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第4章
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「はい、これ、返す」
二人がオーダーした飲み物が届いてから、私はテーブルに置いていたピアスを彼女の目の前に差し出した。彼女は彩られた指先でそれを手元に引き寄せると、堪えきれないというように笑った。
「気づくの遅すぎ。あーでもよかったぁ、これ本当に高かったから。こんなに遅く返ってくるならもっと安いやつ入れればよかった」
笑いながら、パケから出したピアスをアクセサリーケースに入れてハンドバッグにしまう。それから睨むような目つきではっきりと宣言された。
「私、謝らないから。だって後から来たのはそっちだし」
明らかな悪意を向けられて戸惑う。どういうことかわからなくて、婚約者へ視線を投げる。だけど、アイスコーヒーのストローで氷をかき混ぜているだけでこちらを向こうともしない。
「どういうこと?」
「どういうことも何も、あんたに取られたんだってば。こっちはまだ好きだったのに。それで結婚するから会社辞めるって言われて、本当、どこまで人を馬鹿にしてんのかって、私、ずっとあんたのことが嫌いだった」
婚約者から前に付き合っていた「彼女」の話は聞いたことがある。だけど大学の後輩だと聞いていた。彼女の言い方からすると、私が彼を取ったことになっているけど、好きだと言って来たのは向こうのほうだ。恨む相手が違う気がする。だけど訂正すれば彼女は激昂するだろうし、今となってはそんなことはどうでもよかった。
「そう、でも私たちは別れるから」
「えっ」
好戦的な態度だった彼女は、私の発言に驚いた顔をした。てっきり応戦して罵られるとでも思っていたのだろう。それまでの勢いが萎んで「……あっそ」とアイスティーを口に含む。
「ねえ、婚約の件だけど破棄でいいよね」
彼女との話し合いが済んで今度は婚約者へ向き合う。
「…………」
彼はずっと無言を貫き通していた。いまだに中の氷を乱暴に突き刺すように延々とかき混ぜている。
「じゃあ私と結婚する?」
茶々を入れるように元同僚が婚約者に話しかけた。婚約者がふっと鼻で笑う。私の声にはなんの反応もしないくせに、そっちには反応するのか。
「そうだね、そうしてくれると助かる」
婚約者が何か言い出す前に、ついイラッとして私が答えた。こんな人の目がある場所で喧嘩をしたいわけではないけど、さっきからこの人の態度を見ていたらどうにも腹の虫が収まらなかった。
すぐに「はあ?」と元同僚がこちらを向いた。
「ねえ、随分上からじゃない? 浮気されてんのに。強がってる人みたいだよ」
婚約者の隣でアイスティーのストローをくるくる回しながら、嫌な笑い方で返してくる。あんたより私の方が好かれているという自負が透けて見える。それを無視して婚約者を見据えた。
「あなたの会社と両親にはあなたが説明して。私の荷物は、明後日以降あなたの仕事中に取りに行かせてもらうから。来週中に全部引き取るけど、それ以降出てきたものは捨ててください」
淡々とこれからのことを伝えても、婚約者は私の言葉にずっと黙ったままだった。元同僚は私が無視したことに機嫌を損ねたのか横柄な態度でスマホを取り出した。いつまでいるんだろう。もう用は無いのに。
「聞いてる?」
返事を促すと、数秒の沈黙の後、婚約者はこれ見よがしに舌打ちをして大きなため息を吐いた。
「あー、うるっせえな。……黙ってりゃあよかったのに」
「なに?」
「気づいてても黙ってりゃよかったのにって言ったんだよ。そしたら結婚してやったのに」
「…………」
あまりにもこちらの心情を無視した発言が飛び出してきて言葉が出てこなかった。彼女に味方されて気が大きくなっている。
隣の元同僚がぷっと吹き出した。
「ねえ、そんなに必死だったの。なんか可哀想。いるよね、30歳前にはどうにかしたいっていう女」
その言葉を聞いて、途端に婚約者が勝ち誇ったような顔をした。
「だろ? プロポーズした瞬間に会社辞められて結構プレッシャーだったわ」
隣同士、顔を見合わせて笑い合う。今日の昼に中途半端な格好で土下座してきたのは、泣きそうな声で縋り付いてきたのは一体どこの誰だったのか。この人は、一人だと弱くて誰か味方がいないと強くなれないのか。
それよりもこの発言をユウマくんがすぐ隣で聴いていると思うと、惨めで恥ずかしくて顔から火が出そうだった。なんとなく年齢で区切って焦りを感じていたのは図星だったから余計に。
視線を下げると、気を大きくした婚約者がさらに追い打ちをかけるように続けた。
「はいはい、もういいよ、破棄で。どうせ転職する予定だったから会社には言わなくていいし。こっちは別に相手が変わったくらいで動揺するような親じゃねえし。でもいいの? お前、無職で、一人になっちゃうけど。実家帰んの?」
「えー、今から?」
嘲笑する声に耳を塞ぎたくなる。
二人でいるときはこうやって私のこと馬鹿にしてたんだろうな。
怒りと悲しさと惨めな気持ちがぐちゃぐちゃに混ざって、どれから言葉にしていいかわからず喉が詰まる。この二人の前では絶対に泣きたくないのに、声より先に涙が出てきそうだった。
二人がオーダーした飲み物が届いてから、私はテーブルに置いていたピアスを彼女の目の前に差し出した。彼女は彩られた指先でそれを手元に引き寄せると、堪えきれないというように笑った。
「気づくの遅すぎ。あーでもよかったぁ、これ本当に高かったから。こんなに遅く返ってくるならもっと安いやつ入れればよかった」
笑いながら、パケから出したピアスをアクセサリーケースに入れてハンドバッグにしまう。それから睨むような目つきではっきりと宣言された。
「私、謝らないから。だって後から来たのはそっちだし」
明らかな悪意を向けられて戸惑う。どういうことかわからなくて、婚約者へ視線を投げる。だけど、アイスコーヒーのストローで氷をかき混ぜているだけでこちらを向こうともしない。
「どういうこと?」
「どういうことも何も、あんたに取られたんだってば。こっちはまだ好きだったのに。それで結婚するから会社辞めるって言われて、本当、どこまで人を馬鹿にしてんのかって、私、ずっとあんたのことが嫌いだった」
婚約者から前に付き合っていた「彼女」の話は聞いたことがある。だけど大学の後輩だと聞いていた。彼女の言い方からすると、私が彼を取ったことになっているけど、好きだと言って来たのは向こうのほうだ。恨む相手が違う気がする。だけど訂正すれば彼女は激昂するだろうし、今となってはそんなことはどうでもよかった。
「そう、でも私たちは別れるから」
「えっ」
好戦的な態度だった彼女は、私の発言に驚いた顔をした。てっきり応戦して罵られるとでも思っていたのだろう。それまでの勢いが萎んで「……あっそ」とアイスティーを口に含む。
「ねえ、婚約の件だけど破棄でいいよね」
彼女との話し合いが済んで今度は婚約者へ向き合う。
「…………」
彼はずっと無言を貫き通していた。いまだに中の氷を乱暴に突き刺すように延々とかき混ぜている。
「じゃあ私と結婚する?」
茶々を入れるように元同僚が婚約者に話しかけた。婚約者がふっと鼻で笑う。私の声にはなんの反応もしないくせに、そっちには反応するのか。
「そうだね、そうしてくれると助かる」
婚約者が何か言い出す前に、ついイラッとして私が答えた。こんな人の目がある場所で喧嘩をしたいわけではないけど、さっきからこの人の態度を見ていたらどうにも腹の虫が収まらなかった。
すぐに「はあ?」と元同僚がこちらを向いた。
「ねえ、随分上からじゃない? 浮気されてんのに。強がってる人みたいだよ」
婚約者の隣でアイスティーのストローをくるくる回しながら、嫌な笑い方で返してくる。あんたより私の方が好かれているという自負が透けて見える。それを無視して婚約者を見据えた。
「あなたの会社と両親にはあなたが説明して。私の荷物は、明後日以降あなたの仕事中に取りに行かせてもらうから。来週中に全部引き取るけど、それ以降出てきたものは捨ててください」
淡々とこれからのことを伝えても、婚約者は私の言葉にずっと黙ったままだった。元同僚は私が無視したことに機嫌を損ねたのか横柄な態度でスマホを取り出した。いつまでいるんだろう。もう用は無いのに。
「聞いてる?」
返事を促すと、数秒の沈黙の後、婚約者はこれ見よがしに舌打ちをして大きなため息を吐いた。
「あー、うるっせえな。……黙ってりゃあよかったのに」
「なに?」
「気づいてても黙ってりゃよかったのにって言ったんだよ。そしたら結婚してやったのに」
「…………」
あまりにもこちらの心情を無視した発言が飛び出してきて言葉が出てこなかった。彼女に味方されて気が大きくなっている。
隣の元同僚がぷっと吹き出した。
「ねえ、そんなに必死だったの。なんか可哀想。いるよね、30歳前にはどうにかしたいっていう女」
その言葉を聞いて、途端に婚約者が勝ち誇ったような顔をした。
「だろ? プロポーズした瞬間に会社辞められて結構プレッシャーだったわ」
隣同士、顔を見合わせて笑い合う。今日の昼に中途半端な格好で土下座してきたのは、泣きそうな声で縋り付いてきたのは一体どこの誰だったのか。この人は、一人だと弱くて誰か味方がいないと強くなれないのか。
それよりもこの発言をユウマくんがすぐ隣で聴いていると思うと、惨めで恥ずかしくて顔から火が出そうだった。なんとなく年齢で区切って焦りを感じていたのは図星だったから余計に。
視線を下げると、気を大きくした婚約者がさらに追い打ちをかけるように続けた。
「はいはい、もういいよ、破棄で。どうせ転職する予定だったから会社には言わなくていいし。こっちは別に相手が変わったくらいで動揺するような親じゃねえし。でもいいの? お前、無職で、一人になっちゃうけど。実家帰んの?」
「えー、今から?」
嘲笑する声に耳を塞ぎたくなる。
二人でいるときはこうやって私のこと馬鹿にしてたんだろうな。
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