秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ

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秘花㊺

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

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 王が燃えるような眼を向けた。
「申せ、夜毎、あの宦官はそなたを抱いたのか!?」
 王の言葉の意味が判らず、賢は眼をまたたかせた。王が苛立ちを露わにした。
「そなたの身体を女にしたのは、あの忌々しい宦官なのかと聞いているッ」
 賢は質問の意味を完全に取り違えていた。―というより、内容が理解できていないのだ。
「―ジュチは関係ない。僕が勝手に王宮から逃げたのに、ジュチは仕方なく協力させられたんだ」
 王が賢を烈しいまなざしで見た。底冷えのする冷えた視線なのに、奥にはぎらつく焔が見えるようだ。その焔が嫉妬だと賢に理解できるはずもなかった。
「そなたが黙って付いてくれば、あやつはうち捨てておけば良いと思うていた。だが、あくまでも逆らうなら、まずは手始めにあの宦官から始末せねばな」
 賢の顔色が白くなった。
「お願いだ、ジュチには何もしないで。ジュチは何も悪くない。僕が悪いんだ」
「煩いッ、あのような下郎の名は聞きたくない」
 また布を突っ込まれ、賢は涙眼で呻いた。
「うぅ―」
 その時。確固とした声が賢の耳を打った。
「待て、賢華は渡さない」
 懐かしいあの声は―。
―ジュチ!
 王に抱かれた馬上の賢は泣きながら最後の力を振り絞って暴れた。

 ジュチは眼前にひろがる光景を信じられない想いで見つめた。昼過ぎに家に帰っても、賢の姿は見当たらなかった。出かけているのかと思い、しばらく待ったが、帰る気配もない。
 黙って遠出するような妻ではなかった。それで心当たりといえば、この川原しかなかったので、探しにきたのである。 
 案の定、妻は川原にいた。あろうことか、あの男―王が賢を腕に抱き馬に乗って連れ去ろうとしていた。賢が採ったらしい魚や花、釣り竿が辺りに散乱している。どう見ても、嫌がる娘を略奪するように連れ去ろうしている図だ。
 あの釣り竿はジュチが妻に作ってやったものだった。賢はとても悦んで、毎日のように釣りにきていた。魚は売り物になるので、ジュチの役に立てるそのことが嬉しいのだと言っていた。
 健気な少女だと思う。残酷な運命にも屈さず、それを受け容れて進もうとするその姿に何より惹かれた。何不自由ない王宮暮らしに慣れた身にはさぞ不便だろう今の生活にも文句一つ言わず、懸命に生きようとしている。
 何故、王は賢をそっとしておいてやらないのか。その想いがつい口をついて出た。
「殿下は何故、賢華を苦しめるのですか?」
 王が露骨に眉をひそめた。
「賢華だと? そのような者は知らん。それも、ふざけた夫婦ごっこの延長か?」
 からかうように言い、鼻を鳴らす。これが一国の王かと思うと、心底情けなかった。ジュチ自身、かつては宦官ではあるが朝廷の臣下として仕えた身だ。いつまでも靡かぬ女の尻を追いかけ回すよりは、もっと他に王としての務めがあるはずなのに、そのことにも気付かないのか。
 殊に今は即位したばかりで、こなさなければならない政務は山積しているはずだ。ジュチはかつての王太子時代の賢を思った。
 両性具有であるという秘密を抱えるからこそ余計に、賢は良き王太子であろうと自らを厳しく律していた。学問だけでなく苦手な武術にも励み、何をすれば国が良くなるのか考え、民の声に真摯に耳を傾けようとしていた。
 同じ王族として生まれながら、王と賢のこの違いは何だろう。
 こんな王にたとえ何を言おうが、千言万言を費やそうが、届くはずはないのかもしれない。それでも、ジュチは言わずにはいられなかった。何より、彼が愛する賢のために。
 ジュチは静謐な声音で続けた。
「愛することは力で征服することではありません。もし殿下が賢華を本当に大切に思うなら、彼女の意思をいちばんに考えて下さいませんか」
「どうでも、はっきりと己れの罪状を明白にし、天下の大罪人になりたいと申すのだな。良かろう、申してやる。賢は俺の許婚だ。王の女を攫い、あまつさえ寝取った貴様がこのままで済むと思うてか」
「賢華は私の妻です」
「ぬけぬけと申したな。この者は俺の女だ。十年以上前から、俺は賢だけを見てきた。いずれは賢を妻にするのだとそれを夢見てきたのだ! 貴様にそれを邪魔立てする資格はない」
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