キャンディータフト

邪神 白猫

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 心地よい風が頬を撫で、私はゆっくりと閉じていた瞼を開いた。机に伏せていた顔を上げると、辺りを見渡す。
 風に揺れるカーテンの音がわずかに響くだけで、人の気配のない教室。それを確認した私は、視線をすぐ横の窓へと移すと外を眺めた。

 決して広いとは言えない校庭に、一際目立つ大きな木が目に入る。桜だろうか。小さなピンク色の花が咲いている。


「──ひよ……?」


 突然聞こえてきたその懐かしい声に、私は眺めていた外の景色から視線を外すと、その声の主の方へと振り返った。
 開かれたままの教室の入り口で、その声の主であろう男の子が私を見ている。

 少し色素の薄いサラサラの髪に、垂れ目がちの大きな瞳に通った鼻筋。幼かったその顔は、顔立ちこそ変わってはいないものの、すっかりと大人びている。
 私とさほど変わらなかった背丈は、教室の扉と比べてみればとても高いのが分かる。見覚えある姿とはだいぶ変わってはいても、見間違えるはずはない。

 絡まる視線──。
 戸惑いに僅かに揺れる瞳。


「……大ちゃん」


 ポツリと小さく声を漏らすと、大ちゃんは優しく微笑んで口を開いた。


「やっと見つけた。ここにいたんだね」


 とても嬉しそうに微笑む大ちゃんの姿を見て、何故だか私は思わず泣き出しそうになった。
 一体、どうしたというのか。それ程に、私は大ちゃんに会えたことが嬉しかったのだ。

 ゆっくりと私の元へと近付いてくる大ちゃん。
 どんなに会いたいと願った事か──。その姿を前にして、その想いがやっと叶ったのだと心が震える。


「ひよ、久しぶりだね。ずっと会いたかったよ」


 そんなことを言われてしまえば、ついに私は我慢ができなくなってしまう。


「私も……っ、ずっと大ちゃんに会いたかったよ」

「ひよは相変わらず泣き虫だね」


 困った様に微笑む大ちゃんの言葉を受けて、私は自分の頬に流れる涙に気付きそれを拭った。
 そんな私の仕草を、黙って見守っている大ちゃん。なんだか少し照れ臭い。


「大ちゃん……何だか雰囲気が変わったね? 背も凄く大きくなったし」

「もう高二になるからね。背も伸びたよ、今は174くらいかな」

「高二……」


 高二という言葉を聞いて、大ちゃんの成長した姿にも納得をする。

 大ちゃんと私は、小さな頃からいつも一緒にいた。それこそ、生まれた時から一緒だった。
 この小さな島では人口も少なく、同級生といえば、私達を含んでも五人しかいない。そのせいもあってか、私達五人はとても仲が良く、いつも一緒に遊んでいた。

 そう──大ちゃんが中一の夏休みに東京へ引っ越してしまうまでは。


「そっか……。私達、もう高二なんだね」

「……」


 私の言葉に、何故か急に悲しそうな顔を見せる大ちゃん。何か気に触る事でも言ってしまったのだろうか?


「……大ちゃん? 」


 様子を伺うようにして問いかけてみれば、大ちゃんは悲しそうな顔をしたまま少しだけ微笑んだ。


「もっと早く会いに来てあげられなくてごめんね、ひよ」

「遠いもんね、東京。でも、今こうして大ちゃんと会えたから私は嬉しいよ」


 だから悲しい顔はしないで。せっかく会えたのだから、悲しい顔ではなく笑顔が見たい。
 そんな思いを胸に、大ちゃんに向けて精一杯の笑顔を見せる。 


「……そうだね。俺もひよに会えて凄く嬉しい」


 そう言って、笑顔を見せてくれる大ちゃん。
 私が好きだった大ちゃんの優しい笑顔は、成長した今でもやっぱり変わらない。小さな頃から大好きで、大好きで──でも、結局気持ちを伝える事はできなかった。

 私の初恋で、今でも好きな人。

 目の前の大ちゃんを静かに見つめていると、私の視線に気付いた大ちゃんは優しく見つめ返してくれる。この空気がとても懐かしくもあり、なんだか少しくすぐったい。
 暫くそのままお互いを見つめ合ったままでいると、チラリと窓の外に視線を移した大ちゃんが口を開いた。


「……あ。皆んな来たみたいだよ」

「皆んな?」


 視線を私へと戻した大ちゃんが、ふわりと優しく微笑む。


「タイムカプセル」

「え……?」

「ここ、廃校になるから。その前に皆んなで埋めたタイムカプセルを掘りおこそうって」


 そう言って窓の外を指差す大ちゃん。
 その指先を辿って見てみると、先程見た大きな木の側に三つの人影がある。


「そっか……うん、そうだったね。タイムカプセル」


 どうやら、大ちゃんに会えた喜びからか、今の今まですっかりと忘れてしまっていたらしい。


「俺達も行こうか」

「うん」


 そう促された私は、立ち上がると大ちゃんに付いて教室を後にした。


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