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秘花⑰
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
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その日の宵になった。冷宮に与えられた一室の扉の向こうから、聞き慣れぬ声が響いた。
「国王殿下のお越しにございます」
その時、賢は夕食を取っていた。ジュチが先に毒味を丹念にするため、食べ始めるのはいつも少し遅くなる。どうせ殺される身に毒味など必要ないと告げても、ジュチは止めないので好きなようにさせている。
突然のなりゆきに、ジュチと賢は顔を見合わせた。すぐにジュチが立ち上がった。室の扉は内側からは開かない。当然だが、逃亡を防ぐため、閂がかけられている。扉前には常に屈強な兵士二人が護衛という目的の監視で貼り付いており、ジュチも出入り時には彼らの許可を得ているのだ。
先触れが聞こえてほどなく、鍵が開けられる音がして、外側から扉が開いた。
乾は龍袍(りゆうほう)を纏っていた。黒地に五本足を持つ天翔る龍が金糸銀糸で豪華に縫い取られているのは、まさにこの国の王しか身に付けることができないものだ。
椅子に掛けていた賢は立ち上がり、軽く頭を下げて〝新しい王〟に対しての礼を示した。
最早、この身は王太子ではない。新しき王となった乾には最低限の礼を尽くさねばならない立場だ。
だが、背後に控えるジュチは頭を下げようともせず、燃えるような憤怒の形相で王を見つめている。その視線にいち早く気付いた王はつかつかとジュチに歩み寄った。
「貴様、前から気に食わぬヤツだったが、相変わらずだな。王に対しての礼儀も知らぬのか?」
ジュチは王から眼を逸らしもせず、堂々と言った。
「私が王と認めるのはこの世にただ二人、亡き先王殿下とここにおわす世子邸下のみにございますゆえ」
「何―だと」
王の顔が瞬時に怒りに染まる。その様子には頓着せず、ジュチは平然と言ってのけた。
「恩義のあるお方を手に掛け、卑劣な手管で奪い取った玉座につかれた方を何で王と尊べましょうや」
「貴様ッ」
王がジュチに詰め寄ろうとするその前に、賢はジュチを庇うように立ち塞がった。
「殿下、この者はどうやら正気を逸しているようでございます。どうか、寛大なお心をもって、お見逃し下さいますよう」
賢は背後のジュチを振り返った。
「国王殿下の御前である。態度をわきまえよ」
ジュチをたしなめてから、今は王となった従弟を見つめた。
「何かご用でございますか?」
打ちひしがれている自分の姿をわざわざ見にきたのだろうか。それとも、最後通告―死を告げるのは玉座を奪い取った自分の役目だとでも思ったのか。
そう、この男は本来ならば賢のものになるはずだった玉座を横から奪い取ったのだ。
改めて乾への憎しみと怒りが賢の中で生まれた。
「何をしに来た」
低い声で言い、眼前の男を睨みつける。
急に手のひらを返すように態度を変えた賢に、王は整った顔に戸惑いを浮かべた。
「僕に死ねとわざわざ言いにきたのか? 残念だが、僕は死なんて少しも恐れてはいない。殺したけば、さっさと殺すが良い。そして、父上の血でまみれた玉座を更に僕の血で染めれば良いだろう。そうやって身内を殺して奪い取った玉座に平然と座り続けていれば良いんだ!」
その言葉に対して、王は特に怒りを示すことはなかった。王はジュチを見もせずに、顎をしゃくった。
「この目障りな男は外に出してくれ。そなたと二人だけで話がしたい」
「そんなことは私が許さないっ。邸下」
ジュチが勢い込むのに、賢は首を振った。
「ジュチ、殿下の仰せだ。そなたは席を外してくれ」
その命にジュチは悔しげな表情で室外へ出た。
王は卓を挟んで向かい合う椅子の一つに座った。
「そなたも座ってくれ」
「今更、あなたと話すことなど何もない」
にべもなく言い、賢は王から少し離れた場所で無表情に佇んだ。
王が溜息をつき、卓の上に並んだ粗末な食事を見つめた。
「どうやら、あの宦官は俺がそなたを殺すと思い込んでいるようだな。ここまで毎度、丁寧に毒味をしているとは」
どこか嘲笑うように言う王に、賢はキッとなった。
「違うのか? あなたが僕を生かす理由など、どこにもない。三つの子どもでも理解できる理屈だ」
「国王殿下のお越しにございます」
その時、賢は夕食を取っていた。ジュチが先に毒味を丹念にするため、食べ始めるのはいつも少し遅くなる。どうせ殺される身に毒味など必要ないと告げても、ジュチは止めないので好きなようにさせている。
突然のなりゆきに、ジュチと賢は顔を見合わせた。すぐにジュチが立ち上がった。室の扉は内側からは開かない。当然だが、逃亡を防ぐため、閂がかけられている。扉前には常に屈強な兵士二人が護衛という目的の監視で貼り付いており、ジュチも出入り時には彼らの許可を得ているのだ。
先触れが聞こえてほどなく、鍵が開けられる音がして、外側から扉が開いた。
乾は龍袍(りゆうほう)を纏っていた。黒地に五本足を持つ天翔る龍が金糸銀糸で豪華に縫い取られているのは、まさにこの国の王しか身に付けることができないものだ。
椅子に掛けていた賢は立ち上がり、軽く頭を下げて〝新しい王〟に対しての礼を示した。
最早、この身は王太子ではない。新しき王となった乾には最低限の礼を尽くさねばならない立場だ。
だが、背後に控えるジュチは頭を下げようともせず、燃えるような憤怒の形相で王を見つめている。その視線にいち早く気付いた王はつかつかとジュチに歩み寄った。
「貴様、前から気に食わぬヤツだったが、相変わらずだな。王に対しての礼儀も知らぬのか?」
ジュチは王から眼を逸らしもせず、堂々と言った。
「私が王と認めるのはこの世にただ二人、亡き先王殿下とここにおわす世子邸下のみにございますゆえ」
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王の顔が瞬時に怒りに染まる。その様子には頓着せず、ジュチは平然と言ってのけた。
「恩義のあるお方を手に掛け、卑劣な手管で奪い取った玉座につかれた方を何で王と尊べましょうや」
「貴様ッ」
王がジュチに詰め寄ろうとするその前に、賢はジュチを庇うように立ち塞がった。
「殿下、この者はどうやら正気を逸しているようでございます。どうか、寛大なお心をもって、お見逃し下さいますよう」
賢は背後のジュチを振り返った。
「国王殿下の御前である。態度をわきまえよ」
ジュチをたしなめてから、今は王となった従弟を見つめた。
「何かご用でございますか?」
打ちひしがれている自分の姿をわざわざ見にきたのだろうか。それとも、最後通告―死を告げるのは玉座を奪い取った自分の役目だとでも思ったのか。
そう、この男は本来ならば賢のものになるはずだった玉座を横から奪い取ったのだ。
改めて乾への憎しみと怒りが賢の中で生まれた。
「何をしに来た」
低い声で言い、眼前の男を睨みつける。
急に手のひらを返すように態度を変えた賢に、王は整った顔に戸惑いを浮かべた。
「僕に死ねとわざわざ言いにきたのか? 残念だが、僕は死なんて少しも恐れてはいない。殺したけば、さっさと殺すが良い。そして、父上の血でまみれた玉座を更に僕の血で染めれば良いだろう。そうやって身内を殺して奪い取った玉座に平然と座り続けていれば良いんだ!」
その言葉に対して、王は特に怒りを示すことはなかった。王はジュチを見もせずに、顎をしゃくった。
「この目障りな男は外に出してくれ。そなたと二人だけで話がしたい」
「そんなことは私が許さないっ。邸下」
ジュチが勢い込むのに、賢は首を振った。
「ジュチ、殿下の仰せだ。そなたは席を外してくれ」
その命にジュチは悔しげな表情で室外へ出た。
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「今更、あなたと話すことなど何もない」
にべもなく言い、賢は王から少し離れた場所で無表情に佇んだ。
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「どうやら、あの宦官は俺がそなたを殺すと思い込んでいるようだな。ここまで毎度、丁寧に毒味をしているとは」
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