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石榴の月 第二話⑫
石榴の月~愛され求められ奪われて~
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それから更に数日を経た。
江戸は日毎に春めいてきている。梅が至ところで満開に咲き、梅見の名所は大勢の物客で賑わっていた。あと半月もすれば、も咲くだろう。そうなれば、更に名所と謳れる各地は溢れんばかりの人で押すな押すの賑わいになる。
江戸の町が一年で最も活気溢れる季節だ。 そんなある日、お民は日課の随明寺詣で出かけた。
石澤嘉門がお民の後をつけ回していた―そのことをお民は源治には告げてはいない話せば、また源治を心配させてしまうからだ。 自分が尾行されていたことなぞ、ちっと気付いてはいなかっただけに、不気味といか怖いと思う。今も、もしかしたらあの男どこかから蛇のようなねっとりとした視線見つめているのかと想像しただけで、鳥肌立つようだ。
嘉門の側妾としての奉公は一年という期つきのものだった。が、幸か不幸か、嘉門子を懐妊したお民があえなく流産してしまたことで、年季半ばにして源治の許に帰さた。
しかも、お民に年季明けを待たずして暇出したのは、他ならぬ嘉門自身だと聞いてる。それなのに、何ゆえ、今更、お民をつ回したりするのだろうか。
以前の嘉門は酒豪ではあったが、昼間か酒を呑むような人ではなかった。閨の中で執拗に責め立てられ、辛い想いもしたけれどお民が嘉門の母祥月院から辛く当たられてるときは、実の母親に刃向かってまで庇っくれたし、そういう優しさや労りを示してれた。
人としての節度はわきまえた男という印だったのだが、久しぶりに眼の前に現れた門は真っ昼間だというのに、酒の匂いを撒散らし、かなりの量を呑んでいるようだった。 以前から気になっていた彼に纏い付いてた翳りがいっそう濃くなっている。
一体、何が嘉門を変えてしまったのか。 墓参りを終えた後は、一膳飯屋〝花(はな)ふくに戻った。ここはまだ勤め始めたばかりだが主人の老夫婦は優しく、お民を実の孫のよに可愛がってくれた。また、お民も生来、体を動かすことは好きなので、くるくるとく働くので重宝している。
この頃、〝花ふく〟では美貌の女が仲居していると噂が立つと、現金なもので若いがお民目当てに通ってくるようになった。に客が増えたもので、余計に主夫婦も機嫌良い。
二日前の夜には仕事を終えた源治が立ちり、飯を食べていった。お民の仕事が終わまで店で待ち、連れだって徳平店に帰った。―あんた、果報者だねぇ。こんな美人の嫁ん貰ってさ。おまけに気もよくつくし、働者じゃないか。
源治は他の常連客に冷やかされ、嬉しげ笑っていた。源治が愉しそうにしているとお民もまた嬉しくなる。
すべてが上手くいっていた。
いつものように最後の客を表まで送り出た後、お民は表の掛行灯の火を落とし、暖をしまった。
まだ厨房で皿を洗っている主人の岩次にをかける。
「旦那さん、お手伝いしましょうか」
腰の持病のある女房のおしまは既に二階上がって休んでいる。
「いや、ここはもう良いよ。今日は少し遅なったから、ご亭主もさぞ気を揉んでるだう。早く帰っておやり」
「それじゃ、お言葉に甘えて、お先に失礼せて頂きます」
丁寧に腰を折ると、お民は岩次が持たせくれた重箱を大切そうに抱え、夜道を歩きす。
―それにしても、あの立ち居振る舞いは、だの長屋暮らしの女房のもんじゃないねえどこぞに御殿奉公にでも上がったことがあのかもしれないよ。
お民が帰った後、皿を片付けながら岩次女房のおしまが口にしていたことを何とはしに思い出していた。確かに、先刻の挨拶どもどことなく品が漂っている。
〝花ふく〟で雇った仲居は、別嬪なだけはなく、どことなく品がある―と、これもたひそかな評判となっているらしい。中にお民との間を取り持てとか、二階の座敷で民に閨の相手をさせろなぞとけしからぬこを要求してくる輩もいるけれど、岩次はそ都度、
―ここは出合茶屋でも女郎屋でもねえ。勘いして貰っちゃ、困る。そんなことが望みら、場所が違うんじゃねえか。とっとと他当たりな。
と、けんもほろろに追い返している。
岩次にしろ、おしまにしろ、子どものな身で、突如として現れたお民を実の娘か孫ように思い始めている。お民は気性も良いし機転もきくし、何より人あしらいが上手い。 よく働いてくれるので、岩次も助かってた。そのお民を膚を売る女郎や遊び女のよな真似事をさせるなんて、とんでもなかった。 花ふくを出たお民は、重箱を落とさないうに細心の注意を払いながら、ゆっくりといていく。それでも、源治が待っているとえば、脚は自然と早くなった。
江戸は日毎に春めいてきている。梅が至ところで満開に咲き、梅見の名所は大勢の物客で賑わっていた。あと半月もすれば、も咲くだろう。そうなれば、更に名所と謳れる各地は溢れんばかりの人で押すな押すの賑わいになる。
江戸の町が一年で最も活気溢れる季節だ。 そんなある日、お民は日課の随明寺詣で出かけた。
石澤嘉門がお民の後をつけ回していた―そのことをお民は源治には告げてはいない話せば、また源治を心配させてしまうからだ。 自分が尾行されていたことなぞ、ちっと気付いてはいなかっただけに、不気味といか怖いと思う。今も、もしかしたらあの男どこかから蛇のようなねっとりとした視線見つめているのかと想像しただけで、鳥肌立つようだ。
嘉門の側妾としての奉公は一年という期つきのものだった。が、幸か不幸か、嘉門子を懐妊したお民があえなく流産してしまたことで、年季半ばにして源治の許に帰さた。
しかも、お民に年季明けを待たずして暇出したのは、他ならぬ嘉門自身だと聞いてる。それなのに、何ゆえ、今更、お民をつ回したりするのだろうか。
以前の嘉門は酒豪ではあったが、昼間か酒を呑むような人ではなかった。閨の中で執拗に責め立てられ、辛い想いもしたけれどお民が嘉門の母祥月院から辛く当たられてるときは、実の母親に刃向かってまで庇っくれたし、そういう優しさや労りを示してれた。
人としての節度はわきまえた男という印だったのだが、久しぶりに眼の前に現れた門は真っ昼間だというのに、酒の匂いを撒散らし、かなりの量を呑んでいるようだった。 以前から気になっていた彼に纏い付いてた翳りがいっそう濃くなっている。
一体、何が嘉門を変えてしまったのか。 墓参りを終えた後は、一膳飯屋〝花(はな)ふくに戻った。ここはまだ勤め始めたばかりだが主人の老夫婦は優しく、お民を実の孫のよに可愛がってくれた。また、お民も生来、体を動かすことは好きなので、くるくるとく働くので重宝している。
この頃、〝花ふく〟では美貌の女が仲居していると噂が立つと、現金なもので若いがお民目当てに通ってくるようになった。に客が増えたもので、余計に主夫婦も機嫌良い。
二日前の夜には仕事を終えた源治が立ちり、飯を食べていった。お民の仕事が終わまで店で待ち、連れだって徳平店に帰った。―あんた、果報者だねぇ。こんな美人の嫁ん貰ってさ。おまけに気もよくつくし、働者じゃないか。
源治は他の常連客に冷やかされ、嬉しげ笑っていた。源治が愉しそうにしているとお民もまた嬉しくなる。
すべてが上手くいっていた。
いつものように最後の客を表まで送り出た後、お民は表の掛行灯の火を落とし、暖をしまった。
まだ厨房で皿を洗っている主人の岩次にをかける。
「旦那さん、お手伝いしましょうか」
腰の持病のある女房のおしまは既に二階上がって休んでいる。
「いや、ここはもう良いよ。今日は少し遅なったから、ご亭主もさぞ気を揉んでるだう。早く帰っておやり」
「それじゃ、お言葉に甘えて、お先に失礼せて頂きます」
丁寧に腰を折ると、お民は岩次が持たせくれた重箱を大切そうに抱え、夜道を歩きす。
―それにしても、あの立ち居振る舞いは、だの長屋暮らしの女房のもんじゃないねえどこぞに御殿奉公にでも上がったことがあのかもしれないよ。
お民が帰った後、皿を片付けながら岩次女房のおしまが口にしていたことを何とはしに思い出していた。確かに、先刻の挨拶どもどことなく品が漂っている。
〝花ふく〟で雇った仲居は、別嬪なだけはなく、どことなく品がある―と、これもたひそかな評判となっているらしい。中にお民との間を取り持てとか、二階の座敷で民に閨の相手をさせろなぞとけしからぬこを要求してくる輩もいるけれど、岩次はそ都度、
―ここは出合茶屋でも女郎屋でもねえ。勘いして貰っちゃ、困る。そんなことが望みら、場所が違うんじゃねえか。とっとと他当たりな。
と、けんもほろろに追い返している。
岩次にしろ、おしまにしろ、子どものな身で、突如として現れたお民を実の娘か孫ように思い始めている。お民は気性も良いし機転もきくし、何より人あしらいが上手い。 よく働いてくれるので、岩次も助かってた。そのお民を膚を売る女郎や遊び女のよな真似事をさせるなんて、とんでもなかった。 花ふくを出たお民は、重箱を落とさないうに細心の注意を払いながら、ゆっくりといていく。それでも、源治が待っているとえば、脚は自然と早くなった。
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