闇に咲く花~王を愛した少年~

めぐみ

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闇に咲く花~王を愛した少年~⑱

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 私の任務は、この男を殺すこと。
 懸命に自分に言い聞かせる。
 一陣の風が二人の間を吹き抜け、薔薇の甘い香りがひときわ強く香った。
 今はただ何も考えず、この至福の一瞬に身を委ねていたい。
 誠恵は眼を瞑って王の逞しい腕に抱かれていた。

 すべては、誠恵の目論見どおりだった。若き国王光宗は、無垢な少女のふりを装った誠恵に夢中になっていった。
 二人の逢瀬は、ほぼ毎夜のように続いた。或るときは無人の殿舎の一室で、或るときは庭園の池に面した四阿で、忍び逢いはひそやかに熱く重ねられた。光宗には中殿はむろん、側室の一人もいなかったため、後宮の殿舎は空いているところが多かった。人気のない空き部屋で、二人は狂おしく唇を重ね合った。
 幾ら当人同士が内密しておこうと、こうした噂はすぐに広まるものである。誠恵が女官として上がってからひと月が経つ中には、既に誠恵が国王殿下のお手つきであることは後宮はおろか、宮殿中にひろまっていた。
 ある夜、誠恵は一日の仕事を終え、いつものようにそっと自室を抜け出した。
 いつも待ち合わせる場所までいそいそと翔るように急ぐ。
 そこは後宮の殿舎の一つで、先代永宗の時代には貴人の位にあった妃に与えられていた。現在は空いており、住む人とておらぬ淋しい様相を呈している。
 両開きになった扉越しに、淡い明かりが洩れている。
 誠恵は周囲に人気がないのを確かめてから、用心して音を立てぬよう扉を開け中にすべり込んだ。
「おいでになっていらっしゃったのですね」
 大抵、光宗の方が先に来て待っていることが多い。誠恵は女官としての仕事をすべて終え、一旦自分の部屋に戻る。更に刻を経て周囲が寝静まったのを見届けた後、人眼を忍んで来るのだ。必然的に遅くなるのは、どうしようもない。
「今宵は、もう来ぬのかと思い、よほど予の方からそなたの許に訪ねてゆこうかと思ったぞ?」
 冗談半分、本気半分といった様子の王に、誠恵は頬を膨らませた。
「酷(ひど)い、殿下がそのような意地悪を仰るとは、今日の今日まで私も存じ上げませんでした」
 と、王は破顔する。
「戯れ言などではないぞ。本気も本気、恋しいそなたの顔を見たさに、そなたの部屋に忍んでゆこうと思うていた」
 刹那、誠恵は狼狽えた。
「なりませぬ、そのようなこと、絶対になさってはなりませぬ。誰かに見つかったら、大変なことになります」
「どうして? 予がそなたを寵愛していることは、既に知らぬ者がおらぬらしいではないか」
 誠恵は唇を噛み、うつむいた。
「それでも、私は嫌でございます。噂はあくまでも噂にすぎませぬが、現場を実際に他人(ひと)に見られるのとは違います」
「判った、判った。先刻の言葉は、そなたがどんな顔をするかと思うて、口にしてみただけのことだ。そなたが予に部屋に来て欲しくないと申すのであれば、予はゆかぬ」
「―殿下の意地悪」
 誠恵は王を軽く睨んだ。そんな誠恵を見、王は愉快そうに声を上げて笑う。
 シッと、誠恵が人さし指を唇に当てた。
「あまりにお声が大きくては、他人に気付かれまする」
 これには光宗は露骨に憮然とした表情になった。
「全く、あれも駄目、これも駄目。そなたは人眼に立つことを必要以上に気にするが、別に予は誰に見られたとて、一向に構わぬ」
「殿下と私とでは立場が違います。殿方には一時の戯れの恋でも、私は真剣にございます」
 誠恵が訴えると、光宗がつと手を伸ばし、誠恵の手を掴んだ。
「面倒な理屈や話はもう良い」
 引き寄せられ、王の逞しい胸に倒れ込む。
「予はこれ以上、我慢ができぬ。誠恵、今宵こそ、予のものになれ」
 誠恵が小さな手で王の厚い胸板を押し返した。元々、誠恵は少年にしては身の丈も高い方ではない。身体つきも細く華奢で、〝可憐な少女〟になり切るのは造作もなかった。
「なりませぬ、殿方のお心は秋の空のように変わりやすいものにございます」
「何ゆえだ、今のままで身を任せるのは心許ないのか、将来が見えず、不安だと? そなたは先刻、予が戯れでそなたとこうして忍び逢っていると申したな。だが、それは酷い誤解だ。そなたと同じだけ真剣に、いや、恐らく、予のそなたへの想いは、そなた以上に強いであろう。誠恵、これだけは信じて欲しい。予は遊びや気紛れでそなたに近づいているわけではない」
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