天真爛漫な婚約者様は笑顔で私の顔に唾を吐く

りこりー

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歯車が狂いだした瞬間

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 それは私シェイリー・ブラウン。ブラウン子爵家の長女が八歳の時。

 私は天使に出会った。透けるような橙色の髪、ぱっちりとした大きな瞳、目を開けているのに影を落とす長い睫毛。何もかもが可愛くて、自分の婚約者だと言われた時には嬉しすぎて気絶してしまったくらいだ。

 天使の名は、リル・コックス。コックス侯爵家の嫡男であり、次期当主。小侯爵様。同い年で幼馴染でもある彼は、そんな高位の貴族に生まれたのにも関わらず、明るく天真爛漫なリルに夢中になる令嬢の数が多いこと…。誰にでも明るく、気さくで、身分差別などもしない。侯爵家の領地の平民達でさえ、彼と気軽に話すのだ。彼が笑うだけで皆笑顔になった。

 そして、そんな彼の沼に私がはまってゆくのも必然だった。

「シェリー、僕が婚約者で嬉しい?」

「えぇ!嬉しいですわ!」

 婚約者になってから七年の時を過ごした時、それは何気ない一言だった。いつも彼の後を追っかけ、いつも彼の為になにか出来ないかと目を見張っていた自分は即答でそう答えた。多分、この時が分岐点だったのかと今になって思う。

 可愛いからかっこいいに成長する過程の途中の彼が、言いにくそうに目線を逸らしながら言った。

「じゃあ、前髪伸ばしてくれる?」

「前髪?何故?」

「シェリーの顔はその…派手過ぎて…婚約者として恥ずかしいというか…ね?」

「そうなの…?分かったわ!」

 確かに自分の顔と豊満な体は少し…いや、かなり大人びていた。まだ十五歳だと言うのに、高位の貴族の後妻にどうかと打診が何回もあった。いわば、愛人顔。天真爛漫で好青年のリルと愛人顔で妖艶な自分とでは天使と悪魔ほど別の人種だった。

 その為に彼に負担をかけているなんて思いもしなかった。申し訳なくて、心が痛い。何も否定せず受け入れる私に気を良くしたリルは、満面の笑みを見せて俺の婚約者だから当然だよなと言う。その時は私もそう思っていたし、疑わなかった。

 前髪を伸ばして、伊達眼鏡をし、長い黒髪は一つに縛りお下げにして、豊満な胸はさらしを巻いて小さく見える様に…なるべく地味に目立たないように。彼を立てる様に支えれるように努力した。家族は物凄く不満そうにしたけど、婚約者の為に努力したいという私の気持ちを言うと渋々納得してくれた。特に過保護な兄は物凄く睨んでいたが、私のお願いに弱い兄は顔を歪ませながら納得してくれた。

「シェリー、本当に後悔しないのか?あぁ、お前の顔は物凄く美しいのに…あんなクソのせいで…」

「お兄様、そんな言い方やめて。好きな人の為に努力するのは当然ですもの」

「はぁ…いいかい?もう嫌だって思ったらすぐに言いなさい。別にこの婚約に政略もなにもないのだから」

「はい、もちろんです」

 そう、この婚約は格差婚と周囲には言われているが、うちは何度ももっと高位の位に陞爵の打診があったが断っている。今の生活で十分だし、位が高くなればその分貴族のいざこざに巻き込まれるのを懸念した両親の考えだ。それに父は自分の私営騎士団を持っていて、国内唯一の実力騎士団だから戦争になればすぐに陛下からお声がかかる。その時に自分にまさかの事があれば高位の貴族だと母とまだ成人していない兄に多大な負担をかける。父の思いやりもあるのだ。

 それを知っている高位の貴族はうちの家門を馬鹿にしたりしない。何故ならうちの家門を馬鹿にする=国内唯一の騎士団を馬鹿にする。国の力を、国を馬鹿にしているという構図になるからだ。それを知らないのは、まともな教育を受けていない下位の貴族か教育をまともに受けていないアホ貴族である。なので、格差婚と言っているのは大抵アホ貴族の妬みということだ。

 そんなの痛くも痒くもない。リルと一緒に居られれば、好奇の目にも耐えれるし、いや、リルだけ自分の魅力を分かってくれさえいればいい。それに家族は愛してくれているし。なんも不満はない。
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