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石榴の月 第二話㉗
石榴の月~愛され求められ奪われて~
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今日は、花ふくは休みだ。主人の岩次が所のご隠居仲間数人と今朝からお伊勢参り出かけているため、臨時休業である。
脚腰の弱い女房のおしまは一人で留守番が、主に料理を作るのは岩次なので、これ仕方ない。
「ごめんなさい、そろそろ、お昼にしなきいけませんね」
源治の方も今日は、仕事場となる普請場近くで昼は恋女房の待つ徳平店へと帰ってたのである。
もっとも、
―良いなぁ。別嬪の嫁さんが手料理こしらて待ってくれるなんて、羨ましい限りだぜ。―あんなきれいで働き者のかみさんなら、だって、いそいそと帰るよ。
―そんなら、お前も早く嫁を貰えよ、五百(いお)吉(きち)よ。
と、大工の棟梁と若い左官にさんざん冷かされて帰ってきた源治であった。
「いや、そう急がなくても良い」
「でも、早く仕事場に戻らなきゃいけないしょ」
「まぁ、な。それよりも、お民。お前、俺本当に隠し事なんて、してねえか」
「え―」
ドキリと心臓が跳ねた。
源治の真摯な瞳がこちらを見つめている。 お民は思わずその視線を受け止めきれずうつむいた。
川面が初夏の陽差しを受けて、きらめいいる。橋のほとりに一本だけ植わった桜のが眩しい。陽光に照らされた葉陰が、地面繊細な透かし模様を描き出している。
川面を涼やかな風が渡る度に、地面にひがった光の網がちろちろと揺れた。
いかにも初夏らしい爽やかな光景を眩しに見つめ、お民は小さな声で応える。
「当たり前じゃありませんか。お前さんとの間に隠し事なんて、しっこなし」
「そうか、なら、良いんだ」
源治が屈託のない声で言い、うーんと声出して伸びをした。
「そろそろ梅雨に入るかな。また雨続きの陶しい日が続くと思うと、ちと気が滅入るな」 源治もまた乱反射する川の面を眼を細め見つめている。
「さて、帰るとするか」
先に立ち上がり、踵を返した良人の背がの時、お民には何故かひどく遠く感じられた。「―ねえ、お前さん」
こんなに近くにいるのに、あの人の背中遠い。
お民は焦りにも似た気持ちを憶え、狼狽た。
今、呼び止めねば、源治が永遠に手の届ない遠い場所に行ってしまうようで。
「ん、どうした?」
源治が首だけねじ曲げた恰好で振り返た。
「ごめんなさい、何でもありません」
いつもと変わらぬ穏やかな良人の表情にお民は泣きたくなった。
「変な奴だな」
源治は笑うと、先に立って歩き始め、おも慌ててその後を追った。
―お民の姿がかき消すように見えなくなたのは、その日の中のことであった―。
昼下がり、川面で短いやりとりを交わしその日。源治は夕刻になって、いつもより少し早めに徳平店に帰ってきた。
「帰ったぞ」
声高に叫んで勢いよく腰高を開けたのまは良かったが、狭い家の中はがらんとしてお民の姿はなかった。その刹那、源治は厭胸騒ぎを感じた。
いつもなら、源治が仕事から帰ってくる刻に出かけることなぞない。すすぎの水を斐甲斐しく用意して亭主の帰りを待つよな、そんな女なのだ。
こんな時間に出かけたこと自体が不自然も思えたが、幾ら何でも、幼児ではあるまし、一人で出かけて迷子になるはずもない大方、近所に買い物にでも出かけたかと思い自分で脚をすすぎ、畳に上がった。
しかし、幾ら待っても、お民は帰ってこい。一刻が経ち、流石に源治も焦った。
こんなときは、いやでも三月前の事件が裡をよぎる。よもやまた石澤嘉門に連れ去れたかと危惧するが、聡いお民のことだ、度も同じことになるとは思えない。十分に心して行動しているだろう。
それでも、嘉門に拉致されたという可能も棄てきれない。檻の中の熊のように所在げにうろうろと狭い家の中を往復した挙句、源治はお民が行きそうな場所を一つ、い出した。
花ふく、だ―。
思い立つと矢も楯もたまらず、源治は陽落ちてすっかり暗くなった町に飛び出した。 主人の岩次はまだお伊勢参りに出かけて守だが、女房のおしまが留守を守っているずである。
脚腰の弱い女房のおしまは一人で留守番が、主に料理を作るのは岩次なので、これ仕方ない。
「ごめんなさい、そろそろ、お昼にしなきいけませんね」
源治の方も今日は、仕事場となる普請場近くで昼は恋女房の待つ徳平店へと帰ってたのである。
もっとも、
―良いなぁ。別嬪の嫁さんが手料理こしらて待ってくれるなんて、羨ましい限りだぜ。―あんなきれいで働き者のかみさんなら、だって、いそいそと帰るよ。
―そんなら、お前も早く嫁を貰えよ、五百(いお)吉(きち)よ。
と、大工の棟梁と若い左官にさんざん冷かされて帰ってきた源治であった。
「いや、そう急がなくても良い」
「でも、早く仕事場に戻らなきゃいけないしょ」
「まぁ、な。それよりも、お民。お前、俺本当に隠し事なんて、してねえか」
「え―」
ドキリと心臓が跳ねた。
源治の真摯な瞳がこちらを見つめている。 お民は思わずその視線を受け止めきれずうつむいた。
川面が初夏の陽差しを受けて、きらめいいる。橋のほとりに一本だけ植わった桜のが眩しい。陽光に照らされた葉陰が、地面繊細な透かし模様を描き出している。
川面を涼やかな風が渡る度に、地面にひがった光の網がちろちろと揺れた。
いかにも初夏らしい爽やかな光景を眩しに見つめ、お民は小さな声で応える。
「当たり前じゃありませんか。お前さんとの間に隠し事なんて、しっこなし」
「そうか、なら、良いんだ」
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「そろそろ梅雨に入るかな。また雨続きの陶しい日が続くと思うと、ちと気が滅入るな」 源治もまた乱反射する川の面を眼を細め見つめている。
「さて、帰るとするか」
先に立ち上がり、踵を返した良人の背がの時、お民には何故かひどく遠く感じられた。「―ねえ、お前さん」
こんなに近くにいるのに、あの人の背中遠い。
お民は焦りにも似た気持ちを憶え、狼狽た。
今、呼び止めねば、源治が永遠に手の届ない遠い場所に行ってしまうようで。
「ん、どうした?」
源治が首だけねじ曲げた恰好で振り返た。
「ごめんなさい、何でもありません」
いつもと変わらぬ穏やかな良人の表情にお民は泣きたくなった。
「変な奴だな」
源治は笑うと、先に立って歩き始め、おも慌ててその後を追った。
―お民の姿がかき消すように見えなくなたのは、その日の中のことであった―。
昼下がり、川面で短いやりとりを交わしその日。源治は夕刻になって、いつもより少し早めに徳平店に帰ってきた。
「帰ったぞ」
声高に叫んで勢いよく腰高を開けたのまは良かったが、狭い家の中はがらんとしてお民の姿はなかった。その刹那、源治は厭胸騒ぎを感じた。
いつもなら、源治が仕事から帰ってくる刻に出かけることなぞない。すすぎの水を斐甲斐しく用意して亭主の帰りを待つよな、そんな女なのだ。
こんな時間に出かけたこと自体が不自然も思えたが、幾ら何でも、幼児ではあるまし、一人で出かけて迷子になるはずもない大方、近所に買い物にでも出かけたかと思い自分で脚をすすぎ、畳に上がった。
しかし、幾ら待っても、お民は帰ってこい。一刻が経ち、流石に源治も焦った。
こんなときは、いやでも三月前の事件が裡をよぎる。よもやまた石澤嘉門に連れ去れたかと危惧するが、聡いお民のことだ、度も同じことになるとは思えない。十分に心して行動しているだろう。
それでも、嘉門に拉致されたという可能も棄てきれない。檻の中の熊のように所在げにうろうろと狭い家の中を往復した挙句、源治はお民が行きそうな場所を一つ、い出した。
花ふく、だ―。
思い立つと矢も楯もたまらず、源治は陽落ちてすっかり暗くなった町に飛び出した。 主人の岩次はまだお伊勢参りに出かけて守だが、女房のおしまが留守を守っているずである。
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