【R18】私が後輩のセフレに沼ってから別れるまでのお話。

志貴野ハル

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第1章

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 四月になってまず行われるのが、サークル勧誘だった。
 どこの団体も、入学ガイダンス直後の新入生の行く手を阻むように立ちはだかって、愛想とビラを振り撒く。一週間そうやって、新規メンバーを獲得するチャンスをものにしていく。
 私も所属するボランティア部のビラを手当たり次第に配りまくって、足を止めた人を後ろの長机で待機しているメンバーへ誘導した。ほとんど流れ作業だ。仮入部の署名が並ぶこの名簿の中で、一体何人が新歓に来てくれるのかわからない。
 最初はちゃんとした活動をしていたサークルだったのに、代表が代わった一年の後期から毎週飲み会のある飲みサーと化してしまった。それは構わないのだけど、ボランティア部ですなんて、胸を張って言っていいものかいつも迷う。


 五百枚刷ったビラを配り終えたその週の金曜日、私たち三年が主体となった新歓で、そこに彼がいた。
 髪は寝癖なのか、ファッションの一部なのかところどころ跳ねていて、インテリ臭の漂うシルバーの細いフレームのメガネをかけて物静かにテーブルの隅に座る彼はひと目で「なんでこんな騒がしいこんなところに?」というような、明らかに場違いな雰囲気を醸し出していた。
 サークルの中身をよく知らずに、間違えて来てしまったのかもしれない。
 実際彼の周りには避けたように人がいなくて、私はおせっかい丸出しの酔っ払ったテンションで話しかけた。

「飲み物足りてる? お酒、注文しようか?」
「……未成年なので、飲めないです」

 一瞬、こちらを見てからすぐに視線をそらされる。
 こんな場所で、ここまであっさりした対応をされるのは初めてかもしれない。

「えー、でもみんなそういうのわかってて飲んでるよ、ほら」

 視線の先には、ぐだぐだに酔っ払ったサークルの面々がいる。
 家でくつろぐみたいに足を崩したり寝転んだり、ワンチャン狙って異性に甘えに行ったり連絡先を交換しあったり。時間が経てばこんなものだ。二時間前まで綺麗に並んで座っていた人達とは思えない。

「酒の力を借りてってわけではないけど、せっかく来たんだからさ、少し話せるようになったら嬉しいな」
「……わかりました」

 彼は素直に頷くと、店員を呼んでビールを注文し、私も追加で同じものを頼んだ。
 お酒が来るまで、改めてお互いに自己紹介をする。『フカヤ ユウマ』と名乗った彼は私と同じ学部の一年で、県外からやってきたという。

「どうしてこのサークルに入ろうと思ったの?」
「大学生って、どういうものかと思って」
「んん?」
「一番最初に、ビラ手渡されたところに来ました」

 外見に似合わず、向こう見ずというか、なかなかアグレッシブなことをするな……。そう思ったけど、きっかけはどんなことでも、友人知人が増えるのは単純に嬉しい。 

「そっか。どうでしょう。ボランティア活動という大義名分を掲げたただの飲みサーですが、今後よろしくするというのは」
「考えておきます」

 わざと芝居がかった口調で言ってみても、ちょうどいいタイミングでやって来たビールジョッキを掲げて乾杯するときも、ユウマくんの表情はあまり変わらなかった。
 極度の人見知りなんだろうか。でも人見知りだったら、そもそもサークルには入らない気がする。

「——わ、君、美人だね」

 飲酒初体験という彼がジョッキに口をつけたとき、思わず声が出た。

「は?」
「まつ毛長くて鼻筋整ってて、前髪とメガネで隠れてるからわかんなかったけど、目を伏せたときとかすごく綺麗。ねえ、中性的って言われない?」
「…………」

 みるみるうちにユウマくんの眉間に深い皺が寄って睨まれる。初めてまともに見せる感情のこもった表情がこれで、一気に酔いが覚めた。

「ごめん、私、酔っ払ってて、失言多いってよく言われる……」
「そうですね、顔のこと言われるのはあんまり嬉しくないので」
「うぅ、ごめん……、すみません……」

 気まずい沈黙が流れる。
 これ以上、隣にいたら余計に嫌われるかもしれない。
 仲良くなるのは諦めて、トイレを言い訳に離れようとした。だけど、彼の持っていたジョッキが私の前に差し出される。

「これ、おいしくないですね」

 今度は拗ねたような子供みたいな顔をして、「あげます」と、押しつけられる。

「え、……わー、いいの? もらっちゃうよ」
「もっと飲みやすいの、ないんですか」

 彼なりに気を遣ってくれたのだろうか。本来そういうのが私の役目なのに申し訳ないことをした。
 定番の甘いお酒をいくつか勧めるとそれは口に合ったのか、どんどんグラスが空になっていく。

「甘いのが好きなの?」
「いや、べつに」

 会話が弾まない。
 なんだかおとなしい野良猫を保護した気分だ。なまじ顔がいいぶん、ずっと見ていられる。

「暇じゃない?」
「人間観察してるんで、特に」
「なにそれ」
「……あの二人は付き合ってるんだなとか、あの人がサークルの中心なんだなとか」
「へぇ、分析してるんだ」
「初対面の人と仲良くするっていうのが苦手なので、ある程度、情報入れとかないと、失礼な態度取りそうで」
「まじめー。あぁ、でも、こうやって俯瞰で見たことないから新鮮。はたから見たら誰が付き合ってるとかいい感じとか、わかりやすいね」

 壁に背中をくっつけて、ほぼ貸切のフロアを見渡す。
 集団の中でも一際目立つ派手な外見の男女が目についた。
 男の方は私の高校時代の同級生で、半年前まで付き合っていた元彼で、彼女の方は学部の後輩だった。あの二人はまだ付き合ってるんだな……。
 あの子と付き合うようになって、元彼は外見も中身も随分変わってしまった。高校の頃はもう少し、おとなしかった気がする。

「で、誰彼構わず話しかけてくるアナタは、特にこの中では付き合ってる人がいないと」
「おー、正解」

 あっさりと言い当てられてへらへらと笑ってみる。
 付き合っている人どころか、特別仲が良い人もいない。みんな、名前と学年と学部を知っているような知り合いだけ。
 この場でも挨拶や適当な近況を軽く話したら終わり。サークル活動以外での交流はない。
 高校の頃から付き合っていた人と同じ大学、同じサークルに入って、振られてもしぶとく居続けているのは一人になりたくないから。かと言って今から他のサークルに入ったり、このサークルで誰かと深い仲になったりするのは厳しい。
 もうみんな、それぞれ気の合う人を見つけている。
 このサークル内での私は「広く浅く付き合うタイプの人」という立ち位置だった。誰かに呼ばれたら行くし、話題が尽きたと思ったらそっと離れる。そんな感じ。


 私はこの無愛想な新入生のユウマくんと一緒に壁にもたれながら、お酒をちびちびと飲んだ。お互いのことは自己紹介以外何も話さず、ただ目の前にいるサークルのメンバーを私が紹介していく。
 彼は誰に対しても特に感想を言うこともなく「へえ」と「そうなんですね」を繰り返して適当な相槌を打つだけだった。
 そうしてラストオーダーの時間になると、トイレに立ったきり戻って来なくなった。
 「人間観察は終わったのかな」と思いながら、連絡先を聞かなかったことを少し後悔した。
 彼とは仲良くなれそうな気がした。
 失礼な態度をとるからと、あまり自分のことは話さなかったし、私のことも聞いてこなかったけど、そこが良かった。
 初対面なのに、変に取り繕ってむやみに距離を縮めてこようとする人よりはずっと信頼できる気がした。……それは私か。
 お開きの時間になって今日の会費を払おうとしたら、幹事であるはずの元彼が見えない。というか何やらトイレのほうが騒がしい。また誰か、飲み過ぎて潰れたりでもしたんだろう。
 野次馬根性を丸出しにして用を足すついでに見に行くと、数人の男達がしゃがみ込んだ一人を取り囲むように騒いでいた。一瞬、ケンカかと思ったけど聞こえてくる話の内容からすると、しゃがんでいる男が酔い潰れたらしい
 「まさか」と思って、すれ違い様に首だけ動かして見る。……「まさか」だった。

「ちょ、大丈夫?」

 慌てて男達の輪の中に入る。酔い潰れていたのは、さっきまで私と一緒になって壁にもたれていた綺麗な顔の新入生だった。

「ごめん、飲み過ぎたんだよね。大丈夫? 吐いた?」

 彼の目の前に一緒になってしゃがんで、うずくまっている背中をさする。

「お前か」

 全てを察したのか、私の背後に立っていたブチギレ寸前の元彼が声を荒げた。いや、もう手遅れか。
 振り向いて見上げると、目を吊り上げた元彼が私を見下ろしている。

「無理やり飲ませるなって言ってんだろうが」
「ごめん、ほんと、私、送ってく」
「当たり前だ、責任とれよ」

 元彼はそう言うと、新入生の体調を気遣うように一言二言、言葉をかけて座敷のほうへ行ってしまった。彼を追いかけるように残りの男達もゾロゾロとはけていく。
 取り残された私たちは遠くで飲み会を締める元彼の声を聞きながら、トイレの通路にしゃがみ込んでいた。
 ……あ、会費払ってない。まぁ、後でいいか。
 問題は目の前にいるユウマくんだ。体育座りのような格好のまま腕に顔を埋めて動けないでいる。

「家、近い? タクシー呼ぼうか」
「…………」

 ふるふると無言で首を振られる。どっちの意味なんだろう。家が近くないのか。タクシーは呼ばなくていいのか。聞き方を間違えた。

「大丈夫? 本当にごめんね」
「……大丈夫です。あなたのせいじゃないから……」

 消え入りそうな声が返ってきて、顔が上がった。
 トイレで吐いたのか、顔が真っ赤で目元に涙が溜まっている。

「ちゃんと責任持って送っていくからね」

 さっきまで誰も寄せ付けない孤高な雰囲気だった彼は、縮こまって小動物みたいになっている。

「……すみません」

 謝りながら涙目の目尻を下げて恥ずかしそうに小さく笑う顔を見て、こういうときに不謹慎だけど、やっぱり綺麗な顔をしているなと思ってしまった。


 動けるようになった彼と座敷に戻ると、三十人くらいいたメンバーはすっかりいなくなっていて、食べ散らかした料理の皿がテーブルに、私たちのバッグが壁に沿うように取り残されていた。
 バッグの中に入れっぱなしにしていたスマホを取り出す。
 元彼、もといサークルの幹事からは、二次会の場所と会費を立て替えたから後で払って欲しいというメッセージが来ていた。既読だけつけてスマホをしまう。

「さて、出ようか」

 まだ気分の悪そうな彼の手を引いて、店を出る。
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