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第1章【咲き誇れ儚き命の灯火よ】
第18輪【その思いを刃に乗せて】
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急な雨で濡れた体は、寒さよりも恐怖で震えている。
鬼灯の中に確かに残る危険本能――――〝逃れ〟〝怯え〟〝恐れ〟が大音量で警鐘していた。
(〝怖い〟何て言ってらんねぇ。少しずつでも一歩を踏み出せ。それが未来を繋ぐための前進だ!!)
弱気な気持ちを払拭する様に、首を横へ振ると食事中の薊馬の元へ歩む。
短いようで長い距離に対して、一歩、また一歩と近付く度に、存在その物の圧力が増してく感覚に陥る。
不意に意識を逸らせば、先程まで共に歩んできた〝生物〟の肉片が、眼前に飛び散る様を目の当たりにした。
〝下手をしたら自分がこうなるかも知れない〟。
幾度となく襲い来る負の感情に臆する事なく、花輪刀が届く距離……〝刃圏〟まで歩を進めた。
乱れた呼吸を整え、どこに有るか分からない眼を探しつつ、自らよりも巨きな存在に身振りを添えて告げる。
怪しまれないように自然かつ偽りの敬意を込めて……
『〝家畜〟は旨かったか?。俺はよぉ、こう見えても〝薊馬〟に感謝してるんだぜ?』
口角を上げつつ上機嫌を装い、針の穴の如き隙を狙う。
だが、食事中に鬼灯が話し掛ける事を、直感で〝不自然〟だと感じ取る薊馬。
(何か、面白いことになりそうね。ちょっと、遊んでみようかしら)
何時もなら、こんなに接近はせず己が身を優先する筈。
一体、その余裕は何処から来るのか?……
薊馬は触手に埋もれた複数の眼を用いて、鬼灯を舐めるように観察した――――結果、ある異変に気が付いた。
今日は何故か、御守りにしていた偽物の〝花輪刀〟ではなく、白い刀に変わっている事を……。
嫌でも目立つその刀は松明の灯りに照らされ、隠せない存在感を露にしていた。
身動きが取りづらい檻の中で薊馬は、身体をくねらせながら鬼灯の目線に顔を合わせる。
食事中の血肉纏う歯を剥き出しにしながら、複数の眼を一斉に鬼灯へと差し向け
『あなたの感謝と、その白刀に何か関係があるのかしら?』
ゆっくり、ねっとりと静かに言うと、無数の触手を地へと這わせながら檻の外へ出す。
仁王立ちになっている鬼灯の背中にある刀を、柄頭から鐺に至る全てを念入りに愛撫する。
長年忘れていた〝闘いの記憶〟を思い出しながら、かつて、ある花の守り人に斬られた〝感覚〟を思い浮かべていた。
鬼灯の体には血や涎と言った液体が付着し、まるで汚物に埋もれた様な不快感が襲う。
(あー、この気配はやっぱりそうね。植魔虫が忌むべき〝花輪刀〟――――)
独特の圧力に屈する事なく、眼前に迫る無数の触手を掻い潜る。
鬼灯は薊馬の話を逸らすように『今日は、ちょっと相談が有ってきた。あんたには悪いけど、いま寄生している〝宿主〟を解放してくれないか?』
何時にも増して鬼灯が放つ殺気を感じつつも、あまりにも小さすぎる相談に落胆する薊馬。
『何かと思えばそんな事……?。当然、無理で嫌よ。いい加減に諦めなさい』
慈悲を乞う人の願い等は、心の無い植魔虫に響く事はなく、冷たく淡々と感情の起伏なくあしらう。
今現在、互いに必殺の間合いであったが、無防備な薊馬だけは、鬼灯の――――人間の覚悟を見誤っていた。
大切な人を失いながらも、時には己の信念や感情を殺してきた。
そして今、静かに眠っていた〝怒りの炎〟は、活火山の如く怒濤に押し寄せる。
『俺がなぜお前を肥えさせたと思う?。動きを鈍くし、あの子の姿を残さないためだ!!せいぜい、今まで奪った命に謝罪でもするんだな!!』
『えっ、鬼灯ちゃん……?何を言って――――』
動揺する薊馬が、言葉を紡ごうとしたその時だった。
〝花の守り人〟ではない筈の鬼灯の手には、鞘から抜かれた花輪刀が存在感強く握られていた。
『そっそんな、まさかっ……正気なの鬼灯ちゃん?。今まで通りの働きをすれば、私が唾をつけた村には植魔虫を行かさないわよ!?』
薊馬の言葉等、耳に入る事はなく『いつだって俺は正気だぜ?自分を偽って人生を送るのは、これで仕舞いにしようっと思ってな』
抜かれた刀を強く握り締め、致死となる反撃も厭わず触手の中を走り抜ける。
慌てふためく薊馬は『嫌よ――――止めて……!!来ないで……!!これまでの事は謝っ……』
言葉を詰まらせながら最後の言い分を述べた。
あざとく懇願する薊馬を睨む鬼灯の瞳には、過去に愛した人の姿が重なって見えていた。
波の様に綺麗な〝髪〟も、汚れの無い白い〝瞳〟でさえ、今となっては無残に頭骨がはだけ、濁りきったビー玉の様。
今や見る影もなく肥えた肉の塊でさえ、愛しく思ってしまう幻覚が脳裏に浮かぶ。
しかし、覚悟を決めた男の勢いは止まる事を知らず、醜く歪みながら懇願する肉体を深々と貫く。
『ヤメテヤメテ……ヤメロッ!!ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!!』
鞭の様にしなりながら痛みで暴れ狂う腕は、自らを閉じ込めた木製の檻を意図も容易く破壊。
踏ん張る足がよろめく程に地を揺らし、壁を縦横無尽に抉り取る。
正に、最後の悪足掻きをする薊馬。
だが、冷静な判断がままならず鬼灯の皮1枚はおろか、衣服を撫でるだけで傷さえ付けれずにいた。
(暴れても無駄だ。この刀は死んでも離さねぇ……。今まで嘘ついて偽った日々の全ては、この絶好の機会に賭けてきたんだ!!)
徐々に抵抗する力も弱まるが、人殺しの〝魔物〟に情け等は無用。
やっと掴んだ勝利を確信し笑う鬼灯と、断末魔の叫びを残して息絶える薊馬。
『〝薊馬〟お前は俺を舐めすぎた。何でも上手く行くと思っている奴程、寝首を掻かれやすいんだぜ!?』
何れも、この時の敗因は只一つ……力に頼りきった過信でしかない。
数えきれない程の人を食らい、その心の弱味に巣食ってきた魔物……薊馬。
植魔虫を斬り伏せる事が出来る唯一無二の業物〝花輪刀〟を携え挑むも、いざ結果を見れば激闘とは呼べない〝あっさり〟とした決着。
それに疑問や不自然だとも思わずに、〝いつだって力は裏切らない〟――――そう、強く思っていた。
震える手で深々と突き刺さる花輪刀を抜くと、血肉や粘液等が複雑に絡まりながら糸を引いていた。
『何だこりゃあ、気色悪いな……折角の刀が台無しだぜ――――』
仇となる薊馬を倒したのも束の間、緊張の糸が解けたのか、力なく膝から崩れ落ちる。
その拍子で握られた刀は血溜まりへと落下し、白の刀身全体を赤黒い血肉が侵蝕し染めて行く。
再び握ろうとするも強張りのせいか握力が無くなりつつも、背中の鞘に辛うじて納める。
『はぁはぁっ……。正直、かなりヤバかった。〝花輪刀〟って凄いんだな。今まで、あんなに苦労したのに倒しちまった』
久方振りに呼吸をしたように目一杯、血生臭い空気を肺に詰め込む。
贅沢を言えば新鮮な空気を……と、言いたいところだが、今は息をするだけでも幸せに感じられた。
呼吸を整えながら落ち着きを取り戻すと、腰袋から甲高くも元気な声が耳へと伝わる。
『キュッ~!!キュッ~!!』
思わず抱き締めたくなる様な愛くるしい声を聞いた鬼灯は、思い出した様に腰へと結ばれた袋の口を開いた。
短い手足を使って中からは現れたのは、両羽を一生懸命、動かして羽ばたく〝七星天道虫〟の姿。
『お~、そう言えば、お前が居たな。餌にならなくて運が良いじゃねぇか?』
自然と安堵の表情となり、その小さな体を包み込むように撫でる。
肉体的にも精神的にも疲弊していた筈なのに、珍妙な生き物のおかげか少しだけ元気が沸いてきた鬼灯。
最後の力を振り絞りながら膝に手をつき、気合いと根性のみで立ち上がる。
『さぁてと、もう一踏ん張りと行きますかね。一張羅が台無しになったから、帰って風呂でも入りたい気分だ』
〝七星天道虫〟を肩に乗せ、扉付近の松明を一本手に取る。
そして、漸く訪れた平穏の時間を、噛み締める様に歩を進めた。
今までは都合の良い〝操り人形〟だった――――でも、今は違う。
自分の好きなように自由を求めて、誰よりも高く飛べる翼を手に入れた。
入ってきた時とは違い、真っ暗闇で生きる〝羽虫〟の様に、自然と足が眩しい位の光へと吸い寄せられる。
帰りの道中で少しだけ気になってた事を、人の言葉ながら七星天道虫へと投げ掛けた。
『おい、チビ助。そういやお前って本当に植魔虫なのか?俺には学が無くてさっぱりだ』
『キュッ?キュキュノキュッ?』
『そうかそうか……って、やっぱり分からねぇや。こんなんだったら、勉強の一つや二つ教えてもらうべきだったなぁ』
他愛もない対話をしながら洞窟の中程を過ぎ、滝の如き雨音が未だに反響している。
長年世話になった村を去り、仇討ちも終わり、後は自由きままにやりたいことをやるだけ……
勇気を出して一歩を踏み出した人間の、光に満ち溢れた未来は華々しくも美しい限り。
解放されたあまりの嬉しさで鬼灯は、両手を挙げて喜びの言葉を出した。
『これを切っ掛けに〝花の都〟にでも行って、本格的に花の守り人でも目指すか!!……何てな。これであの子にも顔向け出来――――』
突然、言葉が途切れ息が苦しくなり、鮮血が口元から滴る。
振り返ったその先に居るのは、倒したと思われた〝薊馬〟の触手だった。
暗い、暗い、洞窟の奥底から静かにこの時を待ってたように、無防備な四肢へと絡み付く。
鼓動の高鳴りは外へ漏れだす様に五月蝿く、頭から爪先まで炎の様に熱い。
『嘘だろ、おい……まだ……生きてやがったのか?』
希望が絶望へと切り替わり、苦痛よりも疑問が脳裏を過る。
――――植魔虫が生命維持をするための〝核〟を狙い、確かに息を止めた……筈
――――桜香って子から奪い、待雪に渡された〝本物の花輪刀〟の……筈
――――全てを失って辛くても苦しくても、何年も費やして俺は強くなった……筈
(あー駄目だ……。意識が……持たねぇ)
『キュ~キュ~ッ!!』
薄れ行く意識朦朧の中、必死に呼ぶ声――――否、〝鳴き声〟は辛うじて鬼灯の意識を繋ぎ止めた。
七星天道虫は、鬼灯に絡まる触手を小さな歯で必死に噛みつく。
強がっていても小さな体では相手にならないのは明白であり、今の鬼灯に刀を抜いて反撃する余力もない。
『チビ助、お前……植魔虫の癖に〝薊馬〟と闘おってのか?』
『キュッキュッ!!』
元気良く返事をするが効果は今一つであり、その間も鬼灯の体は闇へと飲み込まれていた。
七星天道虫による必死の抵抗も虚しく、喰えぬ物は〝邪魔だ〟と言わんばかりに小さな体は壁へと強打する。
『キュイッ……』
たとえ倒れても諦めずに立ち向かい、不安定ながらも両羽を駆使して飛ぶ。
(あんな小さな体でも、まだ〝諦めねぇ〟って面してやがる。何者にも怖じけず逃げない……それを俺は出来なかった)
ロクな死に方をしない覚悟は、随分前に出来ていた――――今出来るのは無様に抗う姿ではなく、希望に賭け笑って死ぬ事だ。
『今のお前じゃ無駄死にもいい所だ。ここは俺に任せて早く逃げろ……そして、お前が一番信頼できる奴を呼べ。後は――――頼んだぜ!?』
『キュイ……!!』
魂が込められた人の意思を感じ取ったのか、生ある者の最後の言葉を聞いて勢い良く飛び去った。
自身が一番信頼出来る人物である――――桜香の元へと。
降りしきる雨に七星天道虫の姿が消えるのを確認する。
『やっと終われる……』
そう言って抵抗する力も無く倒れた鬼灯。
ゆっくりと死への現実味を感じながら、最奥部へと引き摺られていった。
鬼灯の中に確かに残る危険本能――――〝逃れ〟〝怯え〟〝恐れ〟が大音量で警鐘していた。
(〝怖い〟何て言ってらんねぇ。少しずつでも一歩を踏み出せ。それが未来を繋ぐための前進だ!!)
弱気な気持ちを払拭する様に、首を横へ振ると食事中の薊馬の元へ歩む。
短いようで長い距離に対して、一歩、また一歩と近付く度に、存在その物の圧力が増してく感覚に陥る。
不意に意識を逸らせば、先程まで共に歩んできた〝生物〟の肉片が、眼前に飛び散る様を目の当たりにした。
〝下手をしたら自分がこうなるかも知れない〟。
幾度となく襲い来る負の感情に臆する事なく、花輪刀が届く距離……〝刃圏〟まで歩を進めた。
乱れた呼吸を整え、どこに有るか分からない眼を探しつつ、自らよりも巨きな存在に身振りを添えて告げる。
怪しまれないように自然かつ偽りの敬意を込めて……
『〝家畜〟は旨かったか?。俺はよぉ、こう見えても〝薊馬〟に感謝してるんだぜ?』
口角を上げつつ上機嫌を装い、針の穴の如き隙を狙う。
だが、食事中に鬼灯が話し掛ける事を、直感で〝不自然〟だと感じ取る薊馬。
(何か、面白いことになりそうね。ちょっと、遊んでみようかしら)
何時もなら、こんなに接近はせず己が身を優先する筈。
一体、その余裕は何処から来るのか?……
薊馬は触手に埋もれた複数の眼を用いて、鬼灯を舐めるように観察した――――結果、ある異変に気が付いた。
今日は何故か、御守りにしていた偽物の〝花輪刀〟ではなく、白い刀に変わっている事を……。
嫌でも目立つその刀は松明の灯りに照らされ、隠せない存在感を露にしていた。
身動きが取りづらい檻の中で薊馬は、身体をくねらせながら鬼灯の目線に顔を合わせる。
食事中の血肉纏う歯を剥き出しにしながら、複数の眼を一斉に鬼灯へと差し向け
『あなたの感謝と、その白刀に何か関係があるのかしら?』
ゆっくり、ねっとりと静かに言うと、無数の触手を地へと這わせながら檻の外へ出す。
仁王立ちになっている鬼灯の背中にある刀を、柄頭から鐺に至る全てを念入りに愛撫する。
長年忘れていた〝闘いの記憶〟を思い出しながら、かつて、ある花の守り人に斬られた〝感覚〟を思い浮かべていた。
鬼灯の体には血や涎と言った液体が付着し、まるで汚物に埋もれた様な不快感が襲う。
(あー、この気配はやっぱりそうね。植魔虫が忌むべき〝花輪刀〟――――)
独特の圧力に屈する事なく、眼前に迫る無数の触手を掻い潜る。
鬼灯は薊馬の話を逸らすように『今日は、ちょっと相談が有ってきた。あんたには悪いけど、いま寄生している〝宿主〟を解放してくれないか?』
何時にも増して鬼灯が放つ殺気を感じつつも、あまりにも小さすぎる相談に落胆する薊馬。
『何かと思えばそんな事……?。当然、無理で嫌よ。いい加減に諦めなさい』
慈悲を乞う人の願い等は、心の無い植魔虫に響く事はなく、冷たく淡々と感情の起伏なくあしらう。
今現在、互いに必殺の間合いであったが、無防備な薊馬だけは、鬼灯の――――人間の覚悟を見誤っていた。
大切な人を失いながらも、時には己の信念や感情を殺してきた。
そして今、静かに眠っていた〝怒りの炎〟は、活火山の如く怒濤に押し寄せる。
『俺がなぜお前を肥えさせたと思う?。動きを鈍くし、あの子の姿を残さないためだ!!せいぜい、今まで奪った命に謝罪でもするんだな!!』
『えっ、鬼灯ちゃん……?何を言って――――』
動揺する薊馬が、言葉を紡ごうとしたその時だった。
〝花の守り人〟ではない筈の鬼灯の手には、鞘から抜かれた花輪刀が存在感強く握られていた。
『そっそんな、まさかっ……正気なの鬼灯ちゃん?。今まで通りの働きをすれば、私が唾をつけた村には植魔虫を行かさないわよ!?』
薊馬の言葉等、耳に入る事はなく『いつだって俺は正気だぜ?自分を偽って人生を送るのは、これで仕舞いにしようっと思ってな』
抜かれた刀を強く握り締め、致死となる反撃も厭わず触手の中を走り抜ける。
慌てふためく薊馬は『嫌よ――――止めて……!!来ないで……!!これまでの事は謝っ……』
言葉を詰まらせながら最後の言い分を述べた。
あざとく懇願する薊馬を睨む鬼灯の瞳には、過去に愛した人の姿が重なって見えていた。
波の様に綺麗な〝髪〟も、汚れの無い白い〝瞳〟でさえ、今となっては無残に頭骨がはだけ、濁りきったビー玉の様。
今や見る影もなく肥えた肉の塊でさえ、愛しく思ってしまう幻覚が脳裏に浮かぶ。
しかし、覚悟を決めた男の勢いは止まる事を知らず、醜く歪みながら懇願する肉体を深々と貫く。
『ヤメテヤメテ……ヤメロッ!!ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!!』
鞭の様にしなりながら痛みで暴れ狂う腕は、自らを閉じ込めた木製の檻を意図も容易く破壊。
踏ん張る足がよろめく程に地を揺らし、壁を縦横無尽に抉り取る。
正に、最後の悪足掻きをする薊馬。
だが、冷静な判断がままならず鬼灯の皮1枚はおろか、衣服を撫でるだけで傷さえ付けれずにいた。
(暴れても無駄だ。この刀は死んでも離さねぇ……。今まで嘘ついて偽った日々の全ては、この絶好の機会に賭けてきたんだ!!)
徐々に抵抗する力も弱まるが、人殺しの〝魔物〟に情け等は無用。
やっと掴んだ勝利を確信し笑う鬼灯と、断末魔の叫びを残して息絶える薊馬。
『〝薊馬〟お前は俺を舐めすぎた。何でも上手く行くと思っている奴程、寝首を掻かれやすいんだぜ!?』
何れも、この時の敗因は只一つ……力に頼りきった過信でしかない。
数えきれない程の人を食らい、その心の弱味に巣食ってきた魔物……薊馬。
植魔虫を斬り伏せる事が出来る唯一無二の業物〝花輪刀〟を携え挑むも、いざ結果を見れば激闘とは呼べない〝あっさり〟とした決着。
それに疑問や不自然だとも思わずに、〝いつだって力は裏切らない〟――――そう、強く思っていた。
震える手で深々と突き刺さる花輪刀を抜くと、血肉や粘液等が複雑に絡まりながら糸を引いていた。
『何だこりゃあ、気色悪いな……折角の刀が台無しだぜ――――』
仇となる薊馬を倒したのも束の間、緊張の糸が解けたのか、力なく膝から崩れ落ちる。
その拍子で握られた刀は血溜まりへと落下し、白の刀身全体を赤黒い血肉が侵蝕し染めて行く。
再び握ろうとするも強張りのせいか握力が無くなりつつも、背中の鞘に辛うじて納める。
『はぁはぁっ……。正直、かなりヤバかった。〝花輪刀〟って凄いんだな。今まで、あんなに苦労したのに倒しちまった』
久方振りに呼吸をしたように目一杯、血生臭い空気を肺に詰め込む。
贅沢を言えば新鮮な空気を……と、言いたいところだが、今は息をするだけでも幸せに感じられた。
呼吸を整えながら落ち着きを取り戻すと、腰袋から甲高くも元気な声が耳へと伝わる。
『キュッ~!!キュッ~!!』
思わず抱き締めたくなる様な愛くるしい声を聞いた鬼灯は、思い出した様に腰へと結ばれた袋の口を開いた。
短い手足を使って中からは現れたのは、両羽を一生懸命、動かして羽ばたく〝七星天道虫〟の姿。
『お~、そう言えば、お前が居たな。餌にならなくて運が良いじゃねぇか?』
自然と安堵の表情となり、その小さな体を包み込むように撫でる。
肉体的にも精神的にも疲弊していた筈なのに、珍妙な生き物のおかげか少しだけ元気が沸いてきた鬼灯。
最後の力を振り絞りながら膝に手をつき、気合いと根性のみで立ち上がる。
『さぁてと、もう一踏ん張りと行きますかね。一張羅が台無しになったから、帰って風呂でも入りたい気分だ』
〝七星天道虫〟を肩に乗せ、扉付近の松明を一本手に取る。
そして、漸く訪れた平穏の時間を、噛み締める様に歩を進めた。
今までは都合の良い〝操り人形〟だった――――でも、今は違う。
自分の好きなように自由を求めて、誰よりも高く飛べる翼を手に入れた。
入ってきた時とは違い、真っ暗闇で生きる〝羽虫〟の様に、自然と足が眩しい位の光へと吸い寄せられる。
帰りの道中で少しだけ気になってた事を、人の言葉ながら七星天道虫へと投げ掛けた。
『おい、チビ助。そういやお前って本当に植魔虫なのか?俺には学が無くてさっぱりだ』
『キュッ?キュキュノキュッ?』
『そうかそうか……って、やっぱり分からねぇや。こんなんだったら、勉強の一つや二つ教えてもらうべきだったなぁ』
他愛もない対話をしながら洞窟の中程を過ぎ、滝の如き雨音が未だに反響している。
長年世話になった村を去り、仇討ちも終わり、後は自由きままにやりたいことをやるだけ……
勇気を出して一歩を踏み出した人間の、光に満ち溢れた未来は華々しくも美しい限り。
解放されたあまりの嬉しさで鬼灯は、両手を挙げて喜びの言葉を出した。
『これを切っ掛けに〝花の都〟にでも行って、本格的に花の守り人でも目指すか!!……何てな。これであの子にも顔向け出来――――』
突然、言葉が途切れ息が苦しくなり、鮮血が口元から滴る。
振り返ったその先に居るのは、倒したと思われた〝薊馬〟の触手だった。
暗い、暗い、洞窟の奥底から静かにこの時を待ってたように、無防備な四肢へと絡み付く。
鼓動の高鳴りは外へ漏れだす様に五月蝿く、頭から爪先まで炎の様に熱い。
『嘘だろ、おい……まだ……生きてやがったのか?』
希望が絶望へと切り替わり、苦痛よりも疑問が脳裏を過る。
――――植魔虫が生命維持をするための〝核〟を狙い、確かに息を止めた……筈
――――桜香って子から奪い、待雪に渡された〝本物の花輪刀〟の……筈
――――全てを失って辛くても苦しくても、何年も費やして俺は強くなった……筈
(あー駄目だ……。意識が……持たねぇ)
『キュ~キュ~ッ!!』
薄れ行く意識朦朧の中、必死に呼ぶ声――――否、〝鳴き声〟は辛うじて鬼灯の意識を繋ぎ止めた。
七星天道虫は、鬼灯に絡まる触手を小さな歯で必死に噛みつく。
強がっていても小さな体では相手にならないのは明白であり、今の鬼灯に刀を抜いて反撃する余力もない。
『チビ助、お前……植魔虫の癖に〝薊馬〟と闘おってのか?』
『キュッキュッ!!』
元気良く返事をするが効果は今一つであり、その間も鬼灯の体は闇へと飲み込まれていた。
七星天道虫による必死の抵抗も虚しく、喰えぬ物は〝邪魔だ〟と言わんばかりに小さな体は壁へと強打する。
『キュイッ……』
たとえ倒れても諦めずに立ち向かい、不安定ながらも両羽を駆使して飛ぶ。
(あんな小さな体でも、まだ〝諦めねぇ〟って面してやがる。何者にも怖じけず逃げない……それを俺は出来なかった)
ロクな死に方をしない覚悟は、随分前に出来ていた――――今出来るのは無様に抗う姿ではなく、希望に賭け笑って死ぬ事だ。
『今のお前じゃ無駄死にもいい所だ。ここは俺に任せて早く逃げろ……そして、お前が一番信頼できる奴を呼べ。後は――――頼んだぜ!?』
『キュイ……!!』
魂が込められた人の意思を感じ取ったのか、生ある者の最後の言葉を聞いて勢い良く飛び去った。
自身が一番信頼出来る人物である――――桜香の元へと。
降りしきる雨に七星天道虫の姿が消えるのを確認する。
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