石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ

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石榴の月 第二話㉒

石榴の月~愛され求められ奪われて~

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     【四】

 黄昏刻の空が茜色に染まっている。
 見慣れた長屋が何故かとても懐かしい。った一日見なかっただけなのに、もう数日いや十日も見ていなかったような気がしてらない。西の端から茜色に染まった空が徐に菫色に変わってゆく。夕暮れの空を背景した徳平店は随分とこぢんまりとして見た。
 見憶えのある我が家の前に佇むと、お民逡巡した。嘉門がお民を連れ込んだのは、明寺門前道沿いの出合茶屋の一つであった幸いにも、女将の機転と気遣いで嘉門が再訪れる前に、逃れることができたお民は一は随明寺に身を隠した。
 どうしても、あのまま真っすぐに徳平店戻ることができなかったのだ。随明寺には大な境内に諸伽藍が点在しているが、そのの絵馬堂に身を潜めていた。絵馬堂はそののとおり、願い事を記した絵馬を奉納するめのこじんまりとした御堂だ。正面の両扉はそれこそ無数の絵馬が掛けられていて、種独特の雰囲気が漂っている。
 随明寺の中でも奥まった場所にあり、しもこの界隈は昼間でも人気がないことから人眼を忍ぶ男女の逢い引きなどにもよく使れているという。
 お民はその御堂の中に夕方近くまでいた。 だが、流石に陽が暮れてくると、このま夜を明かすわけにもゆかず、随明寺を出てた。この近くをうろうろしていて、また嘉に見つかっては元も子あったものではないそう考えている中に、気が付けば、懐かし我が家の前に立っていたのである。
 長い春の陽も暮れ、周囲に薄い闇が漂いめた。空は菫色から、夜の色へとうつろおとしている。
 長屋の家々にも次々に灯りが点り始める刻になった。ふっと、眼の前が明るくなりお民は眩しさに眼を細めた。
 腰高障子越しに、長い影が映っている。るで影絵を見るかのように、黒い影がゆららと揺れていた。
 懐かしさに、じんわりと涙が滲む。
 その時、突如として向こうから腰高障子音を立てて開いた。
 ひっそりと佇むお民を見て、源治が息をんだ。
「お前さん、私―」
 呟くと、溢れた涙が雫となって、つうっ頬をつたった。
「お民」
 源治の整った貌に愕きが走った。
 良人の視線が自分の全身を慌ただしく辿のを見て、お民はうなだれた。
―一体、何があったんだ?
 当然、その質問を予想していたのに、源は何も言わなかった。
 ただ哀しげな眼で、お民を見つめていた。「私、また―」
 言いかけたお民の身体がふわりと温かなに包み込まれる。
「もう、良い。何も言うな」
 何かに耐えるような表情で、源治は長い間お民を抱きしめていた。
 かすかな嗚咽が聞こえてくる。源治が男きに泣いているのだと判った。
 源治が静かにお民の身体から手を放す。「どこか、怪我なんかはしてねえな?」
 念を押すように問われ、お民は小さく頷く。
 源治が改めて、お民をしげしげと見つめた。 抵抗して痛めつけられたため、首には焼のように男の指の痕がついている。
 源治の手が伸び、お民の首筋にそっと触た。紅く鬱血した傷痕を、優しい指の感触撫でる。それだけで、お民は痛みも何もかも一瞬忘れられるような気がした。
 源治は、しばらくその部分を撫でていたが結局、その紅い痕についても何も訊かなかた―。
 お民は源治の視線に耐えきれず、そっとを背けた。無意識の中に胸許をかき合わせのは、やはり源治に嫌われたくないという持ちからだったろう。
 お民は緋色の長襦袢一枚きりという姿でった。まるで、これから客を迎える遊女のうななりである。
 加えて、ここ半月ほどの間に石澤嘉門が民の周囲に出現していたこと、お民が昨夜ら突然、ゆく方を絶っていたことを考え合せれば、お民の身に何が起こったかと想像るのは難しくはないはずであった。
 お民が襲われた捨て子稲荷の前には、花くの岩次から貰った残り物の重箱が散らり、中身が無惨な状態となり果てていた。場の惨状だけでも、事態がただならぬことお民が強制的に連れ去られたことは明白だ。―この男(ひと)は、私の身に起こったことを全部っている。
 お民は絶望的な予感に、眼の前が真っ暗なった。
「何があったか、訊かなくて良いの?」
 訊かれたくない、話したくないと思いなら、ついそう言ってしまう。我ながら自虐な思考回路だと思わずにはいられなかった。
「何も言わなくて良い。―辛かったろう、い目に遭ったな。俺はまた、お前を守ってれなかった。許してくれ」
 源治の言葉に、お民は泣きながら首を振った。
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