月の声が聴きたくて ~恋心下暗し~

沢鴨ゆうま

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第一章

第十話 お~い、多いぞ幼馴染

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 日向中学校の体育館では、真ん中に緑色の網を並べてエリアを二つに分け、卓球部とバスケットボール部がそれぞれのエリアを陣取る。
 バスケットボール部では、そのスペースをさらに二つにして男女に分かれて練習が行われていた。
 ゴールが一つしか使えないため、紅白戦は一つのゴールを奪い合う形式となっている。
 大会予選が近づいていることもあり、全選手気合が入っている。
 体育館にはバスケットシューズの摩擦音が響き、瞬発力とフェイントの応酬が続いていた。
 試合終了のホイッスルが鳴るや否や、その場に選手達は座り込んだり横になって大の字になる者もいる。

「しんど~っ! 正直キツイ」
「はは、足が笑ってるよ~」

 香菜、真由、由芽の三人は、頭をくっつけて三方向に大の字になり、荒い息のまま話していた。

「ポイントガードとシューティングガード交互にやると、わけわかんなくなる~」

 香菜が一番に叫んだ。続いて真由が叫ぶ。

「あたしも~。スモールフォワードとセンター交互だもん。今どっちだっけ? ってなる」
「わたしは~、背が低いのにパワーフォワードだよお。忙しいし、ハードプレイばっかりなんだもん」
「いや、由芽の素早さは凄いよ。あたし何度由芽を見失ったか。味方が付いて行けない速さで動き回ってるよね。小さめだからなおさら速く感じるし」

 真由が由芽を褒めるのに同意して、香菜が由芽の手を握ってブンブンと振る。

「ブロックするの大変だよお。ゴール寸前で落とすとか無理だもん」
「由芽は相手がゴールに上げる前に叩き落としてるじゃん。足でカバーできてる」

 由芽は、普段随分とゆっくりでやわらかい仕草をしている。
 しかしいざスポーツとなると人が変わったように俊敏な動きになる。
 真由は三人の中では一番背が高い。
 とはいえ、由芽、香菜、真由の順で一センチずつ高くなるだけの差だが。

「は~い、あんまり休むとかえって動けなくなるから休憩はそれぐらいにして。水分補給が済んだらもう一戦やって今日はおしまいにします」

 顧問兼監督の女性教師が指示を出す。

「綿志賀さんは今度ポイントガードね。全員の動きを見つつ指示を出すのよ。中西さんはセンターね。シュートのブロックは伊原さんと被らないように上手く二人で立ち回ること。二人の間でどちらがブロックするか、感覚的にわかるようになれるのがベストだけど、何度かやってみるしかないからね」

 大会予選前だからか女性教師も声を張る。

「今は練習だから、気にし過ぎずにやってみましょう。被った時にその状況をよく覚えておいて。こちらも記録しておくけど。吉崎さんはシューティングガードをお願いね。田沢さんはスモールガードで。みんな、ポジションが体に染み込むまでやるわよ~」
「はいっ」

 選手全員が立ち上がり、カバンを集めてある場所へ水分補給に向かう。
 体育館の出入り口からはいつも通り、ギャラリーが大勢いて、香菜達三人が移動するとざわつき始める。
 プレイ中も騒がしいのだが。
 なぜかと言えば、あの姉の妹である香菜を筆頭に、真由、由芽の三人は人気がある。
 特に香菜はずば抜けて男女問わず人気があるが、姉のそれと同じく本人は全く気付いていない。
 真由と由芽は気にされている程度にはわかっているが、だからどうする、ということまでは考えていない。
 ただ、香菜の人気は把握しているため、香菜は私たちが守ろうという二人の間での約束がある。
 透が気にしているのがこの人気のことだった。
 香菜はそんな騒ぎを全く気にしていないために、無防備な行動や仕草が多発する。
 水分補給を始める選手らだが、香菜はボトルを直飲みしながら上着の腹辺りをつまんでパタパタと扇ぎ出す。
 他の選手も自然にしてしまうが、香菜がそれをするとギャラリーがいちいち反応する。
 それに気づいた真由が香菜を注意する。

「香菜、お腹見えてるから向き変えて。外の人達見てるからさ」
「ほえ? ああ、はい」

 香菜はパタパタをやめ、ボトルを置いてタオルで汗を拭く。

「男子のカッコいい人見に来てるんじゃないの? 男子の方が迫力あるし」
「それがうちの学校は違うみたいなんだ。うちらも女子なりに気を付けないとマズいっぽいよ。特に香菜はその辺気にしてないでしょ。女子校じゃないから気を付けてね」
「は~い」
「そろそろラスト一戦始めるわよ~」
「はいっ」

 先生の一声に選手は張りのある声で返事をし、コートへと戻っていった。


 ◇


 練習も終わり、後片付けを一年生が始める。
 三年生になった香菜たちと二年生は、その間クールダウンの時間に充てるのだ。
 狭いスペースだが、三年生と二年生が並んでエリア内を軽くジョギングする。
 十週してから全身のストレッチに移行。
 二年生の一部がラクロスボールを三年生と残りの二年生に配る。
 足の裏で転がすのを始めに、ふくらはぎ、膝の裏と徐々に上へとボールでほぐしていく。
 それぞれが一通りのストレッチを終えると一年生が片づけから戻って整列し、先輩が集合するのを待っている。
 二年生と三年生が程なくして合流した。
 全員が揃ったのを確認して、先生が締めの話を始める。

「え~、新体制になったばかりだけど、伝えた通り、すぐに大会の予選があります。一年生は見学と応援をお願いしますが、応援の方法はこの部活独自のものがあるので、次回から二年生に教えてもらって大会までにばっちり揃うように仕上げてください。それから、キャプテンが決まってないのよね。前キャプテンが決めずに去ってしまって。私としても考えてはいるけれど、あなたたちの考えを尊重したいと思っています」

 女性教師の熱い語りが続く。

「投票形式でもいいし、あなたたちの納得がいく結果になるように話し合ってみてください。チームの方は、最初から内容を濃くしてごめんね。ケガの心配もあるんだけど、それは念入りにストレッチ等で各自カバーしてください。もし違和感があればすぐに申し出てね。レギュラーがとか、気にして黙っている方がレギュラーはあなたから離れていきます」

 生徒たちは緊張しつつも全員が「長い!」と言いたげだ。

「無理は禁物。普段の練習を怠っていなければついて来られる内容にしているので、一つ一つこなしていってください。私からは以上です。では終わります」
「ありがとうございました!」

 解散と同時に生徒達はそれぞれの持ち物が置かれた場所へ歩いて向かう。
 真由が香菜と由芽の後ろから二人の肩をガシっと抱え、そのまま歩きながら尋ねる。

「お二人さん、やってく?」
「今日はさすがにヘトヘトだから、帰ろ~」

 香菜が真由のこめかみに頭を軽く当てて猫のようにズリズリと擦りながら答えた。

「わたしも足が笑っちゃってるし、帰ろ~」

 この三人は普段なら、練習終了後にいろんな角度からのシュート練習をしている。
 ブロック対策なども話し合いながら実践し、それがコンビネーションの練習にもつながっている。
 二人から帰宅に二票入れられたので、真由はあえなく落選し、香菜と由芽両方の頬へ交互に頬ずりした。

「んじゃ、帰りますか」
「あ~、もう真由~。汗でベタベタになっちゃったよ~」
「いいじゃん! 仲のいい証だよー」

 文句を言った由芽も結局頬ずりを仕返し始めた。
 香菜も便乗し、真由は左右から頬で挟みこまれてズリズリされている。

「あははは、くすぐったい。でも柔らかいよ~」

 三人は、じゃれながら体育館を後にした。
 ギャラリーはそんな三人の姿を見届けて、ようやくその場から去りだした。

「この学校には、猫のような天使がいた。目の保養になった~」

 男女関係なく、そんなセリフがあちこちから聞こえる体育館周辺も急に静かになる。
 まだ練習を続けている卓球部が打ち合う玉の音が響くようになった。
 

 ◇


 女子バスケットボール部の更衣室で、部員全員が制服に着替えている。
 全員が入ると少々狭い。
 学年ごとに着替えると、先輩後輩の間に壁ができてしまう。
 これを踏まえ、部の方針として敢えて全員いっしょに部室に入るようにしている。

「ん~、つっかれた~!」

 香菜が両腕を交差し、ユニホームのシャツを裾から一気に肩が見えるまで剥がして両腕を頭上へ掲げたまま叫んだ。
 それを察知した後輩たちは自分の動作を止め、即座に香菜の方を見る。

「ははは。確かに今日はハードだったよね~。春休みの練習してなかったらどうなってたことか」
「これからはずっと実戦練習なんだよね。楽しいんだけどさ、家に帰るとすぐ寝ちゃうから勉強ができないんだよ~」
「由芽はマジメか。ってあたしもやり切れてない課題があるんだよね~。寝ないようにしないと」

 後輩たちは、三人の話を耳で楽しむ。
 そして何よりスポーツブラのままで汗を拭いている香菜。
 床に座り込んでカーフタイツを脱いで生足になっていく由芽。
 肩まであるストレートヘアをアップにしている髪を解こうと、ゴムに手を伸ばす時に見える耳後ろの後れ毛が地黒の肌に茶色がかかった髪の毛ということで不思議な色気を醸し出し、頭を左右に振りながら解いている真由を凝視している。
 思わず声が出そうになる後輩たちは、隣の子の背中をバシバシ叩くなどして堪えている。
 そんな様子に気づいてか、香菜とのポジション交代相手である吉崎よしざき美和みわが香菜の背中を首元から腰まで、人差し指でツーっと撫でた。

「ひぃ!」

 背筋をピンっと伸ばし、香菜は思わず悲鳴を上げた。

「早く着替えちゃいなよ~。気になって着替えどころじゃない子たちがいるぞ~」
「鳥肌立っちゃったよ~。美和ちゃん、ひどい~」
「はははは。ごめんごめん。背中撫でるのってやってみたくなる時あるじゃん」
「あ、でも確かに早くしたほうがいいね。部室の鍵返しに行かなきゃだし、さっさと着替えよう。香菜、スプレー使う?」
「うん、使う~」

 急ぐ話になりつつも、真由は香菜にスプレーを貸したり、由芽は一つ一つマイペースで制服へと着替えている。
 後輩たちは続々と着替えが終わった順に帰路に就いている。
 最後の後輩が挨拶して部室を後にした頃、ようやく三人は帰り支度が完了した。

「電気消したし、鍵もこれでよし。美和ちゃん、かおちゃん、遅くなったのあたし達の所為。鍵はあたし達で返してくるんで、先に帰っていいよ」
「ここまできたら変わらないからいっしょに行くよ。ほれほれ、行くぞ~」

 新生Aチームのレギュラーにほぼ決まっているであろう五人。
 全員で部室の鍵を返しに職員室へ向かうことになった。
 真由のポジション交代相手である田沢たざわ華織かおりの横に由芽がスススっと寄ってきて、話しかける。

「いいなあ、かおちゃんぐらい背があればもうちょっとブロック率上がるのに」
「え~。五センチしか変わらないじゃん」
「その五センチが重要なんだよ! だって、あと一息で届くか、届かないかっていう差ができるんだよ~」
「わたしは由芽ちゃんの足の速さが羨ましいよ。みんなそうだろうけど、最高の武器じゃん」
「でも、体当たり弱いよ? みんなおっきく見えるから一生懸命逃げ回ってるような感じだよ? ただね、ゴールが近くにあると、ゴールしか目に入らなくなるの。敵がボールを持ってるとね、それはわたしのっ! って取りたくなるの」

 由芽は、身振り手振りを交えながら華織に熱弁する。
 そんな由芽を見ていて、華織はたまらず前を歩く三人に報告する。

「みなさん、由芽さんが可愛いんですけど」

 三人は振り返り、口をそろえてそれに答えた。

「知ってた!」

 まだ多くの先生が残っている職員室へ部室の鍵を返すのも完了し、ようやく家路に就く。
 校門から通りへ出るまでは一本道なので、どの方向の子とも一緒に歩いていける。
 美和はバッグを肩に掛け、華織は前で両手持ち、真由は後ろ手で両手持ち。
 香菜は並木を縫うように歩き、由芽はその香菜の後ろを付いていく。

「三年生になっちゃったね~。高校、どこに行くか決めてる?」

 秋ほどではないが、目を引く夕焼け空と、練習による疲れとが相まって感傷的にさせたのだろうか。
 美和がおもむろにそんなことを言い出した。
 他の四人は動きをそのままに、それぞれが思うことを纏めているような間が空き、一人ずつ答えを出していく。

「わたしは日向高校になっちゃうのかなあ、一番近いし。できれば葉桜行きたいけど」

 華織は持っているバッグへ軽い二―キックを左右交互にしながら最初に答えた。
 葉桜の名が出たことで、手をフックのようにして並木をぐるっ、ぐるっと左右に歩いている香菜が答える。

「私はおねぇちゃんが行ってるから葉桜だな~。いっしょに登校はできないけど。勉強がんばらないとね~」
「あたしは香菜に付いて行くんだ。でも葉桜かあ。勉強なんとかしないと」
「わ、わたしも香菜っちに付いて行くよ~。離れたくないもん~」
「確かに由芽ちゃんは香菜ちゃんに付いて行っているねえ」

 香菜に付いて歩いている由芽が美和に茶化されて頬をぷぅっと膨らませた。

「そっか、みんなある程度決めてあるんだね。私はどうしようかな」

 下り坂になって並木が無くなり、香菜の遊びも終了となったということは、通りに到着した合図である。
 通りと線路を挟んで一級河川の宮乃川《ミヤノガワ》が見えている。
 連なった小山の頂き越しに夕日が見えて宮乃川の水面を鏡にしてその姿を映し、香菜たちを照らしていた。

「それじゃ、また明日ね~」
「うん。じゃあね~」

 美和と華織の家は日向北地区、香菜、真由、由芽は日向南地区となるため、ここでお別れとなる。
 全員が手を振りながら、それぞれ帰る方向へ歩き出した。
 香菜達三人は、じゃれることも無くなる程疲れを感じ始めたようでトボトボと歩き、無言のまま日向町交差点に着いた。
 真由と由芽は香菜の家とは道路を挟んだ反対側の住宅地エリアに住んでいるため、香菜とはこの信号でお別れ。登校時ではここが合流場所となっている。

「あ~、疲れがどっと出てきちゃった。んじゃね、香菜。おやすみ~」
「香菜っち、おやすみ~」
「あはは。まだ寝ちゃだめだよ~。また明日ね~」

 香菜は、真由達に手を振ってから歩行者信号へ目をやる。信号は赤色だ。
 その信号機を見ている視界に、馴染みの人影を見つける。
 短髪だが少々手が入っていそうな髪型で、身長も香菜からすると高く見える。
 信号が青になったところで香菜はバッグを肩に掛け、片足のつま先をトントンとしながら足元を見ている男子に近寄って行く。
 香菜の接近に気づいていない男子の前でバッグを後ろ手に両手で持ち、両脚を伸ばしたまま男子の顔を下から覗き込んで名前を呼んでみる。

「透君?」

 少々肩をビクっと震わせて透が顔を上げる。
 自分を覗き込む香菜の顔が突如目に飛び込んできたため、すぐに声が出なかった。
 香菜は後ろ手をそのままに首を傾げる。

「どしたの? お千代ねぇちゃんを待ってるの?」

 透は首を強めに振って自分を取り戻す。

「いや、姉ちゃんにさ、香菜ちゃんを送って行けって言われてさ、でもここまでは友達といっしょだから、ここから送ろうと思って」

 少々照れているような口調で、後頭部を掻きながら答えた。
 香菜は首を戻し、にっこりとして言った。

「お千代ねぇちゃんも心配性だなあ。ここから家まですぐなのに。透君、大丈夫だよ私」
「あ、いや、それだとオレが姉ちゃんに怒られちゃうからさ、送らせてくれよ」
「ああ、そういうことならいいよ~。ちょっと暗くなってきてるし、一緒の方がいいのかな。では、よろしくお願いします」

 香菜は気をつけの姿勢になって、透に敬礼をしてみせた。

「お、おう。任せとけ」

 透は精一杯の返事をしつつ、顔は少々緩んでいる。
 身長差十一センチの二人は、小山の背中に隠れた夕日の残光を背に、坂を上り始める。

「香菜ちゃん、こっちを歩きな」

 透は香菜を道路側から住宅地側へと位置を変えさせた。

「ふふ、ありがと」

 透は香菜と一緒に歩いていることだけでもドキドキしている様子。
 それに追い打ちをかけるように香菜の耳が髪の毛の間から見えて、それが妙に気になるようだ。

「透君と二人で歩くなんて、何年ぶりだろうね。せっかく家が近いのに、お千代ねぇちゃんにもあんまり会いに行ってないし、部活帰りだとこんな時間だけど、お邪魔してもいいの?」
「ウチとは姉ちゃん繋がりで元々行き来自由じゃん。いつ来ても構わないし、来れば姉ちゃん喜ぶし」
「そっか、じゃあ寄れる時はお邪魔しちゃうね。」

 香菜はニコニコとした顔で透を見ている。
 そんな顔を見せられて、透はどう対応したらよいのか戸惑っているようだ。
 それでも話のネタをなんとか思いついたようだ。

「ぶ、部活はどう? チームは新しくなったんだよね?」

 香菜は透の肩を軽く一回叩いて話の振りに反応する。

「それ! 今日からいきなり練習メニューが変わってね、これから実戦形式で部活の時間中ずっとやるの。それもポジションをコロコロ変えながらだから大変なの」
「気合入ってるな。レギュラーにはなれそう?」
「残ってる三年生がちょうど五人だからそのままレギュラーっぽいけど、二年生にもチャンスはあるからね~。頑張らないとなれないかも」
「居残り練習もいっぱいやってきたんだろ? 大丈夫だよ」

 透の肩を叩いて話し始めた時の気合と不安が混じった表情が、透の言葉を聞いて元のニコニコ顔に戻る。

「ありがと。そうなんだよね、真由と由芽と私の三人で自分たちの思いつくパターンをいっぱいやってみたからな~。それを試合でやってみたいな」

 透も、自分が振った話から香菜の話を聞けて、随分満足そうな顔をしている。
 ただ残念なことに、綿志賀家までの道のりは透の気持ちとは裏腹に、短いものだった。
 綿志賀家の門扉前で香菜が透に振り向く。

「送ってくれてありがと。話しながら歩くとあっという間だね。それじゃ、お千代ねぇちゃんによろしく~。透君も気を付けてね」

 香菜は、門扉横のインターホンを押し、時子に鍵を開けてもらうように話す。
 門扉を開けて階段を上がり、玄関前で透に小さく手を振ってから香菜は玄関へと入って行った。
 透はしばし空を見上げてから自宅へ向けて歩き出した。
 香菜と一緒に歩いた余韻を楽しみながら帰ろうしていたであろうという時、道の反対側に人影が目に入る。
 透の目線に気づいたのか、その人影は早歩きで坂を下って行った。

「ん? なんだろ。気持ち悪いな」

 辺りが暗くなってきていることもあり、どの人を見ても怪しく感じやすい雰囲気ではある。

「気のせい……ならいいけど、怪しい、よな」

 薄目にして人影を追っていた透だが、見えなくなったので仕切り直して帰り始めた。


 帰宅した透は、とりあえずリビングへ向かう。
 リビングには上は長袖Tシャツ下はジャージ姿の姉が床にあぐらをかく。
 ソファーをテーブル替わりにして音楽雑誌を乗せ、目的のページを探していた。

「ただいま、姉ちゃん」
「おう、おかえり。香菜ちゃんには会えた?」
「うん、会えたよ。ちゃんと送ってきた」
「そかそか。よくやったぞ、弟よ。香菜ちゃんはどんな感じだった?」
「どんなって、かわ……あ、いや、部活で随分疲れてたみたいだけど、気合入ってたな。相変わらず元気、だった」

 透はソファーの空いているスペースにカバンを置く。
 何か飲もうと冷蔵庫へ向かいかけたが、千代が後ろから飛びついて無理やりヘッドロックを決めた。

「待て待て。香菜ちゃんはどんなだったか、他に何か言おうとしたでしょ。それを吐きなさい」

 透はがっちり決められたヘッドロックにより、強制的に床を見る状態で姉の腕をペシペシと叩きながら降参の合図をする。
 透にしてみれば、昔と違って今は姉より体が大きいし力もある。
 余裕で姉に対抗できるわけだが、姉弟関係の成せる技により抵抗というボタンは封印されている。

「やだ。言わないと外さないぞ。ほれ、言ってみ?」
「くっそ、姉ちゃんはなんでそういうとこちゃんと気づいちゃうかなあ」

 観念しましたと告げるように力を抜いた透は、そのまま言いにくそうに答えた。

「か、可愛かった、です……」
「はい、よく言えました。ご褒美にヘッドロック解除~」
「全然褒美になってねえよ!」

 千代は弟をからかえて満足気な高笑いをしている。
 透は口が滑ったことを後悔しながら冷蔵庫を開ける。

「手、洗ってなかった。ま、いいや」

 半分ほど減っている炭酸ジュースのペットボトルを取り出す。
 自分のコップを用意した時にふと帰りのことを思い出す。

「そういえば姉ちゃん、香菜ちゃんを送った帰りにさ――」
「告られた?」
「ち、ちがっ! もう。なんか不審な人がいたんだよ。オレが気づいたら早歩きで去って行ったんだけど、やっぱ不審者なのかなあ?」
「何それ、いかにもじゃん。そいつは他に何かしてたとかは?」
「いや、それだけなんだけど、薄暗かったし、妙に不審に見えただけかなとも思ったぐらいで」

 千代は右手を口元へ持っていき、考えるような仕草をしてから口を開く。

「早歩きでってのが既に不自然だよね。透がやんちゃな格好しててヤバイって思われたとかならありうるけど、あんたはそういう感じではないしね。姉が自慢できるイケメンちゃんではあるけど」

 ニヤニヤして半分弟をからかいながら話を続ける。

「そんなことがあったなら、香菜ちゃんを送ること頼んで正解だったかな。透、これからはできるだけ香菜ちゃんと一緒に帰るようにして。あんたも香菜ちゃんに何かあったら嫌でしょ?香菜ちゃんに話しときな。あたしの名前うまく使っていいからさ」
「わ、わかった。なんとか話しておくよ。実際に不審者見てるから気になるし」
「あと、お早貴がもし一人で帰るとこ見かけたりしたら、その時も気にしてあげて」
「了解。――人のこと気にするのもいいけど、姉ちゃんも気をつけてな」
「お! 生意気に。でも、そんな人がうろついているっていうなら、気を付けるとしましょう」

 これまでも常に行われてきた透の報告により、千代と透で綿志賀姉妹シフトを敷くこととなった。
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