【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル

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5. 淡い想い

アリフレートはその日以来たまにカテリーナの散歩道に現れるようになった。
その際には平民たちの様子を事細かに教えてくれた。

アリフレートの声はいつも優しく澄んでいて、カテリーナが知りたいと思ったことをとても的確に論理的に話してくれた。

カテリーナが質問をし、アリフレート答えてくれる。その言葉の端々には民や貧民を思う気持ちが込められていて、彼が貴族であったなら良い文官になっただろうなと思う。

きっと平民でも出世するのだろう彼の奥様は幸せな方だわ。
カテリーナはアリフレートのことを考える時、あえてアリフレートが妻帯持ちなのだということを思い出すよう意識していた。
そうしないと自分の感情が流されてしまいそうだからだ。


そのうち二人は互いのことも話すようになった。
民の食事の話になった時にはお互いの好物についての話をしたし、聖華祭の話の時には好きな色の話になった。
アリフレートはポークムニエルを好み、落ち着いたグリーンが好きだと話していた。
カテリーナは酢キャベツが好きで、明るい青が好きだと話した。

それはまるで婚約したばかりの若者の初々しい会話のようだった。
カテリーナがアレクサンドルとこのような会話をした事はなかったけれど。


カテリーナはアリフレートが散歩道に来てくれると機嫌が良くなり、来ない日には肩を落とすようになった。


いつのことだったか、アリフレートに王宮での噂について聞かれたことがあった。
噂というのはカテリーナが側妃をいじめる悪女だというものだ。
この噂をきっかけにカテリーナはアレクサンドルに王宮を追い出された訳だが、王宮にいた時はそこまで広まってはいなかった。

どちらかと言うと賢妃と名高い王妃と近しいカテリーナのことを好意的に受け入れる者の方が多かったように思う。

ただ、それはカテリーナやその周辺から見た意見であるし、カテリーナが王宮から去ってから数ヶ月が経過しているので、その後、どのような噂が出ているのかまではカテリーナにはわからなかった。
今となっては衛兵であるアリフレートまで噂が広まっているということなのだろう。

「私がマリア様をいじめていると言う噂ですか。そう思われる方がいるということはその方にとってはそれが真実なのでしょう。」

「それはどういうことですか?」

「王族というのは常に行動がどう思われるかということを考えて動かねばなりません。私はそう学びました。私にどういう意思があってそういう行動をするのか、というのは相手には関係のない事です。ですので、私にいじめようなどという意思がなくてもそう捉えられてしまったとしたら、私の負けなのです。」

王族は弁解してはいけない、と王妃様によくいわれたものだった。

「では、カテリーナ様にはいじめようという意思はなかったと?」

「そうですね。理由がありませんもの。私のどの行動をそう捉えられたのかも分からないくらいですわ。」

カテリーナは何もしていないが、何もしないということが逆に蔑ろにしていると相手に思われたのかもしれない。
とはいえ、アレクサンドルが紹介の場を設けてくれないので、カテリーナから行動を起こすことは出来なかった。
アレクサンドルもマリアもそう言った伝統に則った挨拶など必要ないと思っているのであれば、こちらから挨拶するのも茶会に誘うのも必要ないはずである。

「王太子妃という立場に未練はなかったと?」

アリフレートが聞いてくる声には少し怒りが乗っていた。

「そうね。もし、私の目がこんなでなければ未練はあったのかもしれませんわ。でも、こんな視力では王太子妃は続けられませんもの。正直、最後の方は執務がとてもしんどくて、逃げ出したいと何度も思っていましたのよ。だから、ほっとしたくらい。きっとこうなったのも神様の思し召しなのだと思うわ。」

「そう・・・だから弁解しないのですか?名誉を傷つけられても?」

アリフレートの声は完全に怒りに満ちていた。

「アリフレート殿はお優しいのね。私のために怒ってくださっているのでしょう?私の名誉など取るに足りないものですわ。私はもう表舞台には立たない身。であれば、次の方の邪魔にならないように身を引くのが良いかと思いますの。私が弁解をして誤解を解いたところで回復されるのは私の名誉と矜持だけ。であれば、私は悪者のままで次の方が王宮内で過ごしやすくあったほうが国にとっては良いことですわ。」

これは、カテリーナが本当にそう思っていたことだ。
それで特に不満はないと思っていた。
しかし、自分のために誰かが怒ってくれると言うのは殊の外、嬉しいことだと思った。

アリフレートの存在が心の中で溶けて染み渡るようだった。




季節はいつのまにか夏になり、カテリーナとアリフレートが出会って三ヶ月ほどが過ぎていた。
カテリーナはこのところ元気がなかった。というのもこれまで少なくとも一週間に一度は会いに来てくれていたアリフレートが二週間ほど顔を見せていないのだ。

カテリーナはアリフレートが来ようが来まいが毎日、湖まで散歩に行き、湖畔の四阿で少し休憩をする。
ボリスには孫が生まれたという事でその話を聞きながらも、アリフレートが来ないかとそわそわしてしまう。

後ろの方で草が擦れるような音がした時、つい期待して振り向いたが、リスだかネズミだかの小動物が道を横切っただけだった。

もう2週間も会っていないから今日こそは会いに来てくれると思ったのに・・・

その次の日は最悪な事に雨だった。
これでは湖畔まで散歩に行けないし、アリフレートも来ないだろう。もし、今日がアリフレートの来れる日だったら最悪だわ、そんな事を思いながらカテリーナはアリフレートについて考えた。

アリフレートは裕福な平民で手に剣豆が出来るくらい鍛えていて、会いに来てくれる日がバラバラな事からおそらくシフト制の仕事についている。
やはり、平民にも門戸が開かれている衛兵が一番可能性が高いけれど、それは初日に本人が否定していた。
普段はどこでどんな事をしている方なのかしら。

と、そこまで考えた時、ふと、この思考が何かに引っ掛かった。

これじゃあまるで、私がアリフレート殿に恋をしているみたいじゃない。
恋?まさか。そんなはずないわ。

自分は捨て置かれているとはいえまだ王太子妃だし、アリフレート殿も結婚している。

きっとこれまでこうやって男性と話をしたことがないからそう思うのよ。

カテリーナはそう思った。

それでも、なんだか自分の気持ちがこの先、うまくコントロールできそうになくて、これ以上アリフレートとの楽しい時間を過ごしてしまうと自分がどうなるのか恐ろしくなってきた。そうして、カテリーナはこの感情から逃げる事にした。

カテリーナはかつての都でこの国の第二の都、クラスーヌイの第二宮殿に移動し、しばらく滞在する事にしたのだった。

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