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第四章 ボクたちの町
第二十九話 後退
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Szene-01 レアルプドルフ、東端森中
スクリアニア公国軍がレアルプドルフの領地内へ踏み込んだことで、レアルプドルフの防衛部隊と接触し、交戦が始まった。
互いに弓隊による遠隔攻撃が中心であるが、木々に阻まれる視界の中ですり抜けた矢を受ける者が続出していた。
部隊の状況を自ら見て回っていたダンは、ウンゲホイアー川岸にあるブーズの水汲み場に戻りため息をついた。
「ふむ。弓隊との交戦に慣れていない者ばかりなのだから仕方がないが、このままではまずいな」
ダンに付き添うヘルマが言う。
「いったん引きますか?」
「うーむ……やむを得んな。エールとブーズの民の力作に頼る時が来たようだ」
最寄りの剣士に撤退の指示を出すダンの横で、ヘルマは負傷者が運ばれている様子を見てため息をついた。
「仲間が傷つくのはいつ見ても嫌なものですね。なのに敵を傷つけて身を守って……敵も同じ思いのはずなのに。これだけは戦場を何度経験しても慣れないし、慣れたくないです」
ヘルマは剣を持つ自分の手をしばし見てからゆっくりと下ろした。
「ごめんなさい、弱音を吐いてしまいました。ダン様、皆さんを誘導しますか?」
「ヘルマよ、それは弱音ではない。ほとんどの者は戦いに疑問を持ったまま命を懸けている。おかしな話だが、やらなければやられてしまう。ただそれだけだ。まあ、ヘルマが正真正銘のレアルプドルフ民ってことだ。嬉しい一面を見せてくれて主人としてホッとしたよ」
「あら……私の事を気に入ってくださったのなら弱い所を見せた甲斐がありましたね。時々見せるようにしようかしら」
ダンはヘルマに向けて人差し指を振って見せ、呆れ顔で言った。
「お前、気を取り直すのが早過ぎだろ、ヘルマらしいところではあるが。ええい、こんな話をしていたら撤退が遅れてしまう。全員に壁の中へ入るよう伝えてくれ!」
ダンはクスクスと笑うヘルマを尻目に、剣聖らしく振舞おうと声を張り上げていた。
Szene-02 スクリアニア公国、西側国境
直接一味に指示を出すため出て行ったグンナーがいなくなり、馬車内ではスクリアニア公が一人じっと外を眺めていた。
森の中からは兵士の動きまわる足音や、剣や矢の風切り音が届いている。
一人の兵士が馬車の元へ駆け寄り、息を切らせてスクリアニア公に伝える。
「数人の負傷者が出始めました」
「戦いなのだ、負傷者が出るのは当然であろう。いちいち気にしていたら何も進まぬわ――待て、なぜこちらに負傷者が出るのだ? 弓隊が一方的に射るだけではないか」
「それが、レアルプドルフから放たれた矢による負傷でして」
スクリアニア公は馬車の窓から兵士へとゆっくり振り返って言った。
「なんだと? あいつらが弓を使っているなど……ありえん」
「負傷者の傷を見ていただければ一目瞭然ですが、ご覧になりますか?」
「いらぬ。ふん、何が剣士の町だ、それではただの町ではないか。兵士の数はこちらが圧倒的なはず、剣士が盾での守りをしっかりやれば弓隊は無事であろう。気合いを入れて攻撃せよ」
兵士は黙ってスクリアニア公に頭を下げると、馬車の車輪前から走り去った。
「あいつらが弓を使っている……剣だけというわけにはいかなくなったか。はっはっは、そうだそれで良いのだよ。いつまでも綺麗ごとを通されては目障りだ。これで他の町もレアルプドルフを持ち上げることは無くなり、目が覚める。俺に感謝するといい、はっはっは」
スクリアニア公は一人馬車の中で、膝を叩いて誰にも分らぬ喜びに浸っていた。
Szene-03 レアルプドルフ、ブーズ区長宅
エールタインは背中に受けた深い傷をティベルダのヒールによって治し、区長宅で病み上がりの体を休ませていた。
区長を交えて二組のデュオが語り合っているところへ前線からの伝令が到着した。
「お話し中失礼します。区長、負傷者が増えてきたので、町壁の中へ後退するようダン様が指示を出されました。じきに皆が戻ってきます」
伝令の口から負傷者という言葉を聞いたエールタインは、表情を曇らせて言った。
「負傷した人が増えているんですか――スクリアニアの攻撃が激しくなっているってことだよね、ルイーサ」
エールタインに話を振られたルイーサが答える。
「ええ、そうよ。スクリアニアは矢を放ちながらじわじわとこちらへ迫っているの。ダン様が後退をさせるほどにね」
「ルイーサ、みんなが後退することでスクリアニアは自信を持って進み始めると思う。自信は心に隙を作るよね」
ルイーサは声に張りが出て来たエールタインを喜ばしく思いつつも、呆れ顔で話に乗る。
「はいはい、その隙とやらを突きたいのでしょ? ティベルダ、もしかしたらこの主人を回復させたのは間違いだったのかもしれないわ」
「そんなことありませんよ。エール様にはいつでも元気で素敵な笑顔を見せていただかないと、この世の全てに意味がありません」
「はあ……なんだか私が間違えている気がしてきたわ。それでもエールタインの傍にはいたいのだから、とんでもない人を好きになってしまったものね」
区長の前でさらりとエールタインのことを好いていると口に出した主人に、ヒルデガルドが言う。
「とんでもなく好みの方に出会って幸せなのですね。ご主人様が幸せを感じているのなら、従者である私はとても嬉しいです」
ルイーサは、残りのティーを飲み干すヒルデガルドをちらりと見て言った。
「あなたが幸せを感じてくれるのなら、私も幸せよ」
「ルイーサ様はずるいです。そうやって私を離さないようにするのですから」
「当然でしょ、私の従者なのだから。早くエールタインとヒルデに挟まれて寝たいものだわ」
「コホン――お話が弾んでいるところ申し訳ないのですが、私は戻って来る部隊への対応をします。エールタイン様、どうかご無理だけはなさらぬようお願いしますぞ」
区長が席を立ったのをきっかけにエールタインも動き出す。
「行くのね、仕方ないんだから。ただ一つだけ約束して」
席を立ち、剣を確かめるエールタインは、ルイーサを真っすぐに見た。
「約束?」
「そう、やくそく。私たちの目の届く所にはいること、いいわね」
「う、うん」
「あのね、私の位置を気にしながら動いてくれないと連携できないじゃない。ちゃんと言うこと聞いてくれないなら行かない」
「ルイーサあ……わかった、わかりました。言う通りにするから一緒に来て」
「あら、そう。なら行ってあげる」
ルイーサに負けたエールタインが少しだけ舌を出して茶目っ気を出している前で、珍しくエールタインに勝ったルイーサは鼻をツンと上げる。
主人二人を見ている従者たちは呆れ顔半分、微笑み半分の表情で見合っていた。
スクリアニア公国軍がレアルプドルフの領地内へ踏み込んだことで、レアルプドルフの防衛部隊と接触し、交戦が始まった。
互いに弓隊による遠隔攻撃が中心であるが、木々に阻まれる視界の中ですり抜けた矢を受ける者が続出していた。
部隊の状況を自ら見て回っていたダンは、ウンゲホイアー川岸にあるブーズの水汲み場に戻りため息をついた。
「ふむ。弓隊との交戦に慣れていない者ばかりなのだから仕方がないが、このままではまずいな」
ダンに付き添うヘルマが言う。
「いったん引きますか?」
「うーむ……やむを得んな。エールとブーズの民の力作に頼る時が来たようだ」
最寄りの剣士に撤退の指示を出すダンの横で、ヘルマは負傷者が運ばれている様子を見てため息をついた。
「仲間が傷つくのはいつ見ても嫌なものですね。なのに敵を傷つけて身を守って……敵も同じ思いのはずなのに。これだけは戦場を何度経験しても慣れないし、慣れたくないです」
ヘルマは剣を持つ自分の手をしばし見てからゆっくりと下ろした。
「ごめんなさい、弱音を吐いてしまいました。ダン様、皆さんを誘導しますか?」
「ヘルマよ、それは弱音ではない。ほとんどの者は戦いに疑問を持ったまま命を懸けている。おかしな話だが、やらなければやられてしまう。ただそれだけだ。まあ、ヘルマが正真正銘のレアルプドルフ民ってことだ。嬉しい一面を見せてくれて主人としてホッとしたよ」
「あら……私の事を気に入ってくださったのなら弱い所を見せた甲斐がありましたね。時々見せるようにしようかしら」
ダンはヘルマに向けて人差し指を振って見せ、呆れ顔で言った。
「お前、気を取り直すのが早過ぎだろ、ヘルマらしいところではあるが。ええい、こんな話をしていたら撤退が遅れてしまう。全員に壁の中へ入るよう伝えてくれ!」
ダンはクスクスと笑うヘルマを尻目に、剣聖らしく振舞おうと声を張り上げていた。
Szene-02 スクリアニア公国、西側国境
直接一味に指示を出すため出て行ったグンナーがいなくなり、馬車内ではスクリアニア公が一人じっと外を眺めていた。
森の中からは兵士の動きまわる足音や、剣や矢の風切り音が届いている。
一人の兵士が馬車の元へ駆け寄り、息を切らせてスクリアニア公に伝える。
「数人の負傷者が出始めました」
「戦いなのだ、負傷者が出るのは当然であろう。いちいち気にしていたら何も進まぬわ――待て、なぜこちらに負傷者が出るのだ? 弓隊が一方的に射るだけではないか」
「それが、レアルプドルフから放たれた矢による負傷でして」
スクリアニア公は馬車の窓から兵士へとゆっくり振り返って言った。
「なんだと? あいつらが弓を使っているなど……ありえん」
「負傷者の傷を見ていただければ一目瞭然ですが、ご覧になりますか?」
「いらぬ。ふん、何が剣士の町だ、それではただの町ではないか。兵士の数はこちらが圧倒的なはず、剣士が盾での守りをしっかりやれば弓隊は無事であろう。気合いを入れて攻撃せよ」
兵士は黙ってスクリアニア公に頭を下げると、馬車の車輪前から走り去った。
「あいつらが弓を使っている……剣だけというわけにはいかなくなったか。はっはっは、そうだそれで良いのだよ。いつまでも綺麗ごとを通されては目障りだ。これで他の町もレアルプドルフを持ち上げることは無くなり、目が覚める。俺に感謝するといい、はっはっは」
スクリアニア公は一人馬車の中で、膝を叩いて誰にも分らぬ喜びに浸っていた。
Szene-03 レアルプドルフ、ブーズ区長宅
エールタインは背中に受けた深い傷をティベルダのヒールによって治し、区長宅で病み上がりの体を休ませていた。
区長を交えて二組のデュオが語り合っているところへ前線からの伝令が到着した。
「お話し中失礼します。区長、負傷者が増えてきたので、町壁の中へ後退するようダン様が指示を出されました。じきに皆が戻ってきます」
伝令の口から負傷者という言葉を聞いたエールタインは、表情を曇らせて言った。
「負傷した人が増えているんですか――スクリアニアの攻撃が激しくなっているってことだよね、ルイーサ」
エールタインに話を振られたルイーサが答える。
「ええ、そうよ。スクリアニアは矢を放ちながらじわじわとこちらへ迫っているの。ダン様が後退をさせるほどにね」
「ルイーサ、みんなが後退することでスクリアニアは自信を持って進み始めると思う。自信は心に隙を作るよね」
ルイーサは声に張りが出て来たエールタインを喜ばしく思いつつも、呆れ顔で話に乗る。
「はいはい、その隙とやらを突きたいのでしょ? ティベルダ、もしかしたらこの主人を回復させたのは間違いだったのかもしれないわ」
「そんなことありませんよ。エール様にはいつでも元気で素敵な笑顔を見せていただかないと、この世の全てに意味がありません」
「はあ……なんだか私が間違えている気がしてきたわ。それでもエールタインの傍にはいたいのだから、とんでもない人を好きになってしまったものね」
区長の前でさらりとエールタインのことを好いていると口に出した主人に、ヒルデガルドが言う。
「とんでもなく好みの方に出会って幸せなのですね。ご主人様が幸せを感じているのなら、従者である私はとても嬉しいです」
ルイーサは、残りのティーを飲み干すヒルデガルドをちらりと見て言った。
「あなたが幸せを感じてくれるのなら、私も幸せよ」
「ルイーサ様はずるいです。そうやって私を離さないようにするのですから」
「当然でしょ、私の従者なのだから。早くエールタインとヒルデに挟まれて寝たいものだわ」
「コホン――お話が弾んでいるところ申し訳ないのですが、私は戻って来る部隊への対応をします。エールタイン様、どうかご無理だけはなさらぬようお願いしますぞ」
区長が席を立ったのをきっかけにエールタインも動き出す。
「行くのね、仕方ないんだから。ただ一つだけ約束して」
席を立ち、剣を確かめるエールタインは、ルイーサを真っすぐに見た。
「約束?」
「そう、やくそく。私たちの目の届く所にはいること、いいわね」
「う、うん」
「あのね、私の位置を気にしながら動いてくれないと連携できないじゃない。ちゃんと言うこと聞いてくれないなら行かない」
「ルイーサあ……わかった、わかりました。言う通りにするから一緒に来て」
「あら、そう。なら行ってあげる」
ルイーサに負けたエールタインが少しだけ舌を出して茶目っ気を出している前で、珍しくエールタインに勝ったルイーサは鼻をツンと上げる。
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