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木藤家の庭
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昔から、近くにいる人間の体調が悪いとか、そういったことに敏感な方で、その日も会った瞬間に、あれ? と思った。
「松島? 大丈夫か?」
「大丈夫です。なにがですか?」
無表情で淡々と、なんとなくおかしい。
不調を隠しているような不自然さ。
毎回、約束の時間よりも大分早く来て待っている彼女が、今日は時間になっても来なかったのもおかしい。いや、遅れるのは全然構わないが、いつもなら早過ぎるほど余裕を持って現れる人が。なんとなく覇気がないし。
今はまだ11時を回ったところで、とりあえず早昼飯の予定だった。エスニック料理を食べたいという松島の希望で、その後はゴルフの打ちっぱなし等々、アクティブなプランとなっている。
けれどどう見ても体調が悪そうで、ひとまず駅構内にあるコーヒーショップにでも入り、休ませようと思った。無理することはない。
「大丈夫ですから」
「顔色が悪い」
「え? あ、えっと、化粧が濃すぎたかな? 今日化粧ノリが悪くて、失敗したな」
「そういう問題か? とりあえず休憩だ」
「…………」
渋々頷いて、休憩する場所へ向かう。
ふわふわと隣を歩いていた松島の身体が、階段を二、三段上ったところでぐらりと傾いた。
松島の様子が気になって 付かず離れずの距離ですぐ隣にいたからよかった。無意識に腕を伸ばして背中を支えたのと同時に、膝から崩れ落ちるように脱力する。
「松島!」
「…………っあ」
至近距離で目が合うが、血の気がない。
「大丈夫か!?」
「……かちょう」
「ゆっくりでいい、呼吸できるか?」
「…………ふっ、ふーっ……」
腕に、彼女の全体重が預けられる。足元には段差があって、階段を踏み外さなくて良かったとゾッとする。こんな所で床に叩きつけられたら、大怪我をするところだった。
松島は、意識はあるけれど目を瞑り、朦朧とした様子で目に涙を滲ませている。俺が感じていた以上に具合が悪かったらしい。
なんで無理して来たんだよ、という突っ込みは置いておいて、ゆっくりと近くにあるベンチまで移動させる。
幸い周りにはあまり人がおらず、どうかしたのかと振り向く人がちらほらいる程度だった。
「どこか苦しいのか? 痛い場所とか、」
「……だいじょぶ、痛くない、ですから」
薄着の季節で、肌から直接体温を感じるが、それほど熱くはない。一瞬熱中症を疑ったけれど、熱が高いわけではなさそうだ。だが顔色が悪い、駅の医務室は……ないか、この駅には。一旦横になれる場所とかどこかに────
「……ごめんなさい……ただの貧血、で」
「貧血?」
「……ぐらって、立ち眩みみたいに、なって、少し休めば、行けるので」
「行くってどこに? このまま病院に行った方がいいならタクシーで、俺も一緒に」
「ちがくて、今日は、タイ料理、行くから」
「……」
そう言いながら、どうしても行きたいのだと首を横に振る、子どもみたいに。
このまま食事に向うと? いや無理だろう、口調もなんかおかしいし、頭を振り回すな、ますます目が回るだろうが。
「……タイ料理な、わかったから。店はなくならないから今日のところは諦めるんだ、病院に行かないなら、自宅まで送るから」
「……」
言葉が出なくなり、よろよろと起き上がろうとするが松島を、とりあえず支える。
意識はあるし呼吸が乱れている様子もない。本人の言う通り貧血なのかもしれないし、緊急の状態ではないようだが、かなり体調が悪いのは明らかで、それ以上に落ち込んでいる様子だ。
一人暮らしの自宅に届けて大丈夫なのか? けど心配だからって、家の中まで上がり込んで世話をするわけにも。
それに、松島の自宅までここから結構遠いよな? 移動も辛いだろうし、だったら──
「……松島、もし嫌でなければ、落ち着くまで一旦俺の家で休むか? ここからは近いから、タクシーで行こう」
耳の近くで静かに提案すると、松島の目尻に溜まっていた涙がついに溢れ出して、こくりと頷く。
相当具合が悪いだろうに、まだ帰りたくないという意思だけは、よくわかった。
*
一階の庭に面した縁側のある和室に、来客用の布団を敷いた。梅雨が明けてから天日干しをしておいて良かった。
松島は水を一口飲み、結んでいた髪を下ろして布団に横になると、そのまま静かになった。寝てしまったようだ。
靴下を脱いで裸足になり、身体を締め付けていたものを緩めたためか、着衣は乱れている。
スースーと寝息を立てている様子を、しばらく見つめる。苦しんでいるようには見えないし、とりあえず大丈夫だろう。手の甲をおでこに当てるが、完全に寝入っているのか反応はない。高熱は出ていないようだが、寝る前に一応体温を計ればよかったな。
松島が目を覚ましたのは、それから数時間後の夕刻だった。
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