹さんが客席の二人を見て。チーフと微笑みあって、うんうんとうなずく。
「できますか?」と聞くと。春樹さんはニコニコと嬉しそうに。
「できるよ、チーフ御自慢の秘伝のレモンバターソース。美樹ちゃんの分も作ろうか」
と言ってくれたけど。土日のお昼ご飯はチキンピラフと決めているから。
「いえ・・私は・・いつものでいいです」と返事して。
「まぁ・・また機会があればね、それじゃ、ナイフとフォークと、藤江のおばさんには、お箸を用意してあげて、すぐ作るから」
「はい」
そう言われて、ナイフとフォークとお箸を持っていくと、チーフとおばさんは楽しそうにお話してて。カウンターの陰から由佳さんが。
「あの二人って知り合いなの?」
と聞いてくる。でも私は。
「さぁ・・そうみたいですけど」
としか答えられないし。由佳さんは。
「先に休憩行ってもいいかな、今お客さんあの人だけだし」
と言うから。
「はいどうぞ、奈菜江さんも優子さんも、今は私だけでも大丈夫ですから」
と奈菜江さんも優子さんも先に休憩してもらうことにして。
「そぉ、美樹ごめんね、忙しくなったらいつでも言ってよ」
「はい」
とお店の中は、お料理ができるのを待ってる私とフライパンをガチャガチャさせてる春樹さん、かしこまった笑みを浮かべて話すチーフと手をバタバタさせながら笑っている藤江のおばさんだけになった。
「なんだか楽しそうですねあの二人」
とお料理作ってる春樹さんにつぶやいたけど。春樹さんはものすごく真剣な眼差しでお料理を作っていて。
「これってさ、チーフが特別な時にしか作らない秘伝の料理だそうでね、だから、お店のメニューにも載せたくないって。藤江のおばさんって特別な人なんだね、やっぱり」
フライパンをガチャガチャさせながらそんなことをつぶやいた、そのことに思った疑問。
「でも、そんな特別なお料理を春樹さんはどうして作れるのですか?」
ストレートにそう聞くと。
「この味を伝承してほしいからって、修行中にレシピを教えてくれたんだよ」
そうですか。
「でんしょう・・しゅぎょう・・ですか」
って、どんな字だったかなと思ったら。バターの焦げるいい匂いと、その後すぐに、唾がにじみ出てくる、レモンの酸っぱい匂い、が混ざり合って。鼻が膨らんで、クンクンしながら。
「おいしそうな匂いですね」
と言うと。
「へぇぇ、鼻の穴が大きな美樹ちゃんの顔も可愛いね」
と私の鼻の穴をの覗き込む春樹さんが笑っている。けど、この美味しそうな匂いが、恥ずかしい気持ちも、プンプンする気持ちも、かき消しているようで。もっと鼻の穴を大きくして嗅ぎたい匂いかもしれない。
「はい、もうすぐできるよ。持っていけるかな。みーき、もぉ、鼻の穴大きすぎ」
と、春樹さんは笑っているけど。本当に、美味しそうないい匂いがたまらなくて。
「は・・はい」
と慌てて返事しながら、いつものお皿に盛り付けられたのは、きつね色にこんがりと焼かれた二組の魚に少し焦げたバター色のソースがとろり。緑色を添えたら、湯気と一緒に立ち昇る美味しそうないい匂いが・・ホントに見える気がした。
「ハイどうぞ、白身魚のグリル、レモンバターソースが二つ」
「はい、ありがとうございます」
「チーフに感想聞いてくれるかな? 腕、落ちてませんかって」
「はい・・」
そう言われて、いつも通りにお皿を持って。チーフとおばさんが座る席。
「お待たせいたしました、白身魚のグリル、レモンバターソースです」
と言いながら、お料理を正面に滑らせると。おばさんも鼻の穴を大きく広げて。
「おっほっほっほっほっ」と笑ってから。
「懐かしい匂いねこれ」と言った。そして。
「美樹、お前もかじってみろ」とチーフがナイフとフォークを私に勧めて。
「美樹ちゃん、私の隣にどうぞ」おばさんが席を詰めて。だから。
「し・・失礼します」と言いながらそこに座って。チーフに勧められたお皿の「白身魚のグリル、レモンバターソース」フォークでさして、ナイフで切って・・。
「遠慮しないで、あなたの彼氏の手料理でしょ」と言うから。慌ててうなずいて。一切れを口に入れたら。うわっ・・と叫び声のような気持がして。顔が思いっきり笑ってしまう。
「ほーら、あの時のお姫様と同じ反応、子供って正直ね」とおばさんはチーフに言って。
「ありがとよ・・その顔されると、俺も嬉しすぎるぜ」とチーフは私に言った。
「じぁ、私も一口」とおばさんもお箸で切り分けた魚にソースを絡ませて口ら入れると。
「おほーっほっほっほっ」と笑い始めて。
「美味しいって、こういう感情なんだって思い出させてくれるわ。あの人の味をこんなところで思い出せるなんて。あー懐かしい味、本当に美味しい」
そう言いながら、本当にうれしそうに笑って食べているおばさん。を、見ながらニコニコしてるチーフに。
「あのチーフ・・春樹さんが腕落ちてませんかって、聞いてほしいって言ってましたけど」
そう言ったら。
「あそこからお前の顔見てるから、十分満足してると思うぞ」
と振り向いたら、春樹さんがニコニコしていて。うんうん、といつものようにうなずいて、何か仕事に戻った感じ。
「春樹くんも呼びたいけど・・」
「ディナーの仕込みを任せていますから」
「お仕事の邪魔しちゃ悪いわね。どぉ、美樹ちゃん、15年ほど前に、私の夫、藤江隆志が宮中晩さん会の夕食を任された時に、弟子の赤川誠二君という生意気な子が、これを作ったのよ」おばさんがそう説明し始めたことを黙ってもぐもぐしながら聞いていると。
「スウェーデンでしたか? あの時のお姫様って」スウェーデン? 
「スウェーデンのレステル王女様、うつむいて、つまらなそうな顔してた女の子がいて、今の美樹ちゃんと同じくらいか、もう少し子供だったかしら」レステル王女様? 何の話ですか?
「たしか、14歳だったはずですけど・・あの時」
「じゃぁ、あのお姫様ってもう29歳になってるんだ」
「計算ではそうですね、ご結婚とかされたのか。また日本に来て食事を作るようなことがあったらこれを出してみたいなって思って、めったに作らないけど、たまに腕が落ちてないか、こう言う機会に作っています」
「春樹君にレシピを教えたんだ」
「伝承してほしくて・・教えたら、私が3か月もかけてマスターしたワインで匂いをつけて、バターを焦がす絶妙の火加減を3回ほど作っただけでマスターしやがった。あいつの才能がうらやましくて」
そうぼやくチーフをくすくす笑うおばさんは。まだもぐもぐしてる私に振り向いて。
「でね。その不機嫌そうなお姫様に、いかがなさいましたか? って聞いたら、毎日お肉を食べさせられて気持ち悪い。って言うのよ。それを隆志に言ったら、おい誠二、あのお姫様に何か一つ作ってやれ、肉がダメだってよ。俺、こっち手が離せねぇ。だったかしら?」
「はい・・あの時は雑用係のはずだったのに、お姫様に一品差し上げろって、あの一言に無茶苦茶緊張して、震えながら修行中だった魚料理を作ってみたんですよ」
と、その時のフライパンを振っている仕草のチーフに。
「でも、香りも盛り付けも色合いもこれと全く同じ。白身魚のグリル、レモンバターソース。お口に合わなければ別のモノをご用意しますから、一口だけでも御賞味ください。ってお姫様に出したらね。鼻の穴、こーんなに大きく膨らませて、犬みたいにクンクンクンクン。一口食べた時、今さっきの美樹ちゃんと同じ反応だった。くっくっくくっくって笑って。それを見てた隆志がね、おい誠二やるじゃないか見直したぜ」
「嬉しかったですよ、初めて認められて・・アノ時が最初で最後でしたけど。おーっと美樹、俺の分、一切れ残しといてくれよ。めったに作らないんだから」
って、無意識のうちに全部食べてしまいそうになってた私。
「いいじゃない、あとで自分で作れば、ねぇ。でも、美樹ちゃんって運がイイ女の子かもしれないのよ。こんな、宮中晩さん会でしか食べられないようなお料理を作れるカレシを持って」
「それそれ、さっきも奥様と話してたんだけど」
「何をですか?」
って、急に話が変わった? スウェーデンのお姫様の話は終わりですか? と心に開いた空白に。
「美樹ちゃん、春樹くんと結婚しなさい」
と、突然、ものすごいナニかがなだれ込んできた。
「・・・え?」けっ・・ケッコンって言った? えっ・・ナニソレ。と停止しているとチーフも。
「それで、この店とは言わなくても、この味を継いでほしい、あいつ以外の弟子が育たなくてよ、この味が、このまま消えてなくなるのかと思うとさ」
さっきのお姫様の話は終わりですか? と思っているのに。
「美樹ちゃん、あなたいくつ、18くらいかしら」と聞くおばさんに。
「17歳です」と答えたけど。
「もう十分子供も作れるでしょ、若いうちに作った方がいいわよ、私みたいに年取ってからの子育てって、体力も衰えて、両親の面倒も見なきゃならない時に赤ちゃんの面倒みるなんて、もぉ大変だったんだから。今なら両親も赤ちゃんの面倒見てくれるでしょ。ね」
なんてことをしれっと言われても、理解するのに・・いや・・理解できない。この話。
「ねっ・・ていわれても」と、心がまだ空白状態なのに。
「美樹ちゃん、魔法使いの春樹君のコト好きなんでしょ、見てて解るし、あなたたちってすっごくお似合い」と続けるおばさん。
「お似合い・・」 お似合い? と言われると嬉しいですけど。
「あなたたちって、ぱっと見た感じに違和感がないのよ、自然で調和しててバランスがイイってこと。こないだ私を見送ってくれた時、あーこの二人って調和してる、自然の造形物のようにバランス取れてて、つまり、それか、お似合いのカップルって意味」
と言われても、どうしたらいいの?
「な、そうしろ」ってチーフも気安くそんな・・。
「でも・・私まだ高校生ですし・・」これが、精いっぱいの言い逃れなのに。
「別にいいじゃない、学生さんしながら結婚してナニが悪いの? ナニか文句言う人いたら私が実力で排除してあげるし、お店持つならスポンサーになってもあげるわよ」
って、私、ダンプカーに論破された? ダンプカー? ジツリョク?
「な、だから、春樹と結婚しちまえ・・」ってチーフもまだ言ってるし。それに。
「ね、美樹ちゃんは、どんな将来を夢見てるの? こんなお料理作れる人なのよ、あなたの魔法使いの春樹君は、小さくてもいいからお店を構えて、こんなに美味しいお料理でたくさんの人たちを幸せにしてあげられたら、どぉ? そんな夢」と、おばさんの説明が、なんとなく映像になり始める。そう、そんな夢・・こないだからおぼろげに見ているかもしれない。私が店長で、春樹さんがお料理を作って、あゆみや弥生やお店のみんなか食べに来てくれる小さなお店。どうしてこんなに鮮明な映像で見えるの? 今。
「前も言ったろ、春樹が宇宙の果てみたいなところに行っちまう前に、引き留めてほしいって。俺にはムリだけど、美樹ちゃんならできるんじゃないかってな」
と言うチーフに、完全に凍り付いいている私に、おばさんはニコニコと。
「まぁ・・今日はそういう意識を芽生えさせられたらいいかな? 今からでも早くなんてないから、結婚相手、よく考えて、バツグンでしょ春樹くんって」と言うから。
「はい・・」と返事したけど・・。うふふと笑ってるおばさんは、また話題を変えて。
「あー美味しかった、こんなところでこんなものを食べれるなんてね、誠二君、本当にいいの? あなたの腕なら隆志の後を引き継げると思うけど」
「私の実力は師匠の三分の一もないですよ。こんな店でも、好き勝手にうまい料理を作れますから、それなりに気に入っていますし、店長の正人ともうまくやれてますし」
「ふううん。それに、いいお弟子さんも持てたし」
「将来不安ですけどね、僕は、面倒くさいしがらみがない所でのびのびしていたいです」
「わかりました。私が生きてる間に、あのお姫様が来るようなことがあったらここに連れてくるわよ」
「お忍びでなら」
「うん・・それと、美樹ちゃん、男の子と付き合う時は、どんなことも結婚を前提にして判断しなさいよ、友達に見せびらかしたいとか、自慢したいとか、口車に乗せられたとか、ちやほやされたいとか、そんな理由で男の子と付き合ったりしてはいけません。結婚を前提にどんな時も真剣勝負でいなさい。あなたが決断すれば私が全部面倒見てあげるから安心して相談しに来て。名刺あげるから」
「はい・・」
と、どうもらっていいかわからない名刺をもらって、返事したところで、がやがやとお客さんが入ってきて。
「あの・・それでは・・お客様が」
「って、他のスタッフはどこ行ったの?」
「休憩してます」
「はいはい・・じゃぁ、また今度ね」
「それじゃ、今日は私がお見送りしましょう」
そう言って、席を立つ藤江のおばさんをエスコートするチーフと交代で。
「いらっしゃいませ、ようこそ。何名様ですか?」
「えーと、8人ですね」
「はい、それでは、こちらの席へどうぞ」
と案内している間に、藤江のおばさんは店を出でて、ものすごい笑顔で外から私に手を振ってくれた。チーフはキッチンに戻って。春樹さんとお話を始めて。由佳さんと奈菜江さんと優子さんも裏からオソルオソル表に出て。
「美樹大丈夫だった?」と聞く。
「はい大丈夫ですよ」と答えたら。
「じゃ、あのお客さんは私たちで見るから、二人の時間行っといで、ありがと」
「いえいえどういたしまして」
とは言ったけど。二人の時間・・と思って春樹さんの顔を見たら。ニコッとしてるその顔に「結婚・・?」と書かれているような気がして。
「私が・・?」とつぶやいたら。心の中の私ではない私までもが「春樹さんと・・?」とつぶやいている。なんで、こんなにいきなり意識が変わっちゃうの? 藤江のおばさんに一言冗談みたいなノリで言われただけでしょ。「美樹ちゃん、春樹くんと結婚しなさい」って。言われただけ、だけど。あのおばさんのせいで、今の私があるのなら、あのおばさんの一言のせいで、本当にそうなりそうな予感と確信が、私に押し寄せてくる。

そして。チーフと笑いあってる春樹さんが私を見つけたかのように。
「美樹ちゃん、休憩しよっか。いつものでいいの? レモンバター作ろうか?」
と言うから。あれは、なんかこう気安く食べてはいけないような。だから。
「いつものチキンピラフでいいです」と答えて。
「はいはい、じゃ、すぐできるから、お水とか用意してくれる」
「はい、用意して待ってます」
と、お水を汲んで、スプーンを二つ。そして裏の休憩室の椅子に座って、一人で、さっきまでの回想をしながら、思考停止状態になるのは。
「美樹ちゃん、春樹くんと結婚しなさい」という藤江のおばさんの命令文。
「結婚? 私が? 春樹さんと?」
それって、私、無条件に従わなければならない気がするから? かな。
それとも、ただ単に、ぐるぐる、ぐるぐる、頭の中で、その言葉が走り回っているだけ?
「はい、お待たせ」
と後ろから春樹さんが現れた時。ドキィっとして。
「ひゃい・・」と返事するのも久しぶりかも。
「ひゃい・・お待たせ・・どうかな今日のお味は」
と言われて、私・・「結婚」なんて考えていませんよ。という言い訳を慌ててしなきゃならない気がして。
「あ、そうだ、チーフは誉めてましたよ。藤江のおばさんも、こんなところでこんなものを食べれるなんてって喜んでいました」なんてうわずりながら喋ってる。
「あら、そう、よかった、めったに作らないからねアレ。チーフは時々、って言っても半年に一回くらい自分で作って味見してたりするけど」
と言ってる春樹さんに、私もナニか別の話題てごまかしていないと「結婚」の二文字があふれ出てきそう。
「15年前に、スウェーデンのレステル王女様に作ってあげた料理だそうですよ、藤江のおばさんが言ってました」
「へぇぇ、チーフは、そんなこと言わなかったけどね。俺しか作れない味をお前に覚えてほしいんだよって、修行してた時に教えてもらったんたけど、ワインで匂い付けるタイミングとか、バターの焦がし方間違えると全然ダメな料理になるんだよアレ、まぁ、美味しく食べてもらえたならOK。そのチキンピラフも、美樹ちゃんが美味しいって言ってくれたら、嬉しいよ」
って、笑ってる春樹さんの顔。また「結婚・・私が・・春樹さんと」と言う思いがもたげてくるから。あわてて。
「美味しいですよ、いつも通り」と言い訳してると。
「そう。嬉しいね」と本当に爽やかな春樹さん。
「はい」と返事しながら見つめる春樹さんが嬉しいって言って喜ぶ顔は、私の心を幸せな気持ちでいっぱいにしてくれるようで。そんな ほんわり した気持ちになると。心の中に「結婚」の文字があふれ出す。でも。
「でも、それって、一口食べてから言ってほしいのですけど。」えっ・・。
「あ・・」と慌てて一口を口に入れてもぐもぐすると、間違いなく美味しくて。顔の筋肉が全部 ほぐれる この感じを。
「美味しいって言われるより、その美味しいって顔の方が何倍も嬉しいね」
と喜ぶ春樹さん。
「そうですか」と言ってもっと笑ってあげると。
「本当にカワイイな好きだよ美樹のコト」
なんて、うわーって気持ちになることをこの場面で言わないでください。だから。
「恥ずかしいでしょ、こんなところで、そんなこと」
と、これって、春樹さんは他愛ない会話をしているつもりなのかもしれないけど。他愛ない愛情表現が含まれる一言一言に反応して、頭の中「結婚? 私が? 春樹さんと?」が繰り返されている。だからかな。
「でも、美樹ちゃんって毎日表情が変わって面白いね」
と私をじっと見つめてニコニコしてる春樹さんの顔、正面からまともに見れない。なんでこんなに緊張しすぎてるの私。
「そ・・そうですか?」
「うん、昨日は、急に怒ったでしょ。目移りすればイイでしょって。今日は・・」
「今日は?」
「俺の好きな、カワイイ子猫ちゃんみたいな雰囲気の美樹ちゃんになってる。黙ってうつむいて、ナニを言っても、うんうんってうなずいてくれそう。何かあった?」
「別に何もありません・・」藤江のおばさんに「結婚しなさいって言われました」とは絶対悟られないように。
「ふううん、さっきチーフとか藤江のおばさんに何か言われたとか」
「なにも言われてません・・」もしかして、春樹さんも唇の動きで私たちがナニ喋ってたかわかってたとか? そんなことないよね。
「否定する女の子を肯定してはいけない・・の法則」
えっ・・何ですか? 否定する女に子を肯定してはいけない? って確か、春樹さんが読んでた本? のアレ?
「別に何もありませんってことはないでしょ。とか、何も言われてないわけないでしょ。と言うべきところと言うことかな?」
と言いながら、私をじっと見るから。
「何もありませんし、何も言われていませんし・・」じろじろ見ないでください。と上目遣い。していると。
「それじゃ、話題を変えて。水曜日、運動しに行こうか」はい話題を変えてください。
「あ・・マックスポーツ」って私も、話題はそっちの方がイイです。
「スカッシュってただのボール遊びだけど。物理の法則を勉強しながら運動してみよう。で、オートバイを美樹ちゃんちに停めさせて欲しいってお母さんに言う。7時には帰るつもりで、それから9時ころまでなら勉強に付き合ってもいいけど。どうする?」
「じゃ、そうしましょう」話題がそっちに変わるなら何でもいです。
「どうしたの?」って・・話題を元に戻さないで。
「どうもしませんよ」
「絶対、なんかありそう」
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「まぁ、確かに」
ズレてても、ここは春樹さんが正しい。もう、「結婚」を連想させる話題には戻らないで。
「でも、うん・・と肯定すると、次何話そうかってなって、なっちゃうし」
「それじゃ、えぇっと、スカッシュですね、水曜日に、オートバイはウチに停めて。お母さんに・・・」
と焦っている私を不思議そうな顔で観察している春樹さんに。
「あっそうだ・・」と突然思い出したこと。話題をどこかに振り向けて、藤江のおばさんとか、チーフとの会話を思い出させないように。ここはアレの出番かも。
「あっそうだって、ナニ?」と聞く春樹さんに。
「私、写真撮りました。春樹さんに送ってあげます」
そう言って、無理やり携帯電話を出して、メールで送ってあげた昨日の私の写真。
「うーわ・・いいの・・こんなの」
と春樹さんは届いた写真を見て止まったかのような? これってお母さんと同じ反応? だけど。
「私、かわいいでしょ・・春樹さんにあげます」
と、とにかく話題が変わればいいと思って、無理やり、写真に関心を持たせようとしたのに。春樹さんはしばらくの間、写真に見入ってから。
「美樹・・こういうのは他の人に見せちゃだめだよ」
と言ってから。もう一度、じっくりと見入って。そっと携帯電話を閉じて。私をじっと見つめる春樹さん。
「ありがと。うれしい。俺、ホントに好きだよ・・お前のコト」
ぼそっと、そう言ってから、黙ってしまった。そして。
「また、電話するから、水曜日に運動しようね・・」と言ってから、お皿をかたずけて、席を立った。
ど、どうしたんですか? 急に・・。と思って。送った写真を見直したら。
「えっ・・」
はだけた胸元の、右側の乳首は隠れているのに、左側は、画面の隅っこで・・四分の一くらいが・・その。きのうは気付かなかった? 
「宝物にするよ。嬉しいけど、ホントにほかの人に見せちゃだめだよ」
と春樹さんは帽子を取って、恥ずかしそうに笑いながらキッチンに向かった。えっ・・あの・・別にそれ・・つまり・・はだかとか乳首・・を見せてあげたかったというわけではないのですけど。あの・・。ちょっと、気付かなかっただけで、えっ・・。春樹さん、その反応は何ですか? 
「宝物にするよ。嬉しいけど、ホントにほかの人に見せちゃだめだよ」ってさっきの声がこだまして。春樹さんの反応が想定外。どうしよう。と思うと。頭の中が。
「結婚・・私が・・春樹さんと・・」
「美樹・・こういうのは他の人に見せちゃだめだよ」
「美樹ちゃん、あなた春樹君と結婚しなさい」
「美樹が出て行ったら私と二人で悠々自適でしょ」
「ちょっとお嬢さん、こんなの頼んでないわよ」
そんな声が溢れかえっている。今何が起きたの? あっ・・だめ。私、思考が停止してる。
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