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第3章
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待ち合わせ場所のコンビニには十五分前に着いた。背の高いユウマくんは、誰よりも目立つからすぐに見つけることができる。ちらほらとまばらに集まっているサークルのメンバーから少し離れたところの街路樹の陰にいて、スマホをいじっていた。
小走りで近づくと、乾いた下駄の音が日中のうちに熱せられたアスファルトに響く。
顔をあげたユウマくんはすぐ私に気づいて、目尻を下げた。
「久しぶり」
「そ、そんなでもないよ」
先週金曜日の夜、私が行かなかった飲み会に参加した後、ユウマくんは私の部屋に来たばかりだ。
「服着てる先輩に会うのが」
「ちょ、やめて」
誰が聞いてるかわからない距離で唐突に言われて、慌ててユウマくんの口元を手で隠す。ユウマくんはくっくっと笑いながら私の手首をつかんだ。
せっかく着てきた浴衣には一切触れられない。いつも下ろしている髪も、ちゃんと巻いて結ってきたのに。
「なんか言ってよ」
「なんかってなに?」
「浴衣着てきた」
「女子ってみんなこういう格好するよね」
「……もういいです。飲み物買ってきます」
「あ、俺も行く」
可愛いとか似合うとか、あのユウマくんにお世辞を期待した私が愚かでした。
後ろくっついて話しかけてくるユウマくんをかるく無視してコンビニへ入る。
少し汗をかいたから、冷房で冷やされた空気が心地いい。ここからさらに歩いて、花火の見える河川敷まで移動しなきゃならないなんて憂鬱だ。
新しい浴衣を着てもユウマくんは気の利いた一言も言えないし、来た意味の大半が消えた……。
お互い欲しいものを求めて店の中でバラバラになって、私は炭酸飲料の置いてあるクーラーに向かった。先客を避けるように横に並ぶと、サイダーを取り出している元彼と目が合った。
「お疲れ、やっと来たか」
「お疲れさま」
「あれ、浴衣、去年と違う」
「新しいの買った」
「ピンクとかより、そっちの落ち着いた色のほうがいいな。似合ってる」
「……ありがと」
なんでこの人は、本当にこういうことを恥ずかしげもなくぽんぽん言えるんだろう……。ユウマくんもこれくらい口が軽ければいいのに。嘘でもお世辞でもいいから、「似合ってる」は一番最初にユウマくんから聞きたかった。
あまり近づいて話しているとまた現彼女に睨まれるかと思ったら、お菓子売り場のユウマくんのところに行って絡んでいる。振り向かなくても声でわかる。
「花火終わったら飲みに行くんだけど、お前は?」
「行かない」
「だよなー、そうだと思った」
結局、荷物にならないように小さなペットボトルのお茶を選んで元彼の後ろを追ってレジへ並ぶ。二人体制で会計を捌いている店員が可哀想なくらい、店内は会計待ちの人で溢れていた。きっと花火大会へ行く人がほとんどだろう。
「ていうかさ、就活してる?」
「まだ大丈夫だろ」
そう言い続けて、結局、四年になった今の時期まで内定をもらえていない先輩を私たちは知っている。単位もギリギリ足りているのか足りていないのかわからない。就活がうまくいかなかったら大学院に進むなんてことも言っていて、人生を舐めているというか、最悪を凝縮したモデルケースみたいな人だ。
「藤さんみたいになるよ」
「あー、あの人な、まだ決まってないらしいなー。こないだ五十社落ちた記念に飲みに行ったよ」
「なにその記念、怖い」
「藤さんらしくて最高じゃん」
あはは、と元彼が緊張感ゼロで笑う。
(なんだ、こいつ。明日は我が身だって分かってないのかな)
呆れて苦笑いを返していると「ねぇ遅い、早く行こうよ」と、会計をしている元彼の現彼女が横から現れた。「はいはい」と私から離れていく元彼の肩越しに睨まれて目をそらす。
どうして自分は他の異性と話しても良くて、私が元彼が話すのはダメなんだろう。元彼女だから? 勝手に奪っていったくせに。めんどくさい。
「先輩、これ買ってー」
同じように横からユウマくんがエナジードリンクを持って出てきた。「後で返してよ」なんて言いながら律儀に払ってあげる自分の優しさに泣けてくる。
集合時間を十分過ぎて、ようやく参加するメンバーが全員集まった。ぞろぞろと四、五人ずつの小さなグループを作りながら進んでいくサークルのメンバーに紛れて、花火が見える場所へ移動する。
その道すがら、他学部の同期と就活の進捗について話し合う。だけど、口先だけで実際には行動に移していない私は特に報告することもなくて、ただ相槌を打つことだけしかできなかった。
ユウマくんは、元彼やその彼女がいるサークルの中心メンバーの中にいて、私の何メートルも先を歩いている。すっかり別次元の人だ。面倒を見ていた後輩が独り立ちして、嬉しいような寂しいような変な気持ちになる。
「あ、始まった!」
夕日の沈んだ空がパラパラと明るくなったと思ったら、集団の中で誰かが叫んだ。遅れて、ドォンという喉に来るような衝撃と地鳴りのような大きな音が聞こえてきて、一気に歓声が上がる。
河川敷にはすでに人がひしめき合っていた。沿道にはさまざまな食べ物の屋台が並んでいて香ばしい美味しそうな匂いが立ち込めている。花火を見たい人は河川敷へ、屋台が気になる人は沿道へというように、みんなそれぞれバラバラに別れていった。
これ以上、人混みの熱気の中に進みたくなくて、屋台側で足を止めた。ここでも花火は十分に見られる。
「なんか買いに行く?」
ここまで一緒に歩いてくれた同期に声をかけられる。
「ううん、もう少し花火見てからにしようかな。屋台も混んでるし」
「じゃあ、うちらで行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
浴衣姿の同期達の後ろ姿を見送って、ユウマくんの言っていたことの意味を理解した。来ている女の人みんな、同じような浴衣と髪型なんだもん、そりゃあ同じに見えるよね。
堤防の斜めになっている草むらへ腰を下ろす。
鼻緒が当たる足の指が痛い。擦りむく前に絆創膏であらかじめ保護してきたけど、やっぱり慣れない格好で長時間歩くのは無理がある。帰りまで持つかな。荷物になるのが嫌だったからやめたけど、スニーカーも準備してくればよかった。
「あれ、先輩、もっと前行かないんですか」
両腕に屋台の袋を提げた、おそらくパシられたであろう二年生に声をかけられる。両手には牛串を三本ずつ持っている。
「うん、ここの方が人少ないから」
「そすか。はい、牛串あげます」
「やった、ありがとう」
「酒も、あ、こっちの袋に入ってるんで、飲みたいやつ勝手に取ってもらっていいですか」
左腕にぶら下がる袋を目の前に差し出された。缶ビールや酎ハイがはち切れそうなくらい詰め込まれている。その中から一番上のレモン酎ハイをもらうことにした。
「お金は?」
「部長がくれたんで大丈夫です」
「そっか、後でお礼言っておく。ありがとうね」
「はーい」
パンパンパンと連続で花火が打ち上がって、歓声が大きくなった。「おー、すげえ」とはしゃいだ声を上げながら二年生が堤防を下って人混みの中へ突っ込んでいく。
頑張れー、と心の中でエールを送りながら、もらった牛串を一切れ食べて缶酎ハイのプルタブを引っ張った。
「ぼっち先輩、見っけ」
缶に口をつけている最中、斜め後ろから声をかけられて振り向く。ユウマくんだ。さっきの二年生と違って、スマホ以外、手に何も持ってない。
「何回も鳴らしてんのに出ねえし」
スマホは巾着袋の中に入れっぱなしになっている。この人混みや花火の音で聞こえなかったし、両手はちょうど塞がっているからたとえ鳴っていても取れない。
ユウマくんは私の左隣に腰を下ろすと、牛串を持っている手首を掴んで自分の口に持っていった。あっという間に一切れ食べられてしまう。
「一人になるの上手いね。才能?」
「……うん、気配消すの得意なの」
「褒めたわけじゃないんだけど」
珍しく苛立った様子だ。なにをそんなに機嫌悪くしているんだろう。電話に出なかったからかな。
「ユウマくんは一年生なのにお使いしないの?」
「なにそれ」
隣に腰を下ろすユウマくんに、さっき二年生が来たことを話す。
「俺も腹減った」
「食べる?」
「食べかけじゃん。やだ」
「さっき勝手に一口食べたくせに」
「新しいのがいい。買いに行こう」
「えー」
足は痛いし、私が買ったわけじゃないから牛串の屋台がどこにあるなんてわからないのに。でも、二人きりになれるならいいかとすぐに思い直す。
食べかけの牛串を持ってもらって立ち上がる。お尻についた草のかけらを払っていたら、ユウマくんの手も同じように私のお尻の草を払った。
「あ、ありがとう。ユウマくんは大丈夫? 後ろ向いて」
「きゃー、セクハラー」
「なんでよ!」
棒読みで避けられた背中を追いかけて斜めになった堤防を上る。花火はクライマックスなのか、やけくそになったように何発も連続して打ち上がって、その轟音にお互いの足が止まった。
「暴発した?」
ユウマくんが縁起でもないことを口走る。
「怖いこと言わないでよ」
あんなに混雑していた屋台はいつの間にか人がまばらになっていた。
店によっては売り切れてしまって店じまいをしているところもあって、焼きそばやフランクフルト、焼き鳥が売っているような定番なところを選んだ。
並んでいる間に「腹減った」ばかり言っているユウマくんと牛串を半分こする。
「先輩は何食べんの」
「焼きそばと焼き鳥、の、塩。あとビール飲みたいな」
「奢ろうと思ったけど多いな」
「あ、自分の分は自分で払う」
「いいよ。買ったらさ、先輩の部屋で食おう。暑い」
「今日、水曜日だよ」
「だから?」
こちらがたじろぐほどあっさり聞いてくるから、言葉に詰まる。
「そういや、なんで毎週金曜日ってことになってんの」
「……さぁ、なんでだっけ」
気づけば毎週金曜にある飲み会後に部屋に来るのが当たり前になっていて、深く考えたことはなかった。最初はもっと会いたいと思っていたけど、サークル以外で誘う勇気は出なくてずっとそのままだった。だからユウマくんも私も、金曜以外に会う約束をしたことがない。
「今日はダメ?」
「……ダメじゃない」
「ん」
目を細めたユウマくんが振り返って、屋台のおじさんへ注文をし始めた。その後ろ姿を見ながらちびちびと酎ハイを飲む。酔いが回ったのか、熱さに負けたのか、顔がやけに熱い……。
小走りで近づくと、乾いた下駄の音が日中のうちに熱せられたアスファルトに響く。
顔をあげたユウマくんはすぐ私に気づいて、目尻を下げた。
「久しぶり」
「そ、そんなでもないよ」
先週金曜日の夜、私が行かなかった飲み会に参加した後、ユウマくんは私の部屋に来たばかりだ。
「服着てる先輩に会うのが」
「ちょ、やめて」
誰が聞いてるかわからない距離で唐突に言われて、慌ててユウマくんの口元を手で隠す。ユウマくんはくっくっと笑いながら私の手首をつかんだ。
せっかく着てきた浴衣には一切触れられない。いつも下ろしている髪も、ちゃんと巻いて結ってきたのに。
「なんか言ってよ」
「なんかってなに?」
「浴衣着てきた」
「女子ってみんなこういう格好するよね」
「……もういいです。飲み物買ってきます」
「あ、俺も行く」
可愛いとか似合うとか、あのユウマくんにお世辞を期待した私が愚かでした。
後ろくっついて話しかけてくるユウマくんをかるく無視してコンビニへ入る。
少し汗をかいたから、冷房で冷やされた空気が心地いい。ここからさらに歩いて、花火の見える河川敷まで移動しなきゃならないなんて憂鬱だ。
新しい浴衣を着てもユウマくんは気の利いた一言も言えないし、来た意味の大半が消えた……。
お互い欲しいものを求めて店の中でバラバラになって、私は炭酸飲料の置いてあるクーラーに向かった。先客を避けるように横に並ぶと、サイダーを取り出している元彼と目が合った。
「お疲れ、やっと来たか」
「お疲れさま」
「あれ、浴衣、去年と違う」
「新しいの買った」
「ピンクとかより、そっちの落ち着いた色のほうがいいな。似合ってる」
「……ありがと」
なんでこの人は、本当にこういうことを恥ずかしげもなくぽんぽん言えるんだろう……。ユウマくんもこれくらい口が軽ければいいのに。嘘でもお世辞でもいいから、「似合ってる」は一番最初にユウマくんから聞きたかった。
あまり近づいて話しているとまた現彼女に睨まれるかと思ったら、お菓子売り場のユウマくんのところに行って絡んでいる。振り向かなくても声でわかる。
「花火終わったら飲みに行くんだけど、お前は?」
「行かない」
「だよなー、そうだと思った」
結局、荷物にならないように小さなペットボトルのお茶を選んで元彼の後ろを追ってレジへ並ぶ。二人体制で会計を捌いている店員が可哀想なくらい、店内は会計待ちの人で溢れていた。きっと花火大会へ行く人がほとんどだろう。
「ていうかさ、就活してる?」
「まだ大丈夫だろ」
そう言い続けて、結局、四年になった今の時期まで内定をもらえていない先輩を私たちは知っている。単位もギリギリ足りているのか足りていないのかわからない。就活がうまくいかなかったら大学院に進むなんてことも言っていて、人生を舐めているというか、最悪を凝縮したモデルケースみたいな人だ。
「藤さんみたいになるよ」
「あー、あの人な、まだ決まってないらしいなー。こないだ五十社落ちた記念に飲みに行ったよ」
「なにその記念、怖い」
「藤さんらしくて最高じゃん」
あはは、と元彼が緊張感ゼロで笑う。
(なんだ、こいつ。明日は我が身だって分かってないのかな)
呆れて苦笑いを返していると「ねぇ遅い、早く行こうよ」と、会計をしている元彼の現彼女が横から現れた。「はいはい」と私から離れていく元彼の肩越しに睨まれて目をそらす。
どうして自分は他の異性と話しても良くて、私が元彼が話すのはダメなんだろう。元彼女だから? 勝手に奪っていったくせに。めんどくさい。
「先輩、これ買ってー」
同じように横からユウマくんがエナジードリンクを持って出てきた。「後で返してよ」なんて言いながら律儀に払ってあげる自分の優しさに泣けてくる。
集合時間を十分過ぎて、ようやく参加するメンバーが全員集まった。ぞろぞろと四、五人ずつの小さなグループを作りながら進んでいくサークルのメンバーに紛れて、花火が見える場所へ移動する。
その道すがら、他学部の同期と就活の進捗について話し合う。だけど、口先だけで実際には行動に移していない私は特に報告することもなくて、ただ相槌を打つことだけしかできなかった。
ユウマくんは、元彼やその彼女がいるサークルの中心メンバーの中にいて、私の何メートルも先を歩いている。すっかり別次元の人だ。面倒を見ていた後輩が独り立ちして、嬉しいような寂しいような変な気持ちになる。
「あ、始まった!」
夕日の沈んだ空がパラパラと明るくなったと思ったら、集団の中で誰かが叫んだ。遅れて、ドォンという喉に来るような衝撃と地鳴りのような大きな音が聞こえてきて、一気に歓声が上がる。
河川敷にはすでに人がひしめき合っていた。沿道にはさまざまな食べ物の屋台が並んでいて香ばしい美味しそうな匂いが立ち込めている。花火を見たい人は河川敷へ、屋台が気になる人は沿道へというように、みんなそれぞれバラバラに別れていった。
これ以上、人混みの熱気の中に進みたくなくて、屋台側で足を止めた。ここでも花火は十分に見られる。
「なんか買いに行く?」
ここまで一緒に歩いてくれた同期に声をかけられる。
「ううん、もう少し花火見てからにしようかな。屋台も混んでるし」
「じゃあ、うちらで行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
浴衣姿の同期達の後ろ姿を見送って、ユウマくんの言っていたことの意味を理解した。来ている女の人みんな、同じような浴衣と髪型なんだもん、そりゃあ同じに見えるよね。
堤防の斜めになっている草むらへ腰を下ろす。
鼻緒が当たる足の指が痛い。擦りむく前に絆創膏であらかじめ保護してきたけど、やっぱり慣れない格好で長時間歩くのは無理がある。帰りまで持つかな。荷物になるのが嫌だったからやめたけど、スニーカーも準備してくればよかった。
「あれ、先輩、もっと前行かないんですか」
両腕に屋台の袋を提げた、おそらくパシられたであろう二年生に声をかけられる。両手には牛串を三本ずつ持っている。
「うん、ここの方が人少ないから」
「そすか。はい、牛串あげます」
「やった、ありがとう」
「酒も、あ、こっちの袋に入ってるんで、飲みたいやつ勝手に取ってもらっていいですか」
左腕にぶら下がる袋を目の前に差し出された。缶ビールや酎ハイがはち切れそうなくらい詰め込まれている。その中から一番上のレモン酎ハイをもらうことにした。
「お金は?」
「部長がくれたんで大丈夫です」
「そっか、後でお礼言っておく。ありがとうね」
「はーい」
パンパンパンと連続で花火が打ち上がって、歓声が大きくなった。「おー、すげえ」とはしゃいだ声を上げながら二年生が堤防を下って人混みの中へ突っ込んでいく。
頑張れー、と心の中でエールを送りながら、もらった牛串を一切れ食べて缶酎ハイのプルタブを引っ張った。
「ぼっち先輩、見っけ」
缶に口をつけている最中、斜め後ろから声をかけられて振り向く。ユウマくんだ。さっきの二年生と違って、スマホ以外、手に何も持ってない。
「何回も鳴らしてんのに出ねえし」
スマホは巾着袋の中に入れっぱなしになっている。この人混みや花火の音で聞こえなかったし、両手はちょうど塞がっているからたとえ鳴っていても取れない。
ユウマくんは私の左隣に腰を下ろすと、牛串を持っている手首を掴んで自分の口に持っていった。あっという間に一切れ食べられてしまう。
「一人になるの上手いね。才能?」
「……うん、気配消すの得意なの」
「褒めたわけじゃないんだけど」
珍しく苛立った様子だ。なにをそんなに機嫌悪くしているんだろう。電話に出なかったからかな。
「ユウマくんは一年生なのにお使いしないの?」
「なにそれ」
隣に腰を下ろすユウマくんに、さっき二年生が来たことを話す。
「俺も腹減った」
「食べる?」
「食べかけじゃん。やだ」
「さっき勝手に一口食べたくせに」
「新しいのがいい。買いに行こう」
「えー」
足は痛いし、私が買ったわけじゃないから牛串の屋台がどこにあるなんてわからないのに。でも、二人きりになれるならいいかとすぐに思い直す。
食べかけの牛串を持ってもらって立ち上がる。お尻についた草のかけらを払っていたら、ユウマくんの手も同じように私のお尻の草を払った。
「あ、ありがとう。ユウマくんは大丈夫? 後ろ向いて」
「きゃー、セクハラー」
「なんでよ!」
棒読みで避けられた背中を追いかけて斜めになった堤防を上る。花火はクライマックスなのか、やけくそになったように何発も連続して打ち上がって、その轟音にお互いの足が止まった。
「暴発した?」
ユウマくんが縁起でもないことを口走る。
「怖いこと言わないでよ」
あんなに混雑していた屋台はいつの間にか人がまばらになっていた。
店によっては売り切れてしまって店じまいをしているところもあって、焼きそばやフランクフルト、焼き鳥が売っているような定番なところを選んだ。
並んでいる間に「腹減った」ばかり言っているユウマくんと牛串を半分こする。
「先輩は何食べんの」
「焼きそばと焼き鳥、の、塩。あとビール飲みたいな」
「奢ろうと思ったけど多いな」
「あ、自分の分は自分で払う」
「いいよ。買ったらさ、先輩の部屋で食おう。暑い」
「今日、水曜日だよ」
「だから?」
こちらがたじろぐほどあっさり聞いてくるから、言葉に詰まる。
「そういや、なんで毎週金曜日ってことになってんの」
「……さぁ、なんでだっけ」
気づけば毎週金曜にある飲み会後に部屋に来るのが当たり前になっていて、深く考えたことはなかった。最初はもっと会いたいと思っていたけど、サークル以外で誘う勇気は出なくてずっとそのままだった。だからユウマくんも私も、金曜以外に会う約束をしたことがない。
「今日はダメ?」
「……ダメじゃない」
「ん」
目を細めたユウマくんが振り返って、屋台のおじさんへ注文をし始めた。その後ろ姿を見ながらちびちびと酎ハイを飲む。酔いが回ったのか、熱さに負けたのか、顔がやけに熱い……。
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