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秘花58
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
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「―」
王のひと言は賢の心を粉々に打ち砕いた。
「嘘だ」
「嘘じゃない。どうしても信じられないなら、自分で侍医に確かめてみると良い。そういえば、侍医はこんなことも言っていたな」
王は動揺する賢を見て、むしろ愉しげでさえあるようだ。
―王妃さまのお身体は確かに完全に女体化しておられますが、いまだ未成熟な部分もございます。元々が両性具有であったため、女性としての発育もゆっくりとしているのです。殿下におかれましては、でき得れば王妃さまとお褥を共にされるのは数ヶ月、お待ちになった方がよろしいかと存じます。
無理に性交に及んでは、女性として発育中の王妃の身体を傷つける危険があるという。
実はこの時、賢がまだ清らかな処女である事実も王に伝えられ、これで漸く王の烈しい嫉妬と疑念も解消されたわけだが、この話を王が賢に告げる必要はさらさらなかった。
それに、王はあの忌々しい宦官―ジュチについてはいまだに妬心を棄て切れていない。賢が清らかな身体であったことで、あの男が賢を抱いていないことは判った。しかし、男女の繋がりは身体の結びつきだけではない。
時には身体よりも心の結びつきの方がより重要であり、賢とあの男の場合、精神的繋がりが深かった分、余計に二人の絆を断ち切るのは難しいといえた。宦官が既にこの世の者でなくなった今でさえ、王はあの男の亡霊に烈しい嫉妬と憎しみを抱いている。
王は侍医の言葉を繰り返し、揶揄するように言った。
「ゆえに、侍医に命じておいた。早くにそなたの身体が女として成熟するような薬を飲ませろとな」
賢は耳まで真っ赤になった。
「僕はそんな薬は飲まない。絶対にいやだ」
王が感情の読めない瞳で賢を見た。
「いや、飲ませる」
それから、フと意味ありげな笑いを浮かべる。
「最近、そなたのお気に入りだという元国渡りの香草茶はさぞかし美味しいのであろうな」
あ、と、賢の白い面が傍目にも判るほどに蒼褪めた。王がまた薄く笑った。
そういえば、と、今更ながらに思い出す。今夜も崔尚宮が淹れてくれた香草茶を飲んだばかりだ。よもや知らない間に、そんなものを飲まされていたなんて。
涙が溢れそうになり、賢は哀しい想いで考えた。王はそんな怪しげな薬を飲ませてまで、自分を辱めたいのか。
「そなたの祖父の元国皇帝が殊の外気に入って日三度は必ず飲んでいるというほどの滋養強壮の妙薬だ。なるほど、皇帝が齢六十を過ぎてもいまだに、孫のような年若い女を身籠もらせるだけの体力があるのも頷ける。逆に、初めて皇帝の閨に召される生娘が怯えて手に負えぬときにも飲ませるそうだ。定量ではさほどの薬効はないが、量を増やせば媚薬にもなるという。閨事など何も知らない娘が男を知り尽くした女のように我を忘れるほどに悦がり狂うとも聞いた」
こんなときに元の皇帝の話を持ちだす王の気が知れない。思わず両手で耳を塞ぎたい衝動に駆られる。
賢は怒りのあまり、叫んだ。
「僕はあなたの好きなようにできる玩具じゃない」
王が底冷えのする声音で言う。
「俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。必然的に次の高麗国王もそなたに宿るだろうな」
賢は王を真正面から見据えた。その美しい漆黒の双眸に燃え盛るのは紛れもなく憎しみという感情だ。
「身体だけなら、いつもでも差し上げます」
言うなり、前結びになった帯を解き始める。しかし、啖呵を切ったは良いが、情けなくも手が戦慄き、結び目が上手く解けない。
王が寝台を立った。大股でゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
ふいに顎に手をかけて仰のけられた。耳に痛いほどの沈黙が満たす閨の中、漆黒の瞳と瞳がぶつかり合い、蒼白い火花が散った。
「可愛げのない女だ」
王が急に手を放す。突き放され、賢はよろめいた。
「そんなに俺の妃になるのはいやか? 賢」
思いがけずも〝賢〟と呼ばれたことが賢の心の防御壁を崩した。一度小さな亀裂が入った心の回りの壁は一瞬で崩れ去り、想い出という名の未練が心に押し寄せてくる。
王のひと言は賢の心を粉々に打ち砕いた。
「嘘だ」
「嘘じゃない。どうしても信じられないなら、自分で侍医に確かめてみると良い。そういえば、侍医はこんなことも言っていたな」
王は動揺する賢を見て、むしろ愉しげでさえあるようだ。
―王妃さまのお身体は確かに完全に女体化しておられますが、いまだ未成熟な部分もございます。元々が両性具有であったため、女性としての発育もゆっくりとしているのです。殿下におかれましては、でき得れば王妃さまとお褥を共にされるのは数ヶ月、お待ちになった方がよろしいかと存じます。
無理に性交に及んでは、女性として発育中の王妃の身体を傷つける危険があるという。
実はこの時、賢がまだ清らかな処女である事実も王に伝えられ、これで漸く王の烈しい嫉妬と疑念も解消されたわけだが、この話を王が賢に告げる必要はさらさらなかった。
それに、王はあの忌々しい宦官―ジュチについてはいまだに妬心を棄て切れていない。賢が清らかな身体であったことで、あの男が賢を抱いていないことは判った。しかし、男女の繋がりは身体の結びつきだけではない。
時には身体よりも心の結びつきの方がより重要であり、賢とあの男の場合、精神的繋がりが深かった分、余計に二人の絆を断ち切るのは難しいといえた。宦官が既にこの世の者でなくなった今でさえ、王はあの男の亡霊に烈しい嫉妬と憎しみを抱いている。
王は侍医の言葉を繰り返し、揶揄するように言った。
「ゆえに、侍医に命じておいた。早くにそなたの身体が女として成熟するような薬を飲ませろとな」
賢は耳まで真っ赤になった。
「僕はそんな薬は飲まない。絶対にいやだ」
王が感情の読めない瞳で賢を見た。
「いや、飲ませる」
それから、フと意味ありげな笑いを浮かべる。
「最近、そなたのお気に入りだという元国渡りの香草茶はさぞかし美味しいのであろうな」
あ、と、賢の白い面が傍目にも判るほどに蒼褪めた。王がまた薄く笑った。
そういえば、と、今更ながらに思い出す。今夜も崔尚宮が淹れてくれた香草茶を飲んだばかりだ。よもや知らない間に、そんなものを飲まされていたなんて。
涙が溢れそうになり、賢は哀しい想いで考えた。王はそんな怪しげな薬を飲ませてまで、自分を辱めたいのか。
「そなたの祖父の元国皇帝が殊の外気に入って日三度は必ず飲んでいるというほどの滋養強壮の妙薬だ。なるほど、皇帝が齢六十を過ぎてもいまだに、孫のような年若い女を身籠もらせるだけの体力があるのも頷ける。逆に、初めて皇帝の閨に召される生娘が怯えて手に負えぬときにも飲ませるそうだ。定量ではさほどの薬効はないが、量を増やせば媚薬にもなるという。閨事など何も知らない娘が男を知り尽くした女のように我を忘れるほどに悦がり狂うとも聞いた」
こんなときに元の皇帝の話を持ちだす王の気が知れない。思わず両手で耳を塞ぎたい衝動に駆られる。
賢は怒りのあまり、叫んだ。
「僕はあなたの好きなようにできる玩具じゃない」
王が底冷えのする声音で言う。
「俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。必然的に次の高麗国王もそなたに宿るだろうな」
賢は王を真正面から見据えた。その美しい漆黒の双眸に燃え盛るのは紛れもなく憎しみという感情だ。
「身体だけなら、いつもでも差し上げます」
言うなり、前結びになった帯を解き始める。しかし、啖呵を切ったは良いが、情けなくも手が戦慄き、結び目が上手く解けない。
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「可愛げのない女だ」
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