いつかあなたに刃を向けるとき

泥んことかげ

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第1章【咲き誇れ儚き命の灯火よ】

第6輪【道半ば心落ち着かせて一休憩】

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 ――――刀の重みを体で感じ取る度に染々と思う。
 生前の母もきっと生きたのだろうな……と少しだけ物思いにふける桜香だった。

 自らが育ったこの地は、幾度となく歩き慣れた道だったが、目の前に映る今日の景色は、桜香の瞳には違って見えた。

 まるで体が見えない糸で引っ張られる様に――――まるで元から決まっているレールの上を、独りでに歩いている様な感覚があった。

 自らの意思であって実はそうではない様に、例えるならば水面に浮いている葉っぱの様に、フワフワとした不思議な気分だった。

 地を踏みつける足取りは軽く、背負った刀はその存在を証明するかの様に重い。

『まだ空に陽がある内に、出来るだけ遠くまで進みたいな……』

 それから歩く事――――幾時いくときが過ぎたか定かではなかったが、桜香は再び危機を目の当たりにする事になる。

体長は両手よりやや大きめで、数本の黒いあしをバタつかせながら、背中を地面へと密着させながら道端みちばたに転がっていた。
そして、中々起き上がれない素振りをしている様で、桜香には一体何だか理解が出来ていなかった。

 エサを誘き寄せる罠なのか、自然を巧みに駆使する知恵なのか――――深く考える事に底無し沼にまるが如く理解に苦しんでいく。

 この数日で、生存している植魔虫に会うのは極めて稀であり、危害を加える種は殆どがによって討伐されている。


 きしむ体を無理矢理動かす桜香は、祖父が亡くなった時の事を思い出し、警戒と共に背にある刀を右手で掴む。

 距離は3M弱――――人である桜香と植魔虫である迂闊うかつには攻撃出来ない筈だ。

 力を入れて刀に手を掛けてはいるが、この前の様に軽く抜ける事は無く、1mmも刀身が出ずにいた。

 冷や汗と鼓動の高鳴りで、頭がおかしくなりそうになりながらも、その視線を外すことはなく対象を見据える。

 だが、そんな桜香を嘲笑うかの如く、そいつは、対峙してから数分経っても同じ格好で、手足をジタバタとさせるだけだった。

 小鳥のさえずり、風は木々を抜け、一心不乱に起き上がろうと暴れる謎の生き物と、自らの激しい心音で耳が痛い。

 しかし――――その状況は桜香にとってむしろ好都合であり、刀が抜けず斬れない今、選択肢はただ一つ……この場から逃げればいいだけだ。

 至極単純な話だ……少しだけ迂回して、〝花の都〟へ向かえば良い。
 そうすれば、無事にたどり着け――――?
 思考の途中で理性が緊急停止ストップを掛けている気がした。

『いや、それじゃ駄目なんだ。目の前で気づいた事は、――――』

 危険予知とは――――危険箇所に思考を先回りし、〝把握〟〝認識〟と、それに伴う〝対策〟をする事だ。

 今、逃せば他の誰かが傷付き悲しむかもしれない……そう思ったら、足は植魔虫しょくまちゅうの元へと前進していた。

 ゆっくりだが一歩ずつ近付く度に、あの夜みたいな恐怖は微塵も感じず、無意識の内に手で触れられる距離まで近づいていた。

 ――――頭では危険だと分かっていても、体が勝手に動き、腰を下ろしてしゃがんでいた。

 それはまるで、自分の意思ではないかの如く、遠いの空の彼方かなたから全体の風景を眺めている感覚だ。

 不思議と怖くない――――否、まるでみつに吸い寄せられる虫の様に、桜香の指先は見知らぬ物体へと引き寄せられていた。

 様々な思考が頭の中で渦巻いてる内に、迷っていた少女の指は、忌むべき存在に躊躇ちゅうちょなく触れてしまった。
 平坦な人生を歩んできた桜香から、沢山の思い出や家族を奪い、苦しめてきた〝異形〟植魔虫に――――

 幼子おさなごが、地団駄を踏んでいる様子に酷似していた筈の異形。その見た目とは裏腹に、まるで藁を掴む様にガッシリと桜香の手に自らの足を絡めた。

 手の平程の小さな体は、地面に転がっていたせいで、全体像が見えなかったがやっと見ることができた。 

 桜桃さくらんぼに似た赤く丸いフォルムと、まるで熟練工が監修でもしたのか、星空の様に散りばめられた7つの小さな黒星模様。

 愛くるしいその見た目と、細身の右腕をまるで小枝に登るが如く、ゆっくりと進むさまに思わず心を射たれた。

 やっとの事で肘辺りまで進んだが、腕の角度が厳しいのか、滑る様に手首まで下がっていった。
 幾度となく挑戦し奮闘する姿はまるで、己自身と闘っているようだ。

 人と植魔虫?――――決して解り合えないと思っていたが、現実は違った……

 手助けをせず見守る桜香は、思わず『頑張って!先ずは一歩ずつ確実にだよ!!』と、いつのまにか応援していた。

 それに答える様に何度も何度も挑み続け、我が子に送る様に、何度も何度も声をかけ続ける事、数分が経過した頃――――

 双方の努力と声援も相まってか、ついに桜香の右肩いただきへと辿り着いた。

 立つとが落下した時に危ないので、ずっとしゃがみこんでいた桜香。

 さすがに足も疲れたので、小さな体を肩に乗せたまま、背筋を伸ばすように腰を持ち上げる。

 緊張し互いに息が届きそうな程の距離の中、肩に温もりを感じながら恐る恐る横目で見る。

 は襲う素振りもなければ、むしろ居心地良さそうに、身長160cm程の桜香の肩に居座っていた。

(あれっ?思ったより可愛いぞ、この子……でも油断しちゃダメだ桜香……きっと何かの罠かも――――)

 しかし、冷静さを取り戻した様に今頃気づいた桜香だが、そんな疑いの思考は呆気なく砕け散る事になる。

 登り切った時から数分経ったが、〝息を吹く〟〝指で小突く〟〝凝視する〟を幾度となく繰り返したが、未だに微動だにしない。

 その光景が意味するもの……そう――――あろうことか人の肩で眠っていたのだ。

 桜色の瞳は他所を向きつつ、悩ましい表情を浮かべながら口を開いた。

『疲れちゃったみたいだし、仕方ない……起こさない様に歩こうかな』

 陽はいつの間にか頭上付近に昇り、桜香は振動で落ちない様に気を配りながら前へと進んだ。



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