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闇に咲く花~王を愛した少年~57
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ゆえに、再び冷ややかな態度を取り始めた光宗を目の当たりにして、衝撃は大きかった。
急に黙り込み、口を引き結んだ光宗を見ている中に、誠恵の心に不安が漣のように湧き立つ。
もしや、殿下は我が身が領議政の手先であることにお気づきになったのでは―。
まさかとは思うが、その可能性が全くないとはいえない。
そろそろ潮時なのかもしれない、と、誠恵は考えた。四日前、領議政孫尚善に月華楼で陵辱の限りを尽くされて以来、まだ香月からは何の連絡もない。
だが、このまま手をこまねいていて良いはずがないのだ。尚善はこれ以上ないというほど残酷なやり方で裏切った誠恵を罰した。
―何度でも抱いて、私のことしか考えられなくしてやる。
あの男は誠恵の身体を弄びながら無慈悲にも耳許で囁いたが、誠恵は少しも尚善に情を感じてなどいなかった。あれは、ただ屈辱と苦痛だけ与えられ、身体を奪われたにすぎない行為だった。
あの男のために動こうとはさらさら思わないけれど、冷酷な男は、誠恵が〝任務〟を完遂しない限り、しつこく近づいてくるに違いない。もう、あんな辱めを受けるのは二度とご免だ。指一本触れられたくない。
それに、村にいる家族も気がかりだ。誠恵がこのまま〝任務〟を果たせなければ、あの蛇のような男は今度は本当に家族にまで危害を与えるかもしれない。誠恵への見せしめとして、折檻ともいえる性交を強要したのが、その何よりの証だった。
考えてみれば、今宵はまたとない好機ではないか! こうして国王の方から近づいてきたのだ。この際、余計な情や未練はきっぱりと断ち切り、国王の生命を奪えば、それだけで誠恵は楽になれる。領議政との腐れ縁から解き放たれ、懐かしい村に帰れるのだ。
どうせ、この男も一時の激情で自分を慰み物にしようとした卑劣漢、領議政と同じ穴の狢なのだから、ひと思いに殺してしまえば良い。この千載一遇の好機を逃せば、次があるかどうかは判らないのだ。
抱かれてしまえば男だと露見する危険があるのは判っているから、寸前―、もしくは正体を知られたまさにその時、ひそかに隠し持った匕首で息の根を止めるだけだ。
だが、王はいつまで経っても、誠恵を抱こうとはしない。やはり、領議政の放った刺客だと勘づかれているのだろうか。
不意打ちを食らわされたような想いの中に、ほんの少し混じった気持ちから誠恵は敢えて眼を背けている。それは、好きなひとを寝所に迎えながらも、指先一つ男に触れられない淋しさだ。
誠恵は、押し寄せてくるやるせない哀しみと闘った。
光宗が手を伸ばしてきたら、彼を殺さなければならなくなるのに、どこかで期待している自分がいる。全く矛盾している話だ。
「殿下、やっと私のことを思い出して下さったのでございますね。今夜は、朝までご一緒しとうございます」
誠恵は甘えた仕種で、王の厚い胸板にしなだれかかる。
光宗は光宗で、緑花の様子が明らかにおかしいと感じていた。一見これまでと変わらないように見えるが、微妙に違う。
以前の緑花なら、こんなことは絶対にしなかったはずだ。光宗が違和感を憶えているのも知らず、緑花は媚を売るように身をすり寄せ、潤んだ瞳で見上げてくる。
思わずその深い澄んだ瞳に吸い込まれ、溺れそうな自分を王は戒める。
現に、王が夜着の前で結んだ紐を解こうとすると、かすかに身を捩り、王の手をほっそりとした小さな手で軽く押さえた。
光宗の顔を嫋嫋とした様子で見上げ、恥ずかしげに頬を染める。光宗が緑花を見下ろすと、〝いや〟とうつむいて首を振り、光宗の胸に頬を押し当ててくる。それは男なら誰もが思わず守ってやりたいと思う―仔猫がしきりに甘えるような仕種であった。
―売女(ばいた)め。
光宗は声高に罵ってやりたい衝動を懸命に抑える。
多分、緑花は今夜、王が彼女を抱くと信じて疑っていないだろう。もしかしたら、この機に乗じて、ひと息に自分を殺すつもりかもしれない。刺客の緑花にとって、今夜はまたとない機会だ。夜着を脱がされれば、男であることが露見するのが判っていて夜伽を務めようとするからには、決死の覚悟でこの場に臨んでいたとしてもおかしくはない。
その裏をかいてやるのも面白いかもしれない。本当はここに来るまでは問いつめ、領議政との拘わりや素姓を偽っていたこともすべてを白状させてやるつもりだった。が、寝所に呼び寄せておいて、冷淡な態度を取り続けて緑花の心を揺さぶってみるのも一興かもしれない、などと意地の悪いことを考えたのである。
急に黙り込み、口を引き結んだ光宗を見ている中に、誠恵の心に不安が漣のように湧き立つ。
もしや、殿下は我が身が領議政の手先であることにお気づきになったのでは―。
まさかとは思うが、その可能性が全くないとはいえない。
そろそろ潮時なのかもしれない、と、誠恵は考えた。四日前、領議政孫尚善に月華楼で陵辱の限りを尽くされて以来、まだ香月からは何の連絡もない。
だが、このまま手をこまねいていて良いはずがないのだ。尚善はこれ以上ないというほど残酷なやり方で裏切った誠恵を罰した。
―何度でも抱いて、私のことしか考えられなくしてやる。
あの男は誠恵の身体を弄びながら無慈悲にも耳許で囁いたが、誠恵は少しも尚善に情を感じてなどいなかった。あれは、ただ屈辱と苦痛だけ与えられ、身体を奪われたにすぎない行為だった。
あの男のために動こうとはさらさら思わないけれど、冷酷な男は、誠恵が〝任務〟を完遂しない限り、しつこく近づいてくるに違いない。もう、あんな辱めを受けるのは二度とご免だ。指一本触れられたくない。
それに、村にいる家族も気がかりだ。誠恵がこのまま〝任務〟を果たせなければ、あの蛇のような男は今度は本当に家族にまで危害を与えるかもしれない。誠恵への見せしめとして、折檻ともいえる性交を強要したのが、その何よりの証だった。
考えてみれば、今宵はまたとない好機ではないか! こうして国王の方から近づいてきたのだ。この際、余計な情や未練はきっぱりと断ち切り、国王の生命を奪えば、それだけで誠恵は楽になれる。領議政との腐れ縁から解き放たれ、懐かしい村に帰れるのだ。
どうせ、この男も一時の激情で自分を慰み物にしようとした卑劣漢、領議政と同じ穴の狢なのだから、ひと思いに殺してしまえば良い。この千載一遇の好機を逃せば、次があるかどうかは判らないのだ。
抱かれてしまえば男だと露見する危険があるのは判っているから、寸前―、もしくは正体を知られたまさにその時、ひそかに隠し持った匕首で息の根を止めるだけだ。
だが、王はいつまで経っても、誠恵を抱こうとはしない。やはり、領議政の放った刺客だと勘づかれているのだろうか。
不意打ちを食らわされたような想いの中に、ほんの少し混じった気持ちから誠恵は敢えて眼を背けている。それは、好きなひとを寝所に迎えながらも、指先一つ男に触れられない淋しさだ。
誠恵は、押し寄せてくるやるせない哀しみと闘った。
光宗が手を伸ばしてきたら、彼を殺さなければならなくなるのに、どこかで期待している自分がいる。全く矛盾している話だ。
「殿下、やっと私のことを思い出して下さったのでございますね。今夜は、朝までご一緒しとうございます」
誠恵は甘えた仕種で、王の厚い胸板にしなだれかかる。
光宗は光宗で、緑花の様子が明らかにおかしいと感じていた。一見これまでと変わらないように見えるが、微妙に違う。
以前の緑花なら、こんなことは絶対にしなかったはずだ。光宗が違和感を憶えているのも知らず、緑花は媚を売るように身をすり寄せ、潤んだ瞳で見上げてくる。
思わずその深い澄んだ瞳に吸い込まれ、溺れそうな自分を王は戒める。
現に、王が夜着の前で結んだ紐を解こうとすると、かすかに身を捩り、王の手をほっそりとした小さな手で軽く押さえた。
光宗の顔を嫋嫋とした様子で見上げ、恥ずかしげに頬を染める。光宗が緑花を見下ろすと、〝いや〟とうつむいて首を振り、光宗の胸に頬を押し当ててくる。それは男なら誰もが思わず守ってやりたいと思う―仔猫がしきりに甘えるような仕種であった。
―売女(ばいた)め。
光宗は声高に罵ってやりたい衝動を懸命に抑える。
多分、緑花は今夜、王が彼女を抱くと信じて疑っていないだろう。もしかしたら、この機に乗じて、ひと息に自分を殺すつもりかもしれない。刺客の緑花にとって、今夜はまたとない機会だ。夜着を脱がされれば、男であることが露見するのが判っていて夜伽を務めようとするからには、決死の覚悟でこの場に臨んでいたとしてもおかしくはない。
その裏をかいてやるのも面白いかもしれない。本当はここに来るまでは問いつめ、領議政との拘わりや素姓を偽っていたこともすべてを白状させてやるつもりだった。が、寝所に呼び寄せておいて、冷淡な態度を取り続けて緑花の心を揺さぶってみるのも一興かもしれない、などと意地の悪いことを考えたのである。
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