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秘花57
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
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王が隣を示し、差し招いた。
「こちらへ」
側に来いという意味だとは判る。でも、言うことを聞くつもりはなかった。
賢は王の誘いには応じず、その場に立ち尽くした。
「お願いがある」
「ん? 何か欲しいものがあるのか?」
流石に新婚初夜のせいか、今夜は王も幾分表情が明るく、物言いも穏やかで皮肉めいたところは影を潜めていた。
だが、賢にとっては嬉しくもない、むしろ王妃―この男の妻という立場に永遠に囚われてしまった最悪の日だ。
「夜は僕一人で眠らせて欲しいんだ」
王の秀麗な顔が瞬時に強ばった。
「何だって?」
賢はゆっくりと先刻の科白を繰り返す。
「夜は別々に寝もう。僕はここで眠る。あなたは王宮殿で眠れば良い」
「賢、いや照容」
呼びかけられ、賢は首を振った。
「僕の名前は賢だ、照容なんかじゃない」
賢の名前は生誕時に与えられた〝王賢〟とジュチが呼んだ〝賢華〟だけ、王女として新たに付けられた名前はただ厭わしいだけだ。
「僕は確かに立場上は王妃だ。いったん王妃となったからには、その務めは果たす。でも、それは公だけにして。こんな風に僕のところにも来ないで欲しい」
王の低い声が響いた。
「そなたは自分の言っていることが判っているのか?」
「判ってる」
つまりは、と、王が歌うように言った。
「そなたは名ばかりの夫婦でいたいと申すのだな」
「そのとおりだ」
賢は王に向かって頷いた。
だが、それはすぐに切り捨てられた。
「生憎だが、それは無理だ」
「どうしてだい? 廷臣や民の前ではせいぜい仲睦まじい夫婦を演じれば良い。それだけの話じゃないか」
王の眼が煌めいた。
「世継ぎの問題もある」
賢は押し黙った。気まずい沈黙が二人の間を漂う。賢は務めて何でもないようにふるまった。
「それは簡単だろう。あなたが側室を持てば良い。あなたが何人の側室を持ち、どれだけ御子が産まれようと、僕は何も言うつもりはないから」
「まるで他人事のような口ぶりだな」
王も淡々と言った。
「妻公認で側室が持てるんだ。世の常の男なら、大喜びすると思うけどね」
王の言うとおりだ、自分にとって、今日、良人となったこの男は永遠に他人にしかすぎない。いや、いっそ本当に拘わりのない他人であれば良かった。そうすれば、憎むこともなかった。この男はジュチを殺した張本人なのだ。
王が決めつけるように言った。
「世継ぎは正室から生まれるべきだ。残念だが、俺は側妾を持つつもりはないんでな。愛妻家の伯父上に習うことにした」
賢は両脇に垂らした拳を握りしめた。
「父上の話をするな! あなたは父上を見殺しにし、僕を廃位に追い込んで玉座を奪った人だ。そんな人から父上の話は聞きたくない」
王が形の良い眉をつり上げた。
「何度も言ったが、伯父上を殺したのは俺ではない」
賢は涙の滲んだ眼で王を見た。
「そのことは知っている。でも、殿下のしたことは結局、同じだろう。少なくとも、僕はそう思っている。それが、これからも殿下とは拘わりたくない理由だ」
「関わり合いたくなろうかと、そなたは王妃となった。王妃の務めは果たして貰わねばならない」
「だから、王妃の務めだけは果たすと―」
覆い被せるように王が言った。
「王妃の第一の務めは世継ぎを生むことだ」
賢は一瞬言葉を失い、辛うじて体勢を立て直した。
「僕は女じゃない。子どもを生むどころか、身籠もることもできない。悪いが、期待には応えられないよ」
言い逃れでも詭弁でもなく、心から考えていることだった。女の身体になったとはいえ、きっと、この出来損ないの身体は妊娠出産などできないだろう。
ところが、次の王の科白は賢の想定外のものだった。
「心配するな。その点は侍医にも確認した。そなたの身体を診察した侍医は証言したぞ。女体は問題なく整っており、夜伽も子を宿すことも十分に可能だという話だったが」
「こちらへ」
側に来いという意味だとは判る。でも、言うことを聞くつもりはなかった。
賢は王の誘いには応じず、その場に立ち尽くした。
「お願いがある」
「ん? 何か欲しいものがあるのか?」
流石に新婚初夜のせいか、今夜は王も幾分表情が明るく、物言いも穏やかで皮肉めいたところは影を潜めていた。
だが、賢にとっては嬉しくもない、むしろ王妃―この男の妻という立場に永遠に囚われてしまった最悪の日だ。
「夜は僕一人で眠らせて欲しいんだ」
王の秀麗な顔が瞬時に強ばった。
「何だって?」
賢はゆっくりと先刻の科白を繰り返す。
「夜は別々に寝もう。僕はここで眠る。あなたは王宮殿で眠れば良い」
「賢、いや照容」
呼びかけられ、賢は首を振った。
「僕の名前は賢だ、照容なんかじゃない」
賢の名前は生誕時に与えられた〝王賢〟とジュチが呼んだ〝賢華〟だけ、王女として新たに付けられた名前はただ厭わしいだけだ。
「僕は確かに立場上は王妃だ。いったん王妃となったからには、その務めは果たす。でも、それは公だけにして。こんな風に僕のところにも来ないで欲しい」
王の低い声が響いた。
「そなたは自分の言っていることが判っているのか?」
「判ってる」
つまりは、と、王が歌うように言った。
「そなたは名ばかりの夫婦でいたいと申すのだな」
「そのとおりだ」
賢は王に向かって頷いた。
だが、それはすぐに切り捨てられた。
「生憎だが、それは無理だ」
「どうしてだい? 廷臣や民の前ではせいぜい仲睦まじい夫婦を演じれば良い。それだけの話じゃないか」
王の眼が煌めいた。
「世継ぎの問題もある」
賢は押し黙った。気まずい沈黙が二人の間を漂う。賢は務めて何でもないようにふるまった。
「それは簡単だろう。あなたが側室を持てば良い。あなたが何人の側室を持ち、どれだけ御子が産まれようと、僕は何も言うつもりはないから」
「まるで他人事のような口ぶりだな」
王も淡々と言った。
「妻公認で側室が持てるんだ。世の常の男なら、大喜びすると思うけどね」
王の言うとおりだ、自分にとって、今日、良人となったこの男は永遠に他人にしかすぎない。いや、いっそ本当に拘わりのない他人であれば良かった。そうすれば、憎むこともなかった。この男はジュチを殺した張本人なのだ。
王が決めつけるように言った。
「世継ぎは正室から生まれるべきだ。残念だが、俺は側妾を持つつもりはないんでな。愛妻家の伯父上に習うことにした」
賢は両脇に垂らした拳を握りしめた。
「父上の話をするな! あなたは父上を見殺しにし、僕を廃位に追い込んで玉座を奪った人だ。そんな人から父上の話は聞きたくない」
王が形の良い眉をつり上げた。
「何度も言ったが、伯父上を殺したのは俺ではない」
賢は涙の滲んだ眼で王を見た。
「そのことは知っている。でも、殿下のしたことは結局、同じだろう。少なくとも、僕はそう思っている。それが、これからも殿下とは拘わりたくない理由だ」
「関わり合いたくなろうかと、そなたは王妃となった。王妃の務めは果たして貰わねばならない」
「だから、王妃の務めだけは果たすと―」
覆い被せるように王が言った。
「王妃の第一の務めは世継ぎを生むことだ」
賢は一瞬言葉を失い、辛うじて体勢を立て直した。
「僕は女じゃない。子どもを生むどころか、身籠もることもできない。悪いが、期待には応えられないよ」
言い逃れでも詭弁でもなく、心から考えていることだった。女の身体になったとはいえ、きっと、この出来損ないの身体は妊娠出産などできないだろう。
ところが、次の王の科白は賢の想定外のものだった。
「心配するな。その点は侍医にも確認した。そなたの身体を診察した侍医は証言したぞ。女体は問題なく整っており、夜伽も子を宿すことも十分に可能だという話だったが」
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