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秘花55
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
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王と同じく婚儀の正装を纏った王妃はたくさんの女官を従え、静々と通路を進み、階を昇って王の待ち受ける壇上へと着いた。
楽の音が鳴り渡り、粛々とした雰囲気を震わせる。
しばらく鳴り響いていた楽が止んだ。王が立ち上がった。
「偉大なる元帝国皇帝の息女ユーラタルシリ、我が高麗順恭王の王女永照公主は婦女子としての徳高く、国母となるにふさわしい人柄である。本日をもって、この高麗の王妃、朕が正妃とすることをここに宣言するものなり」
百官がすかざず勺を持ち唱和する。
「千歳(チヨンセ)、万歳(バンセ)、千々歳(チョンチョンセ)」
「千歳、万歳、千々歳」
正装した百官たちの大音声がひろがり、その場は一挙に盛り上がった。
だが、壇上に王と並んで立つ王妃―賢の眼には何も映じていなかった。ともすれば涙が溢れそうになるのを堪えるのが精一杯だったのである。
どれだけ哀しくても、廷臣たちが揃った国婚の場で泣くわけにはいかない。かつて王太子であった頃から、王族男子として私情よりは国益を優先するべきだと学んできて、その考え方が身に滲みているからだ。
だが、傍らの王は端から気付いていたらしい。夫婦固めの杯事、誓いの言葉を終えた後、国王夫妻は再び壇上で並んで臣下たちの祝福を受ける。その最中、王がすっと身を寄せ、囁いてきたのだ。
「どうした、気分が悪いのか?」
それは臣下たちから見れば、微笑ましい光景に映じたはずだ。婚儀を挙げたばかりの若い王が美しい王妃に笑顔で何かを囁きかけている―。
だが、王は冷淡な声音で続けた。
「どれだけ厭であろうと、せめて臣下たちの前では嬉しそうにふるまえ。今日の主役の王妃が通夜の晩のようにしらけた顔をしていたのでは様にならん」
返事をしなければならないところだろうが、賢は頷くしかできなかった。言葉を発すれば、泣いてしまうのが判ったからだ。
王は相変わらず満足げな笑顔を絶やさず、傍らの王妃に優しいまなざしを向け、時折、王妃に何かを囁いている。王妃は王の言葉に耳を傾け貞淑そうに頷いている。
永照公主がふた月余りもの間、王宮を出て行方不明になっていた件について、その真相は厳しい箝口令が敷かれていた。王女はは畏れ多くも身分違いの恋に狂った宦官に連れ去られ、さる場所に監禁されていたのだという噂が真しやかに語られた。
気の毒な王女は一途に王を恋い慕っていたにも拘わらず、王女に横恋慕した宦官が王女を連れ去ったのだ。
国王の許嫁にして未来の王妃を奪い去り、連れ回した不埒者の宦官は当然ながら、処刑された。ジュチは王に仇なす大罪人としての不名誉な烙印を捺されることになってしまった。
呆れたことに、朝廷で重きをなす廷臣たちの殆どがその馬鹿げた作り話を信じている。王がわざとそのような噂を流布させた結果だ。ジュチと賢の悲恋を知る者は数えるほどしかいなかったが、その者たちも我が身の生命が惜しければ余計な話を口外して国王の逆鱗に触れるようなことはしない。
今、やっと悲劇の王女は不埒な宦官の手を逃れ、愛する王の許に戻った。その作り話を真実だと思い込んでいる重臣が多いため、笑顔の王がしきりに傍らの王妃に囁きかけるその仲睦まじさを疑う者は誰もいない。
中には、
―殿下もやはりまだお若い。早くもお美しい王妃さまに夢中ではないか。
―殿下も男ですからな。あのご様子では、長々しい婚儀などより夜が待ち遠しいのであろうて。
―それにしても、あの生真面目な世子邸下と眼の前の天女のような美人が同一人物とはどうにもまだ信じられませんなあ。女は化けるといういますが、言い得て妙というもの。
―いやいや、殿下が羨ましい。うちの不細工な娘などは幾ら化けさせたくても、ごまかしがききませんぞ。世子邸下は元々お美しい方でおわしましたからな。
などと、あからさまに囁き交わす廷臣もいる始末だった。
楽の音が鳴り渡り、粛々とした雰囲気を震わせる。
しばらく鳴り響いていた楽が止んだ。王が立ち上がった。
「偉大なる元帝国皇帝の息女ユーラタルシリ、我が高麗順恭王の王女永照公主は婦女子としての徳高く、国母となるにふさわしい人柄である。本日をもって、この高麗の王妃、朕が正妃とすることをここに宣言するものなり」
百官がすかざず勺を持ち唱和する。
「千歳(チヨンセ)、万歳(バンセ)、千々歳(チョンチョンセ)」
「千歳、万歳、千々歳」
正装した百官たちの大音声がひろがり、その場は一挙に盛り上がった。
だが、壇上に王と並んで立つ王妃―賢の眼には何も映じていなかった。ともすれば涙が溢れそうになるのを堪えるのが精一杯だったのである。
どれだけ哀しくても、廷臣たちが揃った国婚の場で泣くわけにはいかない。かつて王太子であった頃から、王族男子として私情よりは国益を優先するべきだと学んできて、その考え方が身に滲みているからだ。
だが、傍らの王は端から気付いていたらしい。夫婦固めの杯事、誓いの言葉を終えた後、国王夫妻は再び壇上で並んで臣下たちの祝福を受ける。その最中、王がすっと身を寄せ、囁いてきたのだ。
「どうした、気分が悪いのか?」
それは臣下たちから見れば、微笑ましい光景に映じたはずだ。婚儀を挙げたばかりの若い王が美しい王妃に笑顔で何かを囁きかけている―。
だが、王は冷淡な声音で続けた。
「どれだけ厭であろうと、せめて臣下たちの前では嬉しそうにふるまえ。今日の主役の王妃が通夜の晩のようにしらけた顔をしていたのでは様にならん」
返事をしなければならないところだろうが、賢は頷くしかできなかった。言葉を発すれば、泣いてしまうのが判ったからだ。
王は相変わらず満足げな笑顔を絶やさず、傍らの王妃に優しいまなざしを向け、時折、王妃に何かを囁いている。王妃は王の言葉に耳を傾け貞淑そうに頷いている。
永照公主がふた月余りもの間、王宮を出て行方不明になっていた件について、その真相は厳しい箝口令が敷かれていた。王女はは畏れ多くも身分違いの恋に狂った宦官に連れ去られ、さる場所に監禁されていたのだという噂が真しやかに語られた。
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呆れたことに、朝廷で重きをなす廷臣たちの殆どがその馬鹿げた作り話を信じている。王がわざとそのような噂を流布させた結果だ。ジュチと賢の悲恋を知る者は数えるほどしかいなかったが、その者たちも我が身の生命が惜しければ余計な話を口外して国王の逆鱗に触れるようなことはしない。
今、やっと悲劇の王女は不埒な宦官の手を逃れ、愛する王の許に戻った。その作り話を真実だと思い込んでいる重臣が多いため、笑顔の王がしきりに傍らの王妃に囁きかけるその仲睦まじさを疑う者は誰もいない。
中には、
―殿下もやはりまだお若い。早くもお美しい王妃さまに夢中ではないか。
―殿下も男ですからな。あのご様子では、長々しい婚儀などより夜が待ち遠しいのであろうて。
―それにしても、あの生真面目な世子邸下と眼の前の天女のような美人が同一人物とはどうにもまだ信じられませんなあ。女は化けるといういますが、言い得て妙というもの。
―いやいや、殿下が羨ましい。うちの不細工な娘などは幾ら化けさせたくても、ごまかしがききませんぞ。世子邸下は元々お美しい方でおわしましたからな。
などと、あからさまに囁き交わす廷臣もいる始末だった。
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