月の声が聴きたくて ~恋心下暗し~

沢鴨ゆうま

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第二章

第一話 不穏な動き

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 梅雨の話もちらほらと聞かれ始めたころ、夕暮れ時のとあるマンションの一室で携帯電話の鳴る音が響いていた。
 ガラス天板のテーブルに雑に置かれた携帯電話を、葉桜高校の制服を着た男子生徒が面倒臭そうに取り上げた。
 部屋の角に設置されているテレビの斜向かいに並べられたL字型ソファーへ自身を放り投げるように座る。

「はい、そうだけど。またかよオヤジ、いい加減にしてくれよ、面倒臭いのは嫌だと言ってるじゃねえか。あん? へぇ。そんな偶然ってあんの? そういう話なら確かに俺が適役って話になるわな。で、どうすりゃいいんだ?」

 携帯電話の持ち主は、気のない表情から一変してゲス顔になり、電話で頼まれたであろう事の詳細を聞いていた。

「じゃあまだその辺は調査中ってことか。なんだ、珍しく面白そうな話じゃんよ。んじゃとりあえずその調査結果が出るまでは待機してりゃいいんだな? ああ、貝塚かいづかにも伝えていつでも動けるようにしておくよ。んなこたぁ分かってるよ、わざわざ俺にいい子ちゃんさせてたのはこういう時のためなんだろ? ああ、はいよ」

 通話を切って携帯電話をソファーの端へ放り投げ、自身もソファーへ横になりながら足を組んで天井を見る。

「この我慢していた高校生活も後半になってようやく楽しくなりそうだな、ふっ」

 その高校生は、腕で目を隠すようなポーズをとり、大笑いをしていた。


 瀬田家敷地内にある離れ。
 瀬田多駆郎は父親のいる研究所から依頼を受けている、新技術・新製品の開発を進めていた。

「だいぶ形になってきていると思うんだけど、いい加減大学の山積みになっている課題を消化しなきゃな」

 頭の中をリセットしようと二階の部屋へ移動する。
 数種類の機材が積まれているデスクの中央からパソコンのモニターが薄暗い部屋を照らしているが、そちらには近寄らずにベッドの方へと足を運び、バサっと身を落とす。

「――――ノイズ?」

 機材群の中に埋もれているスピーカーから断続的にノイズ音が発せられている。
 気になった多駆郎は確認をするためにデスク前の座椅子に座ってモニターを確認してみた。

「何か拾ってるな。こっちのチャンネルに干渉してくるなんて珍しい」

 アナログメーターの付いたチューナー類も針が小刻みに振れる瞬間があるようだ。

「まさか、これって」

 あまり意味が無いことはわかっているが、単純な事かもしれないと、窓からキャットウォークへ出て屋上のアンテナ類を確認する。

「何も無し……か」

 考えられる事を確認して消去法で絞っていく。
 しかし、得られた結果は最初に感じたものだった。

「妨害電波発信装置を仕掛けられたかな。敷地のセキュリティには引っかかっていないってことは、ちょいと強めの奴を離れたところに設置って感じか」

 そんなことをされる理由を考え始めた所へインターホンが押され、チャイムが鳴った。
 こんな時に、というような表情をしながらインターホンに応答する。

「はい」
『久しぶり~、早貴だよ』
「あ~、開いているから入って」
『は~い』

 少々よろしくない状況の打開策を練ろうとした矢先ではあるが、一か月以上ぶりに聞いた変わりのない幼馴染の声に、なんだか安堵した。
 階段を上がる足音も懐かしささえ感じるほど久しぶりな幼馴染の訪問。
 部屋のノック音がして以前と変わらぬ声が聞こえてきた。

「入るよ~」
「どうぞ」

 制服姿の早貴がしっかり膨れたビニール袋を持って部屋に入ってきた。

「こんにちは。なんか久しぶりだと普通の挨拶をしないと入りにくくなっちゃうね。うわ~全然変わってないなあ。一か月ぐらいじゃ変わらないか」

 久しぶりとはいえ住人の如く慣れた動きで部屋の奥へと入っていく。

「いろいろ買ってきたよ。冷蔵庫に入るかな」

 小ぶりな冷蔵庫を開けてみるが、中身が半分程残っているペットボトルのお茶が一本あるだけで、他には何も見当たらない。

「こらタク! 買い物するように言ったじゃん」
「いろいろ買ってたんだけど、早貴ちゃんが来ないから賞味期限切れて捨てたし、最近ちょっと忙しいから買い物に行く時間がなかなか作れなくて気づけばそんな感じに」
「ちゃんと買ってたんだ、ごめん。でもアタシのためじゃなくてタクのために買いなよって言ったんだよ。何も食べてないこともよくあったから」
「一人だとなかなか。今研究所の方から無茶ぶりされてて大変なんだ。肝心な大学の課題が溜まっているのにさ」
「そんな風なんだ。アタシも全然来れなくてごめんね。ちょっとこっちも色々あったから。今日はやっと話に来れたって感じなの」

 早貴は買ってきたものを冷蔵庫に入れてから、ベッドに鞄を置いて腰かけた。

「あ、そうそう! タク、あれ何? 新しい建物が出来てたね」

 すっかり忘れかけていた早貴へのサプライズ。
 未完成だった部分も作業が済んで完成していた天文台。
 多駆郎にしてみれば今更感があるのだが、早貴にとっては初めて知ること。
 天文台は今ようやくサプライズとしての役割が回ってきたのだ。

「気づいた?」

 サプライズ感の無くなっていた多駆郎は今一つ素っ気ない言い方で答えた。

「そりゃ気づくよ~。何もなかったところにド~ンと建っているんだもん」
「早貴ちゃんが来なくなる一か月前から工事は始まっていたけどね」
「え!? うそだあ。流石に気づくでしょ。――――ほんとに?」
「オレが嘘とか冗談を言う奴かどうかは知っているでしょ?」

 どうも当たりが冷たい多駆郎の様子が気になる早貴。

「もしかして怒ってる? アタシまたマズイことしちゃってるかな」

 多駆郎は自分でもよくわからないイライラの所為で冷たい言い方になっているのはわかっているが、口が言葉の角を丸めてくれない。

「怒ってどうするの? 別に怒るようなことじゃないし」

 気まずそうな表情になった早貴はベッドから立ち上がり鞄を持った。

「来たタイミングが悪かったかな。また来るね」

 そう言って部屋を出て行こうとした時に言っておきたいことを思い出し、振り返った。

「あ、えっと、ここへ来る時にね、門へ向かう道を歩いていたら誰かがついてきているような足音が聞こえて、振り返ったら誰もいなかったんだけど、門を潜った後にも気になって後ろを見たら逃げていくような感じの人がいたの。なんか気持ち悪いなと思って。香菜も最近不審者がいるような話をしていたから、タクも気を付けてね」

 多駆郎はその話を聞いて即座に頭を上げて早貴を見た。

「オレ、家まで送るよ」
「え? どうしたの急に」
「いいから」

 何かを察知したように多駆郎が急いで支度をする。
 早貴は珍しく慌てている多駆郎の表情が強張っていることに妙な緊張を覚えたが、こういう時は多駆郎に従った方が良いんだろうとそのままの姿勢で待っていた。

「よし、行こう」

 離れを出てから少し早歩きな多駆郎になんだかわからず早貴はついていく。
 新しい建物が目に入ったが、今は聞ける雰囲気ではないなと聞くのをやめた。
 通りまで来たところでいつものお別れになると思いきや、そのまま道を渡っていく多駆郎に声をかける。

「タク、ここじゃないの?」
「家まで送るって言ったろ」

 さっさと先へ行ってしまう多駆郎を慌てて追いかける早貴だが、理由がわからないからなんとか話をしたいところだ。

「タク、ちょっと待って。早いよ」
「あ、ああ、ごめん」
「何かあったの? 家までって、何か不審者のこと知っているの?」

 多駆郎は足を止め、一人で慌てていたことに気付いて早貴に説明をし始めた。

「実は今日、というか早貴ちゃんが来る少し前なんだけど、無線機がノイズをキャッチしたんだ。調べていたらどうも妨害電波を当てられているみたいでね。もしかしたら不審者ってのはその関係者かも知れないって思ったんだ」
「そうだったんだ。それでなんか機嫌が悪かったの?」
「そう、だね。すまなかった。決して早貴ちゃんが悪いわけじゃないんだ。ただ、こんな直接妨害をされるようなことが今まで無かったから慌ててしまって」

 早貴はようやく機嫌の悪い理由がはっきりしてホッとしたようだ。

「そういうことなら家にいる時に言ってよ。てっきり嫌われたのかと思ったじゃない」
「そんなことは全く無いよ」

 お互いに強張らせていた肩の力を抜くように大きなため息をついてどちらも少し笑いが零れた。

「良かった、びっくりしたんだから。タクはいつもアタシを迎え入れてくれたからさ。でも、不審者って何者なの?」
「まだはっきりとはわからない。オレもノイズの件とか不審者の話もついさっき知ったところだから。ただ、思い当たる節はあるから、それが当たりだとまずいなと思っているんだ」

多駆郎はそこまで話をして、周りに目をやった。

「説明はしておきたいから、できたら早貴ちゃんの家で話ができないか?ここだと見られているかもしれない」
「アタシは構わないし、お母さんもタクのことは知っているから多分問題ないよ」
「悪い。とりあえずお邪魔してから続きを話すよ」

 綿志賀家で話すことが決まり、二人は歩くのを再開した。
 その様子を日向町交差点からずっと見ている男がいた。
 二人が歩き始め、綿志賀家に入っていくのを見届けてから、家の確認をしに走っていく。

「綿志賀さんね。これからよろしくっと」
 
 その男は手帳に表札の名前をメモってから交差点付近まで戻ってきた。
 携帯電話を取り出してどこかへかけ始める。

りょうさんですか? 今息子とその彼女らしき女が家に入っていくのを確認しました。どうも興信所の調査結果とは違いますね。家は同じようですが、女が違う。背格好から興信所が見たのは妹かもしれないです。その時一緒だった男も息子とは全然違う風貌でしたし」
『そうか、ご苦労さん。姉となると……このデータでいう早貴ってやつになるな』
「ですね。興信所もあてにならないっすね」
『知り合いんとこにざっくりでいいからって調べさせたからな。ほんとにざっくりやりやがったってことだ。まあいい。とりあえずこれで俺が動けるようにはなった。ありがとよ』
「何言ってんすか。いつでも言ってくださいよ。こんなことで良ければいくらでも手伝いますから」
『サンキューな』

 電話を切ってから男は足早にその場から立ち去った。
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