【完結】黄色い花

中谷ととこ

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仕事以外で、会う


「────行きませんよ」

『なに まー君・・・頭ごなしに。久しぶりに三人で食事しましょって、言ってるだけじゃないの』

三人で・・・、ならね」

 俺のことを、恥ずかしげもなく〝まー君〟呼びするのは、母の姉、つまり俺にとって伯母にあたる人で、美恵さんという。
 その伯母からの、思惑ありきの電話。三人というのは、プラス自分の夫のことで、つまり俺の義理の伯父になるわけだが、理由もなく改まってそんな場を設けようとか、怪し過ぎる。


『かわいくないわねえ、素直に騙されてくれてもいいじゃないの』

「どういう事情ですか、何を騙されろって?」

『うん? なあに、ちょっとした知り合いの子でねえ、いい娘さんがいるのよ。家庭的で朗らかで、お仕事もちゃんとしてらっしゃるの』

「ほら、やっぱりそういう話じゃないですか。本当に勘弁してくださいよ、いいって言ってるでしょ、まったく。ああ、そういえばこの間、葉子伯母さんからも封書が届いてたな」

『そうそう今回の彼女はね、葉子も太鼓判推してるとっても素敵な方なのよ』

「…………へえ」

 葉子伯母さんというのは母のもう一人の姉で、美恵伯母さんの妹である。
 長女・美恵、次女・葉子、三女・澄子。母は三姉妹の末っ子だった。一番年下の母が、一番早くに亡くなったわけだが。

『雅人はなんでそんなに結婚に対して消極的なのかしら。いいじゃないの会ってみるくらい、出逢いはどこに落ちてるかわからないんだから。すごく気にいるかもしれないでしょ』

「どこに落ちてるかって……はい、はいはい」

『あら、じゃあ、いいのね?』

「だからよくないって、行きませんから」

『もう、誰に似たのか頑固よねえ。それとも誰かお付き合いしてる人でもいるの?』

「……いませんけど、見合いは本当に結構です」

『見合いじゃなくて、ちょっとした紹介よ』

「同じことだから」


 ここ半年ほど、なにを思ったのか知らないが、二人の伯母が俄然世話を焼きたがる。
 この広い家で一人で暮らしていることを不憫に思うらしく、夢に母と父が出てきて心配していたと、根拠のないことまで言い出した。

 三姉妹は、とても仲が良かった。だから必然的に会う機会が多かった従姉弟同士も仲が良くいまだにつき合いがあり、懐かしい友人のようにたまに食事に行ったりもする。従兄姉というより兄弟姉妹に近いかもしれない。
 結婚していないのは、四人いる従兄姉のうち一番年下の俺だけで、彼らは今現在 子育て真っ盛り中だが、独身だってそんなにめずらしいことではないだろうに。
 本当の息子のように思ってくれているのはありがたいが、どうぞお構いなくと言いたい。


 結婚はしたくないわけではないし、考えたこともないとは言わないが、家庭を持つことを目的に相手を探そうとは思わない。一緒にいたいと思う相手がいて、大事にしたい人ができて、その先にあるのものが結婚だと思っているわけだが、まあそんなこと言ってたら、たしかにできないかもしれないな。

「相手くらい自分で見つけるから」

『そうなの? 誰かいるならそれでいいのよ。それとも……、ああ成る程ね、もしかして私たちには会わせづらい相手とか? それはそれでいいんじゃないのかしら、今の時代。仲のいいお相手がいるのなら』 

「……意味がわからないんですが、何をどう勘違いしているんですか? 俺もう出かけるから切りますよ」

『わかった、また電話するわ』

 これだけ言っても諦めないので、さすがに笑ってしまった。
 ごめん伯母さん、俺の夢枕に父や母が立ったことなど一度もありません。




 同じ日の午後、俺は とあるブックカフェにいた。
 360度どこを見渡しても本棚、モダンで洗練された落ち着いた雰囲気の書店に隣接された、長時間読書をするためのカフェスペース。
 俺の真向かいには松島が座っていて、真剣に一冊の本に目を向けている。好きな作家の新刊が出たらしい。

 何度か一緒に出掛けるうちに、二人ともよく本を読む、という共通点があることを知った。松島は俺など足元にも及ばないくらいの読書量があるようだが。
 溜め息をついて彼女は、パタンと本を閉じてから天を仰ぐ。

「……やば、めっちゃすごい、うわわ」

「もう読んだのか?」

「最初の一話だけ。オムニバスなんですけど、もうすでに胸がぎゅっと、泣きそう」

 あまりにも目を輝かせて興奮しているので、笑いそうになった。

 今日は六回目の約束の日なのだが、どう考えても一人で来れそうな場所だし、俺はかえって邪魔ではないだろうか、なぜ呼ばれたのか。
「どうぞ続きを」と言うと、「買うので家でゆっくり読みます」と言う。


「わりとよく来るんです、ここ。軽食もデザート系も美味しいし綺麗で雰囲気もいいし、好みの本がちゃんと揃ってて、お気に入りの場所なんです。課長もどこか好きな書店とかブックカフェとかあります?」

「いや、特にない。ネットで買うこともあるし、こだわりなくどこでも」

「え、書店で見て買うの楽しくないですか?」

「まあそうだな、実際に見て選べるし」

「私、作家買いはするんですけど、ジャケ買いとかはしなくて、初読作品は大体、第一話第一章だけは読むようにしてて。内容はともかく〝この作家さんの文章、好きだなあ〟と思ったら買うんですよ。どんなに評判が良くて表紙や装丁が素敵でも、合わないものは合わないから、好きな文章と思わなかったら買わない」

「そりゃそうだろう」

「課長のそれは、ミステリーですね」

「そう。これ前作は読んでて、続編が最近出たんだな、知らなかったから」

 松島はすでに一作目は勿論、この続編も読み終えているらしい。

「──課長って、意外と王道が好きですよね。正統派、スタンダードなものが。映画とかも」

「そうだけど、悪いか」

「いえ、なんとなく勝手なイメージで、マニアックなものとか人が選ばなそうなものを好みそうと思ってたから、意外と普通だなーって」

「は? なんか引っ掛かるなその言い方」

「大衆向けのものが好き」

「なんだそれ、ミーハーで薄い人間みたいじゃないか」

「違いますって、堅苦しくなくて親しみがわくなって」

 なにが面白いのか、目を細めてけらけらと笑っている。

 何度か出掛けているうちに、態度が少しずつ砕けて、柔らかい笑みを見せるようになった。よく喋るようにも。今日は特に、自分のテリトリーにいるからか、さらにお喋りだ。
 相変わらずビジネスカジュアルのような装いで、髪もきっちり纏めているから、格好だけは会社にいる時とほぼ変わらないが、仕事中、こんな表情は絶対に見せない。少なくとも俺には。


「そのシリーズが好きなら、こちらも好きかもしれません。多分課長の好みかも」
「ふーん……(ざっとあらすじを読んでみる)うん」
「あっ。今 面白そうと思いましたね? 読書ソムリエと呼んでください」
「……楽しそうだな」
「楽しいですよ。ここはホームというか好きな店ですし、本に囲まれてると落ち着くので」

 そんな場所に、なぜ俺を誘うのだろう?
 一人の方が気楽に自由に過ごせるだろうに。
 さっきから言葉の端々に、お気に入りの場所だから連れて来たかったのだと、そんなニュアンスを感じるのだが気のせいか?

「松島が読んでる、それもミステリー?」
「いえこれは、違います、課長が興味ない系」
「興味ない系? なに?」

 テーブルの上に、もうすでに会計を済ませた何冊かの本が入った袋がある。なぜかさっき、表紙を隠すようにこそこそと購入していたが。

「発売日なんですよ、あとから買うつもりだったけど今買わないと買い忘れそうで、どうしても買いたくて! 書店特典も付くし」
「いや、我慢しないで買えばいいけど、何を」
「れ、恋愛小説ですよ恋愛小説、好きなんです恋愛もの、リアルなものからお伽話的なものまで、私 恋バナ、聞くのも読むのも大好きなので!」
「……あ、そう、いやだから、別に悪いとは言ってない、そんなにムキにならなくても」
「だって、その歳で架空の物語で満足しているから自分の恋愛が疎かになるんだぞ、って言われそうだから」
「言うかそんなこと」

 聞かれたくなかったらしい。なんでだ。

「里中カンナさん、わかります? 本屋大賞の候補にもなったことがあって、私大好きで!」
「聞いたことはあるけど読んだことはない」
「面白いのにな、恋愛もの、すごくドラマチックで、二十年愛再会愛、最高なんですよ、ああもう、こんな恋愛どこにあるっての、っていう憧れ。里中作品は全部読んでます」
「すればいいじゃないか、二十年愛、再会愛」
「できるわけないじゃないですか。え、ここから二十年って、成就する頃には私、結構なお年ですし無理だし、再会愛できそうな相手なんていないですよ、人の恋だから胸熱で泣けるんじゃないですか。ありそうでないような身近な内容だからキュンとくるし。課長はどうだろう? ハマらないだろうな」
「なんでだ、恋愛の切ない気持ちぐらい理解できるわ、失礼な」

 今日はほんとうに、よく喋る。

「ふーん、そうですか。……じゃあそれは?」
「これ? これはええと、お伽話系ですね」
「お伽話系って?」
「……溺愛とかスパダリとか、甘々で現実からかけ離れてて、ないなあっていうシンデレラ的な世界の話です。そういうのも読むんですよ」
「よくわからん、ちょっと見せてみろ」
「ぜ、絶対嫌! あ、わざと言ってますよね、面白がって、そんなもん読んでるのかって」
「違うって、コソコソ隠すから気になっただけじゃないか」
「だって恥ずかしいですもん、さすがに。あーやっぱりここで買わなければ良かった……」

 まあ、ちょっと面白がっているのはたしか。


 今の、この時間は一体なんなのか。
 二か月以上前にあった出来事を無かったかのように、穏やかに淡々と過ごしている。
 でもあの一件があったから、こうして休日に二人で会うようになったわけで。
 上司と部下のような雰囲気はない。かといって、デートのような色気漂う空気もない。
 しいて言うなら友人? 違うな、兄と妹?

 松島に申し訳なくて、自己嫌悪で悶々としていた時間はいつの間にか過ぎて、屈託なく笑う彼女の様子にホッとしている。見ていて楽しくなってくる。こんな人だったかと。
 でもいろいろと、わからない。

 どういうつもりなのか、「なぜ?」と聞きたい事は沢山あって。でもそれを一つでも言葉にすれば、「それもそうですね、じゃあそろそろ止めましょうか」と、あっさりこの時間が終わるような気がした。

 十回、十回だ、松島との約束は。それを待ってみてもいいだろうと、言い訳をする。


「松島」
「はい?」
「これ、入口に置いてあったチラシ」
「え……ああ、これは、花火大会の」
「行きたいって、前に言ってたから」
「……」
「違う?」
「いえ、言いました、覚えていてくれたんですね。あ、でもこれは先週終わってますけど」
「ん? 終わってる? ちがうよ、こっち」
「……ああ」
「これは四週間くらい後だろ? 先週終わった花火大会より規模は小さいけど、近いし」
「……ほんとだ」
「9月になってもやるんだな、花火」
「でも平日ですよ? 水曜日、週の真ん中」
「少し観るだけなら大丈夫じゃないか? 夜は遅くなるだろうけど、残業だと思えば」
「残業って」
「行きたくないなら無理に行かなくてもいいけど、それなりに混むだろうし」
「……行きたいです、すごく」
「うん、じゃあそうしよう」

 花火大会か、何年ぶりだろう。

「……少し、間が開いちゃいますね、四週間以上。でも課長、今月は忙しいから、出張も多いし。土日はゆっくり休んだ方がいいですもんね、ちょうど良かったです」
「ん? 花火の前に別の約束をすればいいじゃないか。この週は出張でいないけど、それ以外は大丈夫だぞ? 次回はなんだ、ドライブ、食事? 花火大会は八回目ってことで」
「い、いいんですか?」
「……俺はいいよ。こっちがそれでいいかって聞いているんだが」
「わ、私も、いいですよ、それで」

 遠慮しながら薄い壁を作って、松島の考えていることはいまいちよくわからない。俺に気を遣っているのは間違いないが。でもイヤだったらこうして一緒に出掛けたりはしないだろうし。

 今日はこれから彼女のたっての希望で、ビリヤード場へ行くことになっている。その後夕飯を食べて、解散となるコース。
 デートのような色気漂う空気はないと言ったけれども、側から見ればデートといっておかしくはない。完全に満喫していた。

 ところがその花火大会の前の、七回目の約束の日に、事は起きる。



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