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第9章
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ユウマくんは、それきり連絡もよこさなくなって、部屋にも来なくなった。今度こそ終わったのだと思った。嘘までついて自分から手を離したのに、思っていた結末とは全く違っていて、喪失感に打ちのめされそうになる。だけど、そうも言ってられない。
年末に一度、実家に戻って、改まって就活が終わったことを報告したり、元彼を含めた地元の同級生とちょっとした同窓会みたいなことをした。
私以外のみんな、地元か、その近隣に就職先を決めていて、並々ならぬ地元愛に驚いた。ここは、そんなにいい街だったか。高校卒業までの十八年住んだけど、私にはいまだに良さがわからない。多分この先もわからない。
「卒論も提出するだけなんだから、部屋は早めに引き払ってもいいんじゃない」というユウマくんについた嘘を親がそのまま言ってきたのを聞き流して、大学に戻ってからも何かと忙しいフリをした。
平日はバイトを詰め込んで、週末は新生活の準備のために県外へ出て物件を決めたり、足りない家具を揃えたりして、残り二ヶ月のユウマくんに会わない生活に徐々に慣れようとした。
大丈夫、大丈夫。卒業したら仕事に忙殺されて、またいつか違う人を好きになって、ユウマくんのことはきっと思い出さなくなる……。元彼に振られたときほど痛くなかったんだから、実らなかった恋なんて、あっという間に忘れる……。
そうやって自分に言い聞かせながら日々を過ごして、卒業式を迎えることになった。
朝五時から予約していた袴を着付けてヘアメイクもしてもらって、会場近くの喫茶店で友人と時間をつぶす。
「眠い……。このふかふかソファやばい……」
「ねー、でも天気良くてあったかいから良かった。去年は途中で雨降ってきたから」
「あぁ、そうだったっけ……」
注文したコーヒーを少しずつ飲みながら、窓の外を見る。スーツ姿の男の集団や私たちと同じように袴を着た女の子達が、笑いながら同じ方向を向いて歩いている。同じ学年でこんなに人数がいたなんて初めて知った。
(今日で、本当に終わりなんだなぁ……)
急に感慨深くなって、まだ式すら始まってもないのに、少し泣きそうになる。
卒業式を終えて袴を返したら、午後には四年間住んでいた部屋を引き払うことになっている。それから実家で何日か過ごしてすぐに、職場のある新しい土地へ行く。
ユウマくんのいないユウマくんの地元。お別れする前におすすめの観光地とか美味しい食べ物とか、聞いておけばよかった。セックスばかりしてて、友人とも先輩後輩ともちょっと違う、変な方向に仲良くなっちゃった。自分で蒔いた種だけど、喧嘩別れになったのだけ残念だった。こんなあっさり終わるなら、振られる覚悟で好きだと言えばよかった。なんて、そんな勇気もないくせに思う。
「そろそろ行こうか」
睡魔に敗れて天を仰ぐようにソファにもたれている友人を起こす。
ひと足さきに会場に着いていた両親と会場の入り口で写真を撮って、また友人と合流した。
式自体はそんなに長いものではなく、各学部の代表による学位授与と、学長と市長の挨拶だけであっさりと終わった。
実際、参加してみると、袴を着つけてもらっていた時間のほうが涙腺が緩かった気がする。
退場のアナウンスと人の流れに合わせて会場を出ると、サークルの後輩が集まってくれていた。この一年は全く顔を出せていなかったし、たいして先輩らしいところなんて見せられなかったのに、三年生から大きなピンク色の花束をもらってしまった。
去年は来なかったのに、今年はユウマくんも来ていた。元彼や他の男友達のところにいてこちらとは距離があったけど、誰よりも頭ひとつ分背が高いからすぐ見つけられた。遠くから見ても見とれるほど相変わらず、綺麗な横顔をしている。
見すぎていたせいか、視線に気づいたかのようにユウマくんが振り向いた。慌てて後輩に向き直して花束のお礼を伝える。
「これからまた、恒例の飲み会があるんですけど、先輩も来ませんか?」
「……あー、ごめんね、これから袴の返却しに行って部屋の立ち合いして、夕方には地元に帰るんだ」
「えー、そうですか……、残念です。先輩、レアキャラだったからもう少し話したかったです」
「そうなの? レアだった?」
「はい」と、後輩が笑った。
「覚えてないかもしれないけど、新歓のとき、一番最初に話しかけて優しくしてくれたのが先輩だったんですよ。ありがとうございます」
「……覚えてるよ」
誰に頼まれたわけでもないけど、慣れない場所で緊張する一年生に話しかけるのは、私の役割だった。このサークルが楽しいところだって教えて、お節介を焼くのが好きだった。イベントの企画力も人を引っ張っていけるようなリーダー性もないけど、私は私なりに後輩を大事にしていた。
「グループライン抜けないで、たまには遊びに来てくださいね。毎週金曜日、絶対どこかしらで飲んでるんで!」
「うん、ありがとう。じゃあ、そろそろ行くね。バタバタしてごめん。お花、ありがとう」
「はい、四年間、ありがとうございました!」
別れを惜しむ人で溢れ返る会場を後にして、袴を返却して洋服に着替える。途中、先に実家へ戻るという両親と合流して、花束を預けた。どこかで昼食を食べようと思っていたけど、そんな暇もなく立ち合いの時間になりそうだった。
年末に一度、実家に戻って、改まって就活が終わったことを報告したり、元彼を含めた地元の同級生とちょっとした同窓会みたいなことをした。
私以外のみんな、地元か、その近隣に就職先を決めていて、並々ならぬ地元愛に驚いた。ここは、そんなにいい街だったか。高校卒業までの十八年住んだけど、私にはいまだに良さがわからない。多分この先もわからない。
「卒論も提出するだけなんだから、部屋は早めに引き払ってもいいんじゃない」というユウマくんについた嘘を親がそのまま言ってきたのを聞き流して、大学に戻ってからも何かと忙しいフリをした。
平日はバイトを詰め込んで、週末は新生活の準備のために県外へ出て物件を決めたり、足りない家具を揃えたりして、残り二ヶ月のユウマくんに会わない生活に徐々に慣れようとした。
大丈夫、大丈夫。卒業したら仕事に忙殺されて、またいつか違う人を好きになって、ユウマくんのことはきっと思い出さなくなる……。元彼に振られたときほど痛くなかったんだから、実らなかった恋なんて、あっという間に忘れる……。
そうやって自分に言い聞かせながら日々を過ごして、卒業式を迎えることになった。
朝五時から予約していた袴を着付けてヘアメイクもしてもらって、会場近くの喫茶店で友人と時間をつぶす。
「眠い……。このふかふかソファやばい……」
「ねー、でも天気良くてあったかいから良かった。去年は途中で雨降ってきたから」
「あぁ、そうだったっけ……」
注文したコーヒーを少しずつ飲みながら、窓の外を見る。スーツ姿の男の集団や私たちと同じように袴を着た女の子達が、笑いながら同じ方向を向いて歩いている。同じ学年でこんなに人数がいたなんて初めて知った。
(今日で、本当に終わりなんだなぁ……)
急に感慨深くなって、まだ式すら始まってもないのに、少し泣きそうになる。
卒業式を終えて袴を返したら、午後には四年間住んでいた部屋を引き払うことになっている。それから実家で何日か過ごしてすぐに、職場のある新しい土地へ行く。
ユウマくんのいないユウマくんの地元。お別れする前におすすめの観光地とか美味しい食べ物とか、聞いておけばよかった。セックスばかりしてて、友人とも先輩後輩ともちょっと違う、変な方向に仲良くなっちゃった。自分で蒔いた種だけど、喧嘩別れになったのだけ残念だった。こんなあっさり終わるなら、振られる覚悟で好きだと言えばよかった。なんて、そんな勇気もないくせに思う。
「そろそろ行こうか」
睡魔に敗れて天を仰ぐようにソファにもたれている友人を起こす。
ひと足さきに会場に着いていた両親と会場の入り口で写真を撮って、また友人と合流した。
式自体はそんなに長いものではなく、各学部の代表による学位授与と、学長と市長の挨拶だけであっさりと終わった。
実際、参加してみると、袴を着つけてもらっていた時間のほうが涙腺が緩かった気がする。
退場のアナウンスと人の流れに合わせて会場を出ると、サークルの後輩が集まってくれていた。この一年は全く顔を出せていなかったし、たいして先輩らしいところなんて見せられなかったのに、三年生から大きなピンク色の花束をもらってしまった。
去年は来なかったのに、今年はユウマくんも来ていた。元彼や他の男友達のところにいてこちらとは距離があったけど、誰よりも頭ひとつ分背が高いからすぐ見つけられた。遠くから見ても見とれるほど相変わらず、綺麗な横顔をしている。
見すぎていたせいか、視線に気づいたかのようにユウマくんが振り向いた。慌てて後輩に向き直して花束のお礼を伝える。
「これからまた、恒例の飲み会があるんですけど、先輩も来ませんか?」
「……あー、ごめんね、これから袴の返却しに行って部屋の立ち合いして、夕方には地元に帰るんだ」
「えー、そうですか……、残念です。先輩、レアキャラだったからもう少し話したかったです」
「そうなの? レアだった?」
「はい」と、後輩が笑った。
「覚えてないかもしれないけど、新歓のとき、一番最初に話しかけて優しくしてくれたのが先輩だったんですよ。ありがとうございます」
「……覚えてるよ」
誰に頼まれたわけでもないけど、慣れない場所で緊張する一年生に話しかけるのは、私の役割だった。このサークルが楽しいところだって教えて、お節介を焼くのが好きだった。イベントの企画力も人を引っ張っていけるようなリーダー性もないけど、私は私なりに後輩を大事にしていた。
「グループライン抜けないで、たまには遊びに来てくださいね。毎週金曜日、絶対どこかしらで飲んでるんで!」
「うん、ありがとう。じゃあ、そろそろ行くね。バタバタしてごめん。お花、ありがとう」
「はい、四年間、ありがとうございました!」
別れを惜しむ人で溢れ返る会場を後にして、袴を返却して洋服に着替える。途中、先に実家へ戻るという両親と合流して、花束を預けた。どこかで昼食を食べようと思っていたけど、そんな暇もなく立ち合いの時間になりそうだった。
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