【完結】黄色い花

中谷ととこ

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仕事以外で、会う


「────あ、課長、お疲れさまです」

「おつかれさま」

「課長もこれからお昼ですか?」

 遅い昼食を食べるため、ビル内に入っている企業の社食として使われているカフェテリアに向かう途中、二川と鉢合わせた。彼女は彼女で午前中急ぎの仕事が入って、昼休みがずれ込んだのだろう。
 週に二、三日はここを利用する俺と違って、二川が社食にいるのはめずらしい。

「弁当はどうした、三日坊主か?」

「三日坊主っ? そんなバカな、一か月は続いてるんですけど」

「ああそう?」

 眉間に皺を寄せムッとしている。訳あって、節約中、減量中らしい。このところオフィスで弁当を食べている二川をよく見かけた。

 彼女と仕事をするようになり、二年以上になる。見た目はおっとりしているが、中身は負けず嫌いなところがある努力家で、仕事は丁寧で早い。

「例の、村岡さんのところの案件か」
「はいそうです、揉めてまして~」
「だから言ったろ? 気を抜くなって」
「そうなんですけど、気を付けていても避けられないですよ、あれは。というか、どちらかというと課長も焦ってください、課の一大事なんですから」
「ふーん、まあ、大丈夫じゃないか? 野口と二川に任せておけば」
「うわ、なんか他人事みたいに言ってる」
「……野口から報告はもらってるよ、夕方のウェブ会議の前に話すことになってるし、場合によっては俺も参加する予定」
「ですよね! びっくりしたーー。よろしくお願いします」

 仕事上はもう、詳しく説明などしなくてもツーカーで俺のやり方に合わせてくれるから、非常にやり易い。こちらの言わんとすることを理解して、それでいて言うべきことは遠慮せずにはっきり言ってくるので、信用しているし、仕事がスムーズに進む。
 課の雰囲気を明るくするムードメーカーでもあり、最近は後輩の教育にも力を注いでいる。うちの課にはなくてはならない存在、とまあ、これくらい褒めておけばいいだろう。

 とはいえここ一年……一年半もなるか。業務と関係のないことでは、極力関わらないようにしてきた。そうなった理由は、俺自身にある。


 一年以上前、一緒に働き始めて間もない頃、彼女のそのひたむきで真面目な姿勢に、自然と惹かれていた。一生懸命でタフ、厳しく指導しても平気な顔で立ち向かってくる。好感は好意に変わり、気づけば女性として意識するようになっていた。

 職場で、仕事関係で、特定の誰かに対し恋情を抱いた事は過去に一度もなかったし、まして七歳、八歳?も離れている年下の部下相手に……。いや、まさかだろう、さすがに勘違い、あり得ないと自嘲したものの、二川 楓をいいなと思う気持ちは、日に日に誤魔化せなくなっていく。

 けれど彼女には思う相手がいて、俺の気持ちは伝えて、きっぱり断られて、それきり。
 一方的に部下に想いを伝えるなど、今の時代ハラスメント行為に当たるわけだが、二川の度量の大きさというか優しさというか、気まずくなることもなく、周りに悟られることもなく、きれいさっぱり無かったことになった。
 最初から男として見られていないことはわかっていたし、諦めは早く未練もない。

 業務上関わることも多くお互いに避けることはできないが、必要以上に親しくしない。だからこんな風に二人で並んでランチをするというのも、いつぶりかわからないくらい久々だ。
 今はもう、誓って特別な感情はない。とはいえ気分がいいものではないだろうからな、二川の相手の男にとっては。

 なぜか何度か顔を合わせて話したことのある人物で、爽やかさを具現化したような、声も態度も颯爽としたイケメン。二川の恋心を知っていたし、相手には不足なし などと、同じ土俵に上る気にはならなかった。
 すべて今さらな昔話。後悔はしていない。

 二川の纏う独特な空気のせいか、単純に気が合うからか、話せば楽しい気分にはなる。社内で気を張らずに適当な会話ができる、数少ない相手の一人だ。


「──あーー……あのマンション、まだ完成してないんですねえ」
「ん?」
「ほら、ちょうどこの席から見えるマンション、前も話しませんでした? まだできないんだな~と思って。遅くないですか?」

 たしかに、以前そんな話をしたような……。A定食の鶏南蛮を口に運びながら、会話の内容を思い出そうとする。


「あの規模なら着工から二、三年はかかるんじゃないか?」
「そんなにかかるんですね、半年ぐらいで建つものと思ってました」
「半年では無理だろう。なんだ、狙ってたのか? 新居として」
「ぶっ、それこそ無理ですから。あんな一等地の分譲マンション一体誰が買うんだろう? って話ですよ」
「マンション購入のために なんか怪しいセミナーに行くって言ってたじゃないか」
「よく覚えてるなあ、別に怪しくはないですけど、私は結局行きませんでしたよ。それに新居はもう見つかりましたから、さすがに」
「それは良かった、さすがにな」

 実は二か月ほど前、二川本人から結婚の報告を受けた。会社への報告は、直属の上司である俺に話を通すのが筋だから、ということだが。時期は八月末から九月にかけて。もうすぐだ。

 話を聞いて当然「おめでとう」と伝えてあるし、穏やかに照れ笑いする様子を見て、心から良かったと思った、負け惜しみでもなんでもなく。幸せな家庭を築けるだろう、彼女なら。

 そんな理由で二川は再来週、月曜から金曜の五日間、休みを取っている。
 新婚旅行も兼ねて、海外で小さな式を挙げてくるそうだ。参列者はご家族だけ。美しい花嫁姿を目指し、目下減量中、というわけだ。


 話は脱線するが、その報告を受けたタイミングが、ちょうどあの酔って記憶を失くして松島が家に泊まった日の直後だった。
 日を改めて話はできたものの、松島に対して罪悪感で悶々としていた時期。彼女に何をしてやれるのかと、頭の中には常にそれがあって。
「課長、大事なお話があるんですが」と、神妙な顔の二川に言われた瞬間、間違いなくその件だと思い変な汗を掻いた。いざ聞いてみると、本人の結婚の報告というおめでたい内容だったので、心底ホッとしたという。
 松島は、俺にはああ言ったものの、思い悩んで二川に相談したのではないかと。
 二人は同僚で歳も近く、仕事内容が被っている。タイプは全く違うけれど、気が合うらしく仲が良い。二川が松島のことを信頼して慕っているように見えるが──何が言いたいかと言うと、非常にバツが悪い。複雑な気分になる。俺は一体何をしているのだと。状況的には最低の上司であり、実際最低、手を出したのだから。後ろめたいのは自業自得だ。


「準備は順調か?」
「はい、それなりに。感傷に浸る間もなく淡々とですけど。あ、再来週お休みいただいてすみません。よろしくお願いします」
「全然気にすることはない、新婚なんだから。おもいっきり楽しんできてください」
「……なんか、課長にそう言われると怖いんですけど、後が」
「なんでだ」
「あーあ、今日も本当はジムに行く予定だったんですけどねえ、無理だな」
「リモートの会議か? いいぞ帰っても、俺もその会議に入るし」
「そんな、大顰蹙。ジムに行くために仕事放って帰らないですよ、イレギュラー対応できます、野口さんが白目剥いちゃいますから」
「ははは、だろうな」

「──それにしても、マンションの購入かあ、すごいなあ。女性が賢くマンションを買う為のセミナーとやら、それ自体は全然怪しいものじゃないみたいですよ? 資金繰りとか物件の選び方とか、ほんとに基礎的なことからマンション購入のノウハウを教えてくれるみたいで、受講して良かったって聞きましたし」

「………へえ」

 なんとなく、なにかが引っ掛かった。
 そのセミナーに、行ったのか?  
 誰が?

「有言実行の人もいるけど、結局私はしばらく賃貸ですね、しょうがないか、どう変わるかわからないですしね」
「誰が」
「え?」
「有言実行って、誰が? マンションを買うのか?」
「……いや、まだ決めてないと思いますけど、汐里さんですよ。そのセミナー自体、汐里さんから誘われたって、前に話しませんでした?」
「松島?」
「はい、ええと……いやいや、あそこに見える着工中のタワマンを買うってわけじゃないですよ? 単身用のマンションだと思いますけど」

 松島が、単身用のマンションを?

「物件見に行ったとか言ってましたし、多分、わりと本気だと思いますが。……え、どうかしました?」
「別にどうもしない」
「?」
「いいから、早くそのおろし蕎麦食べろ。戻ったらすぐに打ち合わせするぞ」
「は? 急になんで!?」

 松島が、マンションを買いたいと考えているらしい。なんらおかしなことではない。

 おかしいのは、その話を聞いてなぜか驚いている自分自身。
 

 へえ、そうなんだ、聞いてませんがそんな話。いや、なんで、俺に言うことじゃないし当然だろう。でも……、マンション購入?
 二川の話だと、ついこの間も熱く語っていたというし、おそらく現在進行形の現実的な話。

 近々、会う約束をしている。花火大会の前の、七回目……その時に聞いてみるか、いや、プライベートに踏み込み過ぎじゃないか? 
何気なく話題に出していいことなのか?

 気になりながらも、その週は出張が立て込んでいて会社にいる時間が少なく、翌週も仕事に忙殺されていく。
 松島はその週、他の課に借り出されていたため、ほとんど顔も見ていない。声も聞いていない。すれ違いの日々が続いていた。

 そして、約束の土曜日がやってくる。



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