2 / 11
2
しおりを挟む心地よい風が頬を撫で、私はゆっくりと閉じていた瞼を開いた。机に伏せていた顔を上げると、辺りを見渡す。
風に揺れるカーテンの音が僅かに響くだけで、人の気配のない教室。それを確認した私は、視線をすぐ横の窓へと移すと外を眺めた。
決して広いとは言えない校庭に、一際目立つ大きな木が目に入る。桜だろうか。小さなピンク色の花が咲いている。
「──ひよ……?」
突然聞こえてきたその懐かしい声に、私は眺めていた外の景色から視線を外すと、その声の主の方へと振り返った。
開かれたままの教室の入り口で、その声の主であろう男の子が私を見ている。
少し色素の薄いサラサラの髪に、垂れ目がちの大きな瞳に通った鼻筋。幼かったその顔は、顔立ちこそ変わってはいないものの、すっかりと大人びている。
私とさほど変わらなかった背丈は、教室の扉と比べてみればとても高いのが分かる。見覚えある姿とはだいぶ変わってはいても、見間違えるはずはない。
絡まる視線──。
戸惑いに僅かに揺れる瞳。
「……大ちゃん」
ポツリと小さく声を漏らすと、大ちゃんは優しく微笑んで口を開いた。
「やっと見つけた。ここにいたんだね」
とても嬉しそうに微笑む大ちゃんの姿を見て、何故だか私は思わず泣き出しそうになった。
一体、どうしたというのか。それ程に、私は大ちゃんに会えたことが嬉しかったのだ。
ゆっくりと私の元へと近付いてくる大ちゃん。
どんなに会いたいと願った事か──。その姿を前にして、その想いがやっと叶ったのだと心が震える。
「ひよ、久しぶりだね。ずっと会いたかったよ」
そんなことを言われてしまえば、ついに私は我慢ができなくなってしまう。
「私も……っ、ずっと大ちゃんに会いたかったよ」
「ひよは相変わらず泣き虫だね」
困った様に微笑む大ちゃんの言葉を受けて、私は自分の頬に流れる涙に気付きそれを拭った。
そんな私の仕草を、黙って見守っている大ちゃん。なんだか少し照れ臭い。
「大ちゃん……何だか雰囲気が変わったね? 背も凄く大きくなったし」
「もう高二になるからね。背も伸びたよ、今は174くらいかな」
「高二……」
高二という言葉を聞いて、大ちゃんの成長した姿にも納得をする。
大ちゃんと私は、小さな頃からいつも一緒にいた。それこそ、生まれた時から一緒だった。
この小さな島では人口も少なく、同級生といえば、私達を含んでも五人しかいない。そのせいもあってか、私達五人はとても仲が良く、いつも一緒に遊んでいた。
そう──大ちゃんが中一の夏休みに東京へ引っ越してしまうまでは。
「そっか……。私達、もう高二なんだね」
「……」
私の言葉に、何故か急に悲しそうな顔を見せる大ちゃん。何か気に触る事でも言ってしまったのだろうか?
「……大ちゃん? 」
様子を伺うようにして問いかけてみれば、大ちゃんは悲しそうな顔をしたまま少しだけ微笑んだ。
「もっと早く会いに来てあげられなくてごめんね、ひよ」
「遠いもんね、東京。でも、今こうして大ちゃんと会えたから私は嬉しいよ」
だから悲しい顔はしないで。せっかく会えたのだから、悲しい顔ではなく笑顔が見たい。
そんな思いを胸に、大ちゃんに向けて精一杯の笑顔を見せる。
「……そうだね。俺もひよに会えて凄く嬉しい」
そう言って、笑顔を見せてくれる大ちゃん。
私が好きだった大ちゃんの優しい笑顔は、成長した今でもやっぱり変わらない。小さな頃から大好きで、大好きで──でも、結局気持ちを伝える事はできなかった。
私の初恋で、今でも好きな人。
目の前の大ちゃんを静かに見つめていると、私の視線に気付いた大ちゃんは優しく見つめ返してくれる。この空気がとても懐かしくもあり、なんだか少しくすぐったい。
暫くそのままお互いを見つめ合ったままでいると、チラリと窓の外に視線を移した大ちゃんが口を開いた。
「……あ。皆んな来たみたいだよ」
「皆んな?」
視線を私へと戻した大ちゃんが、ふわりと優しく微笑む。
「タイムカプセル」
「え……?」
「ここ、廃校になるから。その前に皆んなで埋めたタイムカプセルを掘りおこそうって」
そう言って窓の外を指差す大ちゃん。
その指先を辿って見てみると、先程見た大きな木の側に三つの人影がある。
「そっか……うん、そうだったね。タイムカプセル」
どうやら、大ちゃんに会えた喜びからか、今の今まですっかりと忘れてしまっていたらしい。
「俺達も行こうか」
「うん」
そう促された私は、立ち上がると大ちゃんに付いて教室を後にした。
0
あなたにおすすめの小説
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
Short stories
美希みなみ
恋愛
「咲き誇る花のように恋したい」幼馴染の光輝の事がずっと好きな麻衣だったが、光輝は麻衣の妹の結衣と付き合っている。その事実に、麻衣はいつも笑顔で自分の思いを封じ込めてきたけど……?
切なくて、泣ける短編です。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】少年の懺悔、少女の願い
干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。
そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい――
なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。
後悔しても、もう遅いのだ。
※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。
※長編のスピンオフですが、単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる