5 / 24
5. 淡い想い
アリフレートはその日以来たまにカテリーナの散歩道に現れるようになった。
その際には平民たちの様子を事細かに教えてくれた。
アリフレートの声はいつも優しく澄んでいて、カテリーナが知りたいと思ったことをとても的確に論理的に話してくれた。
カテリーナが質問をし、アリフレート答えてくれる。その言葉の端々には民や貧民を思う気持ちが込められていて、彼が貴族であったなら良い文官になっただろうなと思う。
きっと平民でも出世するのだろう彼の奥様は幸せな方だわ。
カテリーナはアリフレートのことを考える時、あえてアリフレートが妻帯持ちなのだということを思い出すよう意識していた。
そうしないと自分の感情が流されてしまいそうだからだ。
そのうち二人は互いのことも話すようになった。
民の食事の話になった時にはお互いの好物についての話をしたし、聖華祭の話の時には好きな色の話になった。
アリフレートはポークムニエルを好み、落ち着いたグリーンが好きだと話していた。
カテリーナは酢キャベツが好きで、明るい青が好きだと話した。
それはまるで婚約したばかりの若者の初々しい会話のようだった。
カテリーナがアレクサンドルとこのような会話をした事はなかったけれど。
カテリーナはアリフレートが散歩道に来てくれると機嫌が良くなり、来ない日には肩を落とすようになった。
いつのことだったか、アリフレートに王宮での噂について聞かれたことがあった。
噂というのはカテリーナが側妃をいじめる悪女だというものだ。
この噂をきっかけにカテリーナはアレクサンドルに王宮を追い出された訳だが、王宮にいた時はそこまで広まってはいなかった。
どちらかと言うと賢妃と名高い王妃と近しいカテリーナのことを好意的に受け入れる者の方が多かったように思う。
ただ、それはカテリーナやその周辺から見た意見であるし、カテリーナが王宮から去ってから数ヶ月が経過しているので、その後、どのような噂が出ているのかまではカテリーナにはわからなかった。
今となっては衛兵であるアリフレートまで噂が広まっているということなのだろう。
「私がマリア様をいじめていると言う噂ですか。そう思われる方がいるということはその方にとってはそれが真実なのでしょう。」
「それはどういうことですか?」
「王族というのは常に行動がどう思われるかということを考えて動かねばなりません。私はそう学びました。私にどういう意思があってそういう行動をするのか、というのは相手には関係のない事です。ですので、私にいじめようなどという意思がなくてもそう捉えられてしまったとしたら、私の負けなのです。」
王族は弁解してはいけない、と王妃様によくいわれたものだった。
「では、カテリーナ様にはいじめようという意思はなかったと?」
「そうですね。理由がありませんもの。私のどの行動をそう捉えられたのかも分からないくらいですわ。」
カテリーナは何もしていないが、何もしないということが逆に蔑ろにしていると相手に思われたのかもしれない。
とはいえ、アレクサンドルが紹介の場を設けてくれないので、カテリーナから行動を起こすことは出来なかった。
アレクサンドルもマリアもそう言った伝統に則った挨拶など必要ないと思っているのであれば、こちらから挨拶するのも茶会に誘うのも必要ないはずである。
「王太子妃という立場に未練はなかったと?」
アリフレートが聞いてくる声には少し怒りが乗っていた。
「そうね。もし、私の目がこんなでなければ未練はあったのかもしれませんわ。でも、こんな視力では王太子妃は続けられませんもの。正直、最後の方は執務がとてもしんどくて、逃げ出したいと何度も思っていましたのよ。だから、ほっとしたくらい。きっとこうなったのも神様の思し召しなのだと思うわ。」
「そう・・・だから弁解しないのですか?名誉を傷つけられても?」
アリフレートの声は完全に怒りに満ちていた。
「アリフレート殿はお優しいのね。私のために怒ってくださっているのでしょう?私の名誉など取るに足りないものですわ。私はもう表舞台には立たない身。であれば、次の方の邪魔にならないように身を引くのが良いかと思いますの。私が弁解をして誤解を解いたところで回復されるのは私の名誉と矜持だけ。であれば、私は悪者のままで次の方が王宮内で過ごしやすくあったほうが国にとっては良いことですわ。」
これは、カテリーナが本当にそう思っていたことだ。
それで特に不満はないと思っていた。
しかし、自分のために誰かが怒ってくれると言うのは殊の外、嬉しいことだと思った。
アリフレートの存在が心の中で溶けて染み渡るようだった。
季節はいつのまにか夏になり、カテリーナとアリフレートが出会って三ヶ月ほどが過ぎていた。
カテリーナはこのところ元気がなかった。というのもこれまで少なくとも一週間に一度は会いに来てくれていたアリフレートが二週間ほど顔を見せていないのだ。
カテリーナはアリフレートが来ようが来まいが毎日、湖まで散歩に行き、湖畔の四阿で少し休憩をする。
ボリスには孫が生まれたという事でその話を聞きながらも、アリフレートが来ないかとそわそわしてしまう。
後ろの方で草が擦れるような音がした時、つい期待して振り向いたが、リスだかネズミだかの小動物が道を横切っただけだった。
もう2週間も会っていないから今日こそは会いに来てくれると思ったのに・・・
その次の日は最悪な事に雨だった。
これでは湖畔まで散歩に行けないし、アリフレートも来ないだろう。もし、今日がアリフレートの来れる日だったら最悪だわ、そんな事を思いながらカテリーナはアリフレートについて考えた。
アリフレートは裕福な平民で手に剣豆が出来るくらい鍛えていて、会いに来てくれる日がバラバラな事からおそらくシフト制の仕事についている。
やはり、平民にも門戸が開かれている衛兵が一番可能性が高いけれど、それは初日に本人が否定していた。
普段はどこでどんな事をしている方なのかしら。
と、そこまで考えた時、ふと、この思考が何かに引っ掛かった。
これじゃあまるで、私がアリフレート殿に恋をしているみたいじゃない。
恋?まさか。そんなはずないわ。
自分は捨て置かれているとはいえまだ王太子妃だし、アリフレート殿も結婚している。
きっとこれまでこうやって男性と話をしたことがないからそう思うのよ。
カテリーナはそう思った。
それでも、なんだか自分の気持ちがこの先、うまくコントロールできそうになくて、これ以上アリフレートとの楽しい時間を過ごしてしまうと自分がどうなるのか恐ろしくなってきた。そうして、カテリーナはこの感情から逃げる事にした。
カテリーナはかつての都でこの国の第二の都、クラスーヌイの第二宮殿に移動し、しばらく滞在する事にしたのだった。
その際には平民たちの様子を事細かに教えてくれた。
アリフレートの声はいつも優しく澄んでいて、カテリーナが知りたいと思ったことをとても的確に論理的に話してくれた。
カテリーナが質問をし、アリフレート答えてくれる。その言葉の端々には民や貧民を思う気持ちが込められていて、彼が貴族であったなら良い文官になっただろうなと思う。
きっと平民でも出世するのだろう彼の奥様は幸せな方だわ。
カテリーナはアリフレートのことを考える時、あえてアリフレートが妻帯持ちなのだということを思い出すよう意識していた。
そうしないと自分の感情が流されてしまいそうだからだ。
そのうち二人は互いのことも話すようになった。
民の食事の話になった時にはお互いの好物についての話をしたし、聖華祭の話の時には好きな色の話になった。
アリフレートはポークムニエルを好み、落ち着いたグリーンが好きだと話していた。
カテリーナは酢キャベツが好きで、明るい青が好きだと話した。
それはまるで婚約したばかりの若者の初々しい会話のようだった。
カテリーナがアレクサンドルとこのような会話をした事はなかったけれど。
カテリーナはアリフレートが散歩道に来てくれると機嫌が良くなり、来ない日には肩を落とすようになった。
いつのことだったか、アリフレートに王宮での噂について聞かれたことがあった。
噂というのはカテリーナが側妃をいじめる悪女だというものだ。
この噂をきっかけにカテリーナはアレクサンドルに王宮を追い出された訳だが、王宮にいた時はそこまで広まってはいなかった。
どちらかと言うと賢妃と名高い王妃と近しいカテリーナのことを好意的に受け入れる者の方が多かったように思う。
ただ、それはカテリーナやその周辺から見た意見であるし、カテリーナが王宮から去ってから数ヶ月が経過しているので、その後、どのような噂が出ているのかまではカテリーナにはわからなかった。
今となっては衛兵であるアリフレートまで噂が広まっているということなのだろう。
「私がマリア様をいじめていると言う噂ですか。そう思われる方がいるということはその方にとってはそれが真実なのでしょう。」
「それはどういうことですか?」
「王族というのは常に行動がどう思われるかということを考えて動かねばなりません。私はそう学びました。私にどういう意思があってそういう行動をするのか、というのは相手には関係のない事です。ですので、私にいじめようなどという意思がなくてもそう捉えられてしまったとしたら、私の負けなのです。」
王族は弁解してはいけない、と王妃様によくいわれたものだった。
「では、カテリーナ様にはいじめようという意思はなかったと?」
「そうですね。理由がありませんもの。私のどの行動をそう捉えられたのかも分からないくらいですわ。」
カテリーナは何もしていないが、何もしないということが逆に蔑ろにしていると相手に思われたのかもしれない。
とはいえ、アレクサンドルが紹介の場を設けてくれないので、カテリーナから行動を起こすことは出来なかった。
アレクサンドルもマリアもそう言った伝統に則った挨拶など必要ないと思っているのであれば、こちらから挨拶するのも茶会に誘うのも必要ないはずである。
「王太子妃という立場に未練はなかったと?」
アリフレートが聞いてくる声には少し怒りが乗っていた。
「そうね。もし、私の目がこんなでなければ未練はあったのかもしれませんわ。でも、こんな視力では王太子妃は続けられませんもの。正直、最後の方は執務がとてもしんどくて、逃げ出したいと何度も思っていましたのよ。だから、ほっとしたくらい。きっとこうなったのも神様の思し召しなのだと思うわ。」
「そう・・・だから弁解しないのですか?名誉を傷つけられても?」
アリフレートの声は完全に怒りに満ちていた。
「アリフレート殿はお優しいのね。私のために怒ってくださっているのでしょう?私の名誉など取るに足りないものですわ。私はもう表舞台には立たない身。であれば、次の方の邪魔にならないように身を引くのが良いかと思いますの。私が弁解をして誤解を解いたところで回復されるのは私の名誉と矜持だけ。であれば、私は悪者のままで次の方が王宮内で過ごしやすくあったほうが国にとっては良いことですわ。」
これは、カテリーナが本当にそう思っていたことだ。
それで特に不満はないと思っていた。
しかし、自分のために誰かが怒ってくれると言うのは殊の外、嬉しいことだと思った。
アリフレートの存在が心の中で溶けて染み渡るようだった。
季節はいつのまにか夏になり、カテリーナとアリフレートが出会って三ヶ月ほどが過ぎていた。
カテリーナはこのところ元気がなかった。というのもこれまで少なくとも一週間に一度は会いに来てくれていたアリフレートが二週間ほど顔を見せていないのだ。
カテリーナはアリフレートが来ようが来まいが毎日、湖まで散歩に行き、湖畔の四阿で少し休憩をする。
ボリスには孫が生まれたという事でその話を聞きながらも、アリフレートが来ないかとそわそわしてしまう。
後ろの方で草が擦れるような音がした時、つい期待して振り向いたが、リスだかネズミだかの小動物が道を横切っただけだった。
もう2週間も会っていないから今日こそは会いに来てくれると思ったのに・・・
その次の日は最悪な事に雨だった。
これでは湖畔まで散歩に行けないし、アリフレートも来ないだろう。もし、今日がアリフレートの来れる日だったら最悪だわ、そんな事を思いながらカテリーナはアリフレートについて考えた。
アリフレートは裕福な平民で手に剣豆が出来るくらい鍛えていて、会いに来てくれる日がバラバラな事からおそらくシフト制の仕事についている。
やはり、平民にも門戸が開かれている衛兵が一番可能性が高いけれど、それは初日に本人が否定していた。
普段はどこでどんな事をしている方なのかしら。
と、そこまで考えた時、ふと、この思考が何かに引っ掛かった。
これじゃあまるで、私がアリフレート殿に恋をしているみたいじゃない。
恋?まさか。そんなはずないわ。
自分は捨て置かれているとはいえまだ王太子妃だし、アリフレート殿も結婚している。
きっとこれまでこうやって男性と話をしたことがないからそう思うのよ。
カテリーナはそう思った。
それでも、なんだか自分の気持ちがこの先、うまくコントロールできそうになくて、これ以上アリフレートとの楽しい時間を過ごしてしまうと自分がどうなるのか恐ろしくなってきた。そうして、カテリーナはこの感情から逃げる事にした。
カテリーナはかつての都でこの国の第二の都、クラスーヌイの第二宮殿に移動し、しばらく滞在する事にしたのだった。
あなたにおすすめの小説
人生の全てを捨てた王太子妃
八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。
傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。
だけど本当は・・・
受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。
※※※幸せな話とは言い難いです※※※
タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。
※本編六話+番外編六話の全十二話。
※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。
報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜
矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』
彼はいつだって誠実な婚約者だった。
嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。
『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』
『……分かりました、ロイド様』
私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。
結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。
なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。
※この作品の設定は架空のものです。
※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。
婚約破棄を、あなたのために
月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの?
こちらは恋愛ファンタジーです。
貴族の設定など気になる方は、お避けください。
【完結】愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。
王冠
恋愛
幼馴染のリュダールと八年前に婚約したティアラ。
友達の延長線だと思っていたけど、それは恋に変化した。
仲睦まじく過ごし、未来を描いて日々幸せに暮らしていた矢先、リュダールと妹のアリーシャの密会現場を発見してしまい…。
書きながらなので、亀更新です。
どうにか完結に持って行きたい。
ゆるふわ設定につき、我慢がならない場合はそっとページをお閉じ下さい。
【完結】愛していないと王子が言った
miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。
「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」
ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。
※合わない場合はそっ閉じお願いします。
※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
妹と再婚約?殿下ありがとうございます!
八つ刻
恋愛
第一王子と侯爵令嬢は婚約を白紙撤回することにした。
第一王子が侯爵令嬢の妹と真実の愛を見つけてしまったからだ。
「彼女のことは私に任せろ」
殿下!言質は取りましたからね!妹を宜しくお願いします!
令嬢は妹を王子に丸投げし、自分は家族と平穏な幸せを手に入れる。
不実なあなたに感謝を
黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。
※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。
※曖昧設定。
※一旦完結。
※性描写は匂わせ程度。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。