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秘花68
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
結果として、陽寧君は王位と女の両方を手に入れた。道理で幾ら宗俊が自慢の娘を後宮に納(い)れたいと願い出ても、王が首を縦に振らないわけだ。
その傍ら、老獪な政治家の胸中も知らず、賢は彼の訪問の意図が皆目掴めないでいた。
反元派の筆頭、謀反の首謀者である丞相が何故、今頃になって自分を訪ねてきたのか?
賢は理解に苦しんだ。この男の目的が読めない。
私的な訪問のため、対面は王妃の居室で行われた。宗俊は畏まって下座に座っている。確か六十近い老齢のはずだが、膚には張りがあり、五十前ほどにしか見えない。その無表情な面からは思惑の一切を封印しているように見える。
「僕はもう政治の表舞台からは消えた身だ。今更、逢ったとしても何の役に立つこともできないと思うが」
この男が乾に元渡りの毒薬を渡し、父王にに献上させた張本人。つまり、宗俊が父を殺したのも同然なのだ。そう思えば、ついつい口調も冷たいものになるのは致し方なかった。
が、丞相は細い眼を更に細くする。
「どうも、このようにお美しい王妃さまにお逢いしておりますと、あの自らを厳しく律しておられた王太子殿下と同じ方とは思えない気が致しますな」
「どうせ僕は面白みのない冗談の一つも言えぬ男だ。つまらない昔話をしにきたのなら、悪いが帰ってくれ」
丞相の細められた眼が光った。
「さりながら、世子邸下(セジャチョハ)、あ、これは失礼」
わざとらしく言い間違え、言い直す。
「王妃さま。以前の王妃さまは確かにに謹厳実直ではおわしたが、そのように皮肉めいた物言いはなさいませんでしたぞ」
賢の膝の上で組んだ手がかすかに震えた。
「丞相、僕はもう昔の僕じゃない。今の僕の立場では、あなたたちに皮肉の一つも言いたくなる。姿かたちが変わってしまったのと同じだ」
―そんな風に僕を変えてしまったのは、あなたたちだろう。国王や反元派、謀反を企てた者たちすべてが僕の運命を変えてしまったんだ。
そして、愛しいジュチをも殺した。賢は辛うじて次の言葉を飲み込んだ。
何を思ったか、宗俊はわずかに膝をいざり進めた。
「ですが、あなたの根本は何もお変わりない。そうではありませんか、王妃さま」
賢はわずかにたじろいだ。
「何が言いたい?」
「あなたはかつて王太子として、やがては王になるために真摯に励んでいらっしゃった。たとえ反元派、反王太子派といわれる私だとて、その程度は存じております。私は何もあなたさまを主君として戴くには不満で反旗を翻したのではありません。ただ、この国のありようを変えたかった、本来の形に戻したかっただけなのです」
「今更、僕にそんなことを言うな。先ほども言っただろう。僕はもう政とは何の拘わりもない身だ」
丞相は真顔で首を振った。
「まあ、老体の言うことにもお耳をお貸し下さい。先王殿下は大変な親元派でおわしました。仏事一つ行うのも元の皇帝にお伺いを立てる始末。我が国は高麗というれきとした独立国でありながら、長年、元の支配を受けてきました。王がこのような有り様では、我らの故国が、この高麗が滅びるとかねてから危機感を抱いておりました」
「そなたらは父上の政治に不服だったのだな」
賢はポツリと言い、囁くような声で続けた。
「父上亡くなられし今なら、こんなことを言うのも許されるだろう。丞相、僕はずっと自分自身に疑問を抱いていた」
「疑問、とは」
丞相の物問いたげな視線から、賢は視線をうつろわせた。
「僕は高麗の王子でありながら、元国の皇帝を外祖父に持ち、僕の母は元国の皇女だった。つまり、僕の身体を流れる血の半分は元人ということになる。高麗の宮廷では、まるで元人を見るように敵視され、元にいけば皇帝陛下は歓迎してくれるものの、他の者たちは皆、高麗人だと僕を蔑んだ。一体、僕の祖国は元なのか高麗なのか、いつも自分は帰る場所のない根無し草のようだと思っていた」
その傍ら、老獪な政治家の胸中も知らず、賢は彼の訪問の意図が皆目掴めないでいた。
反元派の筆頭、謀反の首謀者である丞相が何故、今頃になって自分を訪ねてきたのか?
賢は理解に苦しんだ。この男の目的が読めない。
私的な訪問のため、対面は王妃の居室で行われた。宗俊は畏まって下座に座っている。確か六十近い老齢のはずだが、膚には張りがあり、五十前ほどにしか見えない。その無表情な面からは思惑の一切を封印しているように見える。
「僕はもう政治の表舞台からは消えた身だ。今更、逢ったとしても何の役に立つこともできないと思うが」
この男が乾に元渡りの毒薬を渡し、父王にに献上させた張本人。つまり、宗俊が父を殺したのも同然なのだ。そう思えば、ついつい口調も冷たいものになるのは致し方なかった。
が、丞相は細い眼を更に細くする。
「どうも、このようにお美しい王妃さまにお逢いしておりますと、あの自らを厳しく律しておられた王太子殿下と同じ方とは思えない気が致しますな」
「どうせ僕は面白みのない冗談の一つも言えぬ男だ。つまらない昔話をしにきたのなら、悪いが帰ってくれ」
丞相の細められた眼が光った。
「さりながら、世子邸下(セジャチョハ)、あ、これは失礼」
わざとらしく言い間違え、言い直す。
「王妃さま。以前の王妃さまは確かにに謹厳実直ではおわしたが、そのように皮肉めいた物言いはなさいませんでしたぞ」
賢の膝の上で組んだ手がかすかに震えた。
「丞相、僕はもう昔の僕じゃない。今の僕の立場では、あなたたちに皮肉の一つも言いたくなる。姿かたちが変わってしまったのと同じだ」
―そんな風に僕を変えてしまったのは、あなたたちだろう。国王や反元派、謀反を企てた者たちすべてが僕の運命を変えてしまったんだ。
そして、愛しいジュチをも殺した。賢は辛うじて次の言葉を飲み込んだ。
何を思ったか、宗俊はわずかに膝をいざり進めた。
「ですが、あなたの根本は何もお変わりない。そうではありませんか、王妃さま」
賢はわずかにたじろいだ。
「何が言いたい?」
「あなたはかつて王太子として、やがては王になるために真摯に励んでいらっしゃった。たとえ反元派、反王太子派といわれる私だとて、その程度は存じております。私は何もあなたさまを主君として戴くには不満で反旗を翻したのではありません。ただ、この国のありようを変えたかった、本来の形に戻したかっただけなのです」
「今更、僕にそんなことを言うな。先ほども言っただろう。僕はもう政とは何の拘わりもない身だ」
丞相は真顔で首を振った。
「まあ、老体の言うことにもお耳をお貸し下さい。先王殿下は大変な親元派でおわしました。仏事一つ行うのも元の皇帝にお伺いを立てる始末。我が国は高麗というれきとした独立国でありながら、長年、元の支配を受けてきました。王がこのような有り様では、我らの故国が、この高麗が滅びるとかねてから危機感を抱いておりました」
「そなたらは父上の政治に不服だったのだな」
賢はポツリと言い、囁くような声で続けた。
「父上亡くなられし今なら、こんなことを言うのも許されるだろう。丞相、僕はずっと自分自身に疑問を抱いていた」
「疑問、とは」
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