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第6章 天の川
3.家長の花
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宮久保家当主の執務室は、高台に建つ城郭のような屋敷のなかでも、もっとも高い位置にある。
お入りなさい、という声にこたえて伊吹がそこへ足を踏み入れたとき、宮久保瀧は巨大なデスクの横に置かれた花台に向かっていた。黒いシンプルな花器に生けられているのは白のトルコキキョウだ。しみひとつない八重の花弁の純白に、それを支える茎と葉の緑が鮮烈な対比をなしている。
「おかけなさい」
瀧は伊吹の方を見ずに、立ったままいった。長身をシンプルなグレーのワンピースに包み、髪はクラシカルなスタイルでまとめている。伊吹はデスクの前のアームチェアに腰をおろした。
瀧は花台をみつめたまま、ゆっくりと腕を組んだ。ふたりのアルファがいる室内は沈黙と緊張に支配されたが、伊吹は背筋をのばして椅子に座り、微動だにしなかった。
八月五日、土曜日。
伊吹にとっては、七星を噛んだというのに、会うことはもちろん、声を聞くこともできないまま過ぎた六日間。電話をしなかったのは用心のためで、ホテルの部屋でカメラを発見した瞬間からそう決めていた。七星をタクシーで帰らせたあと、伊吹はふたたびホテルに戻り、自分の車で宮久保家に帰った。無意味に思えたので、監視装置のたぐいを探したりはしなかった。
宮久保家は不気味な静けさで伊吹を迎えた。使用人はいつもと変わらぬ丁重な態度だったが、たまたま玄関ホールにいたとおぼしい次女の葵は、伊吹を無視した。蓮は居室におらず、家政婦にたずねても不在だという答えが返ってきた。
無視は伊吹が花筐会をすっぽかしたことに対する、単純な懲罰だと考えることもできた。申し開きの機会を与える必要もない、という意思表示なのだ。女性アルファの当主に嫁いだ男性オメガがある種の「失敗」をしたときにそんなことがあったという話を、伊吹は宮久保家に来たばかりのころ、一度だけ聞いた。警備担当にスパイカメラへの対策やその他のセキュリティ対策を教わったとき、雑談のひとつとして聞いたのである。
その警備担当はまもなくいなくなってしまった。アウクトス・コーポレーションからの長期派遣で、契約期間が満了したためだった。「この家の当主は殴る蹴るはしないが、名族のアルファであることにかわりない」とその警備担当はいった。アルファである伊吹にはいわんとする意味はわかった。やり方はちがっても、支配への執着は同じということだ。
そして七月が終わり、八月になって、水曜の朝、あらたなことが起きた。いつも通り出勤しようとした伊吹は、自分の車に乗りこもうとして、運転手にさえぎられたのである。
「今日からは送り迎えをするように仰せつかりました」
「私の車に問題が?」
伊吹はたずねた――むろん、断るつもりで。だが運転手は引き下がらず、伊吹は宮久保姓になって以来、手放さないようにしていた最後のもの――自分の足で移動する自由を失った。
そうなっても宮久保家の家族は誰ひとり、伊吹の前にあらわれない。蓮もおなじくだ。
夫婦といっても、毎日食事のたびに顔をあわせるような生活はこれまでもしていない。とはいえ、完全な無視と沈黙の威力は大きく、さらにもうひとつ気になることもあった。蓮のヒートである。
もともと蓮のヒートは軽く、回数も少ない。男性オメガのヒートは年に三、四回といわれるが、蓮の場合は二回しかないときもあった。しかし前回が三月の終わりだったから、今月は来てもおかしくない。
ところが今の伊吹には、ヒートの蓮に向きあったとき、自分がどう反応するのかまったく予測がつかなかった。そもそも自分はまだ蓮とつがいなのだろうか?
俺には七星がいるのに。
宮久保瀧が沈黙を続けるあいだ、伊吹の心をよぎっていたのはそんな事柄だった。無表情で座っている伊吹を瀧は横目で見て、ついにデスクの前に腰を下ろした。
「これを」
伊吹はアームチェアからさっと立ち上がった。瀧はデスクの上にファイルを滑らせた。
「他の資料もありますが、これで十分でしょう」
伊吹は黒い表紙をひらいた。
予想通りだった。ファイルの中身は伊吹の不貞行為についての報告書だ。資料として、伊吹のスマホの通話明細や警備担当との通話記録――宮久保家の使用人との通話はすべて録音が義務付けられている――それに四月のあの日のあと、七星にオンライン診療を受けさせたクリニックの領収書、その他さまざまな、どうでもよさそうな書類まで添付されている。さらに多数の、動画から切り出したにちがいないあからさまでひめやかな写真、そして七星の身上調査書。
伊吹は無表情のまま最後までページをめくると、ファイルを閉じた。
「これを持ちこんだのは誰ですか?」
瀧は言下にこたえた。
「誰でもいいでしょう」
「武流では?」
瀧は伊吹に視線をあわせた。
「誰だろうと同じことです。問題は事実ですから。私はまったく予想していませんでした。窪井にも話していないのよ。でも、いくつかたしかめさせることはしました」
当主が信頼する家政婦長の名をきいて、伊吹はまばたきをした。
「たしかめるとは、何を?」
「あなたの部屋。この家の格に合わないものがあったわね。悪く思わないで」
伊吹は口をひらきかけ――また閉じた。七星の夫のスーツは家政婦のひとりが補修するといって、一度クロゼットから持ち出していた。まさかワイシャツや下着まであらためたのだろうか。
「伊吹さん、あなたに申し開きができるとは、私は思いません。正直いって驚いたわ。あなたにこんなことができるはずはないのに」
当主はほとほと呆れはてた、という口調だった。
「だいたい、私はあなたに期待していたのよ。それがこともあろうに、つがいを裏切るですって?」
「当主。七月三十日に関しては、ひとつだけ釈明をさせてください。私はあの日、武流と都内で会っていたし、その後も蓮を裏切るつもりはありませんでした」
「でもあなたはあの証拠を否定できない。そうでしょう?」
瀧はこつんとデスクに拳を打ちつけた。
「映像をみるかぎり、あなたは本当にラットしていた。しかも相手のオメガをつがいと呼んでいた」
瀧は顔をしかめ、するとまだ若々しい顔にちらりと般若の面影がうかぶ。
「どうしてそんなことが起きるの? それにあのオメガとあなたが交渉をもったのは、あれが初めてではない。あなたは四月の終わりにも、あのオメガのためにクリニックを手配した。四月以降、あなたが頻繁に通っていた場所もわかっている。報告書によれば、あなたは今回オメガと交渉をもったときに指輪を外している。このオメガはあなたが既婚者だと知っていたのかしら?」
伊吹は口調を変えずにいった。
「彼に責任はありません。彼に反応したのは私の方です」
「でも、あなたは蓮のつがいでしょう。それがみせかけでないことは匂いでもわかっていた。伊吹さん、まさか〈運命〉とかいう番狂わせのたわごとを持ち出すつもり?」
〈運命〉か。
伊吹の唇は自分の意思に反してかすかに歪んだ。かろうじてため息を押し殺す。
「たわごとは私も嫌いです。ですが私には――説明のしようがありません」
「とんでもないわね」瀧は吐き捨てた。
「それとも、これもあまり聞きたくないことだけれど、興奮剤とか、そういったものを使っていたのでは?」
伊吹は黙って首を振ろうとして、たずねるべきことを思い出した。
「当主、蓮はどうしていますか」
「もちろん何も話していません。こんなものを見せるわけにはいかないし。あの子に伝えるのは問題をどう処理するか、私が決めてから」
蓮を守るためなのだろう、と伊吹は思った。瀧にとってもアルファの姉妹にとっても、宮久保家の姫は世間のおぞましく卑近な出来事から守らなければならない者なのだ。ただしそこに蓮の意思はない。彼が何を知りたいのか、どんな人生を欲しているのかという問いはない。
「蓮には――申し訳ないと思っています」
伊吹は低い声でいった。
もっとも、本当に自分がそう思っているのかはよくわからなかった。たしかに伊吹は蓮のつがいで、戸籍上は夫婦だ。だが結婚して以来、伊吹が蓮に触れたのは両手の指で数えられるほど。住む場所こそ同じだが、伊吹と蓮の関係は舞台上で夫婦を演じる役者のようなものだ。
しかも宮久保瀧も、他の家族も、それで当然だと思っている。彼らにとって、伊吹は蓮と対等な役者ですらない。伊吹は蓮に仕えるために宮久保家にいるのであり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
とはいえ今の伊吹には、おのれが何を感じているかはどうでもいいことになっていたし、次の言葉を口にするのも何のためらいもなかった。
「理由がどうあれ、私に蓮の夫でいる資格はないと思っています。蓮もきっとそう思うでしょう」
ところが瀧はぴしゃりといった。
「この問題をどう処理するか、考えるのはあなたではありません」
「それなら――私については、どうなろうとかまいません。しかし七星――照井七星は今回、被害者のようなものです。彼には責任はありません。責めを負うのは私だけです」
「そのオメガについても、私の方で対処します。あなたは何もしないこと――」
そこまでいって、瀧はふいに言葉を切り、考え直したようだった。
「いえ、番狂わせの件については一度病院で検査を受けなさい。あなたがどんな状態なのか知る必要があります。蓮にヒートが来たとき、散らしてやるアルファが必要ですからね」
伊吹は無意識にこぶしを握っていた。だが、デスクに座った瀧からは見えなかったのか。見えていても気にならなかったのかもしれない。瀧は小さくため息をついた。
「どうして今の時期なのか……あなたもここへ来て三年です。盆明けまで忙しいことはわかっていたでしょうに」
宮久保家はこの地域独特の盆の行事で中心的な役割を担っている。敷地内でも儀式があり、地域の人を招くイベントもある。当主にとって、これを滞りなく進めることに比べれば、伊吹と七星のことは些末なことにすぎないが、厄介事にはちがいない。
「あなたにも最小限の役割はふらないと、三年もたつのに不自然だわ。仕方がない。伊吹さん、あなたは勝手にどこかへ消えたり、連絡をとったりすることはできません。三城家の方とは話をした方がいいでしょうから、機会を設けましょう」
宮久保家の頂点に立つ女性アルファは正面から伊吹をみつめ、伊吹も相手を見返した。ふたりのアルファの視線がぶつかり、同時にそれた。
お入りなさい、という声にこたえて伊吹がそこへ足を踏み入れたとき、宮久保瀧は巨大なデスクの横に置かれた花台に向かっていた。黒いシンプルな花器に生けられているのは白のトルコキキョウだ。しみひとつない八重の花弁の純白に、それを支える茎と葉の緑が鮮烈な対比をなしている。
「おかけなさい」
瀧は伊吹の方を見ずに、立ったままいった。長身をシンプルなグレーのワンピースに包み、髪はクラシカルなスタイルでまとめている。伊吹はデスクの前のアームチェアに腰をおろした。
瀧は花台をみつめたまま、ゆっくりと腕を組んだ。ふたりのアルファがいる室内は沈黙と緊張に支配されたが、伊吹は背筋をのばして椅子に座り、微動だにしなかった。
八月五日、土曜日。
伊吹にとっては、七星を噛んだというのに、会うことはもちろん、声を聞くこともできないまま過ぎた六日間。電話をしなかったのは用心のためで、ホテルの部屋でカメラを発見した瞬間からそう決めていた。七星をタクシーで帰らせたあと、伊吹はふたたびホテルに戻り、自分の車で宮久保家に帰った。無意味に思えたので、監視装置のたぐいを探したりはしなかった。
宮久保家は不気味な静けさで伊吹を迎えた。使用人はいつもと変わらぬ丁重な態度だったが、たまたま玄関ホールにいたとおぼしい次女の葵は、伊吹を無視した。蓮は居室におらず、家政婦にたずねても不在だという答えが返ってきた。
無視は伊吹が花筐会をすっぽかしたことに対する、単純な懲罰だと考えることもできた。申し開きの機会を与える必要もない、という意思表示なのだ。女性アルファの当主に嫁いだ男性オメガがある種の「失敗」をしたときにそんなことがあったという話を、伊吹は宮久保家に来たばかりのころ、一度だけ聞いた。警備担当にスパイカメラへの対策やその他のセキュリティ対策を教わったとき、雑談のひとつとして聞いたのである。
その警備担当はまもなくいなくなってしまった。アウクトス・コーポレーションからの長期派遣で、契約期間が満了したためだった。「この家の当主は殴る蹴るはしないが、名族のアルファであることにかわりない」とその警備担当はいった。アルファである伊吹にはいわんとする意味はわかった。やり方はちがっても、支配への執着は同じということだ。
そして七月が終わり、八月になって、水曜の朝、あらたなことが起きた。いつも通り出勤しようとした伊吹は、自分の車に乗りこもうとして、運転手にさえぎられたのである。
「今日からは送り迎えをするように仰せつかりました」
「私の車に問題が?」
伊吹はたずねた――むろん、断るつもりで。だが運転手は引き下がらず、伊吹は宮久保姓になって以来、手放さないようにしていた最後のもの――自分の足で移動する自由を失った。
そうなっても宮久保家の家族は誰ひとり、伊吹の前にあらわれない。蓮もおなじくだ。
夫婦といっても、毎日食事のたびに顔をあわせるような生活はこれまでもしていない。とはいえ、完全な無視と沈黙の威力は大きく、さらにもうひとつ気になることもあった。蓮のヒートである。
もともと蓮のヒートは軽く、回数も少ない。男性オメガのヒートは年に三、四回といわれるが、蓮の場合は二回しかないときもあった。しかし前回が三月の終わりだったから、今月は来てもおかしくない。
ところが今の伊吹には、ヒートの蓮に向きあったとき、自分がどう反応するのかまったく予測がつかなかった。そもそも自分はまだ蓮とつがいなのだろうか?
俺には七星がいるのに。
宮久保瀧が沈黙を続けるあいだ、伊吹の心をよぎっていたのはそんな事柄だった。無表情で座っている伊吹を瀧は横目で見て、ついにデスクの前に腰を下ろした。
「これを」
伊吹はアームチェアからさっと立ち上がった。瀧はデスクの上にファイルを滑らせた。
「他の資料もありますが、これで十分でしょう」
伊吹は黒い表紙をひらいた。
予想通りだった。ファイルの中身は伊吹の不貞行為についての報告書だ。資料として、伊吹のスマホの通話明細や警備担当との通話記録――宮久保家の使用人との通話はすべて録音が義務付けられている――それに四月のあの日のあと、七星にオンライン診療を受けさせたクリニックの領収書、その他さまざまな、どうでもよさそうな書類まで添付されている。さらに多数の、動画から切り出したにちがいないあからさまでひめやかな写真、そして七星の身上調査書。
伊吹は無表情のまま最後までページをめくると、ファイルを閉じた。
「これを持ちこんだのは誰ですか?」
瀧は言下にこたえた。
「誰でもいいでしょう」
「武流では?」
瀧は伊吹に視線をあわせた。
「誰だろうと同じことです。問題は事実ですから。私はまったく予想していませんでした。窪井にも話していないのよ。でも、いくつかたしかめさせることはしました」
当主が信頼する家政婦長の名をきいて、伊吹はまばたきをした。
「たしかめるとは、何を?」
「あなたの部屋。この家の格に合わないものがあったわね。悪く思わないで」
伊吹は口をひらきかけ――また閉じた。七星の夫のスーツは家政婦のひとりが補修するといって、一度クロゼットから持ち出していた。まさかワイシャツや下着まであらためたのだろうか。
「伊吹さん、あなたに申し開きができるとは、私は思いません。正直いって驚いたわ。あなたにこんなことができるはずはないのに」
当主はほとほと呆れはてた、という口調だった。
「だいたい、私はあなたに期待していたのよ。それがこともあろうに、つがいを裏切るですって?」
「当主。七月三十日に関しては、ひとつだけ釈明をさせてください。私はあの日、武流と都内で会っていたし、その後も蓮を裏切るつもりはありませんでした」
「でもあなたはあの証拠を否定できない。そうでしょう?」
瀧はこつんとデスクに拳を打ちつけた。
「映像をみるかぎり、あなたは本当にラットしていた。しかも相手のオメガをつがいと呼んでいた」
瀧は顔をしかめ、するとまだ若々しい顔にちらりと般若の面影がうかぶ。
「どうしてそんなことが起きるの? それにあのオメガとあなたが交渉をもったのは、あれが初めてではない。あなたは四月の終わりにも、あのオメガのためにクリニックを手配した。四月以降、あなたが頻繁に通っていた場所もわかっている。報告書によれば、あなたは今回オメガと交渉をもったときに指輪を外している。このオメガはあなたが既婚者だと知っていたのかしら?」
伊吹は口調を変えずにいった。
「彼に責任はありません。彼に反応したのは私の方です」
「でも、あなたは蓮のつがいでしょう。それがみせかけでないことは匂いでもわかっていた。伊吹さん、まさか〈運命〉とかいう番狂わせのたわごとを持ち出すつもり?」
〈運命〉か。
伊吹の唇は自分の意思に反してかすかに歪んだ。かろうじてため息を押し殺す。
「たわごとは私も嫌いです。ですが私には――説明のしようがありません」
「とんでもないわね」瀧は吐き捨てた。
「それとも、これもあまり聞きたくないことだけれど、興奮剤とか、そういったものを使っていたのでは?」
伊吹は黙って首を振ろうとして、たずねるべきことを思い出した。
「当主、蓮はどうしていますか」
「もちろん何も話していません。こんなものを見せるわけにはいかないし。あの子に伝えるのは問題をどう処理するか、私が決めてから」
蓮を守るためなのだろう、と伊吹は思った。瀧にとってもアルファの姉妹にとっても、宮久保家の姫は世間のおぞましく卑近な出来事から守らなければならない者なのだ。ただしそこに蓮の意思はない。彼が何を知りたいのか、どんな人生を欲しているのかという問いはない。
「蓮には――申し訳ないと思っています」
伊吹は低い声でいった。
もっとも、本当に自分がそう思っているのかはよくわからなかった。たしかに伊吹は蓮のつがいで、戸籍上は夫婦だ。だが結婚して以来、伊吹が蓮に触れたのは両手の指で数えられるほど。住む場所こそ同じだが、伊吹と蓮の関係は舞台上で夫婦を演じる役者のようなものだ。
しかも宮久保瀧も、他の家族も、それで当然だと思っている。彼らにとって、伊吹は蓮と対等な役者ですらない。伊吹は蓮に仕えるために宮久保家にいるのであり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
とはいえ今の伊吹には、おのれが何を感じているかはどうでもいいことになっていたし、次の言葉を口にするのも何のためらいもなかった。
「理由がどうあれ、私に蓮の夫でいる資格はないと思っています。蓮もきっとそう思うでしょう」
ところが瀧はぴしゃりといった。
「この問題をどう処理するか、考えるのはあなたではありません」
「それなら――私については、どうなろうとかまいません。しかし七星――照井七星は今回、被害者のようなものです。彼には責任はありません。責めを負うのは私だけです」
「そのオメガについても、私の方で対処します。あなたは何もしないこと――」
そこまでいって、瀧はふいに言葉を切り、考え直したようだった。
「いえ、番狂わせの件については一度病院で検査を受けなさい。あなたがどんな状態なのか知る必要があります。蓮にヒートが来たとき、散らしてやるアルファが必要ですからね」
伊吹は無意識にこぶしを握っていた。だが、デスクに座った瀧からは見えなかったのか。見えていても気にならなかったのかもしれない。瀧は小さくため息をついた。
「どうして今の時期なのか……あなたもここへ来て三年です。盆明けまで忙しいことはわかっていたでしょうに」
宮久保家はこの地域独特の盆の行事で中心的な役割を担っている。敷地内でも儀式があり、地域の人を招くイベントもある。当主にとって、これを滞りなく進めることに比べれば、伊吹と七星のことは些末なことにすぎないが、厄介事にはちがいない。
「あなたにも最小限の役割はふらないと、三年もたつのに不自然だわ。仕方がない。伊吹さん、あなたは勝手にどこかへ消えたり、連絡をとったりすることはできません。三城家の方とは話をした方がいいでしょうから、機会を設けましょう」
宮久保家の頂点に立つ女性アルファは正面から伊吹をみつめ、伊吹も相手を見返した。ふたりのアルファの視線がぶつかり、同時にそれた。
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