55 / 108
秘花55
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
しおりを挟む
王と同じく婚儀の正装を纏った王妃はたくさんの女官を従え、静々と通路を進み、階を昇って王の待ち受ける壇上へと着いた。
楽の音が鳴り渡り、粛々とした雰囲気を震わせる。
しばらく鳴り響いていた楽が止んだ。王が立ち上がった。
「偉大なる元帝国皇帝の息女ユーラタルシリ、我が高麗順恭王の王女永照公主は婦女子としての徳高く、国母となるにふさわしい人柄である。本日をもって、この高麗の王妃、朕が正妃とすることをここに宣言するものなり」
百官がすかざず勺を持ち唱和する。
「千歳(チヨンセ)、万歳(バンセ)、千々歳(チョンチョンセ)」
「千歳、万歳、千々歳」
正装した百官たちの大音声がひろがり、その場は一挙に盛り上がった。
だが、壇上に王と並んで立つ王妃―賢の眼には何も映じていなかった。ともすれば涙が溢れそうになるのを堪えるのが精一杯だったのである。
どれだけ哀しくても、廷臣たちが揃った国婚の場で泣くわけにはいかない。かつて王太子であった頃から、王族男子として私情よりは国益を優先するべきだと学んできて、その考え方が身に滲みているからだ。
だが、傍らの王は端から気付いていたらしい。夫婦固めの杯事、誓いの言葉を終えた後、国王夫妻は再び壇上で並んで臣下たちの祝福を受ける。その最中、王がすっと身を寄せ、囁いてきたのだ。
「どうした、気分が悪いのか?」
それは臣下たちから見れば、微笑ましい光景に映じたはずだ。婚儀を挙げたばかりの若い王が美しい王妃に笑顔で何かを囁きかけている―。
だが、王は冷淡な声音で続けた。
「どれだけ厭であろうと、せめて臣下たちの前では嬉しそうにふるまえ。今日の主役の王妃が通夜の晩のようにしらけた顔をしていたのでは様にならん」
返事をしなければならないところだろうが、賢は頷くしかできなかった。言葉を発すれば、泣いてしまうのが判ったからだ。
王は相変わらず満足げな笑顔を絶やさず、傍らの王妃に優しいまなざしを向け、時折、王妃に何かを囁いている。王妃は王の言葉に耳を傾け貞淑そうに頷いている。
永照公主がふた月余りもの間、王宮を出て行方不明になっていた件について、その真相は厳しい箝口令が敷かれていた。王女はは畏れ多くも身分違いの恋に狂った宦官に連れ去られ、さる場所に監禁されていたのだという噂が真しやかに語られた。
気の毒な王女は一途に王を恋い慕っていたにも拘わらず、王女に横恋慕した宦官が王女を連れ去ったのだ。
国王の許嫁にして未来の王妃を奪い去り、連れ回した不埒者の宦官は当然ながら、処刑された。ジュチは王に仇なす大罪人としての不名誉な烙印を捺されることになってしまった。
呆れたことに、朝廷で重きをなす廷臣たちの殆どがその馬鹿げた作り話を信じている。王がわざとそのような噂を流布させた結果だ。ジュチと賢の悲恋を知る者は数えるほどしかいなかったが、その者たちも我が身の生命が惜しければ余計な話を口外して国王の逆鱗に触れるようなことはしない。
今、やっと悲劇の王女は不埒な宦官の手を逃れ、愛する王の許に戻った。その作り話を真実だと思い込んでいる重臣が多いため、笑顔の王がしきりに傍らの王妃に囁きかけるその仲睦まじさを疑う者は誰もいない。
中には、
―殿下もやはりまだお若い。早くもお美しい王妃さまに夢中ではないか。
―殿下も男ですからな。あのご様子では、長々しい婚儀などより夜が待ち遠しいのであろうて。
―それにしても、あの生真面目な世子邸下と眼の前の天女のような美人が同一人物とはどうにもまだ信じられませんなあ。女は化けるといういますが、言い得て妙というもの。
―いやいや、殿下が羨ましい。うちの不細工な娘などは幾ら化けさせたくても、ごまかしがききませんぞ。世子邸下は元々お美しい方でおわしましたからな。
などと、あからさまに囁き交わす廷臣もいる始末だった。
楽の音が鳴り渡り、粛々とした雰囲気を震わせる。
しばらく鳴り響いていた楽が止んだ。王が立ち上がった。
「偉大なる元帝国皇帝の息女ユーラタルシリ、我が高麗順恭王の王女永照公主は婦女子としての徳高く、国母となるにふさわしい人柄である。本日をもって、この高麗の王妃、朕が正妃とすることをここに宣言するものなり」
百官がすかざず勺を持ち唱和する。
「千歳(チヨンセ)、万歳(バンセ)、千々歳(チョンチョンセ)」
「千歳、万歳、千々歳」
正装した百官たちの大音声がひろがり、その場は一挙に盛り上がった。
だが、壇上に王と並んで立つ王妃―賢の眼には何も映じていなかった。ともすれば涙が溢れそうになるのを堪えるのが精一杯だったのである。
どれだけ哀しくても、廷臣たちが揃った国婚の場で泣くわけにはいかない。かつて王太子であった頃から、王族男子として私情よりは国益を優先するべきだと学んできて、その考え方が身に滲みているからだ。
だが、傍らの王は端から気付いていたらしい。夫婦固めの杯事、誓いの言葉を終えた後、国王夫妻は再び壇上で並んで臣下たちの祝福を受ける。その最中、王がすっと身を寄せ、囁いてきたのだ。
「どうした、気分が悪いのか?」
それは臣下たちから見れば、微笑ましい光景に映じたはずだ。婚儀を挙げたばかりの若い王が美しい王妃に笑顔で何かを囁きかけている―。
だが、王は冷淡な声音で続けた。
「どれだけ厭であろうと、せめて臣下たちの前では嬉しそうにふるまえ。今日の主役の王妃が通夜の晩のようにしらけた顔をしていたのでは様にならん」
返事をしなければならないところだろうが、賢は頷くしかできなかった。言葉を発すれば、泣いてしまうのが判ったからだ。
王は相変わらず満足げな笑顔を絶やさず、傍らの王妃に優しいまなざしを向け、時折、王妃に何かを囁いている。王妃は王の言葉に耳を傾け貞淑そうに頷いている。
永照公主がふた月余りもの間、王宮を出て行方不明になっていた件について、その真相は厳しい箝口令が敷かれていた。王女はは畏れ多くも身分違いの恋に狂った宦官に連れ去られ、さる場所に監禁されていたのだという噂が真しやかに語られた。
気の毒な王女は一途に王を恋い慕っていたにも拘わらず、王女に横恋慕した宦官が王女を連れ去ったのだ。
国王の許嫁にして未来の王妃を奪い去り、連れ回した不埒者の宦官は当然ながら、処刑された。ジュチは王に仇なす大罪人としての不名誉な烙印を捺されることになってしまった。
呆れたことに、朝廷で重きをなす廷臣たちの殆どがその馬鹿げた作り話を信じている。王がわざとそのような噂を流布させた結果だ。ジュチと賢の悲恋を知る者は数えるほどしかいなかったが、その者たちも我が身の生命が惜しければ余計な話を口外して国王の逆鱗に触れるようなことはしない。
今、やっと悲劇の王女は不埒な宦官の手を逃れ、愛する王の許に戻った。その作り話を真実だと思い込んでいる重臣が多いため、笑顔の王がしきりに傍らの王妃に囁きかけるその仲睦まじさを疑う者は誰もいない。
中には、
―殿下もやはりまだお若い。早くもお美しい王妃さまに夢中ではないか。
―殿下も男ですからな。あのご様子では、長々しい婚儀などより夜が待ち遠しいのであろうて。
―それにしても、あの生真面目な世子邸下と眼の前の天女のような美人が同一人物とはどうにもまだ信じられませんなあ。女は化けるといういますが、言い得て妙というもの。
―いやいや、殿下が羨ましい。うちの不細工な娘などは幾ら化けさせたくても、ごまかしがききませんぞ。世子邸下は元々お美しい方でおわしましたからな。
などと、あからさまに囁き交わす廷臣もいる始末だった。
4
あなたにおすすめの小説
不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています
八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。
そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。
僕の部下がかわいくて仕方ない
まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
聖者の愛はお前だけのもの
いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。
<あらすじ>
ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。
ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。
意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。
全年齢対象。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる