売られた出来損ないオメガなのに、なぜか竜人様に求婚されて困ってます

花里しろ

文字の大きさ
4 / 25

しおりを挟む
 部屋に入ると、背後で静かに扉が閉まる。

 そこは廊下と同じく、しんと静まり返った空間だった。柔らかな絨毯が足音を吸い込み、ほんの少し歩いた先にもう一枚、扉がある。
 何だこの構造、とカナデは小首を傾げる。やたらと厳重なこの造りからして、やはり高位貴族専用の部屋ということなのだろう。

 戸惑っていると、その扉の向こうから低く落ち着いた声が届いた。

「入りなさい」

 優しい声だった。穏やかで、どこか眠たげな響きさえある。

 高位の貴族なんてもっと威圧的な人々だと勝手に思い込んでいたカナデは、少しばかり驚く。いかにも公爵らしい、冷たく威圧的で権威に満ちた声音で命令されるのだと思っていたのに――。

(結構普通なのかも?)

 運が良ければ、人並みの扱いをしてくれるかもしれない。淡い望みを抱いてカナデは深呼吸する。

「……失礼します」

 とはいえ相手は公爵だ、礼を欠くわけにはいかない。カナデはそっとドアノブに手をかけ、中へと入った。
 足を踏み入れた瞬間、思った以上に広い部屋だと分かる。

 天井は高く、間接照明の灯りが空間全体を柔らかく包んでいる。だが、その光景をじっくりと眺める間もなかった。

「……っ」

 突然、視界が遮られた。
 目の前に誰かが立っている。いや、そういうレベルじゃない。
 距離が近い――近すぎる。

「やっと会えたね。まったく書類だの、なんだの……人間は面倒な手続きが好きなんだね。待ちくたびれたよ」

 耳元で囁かれた言葉に、カナデは硬直する。
 その体温に気づいたときには、すでに相手の両腕で抱きしめられていた。

(な、なにこれ……)

 混乱したままカナデは行き場のない手を浮かせた。そしてそっと相手の胸元を押し、距離を取ろうと試みる。
 指先に触れたグレースーツの生地は、驚くほど滑らかで高級品と分かる手触りだ。

「あ、あの……」

 基本的に貴族は、下位の者と対等に話などしない。公爵ともなれば番でもないオメガと、初対面でこんなに至近距離で話すなんてありえないことだ。
 あえてこうすることで、何か試されているのかとカナデは勘ぐってしまう。

「名前を教えて。書類で読んだけど、君の声で聞きたい」

 言われて、カナデは迷う。先程の男はカナデが既に戸籍が抹消されていると告げた。玩具に名前や人権など必要ないという事だと、カナデでも理解できた。

「……名前は、ありません」

 俯くカナデの背を、公爵の手が撫でる。

「不安に思うことはないよ。大丈夫」

 その声は怯え凍り付きそうになっていたカナデの心をゆっくりと解かしていく。

「…………カナデ、です」

 掠れた声で答えれば、公爵が満足げに頷くのが分かった。

「ああ、やっばり良い響きだ。君の声で聞くと、格別に美しく感じる」

 そしてやっと少しだけ体を離し、公爵がカナデの顔を覗き込む。

(碧い瞳……宝石みたいだ)

 長い金色の髪に、彫刻のように整った容姿。その姿はまるで絵物語に描かれる王侯貴族そのままだった。

「レオンハルト・ドレイグだよ。これからよろしくね。可愛いカナデ」

 にこりと微笑むその顔に見惚れ、カナデはぼうっとして立ち竦む。
 顔立ちもさることながら、彼がこれまで出会ったアルファとは全く違うと気づいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

世界が僕に優しくなったなら、

熾ジット
BL
「僕に番なんていない。僕を愛してくれる人なんて――いないんだよ」 一方的な番解消により、体をおかしくしてしまったオメガである主人公・湖川遥(こがわはる)。 フェロモンが安定しない体なため、一人で引きこもる日々を送っていたが、ある日、見たことのない場所――どこかの森で目を覚ます。 森の中で男に捕まってしまった遥は、男の欲のはけ口になるものの、男に拾われ、衣食住を与えられる。目を覚ました場所が異世界であると知り、行き場がない遥は男と共に生活することになった。 出会いは最悪だったにも関わらず、一緒に暮らしていると、次第に彼への見方が変わっていき……。 クズ男×愛されたがりの異世界BLストーリー。 【この小説は小説家になろうにも投稿しています】

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。 ----------------------------------------- 0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

悪役のはずだった二人の十年間

海野璃音
BL
 第三王子の誕生会に呼ばれた主人公。そこで自分が悪役モブであることに気づく。そして、目の前に居る第三王子がラスボス系な悪役である事も。  破滅はいやだと謙虚に生きる主人公とそんな主人公に執着する第三王子の十年間。  ※ムーンライトノベルズにも投稿しています。

処理中です...