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キリトリ世界の住人

#1 始まり

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まってくれー!』バスは通り過ぎ、隣を並走して走る。追いつくはずもなく。
もう2分早く家を出ればいいだけ。頭では理解している。でも同じ繰り返し。
この2分に御弄され、抑圧され、縛られてる自分を俯瞰できない。
人生は時間との闘いなのか?嫌になるけど、それでも人生は続くんだ!これも繰り返し。
ある一定の繰り返しを行うのが人生。それで済ませばそれまで。でも2分は何とかしたい!

『南朋、起きなさい!』母親の耳を突き抜ける甲高い声。これが毎朝の光景だ『うるさい!』
気が付くと、鳴り響く間覚まし時計。7時に設定している時計は7時40分を回っている
寝癖のついた髪型で、1階に降りる。『早く食べなさい!』また遅刻だ。急いでも仕方ない。
朝食を食べながら、いつもそう思う。『それじゃ、母さんはいってくるね、戸締り宜しく』
慌ただしく仕事に向かう母親を見送る。あれ、今日は大好物の目玉焼きが一つしかない!
(なんだよ、くそババア)そう呟きながらも、食べ終え学校に行く準備をする。この繰り返し、何も変わらない日常。どこにでも存在するであろう日常。そして学校に向かう。

俺は南朋、どこにでもいる高校2年の17歳。母親と二人暮らし。父親の顔は知らない。
俺が産まれる以前に死んだと、母親からは聞いている。それ以上の詳細は知らないんだ。
母親(沙紀)も語ろうとはしない。俺もそれ以上は聞こうともしない。暗黙のルールだな。
沙紀は建設会社の社長をしている。社長といっても社員20人程の会社だが。
しかし、職人気質の男達を使っているだけあって、肝が座っている感じで母親でもあり
父親でもあるような感じだ。沙紀って呼ぶと怒られるけど『お母さんと呼びなさい!』
17にもなって、呼べる訳ない。ババアって呼ぶよりマシだと思うんだけど。

相変わらずの遅刻。むしろ遅刻しない日を数えた方が早いかも。2か月に1回ほど遅刻
せずに学校に行くと教室から拍手される位に『南朋おめでとー』と担任の先生や、同級生
から言われる始末。(何がおめでとーなんだ!)って心で思っているが『サンキュー』と
つい調子に乗ってしまうんだな。それだけで達成感に浸ってしまい、授業中はお眠り。
そして、達成感を味わった5分後には現実に引き戻される。そして、漫画雑誌を読む。
そもそも教科書を持って学校に行ったことがない。自慢する事じゃないけどね。全くない。
言わなくてもいいけど、テストは毎回0点に近い。2桁の点数を見た事がない。当然だ。
沙紀は知っているけど、何故か怒らない。不思議だ。お母さんと呼ばないと怒るくせに。
勉強の事や、学校内でのトラブルは日常茶飯事。その度、沙紀は頭を下げる。
『いつも申し訳けありません、南朋には重々言って聞かせますので』と小芝居をするんだ。
それ以上は触れてこない。だから、小芝居と思ってしまう。笑いを堪えるので必死。
先生も半ば気づいている様子で真剣な表情している。罰ゲームなのかと勘違いしそうだ。
教室に入ると既に小テストが始まっていた。『南朋、テストどうする?』生物の先生が
言ってくる。『どっちでもいいっす』と言うと『それじゃ、廊下でしろ』と言うんだ。
ノッチ(生物担当の先生)だけは、このような返答をしてくる。他の先生は『しなくていい』
なのに。ノッチだけは『受けませーん』と言っても、どんな形でも受けさすんだ。なんで?
わざわざ、机を廊下に出してまで受けさせる。その甲斐もあってか、生物には興味がある。
昔から昆虫、生き物に関しては興味があり自分でも漫画本などを読む習慣があったんだ。
小学校の自由研究で、昆虫採取し標本を提出して表彰された事もあるくらいだ。
それだけかな、今までで誇れる事と言えば。沙紀もその時は『南朋、やれば出来るんだよ!』
と褒めてくれた?褒めてんかな?まぁっ、いいか。今も俺の部屋に飾ってあるしね。

その日は、もう一人廊下でテストを受ける奴がいた。『珍しいな、お前が!』『うっせーよ!』
コイツは俺の幼馴染の美香だ。一応は女だが、俺は女と思っていない。家も近所で沙紀は
我が子の様に可愛がっている。『珍しいな、女みたいに髪くくるなんて』『女の子ですから』
『そこの二人、黙ってテストしろ!』ノッチの声が響く。『美香、なんかあったんか?』
ノッチの様子を伺いながら小声で聞くと『だから、黙れって!後で教えるから』だって。
相変わらず、可愛げのない女だ。それでも男子には人気があり『美香ちゃんの事教えろよ』
『お前ら付き合ってんのか?』など男連中は必死だ。『付き合ってる訳ないだろ』バカだな。
美香のプライベートの事は知っているが、言って良い事と悪い事位の分別は付いてる。
美香の家庭環境も特殊だから。『お前、おせーな。まだかよ!』美香が涼し気な顔で言って
きやがる。『うっせーんだよ!テスト中だぞ、ノッチに言うぞ!』それを聞いていたノッチ
が『誰がノッチだって?野々原先生だろ!』と廊下まで出てきて、俺の耳元で言ってくる。
『はい、はーい、分かりました野々原先生』『返事は一回で!集中してテストしろ!』
どんなけ地獄耳なんだよ。それを見ていた美香はクスクス笑ってあがるし。
『野々原先生、美香がちょけてきます』『つべこべ言わずに集中しろ!』ハァ~、何なんだ!
教室内を見ると、殆どがテスト終わり談笑してる姿がある。この一連の流れは珍しい光景
ではなく、ごく日常の風景と化している。
【キーンコーンカーンコーン】終了のチャイムが鳴る。今日も数問しか出来ずに終了する。
『今回は10点とれるのかな?』笑いながら美香が言う『うるせーよ!点数の問題じゃねー』
と返すが、実際12点が過去最高だ。しかも、美香のをカンニングして。今回は10点なんて
騒ぎじゃないのは俺自身が一番理解しているだけに、苦し紛れの返答になる。
『それよりも、今日は何で遅れたんだよ?』と話をすり替えるように美香に尋ねる。
『ちょっと、親父がな…』とだけ返答し、机を戻す美香。その一言だけで、何となく理解
は出来る。美香は、親父さんと二人暮らしで、この親父さんが少々問題児なんだな。
俺も昔から知っていはいるが、一見してそんな感じには見えない。会うと気前よく接して
きては『おー南朋!美香といつ結婚するんだ』と冗談を言ってくるからなのだ。
何時もの様に出来立てのコロッケを求め学食へ行く『美香、コロッケ食うか?』と言うと
『おごりネ♪』こんな時だけは、女振り声色も変えあがる。『ぶりっ子するな、気持ち悪い』
『コロッケ、コロッケ、早く早く』完全に無視だ。1時限目終了後に出来立てのコロッケ
を食べるのが日課となっている。ホクホクで最強に旨い。1個50円という安さもいい。
たまーに、学食のおばちゃんがサービスで2個にしてくれる。
『ところで、親父さん大丈夫か?』『いつもの酒癖だけどな…』と少し濁す言い方をする。
3年前に奥さんを事故で亡くしてから、別人の様に変わってしまった美香の親父さん。
俺の前では気丈に振る舞うが、亡くなって1年半程はギャンブルや、酒に溺れる日々を繰り返し、酷い時は美香に手を振るう程だった。時には、警察沙汰にも発展する程で、沙紀も夜中であろうが、美香を心配し何度も家に駆けつけて行く姿を覚えている。その事が原因で美香も学校を休みがちだったため、先生も何度も家庭訪問を繰り返していた。だが最近は以前に比べ親父さんの状況も良くなり、美香にも少しは平穏を取り戻せた感じだった。

コロッケを食べながら『いつもの酒癖って、また酷くなったのか?』と美香に尋ねる。
『そうじゃなく、何か様子が以前とは違うんだよな…』『様子が違うって、どんな風に?』
美香に聞くと『うーん、よく分からないんだな。いつもなら暴れ倒して寝るんだけど…』
何か腑に落ちない表情で続ける『昨夜は、暴れずに一点を見つめ、一睡もせずにいるんだ』
『薬は飲んでんの?』『昨日は病院へ行く日だったから、飲んでるはずなんだけど』
一番荒れていた時期から、親父さんは精神科に通うようになり、いわゆる〝アル中〟との
診断を受け、薬やリハビリを利用している。それからは徐々ではあるが、酒の量も減って
きていると聞いている。『カウンセリングも続けてんの?』『欠かさずに行ってんだけど』
『いつもなら、行ってきまーすって言うと、おう!って言うんだけど、今日は無言で昨夜
と変わらずに一点を見つめたままだった』と美香は話す。流石に奇妙だ。
『心配だから、しばらく様子を見てご飯の準備してたから遅れたんだ』納得のいく内容だ。
それにしても、親父さんの行動は理解出来ながら『まぁ、親父さんも何か考え事があった
んじゃね』と空気を変えるように美香に言う。『そうだったら、いいけどね』と返答するが
腑に落ちていいないのは明らかである。『もう1個コロッケおごってよ♪』と美香が。
『え!急にそうくる!お前の思考はどうなってんだ』『だって、お腹減ってんだもん♪』
『分かったよ!何個でも食えよ』『1個でいいって、ダイエット中なんだよ』って、いつも
の美香に戻った様な感じだったので、少し安心した。しかし、美香の中でも、俺の中でも
疑問は払拭出来ないままなのは確かだった。空元気な美香の表情が、それを物語っていた。
しかし、ここのコロッケは旨い。朝ご飯食べたのに何個でもいける。肥る一方だな。
『南朋、それ何個目だよ』『うるせー、男はよく食うんだよ!』と言いながらも、3個目に
突入しているのである。『沙紀さんも心配してんぞ』『余計なお世話だ、自分の事気に知ろ』
次の授業のチャイムが鳴った。『早く食べろよ、また怒られるぞ、あ!慣れてるか』
『でも、ありがとね南朋』『いいから、早く行けよ』少し、美香を可愛らしく思えた。
少し遅れて教室へ戻ると、何やら騒然としている。次は数学の授業なのに先生もいない。
ラッキーと思いながら、椅子に座り漫画を読んでいると『美香ちゃんに何があった?』と
祐樹が尋ねてくる。『知らねーよ。コロッケを一緒に食って、先に教室に戻ってるはず』
すると祐樹は『美香ちゃん、血相を変えて先生と何処かに行ったぞ』嫌な予感がした。
『お前、美香ちゃんに何かしたんじゃねーのか?』『ん、な訳ないだろ!』と切り返す。
祐樹は美香の事が好きで、何度も告ってるが尽く撃沈しているんだ。理由は不明なんだが
俺が思うに単にタイプではないだけなのでは。ってそんな事よりも、美香の事が心配だ。
様々な憶測が、教室内では飛び交っている。薄っすらではあるが美香の状況は、クラス中
の誰もが知っているからだ。『南朋、アンタ何か知ってる?』親友の望結が尋ねてくる。
望結は小学校からの親友で、俺よりも美香が抱えている問題を理解している。同性なのも
あって、何かと相談し合う仲だ。『知らねーて』と答えるが、『今日テストに遅れた事と、何か関係あるんでしょ!』流石は女だ、勘が鋭い。『ちょっと来て!』と望結に引っ張られ
廊下の隅に連れていかれる。『美香のお父さんと何か関係しているの?』と望結が切り出す
流石に、ここまで見透かされているようでは誤魔化せない。
『実は…』と美香から聞いた今朝の出来事を話す。すると望結は『やっぱりね』と頷く。
『美香から、数日前から電話やメールでお父さんの事で何度も相談受けてたんだ』
どうやら、俺にさっき話していた事は昨夜だけではなくて、数日前から美香の親父さんの
言動は奇妙だったようなのだ。望結は心配になって、ここ数日は美香と一緒に登校していたらい。たまたま今日は、望結が寝坊してしまい登校が別々になってしまったと。
『今日も、美香に何度も電話したんだけど繋がらなくて』望結は自分を責めている様子で
そう言ってきた。『それは、親父さんのご飯の準備をしていたからだと思うよ』と言う。
フォローになるか分からないが、そう言うしかなかった。『何も無ければいいんだけどね』
望結は不安で押しつぶされそうな表情で言う。『大丈夫!美香の事だ、アイツは強いからな』
『だよね、美香は強いもんね』『そうだよ、信じようぜ!美香の事を!』と励ますものの
俺の中でも、望結の中でも不安が消えるわけが無いのは当然だ。早く近況を知りたい一心
と美香の安全は勿論、親父さんも無事でいて欲しいと願うばかりであった。

しばらくし、教室へ戻ると未だ美香に姿はないままだった。早く戻って来てくれと思い
席に座ると、なっち(数学の担任)が『今日の数学の授業は自習とします』と言うのである。
ザワツク室内『静かに、皆さん落ち着いて聞いて下さい』続けて…
『たった今、残念な事に谷原(美香)さんの、お父様がお亡くなりになりました…』
『谷原さんは、病院へ駆けつけ、お父様の傍で付き添っております。詳細については不明
ですが、誠に残念です…』言葉を詰まらせながら、静かに悲報が教室内を沈黙させる。
俺は、何が起こったのか分からずに、ただただ呆然とするのみであった。望結を見ると
そこには泣き崩れている姿があり、どう声を掛けていいのか分からなかった。
『お通夜、お葬式の日程が決まり次第また皆には伝えるね』そう言い、教室を後にする。
しばらく、誰も何も語らずにひっそりと静寂に包まれた教室内に時間だけが過ぎる。
『今は、美香の心に少しでも寄り添う事にしようじゃないか』俺は口火を切って告げた。
『そうだようね。一番哀しいのは美香だもんね!』望結が続く。『美香ちゃんの元気な姿を
1日でも早く見られるように祈ろう』祐樹が皆を励ますかのように、声を張り上げる。
教室内の至る所で、さっきまで、すすり泣いていた生徒たちが、触発されるように涙を
拭っていた。そして、一致団結するようにも見えた。
『皆で美香の為に何かしてあげようよ』望結が立ち上がって訴えかける。
『そうだな!俺らが、沈んでいたら、美香の為にもならないもんな!』と俺もクラス中に
訴えかける様に続けた。俺の目には、沈んでいた教室内が少し前を向いた様にも見えた。

『美香、大丈夫なのかな?落ち込んでいないかな?』望結が俺の耳元で呟く。
『俺にも分かんねーけど、今は美香を信じるしかねーよ!アイツは強いからな!』と自分
にも言い聞かせる様に、望結に力強く伝える。
『そうだよね。美香は強いもんね。私がくじけちゃいけないよね』と涙を拭う望結。
とはいえ、早く美香に会って詳しい事情を知りたいと内心は焦っていた。1秒でも早く。
クラス内で、様々な憶測が飛び交い、美香の親父さんの話題で持ちきりだ。
教室のドアが開き、『皆さん、落ち着いて聞いて下さい。先ほど○○病院に向かい、私と
学校へ戻って来ています。現在は保健室で休まれています』なっちが、皆に伝えた。
俺を含め、クラス中が少し安堵の空気に包まれた。俺と望結は、目線で合図を交わし頷く。
続けて、なっちが『本日は、谷原さんの事もあり、臨時休校にします』と伝え、教室を
後にする。『望結、これからどうするよ?』俺は尋ねる。『取り敢えず、一旦家に帰って
から電話するね』『わかった。じゃ、待ってるから』その間にも、望結は美香にメールで
連絡しているが、返信はない様子だ。
授業を終えるチャイムと共に、皆が一斉に帰る準備を始める。通常であれば浮かれ気分で
このまま、ゲーセンやカラオケにでも行くところだが、今日は状況が違う。
俺も急いで帰る支度をして、途中まで望結と一緒に帰る事にした。
『美香から、メールに返事は?』『それが、既読すら付かないの』不安気に望結が言う。
『無理もないか、親父さんが急に亡くなったもんな』望結は、頭では理解している様でも
不安気な表情は取り払えない様子である。
『俺も、一度メールを送って返事がきたら、直ぐに教えるから』『分かった。ありがとう』
実は、美香にこれまでメールは一度も送った事はない。特にこれといった理由はないが。
こんな形で、美香に初めてメールを送るなんてと、少し複雑な気持ちではあったんだが
そんな事を考えている状況でもない。とにかく、一行だけでもいい。美香との連絡がとり
たいの一心だった。『それじゃ、また着替えて準備が出来たら電話するね』『待ってるわ』
と言い、それぞれの家に急ぎ足で帰る。これから、如何するのかなんて決まっていないが
俺も、望結も一人でいる事を避けたいとの思いは共通していただろう。
家に着くなり、直ぐにスマホを確認する。さっき美香に送ったメールが気になっていた。
返事は期待していなかったが、既読さえ付けばと、微かな望みを抱き。な、なんと美香
から返事が返ってきていた“南朋、初めてのメールだね。お父さんの事で心配かけて
ゴメン、きっと望結も心配しているんだろな。何度もメール送って貰っているのに返事
してないから。なんて返事すればいいか分からないよ。南朋に返事したのは、南朋だった
ら話しやすいから。父さんはお母さんの元へいったけど、私はどうすんの“と美香
らしくない文面で、感情を爆発させるような内容だった。そして、今は保健室で休み、何も考えらずに横になっていると。カウンセラーの先生とも話したらしい。俺はメールで
“今は誰の事も心配せずに、ゆっくり休め。俺もお前の親父さんが居なくなったのは辛い
それは、望結も同じ気持ちだから。でも、お前まで失うともっと哀しい!お前は一人じゃ
ないから、俺や望結に話して気持ちが楽になるのなら、いつでも相談にのるから”と返事
を送った。直ぐにでも、望結に伝えたかったが、望結の気持ちを考えて、伝えなかった。
そして、メールの最後に望結と学校に迎えに行くと伝えた。

『南朋、準備出来たから、今から家に行ってもいい?』望結からの電話だった。
『いつでも、お前飯食った?』『食べてない』『なら、俺ん家で一緒に食おう。昨日の晩飯の残りがあるから』昨日の晩飯は、ロールキャベツだ。沙紀のお得意料理なんだ。
『嬉しいな。沙紀さんの手料理食べるの久しぶりだもんね。それじゃ、今から行くね』
『そうだな、沙紀も喜ぶと思うぜ、気を付けて』と言い電話を切った。
電話口で望結が少し微笑んだ声に、俺も少し気分が楽になった。やっぱ一人では不安だな。

ピンポーンと鳴り、玄関口に行くと望結が来ていた。俺と望結の家は自転車で約5分程だ。
『おう、早いな。腹減っただろ、飯食おうぜ。なんと望結が好きなロールキャベツだぜ』
『きゃ~、めちゃくちゃ嬉しい!沙紀さんのロールキャベツ大好きだから』はしゃぐ望結。
『お邪魔しまーす、って南朋!散らかりすぎ!』いきなりかよ… 呼ぶんじゃなかった(笑)
『お前、ひとん家来て、いきなりそれはないだろ!沙紀みたいな事言うなよ』
ちょっとは片づけてんだけど…と思いながらも、冷静に見ると、とても飯を食える状態で
ないのは確実だ。それ以上は言い返せないな…
『南朋、私も手伝うから、まずは片付けからね』『わ、わかったよ』と飯を早く食いたい
気持ちを抑えて、望結と片付けをする事になった。
望結は、小学校3年の時に転校してきてからの付き合いだ。初めは内気で友達が出来ずに
学校も休みがちだった。転校の理由が両親の仕事だったので、それも原因かも知れないが
学校へ来て、いつも一人で過ごす望結に初めて声をかけたのが美香だ。
『望結ちゃんと私って、名前が一つだけちがうね』望結は『うん。』とだけ頷き、そこから
二人は親友になって、俺も遊ぶようになったんだ。今の望結からは想像もできないけど。
『南朋、早くしてよ。お腹空いてんの!』『ハイハイ…』こうまで、変わるかね(笑)
望結に急かされながらも、何とか片付けが終わる。
『よっしゃー、やっと飯が食える』腹が減りすぎて、死にそうだった。
『南朋、冷蔵庫開けて準備するね』『おう、ありがとな』望結はロールキャベツを取り出し
レンジで温め始める。『俺も、何か手伝おうか?』『いいって!余計に時間掛かるから』
ちっ、なんだよそれ!と思いながらも『わかったよー』と言い、待つことにした。

テーブルに、ロールキャベツの旨そうな匂いがした。『お待たせー!めちゃ美味しそう』
と望結が、まるで出来立てのようなロールキャベツを持ってくる。
『流石、沙紀さんだね!私も料理を教えてもらおうかな』『そうか、沙紀に言っとくわ』
そんな会話をしていると、今日の出来事や美香の事を少し忘れるような感じになる。
お互い、決して忘れてはいないが、そんな何気ない会話でもしないと、押しつぶされる
気持ちの整理がつかないから。『さ、食おうぜ!』『そだね、お腹も減ったし』
取り敢えず、お腹を満たす事にした。望結もお腹が減っていたのか、ペロッと平らげる。
『あー、美味しかった!ご馳走様でしたー』『俺も、腹いっぱいになった』
しばらくロールキャベツの余韻と、満腹感が漂う、居心地よい空間となっていた。
『南朋、美香の事だけど…』と望結が口を開く。美香からメールの返事が来た事を伝える
べきなのか悩む。直ぐにでも望結に伝えると言った手前もあるし…
でも、望結の美香に対する想いを肌で感じ、このまま黙っている訳にはいかない!
俺のメールに返事があった事、それを直ぐに望結に伝えなかった理由、美香の想い。
これから、学校の保健室へ美香を迎えに行く事を伝える事にした。言葉を慎重に選び。
『そうだったんだ。そりゃそうだよね。美香が返事出来ない事も、南朋が敢えて伏せて
いた事も分かったよ』と望結は、ある一定の理解を示してくれた。
『ごめんな、直ぐに伝えてあげれなくて』『ううん、南朋の立場だったら私もそうしたかも』
『それより、美香からの返事はないの?』俺は、スマホを見るが新たな返事はない。
『今、確認したけどないな。恐らく、寝てるんかもな』『だよね、早く美香に会いたい!』
さっきまでの望結の表情は一変し、一刻も早く美香の傍へ行きたいとの想い一心だった。
『だな、俺も美香に会って何が起こったのか真相を聞きたいし、周りは色んな噂で美香の
親父さんの事を言うが、美香は誰よりも親父さんの事を好きだったからな』
『だよね、美香は表向きはひょひょうと振る舞ってるけど、繊細だもんね』望結が、今の
美香を一人にさせる事に不安を感じているのが分かった。
俺は“今から、望結と迎えに行くからな”と美香にメールを送信すると、再び学校へ戻る
準備をする。と同時に沙紀にも、今の現状を知らせるメールを送信することにした。
沙紀なら、美香の親父さんとも親しかったし、俺らが知らない、親父さんの本心を知って
いるのだと思った。同じ子を持つ親として。それに、この事実は沙紀にとっても衝撃的で
あるに違いないから。美香の事を自分の娘の様に可愛がっていたから。俺ら同様に、美香
を案ずる気持ちは一緒なのだから。
望結がキッチンに、食べ終わった食器を片づけている最中に、俺のスマホが鳴る。
『南朋!メール確認したけど、ホントなの!!』沙紀の甲高い声と、衝撃を隠せない感じ
だった。当たり前だろう!沙紀にとっては家族同然の事だろうから。沙紀は続け様に
『美香ちゃんは大丈夫なの?南朋!しっかりしなさいよ!』など、恐らく忙しいであろう
状況が沙紀の電話越しから聞こえてくる。そんな状況に関わらずとも、俺に電話を掛けて
くる程に、美香の事が心配なのだ。普段、俺が学校で問題を起こし、学校からの電話には
ほぼ取らないのだから。『大丈夫!今から、望結と一緒に美香を迎えに行くから』と伝える
『望結ちゃんは大丈夫?ちょっと、望結ちゃんと電話変わって!』
『南朋から聞いたけど、望結ちゃんも辛いと思うけど一緒に乗り越えようね』
『沙紀さん、私は大丈夫です。沙紀さんの声を聞けて安心したよ』涙を必死に堪えながら
望結が沙紀に伝えていた。それから、望結としばらく話をしてから、再び俺に変わる。
『南朋!しっかりしなさいよ!男なんだから!』『わかってるって!急いでんだから切るぞ』
と言い、電話を切る。何回も同じことを。相変わらず、うるせーな。分かってるんだって!
と思う反面、いざという時は頼りになる母親だなと感じた瞬間だった。

『早いとこ、美香に会いに行こうせ!』と沙紀との電話を半ば強引に切り、望結に伝える。
『そだね!きっと、美香も私たちの事を待ってるんだからね。沙紀さんもいるしね!』
そう言うと望結は自転車に、早々と跨っていた。俺も後を追うように、自転車に乗り
美香が待つ学校へと向かうのであった。1秒でも早く美香に会って、話を聞きたい一心で。
こんなにも、美香と会いたいと感じた事は、今までには無い感情だ。幼馴染で、当たり前
かのように何時も居てる存在。そんな風に錯覚していたのかも。それは、美香の親父さん
も同様に。まるで空気の様に、永遠に俺の目の前から消える事がないとう概念が崩される
恐怖感にも襲われ、自転車で学校に向かいながらも、いつもの通学路に視線をやる。
見慣れているはずの光景が、いつもとは違った景色に見えた。なぜか、目に焼き付けて
おこうと、意識的に思うのであった。

学校付近になると、人だかりが出来ている。大きなカメラを片手に持った人などがいた。
マスコミだろうな。面白おかしく記事を書こうとしてあがる。厄介だ。
『望結、このままいけば奴らに何か聞かれるぞ!うっとしいから、裏口から行こうぜ』
『うん、そだね。でも、何でマスコミがいるんだろ…』と望結は不思議そうにしていた。
考えてみたら、確かにそうだ。マスコミが取り上げる事でもないかとは思う…
まぁ、そんな事よりも美香の方が心配だ。さっき送信したメールの返信をチェックするが
美香からの返事はない。恐らく、まだ寝ているんだろう…
俺らは、裏口に回る事にした。裏口から入る方が保健室へ行くには近いのも、好都合だ。
『望結、アイツらにバレない様にしろよ』『分かってるって!』少し速度を緩めながらも
美香のいてる保健室へと急ぎ、美香の無事を確かめたい一心で。

『南朋、裏口閉まってるよ』『大丈夫だ!俺、番号知ってんだ』望結が『え!マジでー!』
とビックリしたように言う。無理もない、裏口にはダイヤル式の鍵が掛かっているから。
ロック番号は特定の先生以外は知らないからだ。じゃ、なぜ俺が知っているかって…
遅刻常習魔である俺の特権だな。って自慢する事ではないが…
通常は遅刻しても、正門から入るが、何度正門のベルを鳴らしても誰も来てくれないので
仕方なく、裏口に回るとノッチが開けてくれ、その時にロック番号を記憶していた。
『南朋、アンタもたまには役に立つんだ』『そうそう、遅刻もするもんだぞ!(笑)』
『自慢する事じゃない!早く開けてよね(笑)』『うっせーな、直ぐに開けるから待ってろよ』
そんな会話をしている内に、裏口が開く。校内は閑散としている。先生達はマスコミ対応
で必死みたいだ。運動場の脇を通過し、階段を上がって2階の一番右隅にある保健室へと
急ぐ。『美香、大丈夫だといいけど…』望結が呟く。ホント、そうであって欲しい。

保健室のドアをゆっくりと開ける。窓際で美香が淋しそうに、外を眺めている姿があった。
『美香!大丈夫なのか!』そう言うと、美香が俺の方に振り向く。『美香!良かった~』
望結も美香に声を掛ける。少し憔悴しているが、普段通りの美香で一安心した。
美香は、何も語りはしなかった。無理もないだろう。最愛の親父さんを失ったのだから…

ゆっくりでいい。美香の話し、想いに寄り添う事からだ。美香が何を語るのか…
俺と望結がベットに座る。前にある椅子に腰を掛ける美香が、ゆっくりと口を開いた。
『南朋、望結、心配かけてごめんね。お父さんの事だけど、自殺じゃないと思うんだ…』
それは、衝撃的な内容だった。俺も、望結も親父さんは自殺だと考えていたから。
しかし、美香の語る口調や、表情からは何か確信を持っている事を感じられた。
『美香!どーいう事!警察は何て言ってるの?』と望結が尋ねる。
『警察は自殺だと断定している。けど、お父さんは自殺じゃない!』と美香は断言した。

俺は正直、頭が動かない状態だった。確実なのは、美香がウソを言ってない事。
しかし、これから美香が語る真実で、親父さんの死に至る真相が具体的となっていく…

それが、美香だけに限らず、俺や望結、そして多くの人の運命をも左右される事に
なるとは…
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