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紙の上の空
エピローグ
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愛をたしかめ合った二人が、アメリカの首都の、緑の芝が美しい と或る公園のベンチに、放心状態で座っている。揃って目が赤い。
並んで同じ方向をぼんやりと眺めながら、片手だけは恋人繋ぎで結ばれてピタリと寄り添う。お互いの恥ずかしいアレコレを知っているのに、彼の手に触れているだけで嬉しくて、何故か照れくさい。
「すごいねえ……こんなところに住んじゃって。なんか、丈の好きな映画の世界に迷い込んだみたい」
「だよな。でも、仕事自体はかなり面白い、刺激的で。この歳でもまだまだ勉強する事はあるし、挑戦するのが楽しい。先週はすこしバタバタしてたんだ」
「うん、そっか。タイミング良かったね」
丈は、ボスのご一家に今朝食事を提供し、そこから丸一日オフらしい。明日の朝の食事まではフリー。偶然にもたまの休日だった。
「──あ、あの犬」
「ん?」
丈のインスタによく写っている白い犬だ、よく散歩してる公園て、ここかあ。
可愛い。名前はたしか、
「……あの犬な、ルーシーっていうんだ」
「え? ローラじゃなかった?」
…………あ。言ってから、しまったと口を押さえる。
「そうだよ、ローラが正解。でも碧が何で知ってる? あなた俺のインスタ見てる? もしかして、この〝sima〟って、碧だろ」
あ、バレてる。
「え? 違う、私じゃないよ。何が?」
「……やっぱりな、嘘吐くの下手すぎ」
この二か月間、通りすがりのふりをして、丈のインスタを見てはこっそりコメントを残していたのだがバレバレだった。
「何をしているんだよ」
「だって気になって……。なんでわかった?」
生半可な覚悟で、会わずに連絡だけしたとしても、丈は納得しないとわかっていた。
だから我慢して、一切連絡しないを続けた。全ては今日会った時の為に、中途半端に声は掛けなかった。
「simaって、考えればわかる。それに文章がなんとなく碧」
「たいしたこと書いてないのに」
「〝この空とても美しいですね、好きです〟でピンときた」
「なぜ? どこが? だって丈が元気ないから」
「ああ、たしかにな。これ碧じゃね? と思ったら、想像して笑ったな。元気出た」
「ほらね」
それならばこれはどうだと、持っていたトートバッグの中からとっておきのある本を取り出して、丈に見せる。
「──は? なんだこれ……」
「ふふん、晴海おじさんに全面的に協力していただいたの」
「晴海叔父さんにまで会って来たの?」
丈に見せた本、それは、丈が撮り溜めたあの空の写真の中から私が好きな写真を何枚か選んで冊子に纏めたものだ。オリジナルの写真集のようなつくりになっている。
「今すごいのね、こういう写真を本にする印刷所がいっぱいあって、でも今回のこれは晴海さんの知り合いの人が──」
「いやいやいや、この中身の写真どうした?」
「丈の部屋のクローゼットで見つけて。あ、ネガやデータはアトリエに保管されてたし」
「クローゼット? アルミ缶?」
「そうそう」
「……ということは」
「あ、大量の私の写真も見つけました」
「!!」
空の写真はいいとして、私の写真は見つけて欲しくなかったらしい。
耳まで真っ赤になり、文字通り頭を抱え悶えている。ハハハ、著作権無視。
丈の叔父、 斎木晴海氏は、とても有名なフォトグラファーだとはじめて知った。世界に広く名を知られているほどの。
丈のお父様から、丈が写真を好きになったきっかけをお聞きし、どうしても会ってみたくなり会いに行った。
『はじめまして、こんにちは』
『はいこんにちは。はじめまして……、ん? なんか、初めてお会いする感じがしませんね』
『なぜでしょう、私もです』
晴海さんは被写体としての私をずっと見続けてきたからだろうと言う。
そして私の方は、丈が歳を重ねるとこんな感じになるのではないか、という親近感で。
なんか全体の造りと雰囲気が、似てる!
「丈がこっちにいる間は、私を撮る人が誰もいないだろうから撮ってあげるよ、って」
「は? 必要ないだろ。なに言っちゃってんだあのおっさん、色気付いて。だめ! 碧なんて勘違いされて脱がされるぞ、絶対ダメ!」
「あはは、どういう事? どんな勘違いよ」
仕事はとりあえず休暇をもらっている状態だから、丈と数日間過ごして話し合ったら、一先ず帰らなければならない。離れたくないけれど、でも焦ってもしょうがない。
「今日はこれから、一緒にいられる?」
「ああ、買い物したものを置いたら迎えに行く。昼飯、碧の好きそうな場所ある」
「……うん」
それはとても嬉しいのだが、美味しいものには目がないのだが、それ、明日にしない?
本当はもう、今すぐくっつきたいの。
ベタベタに甘えたい、触りたい、
部屋に閉じ込もって、二人きりで、
丈を感じたい。
色気付いた私の無言の訴えを感じたのか、じっと見つめ親指で私の唇をなぞる。
老若男女が、楽しそうに自由気ままに過ごしている公共の場で、吸い寄せられるように近づいて、啄むようなキスを繰り返す。
ここが日本の公園でなくて良かった。
鳥のさえずりが聴こえて、二人で同時に空を見上げた。あ、眩しい────
快晴の空を、一筋の雲が流れていく。
時は移り変わり、私と丈のところにもきっと、新しい季節が巡ってくるだろう。
「見て、日本の空とおんなじだ」
「そりゃそうだろ、繋がってる」
丈が繋いでいた手をするりと外し、立ち上がった。空に向かい小さなカメラを構える。
彼はこれからも撮り続けるのだろう。
その目に映る、愛しいものたちを。
カシャリカシャリと二回、シャッター音が響いた。
END
◇本編完結です。14日より番外編を少しだけ。
並んで同じ方向をぼんやりと眺めながら、片手だけは恋人繋ぎで結ばれてピタリと寄り添う。お互いの恥ずかしいアレコレを知っているのに、彼の手に触れているだけで嬉しくて、何故か照れくさい。
「すごいねえ……こんなところに住んじゃって。なんか、丈の好きな映画の世界に迷い込んだみたい」
「だよな。でも、仕事自体はかなり面白い、刺激的で。この歳でもまだまだ勉強する事はあるし、挑戦するのが楽しい。先週はすこしバタバタしてたんだ」
「うん、そっか。タイミング良かったね」
丈は、ボスのご一家に今朝食事を提供し、そこから丸一日オフらしい。明日の朝の食事まではフリー。偶然にもたまの休日だった。
「──あ、あの犬」
「ん?」
丈のインスタによく写っている白い犬だ、よく散歩してる公園て、ここかあ。
可愛い。名前はたしか、
「……あの犬な、ルーシーっていうんだ」
「え? ローラじゃなかった?」
…………あ。言ってから、しまったと口を押さえる。
「そうだよ、ローラが正解。でも碧が何で知ってる? あなた俺のインスタ見てる? もしかして、この〝sima〟って、碧だろ」
あ、バレてる。
「え? 違う、私じゃないよ。何が?」
「……やっぱりな、嘘吐くの下手すぎ」
この二か月間、通りすがりのふりをして、丈のインスタを見てはこっそりコメントを残していたのだがバレバレだった。
「何をしているんだよ」
「だって気になって……。なんでわかった?」
生半可な覚悟で、会わずに連絡だけしたとしても、丈は納得しないとわかっていた。
だから我慢して、一切連絡しないを続けた。全ては今日会った時の為に、中途半端に声は掛けなかった。
「simaって、考えればわかる。それに文章がなんとなく碧」
「たいしたこと書いてないのに」
「〝この空とても美しいですね、好きです〟でピンときた」
「なぜ? どこが? だって丈が元気ないから」
「ああ、たしかにな。これ碧じゃね? と思ったら、想像して笑ったな。元気出た」
「ほらね」
それならばこれはどうだと、持っていたトートバッグの中からとっておきのある本を取り出して、丈に見せる。
「──は? なんだこれ……」
「ふふん、晴海おじさんに全面的に協力していただいたの」
「晴海叔父さんにまで会って来たの?」
丈に見せた本、それは、丈が撮り溜めたあの空の写真の中から私が好きな写真を何枚か選んで冊子に纏めたものだ。オリジナルの写真集のようなつくりになっている。
「今すごいのね、こういう写真を本にする印刷所がいっぱいあって、でも今回のこれは晴海さんの知り合いの人が──」
「いやいやいや、この中身の写真どうした?」
「丈の部屋のクローゼットで見つけて。あ、ネガやデータはアトリエに保管されてたし」
「クローゼット? アルミ缶?」
「そうそう」
「……ということは」
「あ、大量の私の写真も見つけました」
「!!」
空の写真はいいとして、私の写真は見つけて欲しくなかったらしい。
耳まで真っ赤になり、文字通り頭を抱え悶えている。ハハハ、著作権無視。
丈の叔父、 斎木晴海氏は、とても有名なフォトグラファーだとはじめて知った。世界に広く名を知られているほどの。
丈のお父様から、丈が写真を好きになったきっかけをお聞きし、どうしても会ってみたくなり会いに行った。
『はじめまして、こんにちは』
『はいこんにちは。はじめまして……、ん? なんか、初めてお会いする感じがしませんね』
『なぜでしょう、私もです』
晴海さんは被写体としての私をずっと見続けてきたからだろうと言う。
そして私の方は、丈が歳を重ねるとこんな感じになるのではないか、という親近感で。
なんか全体の造りと雰囲気が、似てる!
「丈がこっちにいる間は、私を撮る人が誰もいないだろうから撮ってあげるよ、って」
「は? 必要ないだろ。なに言っちゃってんだあのおっさん、色気付いて。だめ! 碧なんて勘違いされて脱がされるぞ、絶対ダメ!」
「あはは、どういう事? どんな勘違いよ」
仕事はとりあえず休暇をもらっている状態だから、丈と数日間過ごして話し合ったら、一先ず帰らなければならない。離れたくないけれど、でも焦ってもしょうがない。
「今日はこれから、一緒にいられる?」
「ああ、買い物したものを置いたら迎えに行く。昼飯、碧の好きそうな場所ある」
「……うん」
それはとても嬉しいのだが、美味しいものには目がないのだが、それ、明日にしない?
本当はもう、今すぐくっつきたいの。
ベタベタに甘えたい、触りたい、
部屋に閉じ込もって、二人きりで、
丈を感じたい。
色気付いた私の無言の訴えを感じたのか、じっと見つめ親指で私の唇をなぞる。
老若男女が、楽しそうに自由気ままに過ごしている公共の場で、吸い寄せられるように近づいて、啄むようなキスを繰り返す。
ここが日本の公園でなくて良かった。
鳥のさえずりが聴こえて、二人で同時に空を見上げた。あ、眩しい────
快晴の空を、一筋の雲が流れていく。
時は移り変わり、私と丈のところにもきっと、新しい季節が巡ってくるだろう。
「見て、日本の空とおんなじだ」
「そりゃそうだろ、繋がってる」
丈が繋いでいた手をするりと外し、立ち上がった。空に向かい小さなカメラを構える。
彼はこれからも撮り続けるのだろう。
その目に映る、愛しいものたちを。
カシャリカシャリと二回、シャッター音が響いた。
END
◇本編完結です。14日より番外編を少しだけ。
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