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ハルの工房 2話
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ハルはお店の入り口の鍵を開け、扉に掲げた看板をcloseからopenへと裏返した。
窓から差し込んだ朝日が、部屋中を優しく照らす。部屋の机は様々な種類の部品のようなもので溢れている。おにぎりくらいのパーツもあれば蟻んこよりも小さいパーツまで散らばっていた。
ハルは机の中央に置かれた腕時計を手に取った。金色に輝く時計はずっしりと重く、ひんやりとした感覚が伝わってくる。この時計を預けに来た男は、年齢は90を悠に超え、顔に切り傷よりも深いシワの入った老人だった。垂れ目が特徴的で、その老人の物腰の柔らかさを物語っていた。どうやらこの腕時計は老人の妻が、結婚1年目を記念して彼に贈ったものらしい。それは60年以上も前とのことだった。だがこの腕時計は色あせることなく50年も前と同じように輝いていた。まさにいくつになっても色あせない夫婦の仲を体現していた。ハルが時計に触れると、ふわっと光だし、時計に刻まれた記憶が溢れてきた。
アパートの一室だろうか、6畳程度の部屋の隅っこで青年が椅子に座っている。その腕にはあの腕時計がつけられている。目尻の垂れた青年はそのままこちらを優しく表情で見つめている。
「ここはまだ空気が綺麗だね。窓を開けてるなんて前のところでは考えられないよ」
青年は眉をひくひきと動かしながら語りかけてくる。青年は腕時計をいじりながら、口をぐいと横に伸ばし笑って見せた。
青年は椅子に腰掛けた女性のお腹をさすっていた。お腹はぽっこりと膨れて、女性もその中の命に笑みを浮かばせながら、青年の手に自らの手を重ねた。
青年の顔にはうっすらとシワが入り、もうかつての若々しさはなくもう中年のおじさんだった。おじさんは白髪の交じった髪の毛をかき上げ、手に持った新聞から目を離し、妻の方に目をやった。妻は息子と絵本のページをめくりながら、きゃっきゃと盛り上がっている。おじさんはいつもと変わらぬ日常に安堵しながら再び視線を新聞に戻した。
その男の顔は苔の着いた杉の木のように年季が入っていた。ただ垂れた目は、その男が青年だという証明だった。その老人のまぶたの間にはじんわりと湿気を帯びていた。横たわる女性を目の前にして、涙が溢れそうになるのをギリギリのところで耐えながら、老人は右手で腕時計を握りしめていた。
腕時計の見せる夢から覚めるたびハルは不思議な気持ちになる。夢の中で胸の奥底に湧いて出た何か渦巻くものは、この質素で無機質な現実とはあまりにもミスマッチだった。
ハルは椅子に座るとすぐに、机の脇に置かれたドライバーを手に取った。ドライバーの先端を腕時計の裏に止められたネジに当てる。ハルは手際よくネジを外し、腕時計の中身を覗き込み、時計の修理に取り掛かった。
窓から差し込んだ朝日が、部屋中を優しく照らす。部屋の机は様々な種類の部品のようなもので溢れている。おにぎりくらいのパーツもあれば蟻んこよりも小さいパーツまで散らばっていた。
ハルは机の中央に置かれた腕時計を手に取った。金色に輝く時計はずっしりと重く、ひんやりとした感覚が伝わってくる。この時計を預けに来た男は、年齢は90を悠に超え、顔に切り傷よりも深いシワの入った老人だった。垂れ目が特徴的で、その老人の物腰の柔らかさを物語っていた。どうやらこの腕時計は老人の妻が、結婚1年目を記念して彼に贈ったものらしい。それは60年以上も前とのことだった。だがこの腕時計は色あせることなく50年も前と同じように輝いていた。まさにいくつになっても色あせない夫婦の仲を体現していた。ハルが時計に触れると、ふわっと光だし、時計に刻まれた記憶が溢れてきた。
アパートの一室だろうか、6畳程度の部屋の隅っこで青年が椅子に座っている。その腕にはあの腕時計がつけられている。目尻の垂れた青年はそのままこちらを優しく表情で見つめている。
「ここはまだ空気が綺麗だね。窓を開けてるなんて前のところでは考えられないよ」
青年は眉をひくひきと動かしながら語りかけてくる。青年は腕時計をいじりながら、口をぐいと横に伸ばし笑って見せた。
青年は椅子に腰掛けた女性のお腹をさすっていた。お腹はぽっこりと膨れて、女性もその中の命に笑みを浮かばせながら、青年の手に自らの手を重ねた。
青年の顔にはうっすらとシワが入り、もうかつての若々しさはなくもう中年のおじさんだった。おじさんは白髪の交じった髪の毛をかき上げ、手に持った新聞から目を離し、妻の方に目をやった。妻は息子と絵本のページをめくりながら、きゃっきゃと盛り上がっている。おじさんはいつもと変わらぬ日常に安堵しながら再び視線を新聞に戻した。
その男の顔は苔の着いた杉の木のように年季が入っていた。ただ垂れた目は、その男が青年だという証明だった。その老人のまぶたの間にはじんわりと湿気を帯びていた。横たわる女性を目の前にして、涙が溢れそうになるのをギリギリのところで耐えながら、老人は右手で腕時計を握りしめていた。
腕時計の見せる夢から覚めるたびハルは不思議な気持ちになる。夢の中で胸の奥底に湧いて出た何か渦巻くものは、この質素で無機質な現実とはあまりにもミスマッチだった。
ハルは椅子に座るとすぐに、机の脇に置かれたドライバーを手に取った。ドライバーの先端を腕時計の裏に止められたネジに当てる。ハルは手際よくネジを外し、腕時計の中身を覗き込み、時計の修理に取り掛かった。
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