月の声が聴きたくて ~恋心下暗し~

沢鴨ゆうま

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第一章

第四話 馴染み過ぎな幼馴染

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 帰路に就いたスクールバスは淡々と生徒を乗せて走っていた。

「次は日向駅前に止まるよ」

 渋い運転手の声がスピーカーから聞こえてきた。
 早貴は待ち遠しかったバンドの新曲を聞きながら、千代の肩にもたれかかって寝てしまっていた。
 千代はたまに早貴の髪の毛で遊んだり頭を撫でたりしている。
 登下校、特に下校時にはよくある光景だ。

「あ、枝毛が出来てるじゃん。ケアを怠ってますなぁ。切ってあげたいけど――もう着くか」

 ケアの手伝い企画を没にし、起こしてあげることにした。

「お客さん、終点ですよ~。起きられない程飲まれると困るんだよなぁ」

 一人芝居をしながら早貴を揺すって起こす千代。

「あ~ごめん。寝ちゃった」
「今更何よ。何年早貴の枕やってると思ってるの。良い音聴きゃ眠くもなるさ。もう着くってよ」

 小学校、中学校と同じ陸上部で同じ短距離だった二人。
 学校の昼休みや部活の休憩中にはよく二人で並んで座っていた。
 その時早貴は千代にもたれかかって寝ていたのだ。
 バスが日向駅前停留所に着く。
 降りるのは早貴と千代だけだ。

「ありがとうございました」
「はい、お疲れさん」

 降りると路線バスのようにブザーが鳴って降車側スライドドアが閉まる。
 バスを見送った二人は日向駅正面前を歩いて信号待ちをする。

「お早貴、どこか寄るか何かする? と言っても開いてる店はコンビニぐらいだけど」

 千代はブレザーから出ている白いカーディガンによる萌え袖な左手で、交差点のはす向かいにあるコンビニを指す。

「なんか寝足りないみたいだから、今日は帰るわ。ごめん」
「そんな謝らないでよ。いいよ、あたしは早貴をそこそこ満喫できたから今日は帰っても」
「何それ。何したのよ」
「ん? 別に何もしてないよ。ってか気づいたのが遅かったから出来なかったんだけど」
「未遂か。で、何を?」
「枝毛を切ろうとしただけ。お早貴、最近頭髪ケアを怠ってるね?」

 早貴は思わず毛先を適当につまんで、寄り目になって睨んでみる。

「うっそ。今日念入りにやるわ。言われてみれば休みに入ってから細かく見てなかったな。香菜の事言えないや」

 正月の初詣以来会っていなかった香菜の名前に千代が反応してみせる。

「おお、香菜ちゃん。元気にしてる? 元気とは思うけど」

 早貴はガッツポーズの様にしてから肘を下ろして見せる。

「正解。もう元気元気。家ではキャミソールに短パンだよ。あ、ジョギングも半袖短パンだったな」

 驚いた顔をしながら拍手をする。萌え袖だから音はミュートされているが。
 信号が青になったのに気づいて二人共渡りながら話を続ける。

「流石だ。それだけ元気なら魅力的にもなるわな」

 千代の顔を覗き込むような仕草をしながら早貴が尋ねる。

「その香菜が人気って話、もしかして凄いことになってるの?」

 千代はコンビニののぼりに印刷されているスイーツに目が行きかけたが、すぐに早貴へ目線を移して答える。

「あたしも透が言ってる情報しか知らないけどさ、どうもあいつの力の入ったしゃべり方からすると、相当な状況になってると思う」
「まじか」
「いっそお千代姉さんとしては、透とくっついてくれれば安心なんだけどね」

 萌え袖の中に息を吹きかけてから話を続ける。

「姉が言うのもなんだけど、透なら香菜ちゃんと釣り合い取れると思うんだけどな。あいつ、香菜ちゃんならがっちり守るよ」

 本気と冗談が混じったような笑いを見せながら千代は早貴の表情を伺っている。

「透ちゃんならねぇ、アタシも別に何も言わないけどって、なんかこの話、アタシら母親みたいじゃない」

 二人して手を叩いて笑い出し、その笑い声が人通りの少ない住宅地に響き渡る。
 そうこうしていると、千代の家へと向かう道に到着する。

「んじゃ、またね。」

 千代がいつものようにハイタッチポーズをする。
 萌え袖が上がって校則違反な細身のブレスレットがお目見えした。
 休みモードと学校モードをサラッと両立させてしまう千代らしさを確認した早貴は、慣れたモーションでハイタッチをする。
 お互いに手を振りながらそれぞれの帰路に就いた。
 一人になり自宅の方を向いた早貴は、道の反対側にある石垣が目に入る。
 石垣は横道によって直角に曲げられているが、そんなよくある光景から早貴は目線が外せない。

「今日はお邪魔しようかな」

 独り言を発しながら自宅を目指した。


 自宅の玄関ドアを気だるげな感じで開け、家の中へ入る早貴。

「ただいま~」

 出かける前と様子が変わっていないが、誰からも返事がない。
 早貴はリュックを下ろしてから靴を脱いで玄関を上がり、靴を揃える。
 とりあえずリュックを自室へ置きに行こうと手提げ持ちで階段を上っていく。
 二階に上がったところで僅かに話し声が聞こえてくる。
 家族がいるのを確認しつつ、ただいまのリベンジは後回しにして自室へ入る。

「なんだろ、なんか疲れた」

 リュックをその場に落とすように置き、ベッドへと倒れこんだ。
 早貴の瞼が重くなってきているようで、徐々に閉じられる。
 ドアに遮られてこもった二人分の足音と話し声が、部屋の外からフェードインする。
 しかし二人共早貴が帰ってきていることに気づいていないのだろうか。
 そのまま部屋を通り過ぎて、一階へ降りていく。

「流石にドップラーにはならなかったな。あ~、このままじゃ寝ちゃう。起きなきゃ」

 ゆっくりと起き上がり、ベッドから離れる。
 真っ白なボディに澄んだ青色の文字盤が目立つデジアナクロノグラフ。
 そんな腕時計を左手首から外しながら机に向かう。
 そして机の隅にある百円ショップで揃えた木箱に収納する。
 緑のブレザーだけ脱ぎハンガーに掛け、一階へ降りていく。
 手すりを掴み一歩一歩階段を下りながら、欠伸する口を手のひらでドリブルする。
 リビングのソファーで香菜が横になろうとし、時子が掃除機を運んでいるところへ早貴が到着した。

「ただいま~」

 二人は同時に声がする方を素早く向く。
 やはり帰っていることに気づいていなかったようだ。
 早貴が思わずドッキリ大成功というプラカードを掲げたくなるような表情をして短い悲鳴じみた声を上げる。

「びっくりした~。もう、帰ってたのぉ?」

 テンプレ通りの香菜のセリフに早貴はニヤリとし、同時にただいまのリベンジが成功した。

「ちゃんとただいまって言ったのに、誰もいないんだもん」
「ああ、二階で洗濯物干してたから気づかなかったのよ、ごめんね」

 時子は片手でごめんポーズを見せて謝る。

「でも、帰り早くない? お千代ちゃんと遊びには行かなかったのね」
「うん、アタシがなんか眠たくて。学校行っただけになっちゃった」
「まぁ、遊ぶといってもこの辺りじゃ何もないか~」

 新興住宅地の頃に大型商業施設も同時に出来ると話題になっていたが、結局実現はしなかった。
 なんとか日向駅構内にカフェのチェーン店と手打ちめん処や百円ショップが入居している。
 駅の周辺には中型スーパーと書店兼ディスクメディアショップに学校指定用品を扱っているスポーツ用品店。
 あとは駅前通り沿いに点々と外食店やガソリンスタンドなどがある程度。
 これら以外を求めようと思うと、電車で三十分程かけて県庁所在地のある市内まで足を運ばねばならない。
 ソファーにてうつ伏せスタイルで中学生用のファッション雑誌を読んでいる香菜。
 普段通りの妹に早貴が手で場所を空けるように合図する。

「はいはい」

 香菜はさっと普通に座り直す。
 すでに午後から始まる予定であるバスケットボール部の練習用ユニフォームを着ていた。

「香菜、お千代が香菜のこと気にしてたよ、元気かって。元気だって伝えたら喜んでた」
「お千代ねぇちゃん! そっかぁ、そういえばお正月から会ってないね。部活があって会えてなかったなぁ。相変わらずかっこかわいいの?」

 香菜にとって、千代は憧れの女性であり、ファッションリーダーでもある。
 実際、千代はかっこかわいいの表現が一番しっくりくるような容姿をしている。
 ヘアースタイルのショートボブも千代のマネをしたもの。
 千代が自然と醸し出している可愛さをなんとか真似できないかとファッション雑誌を読みふけっている。
 しかし格好良さは性格からくる仕草や生まれ持った雰囲気が多分にあるという理由をつけて断念しつつある。

「お千代はいつ見ても決まってるよ。今日も少しの間だったけど、しっかりじゃれてきた」
「部活帰りに会ってこようかなぁ」
「いいんじゃない? 喜ぶと思うよ、お千代以外も」
「以外? おばさん?」
「まぁ、会ってきたら? また色々レクチャーしてくれるんじゃない?」

 一階の掃除機を掛け終わった時子が昼飯を何にしようか悩みながら早貴に尋ねる。

「香菜は部活だけど、早貴は午後どうするの?」
「アタシはちょっと外出るよ」
「どこか行くの?」
「うん、ちょっと、ね。休みらしくブラブラとする日にしようかなと思って」

 時子は深く追求せず、昼飯の準備に取り掛かる。

「ご飯が残ってるから、チャーハンにしま~す」

 
 ◇


 昼食も終わり、早貴は制服から私服へと着替えた。
 丸襟の白いブラウスに袖が大きくゆったりしていてネイビーカラーのスウェットを重ね着する。
 スウェットは、千代とお揃いで色違いのものだ。
 明るいグレーのチェックミニスカートからは黒ストッキングの脚が出ている。
 猫柄が入ったネイビーカラーの靴下を重ね履きして、黒のショートブーツを履く。
 家内に向かって声をかける。

「じゃ、行ってきま~す」
「は~い、気を付けてね」

 ベージュのミニショルダーバッグを肩に掛け、玄関を出た。
 向かう先は、学校帰りに見ていた石垣のある角の奥。
 
「このブーツの感触、やっぱりいいな。スウェットも楽ちんだ」

 千代が選んだメンズのスウェットのため、萌え袖になっている。
 楽しそうにリズミカルな歩き方だ。
 石垣の角に近づくと、車の交通量が少ない車道を斜めに渡り目指す道へたどり着く。
 いよいよ目的地へ向かう道を奥へと進んでいく。
 石垣の継ぎ目に陣取っている苔をいじりながら歩く。
 すると程なくしてとある家の門に到着した。
 表札には『瀬田』と書いてある。
 門は閉められているが小さい扉が付いており、早貴は迷いなくそちらを開けて門を通過していく。
 敷地内に入ると、外からは想像もつかないような広さ。
 敷地はほとんど芝生で覆われており、車一台分の幅はあると思われる舗装道路が敷かれている。
 早貴にとってはもう驚くこともないようで、歩く足を止めない。
 まず見えてくるのが少々古びた公共施設のような、コンクリート壁の二階建て。
 屋上にはフライパン級な大きさのパラボラアンテナが五基ほどあちこちを向いて立っている。
 その先には直径三メートルのパラボラアンテナが空を向いており、アンテナ越しに母屋と思われる比較的大きな家が確認できる。
 早貴は、一番手前にあるコンクリート造りな建物の入り口まで来て足を止めた。
 ドアの横にあるインターホンを押すとチャイムが鳴り、すぐに建物の主と思われる者の声がした。

『どちらさん?』
「早貴だよ」
『どうぞ~』

 男性の声で入室を許可されて、早貴は中に入る。
 ドアを開けると左に実験室のような部屋、正面に階段がある。
 シューレースを緩めにしてあるブーツを脱ぎ、玄関を上がる。
 一階には目もくれず、壁際の鉄製階段を一段一段足音を立てながら上がっていく。
 二階の踊り場に接しているドアをノックする。

「いいよ、入って」

 ドアの向こうから電子音をバックに聞こえる馴染みの声により、早貴は部屋へと入る。
 所狭しと置かれているデジタルやアナログメーターの付いた各種機械とスピーカー、ヘッドホン、ベッドかソファーか判らないもの、その周りに本がぎっしり詰まった本棚、そしてパソコンの前の座椅子にあぐらをかいている男性。

「今日は早いんだね」

 早貴は多分ベッドであろう場所へドスンと座り、ショルダーバッグをベッドの端に置いた。
 両手を自分の左右に置いて、足首を重ね両足をブラつかせる仕草をしながら話し始める。

「午前中はお千代といっしょに学校へバス登校申請書を届けて来たの」

 早貴はいつも通り報告会を始める。

「そのあとね、なんだかやたら眠くて、お千代と一緒なのにどこにも寄らずに帰って。お昼ごはん食べて~、そのままこっちへ来たの」
「そうなんだ」

 男性はパソコンのモニターに映し出されている波形や数字を見ながら相槌を打つ。

「タクは?」
「オレは午前中に研究所の方へ進捗状況の報告をしに行ったぐらい。ついでに昼飯も所内で頂いて、そのまま帰って来た」

 早貴にタクと呼ばれているこの男、名前は瀬田せた多駆郎たくろう、国立大学一年生。
 早貴の二つ年上になるわけだが、知り合ったのは早貴が小学二年生、多駆郎が小学四年生の時である。
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