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秘花⑳
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
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ジュチが気付いた時、賢は既に彼の胸に身を預けたまま眠っていた。泣きながら眠るとは、まだまだ子どもの部分が抜け切れていないのだ。ジュチは賢の艶やかな漆黒の髪にそっと手を伸ばした。
不思議な方だと思う。一見、年よりも大人びて沈着であるのに、素顔の賢は十八歳という年齢よりもはるかに幼く無邪気な一面を見せた。
可哀想に、生まれながらに両性具有という過酷な運命を背負ってきた王子。父王は彼を王子として育て、男性として成長することを切望したが、残念なことに、賢の身体は女性化し成長するにつれ、より完全な女性体に向かっている。
ジュチは宦官だけれど、男としての欲望がすべてなくなったわけではない。女らしく、みずみずしく成長を遂げる賢の身体を目の当たりにして、平静でいられないこともあった。むろん、着替えや湯浴みなどの世話は女官たちの領分だから、ジュチは賢の裸身を見たことはない。
それでも、ジュチと無邪気に呼びかけて胸に飛び込んでくるその身体を抱きしめる度、賢の身体が丸みを帯び、押しつけられた胸も少しずつではあるが膨らみを増していっているのに気付かないはずはない。
いや、それどころか、自分でも嫌になるくらい賢の身体の変化を自覚していた。
―私はこの方をお慕いしている。
美しい王太子への恋慕の情がいつ芽生えたのか、ジュチは自分でも判らない。賢の身体の秘密を知る数少ない王宮内の人間の中に、ジュチは含まれていた。
それはジュチが王太子付きの宦官となったその時、後宮を取り仕切る後宮女官長である尚宮から聞かされた機密事項であった。
―これは高麗という国を根底から揺るがす一大事ゆえ、けして他言してはならぬ。もし口外致せば、そなたも秘密を知る者も生命はないものと思え。
当時、十七歳のジュチはそう言い渡された。最初は王太子は弟のように可愛い存在でしかなかった。だが、いつも側にいる中に、この幼い王子が持つ数々の美点を知り、その人柄に惹かれていった。
他人を疑うことのない無邪気さ、自分よりも他人を気遣う優しさ、そして、自ら高麗の良き王たるべく真摯に学問にも武術にも励むその姿が何よりジュチの心を捉えたのだ。
更に成長してからの賢は、美しくなった。元々可憐だった容姿は花の蕾が開くようで、殊に十六歳で遅い初潮を迎えてからは爽やかな色香さえ漂うようになった。
この頃から、賢の身体の変化も以前より格段に速くなった。抱きついてきた時、以前は控えめだった胸の膨らみもはっきりとジュチにも判るようになった。
ジュチはある日、遠慮がちにそのことを賢に忠告した。要は大きくなった乳房を他人の眼から隠すため、胸回りに布を巻いた方が良いと遠回しに進言したわけだけれど、どうしても遠回しに言うのが難しく、結局、直截な言い方になってしまった。
最初はジュチの意図が判らず、きょとんとしていた賢はその意味を理解すると、頬を染めてうつむいた。そのときの賢の恥じらう様はまさに、恥ずかしがる少女そのものだった。
思わず手を伸ばして抱きしめたいほどに可愛らしかった。もちろん、主君に対してそんなことはしなかったが、この時、ジュチは賢への恋情をはっきりと自覚したのだ。
この方は必ず自分が守る。心に固く決めた。ジュチはどうも陽寧君が昔から嫌いだった。大切な王太子が弟のように思い、信頼している王族だ。にも拘わらず、何故か陽寧君は苦手であった。
いや、陽寧君が王太子を見つめる視線が厭だったのかもしれない。まるで蛇がこれから食べようとする獲物を遠巻きに眺めているような、粘ついた視線にはどこか異様な光が閃いていた。
陽寧君が大切な主君を見つめる眼には何ものかに憑かれたような狂気と呼べるものがあった。今回、王位についた彼が何故、目障りでしかない王太子をいつまでも放置しておくのか、それが判らなかった。けれど、今夜のなりゆきを見れば、王(陽寧君)の思惑が漸く判った。
王は賢を自分のものにするつもりなのだ。確かに王の言い分には一理はあった。反元派の誘いに乗らなければ、陽寧君は今頃、とうに暗殺されていたに違いない。陽寧君も王太子も二人ともに生命を存えるには、彼の言うように反元派の企みに乗ったふりをするしかなかった。
彼は最初から反元派に担がれた体で王位に就き、更にその暁には美しい従兄(従姉)を王妃に立てるつもりでいたのだろう。なるほど、男であれば反元派の者たちも賢に生きて貰っていては困るだろうが、女となればまた話は別だ。
不思議な方だと思う。一見、年よりも大人びて沈着であるのに、素顔の賢は十八歳という年齢よりもはるかに幼く無邪気な一面を見せた。
可哀想に、生まれながらに両性具有という過酷な運命を背負ってきた王子。父王は彼を王子として育て、男性として成長することを切望したが、残念なことに、賢の身体は女性化し成長するにつれ、より完全な女性体に向かっている。
ジュチは宦官だけれど、男としての欲望がすべてなくなったわけではない。女らしく、みずみずしく成長を遂げる賢の身体を目の当たりにして、平静でいられないこともあった。むろん、着替えや湯浴みなどの世話は女官たちの領分だから、ジュチは賢の裸身を見たことはない。
それでも、ジュチと無邪気に呼びかけて胸に飛び込んでくるその身体を抱きしめる度、賢の身体が丸みを帯び、押しつけられた胸も少しずつではあるが膨らみを増していっているのに気付かないはずはない。
いや、それどころか、自分でも嫌になるくらい賢の身体の変化を自覚していた。
―私はこの方をお慕いしている。
美しい王太子への恋慕の情がいつ芽生えたのか、ジュチは自分でも判らない。賢の身体の秘密を知る数少ない王宮内の人間の中に、ジュチは含まれていた。
それはジュチが王太子付きの宦官となったその時、後宮を取り仕切る後宮女官長である尚宮から聞かされた機密事項であった。
―これは高麗という国を根底から揺るがす一大事ゆえ、けして他言してはならぬ。もし口外致せば、そなたも秘密を知る者も生命はないものと思え。
当時、十七歳のジュチはそう言い渡された。最初は王太子は弟のように可愛い存在でしかなかった。だが、いつも側にいる中に、この幼い王子が持つ数々の美点を知り、その人柄に惹かれていった。
他人を疑うことのない無邪気さ、自分よりも他人を気遣う優しさ、そして、自ら高麗の良き王たるべく真摯に学問にも武術にも励むその姿が何よりジュチの心を捉えたのだ。
更に成長してからの賢は、美しくなった。元々可憐だった容姿は花の蕾が開くようで、殊に十六歳で遅い初潮を迎えてからは爽やかな色香さえ漂うようになった。
この頃から、賢の身体の変化も以前より格段に速くなった。抱きついてきた時、以前は控えめだった胸の膨らみもはっきりとジュチにも判るようになった。
ジュチはある日、遠慮がちにそのことを賢に忠告した。要は大きくなった乳房を他人の眼から隠すため、胸回りに布を巻いた方が良いと遠回しに進言したわけだけれど、どうしても遠回しに言うのが難しく、結局、直截な言い方になってしまった。
最初はジュチの意図が判らず、きょとんとしていた賢はその意味を理解すると、頬を染めてうつむいた。そのときの賢の恥じらう様はまさに、恥ずかしがる少女そのものだった。
思わず手を伸ばして抱きしめたいほどに可愛らしかった。もちろん、主君に対してそんなことはしなかったが、この時、ジュチは賢への恋情をはっきりと自覚したのだ。
この方は必ず自分が守る。心に固く決めた。ジュチはどうも陽寧君が昔から嫌いだった。大切な王太子が弟のように思い、信頼している王族だ。にも拘わらず、何故か陽寧君は苦手であった。
いや、陽寧君が王太子を見つめる視線が厭だったのかもしれない。まるで蛇がこれから食べようとする獲物を遠巻きに眺めているような、粘ついた視線にはどこか異様な光が閃いていた。
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