花さんと僕の日常

灰猫と雲

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過去

秋の章 「天の字」

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『遅いよ~。2分遅刻だよ』
たった2分だろ?
『で、どうしたの?電話なんて珍しい。なんかあった?』
本題に入る。
「昨日ばあちゃん家に行ったんだけど、その時乃蒼の話になったんだ。それでさ、ちょっと急なんだけど来月の中旬にある『花のアート展』に出てみない?」
花のアート展は審査のない割と気楽な展覧会だ。
『花のアート展って推薦ないと出せないじゃん』
審査はないものの招待制の展覧会のため展示している作品のほとんどが大きな展覧会での入選者や有名華道家のもので占められていた。
「推薦ならあるよ、俺のが」
『秋って推薦人までしてるの?』
「まさか、違う違う。俺に来た推薦があるよ」
『ちょっと意味わかんないんだけど。推薦されたのは秋1人でしょ?』
「だから俺ら2人で出さない?合作ってやつ!ばあちゃんは問題ないって言ってた。あとは乃蒼がやるかやらないかだよ」
乗り気で受けてくれると思ってたのに意外と乃蒼は慎重だった。
『私そんな実力ないけど?こないだの入選も初めてだしたまたまだし』
「別に賞とるようなものでもないし気楽にいこうよ」
『でも秋の足引っ張っちゃうかも?』
「引っ張れよ笑。別に死にゃしないよ」
『う~ん…』
なにをそんなに迷ってるんだろう?
断る理由があるとすれば…めんどくさいくらいなものなのに。
あぁ、めんどくさいのか。
「乃蒼が乗り気じゃないなら無理にとは言わないよ」
『う~ん、やっぱやめておく。空桜草人の名前で出すんでしょ?その名前に傷は付けたくないもん』
え?なに?俺のため?
「傷なんて付くはずないだろ?付いたところで別にどってことないし」
秋はわかってないなぁ、となんかちょっと…ため息混じりに言われてしまった。
『言ってたじゃん、もしかしたら草天流継ぐことになるかもしれないんでしょ?いくら選考がないからって大御所や有名な作家が出す展覧会で秋の出した作品が周りと見劣りするものだったら今の秋が困らなくても継ぐことを決めた時の秋が困るかもしれない。そういう可能性もあるなら私は一緒にやれないよ』
継ぐか継がないかはまだちゃんと決めてない。
というか結構そのことは能天気に考えている。
当の本人がこうなのに乃蒼は俺より俺のことを考えてくれていた。
『今のことだけじゃなくてもっと先のこと考えないとダメだよ?』
乃蒼が花さんみたいなことを言う。
わかっちゃいたけど乃蒼は俺より大人で、俺より遥かに頭がいい。
「わかった。今回は俺1人で出すよ」
『うん、そうして。私が秋に見劣りしないくらい作品が作れるようになったらいつか一緒にやろ?』
いつか、一緒に、ヤろ…。
『またエッチなこと考えてる?』
だから何故そんなにも勘が鋭いのか!
「考えてない考えてない!」
『それならいいけど。あのね、私はいつか華道も国語も秋を越えてみせるからね』
学年2位の乃蒼がなぜ学年40位を打倒に掲げるんだろう?
出来れば1位に標準を変えて欲しい。
息巻いた乃蒼も珍しくて俺はちょっと煽ってみたくなった。
「なあ、英天さん」
ウチの学校、駿河二中は2年生になると成績優秀者は特別進学コースに集められ、そこで学力での熾烈な争いが繰り広げられる。
何年かに1人は不登校者を出すらしい。
そしていくら頭が良くても厨二病は避けて通れないらしく、テスト毎に教科別トップには「天」の字が付け呼ばれている。
国語トップは国天、英語トップは英天。
本来は2年生からの称号なのだが、1年早く病気にかかった気の早いやつらはすでに陰で俺らのことを天の字を付けて呼んでいる。
俺は特進が大嫌いだ。
だから今乃蒼を天付けで呼ぶのもちょっとだけ嫌味だ笑。
『何よ国天さん。珍しいわね、特進のこと毛嫌いしてる秋が』
「下克上って言葉、お前は知っているか?」
『なんですって?あなた私から天の字を奪うおつもり?』
2人とも若干芝居がかってるのがわかっているけど楽しくて止められない。
そうか、これが厨二病なのか笑。
たのしいぞ!笑
『私イレーヌのおかげで結構ネイティヴに英語話せるけど?』
俺にだって勝機はある。
こっちには8ヶ国語のスペシャリストが隣の部屋で梨を食べている。
『じゃあ卒業までに私から天の字を奪えたらバスタオル1枚で秋の前に立ってあげるよ』
「その言葉忘れるなよ!」
俄然やる気が半端ない。
『確か服を着ろって言ってくれるんだよね?さっきの言葉忘れないでね?』
「着た服を脱がすとも言った。その言葉も忘れるなよ?」
気付けば時計の針は23時を過ぎていた。
『あ、そろそろ寝なきゃね』
「そうだな。てか…こんな茶番のあと月曜に学校で会うのが少し恥ずかしいよ笑」
『それは大丈夫だよ』
自信たっぷりに乃蒼がそう言うので俺は理由を尋ねた。
「だって、大したことないことじゃない?そんな事なら寝て起きたら大抵忘れちゃうもんだよ。明後日起きてもまだ引きずってたら、それは本格的に解決しなければならない悩みってことになるだけどね」
だとしたら俺には解決しなければならない悩みがあるってことか。
まぁそれは前々から気付いていたことだ。
今更じゃないか。
「ほんじゃおやすみ」
『おやすみ。また月曜ね』
通話時間は15分。
俺にしてみれば長電話の部類に入る。


部屋から出ると花さんは今度は桃を剥いていた。
桃も俺の大好物。
けどそれ以上に花さんの大好物。
秋は、いや俺のことじゃなくて季節の秋は果物が美味しい季節だ。
「どうだった」
桃はさっきの梨とは打って変わって水々しくてとても甘かった。
「美味しいよ」
と言うと
「そうじゃなくて笑」
ああ、展覧会の方か。
「遠慮するって。未来の俺に傷はつけたくないからって」
花さんはしばし考えたあと
「ずいぶん大人だね」
と乃蒼を感心していた。
たったこれだけの情報で察することができる花さんもすごいと俺は思うのだが。
ブーンと携帯が振動する。
なんだろ?と画面を見ると乃蒼からのメールを受信した旨の表示があった。
タップしてメール受信画面を開くと衝撃的な文字が踊っていた。


『乃蒼は夜ノーブラ派だよ♡』


なっ!?
何を送って来とんじゃ!
とりあえず保護、と。
「どしたの?」
「あ…いや…乃蒼が夜ノーブラだっていう報告…」


花さんは夜中にもかかわらず大きな声をあげて笑い出した。
対照的に俺は母親の前でどんな表情をすればいいかわからず固まっている。
「早く会いたいな~。明日文化祭ならいいのに」
花さんはとても文化祭の日を楽しみにしている。
「ちゃんと案内してね」
文化祭の話になるといつもそうやってお願いをしてくる。
中学生にもなって母親と校内を歩く男子生徒は俺の他に何人いるのだろう?
「わかってるよ。そのかわりお願いがあるんだ」
まだ笑顔を携えている花さんだったが俺の真剣な顔を見ると笑顔を引っ込め大人の真面目な顔つきにかわった。
「どうしたの?そんな真面目な顔して。私が出来る事なら何でもしてあげるよ?」
ありがとう花さん。
きっと俺が頼めば人すらも笑って殺してくれるだろう。
俺が殺人犯になっても笑顔で抱きしめてくれるだろう。
それは迷いようもなく信じることができる。
だから俺はちゃんとしなければならない。
花さんが後ろ指さされないように、花さんが俺の事で恥ずかしい思いをしないように。
「俺に英語を教えて」
バスタオル姿でいいんだ!
そんで服を着させて、脱がすんだ!
「うん、いいよ。」
ごめんね花さん。
動機が不純で笑。
けど花さんやそして乃蒼も話せると言う外国の言葉を俺は話してみたい。
2人がいる景色を、俺も並んでみてみたい。
きっと英語を話せるというスキルは将来俺が何者になるかわからないけど邪魔にならないと思う。
話せなくて狭まる未来より、話せて広がる可能性を今の俺は信じてみたいんだ。
乃蒼のバスタオル姿とか関係ないんだ。
決して関係ないんだ。
ホントに関係ないんだ。
絶対絶対、関係ないんだ。
大事なのは、その先だ!
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