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結婚
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ミッドラッツェル伯爵家の嫡男アーロンとショウ伯爵家の娘ジェニファーは、アーロンが18、ジェニファーが16の春に結婚した。
ミッドラッツェル家の領地であげられた結婚式はカラッとよく晴れた日に春薔薇の咲き乱れる教会で行われた。
ミッドラッツェル家は王家からの覚えめでたく、参列客には第三王女も居り、大層豪勢な結婚式であった。
また、一方でミッドラッツェル家は領民からも愛されていて、若様と新しい奥様を一目見ようと多くの平民が教会に詰めかけた。
民の声に応えるためジェニファーはアーロンと教会のバルコニーに出て民に手を振り、祝いの菓子をばら撒いた。
ジェニファーはゴブラン織と深い緑のビロードの生地でできたドレスを身に纏っていて、アーロンは同じビロードの生地で出来た燕尾服を身に纏っている。
アーロンは金髪碧眼の中性的な美男子で、燕尾服が大変よく似合っていた。暖かな春の風がアーロンの髪を撫でると髪はサラサラと揺れた。「私の髪は細いから時間が経つと落ちてきてしまって」そう言いながらアーロンが髪をなでつける。その仕草ひとつひとつが洗練されていてとても美しかった。
アーロンに魅了されながら砂糖菓子を民に投げていると、カナリヤが飛んできてピロロロとさえずった。
この日はジェニファーにとって何もかもが完璧な1日だった。
結婚式が終わっても女王やショウ家の家族たち、遠くから来た貴族の者たちは二週間ほどミッドラッツェルの城に滞在した。
その間は毎日が晩餐、夜会、舞踏会とイベント続きで主役の2人は毎日忙しく過ごしていた。
だから、ジェニファーがその違和感に気付いたのは結婚式を挙げて半月が過ぎてからだった。
(誓いのキス以来、アーロン様とそういう事って何もしていないのだけれど、これって普通なのかしら)
箱入り娘として育てられてきたジェニファーにはそれが普通のことなのかどうかわからなかった。
閨というものを自分はこなしていないし、それがなければ子を授かることはないという最低限の知識はあったが、だからと言って何をすれば良いのか皆目検討がつかなかった。
***
城から結婚式の客たちが帰って三日ほど経った夜、思いきってジェニファーの方からアーロンの部屋に訪ねてみた。
すると、アーロンはまだ机に向かって何か書類を書いていた。
部屋にはアーロンの従者で従兄弟のコリンが居て書類をまとめていた。
「あぁ、君か。」
アーロンは少し目を上げ、ジェニファーの存在を認めると再び書類に目を戻した。グリグリと音をたてながら書類を記入している。ジェニファーはその音を聞きながら、ぼんやりとアーロンの筆圧は強そうだと思った。
コリンはアーロンの代わりにジェニファーをエスコートしソファに座らせると、お茶を淹れてくれた。
優しい味のするお茶だった。
キリの良いところまで書類仕事が終わったのか、アーロンもソファに腰掛けた。
(夫婦の距離にしては遠くないかしら)
アーロンとジェニファーはローテーブルを挟んで向かい合って座っている。
アーロンはきっちりした性格なのか、この時間でもウェストコートを着込んでいた。
「あの、女性の方からこのような事を申し上げるのははしたないとは思っているのですが、」
「はしたないとおわかりなら、それ以上は仰らない事です。」
ジェニファーが、訴えようとしたことがわかっているのかアーロンはジェニファーの言葉を遮り最後まで言わせなかった。
ジェニファーの言葉を遮ったその言葉は頑なで、拒絶の色を含んでいた。
ジェニファーは面くらい、しばらくアーロンを眺めてしまった。彼は顔になんの感情も乗せず紅茶をふうふうと吹き、ごくりと紅茶を飲んでいただけでジェニファーの顔を見ようともしなかった。
「私たちは夫婦になったのではございませんか?」
ジェニファーがそう言うとアーロンはやっとジェニファーの方を見た。しかしその目は明らかに(困ったなぁ)と言っていた。
「そうだね。結婚式を挙げて教会で誓いをたてたのだから、夫婦だろうね。」
「でしたら、」
「申し訳ないんだけど疲れてるんだ。結婚式以来まともに仕事ができなかったから、書類やらなんやらが溜まっていてね。この話は明日の昼にあらためて話をしよう。」
アーロンはそう言うと立ち上がりジェニファーの前に手を差し伸べた。ジェニファーはしょうがなくアーロンの手の上に手を置き、アーロンにエスコートされるがまま、ジェニファーの部屋まで送られた。
ジェニファーの部屋にはショウ家からついてきてくれた侍女のカレンが居た。カレンもアーロンの態度はおかしいと言い、ジェニファーがアーロンと話をすればきっとすぐに距離は縮まりますよ、と言ってジェニファーを送り出してくれたのだ。
カレンは、はじめキラキラとした目で2人を迎え入れたが、アーロンが部屋に一歩しか入らず、「それではここで。良い夢を。」と言って出ていった時には鬼のような形相に変わっていた。
「なんですあの態度は?うちの可愛い姫様をの嫁にもらっておいてあの態度だなんて許せない。」
カレンはジェニファーに心酔しているところがある。だからジェニファーがアーロンにあのような態度を取られることが許せないのだ。
「さぁ。今日はお疲れなんですって。明日改めて話してくれるらしいわ。なんだか疲れたしもう寝るわ。」
一方で5人兄妹の真ん中という立ち位置で育ったジェニファーはこう言う時にあまり感情が出てこない。そして、冷静に状況を分析していた。
ミッドラッツェル家の勢いを考えると公爵家はおろか、王家からだって嫁を娶ることだって可能な位置にいる。
特に第三王女とアーロンの亡くなった妹のバネッサは親友だったらしい。バネッサが亡くなったのは王女の暗殺を身を呈してかばったからだ。それ以来、ミッドラッツェル家は王家から大いなる信頼を得ている。
第三王女がミッドラッツェル家に降嫁しても不思議に思う貴族は誰も居ないだろう。
そんな中、どうして同じ爵位で脳筋一族であるショウ家と縁を結ぶ必要があるのか。ショウ家に旨味は沢山あるがミッドラッツェル家には旨味はない。
アーロンがジェニファーに一目惚れをして、と聞かされていたが、ここ数日の態度を見ているとどうやらそれも嘘のようである。
確かにジェニファーは母が東の属国・ボンの姫でエキゾチックで目立つ顔立ちをしている。
この国で好みは別れるかもしれないが、美人だと言われることは多い。
だから一目惚れと言われて信じてしまったのだ。
よく考えれば婚約を結んでからプレゼントは贈られるがほとんど顔を合わせなかった事をおかしいと思うべきだったのだ。
しかし、普段は中間子として人の機微を読みまくっているジェニファーも、この時ばかりは浮かれていて何も気付けなかった。何故ならジェニファーの初恋はアーロン・ミッドラッツェルだったのだから。
ミッドラッツェル家の領地であげられた結婚式はカラッとよく晴れた日に春薔薇の咲き乱れる教会で行われた。
ミッドラッツェル家は王家からの覚えめでたく、参列客には第三王女も居り、大層豪勢な結婚式であった。
また、一方でミッドラッツェル家は領民からも愛されていて、若様と新しい奥様を一目見ようと多くの平民が教会に詰めかけた。
民の声に応えるためジェニファーはアーロンと教会のバルコニーに出て民に手を振り、祝いの菓子をばら撒いた。
ジェニファーはゴブラン織と深い緑のビロードの生地でできたドレスを身に纏っていて、アーロンは同じビロードの生地で出来た燕尾服を身に纏っている。
アーロンは金髪碧眼の中性的な美男子で、燕尾服が大変よく似合っていた。暖かな春の風がアーロンの髪を撫でると髪はサラサラと揺れた。「私の髪は細いから時間が経つと落ちてきてしまって」そう言いながらアーロンが髪をなでつける。その仕草ひとつひとつが洗練されていてとても美しかった。
アーロンに魅了されながら砂糖菓子を民に投げていると、カナリヤが飛んできてピロロロとさえずった。
この日はジェニファーにとって何もかもが完璧な1日だった。
結婚式が終わっても女王やショウ家の家族たち、遠くから来た貴族の者たちは二週間ほどミッドラッツェルの城に滞在した。
その間は毎日が晩餐、夜会、舞踏会とイベント続きで主役の2人は毎日忙しく過ごしていた。
だから、ジェニファーがその違和感に気付いたのは結婚式を挙げて半月が過ぎてからだった。
(誓いのキス以来、アーロン様とそういう事って何もしていないのだけれど、これって普通なのかしら)
箱入り娘として育てられてきたジェニファーにはそれが普通のことなのかどうかわからなかった。
閨というものを自分はこなしていないし、それがなければ子を授かることはないという最低限の知識はあったが、だからと言って何をすれば良いのか皆目検討がつかなかった。
***
城から結婚式の客たちが帰って三日ほど経った夜、思いきってジェニファーの方からアーロンの部屋に訪ねてみた。
すると、アーロンはまだ机に向かって何か書類を書いていた。
部屋にはアーロンの従者で従兄弟のコリンが居て書類をまとめていた。
「あぁ、君か。」
アーロンは少し目を上げ、ジェニファーの存在を認めると再び書類に目を戻した。グリグリと音をたてながら書類を記入している。ジェニファーはその音を聞きながら、ぼんやりとアーロンの筆圧は強そうだと思った。
コリンはアーロンの代わりにジェニファーをエスコートしソファに座らせると、お茶を淹れてくれた。
優しい味のするお茶だった。
キリの良いところまで書類仕事が終わったのか、アーロンもソファに腰掛けた。
(夫婦の距離にしては遠くないかしら)
アーロンとジェニファーはローテーブルを挟んで向かい合って座っている。
アーロンはきっちりした性格なのか、この時間でもウェストコートを着込んでいた。
「あの、女性の方からこのような事を申し上げるのははしたないとは思っているのですが、」
「はしたないとおわかりなら、それ以上は仰らない事です。」
ジェニファーが、訴えようとしたことがわかっているのかアーロンはジェニファーの言葉を遮り最後まで言わせなかった。
ジェニファーの言葉を遮ったその言葉は頑なで、拒絶の色を含んでいた。
ジェニファーは面くらい、しばらくアーロンを眺めてしまった。彼は顔になんの感情も乗せず紅茶をふうふうと吹き、ごくりと紅茶を飲んでいただけでジェニファーの顔を見ようともしなかった。
「私たちは夫婦になったのではございませんか?」
ジェニファーがそう言うとアーロンはやっとジェニファーの方を見た。しかしその目は明らかに(困ったなぁ)と言っていた。
「そうだね。結婚式を挙げて教会で誓いをたてたのだから、夫婦だろうね。」
「でしたら、」
「申し訳ないんだけど疲れてるんだ。結婚式以来まともに仕事ができなかったから、書類やらなんやらが溜まっていてね。この話は明日の昼にあらためて話をしよう。」
アーロンはそう言うと立ち上がりジェニファーの前に手を差し伸べた。ジェニファーはしょうがなくアーロンの手の上に手を置き、アーロンにエスコートされるがまま、ジェニファーの部屋まで送られた。
ジェニファーの部屋にはショウ家からついてきてくれた侍女のカレンが居た。カレンもアーロンの態度はおかしいと言い、ジェニファーがアーロンと話をすればきっとすぐに距離は縮まりますよ、と言ってジェニファーを送り出してくれたのだ。
カレンは、はじめキラキラとした目で2人を迎え入れたが、アーロンが部屋に一歩しか入らず、「それではここで。良い夢を。」と言って出ていった時には鬼のような形相に変わっていた。
「なんですあの態度は?うちの可愛い姫様をの嫁にもらっておいてあの態度だなんて許せない。」
カレンはジェニファーに心酔しているところがある。だからジェニファーがアーロンにあのような態度を取られることが許せないのだ。
「さぁ。今日はお疲れなんですって。明日改めて話してくれるらしいわ。なんだか疲れたしもう寝るわ。」
一方で5人兄妹の真ん中という立ち位置で育ったジェニファーはこう言う時にあまり感情が出てこない。そして、冷静に状況を分析していた。
ミッドラッツェル家の勢いを考えると公爵家はおろか、王家からだって嫁を娶ることだって可能な位置にいる。
特に第三王女とアーロンの亡くなった妹のバネッサは親友だったらしい。バネッサが亡くなったのは王女の暗殺を身を呈してかばったからだ。それ以来、ミッドラッツェル家は王家から大いなる信頼を得ている。
第三王女がミッドラッツェル家に降嫁しても不思議に思う貴族は誰も居ないだろう。
そんな中、どうして同じ爵位で脳筋一族であるショウ家と縁を結ぶ必要があるのか。ショウ家に旨味は沢山あるがミッドラッツェル家には旨味はない。
アーロンがジェニファーに一目惚れをして、と聞かされていたが、ここ数日の態度を見ているとどうやらそれも嘘のようである。
確かにジェニファーは母が東の属国・ボンの姫でエキゾチックで目立つ顔立ちをしている。
この国で好みは別れるかもしれないが、美人だと言われることは多い。
だから一目惚れと言われて信じてしまったのだ。
よく考えれば婚約を結んでからプレゼントは贈られるがほとんど顔を合わせなかった事をおかしいと思うべきだったのだ。
しかし、普段は中間子として人の機微を読みまくっているジェニファーも、この時ばかりは浮かれていて何も気付けなかった。何故ならジェニファーの初恋はアーロン・ミッドラッツェルだったのだから。
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