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夏 修道院を訪ねて
北の修道院はかつて栄華を誇った大帝国の宮廷であったらしい。
当時は今よりも世界全体が暖かく、北にあるその土地でも人々が問題なく暮らしていた。
しかし、いつの頃からか気候が変わり、王宮は一年のほとんどを雪で覆われ人が住めない土地になっていった。
打ち捨てられた宮廷は数百年の時を経てどこの国にも属さない修道院となった。そして主に都合が悪くなった貴族の子女の終の地となった。
一度入ったその建物を出たものは未だかつていない。
その理を破らんとする若者が一人。
❄︎ ❄︎ ❄︎ ❄︎
「たのもう!たのもう!」
季節は夏だというのにウールのコートを身に纏った男が、かつて宮廷だった修道院の豪奢な門を叩く。
しばらく待つと、門の横にある、かろうじて人の顔が入る程度の大きさの覗き戸がピシャリと開き、老婆が顔を出した。
「何用かね?」
「ここにコメッゴーマ伯爵令嬢が居るだろう。彼女に会いたくて来たのだ。」
男は窓の近くに寄るとそう言った。
老婆からはすえた匂いがした。長らく湯浴みをしていないのだろう。
一年のほとんどを氷で閉ざされるこの地では湯は貴重なのかもしれない。
「コメッゴーマ?あぁ、エリィのことかね。それは無理な相談だね。」
老婆はピシャリと言った。
「私はカーミヤ公爵の嫡男チェーザレだ。せめて中で話をしようじゃないか?」
男がそう言うと老婆はおかしそうにくつくつと笑った。
「あんた、この修道院を知らないのかい?一度入ったら出られない修道院なんだ。あんたが出られなくていいって言うならわたしゃ構わんが。」
「ではエリザベッタも・・・」
「出れる訳ないさね。」
そう言って老婆は男を見た。
「しかしそれでは牢ではないか」
男がそう言うと老婆はまたくすくすと笑った。
「牢よりひどいさ、ここは。あんた、貴族の嫡男のくせに何も知らないんだね。あんたくらいの歳になったら親から教えられててもいい頃だけどね。」
「修道院のことなら知っている。知っているからここまで来れたのだ。」
「そうかねぇ。公子様はこの修道院の意味を真に知っておいでなのかい?ここに送られるのは、白痴の王子や盗癖のある王女、そして公には裁けない罪人さぁね。殺すには都合が悪いが、娑婆での暮らしはさせられない、そういう者たちが来るのがここだよ。」
「知っている。エリィはクラリーチェ王女にとって都合が悪かった。だからここに送られたのだ。」
男が真剣な眼差しでそういうと老婆は再びケラケラと笑い出した。
「どう都合が悪かったか知らんが、王女の我儘程度でここは使わんさ。なんせ、ここに来るのは命懸けだよ。あんただって来たからわかるだろう?健康な男が1人でも大変な旅だったろう?嫌がる人間を連れてここに来るなんて、そりゃぁ大変なことさね。ちょっとやそっとのことではそんな無茶はしないさ。あれは罪人だよ。何の罪かは私の口からは言えんがね。」
老婆がそう言うと男はすぐさま声を張り上げた。
「それは冤罪です。」
老婆は驚き、少し憐れんだ顔をして言った。
「もしそうだと言うなら、国に戻って冤罪をはらしておいでよ。彼女がここに来た時に持ってきた手紙に押してあった国璽と同じ国璽を使った手紙で冤罪を否定し、彼女をここから出しても良いと書いてあったなら、その時はエリィをここから出してやろう。」
男は老婆を見た。嘘を言っているようには見えない。
「その言葉に二言はないな?」
男がそう言うと老婆はこくりと頷き空を見た。
「帰るなら早くしたほうがええ。夏の嵐が来るぞぇ。巻き込まれたら夏のうちにはここを出れんくなる。夏にここを出れんちゅうことはもう一生、この地から出れんちゅうこっさ。」
老婆が見上げた方の空を見ると確かに黒い雲が広がっていた。男が空を見ている間に覗き戸はピシャリと閉められた。
木でできた高い門は世界を完全に隔てていて、男が中の様子を伺うことは出来なかった。
男はしばらく名残惜しそうに修道院を見上げていたが、なす術がないと悟ると足早に元来た道を戻って行った。
当時は今よりも世界全体が暖かく、北にあるその土地でも人々が問題なく暮らしていた。
しかし、いつの頃からか気候が変わり、王宮は一年のほとんどを雪で覆われ人が住めない土地になっていった。
打ち捨てられた宮廷は数百年の時を経てどこの国にも属さない修道院となった。そして主に都合が悪くなった貴族の子女の終の地となった。
一度入ったその建物を出たものは未だかつていない。
その理を破らんとする若者が一人。
❄︎ ❄︎ ❄︎ ❄︎
「たのもう!たのもう!」
季節は夏だというのにウールのコートを身に纏った男が、かつて宮廷だった修道院の豪奢な門を叩く。
しばらく待つと、門の横にある、かろうじて人の顔が入る程度の大きさの覗き戸がピシャリと開き、老婆が顔を出した。
「何用かね?」
「ここにコメッゴーマ伯爵令嬢が居るだろう。彼女に会いたくて来たのだ。」
男は窓の近くに寄るとそう言った。
老婆からはすえた匂いがした。長らく湯浴みをしていないのだろう。
一年のほとんどを氷で閉ざされるこの地では湯は貴重なのかもしれない。
「コメッゴーマ?あぁ、エリィのことかね。それは無理な相談だね。」
老婆はピシャリと言った。
「私はカーミヤ公爵の嫡男チェーザレだ。せめて中で話をしようじゃないか?」
男がそう言うと老婆はおかしそうにくつくつと笑った。
「あんた、この修道院を知らないのかい?一度入ったら出られない修道院なんだ。あんたが出られなくていいって言うならわたしゃ構わんが。」
「ではエリザベッタも・・・」
「出れる訳ないさね。」
そう言って老婆は男を見た。
「しかしそれでは牢ではないか」
男がそう言うと老婆はまたくすくすと笑った。
「牢よりひどいさ、ここは。あんた、貴族の嫡男のくせに何も知らないんだね。あんたくらいの歳になったら親から教えられててもいい頃だけどね。」
「修道院のことなら知っている。知っているからここまで来れたのだ。」
「そうかねぇ。公子様はこの修道院の意味を真に知っておいでなのかい?ここに送られるのは、白痴の王子や盗癖のある王女、そして公には裁けない罪人さぁね。殺すには都合が悪いが、娑婆での暮らしはさせられない、そういう者たちが来るのがここだよ。」
「知っている。エリィはクラリーチェ王女にとって都合が悪かった。だからここに送られたのだ。」
男が真剣な眼差しでそういうと老婆は再びケラケラと笑い出した。
「どう都合が悪かったか知らんが、王女の我儘程度でここは使わんさ。なんせ、ここに来るのは命懸けだよ。あんただって来たからわかるだろう?健康な男が1人でも大変な旅だったろう?嫌がる人間を連れてここに来るなんて、そりゃぁ大変なことさね。ちょっとやそっとのことではそんな無茶はしないさ。あれは罪人だよ。何の罪かは私の口からは言えんがね。」
老婆がそう言うと男はすぐさま声を張り上げた。
「それは冤罪です。」
老婆は驚き、少し憐れんだ顔をして言った。
「もしそうだと言うなら、国に戻って冤罪をはらしておいでよ。彼女がここに来た時に持ってきた手紙に押してあった国璽と同じ国璽を使った手紙で冤罪を否定し、彼女をここから出しても良いと書いてあったなら、その時はエリィをここから出してやろう。」
男は老婆を見た。嘘を言っているようには見えない。
「その言葉に二言はないな?」
男がそう言うと老婆はこくりと頷き空を見た。
「帰るなら早くしたほうがええ。夏の嵐が来るぞぇ。巻き込まれたら夏のうちにはここを出れんくなる。夏にここを出れんちゅうことはもう一生、この地から出れんちゅうこっさ。」
老婆が見上げた方の空を見ると確かに黒い雲が広がっていた。男が空を見ている間に覗き戸はピシャリと閉められた。
木でできた高い門は世界を完全に隔てていて、男が中の様子を伺うことは出来なかった。
男はしばらく名残惜しそうに修道院を見上げていたが、なす術がないと悟ると足早に元来た道を戻って行った。
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