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次の日、シープシャーから王都に移動した。王都でもホテルを利用した。翌日はこの国で過ごす最後の一日だった。王都のセバスティアーノ=ストウ家のタウンハウスとハロー家の邸宅を外から眺めた。
もう二度とサミュエルと会うことは無いのだと思うと自然と涙が流れた。
その日の夜、船が出港するゾナーまで電車で行き、ゾナーのホテルに宿泊した。
ホテルはとても賑やかでお祭り騒ぎのようだった。
出港前にスーザンを港まで送りに来てくれる人はいないかと思ったが、驚くことにマーサとミスターゲーブルが送りに来てくれていた。
大旦那様からの約束のリストを届けに来てくれたのだ。
スーザンは2人と今生の別れを交わし、船に乗り込んだ。
一等客室はホテルのような作りだった。少し狭かったがこれなら快適に過ごせそうである。
出港前に港に居る見送りの人とテープを持ち合い別れを惜しむ人も多かったがサマンサはそういうことはしなかった。
港に居る人たちの中からマーサもミスターゲーブルも見つけられなかったからだ。
ヴォー、ヴォーという大きな汽笛の音が鳴り響き、船がゆっくりと出港した。
スーザンは少しずつ離れていく陸地を見ながらサミュエルのことを考えていた。サミュエルのことを思うたびに胸が締め付けられるように痛かった。サミュエルの事を全然忘れられていない。もういっそ、この気持ちを置いていけたら良いのにと思った。
しばらく潮風に当たっていた。すると後ろから話しかけられた。
「スーザン様」
懐かしい声に振り返るとマーサが立っていた。
「マーサどうして?」
「大旦那様がついていくようにと」
そう言いながら後ろから出てきたのはミスターゲーブルだった。
「ミスターゲーブルまで!?あなたが居なくなってハロー商会は大丈夫ですの?」
「私一人居なくなってどうにかなるような商会ではありませんぞ。大旦那様が一線に戻られることになりました」
3人はスーザンの一等客室でお茶を飲みながら話をした。
そして、ミスターゲーブルから衝撃的な話しを聞かされることになった。
「サミュエル様とスーザン様の離縁はまだ成立していません。大旦那様が直前で止められました」
「えぇ!わたくしは別にそれでも良いですけれど、サミュエル様が納得されまして?」
「スーザン様が新大陸に渡るのであれば離縁していようがいまいが一緒だろうと大旦那様がおっしゃいまして、説得なさいました。いざとなったときにすぐに離縁が出来るようサインはしてもらい、でも今すぐは提出しないということで若旦那様もご納得を。離縁となるとかなりの醜聞ですが、別居だとよくあることですから」
「そうですか」
自分がまだサミュエルの妻なのだと思うと少し嬉しかった。
「大旦那様はサミュエル様がスーザン様よりハロー商会の女将として相応しい女性を連れてくれば離縁に同意すると、それまで書類は大旦那様が預かるとおっしゃいました。大旦那様の目の黒いうちは離縁はないでしょうな」
「そうですか」
「だいたいサミュエル様はスーザン様のことが気に入らないからなんて幼稚な理由で本当に離縁できるとお考えだったんでしょうか?」
マーサが紅茶を飲みながら悪態をつく。
「サミュエル様は普段は優秀な方ですが、スーザン様が関わると途端に腑抜けになられる。サミュエル様はご自身が思っておられるよりスーザン様のことを特別に思ってらっしゃると思います。ただ、少し拗らせてしまわれただけで」
穏やかにミスター・ゲーブルが言った。
特別と言っても好意ではなく嫌悪だけれど、と心が冷えていくのを感じた。
*
船の上の生活はまるで小さな社交界のようだった。
絢爛に装飾されたホールや食堂に上流階級のメンバーが集まっており、夜な夜なダンスや晩餐が開かれた。
大陸や新大陸の貴族や富豪たちも乗り合わせており、スーザンはこの機会に是非、彼らとお近づきになりたいと考えていた。
しかし、スーザンはその社交の場にあまり参加できていなかった。船酔いが激しかったからである。
出港して3日もその状況が続き、乗り合わせていた医師のドクター・オトゥールに診察してもらった。
「うーん。ただの船酔いの症状にも思えますが、ミセス・ハローは馬車などでも酔いますか?」
「いいえ」
そんな会話をしながら目の下の色を見られる。
「最後に月のものがあったのはいつです?」
「えーっと」
いつだっただろうか。ハロー家のタウンハウスを出てからは月のものがなかった気がする。バタバタしていて気付かなかったが2ヶ月以上も前である。
「2ヶ月半ほどですわ」
「そうですか。まだ確かなことは言えませんが妊娠されている可能性が高いですな。それで普段よりお体が敏感になられておられるのかもしれません」
「なんと!」
「まぁ」
スーザンより先にミスター・ゲーブルとマーサが驚きの声を上げた。
医師が部屋から出ていくとマーサが聞き辛そうに尋ねた。
「スーザン様、いえ、奥様。お腹に子供がいるとして心当たりは?」
「あります」
「不躾な質問ではございますが、それは、旦那様でございますか?」
「…えぇ」
そう答えるとマーサもミスター・ゲーブルも安堵の表情を顔に浮かべた。
「ただ、旦那様はひどく酔っていらしたから覚えていらっしゃらないかもしれないわ」
「旦那様とはその後その話題について話されましたか?」
「いいえ。だから、旦那様にも大旦那様にも連絡するのはお待ちいただきたいの」
「いや、しかし」
「少し考えさせて欲しいの」
「船の上からだとすぐに連絡も出来ません。連絡するのは下船後になるでしょう。しかし、ハロー家のためにも連絡しないという選択肢はございません」
「そう。そうよね」
もう二度とサミュエルと会うことは無いのだと思うと自然と涙が流れた。
その日の夜、船が出港するゾナーまで電車で行き、ゾナーのホテルに宿泊した。
ホテルはとても賑やかでお祭り騒ぎのようだった。
出港前にスーザンを港まで送りに来てくれる人はいないかと思ったが、驚くことにマーサとミスターゲーブルが送りに来てくれていた。
大旦那様からの約束のリストを届けに来てくれたのだ。
スーザンは2人と今生の別れを交わし、船に乗り込んだ。
一等客室はホテルのような作りだった。少し狭かったがこれなら快適に過ごせそうである。
出港前に港に居る見送りの人とテープを持ち合い別れを惜しむ人も多かったがサマンサはそういうことはしなかった。
港に居る人たちの中からマーサもミスターゲーブルも見つけられなかったからだ。
ヴォー、ヴォーという大きな汽笛の音が鳴り響き、船がゆっくりと出港した。
スーザンは少しずつ離れていく陸地を見ながらサミュエルのことを考えていた。サミュエルのことを思うたびに胸が締め付けられるように痛かった。サミュエルの事を全然忘れられていない。もういっそ、この気持ちを置いていけたら良いのにと思った。
しばらく潮風に当たっていた。すると後ろから話しかけられた。
「スーザン様」
懐かしい声に振り返るとマーサが立っていた。
「マーサどうして?」
「大旦那様がついていくようにと」
そう言いながら後ろから出てきたのはミスターゲーブルだった。
「ミスターゲーブルまで!?あなたが居なくなってハロー商会は大丈夫ですの?」
「私一人居なくなってどうにかなるような商会ではありませんぞ。大旦那様が一線に戻られることになりました」
3人はスーザンの一等客室でお茶を飲みながら話をした。
そして、ミスターゲーブルから衝撃的な話しを聞かされることになった。
「サミュエル様とスーザン様の離縁はまだ成立していません。大旦那様が直前で止められました」
「えぇ!わたくしは別にそれでも良いですけれど、サミュエル様が納得されまして?」
「スーザン様が新大陸に渡るのであれば離縁していようがいまいが一緒だろうと大旦那様がおっしゃいまして、説得なさいました。いざとなったときにすぐに離縁が出来るようサインはしてもらい、でも今すぐは提出しないということで若旦那様もご納得を。離縁となるとかなりの醜聞ですが、別居だとよくあることですから」
「そうですか」
自分がまだサミュエルの妻なのだと思うと少し嬉しかった。
「大旦那様はサミュエル様がスーザン様よりハロー商会の女将として相応しい女性を連れてくれば離縁に同意すると、それまで書類は大旦那様が預かるとおっしゃいました。大旦那様の目の黒いうちは離縁はないでしょうな」
「そうですか」
「だいたいサミュエル様はスーザン様のことが気に入らないからなんて幼稚な理由で本当に離縁できるとお考えだったんでしょうか?」
マーサが紅茶を飲みながら悪態をつく。
「サミュエル様は普段は優秀な方ですが、スーザン様が関わると途端に腑抜けになられる。サミュエル様はご自身が思っておられるよりスーザン様のことを特別に思ってらっしゃると思います。ただ、少し拗らせてしまわれただけで」
穏やかにミスター・ゲーブルが言った。
特別と言っても好意ではなく嫌悪だけれど、と心が冷えていくのを感じた。
*
船の上の生活はまるで小さな社交界のようだった。
絢爛に装飾されたホールや食堂に上流階級のメンバーが集まっており、夜な夜なダンスや晩餐が開かれた。
大陸や新大陸の貴族や富豪たちも乗り合わせており、スーザンはこの機会に是非、彼らとお近づきになりたいと考えていた。
しかし、スーザンはその社交の場にあまり参加できていなかった。船酔いが激しかったからである。
出港して3日もその状況が続き、乗り合わせていた医師のドクター・オトゥールに診察してもらった。
「うーん。ただの船酔いの症状にも思えますが、ミセス・ハローは馬車などでも酔いますか?」
「いいえ」
そんな会話をしながら目の下の色を見られる。
「最後に月のものがあったのはいつです?」
「えーっと」
いつだっただろうか。ハロー家のタウンハウスを出てからは月のものがなかった気がする。バタバタしていて気付かなかったが2ヶ月以上も前である。
「2ヶ月半ほどですわ」
「そうですか。まだ確かなことは言えませんが妊娠されている可能性が高いですな。それで普段よりお体が敏感になられておられるのかもしれません」
「なんと!」
「まぁ」
スーザンより先にミスター・ゲーブルとマーサが驚きの声を上げた。
医師が部屋から出ていくとマーサが聞き辛そうに尋ねた。
「スーザン様、いえ、奥様。お腹に子供がいるとして心当たりは?」
「あります」
「不躾な質問ではございますが、それは、旦那様でございますか?」
「…えぇ」
そう答えるとマーサもミスター・ゲーブルも安堵の表情を顔に浮かべた。
「ただ、旦那様はひどく酔っていらしたから覚えていらっしゃらないかもしれないわ」
「旦那様とはその後その話題について話されましたか?」
「いいえ。だから、旦那様にも大旦那様にも連絡するのはお待ちいただきたいの」
「いや、しかし」
「少し考えさせて欲しいの」
「船の上からだとすぐに連絡も出来ません。連絡するのは下船後になるでしょう。しかし、ハロー家のためにも連絡しないという選択肢はございません」
「そう。そうよね」
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