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ハルの工房 4話
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「なんで誰もいないんだろう。」
ホームの自販機はジジーっと音を立てて稼働していることを示している。
どこか踏み入れてはいけない場所に足を踏み入れた感じがして、この不気味な世界から出ようと試みるも、改札の前に来たところで踏み留まった。こんな非日常の中でも、長年の日常によって作り上げられた常識が雪音をホームへと返した。いつもなら間違えてホームに入ってしまった場合、改札の駅員さんにお願いして改札を開けてもらう。しかし今日はその駅員さんがいない。雪音の中の当たり前はこの世界には対応していないようだ。「どうしよう、出ちゃっていいのかな」
常識と不思議な現実との間で葛藤が続いた。
改札の前に行って定期券をかざそうとする。
検知器と定期券の間が20cmも無くなったところで、ふと怖くなって手を胸に抱え込んだ。
実際に聞いたこともない警報が心の中で、雪音の行動に赤信号を出す。
結局10分、改札の前で迷ったのちホームに戻ることにした。時刻表に書いてあった9:17分の電車が本当に来るかわからない。しかしこの電車が来れば日常へと戻れる気がして、消しカスほどの希望を抱えベンチに腰をかけた。
時計は8:50分を指している。
腕時計の針の音がはっきりと聞こえそうなほどホームは静かだった。いつもなら喧騒へと消えていく鳥の声も、今日ははっきりと耳の中へ吸い込まれていく。
すっからかんのホームの柱には駆け込み乗車禁止と書かれた黄ばんだシールが貼られている。ホームの端には「止まれ」を示す点字があるものの、一部が剥がれてしまっている。
「点字の意味ないじゃん」
おかしくてつい口に出してしまう。思えばこんなまじまじと駅の構造を見ることなんてなかった。いつもなら雪音目はホームに立つ人々の姿を追っていた。しかしその対象が消え、行き場をなくした視線は自然に駅の柱や床へと逸れていった。
ひゅるると風が吹くとともに、線路の向こうにゆらゆらと影が見えた。
「え、電車?」
時計の針は8:51を指している。次の電車は9:17のはずだ。この時間は電車が来る予定なんてない。
雪音は自分の認識を確かめようとそそくさとベンチから立ち上がると、ベンチ横の時刻表に駆け寄った。すぐさま上からなぞりながら午前8時の欄を見る。
8 時 19 52
9 時 17 58
そこには、時刻表はその電車が来るのが当たり前だと言わんばかりにくっきりと「52」の字が書いてあった。
「あれ、見間違いかな」
電車は陽炎の中で揺れながらコトンコトンと音を立てて近づいて来た。グレープフルーツの実のような朱色の車体。それが毎日乗っている電車だと認識できるくらいまでに電車は近づいていた。ゆっくりとレールに沿って雪音の元へ向かってくる。
ゴゴン ゴゴン
ホームに音を響かせながら雪音の30mほどの距離まで近づいてきた。そこからさらにスピードを落として、着実に雪音の元へやってきている。ヒュキーとブレーキをかけばがら、電車は雪音の前に寸分狂うことなくぴったりと止まった。
すぐさまプシーと入り口のドアが開く。扉のすぐ脇には整理券を発行する機械の姿が見てとれた。扉の上の掲示板には、この電車が隣町に行くことを示していた。
「一応、高畑駅には止まんのね、、、」
少し不気味に思いながらも恐る恐る雪音は電車の中へと足を踏み入れた。車内にも人影は無かった。まるでお客さん全員がどこかに連れ去られたかのように空席が広がっていた。
雪音は辺りを見渡しながらドアの近くの席に恐る恐る腰をかけた。それと同時にプシーと入り口のドアが閉まり、電車はゆっくりと進みはじめた。
ホームの自販機はジジーっと音を立てて稼働していることを示している。
どこか踏み入れてはいけない場所に足を踏み入れた感じがして、この不気味な世界から出ようと試みるも、改札の前に来たところで踏み留まった。こんな非日常の中でも、長年の日常によって作り上げられた常識が雪音をホームへと返した。いつもなら間違えてホームに入ってしまった場合、改札の駅員さんにお願いして改札を開けてもらう。しかし今日はその駅員さんがいない。雪音の中の当たり前はこの世界には対応していないようだ。「どうしよう、出ちゃっていいのかな」
常識と不思議な現実との間で葛藤が続いた。
改札の前に行って定期券をかざそうとする。
検知器と定期券の間が20cmも無くなったところで、ふと怖くなって手を胸に抱え込んだ。
実際に聞いたこともない警報が心の中で、雪音の行動に赤信号を出す。
結局10分、改札の前で迷ったのちホームに戻ることにした。時刻表に書いてあった9:17分の電車が本当に来るかわからない。しかしこの電車が来れば日常へと戻れる気がして、消しカスほどの希望を抱えベンチに腰をかけた。
時計は8:50分を指している。
腕時計の針の音がはっきりと聞こえそうなほどホームは静かだった。いつもなら喧騒へと消えていく鳥の声も、今日ははっきりと耳の中へ吸い込まれていく。
すっからかんのホームの柱には駆け込み乗車禁止と書かれた黄ばんだシールが貼られている。ホームの端には「止まれ」を示す点字があるものの、一部が剥がれてしまっている。
「点字の意味ないじゃん」
おかしくてつい口に出してしまう。思えばこんなまじまじと駅の構造を見ることなんてなかった。いつもなら雪音目はホームに立つ人々の姿を追っていた。しかしその対象が消え、行き場をなくした視線は自然に駅の柱や床へと逸れていった。
ひゅるると風が吹くとともに、線路の向こうにゆらゆらと影が見えた。
「え、電車?」
時計の針は8:51を指している。次の電車は9:17のはずだ。この時間は電車が来る予定なんてない。
雪音は自分の認識を確かめようとそそくさとベンチから立ち上がると、ベンチ横の時刻表に駆け寄った。すぐさま上からなぞりながら午前8時の欄を見る。
8 時 19 52
9 時 17 58
そこには、時刻表はその電車が来るのが当たり前だと言わんばかりにくっきりと「52」の字が書いてあった。
「あれ、見間違いかな」
電車は陽炎の中で揺れながらコトンコトンと音を立てて近づいて来た。グレープフルーツの実のような朱色の車体。それが毎日乗っている電車だと認識できるくらいまでに電車は近づいていた。ゆっくりとレールに沿って雪音の元へ向かってくる。
ゴゴン ゴゴン
ホームに音を響かせながら雪音の30mほどの距離まで近づいてきた。そこからさらにスピードを落として、着実に雪音の元へやってきている。ヒュキーとブレーキをかけばがら、電車は雪音の前に寸分狂うことなくぴったりと止まった。
すぐさまプシーと入り口のドアが開く。扉のすぐ脇には整理券を発行する機械の姿が見てとれた。扉の上の掲示板には、この電車が隣町に行くことを示していた。
「一応、高畑駅には止まんのね、、、」
少し不気味に思いながらも恐る恐る雪音は電車の中へと足を踏み入れた。車内にも人影は無かった。まるでお客さん全員がどこかに連れ去られたかのように空席が広がっていた。
雪音は辺りを見渡しながらドアの近くの席に恐る恐る腰をかけた。それと同時にプシーと入り口のドアが閉まり、電車はゆっくりと進みはじめた。
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