本当にあった怖い話

邪神 白猫

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真夜中に鳴り響くナースコール

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【体験者】K県在住Mさん。




◆◆◆




「──説明はこんなところかな。他に何かわからないことがあったらその都度聞いてね」

「はい、わかりました」


 看護学校を卒業したばかりの私は、この日、念願だった看護師としての初日を迎えていた。
 勤め先であるこの病院の先輩達は皆んな優しそうで、初勤務に緊張していた私は肩から力を抜くとホッと安堵の息を漏らした。


「緊張してるの? 慣れるまでは大変かもしれないけど、一緒に頑張りましょうね」

「……はいっ!」


 勢いよく返事を返した私を見てクスリと声を漏らした吉田さんは、「元気ねぇ、若いって羨ましいわ」と言って優しく微笑んだ。
 四十半ばを迎える吉田さんはとても面倒見が良く、その人柄のせいか同僚や後輩からとても慕われていた。そんな吉田さんが私の教育係とは、これ以上ない程に頼もしい。
 
 
「宮野さん。それじゃ、一緒に巡回ラウンドに行きましょうか」

「はいっ!」


 夜勤担当者からの申し送りを終えると、そのまま吉田さんの後を追いかけて一般病棟を巡回する。全くの初めてという事ではないとはいえ、これが正式な看護師としての初業務かと思うとやはり緊張してくる。
 入院している患者さんからしてみれば、吉田さんも私も同じ看護師。新人だからといってミスは許されないのだ。


「そんなに緊張しなくても大丈夫よ」

「は、はい……」


 そんな私の緊張が伝わってしまったのか、私の顔をチラリと覗くと優しく微笑んだ吉田さん。


「みんな優しい人達ばかりだから、きっと直ぐに慣れるわよ」


 吉田さんの言葉通り優しい患者さん達に励まされた私は、その後何事もなく無事に初勤務を終えることができた。





◆◆◆





「宮野さん、夜勤は初めてだったわよね?」

「はい、今日が初めてです」


 業務にもだいぶ慣れてきた頃。初めての夜勤を迎えた私は、吉田さんと共に夜中の一般病棟を巡回していた。
 初めての夜勤とはいえ、その業務内容は日勤とさほど変わらなかった。けれど、日勤と比べて勤務時間が長く、間に1時間半の仮眠時間があるとはいえ夕方から朝までの勤務かと思うと中々に大変だ。


(身体もつかなぁ……)


 体力には自信のある方だと自負してはいるけれど、なにせ初めての夜勤だ。どれほど疲れるのか未知数だった私は、気負いすぎずに業務に励もうと心した。


「日勤に比べるとだいぶ時間は長くなるけど、あまり無理しないようにね」

「はい、ありがとうございます」


 そんな私の気持ちを知ってから知らずか、吉田さんはニッコリと微笑むと前を向いた。


「……あれ? 松居さんがいない」


 ポツリと呟くようにして立ち止まった吉田さんは、目の前にある202号室の室内を眺めた。
 吉田さんのすぐ横から中を覗いてみると、確かに4人部屋であるはずのその室内には3人分の布団の膨らみしかない。


「また部屋を間違えちゃったのね」

「……?」


 呟くようにして言ったその言葉の意味が分からず、私は静かに吉田さんの様子をうかがった。すると、そんな私の姿に気付いた吉田さんが困ったように微笑んだ。


「松居さんね、夜中に一人でトイレに行くとたまに部屋を間違えちゃうのよ」

「そうなんですか……。でも、どこにいるのか探さないとですね」

「それなら大丈夫。きっとあそこだから」


 そう言って歩き出した吉田さんの背中を追いかけると、右隣りにある203号室の前で足を止めた吉田さん。


「ほら……いた」
 

 吉田さんの指先を辿って室内を覗いてみると、確かにそこには松居さんの姿があった。
 まるで何事もなかったかのように、ベットの上でスヤスヤと寝息を立てて眠っている松居さん。そんな松居さんの姿を眺めながら、吉田さんは呆れたような笑みを見せる。


「全く松居さんたら……」

「まあ、どの部屋も似てますからね」


 午後10時を回ると消灯して廊下も薄暗くなる為、よく似た作りの病室はどこも同じに見えなくもない。せっかちな松居さんのことだから、きっとあまり確認することもなく眠りについたのだろう。
 そう思うと何だか可笑しくて、私はクスリと笑い声を漏らした。


「気持ち良く寝てるとこ申し訳ないけど、起こしましょうか」

「はい」


 顔を見合わせてクスリと微笑んだ私達は、松居さんを元の病室へと戻すとナースステーションへと戻ってきた。


「じゃあ、先に仮眠取らせてもらうわね」

「あ、はい」

「何かあったら遠慮なく起こしに来ていいからね」

「はい、わかりました」


 吉田さんの優しさに恐縮しながらも小さく頭を下げると、ナースステーションを出て行こうとする吉田さんの姿を見送る。と、その時──突然鳴り響いたナースコール。
 その呼び出しに応じようとスイッチに手をかけたその時。ピタリと固まった私は小さく声を漏らした。


「……、え?」


 目の前で点滅しているのは確かに205号室で、私がこの病院に勤め始めてからこの部屋が使用されているところは一度も見たことがなかった。


(もしかして、松居さんみたく誰かが部屋を間違えてる……?)


「宮野さん。その部屋はいいのよ」

「……え?」


 私の肩をポンッと軽く叩いた吉田さんは、そう告げると神妙な面持ちを見せた。


「あ、あの……この部屋って誰も使ってませんよね?」

「ええ、そうね。この部屋はここ1年ほど使われていないの。たまにナースコールが鳴ることがあるけど、気にしなくていいからね」

「え……、? あの、それってどういう……?」

「誤作動かしらねぇ……。たまに鳴るけど見に行っても誰もいないのよ。今は病室に鍵も掛けてあるし、誰かが間違って病室に侵入してるなんてこともないから安心して」


 そう言ってニッコリと微笑んだ吉田さんは、「それじゃあ、少しの間よろしくね」と告げるとナースステーションを後にする。
 その後ろ姿を静かに見送った私は、一人残されたナースステーションで未だ点滅し続けている205号室を見つめた。


「誤作動か……何で直さないんだろう?」


 もっともな意見を溜息混じりに小さく呟くと、私は205号室の点滅を切ると看護記録の整理に取り掛かった。
 こうして少しのハプニングに見舞われながらも初めての夜勤を終えた私は、それから日勤と夜勤とで目まぐるしく入れ替わるシフトに奔走する毎日を送ることとなった。

 想像していたよりもハードな毎日に疲れ果てながらも、その充実さから身体の疲れに反して心は穏やかだった。
 そんな私の唯一の気掛かりといえば、やはり時折り鳴り響く205号室のナースコールだった。

 何度か夜勤業務を経験していく中で気付いてしまったある法則。205号室のナースコールが鳴り響くのは、必ず火曜日の午前1時47分なのだ。
 こんな偶然、そう何度もあることなのだろうか? そんな状況を不自然に思いつつも、それ以上にもっと不自然だったのは吉田さん達の態度だった。


(何で誰もこの事に触れないの?)


 勤務経験の浅い私がこの事実に気付けたくらいなのだから、間違いなく吉田さん達も気付いているはず。なのに誰一人としてその事を口にする人はいなかったのだ。
 なにより、機械の故障だというなら直せば済む話なのに、長らく放置されていること自体がおかしい。


(経費がない……なんて事はないはずだし。どうしてあの部屋は使われてないんだろう?)
 

「……吉田さん。205号室ってどうして使用されてないんですか?」


 私の言葉にピタリと手を止めた吉田さんは、看護記録から顔を上げるとゆっくりと私の方を見た。


「どうしてかしらねぇ。ナースコールが壊れてるからかしら」

「……あれ、直さないんですかね?」

「さぁ……私にはよくわからないけど。今のところ病室も足りてるし後回しにでもしてるのかもしれないわね」

「そうなんですかね……」

「…………。宮野さん。一応言っておくけど、205号室には絶対に入っちゃダメよ」


 念を押すようにそう告げると、再び看護記録へと視線を戻した吉田さん。その有無を言わせぬ態度にそれ以上の追求ができなくなってしまった私は、吉田さんにならって黙々と看護記録を整理してゆく。
 程なくして仮眠室へと向かった吉田さんを見送ると、私は一人残されたナースステーションで油を売っていた。だいぶ業務に慣れてきたせいもあってか、仕事のスピードも上がって暇になってしまったのだ。


(話し相手もいないし暇だなぁ……。1時46分か)


 壁に掛かった時計で時刻を確認した私は、今の内にトイレでも済ませておこうと椅子から立ち上がった。
 そのままナースステーションを出てトイレに向かって廊下を歩いていると、チラリと見えた人影に気付いた私はピタリと足を止めた。


(……松居さん?)


 一瞬のことでよく分からなかったとはいえ、夜中によくトイレに行く人といえば松居さんだ。


(また部屋間違えてないといいけど……。念の為に確認しとこうかな)


 そう思った私は、トイレを通り過ぎると202号室へと向かった。


「……あれ?」


 寝息を立てながら気持ち良さそうに眠っている松居さんの姿に目に留めると、私はその場で小さく首をひねった。


「松居さんじゃなかったのかな……?」


 そう思って室内を見渡してみるも、4人全員が小さな寝息を立てながら眠っている。ここに来るまでにチラリと確認した201号室も全員寝静まっていたので、202号室ではないとすると203号室か206号室の誰かだ。


(一応全室見ておこう)


 何もなければ良いが万が一という事もある。そう考えた私は、そのまま奥へと向かって廊下を進んで行く。


「新井さんと佐藤さんはいる……、と」


 そんな小さな声を零しながら203号室の確認を終えると、続いて206号室へと向かって歩みを進める。


「っ……、え?」


 何気なく205号室の前を通り過ぎようとしたその時。驚きに小さな声を漏らした私はピタリと足を止めた。
 鍵が掛かっていると聞いていた205号室の扉が、わずかに開いているのだ。


(え……っ? なん、で……?)


 午前1時に巡回した時には確かにこの扉はキッチリと閉じられていた。けれど鍵の確認までしたわけではなかったので、もしかしたらあの時から鍵は掛かっていなかったのかもしれない。
 そんな事を考えながら、私は薄く開いている扉に手を掛けると中を覗いてみた。


「──! ……やっぱり。誰か間違ってこの部屋に入っちゃったのね」


 人一人分程の大きさに膨らんでいる布団を目にした私は、溜息混じりにそう呟くとベットへと近付いた。


(誰だろう……?)


 そんなことを思いながら目の前の布団をゆっくりとまくってゆく。


「起きて下さい。病室間違えてま──!?」


 布団片手にピタリと固まった私は、呆然と目の前のベットを見つめた。
 確かに人一人分程の膨らみがあったその布団は、捲ってみるともぬけの殻だったのだ。


「え……?」


(私の見間違い……? いや、確かに膨らん──!)


 突然の悪寒にブルリと震え上がった私は、強張る身体を硬直させるとカタカタと震えた。


(なにか……、いる……っ)


 背後から感じる確かなその存在感に、私の額には薄っすらと汗が滲み始める。人ならざる者の気配だと瞬時に肌で感じ取ると、ギュッと固く瞼を閉じた私は見よう見真似の念仏を唱えた。
 

(南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……。お願いします……っ、消えて下さい──!)


 それから一体どれ程の時間が経過したのか──先程まで存在していた気配がなくなったのを感じた私は、固く閉じていた瞼をゆっくりと開いてみた。


「っ……良かっ、たぁ」


 静まり返った病室の中でホッと安堵の息を漏らすと、私は目尻に溜まった涙を拭った。どうやら見よう見真似の念仏でもちゃんと効果はあったようで、その得体の知れない”何か”はこの場を去ってくれたらい。
 そうとわかれば、あとは一刻も早くこの場から離れるだけだ。そう思ってきびすを返した──その時。


「──!!!? っ……、いやあぁぁああーっ!!!」


 突然目の前に現れた女性の姿に驚くと、フロア中に響き渡る程の大絶叫を上げた私はその場にドスリと尻もちを着いた。


「ごっ、……ごめんなさい……ごめっ……、なさ……っ」


 意味もなくひたすら謝り続ける私は、固く瞼を閉じたまま涙を流した。そんな私を見下ろしているのであろうその女性は、その腰を屈めると私の顔を覗き込んだ。
 いや──瞼を閉じているのだから実際に目にしたわけではなかった。けれど、間違いなく覗き込んでいると私には分かったのだ。

 私の腕に触れる、サラサラとした髪らしきものが何よりの証拠だったのだから──。
 
 
 その後、悲鳴を聞いて駆け付けてくれた吉田さんによって保護された私は、翌日以降も数日の間はいつも通り業務に励むこととなった。けれど、やはりあの恐怖から立ち直ることのできなかった私は、体調を崩すとそのまま逃げるようにしてその病院を後にした。

 あの205号室は一体何だったのか──その謎は結局最後まで誰も教えてはくれなかった。
 私があの病院を去ってから2年と少し。今も時折り同県にあるその病院の噂は私の耳にも入ってくる。誰もいないはずの病室から、真夜中に突然鳴り響くナースコール。



 ──あの時見た長い黒髪の女性の姿が、今でも私は忘れられない。





─完─



 
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