20 / 30
第1章【咲き誇れ儚き命の灯火よ】
第20輪【いつだってあなたが私を強くする】
しおりを挟む
鬼灯が村へやって来る以前は、周囲にある村の人口は、現在の倍以上も居住していた。
森の中にある複数の村は、〝花の都〟から遥か遠方に位置し、花の守り人の〝重要監視下〟から外れている。
それ即ち、命の優先順位が、他と比べて低い事を表す。
討伐出来ずに狩りそびれた〝植魔虫等が多く生息〟――――いわば無法地帯と呼べる場所。
そんな状況下で、風の知らせにより森の奥では『孫と暮らす老人が植魔虫と渡り合っている』……と言う情報も聞く。
老人……もとい〝雅流風〟の元には、各村から3人一組の交代制で頼み込む事になっていた。
しかし、それは多くの犠牲者が出る原因の1つとなる。
村人達は藁にもすがる思いで『どうか、私達を救ってください』と懇願し、雅流風に幾度と無くも助けを求め続けた。
しかし、彼にも生活があり幼い桜香を背負いながら
『今日も来たのか!?、いい加減にしろ、出ていけ!!』と、鬼の形相で追い返えされる事が日常茶飯事の出来事。
その都度『今日も駄目だった。明日は○○が行ってくれ』と、言わなければいけない。
力のない女子供は問わず、平等かつ冷酷な判断で順番は回っていた。
村から出る度に帰りの道中で、植魔虫の餌食となる者も少なからず存在しており、気が気ではなく。
もはや、雅流風の元へ行くのは死刑宣告にも等しく、いつしか誰も頼ろうとはしなくなった。
自分の番がいつ来るか?
今日は誰が亡くなったのか?
家族は?生活は?一体どうなってしまうのか?
『次は、自分が殺られる。寄生される位なら、自害するしか方法はないんだ……』
『平穏や自由は、元から無かった。異形となって人を襲うなら、せめて人のまま死にたい』
耳を澄まさずとも乾いたため息と共に、そんな声もしばしば聞こえる日々。
『助けて下さい。お願いします!!』と、言われる度に怒鳴り散らす雅流風の言い分は、至極正しいものだった。
『明日をも分からぬ世界の中で、一体誰が己の命を賭して助けるのだ?』
『桜香はまだ幼い……今、家族は儂一人だけだ。この子を失う位なら、他人をも平気で切り捨てる覚悟じゃ!!』
皆が皆――――誰かの為に生きている事を自然と思っている。
視界に映る生命だけを救っても、知らぬ所では救えない命があり、感情任せの行動は自己満足でしかない。
対抗手段が無く非力な村人達は、結束を固める事で、独自の生活環境を整えながら日々の生活に勤しむだけ。
だが、〝花輪刀〟の持たない人間等、自由に漂う〝塵屑〟も同然。
必死の抵抗虚しく、無情にも植魔虫の襲撃に合うと、徐々に村数は減少の一途を辿っていく。
寝ても覚めても生きた心地がしない――――正に〝一寸先は闇〟。
どんな凄惨な環境でも、自分の命は自分で守らなければいけない。
闘う術を持たぬ現状では、精神的にも肉体的にも限界を越えて疲弊していくばかり。
人々の恐怖や怯え苦しむ様が、絶望の声となったある時――――
一人の女性が村へとやって来た事により、一筋の光明が小さいながらも、淀んでいた心を明るく照らす。
その者、自身が産まれた故郷を守るために『〝花の守り人〟となって舞い戻ってきました』と、答えた。
名を〝浜悠〟と言い、〝百合〟の様に白い内巻きな髪と同色の瞳。
それに加えて、一切の曇りや汚れのない笑顔が特徴的な――――青葉の姉だった。
花の守り人としての位は、最高位の〝四季折々〟と準最高位の〝花鳥風月〟を除く、次点の〝未蕾〟である。
真の実力者しか持てない〝花輪刀〟に成り得る刀――――
柄から刀身の半分は色鮮やかな〝翠〟に染まり、そこから切先までは淡く輝きを放つ白。
次代の最高位候補である〝未蕾刀《めぶきとう》〟を所持していた。
1度でも姿を見た者は、素人目でも〝何れ花を咲かすとなる日もそう遠くない〟……と感じる程。
〝人を守るための誇り〟に加えて、気高き美しさと心の強さが彼女には宿っていた。
その実力は折り紙付きであり、次々と〝単身〟で植魔虫を討伐していく。
〝浜悠〟の帰還と共に、村人達は安堵と普段の生活を取り戻しつつあった。
帰郷した彼女の活躍により徐々に日常が戻りつつあるのに対して、少数派だが良く思わない人間も少なからずいる。
植魔虫に怯えたり命を落とす事態も減り、血を流す機会が減った事が主な原因だった。
やり場のない怒りや、当たり所のない気持ちを抱える村人達。
必然的に〝守られている〟と言う、認識が薄れ始めていく。
そのせいか誹謗中傷を伴う陰口は、日常茶飯事に行われていた。
同じ村内の互いに見知った顔でありながら、故意で本人に聞こえる様な声でだ。
村長の前では口を慎みつつも、他の人目や老若男女は一切問わない。
『あぁ、村長の孫娘か。数年振りに戻ったと思えば、〝花の守り人〟になった位で何を偉そうに……』
『この辺り一帯を1人で守る何て絶対に無理よ。いざとなったら、自分の命欲しさに切り捨てるに決まってるわ』
『刀の所持を認められているからこそ、〝暴徒〟になったら恐くて外も歩けないな』
平和ボケに慣れ〝安全圏〟で胡座をかいた人間は、本当に好き放題に言い散らかす。
他より秀でた数少ない才能の持ち主は、多数派である周囲の理解を得にくい。
帰郷以前よりも被害人数を最小限に抑えながらも、浜悠への非難は鳴り止まぬ声となって耳に届く。
『大した実力もないのに、口だけのホラ吹きも良い所だわ。村長の孫娘だからっていい気にならないことね』
『どうせ守ってもらうなら、準最高位の〝花鳥風月〟が良かったぜ!!』
『あぁそうだな。小娘如きの中途半端な実力じゃ、明日も生きられるか分からねぇからな?』
虚ろな目でそう言った人間達は、決まって昼夜問わず酒を飲み干し、目的なく1日を過ごす。
働きもせず愚痴を四六時中溢し、貴重な作物を私欲がために消費するばかり。
まるで、己が世界の中心であるかのように、大手を振るう日々の繰り返しだった。
それでも村を守るための努力を惜しまない浜悠は、文句の1つも口に出さず心穏やかに日々の〝狩り〟に励む。
〝植魔虫〟が活発になる朝では、温かな陽光を待たずして誰よりも早く起き。
月夜の森が静まり返った時でさえ、〝夜型の個体〟を探しに森中を駆け。
生憎の荒天になろうとも一睡もせず、食糖も口にしない日等ざらにあった。
疲弊しきった体に鞭を打ちながらも、休む暇なく〝他のため〟に命を賭す日々。
それに伴い、生傷絶えぬ肉体と磨り減る精神と、幼い弟を一人にする後ろめたさ。
まだ齢16前後の少女にかかる〝命〟の重圧は、淡々と過ごす人々には誰も計り知れない。
想い半ばに救えない命あれば、自身を攻め立てる事も心内であった。
私に〝才能〟がないために――――
私に〝勇気〟がないために――――
私が〝力不足〟がために――――
私が〝帰ってきた〟がために――――
百合の様な白き髪色は、極度の疲労と緊張で、その美しい輝きを失いつつあった。
自宅へ帰るのは昼夜問わずの不定期であり、〝家族とも顔を合わしたのはいつ振りか〟……と考える事もしばしば。
まだ幼い弟は村長である祖父に見守られながらも、姉の知らないうちに元気に成長をしている。
初めて顔を見た日から、この世の癒しを凝縮した様な弟の虜になり、両親亡き後も頼りになるただ一人の姉であり続けた。
一度手の平をみれば、刀を握り続けたせいで岩の様に皮膚は堅く。
とてもじゃないが〝理想〟とは駆け離れている
もし、願うならば――――命懸けの戦場で刀を振るわない〝普通の女性〟でありたかった。
だが、それは叶わぬ夢であり〝花の守り人〟としての責務は、己を犠牲にしてでも他を守る事。
どんなに辛く、苦しくとも、心の拠り所は実の弟である〝青葉〟の存在が大きく。
体の傷は治癒せずとも、病んだ心を少なからず癒してくれた。
弱い部分を外へ晒らけ出す事もせず、弟の青葉の前では笑顔を絶やすことはなかった浜悠。
彼女の原動力……全ては生まれ育った地を守りたいがためでしかなかった。
☆
毎日変わり栄えのない天上から、温かな陽が顔を出す。
森を優しく吹き抜けた〝風〟は、まるで悪戯っ子の様に予想できない動きをしていた。
ふと、耳を澄まして聞こえてくるのは、今日と言う1日の始まりを告げる家畜達の鳴き声――――
〝牛〟の低く唸る物から、〝豚〟の様に鼻を鳴らす物。
延いては、喉を使う〝鶏〟の甲高い声まで……三重奏となる音が奏でられている様。
視界ボヤける眠気眼を擦りながらも、敷地奥に位置する住まいへと向かう道中。
家畜小屋前を通りすがる際に、愛想良く手を振りながら話し掛ける。
『やぁ、今日も伸び伸び元気かい皆の諸君!?御待ちかねの私が帰ってきたよっ!』
常に笑顔満点で、〝御転婆娘〟顔負けの、元気一杯に振る舞う浜悠。
どんなに辛いことがあったとしても、いつだって決まってする恒例行事。
〝植魔虫狩り〟が一段落して帰って来た際に、必ずしてきた彼女なりの愛情表現である。
久方振りの浜悠を見た家畜達は、いつも以上に元気良く動き回り声を張り上げた。
一言で表せば〝懐いている〟――――否、愛されているが正しい答えである。
しかし……意地悪で嫉妬深い人間は、動物と違ってそうはいかない。
付近の住民は、音に釣られて〝植魔虫〟が来ないか、鬼の形相で室内から外を見回す。
何処からともなく、鳥の囀ずりにも負けそうな小さな声で
『たまに帰ってきたと思えば家畜は騒ぐし、おちおち眠れもしないから本当に迷惑だわ』
『いっその事、居ない方が平和だったりしてな……』
悪口が聞こえてないと思っているのか、次々と出る罵詈雑言の雨嵐。
当の本人は〝我関せず〟なのか……
全くもって動じず臆せず、常に笑顔を貫き通す。
実は――――一字一句を洩らす事なく〝しっかり〟〝ちゃっかり〟聞こえていた。
(あ、いつも笑顔で挨拶してくれる彼処の夫婦、また私の悪口言ってるな~。もう、何回目だろうね?)
心に溜まった物を吐き出す事はなく、その場でしゃがみこむ。
慣れた手つきで腰袋から何かを取り出して、それらをゆっくりと地面に転がす。
開かれた手からは、多彩な色が互いにぶつかり合いながら、小さく広がる木の実の姿だった。
『ここの人は、正直じゃなくてあまり好きじゃないな。けど、この森には良い子達も居る。さぁ、皆おいで……?』
すると直ぐ様に、平等の優しさを振り撒く彼女の元へと、森に生息する小動物達が
足元に集まり出す。
小鳥や栗鼠と言った小さな生き物から、猪等の大きめの動物まで周りを囲うように沢山やって来た。
『今日は少ししか持ってこれなかったけど、取り合わないで食べなね~?!』
その一言で、小動物達を含む〝成体〟は後方へと下がる。
まだ未熟な子達は我が子を思う親に後押しされて、瞳を輝かせながら餌へとありつく。
仕舞いには、服の裾を引っ張られたり複数匹も体に登られ、追い駆けっこをして遊び場にされる始末。
狩りから帰ってきて早々、疲れた顔を微塵も感じさせる事なく戯れ始めた。
自分の周りへと集まる小さな背中を、頬杖をついてとても嬉しそうに眺める浜悠。
〝こんな世界〟ながらも、人と違って自由奔放なその姿に対して、ふと……羨ましくなったのか
『はぁっ……。本当にこの子達は、〝汚れが無くて〟可愛いなぁ~』
と、頬を緩ませながら至極の笑みを浮かべた。
両者の間で一切の言葉は通じずとも、〝感情〟は表情と〝声色〟で十二分に伝える事が出来る。
浜悠を中心に、小動物達の嬉しさを〝行動〟で、将又〝声〟で笑い返してくれた気がした。
まるで〝心が1つ〟になったかの様な、優しくて温かな時間が、辺りを包み込むように流れていった。
森の中にある複数の村は、〝花の都〟から遥か遠方に位置し、花の守り人の〝重要監視下〟から外れている。
それ即ち、命の優先順位が、他と比べて低い事を表す。
討伐出来ずに狩りそびれた〝植魔虫等が多く生息〟――――いわば無法地帯と呼べる場所。
そんな状況下で、風の知らせにより森の奥では『孫と暮らす老人が植魔虫と渡り合っている』……と言う情報も聞く。
老人……もとい〝雅流風〟の元には、各村から3人一組の交代制で頼み込む事になっていた。
しかし、それは多くの犠牲者が出る原因の1つとなる。
村人達は藁にもすがる思いで『どうか、私達を救ってください』と懇願し、雅流風に幾度と無くも助けを求め続けた。
しかし、彼にも生活があり幼い桜香を背負いながら
『今日も来たのか!?、いい加減にしろ、出ていけ!!』と、鬼の形相で追い返えされる事が日常茶飯事の出来事。
その都度『今日も駄目だった。明日は○○が行ってくれ』と、言わなければいけない。
力のない女子供は問わず、平等かつ冷酷な判断で順番は回っていた。
村から出る度に帰りの道中で、植魔虫の餌食となる者も少なからず存在しており、気が気ではなく。
もはや、雅流風の元へ行くのは死刑宣告にも等しく、いつしか誰も頼ろうとはしなくなった。
自分の番がいつ来るか?
今日は誰が亡くなったのか?
家族は?生活は?一体どうなってしまうのか?
『次は、自分が殺られる。寄生される位なら、自害するしか方法はないんだ……』
『平穏や自由は、元から無かった。異形となって人を襲うなら、せめて人のまま死にたい』
耳を澄まさずとも乾いたため息と共に、そんな声もしばしば聞こえる日々。
『助けて下さい。お願いします!!』と、言われる度に怒鳴り散らす雅流風の言い分は、至極正しいものだった。
『明日をも分からぬ世界の中で、一体誰が己の命を賭して助けるのだ?』
『桜香はまだ幼い……今、家族は儂一人だけだ。この子を失う位なら、他人をも平気で切り捨てる覚悟じゃ!!』
皆が皆――――誰かの為に生きている事を自然と思っている。
視界に映る生命だけを救っても、知らぬ所では救えない命があり、感情任せの行動は自己満足でしかない。
対抗手段が無く非力な村人達は、結束を固める事で、独自の生活環境を整えながら日々の生活に勤しむだけ。
だが、〝花輪刀〟の持たない人間等、自由に漂う〝塵屑〟も同然。
必死の抵抗虚しく、無情にも植魔虫の襲撃に合うと、徐々に村数は減少の一途を辿っていく。
寝ても覚めても生きた心地がしない――――正に〝一寸先は闇〟。
どんな凄惨な環境でも、自分の命は自分で守らなければいけない。
闘う術を持たぬ現状では、精神的にも肉体的にも限界を越えて疲弊していくばかり。
人々の恐怖や怯え苦しむ様が、絶望の声となったある時――――
一人の女性が村へとやって来た事により、一筋の光明が小さいながらも、淀んでいた心を明るく照らす。
その者、自身が産まれた故郷を守るために『〝花の守り人〟となって舞い戻ってきました』と、答えた。
名を〝浜悠〟と言い、〝百合〟の様に白い内巻きな髪と同色の瞳。
それに加えて、一切の曇りや汚れのない笑顔が特徴的な――――青葉の姉だった。
花の守り人としての位は、最高位の〝四季折々〟と準最高位の〝花鳥風月〟を除く、次点の〝未蕾〟である。
真の実力者しか持てない〝花輪刀〟に成り得る刀――――
柄から刀身の半分は色鮮やかな〝翠〟に染まり、そこから切先までは淡く輝きを放つ白。
次代の最高位候補である〝未蕾刀《めぶきとう》〟を所持していた。
1度でも姿を見た者は、素人目でも〝何れ花を咲かすとなる日もそう遠くない〟……と感じる程。
〝人を守るための誇り〟に加えて、気高き美しさと心の強さが彼女には宿っていた。
その実力は折り紙付きであり、次々と〝単身〟で植魔虫を討伐していく。
〝浜悠〟の帰還と共に、村人達は安堵と普段の生活を取り戻しつつあった。
帰郷した彼女の活躍により徐々に日常が戻りつつあるのに対して、少数派だが良く思わない人間も少なからずいる。
植魔虫に怯えたり命を落とす事態も減り、血を流す機会が減った事が主な原因だった。
やり場のない怒りや、当たり所のない気持ちを抱える村人達。
必然的に〝守られている〟と言う、認識が薄れ始めていく。
そのせいか誹謗中傷を伴う陰口は、日常茶飯事に行われていた。
同じ村内の互いに見知った顔でありながら、故意で本人に聞こえる様な声でだ。
村長の前では口を慎みつつも、他の人目や老若男女は一切問わない。
『あぁ、村長の孫娘か。数年振りに戻ったと思えば、〝花の守り人〟になった位で何を偉そうに……』
『この辺り一帯を1人で守る何て絶対に無理よ。いざとなったら、自分の命欲しさに切り捨てるに決まってるわ』
『刀の所持を認められているからこそ、〝暴徒〟になったら恐くて外も歩けないな』
平和ボケに慣れ〝安全圏〟で胡座をかいた人間は、本当に好き放題に言い散らかす。
他より秀でた数少ない才能の持ち主は、多数派である周囲の理解を得にくい。
帰郷以前よりも被害人数を最小限に抑えながらも、浜悠への非難は鳴り止まぬ声となって耳に届く。
『大した実力もないのに、口だけのホラ吹きも良い所だわ。村長の孫娘だからっていい気にならないことね』
『どうせ守ってもらうなら、準最高位の〝花鳥風月〟が良かったぜ!!』
『あぁそうだな。小娘如きの中途半端な実力じゃ、明日も生きられるか分からねぇからな?』
虚ろな目でそう言った人間達は、決まって昼夜問わず酒を飲み干し、目的なく1日を過ごす。
働きもせず愚痴を四六時中溢し、貴重な作物を私欲がために消費するばかり。
まるで、己が世界の中心であるかのように、大手を振るう日々の繰り返しだった。
それでも村を守るための努力を惜しまない浜悠は、文句の1つも口に出さず心穏やかに日々の〝狩り〟に励む。
〝植魔虫〟が活発になる朝では、温かな陽光を待たずして誰よりも早く起き。
月夜の森が静まり返った時でさえ、〝夜型の個体〟を探しに森中を駆け。
生憎の荒天になろうとも一睡もせず、食糖も口にしない日等ざらにあった。
疲弊しきった体に鞭を打ちながらも、休む暇なく〝他のため〟に命を賭す日々。
それに伴い、生傷絶えぬ肉体と磨り減る精神と、幼い弟を一人にする後ろめたさ。
まだ齢16前後の少女にかかる〝命〟の重圧は、淡々と過ごす人々には誰も計り知れない。
想い半ばに救えない命あれば、自身を攻め立てる事も心内であった。
私に〝才能〟がないために――――
私に〝勇気〟がないために――――
私が〝力不足〟がために――――
私が〝帰ってきた〟がために――――
百合の様な白き髪色は、極度の疲労と緊張で、その美しい輝きを失いつつあった。
自宅へ帰るのは昼夜問わずの不定期であり、〝家族とも顔を合わしたのはいつ振りか〟……と考える事もしばしば。
まだ幼い弟は村長である祖父に見守られながらも、姉の知らないうちに元気に成長をしている。
初めて顔を見た日から、この世の癒しを凝縮した様な弟の虜になり、両親亡き後も頼りになるただ一人の姉であり続けた。
一度手の平をみれば、刀を握り続けたせいで岩の様に皮膚は堅く。
とてもじゃないが〝理想〟とは駆け離れている
もし、願うならば――――命懸けの戦場で刀を振るわない〝普通の女性〟でありたかった。
だが、それは叶わぬ夢であり〝花の守り人〟としての責務は、己を犠牲にしてでも他を守る事。
どんなに辛く、苦しくとも、心の拠り所は実の弟である〝青葉〟の存在が大きく。
体の傷は治癒せずとも、病んだ心を少なからず癒してくれた。
弱い部分を外へ晒らけ出す事もせず、弟の青葉の前では笑顔を絶やすことはなかった浜悠。
彼女の原動力……全ては生まれ育った地を守りたいがためでしかなかった。
☆
毎日変わり栄えのない天上から、温かな陽が顔を出す。
森を優しく吹き抜けた〝風〟は、まるで悪戯っ子の様に予想できない動きをしていた。
ふと、耳を澄まして聞こえてくるのは、今日と言う1日の始まりを告げる家畜達の鳴き声――――
〝牛〟の低く唸る物から、〝豚〟の様に鼻を鳴らす物。
延いては、喉を使う〝鶏〟の甲高い声まで……三重奏となる音が奏でられている様。
視界ボヤける眠気眼を擦りながらも、敷地奥に位置する住まいへと向かう道中。
家畜小屋前を通りすがる際に、愛想良く手を振りながら話し掛ける。
『やぁ、今日も伸び伸び元気かい皆の諸君!?御待ちかねの私が帰ってきたよっ!』
常に笑顔満点で、〝御転婆娘〟顔負けの、元気一杯に振る舞う浜悠。
どんなに辛いことがあったとしても、いつだって決まってする恒例行事。
〝植魔虫狩り〟が一段落して帰って来た際に、必ずしてきた彼女なりの愛情表現である。
久方振りの浜悠を見た家畜達は、いつも以上に元気良く動き回り声を張り上げた。
一言で表せば〝懐いている〟――――否、愛されているが正しい答えである。
しかし……意地悪で嫉妬深い人間は、動物と違ってそうはいかない。
付近の住民は、音に釣られて〝植魔虫〟が来ないか、鬼の形相で室内から外を見回す。
何処からともなく、鳥の囀ずりにも負けそうな小さな声で
『たまに帰ってきたと思えば家畜は騒ぐし、おちおち眠れもしないから本当に迷惑だわ』
『いっその事、居ない方が平和だったりしてな……』
悪口が聞こえてないと思っているのか、次々と出る罵詈雑言の雨嵐。
当の本人は〝我関せず〟なのか……
全くもって動じず臆せず、常に笑顔を貫き通す。
実は――――一字一句を洩らす事なく〝しっかり〟〝ちゃっかり〟聞こえていた。
(あ、いつも笑顔で挨拶してくれる彼処の夫婦、また私の悪口言ってるな~。もう、何回目だろうね?)
心に溜まった物を吐き出す事はなく、その場でしゃがみこむ。
慣れた手つきで腰袋から何かを取り出して、それらをゆっくりと地面に転がす。
開かれた手からは、多彩な色が互いにぶつかり合いながら、小さく広がる木の実の姿だった。
『ここの人は、正直じゃなくてあまり好きじゃないな。けど、この森には良い子達も居る。さぁ、皆おいで……?』
すると直ぐ様に、平等の優しさを振り撒く彼女の元へと、森に生息する小動物達が
足元に集まり出す。
小鳥や栗鼠と言った小さな生き物から、猪等の大きめの動物まで周りを囲うように沢山やって来た。
『今日は少ししか持ってこれなかったけど、取り合わないで食べなね~?!』
その一言で、小動物達を含む〝成体〟は後方へと下がる。
まだ未熟な子達は我が子を思う親に後押しされて、瞳を輝かせながら餌へとありつく。
仕舞いには、服の裾を引っ張られたり複数匹も体に登られ、追い駆けっこをして遊び場にされる始末。
狩りから帰ってきて早々、疲れた顔を微塵も感じさせる事なく戯れ始めた。
自分の周りへと集まる小さな背中を、頬杖をついてとても嬉しそうに眺める浜悠。
〝こんな世界〟ながらも、人と違って自由奔放なその姿に対して、ふと……羨ましくなったのか
『はぁっ……。本当にこの子達は、〝汚れが無くて〟可愛いなぁ~』
と、頬を緩ませながら至極の笑みを浮かべた。
両者の間で一切の言葉は通じずとも、〝感情〟は表情と〝声色〟で十二分に伝える事が出来る。
浜悠を中心に、小動物達の嬉しさを〝行動〟で、将又〝声〟で笑い返してくれた気がした。
まるで〝心が1つ〟になったかの様な、優しくて温かな時間が、辺りを包み込むように流れていった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
真実の愛のおつりたち
毒島醜女
ファンタジー
ある公国。
不幸な身の上の平民女に恋をした公子は彼女を虐げた公爵令嬢を婚約破棄する。
その騒動は大きな波を起こし、大勢の人間を巻き込んでいった。
真実の愛に踊らされるのは当人だけではない。
そんな群像劇。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる